02 退くことができないなら、進むしかないのです
「なっ……」
ゲイルから剣を向けられた僕は、思わず後ずさった。
重装剣士と魔法使い。一対一で戦えば、前衛のいない僕には勝ち目がない。魔法を詠唱する暇もなく、一方的に切り刻まれるだろう。
「……どっちにしろ、てめえにはここで死んでもらう」
ゲイルは剣を収めながら言った。
「俺の手で殺さないのは、てめえには苦しんで死んで欲しいからさ。モンスターの口で、クチャクチャ食われちまえばいいんだ、お前なんか」
すると、マッシュとミリアムが口々にはやし立てる。
「ギャハハハ! 『ぎゃー食われるー』みたいな!?」
「あーそれ、ちょっと見てみたいかもーキャハハハハハ!」
「……」
僕は戦慄した。そこまで恨まれているなんて、全く気がつかなかった。
……正直なところ、マッシュとミリアムからは、ちょっと嫌われているな、とは薄々勘づいていた。
でも、僕に反感を持ちがちな二人を、いつもなだめてくれるリーダー格が、ゲイルだったはずなのに。
……ひょっとして、これまでゲイルが仲を取り持ってくれていたのは、リーダーだから仕方なくやっていたことで、本当は、嫌で嫌でたまらなかったんだろうか。
(ゲイル……信じて、いたのに)
もしいま、僕がそう言ったとしたら……ゲイルは、怒るのだろうか。
けれど、ゲイルは僕に何かを言う暇も与えず、マッシュたちが降ろした縄ばしごで階段の上に戻ると、肩越しに振り返ってこう言った。
「何年も一緒に戦ったお前を外して、若い女を入れたとなっちゃ、ギルドで俺の悪い噂が立っちまう……でも、お前が死んじまったんなら、仕方ねえよなあ、カケル?」
「……」
「ゲハハハハハハハハハ!」
下品な笑い声を響かせて、去って行くゲイル。縄ばしごを回収したマッシュとミリアムが、ケタケタと笑いながら、それに続いていった。
「……はあ」
ゲイルたちが遠ざかって、もう笑い声も聞こえなくなると、僕はダンジョンの冷たい床に尻餅をついて、途方に暮れた。
ダンジョンには不思議な魔法がかかっていて、ダンジョンの中で、あるパーティが別のパーティと出くわすことはない。
学者たちによれば、こういったダンジョンの不思議な性質は「インスタンス」とか呼ばれているらしい。
なんでも、パーティがダンジョンの入り口をくぐるたびに、新しいダンジョンが「生成」されているのだそうだ。
ま、とにかく、他のパーティが助けに来る見込みはない、ってことだ。
「……こうしていても仕方がない、か」
理由はわからないものの、ダンジョンの中でも階段周辺は比較的安全で、まったくとはいかないが、モンスターは滅多に現れない。
けれど、このままここにいても、結局はひからびて死ぬだけだ。
先へ進もう……僕はそう決意して、持っていた杖を軽く振るい、自分に<不可視><消音><消臭>の魔法をかけた。モンスターを避けるためだ。前衛がいなくては、戦闘はできない。
しかし、これらの魔法は魔力の消費が激しい。
「もって三十分、ってとこか……」
それが、僕の命のロウソクの残り時間、ってわけだった。
一つ小さなため息をついた後、僕は意を決して、ダンジョンの奥へと進み始めた。
……実を言えば、階段周辺でじっとしているよりは、まだ可能性があるだろうと思っただけで、この時の僕は、まさか生きて帰れるとは思わなかった。
だって普通、思わないだろ?
僕に絶対の忠誠を誓ってくれる、最強の前衛が、ダンジョンに落ちてる、なんてさ。