19 心の歪み
「……どういう、ことだよ?」
どうにかして声を絞り出した僕を前に、マキナは長々と語った。
「ゲイルさんたちはきっと、カケルさんの優秀さを見て、このままでは自分たちの地位が脅かされると、無意識に恐れたのでしょう。だからカケルさんの魔法を見ても『それぐらい当たり前だ』なんて、カケルさんの能力をおとしめるようなことを言い続けた」
「でもそれは、ゲイルさんたちが心の弱い人だったからです。もし、ゲイルさんたちが心の強い人で、カケルさんのことを本当に思いやってくれる人だったら、代わりに『もっと大きな街に行って、上を目指した方がいいよ』と言って、背中を押してくれたはずなんです」
「けど実際には、ゲイルさんたちはカケルさんの人の良さにつけ込んで、言葉巧みに、カケルさんに才能がないと思い込ませ、利用できるだけ利用していたんです」
「……最終的に、自分たちのついた嘘を、自分でも本当だと思い込んで、増長して自滅したのが、滑稽でしたけどね。まあ、積もり積もった劣等感に耐えかねた末の凶行だった、とも言えるかもしれませんが」
「……」
マキナが言ったことは、あまりに衝撃的で、僕は思わず黙り込んでしまった。
……だが、最初の衝撃が過ぎ去ると、僕の胸には怒りが湧いてくる。
「そんな風に……ゲイルたちを一方的に悪者呼ばわりしないでくれ!」
僕が訴えるようにそう言うと、マキナは一瞬押し黙った。
それを見て、僕は重ねて言う。
「マキナ。お前、ゲイルを侮辱して申し訳なかったって、あの時は謝っただろ? あれは嘘だったのかよ!」
すると、マキナは素直に、神妙な面持ちで頭を下げた。
「……おっしゃる通りです。少し熱くなりすぎました。申し訳ありません……言い方を少し変えます」
「カケルさん……あんなことがあってからも、ゲイルさんたちを悪し様に言われるのが嫌なあなたは、とても優しい心をお持ちだと思います……でも、優しいだけではダメなんです」
「もっと、心を強く持たなければ……せっかくの才能が、宝の持ち腐れになってしまいます」
マキナが謝ってくれたのを見て、僕も一度、深呼吸を挟んで冷静になる。
けど……マキナの言うことを認める気には、ならなかった。
「あのね、マキナ……何度も言うけど、マキナは僕のことを買いかぶりすぎてるよ。僕は、そんなに優秀な人間じゃない」
マキナはまだ何か言いたそうだったが、僕の言い分も聞こうと思ってくれたのか、じっと僕の目を見据えて、こう言った。
「……どうして、そう思うんですか?」
「……前のパーティでの僕は、自分がパーティの頭脳にならなきゃってずっと思っていて、頭を使う場面では、僕がいつもパーティを仕切ってた」
「……でも、いま思えば、それは僕の思い上がりだったのかもしれない」
「そんな僕の振る舞いは……ゲイルたちの誇りを、傷つけていただけだったのかもしれない」
「だとしたら、僕にも反省すべき点はあるんだろう、と思う」
「もっと、ゲイルたちの誇りを傷つけないやり方で、僕が力を発揮できていたら……あのパーティは、崩壊していなかったかもしれない」
「ちょ、ちょっと待ってください! つまり、パーティ崩壊の責任が、カケルさんにもあるってことですか? そんなわけないでしょう!」
マキナは身を乗り出して言った。
「元はと言えば、カケルさんのことを嫉妬して逆恨みした、ゲイルさんたちが悪いんです! ……仮にカケルさんに問題があったとすれば、せいぜい、実力に見合わないパーティに、いつまでも居続けたことぐらいです。でも、カケルさんがパーティにいる間にとった行動そのものは、一番知力が高いメンバーとして、当然のことをしただけですよ」
「……けど、僕は最後、それすらも満足にできなかった。最後の最後で、僕は間違えた」
「な、なんのことですか……?」
「あの時のゴブリンとの戦闘で、僕はマッシュとミリアムを先に助けた。でもそうせずに、先に僕とマキナの周りにいるゴブリンを始末してから、ゲイルたちの助けに駆けつけていれば、ゲイルは生きていたかもしれない」
「か、カケルさんの判断ミスのせいで、ゲイルさんは死んだ、ってことですか?」
「まあ、そういう面もあるかな、って」
「なっ……」
マキナはその時、驚くのを通り越して、もはや愕然としていた。
「カケルさん……どうして、あなたはそうなんですか? 失敗は何もかも自分のせいにして、手柄はみんな他人に譲ってしまう……どうして、そうなっちゃったんですか?」
僕は言った。
「……それって、いけないことかな? 責任を他人に押しつけたり、他人の手柄を横取りしたりするよりは、いいと思ってるんだけど」
「…………………………………………カケルさん」
マキナは、少しの間、言葉を詰まらせた後、急に毅然とした顔になって、こう言い放った。
「失礼を承知で、申し上げます……あなたのそれは、もはや優しさとは呼べません」
「……逆説的ではありますが、あなたは優秀だから、やろうと思えば、いくらでも自分の悪いところを見つけられる……けど、そんなことをしても、誰も幸せになんかなりません」
「頭が良いはずなのに、そんなこともわからないあなたは……少し、おかしいです」
「……」
沈黙する僕に向かって、マキナは、トドメを刺すように言った。
「あなたは……歪んでいます」
それに対して、僕は何か言い返そうとしたが、すぐには言葉が見つからなかった。
……マキナが、こんなキツイことを僕に言ってきた理由は、わかりきってる。
マキナは僕のためを思って言ってくれているのに、それを僕がのらりくらりとはねつけてばかりいるから、さすがのマキナも怒ったんだ。
マキナの怒りは、当然のものだ。
だから僕には、マキナを恨む気持ちなんか、これっぽっちもない。
だけど……
僕の心は、どうしても、マキナの言うことを認める気にならなかったんだ……。
……その時だった。
「あーらら……ケンカですかあ?」場違いな甲高い声が、僕たちのすぐ横から発せられる。「あなたたちの仲が悪いんだとしたら……私にとって、すごく都合が良いですねえ!」
その挑発するような声に、僕とマキナがそろって顔をしかめながら振り向くと、そこには、白いローブを着た金髪の若い女が、僕たちを見下ろすように立っていた。
女は、まだ少女と言ってもいいような歳だ。僕より若いかもしれない。
けど、彼女の目の中には、可愛げなんかこれっぽっちもなかった。代わりにそこにあるのは、僕たちを見下し、軽蔑するような色だ。
それを見て、僕とマキナはムッと軽くにらむような視線を送るが、女はそんな視線を、そよ風のように受け流す。
僕は、一言文句を言ってやろうと思って身構えた……だがその時、ふと気がつく。
酒場にいる冒険者たちが、チラチラと横目で、僕たちの様子をうかがっているのを。
その視線は、僕やマキナを助けようとしている感じではなかった……なんだかそれは、これから敵になるかもしれない相手を見るような、疑心と警戒に満ちた目だった。
なんとなく、ただ事ではない雰囲気。
そんな中、僕たちに話しかけてきた女は、続けてこう言った。
「ちょっと私、お二人に話があるんですぅ……とーっても、大事なお話が」