16 それは夢のような、現実のような
ところがその日、僕はどういうわけだか、ひどい夢を見てしまった。
生まれ故郷の村が戦火にさらされたと聞いた僕は、いても立ってもいられず、学校の寮を飛び出して村へと向かった。
けれど、それはすでに「村だったもの」に変わり果てていた。
村の中心に並んでたはずの家屋は、どれも真っ黒に焼け落ちて、柱の二、三本しか残っていなかった。
石造りの教会は、屋根には大穴が開き、尖塔は途中から折れ、瓦礫が散乱していた。
僕の生家は村はずれにあるから無事かもしれない、なんていう思いは、ただの願望でしかなくて……現実の前に、粉々に打ち砕かれた。
あれは……あれは、誰だったんだろう。
焼け落ちた家の中に横たわる、大人の背丈の半分ぐらいの高さの、真っ黒い棒のようなあれは……
弟や妹たちのうちの、一体……誰……
バタン、という、木製のドアが閉まる音で、僕は目を覚ました。
「あ、起こしちゃいましたか……? ごめんなさい」
女の子の愛らしい声で、僕の意識は、完全に元に戻る。
どうやら、マキナが部屋の外から中に入ってきたみたいだった。
「いや、いいよ……」
僕は嫌な気分を払おうとして頭を振りながら、身体を起こして、ふと部屋の様子を見渡した。
夢の中とは打って変わった、朝の清々しい空気。窓から差し込む、まぶしい太陽の光。
なんだか、現実の方が夢みたいだな、なんて思う。
その時、良い匂いがするのと同時に、カチャカチャという音が聞こえてきて、僕はマキナの方を見た。
「マキナ……何をしてるの?」
マキナが、手にしたお盆から何かをテーブルに並べているのを見て、僕は尋ねる。
「ん~? ……ふふっ♪」
すると、マキナは上機嫌な様子でこう答えた。
「宿の人にお金を払って~食材と台所を借りて~……作ってみたんです♪」
「作ったって……何を?」
マキナは僕の方を振り返りながら、満面の笑みでこう答えた。
「朝ご飯です!」
数分後、マキナの作ったベーコンエッグを食べた僕の口からは、
「……おいしい」
という言葉が、自然と漏れ出た。
「えへへ……」
それを聞くと、マキナは嬉しそうに笑った。
「…うん、我ながら上出来です♪」
僕の向かいで、マキナも自分の作った料理を食べ、満足げにそう言っていた。
一人用の部屋だから、置いてあるテーブルもすごく小さくて、物が落ちないようにするのに一苦労なんだけど……なんだか、今はそれさえも心地良かった。
テーブルが小さいおかげで、マキナとの距離が近くて、なんていうか……ドキドキするっていうのもあるんだけど……すごく、あったかい感じがした。
「あの、カケルさん……」
そのタイミングで、マキナはなにやら、申し訳なさそうな顔で言ってくる。
「勝手にお金を使ってしまって、すみませんでした……でも、きっとカケルさんは喜んでくださると思って」
「え? いいよいいよ、そんなこと! 僕、喜んでるから!」
慌てて言った後、僕はしみじみとこう付け加えた。
「ほんと、こんな上等な朝ご飯、何年ぶりだろう……ずっと、堅いパンと薄いスープ、ってことが多かったから」
「え、そうなんですか? じゃあ、これからは私が毎日作りますよ♪」
「ええっ!?」
「ど、どうかしましたか?」
「い、いや……」
こ、この子……自分がいま何を言ったのか、自覚がないんだろうか。
こんな素敵な女の子が、僕だけのために、毎日朝ご飯を作ってくれるなんて……
そんなの……ベッドの上であれこれすることなんかより、よっぽどすごいことだと思うんだけど……
……そう思うのは、僕だけ……でしょうか?
なんて、思わずモノローグが敬語になってしまった僕としては、そのまま丸一日マキナとイチャイチャして過ごせたら、と思わないでもなかった。
けどまあ、現実はそういうわけにもいかない。
水場で顔を洗い、身支度を調えた僕は、マキナと共に宿屋の建物を出る。
朝の光の下、僕たちだけでなく街もまた目覚め始めていて、商人らしき人、職人らしき人、そして、僕たちと同じ冒険者らしき人など、様々な人が石畳の通りを行き交っていた。
「さーて……」
「これから、どうしますか?」
首を傾けて聞いてくるマキナに、僕は言う。
「とりあえず、ギルドに行って、どこかのパーティに入れてもらわなきゃ……」
とはいえ、昨日あんなことがあったばかりだからなあ……気まずくて、どこも入れてくれないかもしれない。
などと心配していた僕は、ふと気がつく。
「……」
すぐ横にいるマキナが、僕の顔を「じーっ」と見つめていることに。
「マ、マキナ? どうしたの、何か言いたそうだけど」
「……カケルさん、こういうのはどうでしょうか?」
マキナは芝居がかった動作で、ステップを踏んで僕の前に出ると、スカートをちょっと翻してクルリと振り返り、可愛らしい笑顔でこう言った。
「私たち二人だけで、討伐クエストを受けてみる、っていうのは♪」
この瞬間から、僕たちの快進撃が始まった。