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15 ごほうび(?)の時間


 しまった、やらかした……。


 深夜、僕は一つしかないベッドを前にして、途方に暮れていた。


 状況はこうだ。

 僕は宿屋に部屋を取った(最後の一部屋だと言われた)が、マキナがいることをすっかり忘れていた。

 以上。


「いいんですよ、カケルさん……」


 マキナが何か言っている……やけに、悲しそうな声で。


「私は、命のない自動人形。あなたの忠実なしもべ……ベッドで寝かせる必要なんか、ないんです。私なんかには、床で十分です。固くて、冷たい、木の床で寝るのが、私にはお似合いなんです……」


 マキナさん……? その、目から流れ出てるのは……?


「こ、これは涙じゃありません! こ、これはその……露! 冷たい水を入れたコップにつく水滴! あれと同じものです!」


「マキナさん、どうか使ってください!」


 僕はマキナに向かって頭を下げ、ベッドを指差した。


「そ、そんな!」だが、マキナはふるふると首を振った。「ご主人様を床で寝かせて、私がベッドで寝るなんて……そんなことできません!」


「で、でもそれじゃあ……」

「良い解決策があります。一緒に寝ましょう」

「え、でもこのベッドはシングルで……」

「一緒に寝ましょう」

「……マキナさん、なんか、目がギラギラ光ってて、怖いんですけど」

「一緒に寝ましょう」

「何か、身の危険を感じるような……」

「一緒に寝ましょう」

「……」


 そういうことになった。



「じゃあ、おやすうおおおおおおっ!?」

 ベッドに入った瞬間、マキナは体当たりするように僕に後ろから抱きついてきた。


「カケルさん! カケルさん! カケルさああああああんっ!」

 可愛い! なんか声が普段と違ってて、すごく可愛いんですけど!


 何かされるかもとは思っていたが、マキナの仕掛けは予想の百倍ぐらい早かった。情緒とか! もっと情緒とかあるもんじゃないの!?


 僕の心臓は高鳴り、頬は熱く紅潮する。

 胸のあたりに回った細い腕の感触は、少しくすぐったい気もするけど、なんだか気持ちいい。

 背中に押しつけられたマキナの胴体は、温かくて、柔らかくて、なだらかな起伏が感じられる。

 そして、鼻をくすぐってくる、なんだか良い気分になる匂い。


 や、やばい……なんだか、変な気持ちに……。


「カケルさん……」

 最初の勢いが嘘のように、急にしおらしくなったマキナは、僕の耳元でささやいた。

「私……とっても多機能なんですよ……そういう機能も、ちゃんとついてるんです……」


 そういう機能って、どういう機能だろう……僕の頭の中で、想像が膨らんで、弾ける。


 その時の僕は、胸が締め付けられるような緊張と、あえぐような息苦しさを同時に感じていたのに、少しも嫌な気分じゃなかった。

 そんな不思議な感覚を味わいながら、僕は、マキナの温かいささやきの続きを聞く。


「カケルさん、今日一日、すっごく頑張ったでしょう……ごほうび、欲しくありませんか?」


「……」


 欲しい。

 ごほうび、とっても欲しい。


 ……けど。


「やめてくれ、マキナ……」

「……すみません」


 僕がそう言って拒絶すると、マキナは、意外なほど大人しく、スッと僕から離れた。

「……」

 そのまま、マキナはベッドを出て行こうとする。

 なんだか、落ち込ませてしまったみたいだ。


「マキナ、」

「すみません」


 僕が起き上がって何か言おうとするのを遮って、マキナは言った。


「嫌ですよね……人間の女じゃない、自動人形なんて。抱きたくないですよね。気持ち悪いですよね」

「そ、そんなんじゃないよ!」


 僕はベッドから飛び起きてマキナの肩を掴み、強引に振り向かせる。

 向き合ったマキナは、いまにも泣き出しそうな、潤んだ瞳をしていた。

 嘘泣きなんかじゃない……マキナは、本当に傷ついていた。


 そんなマキナに、僕は語りかける。


「人間じゃないとか……そんなことを気にしてるわけじゃないんだ。だって、マキナはすごく綺麗だし、すごく良い子だし……」

「じゃあ、どうして……?」


「それは……僕の問題だよ。いまそういうことをしたら、なんていうか、全部がマキナのペースになってしまいそうで……それは、嫌なんだ」


 それを聞いて、マキナは眉をひそめる。


「どういうことですか? よくわかりません」


「つまり……いまの僕は、マキナに釣り合わないと思うんだよ。だって僕は、ただの小さな街の冒険者で、信じてた仲間に裏切られたばかりの、バカで惨めなやつでしかなくて……それなのに君は、すごく強くて、勇気があって、優しい心を持ってて、頭も良くて気が利いて、さっきだって、僕のして欲しいことを、先回りでしてくれたりして……」


「は、はあ!? ちょっとカケルさん、何言ってるんですか!?」


 マキナは、世の中にこれ以上驚くべき事はない、みたいな調子で叫んだ。


「あなたみたいな高ステータスな魔法使いが、釣り合いだなんて……ほんと、何言ってるんですか!?」

「すてー……たす? そういえば、昼間もそんなこと言ってたね?」

「ああっ! そうだった! この世界の人はステータスが見えないんだった!」


 言って頭を抱えた後、マキナは、僕に人差し指を向けながら言った。


「いいですか、カケルさん……あなたのステータスは総じて高くて、特に知力と魔力は99999……カンストしてるんです」


「かん……すと?」


「数十億人に一人のレベルの逸材だってことですよ! 自覚ないんですか!?」


「はあ? 僕が? なんでそんなことに?」


「理由は正直、わかりませんけど……とにかく、カケルさんはもっと自信を持っていいんです。さあ、わかったら早く横になって。全部私がやってあげますから」


「ちょちょちょちょっと待ってよ! 要するに、僕は心の準備ができてないってことなんだよ!」


「……チッ。何ビビッてやがんだ……面倒くせえな」


「マキナ……さん?」


「……失礼しました。そんなことよりもカケルさん、悪いことは言わないので、よく聞いてください」


「え?」


「この街を出て、もっと大きな街へ行きましょう……あなたがこんな街で埋もれているのは、ここにはあなたのすごさがわかる人材がいないからです。もっと大きな街に行けば、きっとカケルさんを正しく評価してくれる人と出会えますよ」


 僕は、マキナがかなり真剣な様子で言っていることはよくわかったものの、話の内容そのものは、いまいちピンと来なかった。

 そんなことより、今日はもうさっさと寝たかった。


「……考えておくよ。でも、今日はもう疲れたから寝よう……ええっと、襲わないでね?」


「むう……でも、添い寝はOK、ってことですよね?」


「……わかった。交渉成立だ」


「じゃあ本番は、カケルさんが自信を持てるようになってから、ということで」

「何が『じゃあ』だよ……あと『本番』って君ね……」

「本番っていうのはですね、おしべとめしべが、」

「いや説明しなくていいから!」


 何はともあれ、ようやく、僕たちは狭苦しいベッドの上に並んで横たわった。


 触れてくるマキナの肩は、とても温かい。あと、布越しなのになぜか、スべスベしてるような気がする。良い匂いもする。

 それだけでも、僕には相当な刺激だったけど……まあ、しばらくして落ち着けば、何とか眠れそうだった。


「あの……カケルさん?」

「ん、今度はなんだい?」

「疲れてるのにすみません……でも、これだけは言わせてください」


「さっきは面倒くさいとか言いましたけど……あれは冗談ですから。私は、カケルさんに拾われて、本当に良かったと思ってます……」

「変な人じゃなくて、カケルさんみたいに素敵な人で……」

「本当に……良かった」


 言いながら、マキナは僕の手を握ってきた。柔らかいぬくもりが、僕の手の中に広がっていって、少しずつ熱さに変わる。

 これって約束違反じゃないかな、と僕は思いつつ、けれど抵抗する気がちっとも起きなくて……僕は、その手を握り返した。


「僕もだよ、マキナ……」


 緊張が解けて、急速に眠りへと誘われていく意識の中で、僕はそう言った。


「君が僕のところに来てくれて……本当に、良かった」


 その日、僕は緊張して眠れないどころか、とても心穏やかに、眠りに落ちることができた。


 それは、戦争で家族を亡くして以来、久しく味わったことのないような、安らかな眠りだった。


 ……次の日から、全く新しい、刺激的な日常が始まるとも知らず……僕は、世界の全てが優しかった、子供の頃に戻ったかのように、安心して眠った。

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