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12 実は良いヤツ? いいえ、そんなことばかりじゃありません


 僕たちが街の冒険者ギルドに帰り着く頃には、日はとっぷりと暮れていた。


「はあ……」見慣れた冒険者ギルドの明かりを前に、僕は安堵のため息をつく。「今度こそ、本当に生きて帰れた……」

「本当に、本当にお疲れ様です、カケルさん」


 そう言って、ニッコリと僕に微笑みかけてくれるマキナを目にすると、僕の疲れ切った心は癒やされていく。


「……とはいえ、まだ問題は残ってるんだけどね」

「え? そうなんですか?」


「まずは、マッシュとミリアムの件だ……あいつら、一日に二回も仲間を裏切りやがって。さすがの僕も、もう許さないぞ……」

「それについては、ぜひ私にご用命を!」

「いや、だからやめろって!」


 サーベルを取り出したマキナを、僕はたしなめる。


「マキナが手を汚しちゃダメだよ。ちゃんと正規の手続を踏んで、ギルドに報告するんだ」

「むう……カケルさんって、ほんとに『良い子ちゃん』ですねえ」

「……君の方こそ、忠実な自動人形の割には、遵法精神がなさすぎない? あと、やっぱり口が悪いよね?」


 自動人形が罪を犯した場合って、持ち主の責任になるのかな……? なんだか、とても心配だ。


 そう、僕が心配していることはもう一つ……マキナのことだった。

 いや、殺人を犯すとか、そういうことじゃなくて、マキナを見たら、冒険者ギルドのみんなはなんて言うだろう、ってことだ。


 きっと、周囲を十重二十重に取り囲まれて、質問攻めにされるだろう……。


「どこで拾った?」「どんな機能がある?」「強いのか?」とかはもちろん「売ってくれ!」なんて言い出すやつが出てこないとも限らない。


(……マキナを売る、かあ)


 ダンジョンでレアアイテムを拾ったら、売ってお金に換える。

 何もおかしいことはない。冒険者なら、誰だってやっていることだ。


 マキナほどのレア度と能力なら、大きな街の市場に出せば、一生遊んで暮らせるほどのお金が手に入るかもしれない。


(……いやあ、でも、それはなあ)

(マキナを売るっていうのは……なんか、すごく抵抗あるなあ)


「?」マキナが首をかしげていた。「カケルさん? 私の顔に何かついていますか?」

「い、いや!」


 僕は無意識のうちにマキナの綺麗な顔を見つめていた。慌てて取り繕って、僕は言う。


「なんでもないよ!」

「……?」


 ……まあ、もう疲れたから、今日は食べて寝て、難しいことは明日考えよう。


 そう思って、僕はマキナを連れて、冒険者ギルドのドアをくぐった。


「……あれ?」


 瞬間、僕は異変に気づいた。


 冒険者ギルドには大きな酒場が併設されていて、夜ともなれば、そこは一仕事を終えた冒険者たちで満席になる。


 明日の命も知れぬ冒険者たちは、よく食べ、よく飲み、よく遊ぶ。ギルドの酒場は、毎夜のごとく、大宴会の会場となるのが常だった。


 ……ところが、今日に限っては、様子がおかしかった。


 顔なじみの冒険者仲間のみんなは、酒を前にして卓についているが、その顔はどうにも浮かない。


 いつもなら、そこかしこで一気飲みや飲み比べが行われているはずなのに、今日はなぜかみんな、チビチビと、どうにも辛気くさい飲み方をしてばかりいる。


「ど、どうしたの、みんな?」

「どうしたもこうしたもねえよ!」


 僕が聞くと、入り口近くのテーブルにいた槍使いの男が、木製のジョッキをテーブルに叩きつけながら叫んだ。


「てめえ、こんな遅くまでほっつき歩いてたくせに、よくもヌケヌケと、このノロマが……ん……?」


 その男はかなり荒れていたが、振り返って僕の顔を見ると、態度が急変した。


「か……カケル! お前、生きてたのか!?」

「う、うん……」

「おい!」男は酒場の中に振り返って叫んだ。「みんな見ろ! カケルが生きて帰ってきたぞ!」


「何ぃっ!?」「本当だ! 本当にカケルよっ!」「お前、よく生きてたなあ……!」「おお神よ、感謝します……!」


 な、なんだなんだ?


 戸惑う僕を、ギルドのみんなは取り囲んで、やれ「生きてて良かった」だの「感動的だ」だの「英雄の帰還だっ!」だのとはやし立てている。


「な、なんなんだよ、みんな。一体どうしたんだ?」

「な、なあ、カケルどの……」


 僕の困惑は無視して、とある僧侶の男が、恐る恐るという様子で僕に聞いてくる。


「ゲイルどのは、どうなさった……?」

「ゲイルは……死んだよ。ゴブリンにやられた」


 僕が言った途端、周囲に悲嘆の波が広がった。

 天を仰いで目を覆う者、うつむいてすすり泣く者、手を合わせて冥福を祈る者……みんなそれぞれのやり方で、悲しみを露わにしている。


 だが、僕は何か妙だと思った。

 こう言ってはなんだけど、冒険者稼業に死はつきもの。普通、一人の冒険者が死んだぐらいで、こんなに大騒ぎしたりしない。


(一体、何があったんだろう……)


 僕がそう疑問に思い、質問を口にしようとした、その時だった。


「か、カケル……」

「ぶ、無事で良かったわ……」


 そう言いながら、おずおずと、冒険者たちの人垣をかきわけて、僕の目の前に歩み出た二人組がいた。


 マッシュとミリアムだった。


 その瞬間、周りにいた冒険者たちが口々に言い始める。

「おおっ! 感動の再会だな!」「素敵だわ!」「長年冒険者をしてるが、こんな劇的な場面は見たことがないぜ!」


 みんな歓喜した様子だったが……だんだん話が読めてきた僕は、どんどん表情を険しくしていった。


 それに気づいたのか否か、マッシュとミリアムが、示し合わせたかのように僕に抱きついてくる。


「よく生きててくれた、カケル!」

「あなたは命の恩人よ!」


 それを見て、近くにいた大柄な盾使いの男が言う。


「カケル……お前は立派だぜ」彼は鼻をすすって涙を流しながら、こう続ける。「自分を犠牲にして、仲間を逃がそうとするなんてな」


 そしてマッシュとミリアムは、僕の耳元で、他の誰にも聞こえないような小さな声で、こう言った。


「なあ、頼むよ……このまま話を合わせてくれ」

「あなたにとっても、悪い話じゃないでしょ……あなた、英雄になれるわ」


 瞬間、僕は、この酒場で何があったのかを完全に理解した。


 そして僕は、冷え切った低い声でこう言った。


「いますぐ僕から離れろ……この、薄汚いクズども!」


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