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11 最初の友


 もう日は暮れかかっていて、夕焼けの赤い光が、周囲を包み込んでいる。


 ゴブリンたちを追い払った後、僕は川原に横たわるゲイルの亡骸を見下ろしていた。夕暮れの長い影が、ゲイルの背中にかかる。


 ひどい有様だった。


 ゴブリンたちの手によって、鎧兜、武器の類いを全て持ち去られ、裸同然に剥かれたゲイルは、血まみれになって息絶えている。

 その顔面もまた血だらけで、どんな表情で逝ったのかもわからない。知りたいとも思わない。

 悲惨だった。


(これが、君の最期なのか……ゲイル……)


「ざまぁみろ、ですよ!」


 僕の後ろから、マキナが吐き捨てるように言う。


「これは、カケルさんを裏切ったことに対する、当然の報いです! 自業自得です! 天罰が下ったんですよ!」


「……そうだね、その通りかもしれない」


 言いながら、僕はトボトボと歩いて、石が散らばる川原を離れ、周囲が土になっているあたりで立ち止まった。


 ひざまずいた僕は、魔法を詠唱しながら、地面に向かって手をかざす。

「<インパクト>!」

 地面に衝撃が走ったかと思うと、次の瞬間、僕の目の前には、人一人が入れるぐらいの大きさの穴ができていた。


 ……でも、大柄なゲイルには、ちょっと小さかった。


 そこで、僕は穴に入って、護身用に持っている短剣を取り出すと、それをシャベル代わりに使って手作業で穴を広げ始めた。


 それを見て、後ろからマキナが言ってくる。


「な、何をしてるんですか……カケルさん?」

「……ゲイルをさ。弔ってやろうと思って」

「なっ……!? どうして!? なんでですか!? 」


 マキナは驚いて言う。


「そんなやつ、野ざらしにしとけばいいんですよ! そのへんにいるモンスターや野生動物に、死体をムシャムシャ食べられちゃえばいいんです! その方が、よっぽどこいつにはお似合いですよ!」


 僕は短剣を動かす手を止めないまま、マキナに語りかけた。


「そりゃ僕だって、ゲイルのしたことはひどすぎると思うよ。さっきも言ったけど、仲間を裏切るなんて、冒険者として一番やっちゃいけないことだ」

「マキナの言う通り、当然の報いだ、ざまぁみろ、って気持ちは、もちろん僕にもある」


「……でもね」

「ゲイルは……十分に、ひどい死に方をしたと思うから」

「あんな風に……仲間に逃げられた上に、ゴブリンに寄ってたかって刺されまくって、泣き叫んで」

「きっとすごく怖かったろうし、痛かったろうし、屈辱的だったろうし」

「……僕がゲイルに復讐したとしても、あれ以上にひどいことはできなかったと思うから」


「だから……僕はもう、ゲイルは十分に、犯した罪の報いを受けたと思うんだよ」

「だから……僕はもう、ゲイルのことを許してやろう……って、わけじゃないんだけど。もちろん、許せないんだけど」

「でも……」

「もう、いいんだよ」


「……」


 マキナが息を呑んで黙り込むのが、背中越しに伝わってくる。

 僕は続けた。


「僕はね、ここから遠く離れた村の、裕福な農園の息子として生まれて、何年か前まで、街にある全寮制の魔法学校に通っていた」

「でもある時、戦争で僕の村は焼かれて……家族はみんな殺されてしまって。財産も全て失って」

「学費を払えなくなって、退学になって」


「生きていくために冒険者になったんだけど、学校でちょっと魔法をかじっただけの僕なんか、本物の戦闘では大して役に立たなくて」

「仕方ないから、僕は大きなパーティに下っ端として入って、経験を積みながら雑用みたいな仕事をこなして……」

「でも、稼ぎは先輩の冒険者に吸い上げられて、僕にはほとんど回ってこなかった。僕はまともに食べることも出来なくて、いつもお腹を空かせていたし、馬小屋を借りて寝起きしていた」

「……たぶん、仲間だと思われていなかった」


「……そんな時、一緒に独立しようって声をかけてくれたのが、同じパーティにいたゲイルだった」

「僕は嬉しかった……こんな僕を、必要としてくれる人がいるんだって」

「僕一人だったら、勇気がなくて、パーティーを飛び出して独立なんて、きっとできなかったと思う」


「ゲイルと二人だけで、初めて討伐クエストを達成した日のことは、忘れられないよ……それまでだったら先輩たちに巻き上げられていたはずのお金を、二人で山分けしてさ。お腹いっぱい食べて、宿屋のちゃんとした寝床で寝て……」

「そりゃ、ゲイルのことだから、心の中では僕のことを見下してて、利用しているだけのつもりだったかもしれない」


「けど……それでも、どん底にいた僕を、ゲイルが助けてくれたことは、事実だと思うから」

「確かにゲイルは、最後に僕にとてもひどいことをした……でもだからって、昔、ゲイルが僕にしてくれたことが、全て消えてなくなってしまうわけじゃないと思うから」

「……そう、信じたいから」


「……」


「まあ、とにかく! そういうわけだから」


 僕は、一つ大きく伸びをしながら言う。


「僕はマキナになんと言われようと、ゲイルを手厚く弔う! これはもう決めたことだ。だから、邪魔しないでくれ」


 そう言って僕は言葉を句切り、黙々と手を動かし始めた。

 けれど、力仕事に不慣れな僕は、穴掘りには苦戦した。


(……くそっ。薄暗くなってきた。日暮れまでには、終わらせたいのに)


 僕が心の中で悪態をついた、その時だった。


「カケルさん」

 背後で、マキナがふわりと、穴の中に降り立った気配がした。

「こちらを向いていただけませんか?」


 言われて、僕は振り向く。


 マキナは、神妙な面持ちをして、両手を身体の前で合わせていた。

 僕と目が合った途端、マキナは深々と頭を下げる。


「どうか、先ほどの無礼をお許しください……知らなかったこととはいえ、カケルさんの大切なご友人を侮辱してしまいました。あなたの忠実な自動人形として、一生の不覚です……お詫びというわけではありませんが、どうか私にも、ゲイルさんの埋葬を手伝わせてください」


「……いいんだよ、謝らなくても。マキナは、何も知らなかったんだから……それに、僕のために怒ってくれて、嬉しい気持ちもあったよ。だから、顔を上げて」


「そういうわけには参りません」


「……じゃあ、許すとか許されるとかじゃなくて、仲直り、ってことにしない?」


 マキナは、怪訝な表情で、顔を上げながら言う。


「……仲直り、でしょうか?」


「うん。さっきの僕たち、ちょっと喧嘩みたいになってたろ? だから、これで仲直り、ってことにしようよ……さっきは、きつい言い方をしてごめんよ、マキナ。もっと早く、こうして説明すればよかったんだ」


 そう言うと、僕は短剣を左手で持って、空いた右手をマキナに向かって差し出した。

 マキナは、ハッとした顔でその手を見ると、すぐに柔らかい笑顔になって、右手を出して、僕の手を握った。


 そして、マキナは左手でスカートを少し持ち上げる仕草をしながら、軽く頭を下げる。


「カケルさん……」

「ん?」

「私……カケルさんに拾われて、本当に、良かったです」


 そう言ったマキナが、飛びきりの笑顔を見せてくれた瞬間。

 僕は、マキナとの間にできかけていた心の壁が、スッと消え去るのを感じた。



 マキナが手伝ってくれたおかげで、どうにか、日没前にゲイルの埋葬を終えることができた。


 最後に僕は、ゲイルが眠る土の上に、少し大きめの石を置いて、魔法でこう刻んだ。


「ゲイル・ワーデン、ここに眠る …… 彼は、最高の友ではなかったが、最初の友だった」



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