10 ゲイルの最期
ゴブリン。
緑色の肌をした、人型のモンスター。
筋肉質の引き締まった身体をしているが、背丈は人間の腹ぐらいまでで、一対一で戦えば、なんてことはない敵だ。
だが、それぐらいのこと、知能の高いゴブリンはよくわかっている。それ故に、連中は決して一対一の戦いなどやろうとしない。
圧倒的多数で獲物を取り囲んで、袋だたきにする……それが、ゴブリンたちの戦術だ。
そして、いままさに僕とマキナは、圧倒的多数のゴブリンに取り囲まれていた。
僕とぴったり背中をくっつけつつ、マキナが言う。
「カケルさん! 私から離れないで!」
「でも、ゲイルたちが!」
「言ってる場合じゃないですよ! こっちが危ないです!」
だが、僕たちがそうして話している間も、ゴブリンたちは遠巻きに様子を見るだけで、襲いかかってこなかった。
「な、なんで攻撃してこないんでしょう、こいつら……」
「各個撃破する気だ……」
「え?」
「僕たちをここで足止めしておいて、まずゲイルたちを倒す。その後、ゲイルたちを襲っている部隊と合流して、全力で僕らを倒す」
さすがゴブリンは狡猾だ。我先にと飛びかかってきて、あっという間にマキナに全滅させられた、ダンジョン内のザコとはわけが違った。
そのマキナは、サーベルを握り直しながら言う。
「ははあ……それじゃあこいつら、私たちの方が強いって、気づいてるわけですね?」
「ああ。だったらその強さを見せつけてやろう。マキナ、援護を頼む」
「お任せくださいっ!」
僕は改めて、戦場の様子を観察した。
マキナは僕から離れられないので、自分からは攻撃に出られない。が、攻撃してきたゴブリンを返り討ちにすることなら、問題ないだろう。
次いで僕は、ゲイルたちの方を見やる。
ゲイルは、まだもう少し余裕がありそうだ。
けど、マッシュとミリアムは……
「ひいいいいいいぃっ! 来るなあっ! 来るなあっ!」
「キャアアアアアアア! 来ないでぇ!」
二人とも、ゲイルと背中合わせになりながら、完全にパニックに陥っていて、ロクに狙いもつけず長剣や短剣を振り回すだけになっている。あれでは、次の瞬間には殺されていてもおかしくない。
(……よし)
僕はまずマッシュとミリアムを助けることを決め、魔法の詠唱を始めた。
その気配を察知して、三体のゴブリンが僕に斬りかかってくるが、
「はあああああっ!」
マキナによって、まとめて一刀両断される。
僕は無事に魔法を発動させた。
「<ファイアウォール>!」
瞬間、マッシュとミリアムを取り囲んでいたゴブリンたちの足元に、炎の壁が出現する。
「「ギャアアアアアアアアッ!」」
全身を炎に包まれたゴブリンたちは次々と倒れ、川原の石の上でのたうち回る。
「な、なんだ?」
「何が起きたの?」
マッシュとミリアムは困惑している。
「マッシュ! ミリアム!」
僕はそんな二人に向かって叫んだ。僕に気づくと、二人とも驚愕していた。
「カケル!?」
「あなた、生きてたの!?」
「いまはそんなこといいから!」と僕。「ゲイルを援護してくれ! 僕もすぐそっちに行く!」
「わ、わか……」
わかった、と言いかけたマッシュたちだったが、ゴブリンの一部が、陣形に開いた穴を埋めようとして動いているのを見ると、すぐに顔が強張った。
逃げ道が塞がれる……マッシュたちには、そう見えたのだろう。
そして、次の瞬間に起きたことに、僕は目を疑った。
「う……うわあああああっ!」
「キャアアア!」
事もあろうに、マッシュとミリアムは、武器をうち捨てて逃げ出したのだ。
なんてことだ。これでは、ゲイルの背中はがら空きなってしまう。
「なっ!」僕は叫んだ。「バカッ! ゲイルを援護しろ! おいっ!」
「おおおいっ!」
ゲイルも、目の前のゴブリンの相手をしつつ、肩越しに振り返りながら叫んでいた。目には涙が浮かんでいる。
「逃げるなあっ! 頼む、逃げないでくれえ! 俺を置いていくなああああああっ!」
だが、マッシュたちは僕らの叫びを無視して、そのまま走り続けた。まだゴブリンが陣形を塞ぐ前だったので、二人は逃走に成功する。
ゴブリンたちは、逃げるマッシュとミリアムを無理に追おうとはしなかった。代わりにやつらは、無防備になったゲイルの背中を狙った。
ゴブリンたちは大挙してゲイルの背中に体当たりし、同時に、後ろからゲイルの両足を引っ張る。
力自慢のゲイルも、さすがにどうしようもなかった。ゲイルは「うわあっ!」と悲鳴を上げながら、前のめりになって倒れる。
ゴブリンの群れは、倒れたゲイルに一斉に襲いかかって、両手両足をそれぞれ数体がかりで押さえ込んで、動けなくした。
「うわあああああっ! やめろっ! やめろおおおおっ! やめてくれええええええっ!」
ゲイルが手足をジタバタさせながら悲痛な叫びを上げるが、もうゴブリンたちを振り払うことはできない。それを見て、ゴブリンたちはゲラゲラと笑っていた。
そして、短剣を持ったゴブリンたちが、ゲイルの全身鎧の隙間という隙間にその切っ先を差し込み、ザクッ、ザクッ、ザクッ、と繰り返し突き刺していく。鎧の隙間から、生温かい赤い血があふれ出す。
「いてえええええっ! いてえよおおおお! いてえゴポッ……よ……ぉ……」
ゲイルは口から血を噴き出して、叫ぶこともできなくなっていった
僕を裏切り、見捨てたゲイル。
そのゲイルがいま、残った仲間から、今度は自分が見捨てられて、無残な死を遂げようとしてた。
「ゲイル! ゲイルウウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!」
ゲイルとゴブリンが密着しているので、僕は魔法を撃ち込んで助け出すことができなかった。叫ぶことしかできなかった……。
「カケルさん、しっかりしてください!」
呆然とする僕に向かって、マキナが叫ぶ。
「あいつが死んだら、残ったゴブリンがこっちに向かって来ます! 早く魔法を!」
「くっ……!」
僕はマキナに言われて、ウィンドカッターの魔法で周囲の木をなぎ倒し、ゴブリンをそれに巻き込んで、次々と押しつぶしていく。
僕の詠唱を妨害しようと、ゴブリンたちが再び襲いかかってきたが、全てマキナによって斬り捨てられた。
それを見て分が悪いと悟ったのか、ゴブリンたちは、整然と引き上げていった。
……だが、僕たちは、時間をかけすぎた。