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「なぁ、お願いだ。頼むからあいつを元に戻してくれ!」
右肩に強い衝撃。目の前の金髪の男は、額に汗を浮かべ、チャラい見た目とは真逆の必死さで頼み込んでくる。
「私からも……お願いっ。キミしか頼れないの!」
今度は左肩を掴まれた。腰まで伸ばした黒髪が印象的な少女。こちらも男と同じで、必死に懇願してくる。
「……ごめん」
俺は短くつぶやき、目を伏せた。無力な俺が彼と彼女にしてやれることは、何一つない。
ふと、肩が軽くなる。
俺から手を放した二人がへなへなと床に座り込む。
絶望に染まった彼らの視線の先。俺もつられてそっちに視線をやる。
そこには、異常な光景が広がっていた。
なんてことない学校の机。しかし、異常なのは机の上だ。
「うわぁ……」
ドン引きの『うわぁ』が口から漏れた。完璧に無意識だった。
そこには、いろとりどりの東京タワーが乱立していた。
もちろん比喩表現だ。しかし、そんなナンセンスな比喩表現が思わず飛び出てしまうような光景が、そこにはあった。
ガガガ文庫、MF文庫、電撃文庫、オーバーラップ文庫、GA文庫……。
ライトノベルが、各出版社ごとに分けられ、それぞれ1メートルを超える高さで積まれている。それらは塀のような役割を果たし机の主を見ることが出来ないほどだ。
ファンタジー小説に登場する本を吸収して成長するバケモノにしか見えない。そんなモンスター、いるのか知らんけど。いたら間違えなく図書館ステージのボスだろうな……。
しかしここは現実だ。バケモノも妖怪も存在しない。
ふと、ラノベの山からからボソボソと声がする。座り込む二人とアイコンタクトし、耳を澄ます。
「なんだかんだ、イケメン主人公といったらキリトなんだよなーやっぱw
一応オタクだけど彼女いるし、退けない性格っていうのも男らしくてアタシ的にはグッド。明日からアスナ似のコーデしてこようかな(笑)
あー、キリトに抱かれたい……」
「「「ひぃっ!」」」
三人揃って悲鳴を上げてしまう。
前言撤回。バケモノは存在した。
うずたかく積まれたラノベの中心に座っている、目元にクマを浮かべ、気色の悪い独り言をつぶやいている少女。
新見 朝日。それが彼女の名だ。
「なんで……こんな……ぐすっ」
「ちくしょう……ちくしょうッ」
床に座り込んでいる二人が慟哭する。そんな二人を見ていると、なんとも言えない罪悪感を覚えた。
金髪の男――一松 和也――は、スポーツ万能のイケメン。
黒髪ロングの和風少女――尾市 琴――は、成績優秀の才女で、教師・クラスメイトからの人望も厚い。
そして、彼らが泣いている理由。
ライトノベルを吸収し、独り言を呟くバケモノ――新海 朝日――は、派手なメイクに身を包みながら、持ち前のコミュ力でカーストの頂点に君臨している女王、だった。そう、過去形だ。
金髪だった髪はところどころ黒髪に戻り、カオスな色合いになっており。マスカラとカラコンによって飾られていた瞳は黒縁メガネに隠されてしまっている。
今の朝日に二人の声は届かない。いや、誰の声であっても届かないだろう。いや、それは間違えかもしれない。キリトとか達也お兄様とかなら可能だ。彼らは本の中だけど。
彼女はブツブツと何かを呟き、時々「フヒヒっ」という笑い声を漏らしてはページをめくる。壊れたラジオのように、その動作を繰り返しているだけだ。
夕日に染まる教室。グラウンドから聞こえる運動部の掛け声。The 青春という背景が、余計に彼女の異質さを際立たせていた。
「どうしてこうなった……」
朝日をクリーチャーへ改造してしまった張本人である俺は、力なく呟くことしかできない。
泣き崩れる二人。ニチャア……という深淵に潜んでそうな笑みを浮かべながら、ラノベを読みふける金髪ギャル。
俺はそんな異常な光景から目を背け、彼女がこうなってしまった原因――先週の金曜日のことを、ぼんやりと思い出していた。
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