恐怖の面会
久しぶりにエリちゃんが公爵家に帰って来ていた。
また身長が伸びたみたいで、益々男の子っぽくなっていた。一番の変化は…声変わりだ!
「ミディア、ダンスの勉強しているんだって?」
声が…声が…低い!イケボだよっ。くぅぅ…イケメンでイケボ堪りませんなぁ!
「エリお兄様のお声…まだ慣れませんわ」
エリちゃんはニヤっと笑った後、耳元に顔を寄せてきた。
「これからはミディアの耳元でずっと囁いてあげるからすぐに慣れるよ」
耳がっ…吐息が耳にかかるっ!?いつの間にこんな女たらしな発言をするような男の子になったの?
「おかーさんそんな子に育てた覚えはありませんよ!」
「どうしたの?」
「何でも御座いません…」
興奮して立ち上がっている所に、機嫌の悪そうな義父がやって来た。そう言えば胸糞の悪いアリフェンナババアとその一味(祖父)の判決が今日出るんだった。私も傍聴というのをしてみたかったんだけど、エリちゃんはトラウマが刺激されたらいけないので欠席…私は未成年につき入場禁止。確か義父とミルデランティお義兄様は傍聴していたはず…
「一足早く帰ってきたのだ…ふぅ…ミディア、エリィよく聞いてくれ。あの女は国外追放になった。死罪にはならない。ゴモンデ子爵も爵位返上で資産凍結の上、没収。貴族の女性が国外追放にされたら実質は生きてはいけないと思ってくれ…それで堪えて欲しい」
うん…そうだろうね。本当は投石刑とかも追加して、被害者の皆でババアに石でも投げつけられたらいいのに…とか思っていたけど、仕方ない。まあ、追放されるだけでもあの人は生きてはいけないだろうしね。
つい…チラチラとエリちゃんの横顔を見てしまう。エリちゃんは無表情だった。
「それでなんだが、私もミルも反対したのだが…あの女が国外追放される前にミディアに会いたいと訴えて…裁判官が許可してしまったんだ」
「はぁ?」
私とエリちゃんの声が重なった。
「何かろくでもないことを企んでいるかもしれないのに、ミディアを会わせられるか!と言ったんだが『子供なら実母に会いたいでしょう』とミディアの実態を知らない能天気な裁判官が許可をしてしまった。裁判所命令まで出してきた」
実態…能天気…今日もアラフォー35才のおっさんの口撃が鋭いですね。
「ヤバイわぁ~ヤバイヤバイ」
某お笑い芸人のようにヤバイよヤバイよを連発しながら、ミルデランティお義兄様がいきなり部屋に入って来た。魔法で帰って来たのかな?
「そりゃごく一般の10才児なら母親に会いたくて泣いている所だろうけど、ミディアだぜ?それは無いよな?」
「ミル義兄様は私を褒めてるの?貶しているの、どっち?」
「裁判所命令なので法の拘束力がある…仕方がないのでミディア、嫌だろうとは思うがチラリとだけ会いに行ってくれるか?」
義父がミル君を顧みてから大きな溜め息と共に、私を見た。
「仕方がないけど、行くわ」
「ミディア!?」
エリちゃんが顔色を変えた。エリちゃんのトラウマスイッチが入りそうで…困るけど仕方ない。
「心配すんなよ、父上は保護者枠で同席が認められたから…それに俺も魔法で遠見しておくから」
なるほど!魔法でその場にいなくても監視カメラ的に見れるんだ!いやぁ便利だね。ミル君の言葉に義父はちょっと安堵したような顔をした。
「そうか…気鬱だが、ミルが一緒なら怖くは無いな」
いや、何それ怖いのかパパァ!?アラフォー35才にミル君が全面的に頼られてるのか?そうなのか?
そうか普段のフニャけた感じですっかり騙されて?いたけれど、ミル君って超天才の魔法剣士だった。若干17才で部隊の隊長なんて軍部創設以来初の快挙らしいし、そりゃ義父もそういう面では頼りにしているのだろうね。
°˖✧ ✧˖° °˖✧ ✧˖°
「父上…盗聴魔法と…も…かけていい?」
私だって知っている、国の諜報機関が使っている魔法を義父にいっぱい使おうとしている、天才様。
私の隣でまだ顔色を悪くしているエリちゃん…
「屋敷で待っててもらってもよかったんだよ?」
私がエリちゃんの顔を覗き込みながら聞くとエリちゃんは首を激しく横に振った。
今は場所を移して、私達は王城の北の端にある収監棟の前にいる。門兵に裁判官の許可書を見せた義父が手招きしたので、側に寄った。
「中に入るのは娘のミディアと保護者の私です」
「公のご子息方が入れませんが、宜しいですか?」
「はい、了解です」
ミル君が返事を返しているなか、エリちゃんは真っ青だ。ちょっと、エリちゃんを木陰に連れて行ってあげた方がいいんじゃない?
そして義父と収監棟の中に入った。牢屋のイメージとして持っていた、汗とか排泄物の嫌な臭いはしない。多分、消臭魔法をフル稼働しているのだろう。
異世界の空気清浄機さん達…オツカレ。
そして看守のおじさんに案内されて分厚い扉の前に立った。
「この奥が独房です」
「あっちょっと待ってくれ、え~と……」
義父は魔石を握って何かメモ紙を広げている。どうしたの?
「ミルが…姿を隠してた方が面白いことが起こるかも…とか言うので、一応違法性は無いと許可を頂いて『透過魔法』を使うことにした」
「透過魔法…」
透過…透明とかいう意味よね?もしかして透明人間になれる魔法なの?
「高度魔術を使えるのですか!?」
それを聞いた看守のおじさんも驚いている。義父はメモを見ながら魔石を少し持ち上げた。
「術式は息子が全部組んでくれているので、魔力を注入して…発動すればいいのです」
「あ~なるほど、公子はミルデランティ=ラバツコンテ大尉でしたかね。彼なら簡単だ」
やっぱりミル君は一目を置かれる存在なんだね。
「発動するよ」
義父の声で顔を上げると…おおっ!すごいっ義父の姿が霞んで…そして見えなくなった!?
「お義父様…」
「いるよ、大丈夫。このままアレに会いに行こうか」
アラフォー35才の吞気な声が空中から発せられた。
「いやぁ~すごいですな。完璧に姿が遮断されてますね!」
ここが牢屋だとは思えないほど和やかな雰囲気のまま、私と看守さんと見えない義父の3人で分厚い扉を開けて中へと入っていた。
扉を開けた奥の隅…端の部屋に、アリフェンナはいた。怖い事に牢屋に収監されているのに、その儚げな美貌に陰りが合わさり、妙に艶めかしい色香を放っている。
子供の私だって、色っぽいな~と思うくらいだから大人の男の人なら堪らないのだろう。自分の親ながら魔性の女だと思う。
「時間が来れば呼びますからね」
そう言って看守のおじさんは私の傍を離れた。鉄格子越しにアリフェンナと向き合う私と見えない義父。
「ミディア…」
年の割に可愛い声のアリフェンナ…変な意味で怖い。
「…」
ああ、何を言うのかな…正直この人とはそんなに親として接触したことは無い。メイドに私の世話を任せっぱなしで、自分は茶会や夜会に出てばかりだった。
実父の伯爵のことも記憶にない私にとっては、ラバツコンテ家に来るまでは親とは常に家に居ない大人…という認識しかなかった。
今更、私と何の話があるというのだろうか?
「私…国外追放されるのよ…ねぇ?あなたユリデランティ様に気に入られているのよね?」
アリフェンナはニヤァ…と嫌な笑いをして見せた。一歩…一歩と鉄格子に近付いて来る。思わず後ろに下がろうとして、フワッと柔らかい何かが背中に当たって、私の肩を優しく摩ってくれる手の感触があった。
ユ…ユリデランティパパァァ!そうだ、今は見えないけど、義父が一緒に居てくれるんだ。
「ねえ…ミディア、あなたから公爵にお願いしてよ?私をここから出して下さいと…ねえ、あなただって母親がこんな恐ろしい所に入れられて辛いでしょう?悲しいでしょう?」
……いいえ?何ならアンタに大きめの石でも投げてブツけたいくらいですが?
アリフェンナは鉄格子を手で掴むと、ニタァと笑って見せた。おえぇ…気持ち悪い。
「さあミディアいい子だから、公爵様にお願いして?私をここから出してまた公爵家に戻して?そうすればあなたも嫌な思いをせずに済むでしょう?」
「嫌な思い?」
「そうよ?今だって居心地悪いでしょう?貧乏伯爵の…しかも田舎の子爵の孫なんて…貴族の末端よぉ?恥ずかしいじゃない?公爵家に紛れ込んだ下賤もの…なんて陰口を叩かれるのは嫌でしょう?」
顔がカッと赤くなった。誰がそんなこと言ってたの?私に対して…?
「末端で何が悪いのよ?」
「え?」
私は姿絵くらいしか家になかった実の父親の、白銀色の髪の下から覗くサファイアブルーの優しそうな瞳を思い出していた。
「メイドの皆が言ってたっ!お父様はとてもとても優しくて、真面目で素晴らしい伯爵だったって!馬車の事故で亡くなったけど…私の事をすごく大事にしてくれてたって!爵位が何よっ!高位貴族だからって何?恥ずかしいことなんて何もないわっ私の実のお父様は素晴らしい方だってことだけで、誇り高いものっ!今のお父様もすごく優しくて大好きだものっ居心地なんて悪く無いものっ!」
私の背中を優しく撫でる見えない手が震えている…小さく嗚咽も聞こえる。義父を泣かせてしまったようだ。私も泣いているけど…ここにはいない実父を貶すって何様のつもりだっ!全国のお父さん達に謝れっ!
「恥ずかしいのはお前の方だっ!小さい男の子達にとんでもないことを強要してっ…大人として母親として恥を知れっ!人間の屑だっ!」
私がそう言い切ってアリフェンナを指差すと、アリフェンナは顔を真っ赤にして叫んだ。
「な…何っ…このガキッ!お前なんて生むんじゃなかったよっ殺しておけばよかった!」
「……っ!?」
私がブチぎれて叫ぶ前に、牢屋内でものすごい魔圧が襲ってきた。私達の頭上に魔力の塊の気配を感じたので慌てて天井を仰ぎ見た。
「あっ!?」
その魔力の塊は私が見た瞬間、すごい勢いで落下してきてアリフェンナの頭を直撃した。
「ギャ…!」
カエルが潰れた声みたいなのを上げて、アリフェンナは白目を剥いてぶっ倒れた。勢いよく落下してきたのは、大きな氷の塊だった。しかもアリフェンナの体の上にドシンとのしかかっている、その氷の塊が今度は凄い勢いで溶け始めていた。
そうか…氷が溶けて蒸発しているんだ…すごい速度で湯気になって気体になっていく。
「な…何かありましたかっ!?」
廊下の奥から走って来た看守のおじさんが、私達のいる牢屋の前に辿り着いた時には氷はすでに溶け切って、全て蒸発した後だった。
そこには白目を剥いて倒れているアリフェンナと血痕だけが残されていた。
「急に白目を剥いて倒れたんだ」
シレッとユリデランティ義父様が嘘をついた。私も迷わず頷いて同意した。
アリフェンナとの面会はそこで終了した。
私と義父が外へ出ると待っていたミル&エリ兄弟は、顔を真っ赤にして怒っていた。あ…あの会話を盗聴していたのかな?
「悪いとは思ってないよっ!許さんっ!」
エリちゃんはそう言いながら私を抱き締めてくれた。氷の塊をぶつけた犯人はエリちゃんか…
「証拠隠滅したし、別に死んでたって構うもんか!」
怖い事をいうミル君が氷を蒸発させたのか…
「よくやった!」
ユリデランティ義父も息子達を褒めている。私はこの家族に囲まれて居心地が悪いことなんてなかったと改めて実感している。
あのクソババアは私の親じゃない…国外追放にでも何でもなっちまえっ!




