第九話
旧病棟の僕の部屋を訪ねて来たフクロウを僕は迎え入れる。
「フクロウ!」
「よお晶。元気そうだな。とりあえず中に入れてくれよ」
「うん、ちょっと待って」
僕は窓を開けてフクロウを招き入れる。
「へへっ、ありがとよ。邪魔するぜ」
「どうぞどうぞ。大したおもてなしもできないけど」
「なーに心配はいらねえ。昼間の寝床を提供してくれればそれでいいぜ」
「ああ、フクロウって夜行性だっけ」
「そうそう。だから今も“おねむ”だぜ。ホーホー」
そう言って目を細めるフクロウ。
僕は慌てて彼に告げた。
「ちょっと待ってフクロウ。寝る前に僕の話を聞いて欲しいんだ」
「あ? どうしたよ」
「実は……」
僕はフクロウに自分の境遇と“今夜中に指定された二人の人物を助けないとこの島を追い出される”という事を説明した。
それを聞いたフクロウは憐れみを込めた瞳で僕を見つめてくる。
「なるほどねえ。こっから追い出されないために、そいつらを助けることになっちまったのか」
「そうなんだ。だからフクロウ、手伝ってくれないか?」
「ああ、もちろん手伝うぜ。もともとお前とは“夢魔”退治を協力して行うって約束だしな。しかし……」
「しかし?」
「一夜に二人ってのはちょいとヘビーだな」
「そ、そうなの?」
「ああ。もっと味方の人数が多いならともかく、俺ら二人だけじゃちと厳しいかもしれん。できなくはねえけどよ」
「そっか……。ごめん。フクロウにも危険が及ぶかもしれないのに勝手に決めちゃって……」
「へっ、何を謝る必要があるんだよ。どの道オレは全員を助けるつもりなんだ。これしきの困難でへこたれはしねえよ」
そう自身たっぷりに言い放つフクロウに僕は礼を言った。
「ありがとう。フクロウ」
「いいってことよ。そうだ! 晶、ケータイはあるか?」
「うん、スマホなら」
「よし、メモ帳開け。オレのかっちょいい名前を教えてやる」
「わかった。何て字? そのまんまの梟じゃないんでしょ」
「ああ。まず“つく”だ」
「つく? え? “付く”?」
「そう」
「で? その次は?」
「“くろう”。人名だ」
「九郎?」
「そうだ。“九郎様に付き従う鳥”。だから付九郎だ」
「へえ、その九郎様が名付け親?」
「ああ」
「どんな人?」
そう僕は尋ねるが、当のフクロウはとても眠そうだ。
「それは、また今度で良いか? オレ今すっげえ眠くてよ」
「あっ、眠いのに引き止めてごめん。おやすみ」
「ああ、お前も今のうちに寝とけよ。さっきも言ったけど今夜はヘビーだからな」
そう言うとフクロウは僕のリュックの上にうつ伏せになり目を閉じた。
そして気持ち良さそうにスースーと寝息を立て始める。
僕は彼を起こさぬようにそっと部屋を出ると、昨日行っていた旧病棟の掃除の続きに取り掛かった。
明日以降もここに居れる保証は無かったが、それでも掃除はやっておきたかったのだ。
否、単に何かをしていないと落ち着かなかっただけなのかもしれない。
そうして僕が旧病棟の清掃に汗を流していると僕のスマートフォンが着信を告げる。
それは通常のメールではなく『RIINE』というSNSのルームチャットの招待の通知だった。
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ShizuShizu0321: ショーちゃん。おっすー
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そのメッセージを見て僕は困惑した。
ShizuShizu0321なる人物に心当たりが無い上に、ショーちゃんという呼び名にも聞き覚えがまったく無いからだ。
間違いメッセージの可能性が高いと考えた僕は慎重に返信した。
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AkiraNaraku0502: 間違いじゃないんですか? 僕はショーちゃんじゃないです
ShizuShizu0321: 間違いじゃないよ~
ShizuShizu0321: ごめんねー急にメッセ送っちゃって~
ShizuShizu0321: 私は雫石だよ~。覚えてるでしょ?
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そのメッセージを見て僕はハッとした。
このメッセージの送り主は昨日この旧病棟に迷い込んだ黒髪の少女、雫石暁だ。
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AkiraNaraku0502: 雫石さん。いつの間に僕のIDを?
ShizuShizu0321: 昨日、私の名前の漢字を教えるために一瞬だけショーちゃんのスマホ借りたでしょ? そん時
AkiraNaraku0502: うわ。凄い早業だね。ところで
ShizuShizu0321: なんぞ?
AkiraNaraku0502: ショーちゃんって?
ShizuShizu0321: ああ、本当は晶君って呼びたいけど私も暁だし
AkiraNaraku0502: ひょっとして晶だからショウ? っていうかショー?
ShizuShizu0321: そうそう。だから君はショーちゃんね。ちなみに私は暁だからアカツキね
AkiraNaraku0502: そっちの方が格好いい。ずるいよ
ShizuShizu0321: ふはは。羨ましかろうショーちゃん^q^
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人を小馬鹿にしたような顔文字をつけてメッセージを送ってくる暁。
彼女の笑顔が目に浮かんだ僕は思わず微笑む。。
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ShizuShizu0321: ところでショーちゃんよう
AkiraNaraku0502: なんだよアカツキ
ShizuShizu0321: 昨日病院のガラスを割りまくったやべー奴が居るって噂を聞いたんだけどよう。何か知ってる?
AkiraNaraku0502: 聞いて無いなぁ
ShizuShizu0321: ほんま?
AkiraNaraku0502: うん
ShizuShizu0321: ほーん、そっけなさすぎて逆に怪しいですぞ(゜ж゜)
AkiraNaraku0502: 考えすぎだよアカツキ
ShizuShizu0321: そっかぁ。ま、いいや。今日は忙しくて無理だけどまた今度そっちに行くから
AkiraNaraku0502: 了解
ShizuShizu0321: ほなまた(゜ω゜)ノ
AkiraNaraku0502: うん、じゃあね
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僕はスマートフォンをスリープ状態にして一息つく。
“病院のガラスを割りまくったやべー奴”というワードを見た時は慌てたが、彼女は僕の言葉を信じてくれただろうか。
そんな事を考えながらも僕は寝床にしている病室へと戻り、ベッドに横たわる。
フクロウ曰く、今日の夜はヘビーらしい。
であるならば少しでも仮眠をとっておいた方が良いだろう。
シーツもクッションも何も無い木の板とはいえ、横になると少しは楽になった。
そして瞼を閉じながら、“もし二人を助けることができたら葛城にベッド用のマットレスをねだろう”と思ったのであった。
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【おしらせ】
本日は時間をずらしつつ第十二話まで投稿する予定です。