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鏡の中で君と会う。  作者: 利府 利九
七楽晶 編 【1】
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第六話



「ふぅ、何とか取り込まれる前に助けられたか……。やれやれ、間一髪ってところだなボウズ」


 脳みそに取り込まれそうになったところを助けてくれたフクロウが僕に向かって言ってくる。

 突然の事に混乱しながらも僕は何とか言葉を搾り出した。


「し、喋った?」

「あ? なんだよ、フクロウが喋ったらいけねえってのかよ。インコだって喋んだろ。それと同じだよ」


 インコはただ飼い主の発声を真似しているだけで、このフクロウの例とは根本的に違うと僕は思った。

 しかしその事をフクロウに伝えると気分を害しそうだと考え、僕は素直に礼を言う。


「とっ……とにかく助けてくれて、ありがとう」

「おっ、ちゃんと礼を言うたぁ良い心がけだな。最近はオレが助けても礼も言わねえ奴も多いんだ。まったく困っちゃうぜ。なぁ?」


 などとフクロウは愛嬌のある大きな目で僕の方を見やる。


「そ、そうなんだ……」

「ああ、それも結構歳いった大人がだぜ。案外ガキの方がちゃんと礼を言ってくる」


 などと愚痴をこぼすフクロウ。


 その時、体勢を崩していた脳みそが動き出した。

 途端にフクロウの目つきが鋭くなる。


「おっと、お喋りしてる暇は無さそうだな。ボウズ、下がってろ。アイツはオレがやる」

「わ、わかった。でも、どうやって……?」

「ふっ、まぁ見てな」


 得意げに目を細めたフクロウは大きく羽根を広げた。

 そして集中力を高めるように一瞬を目を閉じる。


 するとフクロウの体が白くぼわっと光り出す。

 次の瞬間、目を見開いてフクロウは叫んだ。


「来い!! ≪がしゃどくろ≫!!」


 次の瞬間。


 フクロウの呼び声とともに地中から巨大な骸骨の上半身が姿を現した。

 上半身だけで二メートルほどはあろうかという巨躯の骸骨で、体にはところどころ青白い炎を纏っている。


 突如現れた髑髏どくろの妖怪に僕は怯む。


「う、うわぁ!!」


 すると、情けない声を出した僕にフクロウが声をかけてきた。


「心配すんなボウズ。こいつは敵じゃない。オレが呼び出した『テラー』だ」

「て、テラー?」

「そうだ。オレが過去に遭遇した恐怖が具現化したものだ。だがオレはその恐怖を乗り越え、自分のものにした。それが自身の恐怖心の化身『テラー』だ」

「は、はぁ……」

「そしてこの脳みそ……『夢魔』とオレは呼んでいるが、この怪物どもを相手にするには『テラー』の力を借りる必要がある」


 そしてフクロウは呼び出した≪がしゃどくろ≫に命ずる。


「行け! ≪がしゃどくろ≫! そいつをぶっ飛ばせ!!」


 その瞬間、大きく右腕をふりかぶった≪がしゃどくろ≫は夢魔に強烈なパンチを見舞う。

 グシャリと鈍い音を響かせながら≪がしゃどくろ≫の右拳が夢魔にめり込んだ。


 重い一撃を浴びて引き飛んだ夢魔はのた打ち回るように触手をクネクネさせていたが、やがて動かなくなった。


 それを見た僕はかすれ声で呟く。


「凄い……。やった……!」

「いいや、まだだぜボウズ」


 フクロウは油断の無い目つきで僕の言葉を否定すると、再び≪がしゃどくろ≫に命令した。


「燃やせ、≪がしゃどくろ≫」


 フクロウの命令を受けた≪がしゃどくろ≫は体表に纏っていた炎を口に集めるとそれを夢魔めがけて吐き出した。

 地獄の業火のような炎の息吹にこんがりと焼かれた夢魔は瞬く間に黒焦げになり、そして焼失した。


 敵の殲滅を確認したフクロウは勝利の舞でも踊るかの如く宙返りをする。

 すると≪がしゃどくろ≫は白い光となってその場から消えた。

 残ったのは地中に大きく開いた穴と焦げたフローリングの床だけだ。



 眼前で繰り広げられた戦いを放心状態で見ていた僕の肩にフクロウが乗ってきた。


「どーだ! ボウズ、凄いだろう!」

「う、うん。ありがとう」

「なーに、いいってことよ。オレが助けたいから勝手にお前を助けただけだからな。まぁでも感謝の心は忘れんなよ、ホーホー」


 そう言って愉快そうに笑うフクロウ。

 大きな目をまんまると輝かせるフクロウは愛嬌たっぷりだ。


 僕はフクロウに尋ねる。


「ねぇ、フクロウ」

「なんだボウズ?」

「あの脳みそ……夢魔っていうのは一体……?」

「ああ、あいつは人間の夢にとり憑く怪物さ。人に悪夢を見せて衰弱させて、そして生気を奪う」

「何でそんな怪物が僕の夢に?」


 僕がそう尋ねるとフクロウはクチバシで毛並みを整えながら答える。


「今、ここ尾狩島おかりじまは此岸と彼岸の境が曖昧になってんのさ」

「しがん、と、ひがん……?」

「ああ、三途の川を挟んだ此岸と彼岸……つまりこの世とあの世さ。その境界があやふやになりつつある。時たまこういう不安定な時期があるんだ。それに乗じて色んな魑魅魍魎ちみもうりょうどもが押し寄せてきやがった。お前はそれに巻き込まれたんだ。運がなかったな」

「え? じゃあ僕は、このまま死ぬの?」


 すると僕の言葉に反応したフクロウが目をぱちくりさせて笑った。


「ははは、ちょっと言葉が足らなかったな。大丈夫だよ。ここはただの悪夢さ。そしてお前の悪夢の元凶の夢魔はオレが倒したんだからじきに夢は醒める」

「そっか。良かった……」


 だがフクロウの言葉とは裏腹に僕の夢は一向に醒める気配がない。

 フクロウは不審そうに首をキョロキョロとさせる。


「妙だな……。夢魔はたしかにオレの≪がしゃどくろ≫で倒したはずだ。だのに何故夢が醒めない……?」


 業を煮やしたフクロウが僕の肩から飛び立ち、部屋の外へと飛び出そうとする。

 その時、≪がしゃどくろ≫が開けた大穴から触手が伸びてきた。


 新手の夢魔だ。

 しかも二体。


 敵の急襲に慌てた声を出すフクロウ。


「な”っ!? 普通夢魔ってのは一人の夢に一匹だぞ。お前どんだけ夢見がちなんだよボウズ!」

「そ、そんなこと言われても……」

「とにかく、お前は下がってろ! またオレがやっつけてやるから」


 僕は言われた通りフクロウの後ろに逃げようとした。

 だがその時、僕の視界を塞ぐものがあった。


 気付けば僕の周りを紙の束が舞っている。

 それは家で僕に許された唯一の娯楽である文庫本だ。

 その文庫本のページが破かれて、それらが宙に吹き荒れていた。


 “ポルターガイスト”だ。


 最悪のタイミングで僕に憑いている悪霊が来てしまった。

 悪霊がまさか夢の中まで出てくるとは思わなかった僕は、頭の中が真っ白になってしまう。


「おいボウズ!! ぼーっとすんな!!」


 フクロウの声で我に返った僕だったが、その時には僕に夢魔二体の触手が迫っていた。

 僕は身を屈めてそれをよけようとするが、しかし間に合いそうに無い。


「ちぃっ!!」


 その瞬間、僕は背中に衝撃を受ける。

 フクロウ渾身の体当たりによって前に突き飛ばされたのだ。

 その体当たりによって僕は夢魔の触手をかわす事に成功した。


 だが、その代償は大きかった。

 僕の代わりにフクロウが触手に掴まってしまったのだ。

 二体の夢魔の触手で雁字搦がんじがらめにされるフクロウ。


「ぐうっ! ちきしょう、オレもヤキが回った……ぜ」

「フクロウっ!!」

「へっ、オレはいいから逃げろボウズ。夢魔を倒せずとも逃げ続けられれば夢から醒められる……かもしれねえ」

「でも!」

「心配すんな。こんな触手、すぐに抜け出し……て」


 などと言うフクロウだったが、それが強がりであることは誰の目にも明らかだった。

 夢魔の触手に締め付けられたフクロウは生気を直接奪われているらしく、見る見る衰弱してゆく。


 何とかしてフクロウを助けたい、と思った僕だったが自分には彼の≪がしゃどくろ≫のような力は無い。

 ここは彼の言うとおり、逃げるしか無さそうだった。



 後ろ髪を引かれながらも振り返って自室から出ようとしたその時、誰かが後ろから僕の肩にそっと手を置く。

 その感触を受けて僕は直感した。


 これは、ポルターガイストの手だ。

 僕のすぐ後ろに悪霊が居る。


 そう考えると途轍もない恐怖が僕を襲ってきた。

 怖くて振り返ることもできない。


 僕の周りでは依然として文庫本の破れたページが紙ふぶきのように吹き荒れている。

 その嵐の中心で僕は目を閉じてしゃがみ込みたくなる。


 もう何も見たくない。

 もう何も聞きたくない。

 自分という存在を消してしまいたい。


 そうすればこんな苦しい思いをしなくても済むのだ。



 だが、その時僕の目に触手に拘束されているフクロウの姿が目に留まった。

 その瞬間、彼の言葉が脳裏によぎる。


“オレが助けたいから勝手にお前を助けただけだからな”


 そうだ。

 彼は何の得にもならないのに僕なんかを助けてくれた。

 そんな彼を見捨てていいのだろうか。


 いいわけがない。


 そして僕の脳裏に再びフクロウの言葉がよぎる。

 『テラー』という能力について述べられたフクロウの言葉は、天からの啓示のように僕の体を貫いた。


“こいつは敵じゃない。オレが過去に遭遇した恐怖が具現化したものだ。そしてオレはその恐怖を乗り越え、自分のものにした。それが自身の恐怖心の化身『テラー』だ”


 頭の中に響いたフクロウの言葉を僕はじっくりと噛み締める。

 ここで僕が『テラー』を得ればフクロウを助けることが出来るかもしれない。


 そしてその為には自らの恐怖の象徴“ポルターガイスト”と向き合う必要があった。


 僕は両の手をぎゅっと握り締め、そして歯を食いしばる。

 全身を支配するような恐怖に抗うように体を震わせると、ゆっくりと背後を振り返る。


 その瞬間視界いっぱいを眩いほどの白い光が覆い尽くす。

 やがて光が収まり、僕の視界も正常に戻る。



 そしてそこには僕のテラー≪ポルターガイスト≫が静かに佇んでいた。




お読み頂きありがとうございます。

評価・ブックマークもありがとうございます。




【おしらせ】

本日は時間をずらしつつ第十二話まで投稿する予定です。


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