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鏡の中で君と会う。  作者: 利府 利九
七楽晶 編 【1】
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第四話



 いよいよ寝ようとした僕のところに突如現れた黒髪の少女。

 しゃがみ込んでしくしくと泣きじゃくる少女に僕は話しかける。


「あ、あの……大丈夫ですか?」

「は、はいごめんなさい! 安眠……じゃなくて永眠のお邪魔をしてしまってごめんなさい! 私なんかが生きていてごめんなさい!」


 錯乱しているせいか自己否定的な言葉を吐く少女。

 そんな彼女に僕は根気強く話しかけた。


「落ち着いて。僕は幽霊じゃないですよ」

「はい、そうですねごめんなさい! ですからどうか、レストインピースやすらかにねむれ! ……って、え?」


 パッと少女が顔を上げる。

 目にうっすらと涙を浮かべながらこちらを上目遣いで見る整った顔立ちの少女。


 入院中の患者が着る病院着からはほっそりとした腕がのぞいており、華奢な体格であることがわかる。

 そしてぱっちりとした大きな目と泣きぼくろが印象的な少女で、見たところ僕と同年代だ。


 スマートフォンのライトに照らされた可憐な少女の顔を見て、少し僕はどきっとした。

 しかし僕は彼女を安心させるべく、表情を崩さずに言葉を続ける。


「僕は七楽晶ならくあきらって言います。今はワケあってこの病院に居候してるんです」

「いそう、ろう……。本当にゆーれいじゃないんですか?」

「ええ、ちゃんと足だってついてますよ。ほら」


 僕がそう言って自分の足をスマートフォンで照らすと、少女がぺたぺたと足に触れてきた。


「ほ、本当だ。触れる……」

「でしょ? とりあえず電気つけますね」

「あ、はい……」


 僕は病室の電気をつけて部屋を明るくする。

 すると少女の顔にも安堵の色が浮かんできた。

 彼女は再びぺたんと床に腰を降ろしてため息をつく。


「はぁ~~、よかった~。呪い殺されるかと思った~~……」

「ははは、そんなひどい事しないですよ。立てますか?」

「え、と……腰抜けちゃった。落ち着くまでここに居ていいですか?」

「はい」


 僕は給湯室からコップを持って来てそれに水を汲むと少女に手渡す。

 すると彼女は頭を下げて感謝してきた。


「ありがとう。ちょっとは落ち着きました」

「それは良かった。……ええと……お名前は?」


 僕が少女に尋ねると何故か彼女は恥ずかしそうに言う。


「あ、ああ。ええと……雫石しずしっていいます」

「へえ、綺麗な名字ですね」

「でしょ? ふふ」

「下の名前は?」


 そう尋ねると雫石と名乗った少女は急に黙り込む。


 もしや彼女には何か触れてはいけない事情でもあるのだろうか。

 僕は慌てて彼女に告げる。


「あ、いや言いたくないなら別に……」

「……あきら」

「へ?」

「私も“あきら”っていうんです!」


 彼女は僕のスマートフォンに手を伸ばすとメモ帳アプリを起動した。

 そして自分の名前を入力する。


「はいこれ。私の名前。雫石あきら

「あ、どうも。……何でそんな恥ずかしがってるんですか?」

「だって男の子と名前被ったの初めてだし……」


 そう言って口を尖らせる暁。

 どうリアクションを返せばいいかわからない僕は、無難な方向へと話題を逸らすことにした。


「ところで雫石さんってひょっとして僕と同い年? 僕は今年で高二なんだけど」


 僕の問いかけに彼女は頷く。


「うんそうだよ。タメ語でいいよー」

「やっぱそうか。見知らぬ土地で同年代の子に会えて嬉しいよ」

「ふーん、安心した?」

「うん、すごく」


 多少は距離も縮まったところで僕はもっと突っ込んだ質問をする。


「それで、雫石さんはどうしてこんなところに?」

「それはええと……私いま入院してて、でも夜眠れなくてすっごい退屈だったから、病室を抜け出して色々見て回ってたの。そしたらここに幽霊屋敷があって面白そうだったから……」

「へぇ」


 僕が納得していると今度は暁が尋ねてくる。


「そう言う七楽くんはなんでこんな所に? 居候っていっても普通はもっとちゃんとした所に泊めてくれるでしょ?」

「あ、ええとそれは……」


 まさか“ポルターガイストにとり憑かれている”などと言うわけにもいかず、僕が返答に窮していると暁がポンと手を叩く。


「あ! わかった! 七楽くん、さてはお金ないんでしょ。で、病院の人に無理言ってこんなとこに泊めてもらってるんだ」


 あまりに失礼な決めつけではあったが、上手い誤魔化し方が思いつかなかった僕は大喜びでそれに乗る。


「う、うん。そうなんだよ。家が凄く厳しいから一人暮らしをしてみたくてね。それで少しでも生活費を浮かせる為に……」

「そっかー苦労してるんだねー」


 などと言いながらポンと僕の肩叩いてくる暁。

 僕と話をしているうちに彼女も完全に落ち着いたようだ。

 気付けばお互いの言葉遣いもだいぶ柔らかくなっていた。


 それを見計らって僕は彼女に提案する。


「ねえ雫石さん。そろそろ戻ったら? 看護師さん、もしかしたら君の事探してるんじゃない?」

「あー、もうちょっとだけいい? もうちょっと話してくれたら私も眠くなると思う。そしたら戻るから」


 それを聞いて僕は考える。


 彼女の提案はあまりよろしくない。

 何故ならもし話の途中で僕に眠気が襲ってきて、ポルターガイストが出現したら彼女も巻き込まれてしまうからだ。

 ここは彼女の安全のためにも可及的速やかに新病棟に帰らせるべきだ。

 そう考えた僕は少し語調を強めて言う。


「いや、ダメだよ」

「えーなんでー? いいでしょ? もうちょっとだけだから」

「ダメ」

「えーやだー退屈なんだよー寝れないしー」


 一向に納得する様子の無い暁。

 業を煮やした僕は強攻策に出る。


「ダメだよ。雫石さん。早く帰らないと危ないんだよ、ここ」

「え、危ない……ってひょっとして……」

「うん。“出る”んだよここ。ゴ……」


 “霊が出る”などと言うと彼女を怖がらせてしまうと思って虫の名前を出そうとした僕だったが、彼女は最後まで聞かずにへたり込む。


「ひーっ!! やっぱり出るの? ゆーれいが!?」

「落ち着いて雫石さん!」

「落ち着けない!!」


 そう叫ぶなり彼女は床にへたり込んだまま僕の手を掴んできた。


「ねえ、連れてって七楽くん。私、一人じゃ無理だよ」

「え……」

「こんな暗い中ひとりで帰れないよー。お願い。私を病棟まで連れてって」


 涙目の暁に頼まれた僕は彼女の願いを断れなかった。

 渋々頷いた僕は暁を伴って旧病棟を後にする。


 こそこそと身を屈めながら新病棟へと向かった僕たちはすぐに通用口前までたどり着く。

 僕は暁に向かって言った。


「さ、雫石さん。ここまで来れば大丈夫だろ?」

「え? 七楽くんは中までついてきてくれないの?」

「うん。ここから先は僕はダメなんだ」

「えーいやだよー。ついてきてよー。私の病室すぐそこだから」

「ダメなものはダメ」

「お願い。ちょっとだけでいいから!」


 そう言って両手を合わせて懇願してくる暁。

 それを見た僕がほとほと困り果てていると、新病棟内から微かに話し声が聞こえてくる。


 僕は暁に向けて人差し指を上に向けて“静かに”と言ってから、顔を上げて中の様子を窺う。

 聞き覚えのある若い男女の声が向こうからした。

 昼間のバスで後ろの席に座っていた高校生たちの声だった。


 僕が僅かに通用口の扉を開けて耳に神経を集中させると彼らの話し声が聞こえてくる。


「なあ、おい本気かよ。マズいって。夜の病院に忍び込んじまって……下手すりゃ停学もんだぜ」

「なによビビってんの? あたしはホンキだよ。あんた達も聞いたでしょ? オカケン君、このままだと……衰弱して……」

「それは俺だって何とかしてやりたいけど、本当にお前の言う方法で悪魔を追い払えるのか? 単なる噂だろ? それ」

「そうだけど……でもやってみるしかないでしょ」


 隣で一緒に盗み聞きしていた暁が小声で尋ねてくる。


「ねえ七楽くん、何の話かわかる……?」

「いや……」


 首を横に振った僕は、彼らの話の続きに耳を傾ける。


「それで、どうすんだっけ? 鏡の前に立って……?」

「そうそう、それで助けたい人のことを思い浮かべて……こうして手を……」


 話を聞いているだけでは状況が掴めなくなったので、僕は身を乗り出して声のする方を見やる。

 すると遠くで四人連れの高校生達が集まっているのが見えた。


 彼らはトイレ前の洗面所にかけられた鏡の前に集まって、そして何やら手をかざしている。

 何をしてるんだろう、と僕が疑問に思っていると急に彼らのうちの一人がこちらを見た。


 僕は慌てて扉の裏に隠れる。

 次の瞬間、高校生たちの声が聞こえてきた。


「おい、アレ。なんだよ? お前ら、見えるか? 建物の外!」

「へ? え……何アレ……ひ、人魂……?」

「なぁちょっとやばくねえか? こっちに近づいてくるぜ」

「う、うん。き、今日は一旦、帰ろ」

「ああ!」


 先ほどの勇ましさはどこへやら、あっさりと撤退を決め込む高校生達。

 その急激な心情の変化を僕が不思議がっていると、僕の服の袖を暁が引っ張ってくる。


「ならく、くん……うしろ……!!」


 ただならぬ様子の彼女の声を聞いた僕は、恐る恐る振り返る。

 するとそこには、ぼおっと白い光を放つ何かが浮かんでいた。





お読み頂きありがとうございます。

評価もありがとうございます。



【おしらせ】

本日は時間をずらしつつ第十二話まで投稿する予定です。


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