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鏡の中で君と会う。  作者: 利府 利九
七楽晶 編 【1】
3/66

第三話



「それは“騒ぐもの(ポルターガイスト)”です」


 僕の言葉を聞いた葛城は眉をひそめながら聞いてくる。


七楽ならく君、確認なんだが……そのポルターガイストというのは部屋の家具がひとりでに動き出すというアレか?」

「いえ、“動き出す”なんてレベルではありません。僕の周りの家具がすべて暴れて倒れて壊れてしまうような……そんな感じです」

「ほう。それは、例えば今こうしている瞬間にも襲ってくるのか?」

「いえ。夜中に僕が寝静まると、それは来るんです」


 すると、疑問点を見つけたらしい葛城が聞いてきた。


「ふむ、ちょっと待ってくれ。ポルターガイストとやらが君の寝た時にしか来ないというのなら、君はどうやってそれの存在を知った?」

「両親にその時の様子を聞きました。それと……」

「それと?」

「小さかった頃に一回だけ、“そいつ”を自分でも見たことがあります。といっても夢うつつでよく覚えていませんが」

「“そいつ”だと? まるでポルターガイストに姿があるような言い方だが」

「うっすらと人影のようなものが見えた……ような気がするんです……」

「……ふむ」


 僕の語った内容を静かに吟味する葛城。

 彼は腕を組んでしばし考えると呟く。


「……なるほど、これは重症だな」


 僕は彼に問いかけた。


「重症……ってどういうことですか?」

「どういうことも何も、先ほども言っただろう。私はオカルトを信じていない。君、もしくは君の両親は何らかの精神疾患を抱えている。もしくは集団催眠か」

「ちょっと待ってください! いきなりこんな話を信じられないのはわかりますけど、“そいつ”は……ポルターガイストは本当に居るんです! そしてそれは本当に危険な存在なんです!!」


 僕としては葛城に何とか悪霊の存在を信じて欲しかった。

 それは決して冗談などではなく、本当に危険だからだ。


 僕には奴を何とかする事はできないし、実際に僕の両親も巻き込まれて怪我をしたことがある。

 だが、オカルトに無理解な現実主義者の葛城は僕の言を鼻で笑う。


「ああ、わかったわかった。危ないのだな。それは恐ろしいな」

「真面目に聞いて下さい! 僕に夜近づくと本当に危険なんです!」


 そう僕が声を荒げると葛城は冷笑的な態度を改めて真面目な顔になる。


「ああ、君の両親もそう言っていたな。だから私は君……いやポルターガイストとやらが誰にも迷惑をかけないように、この旧病棟を貸し出す事にした。感謝したまえ」

「……あ、はい。ありがとう、ございます」

「ここならいくら暴れても構わんぞ。むしろ取り壊してほしいくらいだ。工事費用も浮くしな。ははは」


 などとブラックジョークを挟みながら笑みをつくる葛城だったが、その時彼の胸ポケットに入っている携帯端末が着信音を鳴らす。

 看護師から連絡があったようだ。

 それを忌々しげに眺める葛城。


「チッ。ゆっくり話もしてられんな。とにかく、君の言うポルターガイストが居ようが居まいが、この旧病棟内なら君は自由に暮らして構わない。但し、夜間の新病棟への立ち入りは固く禁ずる。いいな?」

「はい」

「私が君を預かる期間は一年間だ。その分の学費等の諸費用は君の両親からいただく事になっているが、それは学校生活に必要な最低限の額だ。私的な小遣いが欲しいならバイトを探したまえ」

「わかりました」

「また、こちらから君の生活に積極的には干渉はしない。食事、風呂、洗濯その他もろもろ、自分の身の回りの世話は自分ですること。いいな?」

「はい」

「よろしい。それとこの島の高校への転入手続きについては後日、私の時間がとれた時にしよう。また後で連絡する。それまで自由にしていたまえ」


 そう言い残すと葛城は足早に旧病棟を後にした。

 彼の後姿を見送った後で僕は旧病棟の中を物色する。


 軽く建物内を散策した僕は仮眠室と病室、そして逃げた警備員が使っていたと思しきシャワー室、給湯室、そしてトイレをチェックする。

 放置されていたであろうそれらの設備だが、現在は水道、電気が通されていて、問題なく稼動した。

 おそらく止めてあった水道と電気を僕の来訪に合わせて再び通してくれていたのだろう。


 そして他の部屋も確認しようとした僕だったが、どうにも先ほどから咳とくしゃみが止まらない。

 旧病棟中に舞う埃のせいだ。


「掃除が先か……」


 僕は独り言を言うと、給湯室を漁って雑巾と割れかけのポリバケツを見つける。

 水に濡らした雑巾を絞ってから拭き掃除を開始した。


 まずは当面の僕の生活圏になる病室、シャワー室、給湯室、トイレとそれらを繋ぐ廊下、さらには入り口である。

 両手で雑巾を床に擦りつけながら走っていると、かなりの疲労感に襲われたがしかし今は何かに没頭していられるだけで有り難かった。


 さらに警備員が使っていた仮眠室の隣の病室から家具を引っ張り出して外に出した。

 これで夜間に“ポルターガイスト”が出ても動かす家具が無くなって安全になる。

 家具の無くなった殺風景なその病室を僕は“寝室”と名付けた。


 ひとまず自分の生活圏の掃除を終えた僕がふと窓の外を見ると、段々と日が傾いているのが見えた。


 まずい。


 僕は焦った。

 日が落ちて夜になってしまったら新病棟には入れなくなる。

 その前に新病棟の売店で今日の夕食を確保しなくてはならない。


 僕はリュックの中から財布を取り出すと、旧病棟の入り口へと向かう。

 そして入り口の引き戸を開けようと手をかけたその時、キキキと耳障りな音を立てて引き戸が誰かに開けられた。


 そしてその誰かが驚いた様子で口を開く。


「わ! びっくりした! って君か~」


 声の主は昼間に玄関ホールで僕に話しかけてきたショートヘアの女性看護師だ。

 だが先ほどとは違い私服を着ていて、手にはビニール袋を提げている。

 既に勤務時間を終えたらしい。


 彼女は僕にビニール袋を手渡しながら笑いかけてくる。


「ほい、コレあげる。さっき聞いたんだけど、君って夜は病院に入れないんでしょ?」


 見ると袋の中にはカップ麺やら栄養食品やらが入っていた。


「あ、ありがとうございます。ちょっと待って下さい。今お代を……」


 と言って僕が財布からお金を出そうとすると彼女は笑いながらそれを手で制する。


「いいっていいって! これはおねーさんからのささやかな気持ちだから!」

「で、でも……」

「いいからいいから。こういう時くらいカッコつけさせてよ。隠し子くん」

「いや、だから隠し子なんかじゃ……」

「ふふ、ごめんごめん。ええと名前なんだっけ? さっき院長先生から聞いたんだけどド忘れしちゃった。ええと…………えーなんだっけ」

「七楽です。七楽あきら

「そうそう。アキラくんね。よろしく」


 そう言って手を差し出してくる看護師。

 僕がそれに応えると彼女は自己紹介してきた。


「私は新井貴子あらいたかこ。この病院に勤めてそこそこ経つからさ。アキラ君の力になれると思うよ」

「僕なんかに気を使っていただいて、ありがとうございます」

「ふふ、どういたしまして。たまにこうして様子見に来るからさ、その時はおねーさんの話相手になってよ」

「はい、喜んで」

「良かった。それじゃあねー」

「はい、帰り道お気をつけて」


 僕が手を振って見送ると彼女は笑顔で手を振り返しながら去っていった。


 その時、僕の腹がぐうと鳴る。

 気付けば随分と腹が減っていた僕は給湯室へと引き返すと、年季の入った電気ポットのコードを電源に差し込む。


 正常に動作するか不安だったが、電気ポットは問題なく動いてくれた。

 お湯を沸かしてカップ麺に注ぎ、三分待ってそれを啜る。


 新天地での一食目にしては何とも寂しい食事だったが、それでも暖かい食事にありつけるだけ幸せだと前向きに考えることにする。

 僕はカップ麺を平らげると後片付けをして病室に戻る。


 そして重大な事に気がついた。

 旧病棟内のベッドはすべて木製の骨組みだけであり、クッションやシーツの類は無かったのだ。

 そしてそれは仮眠室も例外ではなかった。


 だがこれも少し考えてみればごくごく当然のことで、腐りやすい布製の備品をこんなところにいつまでも放置しているわけはない。

 それらはとっくに処分されているか、もしくは状態の良かったものに関しては新病棟で再利用されているに違いない。


 暫し途方に暮れた僕だったがそれも束の間の事で、結局すぐに今日の快眠を諦めた。

 僕が暢気にカップ麺を啜っている間に日はすっかり暮れていて、夜になっている。


 まさか初日から葛城と交わした“夜間に新病棟へ立ち入らない”という約束を破るわけにもいかない。

 もしそんな事をしてしまったらこの島に来て早々に心証は最悪だ。


 僕は旧病棟内を一回りして戸締りを一応確認してから、寝床になる病室へと舞い戻る。

 そしてリュックを漁ると中から文庫本を取り出した。


 それは書店で平積みされていた小説で、読了まであと一時間というところだ。

 ひとまず眠くなるまでコレを読んで、睡魔に襲われたらそのまま寝てしまおうと決めた。


 そうして僕は静かに活字を追いかける。

 最初のうちは旧病棟の古い木造の壁が軋む音や隙間風の音が気になって集中できなかったが、次第に物語に引き込まれていく。


 数時間が経ち小説を読み終えた僕は、すっかり外すのを忘れていた腕時計に目をやる。

 時刻は深夜二時を回っていた。


 小説に没頭していたおかげで時間の感覚が飛んでいたようだ。

 疲労を感じた僕は両手をピンと伸ばしてあくびをする。

 そして電気を消して家具の無い“寝室”へと移動した僕は固い床に横になる。


 その時、廊下の方から物音が聞こえた、ような気がした。


 僕は一度は突っ伏した顔を静かに上げて、寝室の扉に近づく。

 ゆっくりと、静かに、扉に近づいて耳を澄ませた。

 しかしそれ以上何の物音は聞こえてこない。


 気のせいか。


 そう思った僕だったが、一応念のために廊下を確認する事にした。

 手探りで隣の部屋行った後でリュックを漁り、スマートフォンを取り出す。


 スマートフォンの懐中電灯アプリを立ち上げて廊下を照らした。

 その瞬間。



 長い黒髪の女が僕の目の前に現れた。

 背丈は僕と同じくらいで、肌はまるで死人のように色白だ。

 暗闇の中で突然現れた女に驚いた僕が固まっていると、その女が突如叫び出す。


「ぎょわあああああああっ!!!! ひーっ助けてーっ!!!!」


 そしてその女は腰を抜かしたように崩れ落ちて両手で頭を覆い、泣き始めた。


「ひーっごめんなさいごめんなさいごめんなさい! !悪気は無いんです出来心なんです! あんまりにも入院中にヒマだったから……。あああ、どうか許してくださいゆーれいさん。なむあみだぶつなんみょーほんれんげきょー……」


 あまりの事に驚きつつも、何とか気を取り直した僕はその女にスマートフォンの光を当てる。

 そこには長く美しい黒髪をした僕と同じくらいの年頃の少女がいた。







お読み頂きありがとうございます。



【おしらせ】

本日は時間をずらしつつ第十二話まで投稿する予定です。

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