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鏡の中で君と会う。  作者: 利府 利九
七楽晶 編 【1】
2/66

第二話



 バスに二十分ほど揺られた僕は目的地である“尾狩島(おかりじま)総合病院”へとたどり着く。

 降車して停留所から病院の敷地内へ足を踏み入れた僕は、顔を上げて病院の全景を注視した。


 その病院は白い外壁の長方形の建物で、正面には外来患者用の駐車場がある。

 駐車場の周りには広葉樹と芝が植えられたスペースがあり、そこで車椅子に乗った老人が看護師と会話をしていた。


 僕が想像していたよりもずっと大きくて清潔感の溢れる病院だった。


 そして左奥には古い木造の平屋の小さな建物がある。

 こちらは現在稼動している雰囲気は無く、旧病棟か何かだと思われた。


 そうして僕が病院外観を眺めていると、先ほどバス内で噂話をしていた高校生達が足早に病院入り口へと向かっていく。

 級友の見舞いに行くのだろう。


 僕は彼らとは少し距離を置いて病院内へと足を踏み入れる。

 入り口の自動ドアを抜けた僕は正面に見える総合受付へと向かった。


 受付を目指してまっすぐ歩いて行くと、僕に気付いたらしい女性看護師が微笑みながら問いかけてくる。


「診察をご希望ですか? でしたらこちらの用紙に記入をお願いしております」

「あ、いえ。診察ではなくて、院長先生……葛城さんとお会いしたいんですけど」


 僕の言葉を聞いた看護師は少し訝しげな表情になる。

 彼女は少しトーンを落として聞いてきた。


「すみません。お名前をお伺いしても宜しいですか?」

「はい、七楽晶ならくあきらといいます」

「七楽さんですね。少々お待ちください」


 そう言うと彼女はカウンターに置かれた受話器に手を掛ける。

 内線で院長先生と連絡をとっているようだ。


 やがて通話を終えた彼女は僕に告げた。


「お待たせしました。いま院長は回診に出ておりますので、玄関ホールでお待ちしていただいてよろしいですか? そのうちこちらから声をかけますので」

「わかりました」


 僕は玄関ホールに設置された長椅子に腰掛ける。

 そして病院内の様子を観察した。


 尾狩島総合病院はこの島で一番大きな病院とのことで、昼間でも多くの患者が行き交っている。

 僕がその光景を目の当たりにしながら院長先生を待っていると、不意に後ろから話しかけられた。


「へぇ、あなたが“隠し子”君?」


 声のした方に振り返ると、ひとりの看護師が居た。

 三十台のショートカットの女性看護師だ。

 僕は戸惑いながらも彼女に問い返す。


「か……隠し子? ってなんのことですか?」

「あれ? 違うの?」

「はい……」

「えーそうなんだぁ……がっかり」


 彼女は残念そうに肩を落とすと僕に笑いかけてきた。


「ごめんなさいね。院長先生が急に“知人の子供を預かる”なんて言うから、みんなで“きっと隠し子か何かに違いない”って噂してたのよ」

「は、はぁ……」


 どうやら当人のいないところで勝手に噂で盛り上がって、そして勝手にがっかりされてしまったようだ。

 彼女は僕のとなりに腰掛けてきて僕の肩をポンと叩く。


「ごめんね。私たちも楽しい話題でも無いとやってられないのよ。今キツい時期だから」

「キツい時期? ってどういう事ですか?」

「ええとね、何て説明したらいいかなぁ……」


 その時、一人の男性が大きな足音を立てて病院内に入りこんできた。

 しかしその様子が普通ではない。

 どうやら単なる急患というわけでもないようだ。


 彼は愛娘と思しき十歳くらいの少女を抱きかかえているが、彼女の様子がおかしい。

 少女は両の手の指からだらだらと血を流していて、そして虚ろな目で周りを睥睨へいげいしている。

 何か自傷行為でもしたのだろうか。


 ただならぬ雰囲気を感じ取った僕が言葉を失っていると、となりに座っていた女性看護師がきびきびとした動作で立ち上がる。


「……急患が入っちゃったわ。続きはまた今度ね」


 そう言い残し、看護師が男性の元に駆け寄った。

 彼女は親子連れに軽く問診をした後、手続きをすっ飛ばしてすぐさま奥の病棟へと二人を連れて行った。

 手馴れた看護師の様子を見るに、どうもあの手の患者はここでは日常茶飯事であるらしい。


 一時は呆気に取られた僕だったが、再び放置され誰にも相手にされない状態になってしまうと、やることも無く退屈であった。


 たっぷり一時間ほど病院の玄関ホールで放置された僕がぼんやりと無表情に院内を眺めていると、向こうから白衣を来た男性が早足でやって来る姿が目に留まった。

 彼が院長の葛城だろう。


 彼は四十台の痩せ型、長身の男性でセルフレームの眼鏡をかけている。

 そして目の下にはうっすらをクマができており、若干頬もこけているように見えた。

 激務で疲れているのは明白であった。


 僕は立ち上がって彼を出迎える。

 そして口を開いて挨拶をしようとした。


「院長先生、初めまして。僕は」

「七楽くんだな? ついて来たまえ。君の住居について説明する」


 こちらが名乗るよりも早く院長先生は僕の名前を言うと、足早に歩き出した。

 僕は慌てて彼の後に追従する。


 彼の歩行速度はかなり速く、小走りでついていくのがやっとだ。

 そして歩きながら彼は自己紹介を始めた。


「ああ、そういえば名乗ってなかったな。葛城だ。葛城直倫なおみち

「はい。よろしくお願いします」

「待たせてしまってすまないな。見ての通り忙しくてね」

「いえ、大丈夫です」

「そうか」


 高速で歩きながら自己紹介を済ませる葛城。

 彼について歩いていくと、やがて病棟の端までたどり着く。


 ここからどうするのだろう、と僕が思っていると彼は外へ通じる通用口の扉へと手を掛けた。


「こっちだ。来たまえ」

「はい」


 僕達は白い外壁の綺麗な病棟から外に出た。

 そして木造の旧病棟と思われる建物へと向かう。


 葛城がポケットから錆びた鍵を取り出して旧病棟の引き戸を開けた。

 金具が軋む耳障りな音を立てながら引き戸がスライドする。

 引き戸を開けながら葛城が説明してくる。


「ここは見ての通り、大昔の古い病棟でね。かれこれ数年前から解体工事を依頼しているが、そのたびに工事業者の身の回りで不幸が起こるという“いわく付き”の建物だ」

「……」

「それで、解体作業が開始するまでの間に浮浪者が住み着いても困るので、本州から来た警備員を雇っていた。ところがその警備員も“闇夜に白く光る人魂を見た”などと言ってそそくさと逃げ帰ってしまった」


 その話を聞いて僕は頭を抱えたくなった。

 このボロ屋は正真正銘の事故物件だ。


 すると僕の不安そうな顔を見た葛城が笑いかけてくる。


「まぁ心配するな。心霊現象やらオカルトなんぞは迷信だ。“私は”信じていない」


 そうサラっと言ってのけた葛城は入り口脇の棚に置いてあったスリッパを手に取る。

 軽くスリッパを二、三回手で叩いて埃を落とすとそれを履いて中を進んだ。


 僕は彼について歩きながらも建物内を観察する。


 旧病棟内は建物の中だというのにどこか肌寒い。

 おそらく隙間風が吹いているのだろう。


 一方、床に関しては特に異常は見られない。

 ところどころでホラー映画さながらにギギギという軋み音が鳴る以外は、であるが。


 やがて葛城は旧病棟の一室の扉を開ける。

 そこは元々は内科の診察室だったようで、机とそして医師が座るような椅子と簡易なベッドが置かれている。

 先ほど言っていた警備員が仮眠室として使っていたらしい。


 葛城は部屋の奥にある椅子に腰掛け、僕はベッドに座った。

 そして葛城が口を開く。


「さて、話をしようか。七楽君」

「はい、お願いします」

「まずは君の住居についてだが、“ここ”だ」


 葛城は人差し指を床、即ちこの旧病棟に向けてニヤリと笑う。

 僕は葛城の人の悪そうな笑みを見て眩暈を覚えた。


 いわく付きだという物件に知人から預かった子供を住まわせるなんて、なんと酷い話であろうか。


 しかしながら僕はそれを嫌だと思うと同時に、少し安心もしていた。

 ここならば僕にとり憑いている“悪霊”が暴れても誰にも迷惑はかからないだろう。


 僕は静かに頷いた。


「……わかりました」

「おっ、意外に素直だな。もっとゴネるかと思っていたが」

「いえ、ここなら誰にも迷惑が掛からないでしょうし」


 僕がそう言うと葛城は先ほどの笑みをやめて、真面目な顔で聞いてくる。


「迷惑、か……。では、君の抱えている問題について聞こうか。君の両親から既に話は聞いているが、本人の口から直接聞きたい」

「はい……」


 とうとうこの時が来た。

 僕は深呼吸して気を落ち着けると切り出した。


「僕には“悪霊”が憑いているんです」

「“悪霊”……。それはどんなやつだ?」


 前のめりになって尋ねてくる葛城。

 彼に僕は答えた。


「それは“騒ぐもの(ポルターガイスト)”です」




お読み頂きありがとうございます。



【おしらせ】

本日は時間をずらしつつ第十二話まで投稿する予定です。

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