29.伝説の冒険者と未来の英雄
後日談(後編)です。
20/10/17 微修正
クルスターク卿の陞爵を祝う宴の会場は、アルバの予想以上に賑わっていた。
貴族の別邸としては破格の広さだと聞いていた大広間が、ほぼ人間で埋め尽くされている。
そこかしこで歓談していた参加者たちは、辺境伯とクルスターク卿、そして【鷹の目】の一同の入場に気づいて、一様に静まりかえった。
笑顔で会場を見渡した辺境伯は、祝宴の開幕を告げる挨拶を始める。
「皆様、本日は我が盟友、クルスターク卿の陞爵祝にご参列いただき、ありがとうございます。なにぶん主催者が田舎者ゆえ、多少のご無礼には目をつむっていただきたい。食事のほうは奮発いたしましたので、それでご勘弁を」
辺境伯の言葉に参加者から笑いがもれる。
本部長の言葉どおり、それほど格式張ったパーティーではないようだ。
よくよく観察すると、男性の多くは貴族の割に体格がよく、日に焼けている者も多い。辺境領主や実地での軍務に就いている者たちなのだろう。
彼らのような立場の者は、得てして華美な格式よりも質実剛健を好む。
「思ったよりも雰囲気がゆるい。助かった」
アルバは胸をなでおろし、となりに立つケイティにささいた。
ケイティもアルバと同じく安堵した様子で微笑む。
「だな。でなければ、冒険者を参加させるなんて無茶はしまい」
楽隊が演奏を始め、ダンスが始まった。
最初のダンスはパートナーと踊る決まりだそうで、ラキアは辺境伯と、ユリシャはクルスターク卿とそれぞれ踊りはじめた。
ふたりのダンスは完璧であり、容姿の美しさと相まって、会場の注目を浴びている。
同じく会場の一角では、モナを囲んで人だかりができている。今回の件で神罰を下した神官として知れ渡っているようだ。
天罰級の恩寵を賜われるほど霊格の高い神官は珍しく、信心深い者にとっては挨拶を交わすだけでも名誉なことらしい。
そんな中、目立ちたくないアルバとケイティは、そそくさと壁際に移動した。
「ラキアはいいとして、ユリシャは本当にダンスを踊れているな」
クルスターク卿の手を取り、ダンスに興じるユリシャを見て、アルバがつぶやいた。
パーティーへの招待を知らされた夜、宿でくつろいでいると、久しぶりなので練習がしたい、とラキアがモナを相手にダンスを始めた。
それを見ていたユリシャが『自分も踊る』と言い出したのだ。
ちなみに、モナはラキアと行動をともにするうちに、ラキアの手ほどきで男性役のダンスを覚えてしまったらしい。
「ユリシャお得意の『見たから覚えた』だな。一度見聞きしたものは、二度と忘れないことも、綺麗サッパリ忘れることも、自由自在だ」
「それなのに、なんで普段の言葉遣いは適当なんだ?」
「本人が適当でいいと思っているからだろうな」
パートナーの組み合わせは、ダンスが踊れるかどうかで決められた。
主催者である辺境伯と主賓のクルスターク卿が踊らないわけにはいかない。
必然的にふたりのパートナーはラキアとユリシャが受けもつことになった。
アルバとケイティは、ダンスが踊れない者同士で組まされた格好だ。
「まあ、あっちが目立ってくれているのは好都合だ。俺たちはここで目立たないようにしていよう」
「同感だ」
アルバとケイティは気配を消すことに努める。
だが、やたらと存在感のあるケイティと、目立ちはしないが一度気づけば目を離せなくなるアルバの容姿によって、ふたりの努力はいまいち実っていない。
実際、周囲の視線は痛いくらいだ。
「あのおふたりはどこのご令嬢とご子息だ?」「まさか他国の王族がお忍びでなんて話、ないわよね?」「だれかが話しかけるまで、様子を見たほうがいいんじゃないか?」
アルバの耳には周囲のささやき声が届いてたが、あえて聞かなかったことにした。
「いょっ!」
不意に横から肩をたたかれ、アルバは飛び上がった。
反射的に身構えるが、右手は腰の位置で虚しく空を切る。今のアルバはダガーを身に着けていない。
アルバの横には、顎髭をきれいに整え、不敵な笑みを浮かべた、壮年の男が立っていた。
一見すると細身の優男だが、どうにも胡散臭い。まるで詐欺師を絵に書いたような男だ。一応、礼服に身を包んでいるが、かなり着崩している。
「なっ! なんでこんなところにいやがる!」
アルバが憎々しげにうなった。
「つれないなぁ、坊主。わざわざ晴れ舞台を見に来てやったのに」
男はアルバの礼服姿を見ながら、にやにやと笑っている。
「笑いに来たの間違いだろうが!」
アルバの言葉を無視した男は、ケイティへと視線を移し、頭から爪先までをねめ回した。
「いゃいゃ、鼻垂れ坊主だったお前が、こんなべっぴんの彼女を連れているなんてな。俺も歳を取るわけだぜ」
「彼女!?」
ケイティの声が思わず裏返る。
「やめろ。ケイティは仲間だ。変なことを言うな!」
男の視線からケイティを守るように、アルバはふたりの間に割って入った。
「へっ、あいも変わらず、からかい甲斐のない奴。つまらん」
「アルバ殿、この御仁は一体……あれ? どこかで?」
男の素性をアルバに問いかけたケイティが、不意に黙り込んだ。
「うん? お嬢ちゃん、どこかで会ったか?」
男とケイティがしばし見つめ合う。
「あ! 自称・伝説の冒険者!」
「ああ、あんときの嬢ちゃんか。そういや、『壊し屋ケイティ』とか呼ばれてたな」
「なんだ? ケイティはバカ師匠を知っているのか?」
「師匠!? って、アルバ殿の? いや、ほら、例の『パーティー戦力の九割は斥候が担っている』と教えてくれた冒険者のおっちゃんだ!」
「はぁ? おい、師匠! あんた、自分も斥候のくせに、そんな話を言いふらしてんのか?」
アルバがあきれ顔で師匠に問いかけると、師匠は口をへの字に曲げる。
「なんでぇ、坊主、ホントのことだろ? 俺んとこのパーティーが銀級までのし上がれたのは、オレの働きあってだ。おかげでメンバー全員、今や騎士爵様だぜ?」
「よしんばそれが事実だとして、自分で言うか、普通?」
「かー、やだね、若いくせに謙遜とか、覇気が足らねえぞ?」
「あんたを反面教師にしてたら、嫌でもこうなる!」
「けっ。肩たたかれるまで気づきもしなかった半人前が、生意気言うな」
「くっ……」
痛いところを突かれ、アルバが黙り込んだ。
師匠は話は終わりだとばかりにアルバを無視してケイティに向き直る。
「にしても、嬢ちゃんが坊主の仲間になっているとは、世間はせまいねぇ」
「あのときのご助言、感謝する。おかげで最高の仲間に巡り会えた」
ケイティは誰もが見惚れるような心からの笑みを師匠に返した。
「お、おう。なにせオレには【運命の三女神】から授かった強運の加護があるからな。ほれほれ、敬え敬え」
ケイティの笑みに一瞬だけ気圧され、それをごまかすように師匠が軽口をたたく。
「強運の加護?」
「ケイティ、本気にするなよ。こいつはマーキナーと同じ穴のムジナだ。しゃべること全部嘘っぱちだ」
「ひでえ言われようだな。仮にも育ての親に向かって」
「誰が育ての親だ! 面倒を見させられたのはこっちじゃないか! あんたはせいぜいダメな叔父どまりだ!」
育ての親と名乗られたのがよほど腹に据えかねたのか、アルバが本気で怒る。
だが、むしろそれが師匠を調子づかせた。
「ほらほら~お父さんですよ~」
挑発する師匠に、アルバは拳を握り込んだ。
「お前を、父と思ったことなど、断じて──」
「え?」
アルバの発したセリフに、ケイティが驚く。
「ない!!」
繰り出されたアルバの拳を、師匠は余裕の表情で避けようとする。
が、次の瞬間──
──ゲシッ
まだ師匠には届いていなかったはずの拳は、すでに師匠の頬にめり込んでいた。
いつ発動したのかも定かではない、本当に一瞬だけの【遅延】であった。
派手な音を立て、師匠は床に倒れ込む。
「よし! 初めて当ててやったぞ! 見たか! 俺だって子供のままじゃないんだ」
床で大の字になった師匠に向けて、アルバは満足気に言葉を投げつけた。
「アルバ殿……」
ケイティがおそるおそるアルバに声をかけてきた。
アルバが振り返ると、そこには静まり返った会場と、アルバを見つめる無数の目が並んでいた。
ほとんどの人間があ然としている中で、違う反応をしている人間だけがやけに目立つ。
「あら、まあ、どうしましょう」と笑みを深くするモナ。
「あのバカ、なにやってんのよ……」と頭を抱えるラキア。
「………」こちらを指さし、声を出さずに大笑いしているユリシャ。
そして、ニヤリと笑った辺境伯が、声を張り上げる。
「皆さん、あれが冒険者というものです。着飾ってしまえば、我ら貴族と見分けはつかない。だが、権力に迎合せず、気に入らない奴なら貴族でもぶん殴る。そして、命がけで魔物と戦い、貴重な魔石を我々にもたらしてくれる」
「おお!」「あれが? あの麗しい殿方が?」「これは、なかなかによい面構えだな」「かっこいい……」
会場の雰囲気は、なぜかおおむね好意的だ。
だが、いかに好意的であろうと、目立つことが嫌いなアルバにとっては針のむしろと変わらない。
「く、もとはといえば……」
アルバが視線を足元へ戻すと、すでに師匠の姿は消えていた。
近づいてきたときと同様に、アルバに一切気づかれることなく、立ち去ったのだ。
「逃げやがった」
師匠への怒りと同時に、アルバは自分の未熟さを思い知る。
(俺も、まだまだ精進が足りないな)
辺境伯にうながされ、ラキアがアルバのほうへ歩み寄ってくる。
クルスターク卿もそれに習い、ユリシャを送り出す。
辺境伯の意図に気づき、モナも近づいてくる。
【鷹の目】の五人が一同に集う。
「皆さん、紹介が遅れましたな。彼らこそ、新進気鋭の鋼級冒険者パーティー【鷹の目】。強大な敵を打ち破った、未来の英雄です」
西の辺境伯が高らかに公言すると、会場に拍手が巻き起こった。
「ほら、笑顔、笑顔」
きれいな愛想笑いを浮かべたラキアが、アルバの脇腹をひじで小突く。
だが、アルバの顔はひきつるばかりで、どうにも笑顔を作れない。
「ほんと、どうしてこうなった」
ひとりため息をつくアルバだった。
第三話 完
第三話はこれにて完結です。
ここまでご愛読いただき、ありがとうございました。
よろしければ評価ポイントのチェックをお願いいたします。
(この小説、ブックマーク数の割に評価者数が少ないという謎の現象に見舞われております。途中で続読を挫折した人が多いのか?)
あと一話だけ、短い幕間を入れる予定です。




