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11.依代の波紋

蛇足会話回。

水が満たされていれば、波紋は起こる。異能ひとつで、世界は揺らぐ。

必然には作者も抗えぬのですよ。なんのこっちゃ。


20/10/12 改稿

「遅い!」


 夜もふけたころ、【鷹の目】の一同は知り得た情報を報告すべくギルド支部におもむいた。

 それを出迎えたのは、目を真っ赤に血走らせたガットロウだった。


「アルバが帰ってきたと聞いて寝ずに待ってりゃ、何をグスグスしていた?」


「すまん」


 ガットロウの剣幕に、アルバは反射的に謝った。


「いいから、お前らついて来い。領主様のところへ行くぞ」


「こんな夜ふけに突然お訪ねして、大丈夫でしょうか?」


 モナの心配はもっともだ。

 現場で働く者と違い、領主に代わりはいない。寝られるときに寝て、体調を万全に維持するのも指揮官の努めだ。


「お前ら、あの方をあなどるなよ。今どきありえないバリバリの武闘派だ。なんせ自ら兵士を率いて魔獣狩りをするんだからな。戦場で隙を見せずに立ったまま寝ちまうようなお方だ。どんな時間に押しかけたって、スッキリした顔で出迎えてくれる」


 そう言いながらも、ガットロウの足は止まらない。ギルド支部を出て、領主の館へ続く通りを早足に歩き出す。

【鷹の目】の一同も慌てて後を追う。


「いえ、時間のこともありますが、先触れもなく大勢で押しかけて、失礼に当たらないかと……」


「アルバが偵察に出ていると連絡済みだ。帰ってきたら、すぐに報告しろと言われている。できれば直接、話が聞きたいともな。おい、アルバ、道すがら先に話しておくことはあるか?」


「……誰かに聞かれたらやばい話しかない。どうせこの時間なら、街の者は寝ているだろうが……」


「なら、やめておけ。気づいてたか? 今、この街には王都の密偵がうじゃうじゃいる」


 ガットロウの言葉に、【鷹の目】の一同の空気が変わる。

 ケイティとユリシャは平静を装ったまま、目だけで周囲を警戒し始めた。

 しかし、ラキアとモナが露骨ろこつにまわりを見渡しているため、台なしである。


「最近、街に見慣れない顔の半端者が多すぎるとは思ったが……まさかな」


 魔力をもつ者同士は体内魔力が引き合うため、独特の気配を感じ合う。

 魔力が低いアルバが近寄って初めてその気配に気づくなら、相手も魔力の低い半端者だということだ。


「そのまさかだ。どうやら魔力の低い奴を密偵に仕立てているようだな」


 ガットロウが険しい顔でアルバのつぶやきを肯定した。

 しかし次の瞬間には、不敵な笑みを浮かべる。


「だが、即席で教育が足りてない。お前が今日やってみせた【浮力】の移動な、あれが密偵どもには相当魅力的だったようだ。お前のことを興味津々で冒険者に聞いてきた間抜けどもは、みんな面が割れた」


「それで? 捕らえたのか?」


「いや。そいつらは、ミュスカを通して冒険者に勧誘している。いつ口封じされるかわからん密偵を続けるより、冒険者になって斥候するほうがいいぞ、ってな」


「やったねアルバっち。仲間が増えるよ!」


「知らん! 王都の密偵を勧誘? この領は王都と戦争でもするつもりか?」


 茶化すユリシャを一蹴して、アルバが懸念を口にした。

 王都の人材を横から引き抜くなど、辺境の子爵が行うべきことではない。


「この領じゃなくて、俺たちギルドと貴族との人材争奪戦だよ。おあつらえ向きに、密偵どもの過去は抹消まっしょう済み。ギルドに登録した時点で、誰も表立って手出しはできなくなる。わざわざ辺境まで密偵ひとりに刺客を差し向ける価値もないしな」


 冒険者ギルドに登録した者は、准貴族であるギルド本部長の領民扱いだ。

 過去が抹消済みならば、領地移籍の手続きすらなく、本部長の庇護ひご下に入れる。


 とはいえ、密偵を引き抜かれた貴族は、当然面白くはないだろう。


「貴族の機嫌を損ねてまで、人材を確保する必要があるのか?」


「それがなあ、ただでさえ少ない斥候の人材が確保しづらくなってきたんだよ。斥候を欠いたパーティーの効率が恐ろしく悪いことに、本部も気づきはじめたのさ。それで目の色を変えているわけだ」


「やったねアルバっち。斥候は売り手市場?だ!」


「割のいい役目じゃない。他人には勧めん」


「意外です。斥候バカのアルバさんの発言とも思えませんが」


 モナがキョトンとして感想を述べた。


「斥候バカって……そもそも自分でやり甲斐がいがあるのと、他人に勧められるかは別問題だろう? ってか、なんで王都の密偵がこんな辺境に集まっている?」


「サーバレンとマーキナーの監視だよ。あのふたりはいまや王家をおびやかす存在だ」


「? マーキナーならともかく、サーバレンの馬鹿が何だってんだ?」


「お前なあ、あいつが何をしたか忘れたのか?」


 話の通じないアルバにガットロウはあきれ顔だ。


「『迷宮殺し』?」


「問題はその裏だ!」


「……わからん」


「変なところで勘が働かん奴だな」


 あきれ顔を通り越して、ガットロウがうんざりした顔になった。


「『時氏神様の依代よりしろの救出』ですね?」


「ほら、モナはちゃんとわかってるじゃないか。そう、それだ。いわば神の意思にしたがって偉業を成した『神の使徒』だ」


「あの馬鹿は生前の刷り込みだかにまんまと乗って、『迷宮殺し』を犯しただけだ。それが何で『神の使徒』だ?」


 日頃からつきまとわれて迷惑しているアルバとしては、サーバレンが持ち上げられることに納得がいかない。


「本人の動機やら人格以前に、神に選ばれた時点でそいつは『神の使徒』なんだよ。お前だって、サーバレンが言いふらしたせいで依代を救出した功労者のひとりに数えられているだぞ? わかってんのか? 『因果超越のアルバ』さんよ」


「その呼び名は本気でやめろ。勘弁してくれ!」


「はいはい」


 ふてくされるアルバを笑いながら、ガットロウがおざなりな返事をした。


「で、サーバレンがその『神の使徒』だとして、あの馬鹿にこれ以上何かを仕出かす器量はないと思うが」


「王家から毒杯を賜った『迷宮殺し』が、実際は『神の使徒』だったという事実が問題なんだよ」


 アルバの質問に、ガットロウは根気よく答える。

 まるで出来の悪い生徒に付き合わされる教師だ。


「神殿はサーバレンを貴族籍抹消の上、放逐あたりで済まそうとした。そのための()()()()()『迷宮殺し』という罪状だ。それなのに王家は毒杯を選んだ。理由はわからん。だが、その『迷宮殺し』をマーキナーが復活させちまった。それがどういう意味をもつかわかるか?」


「王家が殺した人間を、神の依代が復活させた。つまり、サーバレンさんが生きていること自体、王家が神の意思に反した証拠になるわけですね」


 模範解答を返すモナに、ガットロウは満足げにうなずく。


「そうだ。これが公になれば、信仰心に厚い貴族は王家にそっぽを向く。そこで王家は、マーキナーとサーバレンの動向を知りたい。そのための密偵だ。ほかにも有力な貴族どもが密偵を放っているようだがな」


「……事情は理解した」


『だが、納得はしていない』とアルバの渋い表情が雄弁に物語っている。


「しかし、その話だと、マーキナーの正体も王都に知れ渡っているようだな」


 斥候のつとめとして情報収集は欠かさないアルバだが、王都の情報にはうとい。

 領主邸の人間とガットロウを除けば、有力な情報源が商人たちのうわさ話に限られるためだ。


「この領内じゃ公然の秘密だからな。全国に情報網を張り巡らせている有力貴族なら、知ってて当然だ。最近じゃ、街のじいさんばあさんがマーキナーを拝んでいる始末だしな」


「ありがたや、ありがたや~ってやつ?」


 ユリシャが老人たちをまねて、両の手を頭上で握り合わせた。


 ガットロウが肩をすくめる。


「マーキナーの恩寵については、わりとすぐに知れ渡ったしな。なんせ、魔獣の被害者や兵士たちだけでなく、事故死した人間までよみがえらせてるからな」


「ああ……あの、被害者が知り合いの友人の親戚の隣人だとか言ってサーバレンが大騒ぎして、マーキナーに泣きついた件か」


【眠り姫の迷宮】で約束したとおり、マーキナーは()()()()()で借りを返した。


 迷宮ひとつが失われたことで魔獣が増えたのは事実だが、どこからどこまでが迷宮消失の影響か線引できるはずもない。

 結局、マーキナーはスタークの街の近傍で発生した魔獣の被害者全員を巻き戻した。


 マーキナーの恩寵なら一日ひとりは死んだ直後の人間を蘇生できる。

 数日分の恩寵を前倒しにすれば、数日前に死んだ人間の蘇生そせいも可能だ。


 一方で、魔獣による死者は、兵士たちが魔獣狩りに励んだ成果もあって、ひと月にせいぜい数人に留まっている。


 つまり、マーキナーの()()()()()にすべて収まってしまう計算だ。


 さらに、スタークの街で事故死が発生すると、これもマーキナーが巻き戻してしまう。

 病気や老衰で死んだ者は巻き戻したところで数日後に再び死んでしまうだけだが、事故死なら回避できてしまう。


「で、サーバレンが時氏神の意図で『迷宮殺し』を行ったってのは、領主邸のメイドが兵士たちに漏らしたらしい。情報統制がゆるゆるだな。……いや、あの領主様のことだから、おそらく意図的だろうな」


 身内から『迷宮殺し』を出したことで、一時的にクルスターク家は非難の的になった。

 しかし間もなく、それが氏神の意図だったという噂が流れ、事態は一気に鎮静化した。


 太古の昔、多くの魔獣や魔法使いがはびこっていた時代を人間たちが生き延びたのは、ひとえに神の加護と恩寵があったればこそだ。

 たとえ『迷宮殺し』で実害を被った者であっても、神の行ないを非難すれば、不信心だと村八分にされるのが関の山である。


 それに神殿に泣きつけば、神に関連して被った損害はすべて補填ほてんされる習わしだ。

 本来、取り返しがつかない死者ですら、『神に命をささげた』という最大級の名誉が与えられることで報われる。その名誉は、子々孫々《ししそんそん》まで社会的に優遇されることを保証する。

 今回はマーキナーが死者もよみがえらせているため、さらに文句を言う筋合いがない。


「【眠り()】が失われて死んだ迷宮。()の意思にしたがって『迷宮殺し』を行ない、死んだ後によみがえった氏子の子息。その子息のそばにいるのは死者復活の奇跡を起こす()()。……後は『依代』という言葉さえ思い出せば、勘のいい人ならマーキナーさんの正体に気づいちゃいますものねぇ」


 モナがため息まじりに言った。


 神殿としては、マーキナーの正体は隠しておきたい事実だ。

 そのために『神の使徒』であるサーバレンに罪を被ってもらうという苦渋の選択もした。

 しかし蓋を開けてみれば、サーバレンは毒杯を賜り、マーキナーの正体は広まりつつある。

 神殿にしてみれば踏んだり蹴ったりだ。


「しかし、その事故死の被害者ってのは、クルスターク家ゆかりの者ですらないんだろう? さすがにやりすぎじゃないのか?」


 アルバは素直な疑問を口にした。


 恩寵を誰にどのように施すかの基準は神殿が決める。

 一日に賜われる恩寵に上限がある以上、無差別に施すわけにもいかないからだ。


 たとえば、神殿で治癒の恩寵を受けるには、一定額のお布施をするか、一定時間の『お勤め』──神殿で雑務やお祈りなどをする必要がある。

 そうやって、需要と供給の均衡を保っている。


「それが、マーキナーさんが領民に対して恩寵を施すのは、クルスターク家に対する加護の代償に当たるため、時氏神様の胸先三寸なのです」


「神の加護ってのは、氏子が支配している土地や人々にも及ぶからな。そのために氏子を王にいただくわけで、クルスターク家が()()()()()もおかしくないわけだ」


 モナの回答をガットロウが補足する。


 ガットロウの言う『そうなって』が何を意味するのかは確認しないほうがいいだろうとアルバは判断する。

 なにしろ、王都の密偵に聞かれている可能性があるのだ。

『クルスターク家が王家になっても』なんて返事が返ってきたら、国家反逆罪に問われかねない。


「時氏神様が力を失って数百年、クルスターク家は氏子の義務を果たしてきました。アルバさんはご存知ですか? 代々の領主様は、兵士に『氏神様へ剣を捧げる儀式』を義務付けていたそうですよ。領民も『名もなき神のほこら』を掃除して御参りを欠かさなかったとか」


「ああ、マーキナーから聞いた。『祠を掃除したり、剣を捧げたり、何の見返りもなしに何百年も続けるとは、ここの領民は阿呆あほうばかりか?』って上機嫌に言っていたな。……なるほど、数百年分の加護を後払いしているわけか。そりゃ大層なことだ」


 どうやらマーキナーによる蘇生の大盤振る舞いは当分終わりそうにない。


「そうなると、周辺の領主どもがクルスターク家に便宜べんぎを図るもの当然の成り行き、というわけだ」


 また新しい情報がガットロウの口から飛び出した。

 密偵が聞き耳を立てていることを忘れているのではないか、とアルバは不安にかられる。

 が、情報に飛びつくのもまた斥候のさがである。


「周囲の領主たちがどうかしたのか?」


「聞いた話じゃ、この辺りの男爵連中は、ほとんどがクルスターク家の元家臣だ。時氏神が力を持っていたころのな。過去のよしみを持ち出せば、事故で死んだ身内をよみがえらせてもらえるかも、と考えても不思議はあるまい?」


 ガットロウは当然のように言うが、アルバはすぐに同意することはできなかった。


 時氏神が力を持っていたのは数百年前である。そんな過去のつながりが現代で意味をもつものだろうか。

 しかし、それは平民の感覚なのだろう。

 貴族は数百年もの間、家名を守り続けてきた者たちなのだから。


「で、その男爵連中が、魔獣狩りに兵士を貸し出したり、こっちに有利な交易を持ちかけたりと、クルスターク家に恩を売りに来てるらしい。結局、この領全体で見れば、迷宮ひとつ失っても釣りが来るほどの恩恵があったわけだ」


 ガットロウの言葉を聞いて、アルバが苦虫をかみ潰したような顔になった。


「何だ? その顔は」


「いや、サーバレンがな、迷宮を攻略……あいつが言っていたのは迷宮を殺すって意味だが、そうするとすごい褒美ほうびや力が手に入るはずだって、たわごとを言っていたのを思い出してな」


「……まあ、なんだ、結果的にはそのとおりになってるな。つまり、時氏神にそう思い込まされていたんだろう」


「まったく! だから神は苦手なんだ。あの馬鹿に怒鳴った俺のほうが馬鹿みたいじゃないか!」


「まあ結果論というやつだ。お前が間違ってたわけじゃないさ。気にすんな」


 ガットロウが子供をあやすようにアルバの頭をポンポンとたたく。


 気づけば、すでに領主邸は目前だ。


「……ついたぁ」


 へとへとになったラキアがモナの背中に寄りかかる。

 モナはあきれ顔だ。


「人目もないのですから、ケイティさんに抱えてもらえばよかったのに」


「いや……だって……密偵が見てるって」


「密偵はほかの人に言いふらしたりしませんよ? ほんと、見栄っ張りなんですから」


 一行は門番の許可を得て領主邸の門を抜け、玄関広間に入った。

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