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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
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第46章 結果オーライ。本当に欲しいのはコレだったんだ!みたいな?

書き溜めていたのを続けて投稿します。

「クッソ!!…留守ってなんだよ!」

ナタルは朝食が終わる頃にマリーの家を訪ねたかったが、アレコレと雑用が出来て出遅れた。

家を訪ねてもひと気は無く呼びかけても反応が無い。

マリーの家は鍵が閉まっていた。

彼らの行くところと言ったら、教会か、海岸か…その他の場所では検討が付かない。

魔法を封じられている身が落ち着かなくて、一刻も早く戻したい。

ナタルはここから近い順に探す事にした。が、いざ行ってみると大聖堂は明日の宝珠の祭典で警備も厚く、負傷者以外の一般の立ち入りは制限されていた。

元々、先生たちの入れる内部に自分は入れないから期待はしていなかったが。

チッ…海岸でも見てみるか…。

乗り合い馬車で近くまで移動した。

王都を巡回している乗り合い馬車は要所要所を周り、値段も手頃で、あまり待たずに利用出来る。

ふと、車窓から空を眺めた時、空に無数の黒いカラスが飛んでいた。

それだけならなんて事も無いが、カラスの動きが…まるで人が操っているかのように意図的に上空をくまなく飛来している。

「(…使い魔だ)」

あんなにたくさん?個人じゃ無いな…どこの機関だ?

気付けばその数は只事では無いような気がしてナタルは興味が出た。あの数を飛ばすにはそれなりの理由がある。

行政か大きい家が飛ばしている。しかも、カラスは使い魔としては優秀で人気だが、賢くて扱いに練度を要するから魔法に精通した所だ。

「あ」

わかった!アイツん家だ!ツいてる!アイツがいるって事はあれもいる!

ナタルは車窓からカラス達の動きを注意深く注目し、数の多い方角にあたりをつけた。

あっちはレイヴン通り?…ホントかよ?

魔法師達の御用達のレイブン通り。その通りは魔法師に関する商品が、裏表構わず全て揃っていると言っても良い。貴族が利用する高級店や大店と異なり、大小雑多な建物がひしめいて路地が入り組んでいる。それでいて様々な商品が並んでいるので目を奪われていると、初めて訪れた者は大抵、道に迷う。

そこにタナトスはいてもおかしくも無いが、ローズ先生やハートのキングがいるとはとても思えない…。

思えないが、しかし…あの数の使い魔が指し示す事が気になって、ナタルは次の停車位置…レイヴン通り前で下車した。

魔法師の多くがそうであるように、ナタルも魔法師になってからこのレイヴン通りはほぼ毎週通っている。例え用事が無くとも足を向けて、新しい物が無いかチェックする。

ゆえに、どこの路地になんの店があって何が売られているかは熟知している。

入り組んだ路地でも、言われた店までの最短コースを迷い無く行けるし、目当ての品の最安値を扱う店もわかる。空を見ながらカラス達が集まっていく方向に足早に進めば、徐々に道は人で混み合って来る。そしてカラス以上に人が集まっている場所に出た。

「なんだ?なんの騒ぎだ?」

訝しんで声に出せば、自分に聞かれたのかと近くの魔法師が答えた。

「なんでも、光玉がすごいらしいんだが…」

はい。当たり。間違いなく、あいつだ。

って、オオイッ!!ふざけんなよ!!こんな魔法師の溜まり場で目立ってんじゃねぇぇぇ!!

ナタルは人だかりの中を強引に身をねじ込んで進み、その中心を見た。

使い魔や研究用の生き物を扱う生体屋の前で、白いワンピースに黒い頭巾を被った女が両手で光玉を生成していた。それも、見たこともないやり方で。

は?…誰だ?…いや、あいつ…だよな?

あんなおかしな事をするのなんてハートのキング以外にいない。

なんだ?あの格好…法術士(シスター)?って…あんな色の法衣だったか?

「(あ。いた!!タナトス!!)」

ナタルは、その法術士の近くで影のように立つタナトスに近付いて、問い詰めた。

「おい!おまえら!こんな所で何してんだよ?!」

「…ぷにぷにが、買い物をしてる」

「買い物って、おまえ!こんなとこ連れて来んな!!早くやめさせろ!」

「ダメだ…魔法契約だ。じきに終わる」

「はぁ?!」

耳を疑った。魔法契約?!ガチの契約じゃ無いか!

「なんでそんな事してんだ?!っていうか!!おまえ!探されてんぞ?!」

ナタルの言葉にタナトスはすんなりと肯定した。

「……バゼッツの鳥だ。金が来るのが遅かった」

「は?…おまえ、何」

ナタルが訝しんだ時、周囲がどよめいた。

法術士(シスター)が最後の光玉を右手の光玉に収め、ひときわ光を放ってコロリとその手に収まった。

タナトスは周囲の騒めきに乗じて、ナタルに「おまえ、どこでくっ付けて来た。親父の犬がおまえの臭いを嗅いでいる」と告げた。

ナタルは目をみはった。

それって…尾行か?!俺に?気が付かなかった!どこだ?!

仕上がった光玉を手に、法術士は店主に小さな檻を指差した。

「コレを。交換です」

「………ほ、本当に180日保つんだろうな?」

「数え間違いはしていません。少なくとも180日は保ちます。そもそも、180日では54000です。4000も多い。1月9000ならば1日約300ですよね? そしたら、えーと……170日で充分だったし!サービスし過ぎた!」

拳を振って文句を言う法術士(シスター)

「フン!…売買契約書の通りだ。おまえのそれが180日保たなければ、10万必ず受け取りに行く。おっと、逃げたって契約書がある限り、無駄だ。おまえは俺に10万払うように強制力が働くからな!」

「はいはい。早く交換して下さい」

光玉と、檻が渡される時、店主は檻の鍵を開けた。

「檻はウチのだ。ホラ。中身を取れ」

真っ黒な子犬は檻の中でグッタリと力なく横たわっている。

手を伸ばせば、店主は嫌味な顔で笑って言った。

「噛むぞ。そいつ」

「………」

少しためらったが、構わず手を差し出して犬の体に触れればピクリとも動かない。

仔犬を檻から出せば、不自然なほど首がクタリと下がり、舌を出し、力無く四肢もピクリとも動かなかった。

「死んだか?」

店主が大して気にもしていない言葉をかける。

法術士が治癒をかけた。が、子犬はピクリとも動かず、舌を出し体を横たえたまま…

「あー、ざんねんだなぁ。まぁ、生き物だからハズレもあんだよ。運が無かったな」

くじ引きに外れた者にかけるような言い草に、周囲からも非難が出た。

「おい、死んでるなら違うのを渡せ!」

「死体じゃ契約違反だろうが!」

「詐欺だろ!」

店主は野次馬の非難に、胸を張って答えた。

「おっとぉ!契約は有効だぜ?コイツはこの檻の中にいたものを希望した。他のじゃない。それに契約までは生きていたんだ。その後に死んだとしたって、その補償までは書いていない!」

その時、石畳に馬の蹄が響いた。野次馬が慌てて道を開ける。

「タナトス様。お戻り下さい。モルフィネス様がお呼びです」

現れたのは全身黒ずくめのスーツを着た男だ。特段、焦るわけでも無く、淡々と馬上でタナトスの反応を待っている。

その様子に野次馬の男が眉を上げた。

「おい、あの黒服…。協会のだよな?」

「なんだ?…タナトスって…?」

「え。おい…あれ!あそこにいるの死神じゃないか?!」

「うわぁ!!本当だ!いつの間に?!」

突如、認知され始めた死神の存在に、恐怖で野次馬の輪が潮が引くように更に引いていく。

「……呼び出し…ウザい」

タナトスは是とも否とも言わずに呟いた。



手の中で力無くグッタリとした子犬の体は温かかった。だが、ビーズの入ったぬいぐるみのようにクタクタとして、首も手足も一切の力が無い。口が、舌があり得ないくらいカピカピに乾き、その乾いた舌がダランと口から出ていた。

治癒の法術をかけてみたが、反応は無い。

目を閉じて口を開けた子犬はまだとても幼くて、鼻も手も足も、四肢に生えた爪までも小さくて…とても、1匹では生きていけないのがわかる。

お母さん犬と引き離されて、小さな檻に入れられて、蹴られて叩きつけられて…子犬を撫でた手は炭を触ったように黒くなった。

それでも構わず撫でた。子犬に触れた手に法力が集い、子犬を温めるように圧縮されて…言霊を紡いだ。

ポンッ!と弾ける音がして金粉が子犬の中に染みていく。

ピクリとかわいい足が動いて、乾いた口がモゴモゴと億劫そうに動いて舌が収まった。そして目が開くと子犬は頭を上げ、黒い目で見つめて「マウマウ…」と弱々しく声をあげた。

「生きてる…生きてるね?!」

仔犬は尾を振り手を舐めて、身をプルプル!っと震わせると、「マウマウ!」と吠えた。



魔法師の間でも死神と恐れられるタナトスに、周囲の注目は嫌が応にも集められた。

これまでドウェルがこなしてきた任務の中で、厄介さをランク付けをするのならばその大抵は協会長の息子、タナトス関連の任務だ。

それでも具合の悪い時はラクなのだが、体調の良い時と機嫌を損ねている時の対処は間違うと人死に係るのでかなり神経を使う。

屋敷に戻る事を拒否された事を想定し、ドウェルは身構えていた。が、その口から出たのは「ウザい」だ。

彼の中でこれはまだ拒否では無い。その言葉の通り「マジでかったるい」程度だろう。

抵抗されて死人が出るのは非常に面倒だから、どう説得しようか。もしくはどう捕獲しようかと考えているとポンッと破裂音がして、金の光の粒が視野に収まった。光に包まれた物がモゾモゾと動き出し、鳴き声をあげる。

…あれは?法術士か?こんなところに?いや、今のは…治癒?子息の隣にいる者は昨日の魔法師。

では、言葉通り交流がある間柄か。

ザワザワと野次馬の声がする。

「あ…おい、生きていたのか?」

「みたいだな?…治癒か?」

そもそもなんだ?この者達は。何に集まった?

最初は子息を見て集まっているのかと思っていたが、どうやらそうでは無いようだ。

「良かった。…もう大丈夫だよ。お母さん犬はどこだろう…探せるかな」

黒い子犬を抱いて法術士(シスター)が言えば、店主が驚きの声をあげた。

「うお!!契約書が!!」

青白い炎をあげて羊皮紙が燃えたのだ。その現象はつまり、契約が終了したという事だ。

その光景に周囲の者が声をあげた。

「なんだ?!…契約履行?!まだ180日どころか1時間も経ってねぇぞ?!」

「なんでもう?…インチキか?!」

「バカ言え!あれは魔法契約だぞ?!」

店主の手にあった羊皮紙が燃えたのを見て、魔法師達が騒ぎ出す。

「オイ!貴様!!どんなイカサマしやがった!!」

店主が法術士に詰め寄り怒鳴った。

「な、なにも…」

男の剣幕に子犬を抱えて後ずさる法術士(シスター)

「180日…光玉が保つからだ。故に、契約は履行された」

子息が言葉を発すると、場が一瞬沈黙した。

180日、保つ光玉?バカな。そんな物が存在するのか?…まして法術師でもなく、法術士(シスター)が作った物が?

店主は信じられないと言うように白銀の光玉を眺めた。

「う、嘘だろ…?そんなバカな…」

「では、その小さな檻にその光玉を入れて交換出来ないようにして下さい。180日、その光玉はその檻の中で輝いてくれます」

法術士の申し出に、魔法師達が盛り上がった。

「いいぞ!おもしれぇ!サーバント!光玉を檻に入て鍵を掛けろ!鍵はウチが…鉱石屋のアンオールが預かる!」

「おい、賭けるか?180日、保つか、保たないか」

「魔法契約だろ?!保たないなんてあるのかよ?」

「わからねぇぞ!法術師でもない。相手は法術士(シスター)だ!」

わ!と盛り上がる場に、昨日の青年が子息と法術士(シスター)を促して、その場から脇道の路地に入った。



光玉が保つか賭ける。という話で盛り上がって騒がしくなると、肩に誰かの腕が回されて、驚いて見上げたら眼鏡に緑の目の…ナタル先輩だった。

え?!いつの間に?!いつからいたの?

先輩が私の肩を押して、その場から離れるように無言で押してくるから、私は子犬の他に買った色鉛筆の包みを手に取り、進められるまま脇道に足早に入って進む。

「先輩…いつの間に?!いつからいたんですか?」

「(黙れ。俺に尾行が付いてる)」

え?…え?!な、なんで?誰が、どうして?

「(キョロキョロするな。俺と、おまえは初対面だ。良いな?)」

「(え…でも、タナトスは…?)」

肩を押されるまま足早に進む建物の間の細い路地。

「(タナトスの親父が付けた尾行だ。俺も言われるまで気が付かなかった。クッソ…魔法封じだけじゃ無かった…!)」

え。え?なに?なんの話?全然、わかんないんですけど?!

「(いいか?路地から出れば、俺とおまえは初対面だからな?)」

「(タ、タナトスもですか?)」

「ぷにぷには…友達」

後ろを歩くタナトスが驚くべき事にそう言った。けど、ナタル先輩に押されて足を止める事も出来ない。

路地から抜けて少し広い通りに出ると、ナタル先輩は私の肩を放した。

「ここまで来れば大丈夫でしょう。法術士(シスター)、災難でしたね…」

さすが嘘のうまい先輩。サラリと初対面の演技ができちゃう。

「あ、ありがとうございます。え、えーと…初対面の…見知らぬ魔法師さん」

私の言葉に、先輩は苦虫を噛み潰したような顔で、この下手くそがッ!って訴えた。一瞬だけど。

ひ、ヒドイ…いきなり無茶振りしてどうしろと…。

「ここは法術士(シスター)1人では危険です。大概の魔法師は善良ですが、中には良からぬ事を考える者もいる」

「あ…」

私の言葉を待たぬまま、先輩は言葉を続けて促した。

「お仲間がいる場所近くまでお送りしましょう。どちらまでがよろしいですか?」

余計な口は開くな。と言わんばかりのナタル先輩。

そ、え…どうしよう…タナトスはどうするの?

「あ、あの…彼は…?」

「ああ。コイツですか。コイツは俺の後輩です。おい、タナトス。おまえまで付いて来て…家から呼ばれてただろ。どうすんだ?」

「……家、ウザい」

タナトスが呟いた時、抱いた子犬が「マウマウ」と甘えるように鳴いたので見下ろせば…白いシスター服に(すす)のような汚れが付いていた。

「うわ!!汚れちゃった!」

どうしよう!借りた服なんのに!

「ちょっと、ゴメン!この子、持ってて…落とさないでね」

子犬をタナトスに渡して、胸の煤を払う…が、すでに子犬を撫でていた手が(すす)で汚れていたから、余計にひどくなった。

「ああー!…ダメだ…どうしよう…洗って落ちると良いんだけど…」

タナトスは私に渡されるまま子犬を持っていたが、子犬がキューキューキャンキャンと鳴くから早々に諦めタナトスから子犬を受け取る。

再び子犬を抱えると子犬は「マウマウ」と鳴いて黙る。

「…なんか、時々、変な鳴き方するね。この子」

子犬って、こんななのかな?

「…………」

それをナタル先輩が渋面で見ていたが何か言いかけて、通りに現れた馬を見かけて押し黙る。

特別、急いだ感じでも無い馬上の人は真っ黒な紳士服…中のシャツも黒いから白い所がない。全身黒だ。顔つきも雰囲気も怖いけど、その色だけで威圧感がある。日本で言っても怖い人…これってまさかの反社会勢力?

「タナトス様。お戻り下さい」

冷静に馬を近付けて言ってくる。

「え…タナトス様…?」

あ。そうか。タナトスの家の人か。…従者かな?

「お逃げになられても無駄です。主人様がお呼びですので」

タナトスは憂鬱そうに息を吐き「…行く」と言った。

馬上の人が頷いて手を上げればカラスが一羽、円を描き飛んで行った。

それを合図にしたように、たくさんのカラスが屋根からザッと飛び立った。

「うわ!え?!…すごい数…いつの間に…」

東京でもここまで集まらないよ?生ゴミでも多いのここ?

「…………」

沈黙していた男が、私達を見下ろしている気がする。怖くて目を合わせられないけど。

「…ナタル・プロキオン。再び会ったな」

え。先輩、お知り合い?

隣に立つ先輩を見れば先輩は苦笑しながら答える。

「レイブン通りで買い物してたんです。俺も、使い魔が集まっているから、何事かと思った野次馬ですが」

「……。魔法を封じられては不自由だろう。出歩かずに大人しくしているがいい」

魔法封じ?…え?なんで先輩が?いつ?

頭の中は疑問でいっぱいだ。

「その法術士(シスター)はおまえの知人か?」

自分の事を振られて思わず半歩、後退りする。が、ナタル先輩がわずかに前に出て答えてくれた。

「いいえ。見かねてあの場から離しました。法術士(シスター)が1人でいては危険でしょう」

「…法術士(シスター)。なぜ、1人でここにいる?」

話を振られて戸惑った。

なんでって買い物だけど…どこまで答えていいの??この人、タナトスの家の人だよね?…ああ、そう言えば、タナトスの家の馬車…従者の人は黒いお仕着せを着てたっけ。

「…………」

中のシャツまで真っ黒なんて、ちょっと悪い人みたい。

法術士(シスター)どうした?」

黙っていたところを促されて、緊張しながら答えた。

「あぁの…色が…画材屋さんで色が欲しかったんです。日誌に書くのに色を付けたくて…だから、案内してもらったんです。彼に…」

タナトスを見て、紙袋と子犬を抱えて言う。

「彼?…まさか…タナトス様に?」

訝しむ声に、補足する。

「はい。画材屋さんがどこにあるか聞いたら、案内してくれました。それで…帰りにこの子が殺されそうだったから…お金は足りなくても同じ額の光玉ならお支払い出来ると申し出たんです」

「………。180日保つなど法術師ですら聞いた事が無い」

馬上の男が呟いた時、黒い重厚な馬車が到着した。その屋根には先ほどのなのかカラスが一羽、とまっている。

タナトスは無言で馬車に向かった。

それを見て馬上の男の意識もそれる。

ナタル先輩の目が、目配せして会話を終えろ。と合図した気がした。

「それでは、私はこれで…ありがとございました」

頭を下げれば胸に抱いた子犬が、手足をもがいて鈴を蹴る。シャリンと音がした。

「………」

無言で見下ろす黒ずくめの男。

「それでは法術士(シスター)、途中まで送りましょう。…では、失礼します」

ナタル先輩に促され魔法師達の通りを離れる。男は馬車と合流し、共に去って行った。

「今日はお買い物でしたか」

ナタル先輩が未だに初対面を装って、にこやかに言って来た。声も穏やかで笑顔だ。けど、目は笑って無い気がする。

それまだ続けるの?…って言うか、笑ってない笑顔が怖いよ。怖いんですけど…。

「え、ええ。はい。そうです…」

「しかし、法術士(シスター)…その服は珍しいですね。法術士(シスター)は青灰色を着ているのですが…」

「えっと…これは、試作品です。お…母が、今後の式典用に法術士(シスター)も礼服をと…なので、まだそんなに見かけないかと」

「ああ。そうでしたか。いつもと違う装いで驚きました。しかし、なぜですか?」

「な、なぜというと?」

「レイヴン通りは魔法師の庭です。法術士(シスター)が1人で来るところではありません。『わざわざ、ノコノコと』物見遊山に入り込んで、危険を犯せば、お仲間もさぞかし驚かれるでしょうし、その勇気よりも無謀さに『こっぴどく、それはもう、後悔するくらい』叱られるのでは無いかと察しまして…そこまでする理由はよほどの大事だろうと思うのですが?」

やたらと強調する文言に背中に汗が出た気がした。

ヒェ!!せ、先輩…内緒にしといて下さいよ…?ねぇ!

笑顔なのにナタル先輩の目は全然笑って無い。むしろ、冷たいっていうか、言葉にもトゲがある。

「そ、そそそそれは…そんな場所とは存じませんでしたので…気を付けます。でも…この子は救えましたから」

胸に抱いた子犬の温かさに、頭を撫でた。最初あんなに鳴いていたのは、やっぱり檻に入れられていたからだろうか。ずっと大人しく抱っこされていて、噛むような気配も無い。それを横目で見てナタル先輩が聞いた。

「…それ、どうするんです?」

「母犬を探してあげたいんですけど…可能でしょうか?」

「無理ですね。その汚れっぷりから野良犬でしょう。王都にいくらでもいる野良犬から、それの母犬かどうかなんて探しようが無い。成長するまでに、また捕まるかも知れないし、仔犬が外で生き残るのも厳しい」

断言されれば納得せざるを得ない。

「………じゃあ…里親を…」

ナタル先輩はため息を吐いた。

「5万もする野良犬の子供なんて聞いた事もない。しかもそんな汚い奴…」

ム!!

「汚れは、洗えば良いだけです。見過ごせません」

「そんなの、いくらでもいるっていうか…いちいち構ってたらキリが無いでしょう…」

「良いんです!例え1匹しか救えなくとも、諦めて見殺しにするなんて出来ない!後悔するよりはマシです!」

法術士(シスター)…そう、声を荒げませんように。人目を引きますよ」

「………そちらこそ、お忙しいのでは無いですか?私はもうここで結構です。母があの店におりますので」

「そうですか。それでは私はここで。ぜひとも、またお目にかかりたいですね。法術士(シスター)

ニッコリと愛想よく笑うとナタル先輩は振り返らずに去って行った。

もぅ!ナタル先輩、ローズ先生にこの事言い付けたら…あー…困るなぁ…。

気持ちが沈んだ。

「すーちゃん!!」

お店に戻ると、マリーさんが血相変えて飛び出して来た。

「探したのよ!?どこ行ってたの?!」

「…マウマウ」

「あらっ?!え?!どしたの?!この子」

「えーと…その…色々ありまして…先に謝っておきます。ごめんなさい」

「………。用事も済んだし、帰りましょうか。その子がいたらレストランも入れないし…」

マリーさんは、私の汚れたシスター服と胸に抱いた子犬を見て、なんか察したようで頷いた。

馬車に乗る前にマリーさんは手早く食材を買った。

帰りの馬車の中、ずっと大人しくしている子犬のことをマリーさんが聞いて来たので、そのままあった事を話した。

マリーさんは、相槌を打ちながら驚いたり、憤慨したりと忙しい。

「ちょっと!1日300?!光玉がそんなにするわけないじゃ無い!嘘も良いとこよ!事業用とは言え何個使ってんのよ!それ絶対嘘だから!」

そ、そうですか…。

「僕も、いくらかは知りませんが高いなーとは思いまして…」

「まぁ、そこの稼ぎや光玉の品質に応じて値段は多少変わるけれども…どーせ、本当の事なんか言って無いわよ。そもそも、その子に5万て…どう考えても嫌がらせじゃ無い!売る気なかったのよ!」

ですよねー…。

「それでも値段は値段だと言われたので、180日間保つ光玉と引き換えに引き取ったんです」

「え…180日って…半年?!そんな…出来るの?すーちゃん」

「はい。こうして交換して来ました」

「よく信じたわねぇ…そんな店のオヤジが…」

「なんか、魔法契約?をしたんです。光玉が180日保たなければ、倍の10万払うって」

「えぇ?!本当にッ?そ、それじゃ…もし、保たなければ…」

「大丈夫です。作って交換したら魔法契約の用紙が燃えました。契約履行とかで?」

マリーさんは一瞬、動きを止めた。

「履行…。あ…ああ、そう。それなら、保つんでしょうね。…はぁー…驚いたわ」

「180日なら自信ありましたから」

「お、おぅ…そう…それじゃ、ちなみに何日なら心配なのかしら…?」

「ローズ先生に作ったやつが今までで最長で…それは本当に保つか、わかんないです」

「ロズに…?」

「はい。先生に奥さんが出来て子供が出来て、お孫さんが生まれて人生のお迎えが来るまで。って思って、実際のところ何十年後かなぁーって思うと60年とかそれくらい…」

「ちょー!ちょーッと!!そんなのもう、一生、光玉要らないじゃ無いの!」

「はい。先生が引退されたら、ご自身で光玉も作れなくなるでしょうから」

「な…な…な…えぇ…?!」

マリーさんは、口をパクパクさせると馬車の中で燃え尽きたボクサーみたいにうつむいた。

「…あの…マリーさん…?」

「すーちゃん…光玉の収益は公共事業だから…法術師と教会にとって一番と言って良いほどの大事な仕事だから…それを…あ、いや…でもロズに…」

ブツブツと呟くマリーさんは急に顔を上げると「それ、もう安易に作ったら絶対ダメよ?!」と言った。

「公共事業…ですか…そっか…そうですね」

電力会社みたいな感じならば、これ以上目をつけられるにはマズい。

「ええ。じゃ…続けて?」

それから、交換した子犬がグッタリしていて悲しくて撫でてたら元気になって、いつの間にかナタル先輩がいて、タナトスのお家の人らしい人がタナトスを連れて行った事を伝えた。

「家に帰ったって聞いたけど、そういう事…迎えが来たのね。タルタルもいたのか。それじゃまぁ…仕方ない。(今度会ったら返り討ちにしてやろうと思ったけど、それなら仕方ないわね…)」

…え?…何ですか?…今、ボソボソと…何て?

マリーさんは渋面でアゴに手を当てて考えていた。

「それでなんか、ナタル先輩がタナトスのお家の人と顔見知りみたいで…ナタル先輩、尾行されてるらしいんです」

「えぇ?!尾行って…誰に?」

「タナトスの家…お父さんにだそうです」

「モルフィネス様に?!…はぁー…なんて人に目を付けられてんのよ…タルタル…何した…」

マリーさんはうつむき、額を押さえた。

「それで…あのぅ…マリーさん…お願いが…」

おずおずと申し出る私に、マリーさんが顔をあげた。

「僕が…魔法師の集まる地区に行ったと言うのは…先生に黙っていてもらえませんか?」

「………………」

無表情で沈黙するマリーさん。

「だ、ダメ…ですか?」

「すーちゃん…。叔母さんが、すーちゃんから目を離してお店で談笑してたの…黙っていてくれたら良いわよ…?」

「マリーさん…。喜んで!」

手を取り合った同盟は固かった。



屋敷(いえ)に帰ったタナトスは、クロトーに念入りなチェックを受けた。

タナトスが誰と会って何をしていたのか非常に興味があるようだ。

『…気に入った女でも出来たのか?最近、同じ女の匂いがする』

鼻で笑いながら言うクロトーにタナトスは無視した。

『…しかも、今日はおかしな匂いもする…これは…幼獣だ』

「……風呂に入る」

タナトスが言えば、控えていた黒服の男は無言で頷くと支度に部屋を出て行った。

『…生まれて間もない幼獣だ。よく触れたな。親はさぞかし気が立っただろう』

「……親はいなかった」

『いない?…それはまた不思議だ。…ああ、不思議と言えば、珍しく当主が話をするらしいな』

「……話など無い」

『全く、話だなんて…不確かな事を。だが、当主にも知らない事はあるようだ。おまえの事は特に。気に入った女の話でもしたらどうだ。なんなら連れて来たって良い。それならおまえが毎晩寝床で…』

「クロトー」

『なんだ?』

「うるさい」

『……体調は悪くなさそうだが?』

「………。おまえに言われるまでもない」

『………。おまえ…まさか女に人気が無いのか?前はよく寝床に…』

「黙れ。舌を切るぞ」

クロトーは口を閉じて鼻でフンっと息を吐いた。



お湯を張ってゆっくりと身を浸ける。湯をすくう手で肩や首に湯をかけて湿らせると石鹸を泡だてた。

「良い子だねー。気持ちいい?」

煤で汚れた体を洗濯桶の中に浸けても、子犬は嫌がらずに大人しい。かなり汚れているとは思ったが案の定、お湯は直ぐに汚れて黒くなった。

マリーさんの家に帰って汚れた法術士(シスター)の服を着替えると、汚れた子犬も洗う事にした。

泡だてた石鹸で優しく洗ってあげると、気持ちいいのか目を閉じて大人しくお座りしている。

顔周りはどうしようかと悩んでいると、マリーさんが布切れを持って来て、「これで拭うように洗うと良いわよ」と、やり方を教えてくれた。

さすが犬を飼ってるだけあるなー。

上手に目の周りや耳を拭って汚れを落としてくれる。

「まぁー。大人しいじゃない?良い子ねー!」

マリーさんが子犬を褒めた。

「この子、噛むぞ。って脅されたんですよ。こんなに良い子なのに」

「ダメよ。ボッタクリ店のオヤジの言う事なんて真に受けちゃ。どうせ乱暴に扱ったんでしょ!…可哀想にね」

マッサージするように洗うと黒い汚れが浮いてくる。

「あら。この子…意外と…もとは白い犬なのね」

石鹸で泡立った毛並み。マリーさんは子犬の地肌を見て言った。

「え。そうですか?」

真っ黒だったから、黒犬か斑犬だと思ってた。

丁寧に洗ってすすぐ。と、黒かったのは全部、(すす)だった。

「わ。君、こんなにキレイな白犬だったんだね!」

手先から尻尾の先まで白い子犬だった。

プルプルッ!と身震いして水気を払う。

「うわぁ!ちょ!ちょっと待って!今、拭いてあげるから!」

飛んで来た水気に面食らいながらも、乾いた布で吹き上げて…顔を拭ってあげれば、目を閉じて気持ち良さそうに上を向いた。体を拭けば手に体を預けて来たり、自ら布に擦ってきたりする。

仔犬自身がお尻を突き立てて肩を一生懸命、布に擦っていると、勢い余ってコロンと転がる。

「か、かわいいッ…!」

なにこれ…すごいかわいいんだけど!

まっ黒いまん丸の目と、濡れた黒い鼻。ピンと立った耳に、長めの尻尾。黒かった毛は真っ白になり、乾くにつれてふわふわしてきた。光を受けて白銀に輝くように見える。

「わぁ!…なんか…キレイな犬だな…」

「さっき、お湯を飲みたがっていたから喉が乾いているみたい。これ、あげてみて」

マリーさんがお皿に牛乳を持ってきてくれた。けど、匂いを嗅いで飲もうとしない。

「…飲まないですね…欲しそうなのに…」

「普通の水もあげてみましょうか?」

それはすぐに飲んだ。むしろ無心に飲んでいる。

「うわー。かわいい…チャッチャッって音してるー」

小さな舌で水を飲み、たまに黒い鼻に水がかかってグフッとむせながらも、ゴクゴク飲んだ。

「水も飲めなくて…辛かったね…」

ひとしきり飲んで、満足したのかトコトコと歩いて来て、膝に甘えて来た。

「うわぁぁぁ…めっっちゃ、かわいい!!…マリーさん…大変です!すごくかわいい…!」

「うん。これは確かにかなりかわいいわね…。なんか、賢そうな顔してるし…毛並みも良いし…どうする?」

マリーさんが、真顔で聞いてきた。

「ど、どうする…と言いますと…?」

「そりゃ、里親募集よ…」

「さ、里親ですか?」

もらってくれる人を探すって事…。

「この子…人懐っこいし、キレイな子だし、探せば欲しいって人が…」

「マウマウ」

子犬が鳴いて、膝に登って来た。

「そ、そ…そうですね…これだけ、かわいければ…」

子犬は猫のように私のお腹にグリグリっと頭を押し付けて来た。撫でれば尻尾を振って嬉しそうに手を舐めてくる。

くっわーーー!かわいい…!

ふわふわの毛を撫でれば、小さな口であくびをして膝の上でコテンと寝る。

ダメだぁぁあぁぁぁーーー!!かわいいんだよーーーー!!

「ま、マリーさぁぁぁん…!」

泣きそうになる私に、マリーさんは苦笑した。

「そうよねぇー…。ボジャー、良いでしょ?」

マリーさんがソファーの上のボジャーを見る。ボジャーはずっとソファーの上から子犬を見ていた。

ボジャーに子犬を抱っこして見せると、子犬はボジャーをジッと見た。そして子犬のにおいを嗅いで、戸惑う目で私達を見た。

「…嫌では無いみたいね…」

「でも、尻尾は振りませんね…?」

可もなく不可もなく。戸惑い。それがボジャーの反応だった。




午後、教会の仕事を終えて家に帰ると、叔母もスレイプニルも、なんだかそわそわしていた。

法衣を脱いで片付ける。窮屈な襟を開けてくつろぐと、気になっていた事を聞いた。

「買い物はどうだった?」

少年はビクリと肩を揺らし、一瞬泳いだ目が再び戻ると満足そうに頷いた。

「え?!あー…ああ、はい!おかげさまで、満足です!」

満足…。そうか。やけに後ろめたそうな前置きがあったな。今。

「それで?何を買ったんだ?見せてみろ」

「え?!……えーと…」

なぜ、目をそらすんだ。

「叔母さん。どこの店に行って来たの?」

お茶を入れて来た叔母に聞けば、叔母は「うん!」とだけ頷きキッチンに去った。

……え。どういう事?うん。て…いや、違う。行って来たんだね。じゃなくて、どこに?だから。聞いてんだよ。こっちは。まさか…やっぱり、叔母の手に負えない品だったんじゃ…?

「すーぷーちゃん。何を買ったんだ?」

「え!いや、その…なんと申しますか…取るに足らないもので…言うほどの物でも無くて…」

ソワソワとして顔を背ける少年。

「………。スレイプニル。ここに。座りなさい」

ボジャーのソファーの下に座っていたスレイプニルをダイニングテーブルの席に呼ぶ。

スレイプニルは後ろ髪を引かれるようにしながら渋々立ち上がり、向かいのイスに座った。

「?…おまえ、何だ?」

「えっ?!な、ナニがですか?」

…肩を揺らして驚く事か?

「額の所…ちょっと赤くないか?」

ぶつけたのか?

「え?あ、あぁ…。そう言えば、開きかけたお店の扉に当たったっけ…」

…扉に?…鈍臭いな。というか、それほど店に入るのに緊張してたのか?

イスから立って手を伸ばし、額に治癒をかけた。

些細な傷でも、見かけたら治したくなるのは法術師のサガだな。

「あ、ありがとうございます…」

「それで?大事な事だ。言いなさい。何を買おうが、とがめない」

イスに座り直し、照れたように額を撫でているスレイプニルに言えば、その言葉に顔がパッと期待したように明るくなった。

「ほ、本当ですか?」

「ああ。だから言いなさい。何が欲しくて、何を買って…」

「マウマウ!」

「?…なんだ?今の?なんの音だ?子供の声みたいな…」

スレイプニルがボジャーのソファーを見た。つられて見れば、ボジャーのソファーから白い毛玉が落ちた。

「……は?」

白い毛の子犬がトコトコと歩いて来る。ダイニングテーブルの下に入り、スレイプニルの足元で尾を振って、前足をあげて「マウマウ!」と鳴いた。

それを抱き上げて「コレです」とスレイプニルは白い子犬を見せた。

「……………犬」

まさかの。予想外。子供って…本当に予想をはるかに超えてくる。

「先生。そういうわけでして…よろしくお願いします」

「マウマウ!」

「いや。待て」

おまえ、なんで朝、赤面したんだよ。どうしてあの反応でコレなんだよ。もっと違うだろ。恥ずかしいけど、すごく気になる、思春期の少年が見たい何か。じゃなかったのか?

「…なぁ?なんでだ」

俺はもう、おまえがよくわからなくて途方にくれるよ…。

頭を抱える俺に、スレイプニルがねだった。

「先生…ダメとか言わないですよね?僕、一生懸命、お世話するんで…良いですよね?」

「……おまえ、犬が欲しいなんて…」

あ。そうか、ボジャーの匂いが良いとか何とか言ってたな…いや、だが、学生だから当分、先って…

「すごいかわいいんですよねぇ…。なんか変な鳴き方する時ありますけど、それもまたかわいいって言うか…」

「…じゃあ、最初から言えよ…普通に」

反対されると思ったのか?まぁ、確かに「犬を飼いたい」なんて言われたら今の時期、快諾出来ない。

「で、ですよねぇ…。生き物ですし…すごく悩んだんです。で、でも、かわいいと思いません?」

スレイプニルが犬を差し出した。

黒い鼻と黒い目。真っ白い毛並みは時折、光玉のように白銀に光った。

なんというか…物凄く気品のある犬だな…。

この容姿なら、その辺で産まれた犬じゃ無くて愛玩犬として特別に繁殖させている犬か。買ったと言っていたし、そうなんだろう。

「………。やけに毛並みの良い犬だな…どこで買ったんだ?」

「どこで?!……えっと…その…街です」

だろうな。街以外にあるか。犬は畑になってる訳じゃ無いだろ。

「いくらだったんだ?」

「い、いくら?!…いや、まぁ…お買い得デシタ…」

「…………」

なんでしどろもどろなんだよ。なんかあんだろ。おまえ。絶対に。

「叔母さん!ちょっと来て」

キッチンの叔母を呼べば、叔母は「あ〜忙しい忙しい」と言いながら悠々と歩いて来た。

それ全然、急いで無いだろ。

「叔母さん、この犬、どこでいくらで買ったの?」

「ほう…ロズよ。値段が気になるのですか?」

「いいから。今日は1日、どこで何してきたの?」

「………。それは夕食までのお楽しみ〜!」

あぁ?ふざけんな!

「叔母さん。俺、今、ちょっとイラッとしてるんだけど…言っていい?」

いい加減にしてくれ!2人でコソコソと!

「…良いでしょう。言ってちょうだい」

何かを決意したのか腕を組んで仁王立ちの叔母は堂々とした出で立ちだ。

「叔母さんとスレイプニル、何か俺に隠してるよね。俺に言えない事って何?」

「…何と言われても、困るわねぇ。私は別にすーちゃんからアレコレ聞いたって事も無いし?強いて言うなら私は、そうかな〜?と思って行動してるだけだし」

「何がだよ?」

「海岸で苦しくなったのも、何を望んでいるのかも、別にすーちゃんに聞いて答えを知っていたわけじゃない。私が自分で考えて、自分で気付いて行動して、それですーちゃんからの信頼を得ただけ。誤解しないでちょうだい?私は問い詰めて聞いたわけじゃ無いし、強要した事も無いわよ」

「………それで?」

「つまりね。私はすーちゃんに自白を強要した事も無いし、言う事きかないからって暴力に訴えた事も無い。頭ごなしに自分の要求だけを突きつける事もしないわよ。都合の悪い事だけをとがめたり、言いつけたりもしない。すーちゃんの意思を尊重してる。だから、すーちゃんは私に話をするの。聞いて欲しいって自ら話をするの。すーちゃんの信頼は私自身が勝ち取った物だからよ」

叔母はそれが真実だと語る。

「ロズ。あなたは私に不満を言う前に、まず自ら考えて、気付いて、行動して、答え合わせをして、そして私よりも信頼を得る事ね」

「……………」

スレイプニルを見れば、黒い目は俯いてぬいぐるみのように子犬を抱いていた。

「マウマウ」

「………。じゃあ、その犬は?」

「い、犬ね。良いでしょう。…街に出た。犬がいた。ヒドい男にいじめられていた。見かねて助けた。そう言う事よ」

なんかすごい端的なんだが…。助けた?買ったわけじゃ無いのか?

「……じゃあ、元々、犬を買いに行った訳じゃ無いって事…?」

「まぁ、違うわね。でも、結果オーライ。本当に欲しいのはコレだったんだ!みたいな?」

はぁ?…え。はぁ?…なんなんだ?俺の方がおかしいのか?

話が全然わからない。

え。結局、欲しかったのは??

「……スレイプニル、朝の段階で欲しかったのは、じゃあ、なんだったんだ?」

「えー…と…」

「すーちゃん、あの紙袋。見せてあげなさい」

叔母が指で大きさを示したハンドサインと共にスレイプニルに促す。言われて、スレイプニルはバスケットの中から紙袋を取り出して来た。

渡されて中身を見れば、中身は小さな木の棒と様々な色の付いた芯。

「……なんだこれ?」

「色を塗る筆記具です。タナトスに聞いて…画材屋さんに」

「画材屋?」

画材屋って画商だろ?画商ってまさか…レイブン通り

「画材屋に行って買って来てもらった。と…そういう訳よ」

叔母がスレイプニルの言葉を引き継いだで言った。スレイプニルはコクコクと頷いている。

あぁ…。そうか。それならまぁ…あいつがお使い…?全然イメージ無いな…でも、そうか…料理も手伝わせるくらいだし、コイツが頼めば行くのか…。

「……そういえば、そのタナトスはどうした?」

「家の人に呼ばれたみたいで、途中でお迎えが来て帰りました」

「……。週末だしな。そうか」

「以上。何か他にある?」

叔母が胸を張って確認して来た。

一体、真実はなんだったんだ?スレイプニルの慌て具合からして、レイブン通りに行ったのかも知れない。それについては、まぁ好ましくは無いが叔母もいた事だろうし良いとして…色の付いた筆記具くらいで照れたりするのか?いや、しないだろ。

「……スレイプニル」

「は、はい」

「俺が信頼出来ないのか?」

「えっと…その……先生は……」

言いにくそうにうつむくスレイプニルに答えは見えていた。

お気に入りを取り上げて噛み付く犬。例えは悪いが今のスレイプニルは俺を噛んでも、叔母には噛まないだろう。

「僕、今すごく充実してるんです。先生やマリーさん、学校の皆…この日々は僕にとって忘れ得ない特別なものになると思う。でも、僕…どうしてもまだ、やれてないことがあって…マリーさんはすごく勘が良くて…色々気が付いてくれます。僕は先生にもすごく感謝しています。だから、ちゃんとその時が来たら言います。僕にとって先生は…」

神妙に言葉をつぐむスレイプニルに叔母が目を輝かせて前のめりになった。

「うん、うんっ?」

叔母。静かに。相槌に力入れ過ぎだ。

「先生は僕の先生であって、お兄さんで、女神様なんです」

「えぇ?!……う、うーん…」

叔母。うるさい。なんだその「違うそうじゃ無い」的な顔は。

それに…。かなりおこがましい事だが、おまえ俺を神だって言うならその神を信じろよ…。あ、いや、本当の女神様はさておき。言葉の綾だが。

「先生、もう少しだけ時間を下さい。おそらくそんなに先じゃないと思うから…僕が納得出来たら、その時はちゃんと説明します。お願いします!」

「……………」

納得って何にだよ。あ、もしかして…俺が教師として、師として、相応しいかどうかって事か?

「マウマウ…マウマウ」

その時、子犬がスレイプニルの腕から身動いで、クタリと力無く頭を落とした。

「おい。…子犬、どうした?」

明らかに元気無いぞ。

「なんか、連れて来てから全然、食べ物を食べてくれないんです」

「牛乳は?」

叔母が肩をすくめた。

「全然。ふやかしたパンも、細かくして柔らかくしたお肉も、スープも、チーズも、家にあるもの全部試したけど、全然何も食べてくれないのよ…お手上げだわ」

「水は?飲んだのか?」

「飲みました」

「…砂糖水は?」

「砂糖?い、いえ。それはまだ…砂糖水ですか?」

「子犬が弱った時に与えると良いんだ。特に小さい体のやつは」

同じ兄弟でも、生まれながらの競争で母犬の乳の出にくい所にあてがわれた子犬は弱い。そういう子犬に砂糖水が良い。

「ああ、そうね。あげてみましょう」

叔母が砂糖水を作って持って来た。お皿に口を近付けると、仔犬はすぐにチャッチャ…と飲み出した。

「飲んだ!…でも、なんで水は飲むのに牛乳は飲まないんだろう…?」

「子犬の時はこまめに食べないと体力が保たないんだがな…虚弱なのか?」

「……困ったなぁ。…あ」

スレイプニルが、突然、声をあげた。

「なんだ?」

「…あ、いえ、すみません、僕ちょっと…トイレに…」

「行って来い」

スレイプニルは席を立ち、ダイニングを出て行った。子犬はテーブルの上で砂糖水を飲み干す勢いだ。

四肢で踏ん張り無心で飲む姿を見て、その爪が子犬の割にはやけに立派な気がする。

こんなもんだったか?子犬の爪はもっと手の大きさからチョコチョコって感じじゃなかったか?個体差はあるだろうが…まぁ、尖ってるのは子犬のうちは普通か。この四肢の感じ…もしかして成犬になるとデカくなるのか?こいつ。

子犬を見ると子供の頃を思い出す。母犬が子犬の世話をするのを飽きずに見ていた。子犬の時に四肢の大きい奴は成犬になると体も大きくなる。

目が開いているし、見た感じ2ヶ月は経っているか?

「こいつ、歯は生えてるのか?」

「ええ。牛乳も飲まないし、離乳時期だと思うんだけど…何も興味を示さないのよね。口に入れても出しちゃうし」

飲みきった子犬が皿を舐めた。そして、顔をあげてキョロキョロとなにかを探している。

「なんだ?…トイレか?」

小さな声でキュンキュンと鳴き出して、やがて鳴き声が大きくなる。ボジャーがガバッと顔をあげて不安そうにこちらを見た。

「ボジャー…おまえ子犬、気にしてるんだな」

「まぁ!ボジャーもすっかりお父さん気分なのね」

子犬がキャンキャン!と訴える声が大きくなると、ボジャーが吠え出した。それもかなり、本気で。子犬の声に張り合うように。

「え…ちょ、ちょっと!ボジャー?!どうしたの?」

叔母がボジャーの様子に戸惑ってボジャーに触れても、ボジャーはムキになって吠えている。

「なんだ?どうした?怒ってるのか?」

「わからないわ…」

「わわ!なんですか?!どうしました?!」

スレイプニルが、慌てて戻って来た。

鳴いている子犬を持ち上げて腕に抱くと、子犬は鳴き止み「マウマウ」と鳴いた。

「止まった…」

ボジャーも鳴き止んで、子犬を見ていたが、やがて頭をおろして落ち着いた。

「何ですか?今の…ボジャー、どうしちゃったんですか?」

「わからない…あんなムキになって吠えたのは…珍しい…だよね?叔母さん」

「びっくりしたわよ…ボジャーが若い時でも今くらい必死に吠えたのはあんまり記憶に無いもの…」

叔母も目を丸くしている。

「…子犬が気に入って無いのか?」

「いいえ。そんな感じ無いわよ?ソファーで一緒に寝てたもの」

「そう言えば、いじめられて殺されそうになった時も、この子が鳴いていたら他の動物がすごい騒いでいたんです」

「…なんでしょうね…まぁ、でも、すーちゃんのことをすっかりお母さんだと思ってるわね。その子」

「えー。そうですかぁ?かわいいなぁ…」

……すっかり気に入ってるな。これ、今更、ダメとか言えないじゃ無いか…。

ここで、もし、反対するような事をすれば、ますます叔母とスレイプニルは結託し、俺は蚊帳の外だ。

まぁ、そんなに反対する理由も無いが…。しかし、安易に許すのもな。

「スレイプニル…おまえ、その犬、ちゃんと面倒みれるのか?」

「え…はい!」

「トイレのしつけとか、無駄吠えとか、人を噛んだりするのは絶対ダメだぞ?」

「僕、ちゃんと教えますから!大丈夫です!」

「…とは言え、そう簡単に許可は出来ないな…」

「お願いしますッ!僕…絶対、大事にします!」

「俺の言うこともきけるのか?」

「うっ。そ…それは…」

「犬が迷惑をかけるかも知れないだろ。言う事を守れなければその犬はよそにやる」

「わ…わかりました!善処します」

「…そうか。なら、良いだろう。世話してみろ」

許可を出せば、スレイプニルの顔は輝いた。

「先生!ありがとう!僕、大事にする!良かったー!まうまう、良かったねー!!」

はしゃぐスレイプニル。

「まうまう?…名前か?それ」

「とりあえず仮です。まうまうって鳴くんで」

「……なんか、もっとカッコいいの無いのか?オスだろ?そいつ…」

「じっくり考えます!うわー、犬だぁー!僕の子かわいいー!」

メロメロだな…おまえ。

「あ。そんなわけで、僕、ちょっとこれからまうまうが食べそうな物、探して来ます」

「今からか?もう夕方になるぞ?」

「だって食べないと死んじゃいます。そんなの嫌です」

少年は犬を抱きしめキリッと言った。

まぁ、そうだろうが…。

「じゃあ、一緒に行くか」

仕方ない。

「あ。大丈夫です。僕だけで行きます」

「遠慮するな」

一緒に行って見てやるって言ってるんだ。

「ありがとうございます。でも、僕が探したいんです。まうまうのお母さんなんで!僕!」

「……お母さん……」

お父さんじゃ無いのかよ。

「まうまうー。僕がまうまうのお母さんの代わりにしっかり面倒みるからねー!」

あぁ…そう。なんか、使命感燃やしてんのか…いらん使命感だよ。それ…。

「探せるのか?犬が食べそうな物を。おまえ、犬飼った事あるのか?」

「無いです!ですが、一生懸命探します!まうまうの為に!」

「……………」

ああ…そう。ダメだ、こいつ。何言っても止まらないな…。

「じゃあ、僕、行って来ます!」

「え。おい…ちょっと待て」

「?…なんですか?」

「浄化の水は持ったのか?ローブは着ていけよ?」

「ああ。はい、支度します」

「…しっかり支度してから行けよ。軽い気持ちで油断するな」

じゃあ、俺も着替えてこっそりあとを尾けるか。

こいつのこの浮かれ具合じゃ何があるか心配だ。

もうじき夕闇だから目立たないだろう。



ローブを着て、お財布持って、浄化の水を持って、帽子をかぶる…ヨシ!

「お祭りとは言え、市場は夕方には閉まっちゃいますかね?」

「多分、生鮮食品は終わって代わりに屋台が出るわね。気になるのがあったら買って来ていいわよ。はい。これ、おこずかい。夕飯には戻ってらっしゃい」

「え。マリーさん…そんな…(僕、あのお店のアレも払ってません)」

「良いのよ。アレは叔母さんからの贈り物ね。これはまうまうの分。ほら、早く行ってらっしゃい。あまり遅くならないようにね」

「あ、あの、マリーさん(これからちょっとバイトして来るんで…)」

「あらまぁ。そうなの?じゃあ、忙しいわね…気をつけてね。馬車にも人にも」

「は、はい。ありがとうございます!」

玄関を出ようとした時、子犬が転がるように駆けて来た。出れないように毛布を敷いた大きめの箱に入れたのに、よじ登って出て来たんだろう。

「わぁ!出て来ちゃったの?まうまう。行ってくるね。美味しいの探して来るから」

抱き上げて撫でると、叔母さんに手渡した。

「はいはい。おまえはここで待ってましょうね」

玄関の扉を開けて外に出た時、すごい声でキャンキャン鳴いた。そして、ボジャーの声も…

あぁ…。これ…なんとかしないとな…。

「すーちゃん…この子だけならまだしも、ボジャーが一緒になってあんなに吠えるのは…ボジャーが興奮し過ぎて死んじゃうわ」

マリーさんが玄関を開けて出て来た。子犬がモゾモゾとマリーさんの腕から落ちる勢いで暴れ出す。

「まうまうー…ダメじゃ無いかー」

代わりに抱くと「マウマウ」と鳴いて、すっかり落ち着いた。

「…これは…なかなか大変ね…」

結局、まうまうはバスケットに入れて連れて行く事にした。

「一緒に食べれる物探そうか…」

まうまうは大人しくバスケットに入っている。

こうしているとすごく大人しいんだけどなぁ…離れると鳴いちゃうんだよなぁ…。

住宅街を歩いて、ひと気のない家の影に入る。

「まうまう、ちょっと飛ぶよ」

バスケットを抱えてピョーンと屋根に飛んだ。まうまうは全然動じない感じだ。

意外と大らかだな。わからないだけかな?

ヒョイヒョイと屋根を伝って移動する。市場が閉まる前にまうまうの食べ物を探して…それから『ムーンボウ』に行かないと。食材は終わるまで氷で冷やしておけばいい。

肉がダメだったから魚かなぁ?…あ、肉も鳥とか豚もあるし…羊やウサギもある。部位だってあるし、うわぁ…まうまうを連れて来て良かった。手当たり次第に買ったらお金大変だし、大荷物だったよ…。

『ニル、どうだー?出れたかー?』

ギルからの着信。

さっき、慌てて洗面所に言って通信したんだよね。まうまうのお陰で、外出する良い言い訳が出来て良かった。

『あ、うん。今、市場に移動中』

『は?市場?なんで?』

『ちょっと食材の探し物』

『なぁ〜、それならオマケが出たら、なんかくれ。腹減った』

『な、なんか?なんかって何?どんなの?甘いの?塩っぱいの?』

『食べ応えがあって適当にすぐ食えるやつ。手が汚れないのが良いな…あー、そうだ。リンゴで良いや』

『りんご?りんごで良いの?』

『ああ。頼むわ。おまえのおごりで!』

『…良いけど…また、何かあったら手伝ってね』

『おう。良いぜ〜。任せてけって。じゃあ、早く来いよ!』

ギルはりんごだけで快諾した。

安いな…。忘れないように先に果物を買おう…果物売り場は用事無いし…。

市場では果物屋さんと言うのは無くて、オレンジはオレンジ、りんごはりんご、メロンはメロンで個々の人が集まって売っている。多分、自分の菜園で採れたもの。

中には一つのお店で色んな品種を扱っているお店もあるけど、個々の農家さんから買い取って売ってるのかも…ちなみにメロンは安い。なんかびっくりしたけど、りんご3つ分で普通に1玉、買える。でも、メロンと言っても網目とか無くて、瓜みたいな黄緑で表面がツルっとしたやつがここで言うメロンだ。

この世界、食材はめちゃくちゃ安い。だからあの画材の色には仰天したわ…。まぁ、贅沢品…だもんね。

えーと…りんご、りんご…あ、あった。

木箱に雑然と入れられた真っ赤でツヤのあるりんごは瑞々しくてキレイな色で輝いている。

「いい色…キレイ…」

手に取って眺めれば、お店のおばちゃんが愛想よく笑った。

「ははは。そうでしょ?うちのりんごはルビーのりんごさ!それでいて甘いし、果汁も豊富!」

「下さい。えーと…3つ」

「はいよ!」

「マウマウ!」

バスケットの中でまうまうが吠えた。カシカシ!とカゴをしきりに引っ掻いて、出たいみたいだ。

「なんだい?それ」

おばちゃんがバスケットを覗いた。

「どうしたの?見たいの?まうまう」

バスケットの留め具を外して抱き上げれば、マウマウはりんごへ興味を示した。

「あらまぁ!かわいい。まだ子犬じゃない」

かわいい…

「でしょー!かわいいんですー!」

お店のおばちゃんに、まうまうを抱いて見せた。おばちゃんは「良い犬だねぇ!」と言ってくれたからすごく嬉しい。

…ああ、親バカってこれか。ウザいかな…私。

まうまうはりんごへ身を乗り出すと、匂いを嗅いだ。

「良い匂いがするよね。まうまう」

嗅ぐだけだと思ったら、まうまうはりんごに噛み付いた。

「うわぁ!まうまう!りんごだよ?!それ!」

おもちゃじゃ無いんだよ!?

シャリッシャリッと良い音を立てて、まうまうはガツガツとりんごを食べ始める。

「え。…えー…りんごなんだけど…犬って、りんご食べるんだ…」

衝撃的…なんか、イメージなかった…肉とかじゃ無いのか…。

「あ、あの…これも含めて、3つ追加で…全部で6個下さい…」

この勢いなら1個食べきっちゃいそうだ。でもりんごだろうと、食べてくれてホッとした。

まうまう…美味しいの?そう、まぁ、良かったよ。

紙袋に入れられたりんご。まうまうはバスケットに入ろうとしなかったからバスケットにりんごを入れて、まうまうを抱えて歩く。

「水菓子いかがかねー!歩きながら食べれるよー!」

威勢のいい呼び込む声がした。

「マウマウ!」

え。まうまう…興味あるの?

屋台に近付けば、果物…カットフルーツだ。メロンやリンゴ、オレンジ、ぶどう…と色んな果物が串に刺されて色とりどりにキレイに並んでいる。

「どうだい?ウチは新鮮でとびきり美味いよ!1本でも2本でも何本でも好きなの選んでくれ!」

「マウマウ…」

「メロン下さい」

悩むそぶりのまうまうを差し置いて、メロンを1本買った。

実は見ていてあのメロンがどんな味か気になってたんだよね。

黄緑色の皮を剥いた果肉は色が薄く、クリーム色っぽい。串に刺されたメロンを受け取ると、まうまうが首を伸ばしてきた。黒い濡れた鼻がヒクヒクとしきりに動いて近付いて来る。

「ちょっと、まうまう。僕が先。先に味見させて」

食べると、確かにメロンだ。果汁たっぷり。でも、濃厚な感じじゃなくて、サッパリしてる。食感はメロンって言うか…ちょっと硬めの桃と言うか…うん、やっぱり、美味しい。強烈な甘さは無いけど、くどく無いから食べやすい。

欲しがるまうまうに串を外してあげれば、まうまうはそれも喜んで美味しそうに食べきった。

「あの、このメロンと同じ物はどこで買えますか?」

「隣にあるこれさ。美味いだろ?どうだい1個」

お店の人は自慢げに笑う。

なるほど。上手だな。切り売りして味が気に入ったら本体を買うのか…。有料の味見だ。

手にすればメロンはカボチャくらいある。結構、重い。

どうしようかなぁ…?値段じゃなくて、重さで。りんごも結構、重たいし。

まうまうは舌舐めずりをしてケフッと満足そうにかわいいゲップをした。そして私を見て尾を振る。おねだりするみたいに。

「……。1つ下さい」

まうまう。お母さん、頑張るよ!

りんごの入ったバスケットにメロンを抱えて持つと、まうまうの居場所がメロンの上になる。

「…なんか安定が悪いね…。あ、そうだ。まうまう、ちょっとここに…」

りんごとメロンを置いて、まうまうを持ち上げると背中のフードの中に入れてみた。重みで襟が詰まるけど、収まりはいい。

「…どう?落ちない?大丈夫?」

モゾっと動いたけど、嫌がる感じが無いので、後ろのフードにまうまうを入れたまま、メロンとりんごを持って、歩く。

…なんか、赤ちゃん背負うお母さんみたいだな…。

背中にまうまうを背負い、腕にはメロン瓜を抱きしめ、手にはバスケット。完全なる育児中の子沢山。果物だから常温保存で良いのは助かる。

さて、じゃあ…バイトに行きますか。

ムーンボウに顔を出せば、ギルが「待ってました!」と駆け寄った。

「え。メロン?…メロンも好きだけど」

「あ、これはウチの。りんごはこっち」

バスケットからりんごを取って渡す。

「サンキュー!」

早速、りんごにかぶり付くギル。

「ああ、来たね。ニル。…なんだい?メロン?」

バーディーが不思議そうにメロンを見た。

「これは、ついでのお使い品です。ギルにりんごを頼まれたので」

「ギル…あんた…ハメルンが怒るよ?打ち合わせに命かけてるくらいなんだから」

「いや、だって、ニルが市場に寄るって聞いたら食べたくなったんだよ」

「それじゃ…本当にあんな石で会話出来てるんだねぇ。触っても何ともならないから、ギルの妄想かと思ってたら…」

「ひでぇ!」

「あれは…多分、ギルと私だけじゃないと繋がらないかと思います。バーディーもりんご好きですか?」

「……私だけもらうわけにはいかないよ」

「じゃあ、少ないですけど3つ置いて行きます。切ってわけて下さい」

「あんた、わざわざ買ったんだろ?良いのかい?」

「はい。メロンも買ったし、まだあるんで」

「果物なんて、わざわざ珍しいな」

「あのぅ、実は子供が出来まして…」

「はっ?!」

「ブハッ!」

二人は目が落ちそうなくらい驚いて、ギルは盛大にりんごを吹いた。

それから私はムーンボウの皆に、まうまうを見せた。

「ワッハッハッハ!!」

「なんだよ!!マジかよ!!」

ランスとウォルターが爆笑した。三姉妹もケタケタとお腹を抱えて笑っている。サラはフードの中からバスケットへ移動させたマウマウを凝視して動かない。

お腹がいっぱいになって、まうまうは気持ちよさそうに寝ていた。

「言い方があるだろ?!何だよ!子供って!マジでビビるじゃん!!犬って言えよっ!」

ギルはふてくされて言った。

「あり得なく無い話だからね。私も一瞬、騙されたよ…」

私の仕度を手伝ったバーディーが楽屋を出て苦笑した。

「無い無い。無いですって。…いや、だって気分はもうお母さんなんだもん…」

続いてニーナになった私が楽屋を出る。皆の声は楽屋に筒抜けだ。

「ウチの看板娘を孕ませる野郎なんざ、切り刻んで魚の餌にしてやんよ!」

ウォルターが物騒な事を言う。

「切り刻む前に金もふんだくらなきゃな!ボッコボコにして、脅して締め上げて金を搾り取ろうぜ!」

ランスが本気なのか冗談なのかわからない怖い提案をした。

まぁ、この人、普段から粗暴だからな…。

「それが出来る相手なら良いけどさ…」

ギルがため息混じりに言った。

「なんだよ…貴族相手だろうが構うもんか。闇討ちすりゃわかんねぇよ」

ウォルターがナイフをクルクルと見事に指でもてあそびながら言った。

「ニーナ。始めるぞ」

ハメルンが終わらない会話を遮って私を呼んだ。

「今日は何か新しい歌を聞かせてくれるか?」

「えーと…何がいいかなぁ…」

考える私に、バーディーがリクエストする。

「夜の公演がメインだから、それに見合う物が良いんだ。恋歌とか…」

「恋歌か…いくつかあるな」

ハメルンが曲を奏でると、切ないメロディーが周囲の耳を撫でる。

「私、この曲知らないです…」

と言うか、こっちの恋曲ってほとんど知らない。いや、全く知らない。

「なに?知らないのかい?酒場じゃ一般的だよ?」

「酒場に行かないので…」

「あぁ…。そうだね」

バーディーは苦笑した。

ハメルンの弦の調べに耳をすませれば、ギルが調子っぱずれの歌を歌いだす。上がったり下がったり忙しい。

「え。こんな歌なの?」

「ギル。おやめ。ニーナが混乱する」

ウォルターが普段立ち耳の耳を寝かせて感心した。

「俺も人の事は言えないが、ギル。おまえのはある意味、才能だよな…」

「…死にそうなガチョウみたい…」

三姉妹の誰かが言った。

「一思いに楽にしてあげればいいのに」

「ギルガチョウ、うるさい」

三姉妹、それぞれの感想。

「子犬が起きちゃうからやめて。音痴」

サラのトドメの言葉にギルが不満そうに口を尖らせた。

「なんだよ…俺にとっちゃ子守唄だぞ」

「あの…お手本、下さい。ギル以外で」

私の申し出に、バーディーがサラを名指しした。

「えぇ?私?…あんまり上手くないけど?」

「お願いします!」

どうぞ!と、ハメルンの横を勧めれば、サラは渋々歩み出て恋歌を歌ってくれた。

その歌詞の内容は、相手を好きだけど、思いを伝えられない女性の心情を綴っていた。

《あなたに会えない夜の月、一人で見上げてため息ついて、長い長い夜の闇、会いたくて、会えなくて、胸が苦しく焦がれても、届くことない想いを胸に、私は一人、月を見る、いつかあなたに言えたなら、どうか私にこたえてください、あなたと共に、月を眺めて、いつか、あなたと、朝陽を迎えて》

「いいぞー!サラー!」

「上手じゃーん!」

「まぁ、俺より上手いよな!」

ワッと拍手で盛り上がる。

「ちょっと!ギルより下なわけないでしょ」

サラは肩までの髪を払って照れながら言った。

良い歌だなぁ。なんか、恋歌って言うか…普通に会いたい人とか?うんうん。

「じゃあ、ニーナ。ちょっと練習していこうか。歌詞を書き出して。サラ、一緒に付き合っておくれ」

それから何度かサラと一緒に歌ってみたけど…バーディーもハメルンも首を傾げた。

「なんだろうね?…なんて言うの?」

「………」

イマイチな反応。

「え。ダメですか?歌詞、覚えてきましたけど…」

「いや、ダメじゃないけど…なんて言うか…こう…物足りないっていうか?」

「歌は響いても、心に響かないみたいな…?」

サラまでもが首を捻った。

「あー。それ。それかね?」

「心…ですか…なんでだろう?」

会いたい心情は込めたんですが。

「いや、これでダメってことは無いんだけど…あんたならもっと、いけそうな気がするんだけどねぇ…こう、鳥肌たつくらいに」

「歌えてはいる。まだ始めたばかりだ」

「そうですね」

「なー、俺思ったんだけどさー…」

ギルが腕を頭に組んで感想を述べようとして、ウォルターが笑った。

「いや、おまえに意見されるのもどうよ?」

「確かに。一番違う」

サラが肯定したら、ギルは「はいはい。音痴ですんでね〜」と、ふてくされた。

結局、恋歌はそこそこな仕上がりで終了した。

「じゃあ、本番移動前に全部通してリハーサルしようか。ニーナ、今日はあの光は?余裕あるかい?」

「ああ、大丈夫です。余ってますんで」

「よーし、じゃあ、やってみよう」

監督?いや、ディレクター?みたいなバーディーの指示のもと、組まれた曲目を歌っていく。曲の盛り上がりに法術の光を散らせば、いつの間に来たのか、足元にまうまうがいた。

「ストーップ!…犬ー。乱入して来たよー!カゴに入れてたんじゃないのかい?」

「まうまうー。ダメじゃないかー。邪魔しちゃ怒るよー?」

と言いながら、抱っこして撫でちゃう。全然、怒れて無い。

「マウマウ!」

スリスリと手に頭をこすって来るの、かわいくないですか?はい。かわいいです!

自問自答。

…これ、ダメな犬になっちゃったらどうしよう…?

「ニーナァ?時間無いんだよ?」

バーディーに睨まれた。

「す、すみません…」

サラが、すすんでまうまうを抱っこして預かってくれた。普段、クールだけど、この人、生き物に弱い方なんだろうな。さっきから熱心に見てるもん。抱っこも上手いし。

再び始まるリハーサル。マウマウは大人しくサラに抱っこされている。法術の光が出た時、マウマウはサラの腕を飛び降りて、再び私の足元に来た。

「犬ーーー。繋いでおいた方が良いんじゃないかい?」

「まうまう!ダメだよ!ちゃんとお利口にしてくれないと!お留守番だからね!」

叱ってみた。そしたら、まうまうは悲しそうにキューキューと鳴いて耳を下げた。

かっ…かわいいーーー!!ごめーん!!まうまうー!本当に怒って無いからー!

「ねぇ、その子さ…あなたの法術の光が気になるんじゃないの?」

サラが言って来た。

「…え?」

「だって、それまで大人しくしていたんだもの。2回共、同じタイミングだし…。ねぇ、ちょっと光ださずにやってみてくれない?」

サラの申し出に、法術を出さずにリハーサルをしてみる。さっき、まうまうが飛び出て来た所も何事もなく過ぎる。次の曲。また次の曲。…結局、まうまうは大人しくサラに抱っこされたまま、終わった。

「……良い子じゃん。まうまう」

「ねぇ、そこから、光、出してみて。私、ここでこの子、抱いてるから」

サラの申し出通り、法術の光を放つ。と、まうまうはサラの腕を飛び出して駆けて来た。

「…わ…本当だ!…え?なんで?」

「教えたのか?」

「まさか。この子を保護したのは今日ですよ?」

まうまうは手に頭をすり寄せた。

「どこか痛いの?そんな感じしないんだけどなぁ…」

試しに治癒の法術をかけたら、ちゃんと法力が反応してきたから言霊を紡ぐ。

ぽわっと光が宿って、まうまうの体に染み込んでいった。

「え。どこか痛かったの?!ごめん、気付かなかった…」

「なに?それ、どういう事?」

サラが興味深そうに聞いて来た。

「僕の法術…必要が無いと発動しないんです。だから、歌の時に散ってる光の粒は発動しなかった法術の光なんです」

「僕って…」

「あ、一人称間違えた。法術使う時はニルが多いから」

サラと私のやりとりとは別に見物のウォルターとランスが感心した。

「へぇー!そうだったのか!」

「なるほどなぁ…」

「つまり、その子に反応したって事は…」

「どこか痛かった…んだろなぁ」

ごめんよ。まうまう…。

「……。そうかしらねぇ?…私はそんな感じしないけど」

サラは首を傾げる。

「え。なんでですか?」

「まぁ、実際、生き物って痛みを隠すんだけど…大人と違って子供の時はそんな事しないわよ。痛いものは痛い。震えたり、鳴いたり、引きずったりするもの。この子、元気に走れていたし、どこ触っても痛がらないし、食欲もあるんでしょ?」

「えーと…主に果物をガッついてましたが…食べていました…」

「痛い時は食欲も無くなるし、熱が出たり、なんかしら症状が出るものよ。でも、その子はそんな感じしない…。だから、別な理由だと思うけど…」

「別な理由…」

「私も話せるわけじゃ無いからはっきりとした事は言えないけどね」

「…そう…ですか…あ。寝ちゃった」

まうまうは、うずくまって寝ていた。

「大丈夫かな?元気が無いのかな?!」

「子犬だもの。急に寝るし、寝てる方が多いわよ。目に力があるうちは大丈夫。お腹減ったら起きるから」

サラさん…頼もしい…。

「それから、子犬は起きたらオシッコするわよ。トレーニングが必要でしょ?大体の時間が決まってくるから、タイミングよく教えてあげなさいね」

「はい!先輩!」

「…なんか、ニーナがサラに弟子入りしそうだぜ…?」

「たかが犬っころ1匹でよくあんなに熱心になれるよなぁ…」

「おい、その犬っころってやめろよ。小さくても生きてんだ」

「なんだ?ウォルター、おまえ、パパにでもなったつもりか?」

からかうランスに、狼男のウォルターが蹴りをいれた。

「はぁ?!うるせぇ。誰がだ!」

「さぁて、そろそろ今回の会場に行くよ」

お祭り前夜の公演は、催し物としてはとても需要があるようで…今回の舞台は今までで一番、大きかった。

ムーンボウで仮リハーサルを終えて、裏口から楽屋に入る。まだ観客のいない舞台を覗けば、円形のテーブルが等間隔で十数個並ぶディナーショーのような感じのセッティングだった。

真っ白なテーブルクロスがかけられて、銀の燭台が並ぶ。床は厚手の絨毯。壁や柱に飾られた豪華な生花。

舞台はそんなに高さが無く、演者と観客の行き来がしやすいように数段の階段状になっていた。

「……。これ、大丈夫ですか?なんか、すごく通りが良いんですけど」

心配になってバーディーに聞いた。

「……………」

あれ?バーディー?…寝てる?まさか。

腕を組んで目を閉じたままバーディーは立ち尽くしている。

「バーディー…?」

近くで呼びかけると、バーディーは、ハッ!と目を開けた。

「ど、どうしたの?大丈夫?」

「……。ああ、《先見》をしていたんだよ」

「あ。ごめん」

邪魔しちゃった…。

「今日の公演…あんた、驚いた顔で動揺してた」

「え…?」

「客席を気にしていたから、誰か知ってる人がいたんじゃないか?…ああ、まだ、起こっていない未来だけどね」

「だ、誰?誰だった?!」

「いや。それは私にはわからないよ。あんたの知人の顔なんてあたしは知らないからね」

「えぇ…ま、マズい…マズいですよ!」

「いや、どうかね…」

「え。なにが…?」

「先見だと、問題無いんだよ。知人はいた。でも、あんたは気付いても、相手は気付いていない。舞台は問題無く終わる」

「そ、そんな風になります?」

「ああ。一番ハッキリ見えたから、それが一番可能性が高い」

「え。じゃ、じゃあ、そうならない事もあるの…?」

「未来は未定だ。全てが完全に決まってる訳じゃない。これは…そうだね…例えば、あたしたちは川の中を流れていて、時にくっ付いて同じ時間を共有し、時に離れて別々の流れに進む。川には無数の選択肢があって、どの川を流れたっておかしくない。私の先見の力はその無数の川の選択肢の様子が、それぞれ断片的に見えるんだ」

「無数の川…選択肢…」

「その中で、1番良く長く見えたのが本流。一瞬だけ見えたのが無数にある支流。わかるかい?」

「ま、まぁ…何となく…」

「先見はね、見たい日が近くなるほど、はっきり見えるんだ。…未来が確定するからだろうね。そんなわけで、私なりに調整しているんだよ?どこの依頼を受ければあんたを守れるか。数ある依頼の中で公演価格だけで決めれば、あんたは私達とは永遠に会えなくなるだろうからね」

「バーディー…そうなんだ…」

「それで、今回の公演だけどね、大筋で問題無いよ。私も一から十まで見れた訳じゃ無いけど、あんた公演の後で笑ってたから。そこは何度確認したって変わらない。明日のイメージも変わって無い。だから問題無いね」

「えぇ…ほ、本当に?」

「ああ。本当さ」

「……うー…誰だろう…気になる…」

告げられた謎のスペシャルゲスト予告に、私はモヤモヤと不安になる。

「まぁ、幕が開いてからのお楽しみだね。心配する事はないさ。あんた、自覚無いだろうけど…ニルとニーナじゃ全然違うんだよ?」

「え…そうですか?」

疑いの眼差しを向けちゃう。気休めはいりませんが。

「あの魔法はすごいよ。あんたをよく隠してる。人の思い込みってやつはそれだけ強いんだね。ああ、そうだ…それがわかりやすいのが、声だね」

「声?」

「知ってるかい?ムーンボウじゃ、ニルの時のあんたの声は、みんな同じに聴こえていない」

「え…それって…?」

「私はニルの時のあんたの声はギルそっくりに聞こえるよ」

「えぇ?!似てないでしょう?!」

「ギルの声だって言うのは、私とランス。ギルは「違う。俺よりちょっと鼻声だ」って言うし、他の奴に聞いても、マチマチだった。つまり、それぞれのイメージで声が変換されているんだよ」

「な、何という事でしょう…!」

「ちなみにニーナの声は大体、みんな同じだよ。当たり前だけどね。「ニルは最初と声が変わった」って言った奴もいる。イメージが変わったからだろうね」

「そうか…そう言えば…そのような事をマリーさんも…」

「どうだい?ちょっとはニルとニーナの自信が付いたかい?」

「う、うーん…スッキリとでは無いですが…まぁ」

「まぁ、自分で違いを確認出来ないからだろうけどね。心配せずに任せておくれ。今日は、あんたがその知人を招待したと思えばいいのさ」

バーディーはそう言って微笑んだ。



週末が来た。

なんの面白味もない週末が。

迎えの馬車に乗り、屋敷に着いて、部屋に入る。学校の寮と広さや仕様が異なるだけで、場所が変わったからと、特別何かをしようとは思わない。座って待機すれば、そのまま1時間でも2時間でも半日でも無想出来る。

別に無理矢理してるわけじゃない。むしろ普段の方が疲れる。

だが、なぜかこの状態を他の者は理解出来ないらしい。病では無いかと疑われるのは心外だ。

仕事や用事が無いなら待機させてくれ。

今日はどれくらい待機出来るだろうか?と考えたのを最後に、意識は無になった。

「…か。…殿下。お戻り下さい。アイティール殿下」

ロキの声で、待機は終わった。

「…聞こえている。なんだ?」

意識を戻せば、時間感覚も止まっていた時計の針がグーッと時刻を示すように正される気がする。その針の進み具合からして、そんなに時を過ごせていない。

「殿下。お客様がお見えです」

「…客?…予定に無い。誰だ?」

「それが……」

ロキの言葉通り…応接間に行けば「それ」がいた。





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