表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
43/46

第43章 しゃらくさい!!

「それで?…どうだった?」

翌朝、学校の朝食。

説明よりも朝食を食べることに忙しいダイヤのクイーンであるクスト・ラケルは、昨日の夕方の時間から今朝まで懲罰房で過ごし、夕飯を抜かれている。

アイティールと複数の生徒が、放免されたクストの席に集っている。学年も組もバラバラだ。ただ彼らは皆、役持ちだ。始終無言だが、赤竜のクラブのキング…ネイロスもいる。

そんな役持ちの集うテーブルは異彩を放ち、他の生徒達が落ち着かずに離れた場所から視線を送っている。

反発するかと思っていたネイロスも、アイティールの呼びかけに意外にもすんなり是と応じた。

ただ唯一、今朝もダイヤのキングであるナタル・プロキオンだけは現れない。

「ああ、そもそも、俺たちが心配するような状況じゃ無かった」

朝食を飲み込み答えるダイヤのクィーン。アイティールを含め、他の者はさすがにクストと朝食を共にするというよりも、話だけを聞きに来た感じだ。

「…と言うと?」

青竜3年、アルフレッドがクストに問う。先の模擬戦でチームが同じだけあって気安い。

「すーぷー…ハートのキングに辞める気は無い。勢いで学校を出たが、ローズ先生に説得されて…今は、戻るまで先生と個別で勉強してる」

「って事は、昨日のあの手紙にあるように、戻るって事だな」

赤竜のゼントが楽観的に笑って確認する。

「ああ。そうだ。だが、先生も白の宝珠が見つかって教会の仕事を任されたりしているようだから、復学は宝珠の式典が終わる週明けくらいになりそうだ」

「…なるほどな…」

アイティールは頷いた。

「まぁ、とにかく…あの坊主が戻るんならそれで良い」

ゼントはそう言ってアルフレッドを見て、「な?おまえもそう思うよな?」と話を振る。

「我々のチームの判断で、後輩を退学に追い込むなんて卑劣だからな…」

アルフレッドはいかにも青竜らしい道理を口にした。

「…他に何か話はあったか?」

珍しく、クラブのキング…ネイロスが言葉を発した。

「…あ?…えーと。他って何だ?」

クストがネイロスに問う。

「…あいつは、白竜顧問とどこにいるんだ?寝起きしているのはどこだ?一緒にいるのは顧問だけか?」

ネイロスの冷静な質問に視線がクストに集まる。

「あ…えーと…教会だ」

クストは言って水を飲んだ。

「教会?…大聖堂か?」

ネイロスは眉をしかめる。

「詳しい事は言えない。先生にも言うなって言われているからな」

「白竜顧問の様子はどうだ?何か…変わった感じがあったか?」

意外なネイロスの問いに、クストは瞬いた。

「え?先生?別に。…なんだ?ローズ先生に用事か?」

今度はクストが訝しんだ。

赤竜のキングが白竜顧問に何の用事がある?

「…いや。無いなら良い。……。噂じゃ、白竜顧問も辞めると言っていたそうじゃないか…」

ネイロスに集まる視線に、ネイロスが言葉を追加するとクストが「ああ」と苦笑した。

「辞めない。少なくとも先生はあいつがここを卒業するまでは引退もしないだろうな。いや…下手したらあいつが卒業したら一緒に教会へ連れて行くかも知れない…」

「なに?」

ネイロスの目がクストを見た。

「どういう事だ?」

「いや、それくらいハートのキングの能力が群を抜いてるんだよ。俺…マジで舐めてた。単純に法術の容量が多いとか法術の習得が早いとか…そう言う事だけでなく、あんなの…ハートのキングは間違いなく将来、教会のトップを張り合う。張り合うほどの相手が教会にいればの話だけどな」

「…………」

ネイロスは猛禽のような金色の目を変わらずクストに向けて沈黙した。

「おい。それはガチな事か?」

ゼントがクストの言葉に目を丸くして聞いた。

「…クスト。自身の後輩と言えど過分な誇張は相手にとっても負担だぞ?」

アルフレッドがたしなめる。

「…いや、私もダイヤのクイーンと同感だ。冷静に判断して…ニルには、充分その資質がある」

アイティールがクストの言葉に同意した。

「……やめろ。本人もいない時に事実と言えない事は言うな」

ネイロスが不満気にそう言って、打ち切った。

「話はこれで終わりか?…では、あいつが戻るという事で、この集まりもこれで終わりだ」

ネイロスはそう言って席を立とうとする。

「それは惜しい事だ。それに、おそらくこれからも我々が集う時があるかも知れない」

アイティールの言葉に、ネイロスの足が止まった。

「なんだと?…いつだ?」

振り返り、アイティールを見るネイロス。

「それはわからない。だが、そうだろう?ニルは…ハートのキングは、おそらくこれからも我々を大いに驚かせてくれるだろうから」

満足…いや、自慢気に断言するスペードのキング。

「…おまえはそれを望んでいるのか?」

眉を寄せるネイロス。

「私が望むも望まないも…それが彼の非凡な能力によるものだ。それが些細な事で潰れてしまうなんて、損失に他ならない」

「……チッ」

ネイロスは忌々しく舌打ちをして背を向けて去って行った。

だがネイロスは不機嫌だったが、拒否するような言動は無かった。

それで良い。今はまだアイティールを警戒しているが、共通の利益が絡めばネイロスはアイティールを無視し続ける事は無いだろう。

1年で赤竜全員を無双したネイロス・ウィンナイト…模擬戦での戦いでも、策なく猪突猛進に攻めるでなく、冷静に戦況を見ていた。そして、攻め時を心得ている。仲間(チーム)の士気の高揚にもネイロスがいるといないでは全く違う。ニル同様、ネイロスには自然と人望が集まる。そのネイロスを得られれば、自然と末端の支持にも繋がる。

ネイロスを釣るには、どうやら思った以上にニルが効きそうだ。

もちろん、それにはニルだけに頼るわけにはいかない。アイティールが内外共にスペードのキングとしての力を示さねば、支持は得られないだろうし、真のキングとは言えないだろう。




ネイロスは面白く無い。

学校にいる白竜の教師に問うた所で、「まだ退学に決まった訳じゃ無い。今後は未定だ」と、短く言われるだけで、連絡を取ろうにも、どこにいるのか何をしているのかは一向に知れなかった。

生徒の噂も最初こそ同じような内容だが、そのうち信憑性に欠けるものが出始めて、ついにはハートのキングに女がいるという話まで出た。

それを聞いた時、ネイロスはハートのキングに、女。では無く、ハートのキングが、女。と聞こえて、噂していた奴の胸ぐらを掴んでしまった。

下手な反応はバラすようなものだ。冷静にならねば誰に勘ぐられて噂になるかわからない。

だが、具体的にどうするか悩んだ時にあの王弟の息子…スペードのキングが声をかけてきた。

『ネイロス。君はハートのキングが退学の処罰を受ける事に賛同出来るか?私はそうは思わない。確かにニルは作戦に加担したが、それを採用したのは3年生だ。ニル1人が重い罰では不当だと思わないか?』

だからと言っておまえに何が出来る?金で解決するのか?と嫌味を言えば、奴は素直に

『そんなものでは解決出来ない。私1人では無理だ。君の賛同を得たい』

と協力をあおいだ。

ネイロスを金や権力で買収するわけでも、弱みを握って従わせるわけでも無い。その姿勢に、聞く耳を持つことにした。

役持ちが集まり、異議申し立て嘆願書を作成する段階で、白竜の3年が滞在先に心当たりがあると言って学校を抜け出す意思を示した。

『教会だ』

居場所は教会だと言う。

教会だと?そこも男だらけじゃ無いか。なんだってそう、野郎に紛れようとするんだ!

いや、本人の意思じゃ無かったにしても、だ。

白竜顧問には未だバレて無いのか?他のやつらはどうだ?

法術師なら自分のためにも女を襲うような事は無いだろうが…いや、法術師は女に慣れて無い分、あのシャワー室みたいな…あんな風に突発的な事があったら…。

「…………」

ネイロスの中で苛立ちと困惑がふつふつと湧く。

ああ、クソ!なんで俺はこんな事を心配しなくちゃならないんだ!

全てはあの夜、あいつが夜中に風呂になんか入りにいくからだ。バレるにしても、もっと間接的なヒントだったなら。

…あんな、そのものズバリな…あ、いや、今はいい。

ネイロスは頭を掻いて朝食に…赤竜の集う席に戻った。





「…………」

目が覚めた。そして、狭い。密着している圧迫感にはもう慣れてしまった。タナトス以外にない。

窮屈と共に腕が重い。動かせば、手枷のように男の手が手首に握られてくっ付いてくる。

「…重い」

正直な感想を口にすれば、背後が身動いで首の後ろに息がかかった。

「骨…」

骨?…だから、なんで?

「タナトス…骨がかじりたいなら、今日はマリーさんにスペアリブをリクエストするから…僕をかじるのはやめて」

ついに、タナトスの犬化がそこまで進むとは。

「…かじりたい違う…触りたい…」

言って首に口を付けるタナトス。

「うっわ!ちょ!ヤメろ!絶対噛む気でしょ!」

ゴロリと身を翻してベッドから落ちた。

「…枕…逃げた…」

パタリと腕をおろすタナトス。

あっぶな!もう!毎朝、噛まれるなんてごめんだよ!

「もうさ!タナトス!噛んじゃダメだから!人は噛んじゃダメ!そもそもなんで噛むの?!」

ここは、しっかりしつけをすべき?!

「……。いい匂いがするから…」

横になったまま、答えるタナトス。

「え…僕ってスペアリブ的な匂いするの?」

思わず自分の腕を嗅ぐ。

「……しないじゃん!」

そもそも、人間からスペアリブ的な匂いしちゃったら、それもう、香ばしい肉と油…

「…………えぇ」

まさか…ここで、更に間接的なデブいじりとはね…。呆れるよ。

「ぷにぷに…なかなか…手強い…」

無気力に呟くタナトス。

「どっちがだよ!!」

毎朝、乗っかられて噛まれるなんて、私は骨付き肉じゃ無いんだよ!

憤慨して部屋を出る。顔を洗おうと下に降りれば、庭に動く人影が見えた。

「?」

そっと窓に近付けば、眼鏡と目があった。

「開けろ」

窓の外で不機嫌に指示する。

「…………」

…ナタル先輩…なぜ、あなたはいつも偉そうなんですか…?

「先輩、今日も早いですねー…」

鍵を開け、玄関から迎え入れればナタル先輩は眼鏡を指で押さえた。

「昨日、あんな面白いのが見れたからな。今日も見逃したら後悔する」

「こんな朝から見れるものなんてありませんよ…」

私のぼやきに先輩は、意地悪そうに笑う。

「寝起きの希少人種くらいだな」

「やめてください」

寝起きの姿の女子に対して言うなんて…。

曲がりなりにも夜着姿…と言っても、男女共用のようなシンプルなのだけど。

「これ普段、お化粧する人なら脱兎のごとく逃げ出してるか、締め出されてますよ?」

「おまえは要らないだろ」

男装してるんだから要るわけない。いや、魔法がなかったらむしろ男装に化粧は必要だったかも。

しかし、ジロジロと見られるといたたまれない。この人にかかれば問答無用で、おはようからおやすみまで朝顔のように観察されるんじゃなかろうか…。

「僕、着替えて支度するんで…適当にボジャーと戯れていて下さい」

ソファーを指差せば、ボジャーが頭をあげてこちらを何事かと眺めている。

「アホか。何が楽しくて時間を無駄にするんだよ。レポートやってた方がよっぽど有効だ」

そう言って、先輩はダイニングテーブルにカバンから本と紙を取り出した。

「えぇ…ここに来てまで。しかも朝から勉強…先輩って…」

何を目指しているんだろう…。

「俺は無駄な時間が嫌いなんだ」

そう言って本当に集中し出した。

「…ご、ごゆっくり…」

「ごゆっくりじゃねぇ。おまえも仕度したら翻訳しろ。約束しただろ?忘れてねぇだろな」

「ぅわぁ…ぁぁ…」

私は顔を洗いに洗面所に向かった。




「なんでまた、おまえがいるんだ…」

朝、ゆっくりめに起きてリビングに出れば生徒が勉強している。しかも他クラスの。ナタルだ。

まさか、本当にメルセデスの監視なんじゃ無いだろうな…?

「あ、先生。お邪魔してます」

リビングのテーブルに広がった紙片。そして、なぜかスレイプニルまでナタルの隣の席で本を見ながら書き写している。

「すーぷーちゃん、何をしているんだ?」

「え?!…えーと…」

「速記です。手伝わせてます」

「速記…?言葉を書き記すあれか?そんな事も出来るのか?」

「い、いや…せ、先輩がゆっくり読んでくれるから、普通に書いてるだけですよ…?」

近付いて覗き見れば、カクカクした記号のようなものと、丸っこい記号が描かれた本。そしてスレイプニルの手元には何かについて書かれている文章。

「…これは…」

この文字…確か魔法師が研究するアルカティア語だよな?クストが訳したものを書いてるのか。

「あ、あー…先輩。ポテチあるんですけど、食べません?」

「早く言え。食うに決まってるだろ」

スレイプニルの申し出にナタルが本を閉じて、紙片をまとめた。

「で、ですよね。すみません。気が利かなくてー…」

急にいそいそと解散する様子に、疎外感を受ける。

「…………」

またか。

『先生が来る。出直せ』のメモを思い出した。

10代の結束か。コイツら何か隠してるんだよな…まぁ、いい…時間はあるからな。いずれ吐いてもらおう。洗いざらい。みてろよ。おまえら。

「あらあら!もう来てたの?」

エプロンを手に叔母が出て来た。

「あ。おはようございます」

目上の大人には腰の低いナタルが挨拶した。

「今日はクッピーは?一緒じゃ無いの?」

「昨日も同行したわけじゃありません。あいつは邪魔なだけです」

眼鏡を指で直しながら言うナタル。

「つれないわねぇ〜」

叔母が苦笑する。

「先輩。ポテチです」

スレイプニルが小さなカゴに入れられた菓子を持ってくれば、叔母は眉を寄せる。

「あら。すーちゃん。朝からお菓子?お腹減ったの?すぐ支度するわね」

「僕じゃ無くて、先輩に…。マリーさん、手伝います」

「あ。じゃあ、お茶いれてくれる?」

「はい」

「…ぽてち…」

憂鬱そうに黒いローブも階段を降りて来た。

「タナトスの分は今、お茶と一緒に出すよ。まだ冷蔵庫に揚げる前のもあるからね。ケンカしちゃダメだよ?…あ。マリーさん、夕食なんですけど…」

忙しなく叔母の後を追いキッチンに入っていくスレイプニル。

「………」

スレイプニルは良く手伝うな…そこが好かれるのか。とりあえず…新聞でも取ってくるか…。あ。そう言えば、乾かしていたボジャーの流木、昨日の雨でまた濡れてしまったか?確認しておかないとな。




「…………」

先生が外に出て行けば、その部屋には俺とジョーカーだ。

「…座れよ。聞きたい事があるんだ」

「…………」

ジョーカーは大人しく席についた。

「おまえ。なんで魔法が使えるんだ?」

「…………」

答えないつもりか?

「腕にある魔法封じの呪いはどうなってんだ?先生はハートのキングの対抗防御法陣に気がいって、おまえがあんな魔法使えるのをスルーしてるが、普通に考えて封じられていたら無理だ」

「…………」

「どうせ、それもあいつが絡んでるんだろ?昨日、もったいぶって隠してたが後ろめたい事があるんだろ」

「…………」

クソ!こいつ、全然、答えないな!

「先生もポテチ…あれ?先生は…?」

その時、キッチンからハートのキングが戻って来た。

丁度いい。こいつに聞けば早い。

「おい。先生が戻る前に言え。タナトスの魔法封じはどうなってんだ?」

「え?!…えーと…その…(消しました…)」

ポットのお茶を入れながら、ハートのキングが白状した。

「はぁ?!」

驚いて声をあげて、慌てて周囲を見た。まだ先生はいない。

「…(消した?!…じゃあ、昨日のは?!)」

「い、いや…(全部じゃ無いです…肘の方…一文…)」

「(どうやって?!そんな器用に…部分的に消せんのか?!)」

「…消せた…んですよねぇ…(すごい時間がかかるんですけど…ちょっとずつ…削るみたいに)」

「………マジか…」

それは、こいつ以外の法術師でも出来るのか?アルカティアのせいか?あんなしっかりした魔法封じなんて見る機会も無い。

そもそもアレは捕虜の魔法師にするようなガチな奴だろ…。

「なので、全文見られると足りないのがバレたら困るなぁ…と思って…」

チラチラと外の様子を伺いながら話をするハートのキング。

「なるほどな…。俺は、てっきり特別な魔法石があるのかとばかり…」

「特別な魔法石?」

「ありえるだろ?こいつの家からして、親父が魔導協会で協会長だぞ?それこそ何か凄い魔法石が…」

「あ。タナトスも魔法石いらないんで」

「そう、いら…は?!」

何だと?…聞き間違いか?言い間違いか?

「タナトスも、魔法石いらないんです。ね?」

サラリと言うハートのキング。

「アホか。そんなワケねぇだろが」

こんな時につまらない冗談はやめろ。全然面白く無い。

「いや、本当に。そうだったよね?」

ハートのキングがジョーカーに確認すれば、黒いローブはコクリと頷く。

「いや、ちょっ…ちょっと待て。おまえ…おまえら…おかしいだろ!」

アルカティアは別として、ジョーカー!おまえはそんなワケないだろ!!

「そう言われましても…タナトスにはその…そういう何かがあるんじゃ無いですか?」

「あり得ない!混血にしたって、魔法石無くあんな強い魔法使えるわけが…」

って言うか、こいつ何人だ?

フードの中の髪色が気になった。協会長がオケアノス人だから勝手にオケアノス人かと思ってた。

混血?まさか。いや、家柄よりも純粋に魔力を求めるなら、あり得るのか?…それにしたって…

「え。だって、先輩も魔法石無く、魔法が使えるんですよね…?」

当たり前のように聞いてくるこいつの漆黒の目に嫉妬を覚える。

魔法石無く、攻撃魔法を使えたらどこに所属しなくたって良い。自由だ。

魔法石は使用と共に色を失い使えなくなる。新しい魔法石を協会から与えられるには、名前から住所、所属、使用目的、魔法使用頻度など様々な申請が必要になる。大きい魔法石を得るには自分が行使出来る魔法レベルと、1年間で使用したおおよその魔法も書き出して書類を提出しなくてはならないし、不自然な点が無いか審査が厳しい。許可が降りたとしても、毎年、使用量を監視、審査される。

「チッ!おまえの人種が、もっと自己主張の強い血だったら混血だって苦労しねぇんだよ!っていうか、魔法を素で使えるくせに他の人種に負けて滅ぼされんじゃねぇ!」

支配しろ!ヘタレアルカティア!

「こっわ…先輩…なんで?怒ってます…?」

「うるさい。…おい、ジョーカー。おまえ、魔法石持たずに魔法使えるなら、おまえの親父はなんて言ってるんだ?」

「……別に」

「知らないわけじゃないんだろ?」

「…知っている」

「じゃあ、何かコメントあるだろ!」

「……特に無い」

「はぁ?!なんでだよ!!凄い!とか、なんでだ?とか、あるだろ?!」

「……当たり前だから…」

あぁ?

「…は?…なんだと?」

「ガキの頃…鬼が親父に聞いた時に、俺が…魔法を使えるのは…当たり前だから…と言っていた…」

「鬼…?」

「え。鬼ってなに?」

「追いかけて来て…捕まったら、負け…」

「……鬼ごっこ?え。タナトス、鬼ごっこしてたんだね!」

ハートのキングがなぜか喜んだ。

「鬼ごっこで魔法使うのか?おまえ、それ…反則っていうか、犯罪だろ」

付き合った子供が危ないだろ!いや、大人か?使用人か?…誰か死んでんじゃねぇの…?

「…鬼…強い…本気出さないと…死ぬ」

「「え?」」

ハートのキングと声がかぶった。

「まさか…誰か…死んじゃったの…?」

恐々と確認するハートのキングにジョーカーが否定した。

「……。いいや」

「なんだ。良かった…」

死ぬって…おまえ…。ああ、ガキが本気出して遊ぶ時に言うのやつな。割りとガチで楽しんでたのか?

「…しかし…魔法が当たり前って、どういう事だ?」

そう聞いた時、玄関の扉が開いた。

先生だ。目配せして沈黙する。

「ボジャー、流木あったぞ」

流木?ボジャー?…なんだ?

「あ!そうでした!…どこにあったんですか?」

ハートのキングが席を立つ。

「ああ、昨日の雨で叔母さんが物置にしまったのかと思ったが、どこにも無くて…ベンチの下に落ちていた。幸い濡れて無い」

「先生、それで、それをどうするんですか?」

ワクワクと見つめるハートのキング。

「ほら。ボジャー」

先生は犬に棒切れを与えた。犬はニオイを嗅いで…かじり出す。

「おー!ボジャー!かじってる!え。前足で押さえてますけど?!」

「気に入ったようだな」

先生とハートのキングは熱心に犬を見た。

犬がただ木をかじるのが何が面白いんだ?

「あ。ちゃんと内側の爪で…引っ掛けるんですね」

「ああ。犬にしたら意外と使い勝手が良いんだ。その爪」

「へぇー。オマケの爪なのかと思ってた…器用だなぁ…」

おい。めちゃくちゃどうでもいいだろ。そんな事。それよりも何よりも、魔法石が要らない理由だ!

「はいはい。お待たせ!すーちゃん、パンを配るの手伝ってくれる?」

先生の叔母という女性が目玉焼きとベーコンの皿を持って来た。

「あ。はい」

「あら。もうボジャーにあげちゃったの?!濡れちゃうのに…」

「いや?濡れて無かった」

「やだわ。ソファーの方よ。ボジャーがかじって木屑とヨダレ出すから、ボジャーの毛布を敷いてからあげようと思ってたのよ…」

「…あぁ…」

「ホントだ…」

先生とハートのキングが犬を見て、なんて事なく呟いた。

うえ…。マジか…。犬なんて汚すわ、破壊するわ、毛が抜けるわで…家に置く意味がわからん。せめて外につないでおけばいいのに。

「ボジャー、夢中だね」

「歯が折れるんじゃないか…ボジャー」

犬は枝を粉砕しながらソファーの上を汚している。

その光景を見ても、木を取り上げる事もしない。

良いのか?汚れんだろ?なんか、バキバキって枝の折れる音がしてるが…枝なんか噛んで何が楽しいんだ?生き物なんて好んで飼う法術師の価値観がわからん。法術が強くなるって言うが、本当かよ。



「クッピーも来れたら良かったのにねぇ…」

朝食を取りながら、マリーさんが残念がった。ピクリとナタル先輩の肩が揺れる。

あだ名での笑いは落ち着いたようだ。

「騒がしいだけです」

ナタル先輩が淡々と言った。

「賑やかなのは好きよ」

ご機嫌なマリーさん。

「ロズ、今日も出かけるの?」

「そうだな。ご様子をうかがって来る」

何の様子かは聞かなくてもわかる。あんなオジサンなんて放っておけば良いのに。

「行きましょう。海岸へ」

ナタル先輩がすかさず海岸を指定して賛成した。

「あ。海岸なら行きます」

思わず手をあげる。

「おまえらな…」

「じゃあ、叔母さんも行く!」

意外な所でマリーさんも参加を表明した。

「叔母さんまで…どうした?」

ちょっとうんざりしたようなローズ兄さん。

「だって、来週にはもうすーちゃん、学校に行っちゃうんでしょう?叔母さん、一緒に買い物もしてない!」

悔しそうに訴える。

マリーさんとお買い物かー。楽しそうかも。

「別に…買い物なんて…。叔母さん一緒に行く必要ないだろ」

ローズ兄さんが呆れた様子で言った。

「行きたいー!買い物以外にも、お弁当持参でピクニックに行きたいのー!」

マリーさんが声をあげた時、ボジャーが急に「ウォンッ!」と吠えた。

「なんだ?ボジャーまで…」

ボジャーは珍しくソファーの上に立ち上がり、尾を振っている。

「え?…誰か来たとか?」

昨日の事もあって私は部屋の奥の窓を見る。

「…海に…行く…と言っている…」

タナトスが、ボソリと言った。

「え…ボジャーが?」

コクリと頷くタナトス。

「まさか…。もう久しく海には…。……。行きたいのか?」

ローズ兄さんの言葉に尾の振りを強めるボジャー。

「あら。そうみたい」

「すごーい!タナトス、なんでわかったの?」

「……そう言ったから…」

えぇ?!

「タナトスって犬語がわかるの?!」

「まさか。たまたまだろ」

ナタル先輩が言い捨てた。

「……塩だ…」

「え?」

なにが?

「…海の木には、塩気があるから好きだ…と言っている…」

「ボジャーが…?」

全員でボジャーを見る。

「あぁ…なるほど…」

マリーさんが頷いた。

「確かに。流木の中でも気に入るのと、そうじゃ無いのがある…そうか。塩気か!」

ローズ兄さんも納得したようだ。長年の疑問は解けた。ボジャーが流木を好きな理由は、流木が海水を含んだ塩気だった。

「…スルメみたいなんだ…それ…」

なんか、ボジャーが急にオジサン化して見えた。おじいちゃん犬だけど。

「おい、なんだ、その…するめって」

ナタル先輩がツッコむ。

「イカをさばいてカラカラに干した干物です。噛むほど味が出ます」

「なるほど…イカを…干す…」

ナタル先輩は几帳面にポケットから手帳を取り出し、メモした。

「…そんなメモいります?」

「うるさい。勝手だろ。おまえ、それ食べてたのか?故郷の味か?」

えぇー…もう、めんどくさい。



「行くぞ。すーぷーちゃん」

「…はぁー…」

「私もちょっと婦人会館に寄ってくるわ」

教会に到着するとハートのキングは先生に連れ出され、マリーという女性は教会付属の寄り合いに行くようだ。馬車の足元で寝そべっていた犬も、いそいそとヨロけながらもマリーに着いていく。

「あら。ボジャーも来るの?待ちなさい。段差が危ないわ。抱えてあげるから」

馬車のステップの段差を飛び降りようかと躊躇っていた犬を、マリーの言葉を聞いた先生が抱えて下ろす。

良いのか?先生、法衣に毛が付くだろうに。その法衣って下っ端のと違って高位の…まぁ、いいか。

「ボジャーは、教会久し振りねぇ」

尾を振り、空気のにおいを嗅いで、歩く足取りはヒョコヒョコと頼りない。ブルブル!と体を震わせると鈴の音がした。

「2人はどうするの?ここで待っていても良いし、外を散歩してても良いわよ?」

「俺はこいつを見張ってます」

聞ける事は聞いておきたい。もちろん、距離を取ってだ。

「…………」

ジョーカーは、のそりと馬車の外に出た。

「では、それぞれ集合はここだ」

「はい」

先生の言葉が終わらないうちに、犬がヒョコヒョコと迷いなく歩き、遠ざかって行く。

「あら、待って。ボジャー。もう、早いわねぇ…」

慌てて追いかけるマリー。ハートのキングはタナトスに再び「何も持って来ない。ケンカしない。魔法もダメ」と言付けている。

「おい。ハートのキング。ちょっと来い」

手招きして耳打ちした。

「(ついでに、giraffe病の聞き取りをする。答えるように言え)」

「あぁ…。タナトス。先輩が質問したいから答えて欲しいって。giraffe病の事」

内容からその場で声に出して伝えるハートのキング。

「…………」

ジョーカーは是とも否とも言わない。

「それはわざわざコソコソ言う必要が無いだろ。ナタル」

ローズ先生が不満そうに文句を言った。

「……。プライバシーです」

「周りに人もいない。ことさら隠匿するのはよせ。黒竜での癖なんだろうが、余計な疑惑や詮索を生む」

「…気を付けます」

(こっち)からしたら、白は無防備過ぎだ。この世の中、何の情報が金を生むかわからない。特に魔法は知られた事で命に関わる事だってある。法術とは違うんだ。

まぁ、いい。争ったって時間の無駄だし、やりにくくなるだけで何の得も無い。

ふん!先生がせっせと教会に懐柔しようとしてるそいつ…男どころか混血でも無い。

教会ではさぞかし持て余すだろうな。女の法術師なんて、認められない。あるとしたら格下の法術士(シスター)だ。

しかもそいつは、魔法の申し子、純血のアルカティア。相応しいのは、教会(ここ)じゃ無い。

だが…今はマズい。今、発覚しても、それこそ、魔導協会の上層に取り上げられるだけだ。

白ローブしかり、登録票しかり、せいぜい目くらましを頼みますよ。先生。

本音は押し隠す。不利になるだけだ。何食わぬ顔でやり過ごして、勝負の時にカードを切れば良い。



教会内部の廊下。今日もクロムは別の仕事だと言う。案内の法術師は最近よく会う。配置換えか?

「…………」

大聖堂の通路を歩きながら先ほどのやりとりを思い出す。

ナタルは従順そうで、実際はそうじゃない。そう、みせているだけだ。

1年生の時のナタルは眼鏡はかけていなかった。黒みがかった焦げ茶の髪に緑の目で、好奇心旺盛に質問してきた目は輝いていた。混血は時に発達が遅い者がいる。遅めに声変わりしたばかりの声はガサついていてナタルは最初、同期のクストよりも幼く見えた。

それなのに、クストよりも機転がきいて立ち回りがうまい。

クストは法術に関してはナタルに負かされてばかりだったが、体力では優っていたな…よく、嫌がるナタルを腕に引っ掛けて引きずって…

思わずスレイプニルを見下ろした。

「…………」

「…?…なんですか?」

黒い目が歩きながら見上げてくる。

「いや…」

斜め向かいを控えめに案内して歩く法術師の青年を見た。

案内などされなくとも場所は熟知しているが、礼儀上のものだ。目的地までの間か、行った先で不足があれば申し付ける為の要員…簡易的で一時的な側用人。

その青年は神学校出だ。冷静で浮かれた所は無い。背丈はナタルくらいか。対比としてスレイプニルの未成熟さがわかりやすい。

「…クストがおまえをよく、腕に引っ掛けて引きずっているだろ?」

「あぁ…。先輩、強引なんですよね…」

自分の首が何度も危うかったのだろう。スレイプニルは首を押さえて不満そうだ。

「まぁ、そう言うな。クストは…無意識でもおまえに昔のナタルを見ているんだろう」

「え?…どこをどうしたら?僕、あんなに…あ、いえ。なんでも無いです」

心外だ。と眉を寄せたスレイプニルは口を押さえた。

「ナタルは今でこそ体格に差はないが、1年生の時には同期よりも一番小柄で大人しい生徒だった」

「え?!ホントですか?」

黒い目を丸くして見上げてくる。

「ああ。それで、クストによく引きずられていたんだ。おまえみたいに」

「え。えーー…先輩、恐れ知らず…」

「その時は、ナタルはまだ魔法師じゃなかったからな。ただ弁の立つガリ勉…これは悪口か?」

そんなつもりは無かったが、良い言い方を選び損ねた。

「いえ。実によくわかりやすいです。…話術の巧みな賢い努力家だったんですね」

遠い目をしてオブラートに包むスレイプニル。

「なるほど…そう言うか。まぁ、そういうわけで、クストはおまえが成長するまで引きずるだろうが…おまえもこれから数年で、どんどん成長するだろうから気にするな」

「……そ、そうデスカ…」

黒い目をそらしてカラ笑いするスレイプニルは、信じて無いな。

まぁ、普通に考えたら、ナタルの伸び代と言うか内外共の変化は眼を見張るものがあったからな…魔法能力だけでなく、外見的にも。

自己肯定の低いこいつの事だ。今は何を言っても信じないだろう。

ナタルは黒竜に行ってから見る見る背が伸び、大きくなった。態度も大きくなったが…。

小柄で中性的だった見た目は背の伸びと共に幼さが消えた。…愛想も消えたが。

黒竜に移って魔法知識を深め、水を吸う土のようにグングン見識を広めた。…他人を見下すような目も覚えたが。

…ん?…俺は、あいつを批判しているのか?そんなつもりは無いんだが…。

チラリと横を歩く少年を見る。

こいつもこれから3年間でナタルのように成長するんだろう。出来ればスレて欲しくない。このまま素直で慈悲深いまま…いや、泣き虫なのは直してくれ。法術師の威厳にかかわる。

スレイプニルの黒い目には同じ色のまつ毛がある。そう言えば、眉も黒い…よな?

この黒さがアルカティア人の片鱗なのだろう。

ナタルも法術より先に魔法が使えていたなんて…混血って言うのは未だに不思議な民族なんだな。

『…わぁ…あなたキレイな色ね!』

不意に少女の嬉しそうな声が思い出された。

あぁ、まただ…。どうしてこんなに思い出すんだ…。

まるで発作のように現れる記憶に額を押さえれば、スレイプニルが声をかけてきた。

「先生?…どうしました?頭痛ですか?治しましょうか?」

「…違う。不要だ」

…学校で仕事に追われていないからか?昔を思い出すなんて…もうここ何年も落ち着いてきたのに…。

特にここ最近は頻度がひどい。

「スレイプニル。今日も図書室で待っていなさい」

こいつが学校を卒業する頃には…俺も、今までの生活を変えてみてもいいかも知れない…。



「……で?ジョーカー、おまえさ…正直、どこまで魔法使えるんだ?」

教会前の芝生の広場。昨日と同じようにベンチで横になるジョーカーと、並びのベンチの端で体ごとジョーカーの方を向いて聞く。

「……さぁ…?」

お。今日は一応、返事はするんだな。よしよし。

「…お前の腕に残っている封印の感じからすると、まだ、全然戻って無いだろ?」

「……………」

答えないのかよ!クソッ。

「…わかった事が…ある…」

ん?なんだ?

「なんだよ。それ」

「…ぷにぷには…(さか)らない…」

ブッ!!

盛るっておまえッ!そんなメス猫みたいに!!

「おっまえ!!まさか!!襲った訳じゃ無いだろうな!!」

ブチ締めるぞ!!魔法封じを外した事を協会にチクった後で!!

「…なかなか…手強い…」

「ヤメロ!!マジで!!」

ベンチから立ち上がって声をあげた。

「…何かが…足りない…足りないのが物足りない…熟睡したい…」

「いや、おまえッ!」

女とヤった所で眠くなんねぇんだろ?!って言おうとして、目の前を若い女と母親らしい親子連れが通り過ぎて行った。

チッ!こんなところで言う会話じゃねぇだろ!目の前、教会だぞ!

「…………」

…落ち着け…冷静にだ。

座り直して考える。

クソッ!許可を取るとか言ってたクセに…いや?待て。今朝のあいつの様子に動揺した感じとか、変な様子無かったよな…?ジョーカーに対しても対応に変わりない。

…つまり…相手にされて無いっつー事じゃねぇの?

手強い。さからない。つまり、そーゆう事か?はは。あのお子様め。

「だから、言ってただろ?おまえが今までどんな女を相手にしてきたか知らねぇーけど、女は…」

おっと。やめておこう…やぶ蛇だ。なんで俺がコイツにアドバイスしてやる必要があるんだ。

「………女は…?」

ムクリと起き上がって続きを促すジョーカー。

「…とにかく!白を汚したって眠れない。いいのか?おまえがしようとしてるのは、かなりリスクが伴うってのは理解してるよな?」

「…………」

「試しにヤッてみて、何も得られないどころか失うのはなんだ?復活の法術と、好意的対応と、枕そのものだぞ?いいのか?」

「……二度めなら…」

「無いぞ?!二度目は無い!近寄りもしねぇって。全力で拒否られて終わりだ。法術だって奪うんだぞ?」

「…………」

「…いいか、ジョーカー…いや、タナトス。女ってのは面倒くさいんだ。回りくどくて手間がかかって、気分屋で抽象的で、なかなか想定通りにいかない。金でなびくような男慣れした女なら簡単だ。金さえ見せれば良いんだからな。目鼻の効く女は金を見せ無くても男の値札を見抜いて寄ってくる。難しいのは金になびかず知能の高い男知らずの処女だ。しかも変に(こじ)らせた奴は難易度が高い」

「…………」

ジョーカーは大人しく座って話を聞いている。

俺、なんの話してんだ?しかもこんなところで。魔法の話とgiraffe病についてだろ?!

「焦ってリスクを取るな。足りないってだけでなく、何が有効なのかを突き詰めて探していけば良いんだ」

「…………」

こいつが眠れるってのは、アルカティアの何かだ。以前、混血じゃ眠気が来なかったって言ってたからな…やっぱり魔法関連か?それとも血か?人種そのものなら代わりを見つけるのはお手上げなんだが…。

「…で?…おまえの考える有効なのってなんだと思う?その…眠れる要素として」

「………わからない…」

「これが寝るのに良いとか、無いのか?」

「……ほね…」

は?

「骨が…良い。骨、最良…」

「いや…だから…おまえの性癖なんて聞いてねぇっつってんの…」

「手首が…丁度良い…」

「オイ。こら。そっから先は俺の領分だから。勝手すんなよ」

クッソ!いい気になんなよ!死に損ないが!

「…あとは…匂いが良い…」

「匂い?」

「…昔…嗅いだ…何かが…あった場所…その匂いがする…」

それは初耳だ。それヒントなんじゃねぇのか?

「あと…メスの甘い匂いが…」

「オッマエ!!本気でムカつく奴だよな!!」

ジョーカーで無ければ悪夢の魔法でジワジワ殺してやりたい。やる前にこっちが危ないから我慢だ。

「なのに…手強い…」

ヨッシ!!いいぞ!!そのまま難攻不落の最高峰となれ!!超鈍感娘が!

実はそういう奴の攻略法がある。

絶対教えないけどな!ああいうのは動かすのは大変でも、勢いが付いたら簡単に落ちるはずだ。

しかし、それはかなり諸刃の剣だから俺もギリギリまで出したく無い。まだ時期尚早だ。

だが断言出来る。ジョーカーじゃ、絶対無理だ。

残念だったな。ジョーカー!さっさと永眠出来る棺桶探してやるからな。

「………何か…知っているのか…?」

は?

「…………」

青白い肌の死神がこちらを凝視している。表情はわからないが。

油断したか。何か勘付かれても厄介だ。

「いいか。ジョーカー。大事な事はおまえが熟睡出来る事だからな?」

「…………」

「それ以外にあるか?」

無いよな?これ以上、この話は無意味だろ。

「……何か…知っているだろう…」

「知っているとか、知らないとかじゃない。無意味だ」

「…言え」

チッ。先生とあいつは、まだか?引き伸ばせば…

「さっさと…言え」

言って悪夢の最終形態の炎がその手に浮かんだ。

「げ…!」

はぁ?!おまえ!早過ぎだろ!いい加減その無詠唱でそれ簡単に出すなよ!魔法封じどうなってんだよ?!

「……言え」

ウオォォォン!!と黒紫の炎の中で髑髏が悶えて声にならない絶叫をしている。

「やめろ!!こんなとこでそんなもん出すな!!」

氷柱矢(アイスアロー)と違って、最終形態の悪夢(ナイトメア)はそこまで持っていくまで…相殺できるまで詠唱に時間がかかる。

今から詠唱したところで絶対、間に合わない!

またそれ食らったとして、俺、無事でいられる自信がねぇぞ…どうする…マジ、ヤバいな…。

「…言わないなら…落とす」

クッソ!!あーー!!もう!!せめて何か反撃を!

『ナイト…』

ジョーカーの言霊が終わる前に、誰かの声がした。

「コラ!あんた達ケンカするんじゃないの!」

ズンズンと大股で近付いて来るのはマリーという女性だ。

ダメだ!あんたじゃ話にならない!せめて先生かハートのキングを呼んでくれ!

「危ないぞ!」

警告すれど、その人は躊躇無くタナトスの側に近寄る。

「そんな可愛くない物、ここで出さないでちょうだい!」

『メア』

黒紫の炎がジョーカーの手から放たれ、生者を妬むように間に入ったマリーに飛びかかった。

「危ない!」

「しゃらくさい!!」

スパンッ!!とマリーは襲いかかる炎の髑髏にビンタを食らわして地面に叩き落とした。

「ッ?!」

ベチッと地面に落ちた悪夢の炎は、(アイス)のように無残に溶けた。

はあ?!

「………」

「………」

…え…う、嘘だろ…え??

目の前の光景が…幻…?俺、悪夢、見てる?…のか?

「……消された…」

ジョーカーも、驚いたようだ。それはそうだ。

ビンタで悪夢(ナイトメア)叩き落とす女なんているか?!おかしすぎるだろ!!

「コラ!あんた!あんな可愛く無い物騒な物を出して!ここをどこだと思ってんの?!」

マリーは死神…ジョーカーに説教している。

「……なぜ消せる…?」

タナトスは不思議でたまらないようだ。首を傾げてマリーを見ている。

「ごめんなさいでしょうがッ!!」

腰に手を当てて怒るマリー。

「…魔法相殺でも無い…なぜ…?」

マリーはスッと無表情な顔になり、冷徹に言い放つ。

「タナトス・モルセウス…モルフィネス・モルセウスに報告しますよ。あなたは謝罪を知らない息子であると。モルフィネス・モルセウスが雷撃をまとうまで、懇々と時間をかけて説明して差し上げます。それでも良いのかしら?」

マリーが一歩も引かず…と言うか、死神を追い詰める勢いで静かに警告した。

「……。ごめん…なさい…」

「?!」

はぁ?!今、なんて?!あの…あの死神ジョーカーが?!謝った?!

「よろしい。以後、教会で魔法は無しです。いいですね?」

「………」

コクリとゆっくりと頷くタナトスが…子供に見えるんだが…

「………嘘だろ」

マジでなんなんだ?!このおばさん!!



「ローゼフォン…来たか」

「聖下。お加減はいかがですか?」

教皇パンタソスに、ローゼフォンが拝礼すればパンタソスは深刻な顔で「座りなさい」と促した。

今日は前回同様、アダムは部屋に控えていなかった。何か仕事を任せられているのかも知れない。

「ローズ…昨日、また記憶が消された者が出た」

教皇パンタソスの言葉にローゼフォンは驚いた。

「今度は誰ですか?!」

「…初等科の少年だ。昨日現場にいた唯一の目撃者である子の記憶が、ごっそり消された」

重いため息の元、パンタソスは続ける。

「信じたく無いが…教会内で、何か企んでいる者がいるようだ…」

「まさか…誰がそんな…」

「…まだわからん…だが、私もここ最近…気がかりな事に時間を割いてしまって、内部に目が向いてなかった。色々な事がいっぺんに来たというのもあるが…言い訳ばかりもしていられない。今週末、宝珠の式典も控えている。ここで一度、教会内部の綱紀を整え無ければと思っている」

「…はい」

「特に少年は教会の外にすら出ていない。とすれば、教会内部で魔法が使われたという事になるが、それも解せない…。宝珠や人間が目の前で消えたという証言も、未だ真相が明らかに出来ていない…」

「…聖下。魔法と法術を同時に使えるという者がいるのでは?」

ローゼフォンの言葉にパンタソスは眉を寄せる。

「それはッ……うぅむ…」

「…否定はなさらないんですね?」

「…無い。とは言わない。…だが、それはかなり稀だ。それに、忘却の魔法はかなりの練度を必要とする。魔法石も無く使えない」

「混血ではどうですか?魔法石が無くても…」

「いや、それなら余計にあり得ない。混血と言えど、魔法石無く高度な魔法を使える者などおらん。万が一にも、そんな者がいるとしたら危険だ。即刻、魔導協会で監視管理の対象となるだろう」

「…………」

重い沈黙の後に、パンタソスはため息を吐いて空気を変えた。

「すまないな。せっかく訪ねて来たおまえに愚痴ってしまって…ローズ。休暇はまだあるのか?」

「あ、いえ…式典が終わりましたら学校に復帰する予定です」

「そうか…せっかくの休暇中に日参させてしまって申し訳なかったな」

ローゼフォンは結局、毎日教会に通った事になる。完全な休暇であれば、ここまで通う事にはならなかっただろう。

「いえ。構いません。私としても、休暇中にやりたい事も出来ますので…」

「そうか…」

「聖下…いえ、師匠…今後の事なんですが…」

「なんだ?…珍しいな」

ローゼフォンが師匠と呼ぶのは内輪での会話の時だ。

「まだ先の事はわかりませんが…あと3年後には、私も教会に戻ってもよろしいでしょうか?」

「なんだ?どう言う心境の変化だ?…まさか、タナトスか?」

さすがに負担が大きかったか。

「いえ。違います。…私も、法術師として弟子を持てましたので…その者の成長を追って見たくなりました」

ローゼフォンの嬉しそうな様子にパンタソスも苦笑する。

「なるほど。あの者か。確かに。それは面白そうだな。ん?…まさか…あの新しい光玉も、その者のアイディアがあるのか?」

「ご明察です」

「ははは!そうか!それは、追いかけたくなるな!若者の自由な発想というのはこれからの希望の星だ!」

悪戯(いたずら)少年のような…人を食ったように笑った少年を思い出す。

大人を憎んでいるような目をした少年は見事な格闘を披露し、3階の図書室から飛び降りて、教会に相対する王族を友人として交流する…かなり…粗暴(やんちゃ)で無法者だ。

一方で暖かなぬくもりの光玉を作り、繊細で優美なユニコーンの光をも即興で作り出す。

学校の手紙によれば、模擬戦観戦者を思い慈雨まで降らせた上に「人を傷付ける法術師など法術師で無い」と、登録票まで手放したとあった。そこまでするとは素晴らしい慈悲と正義感だし、なかなかの気骨と気風もあるようだ。

その男らしい潔さに、少々早合点だが今は若気の至りとして成長と共に落ち着けば懐の広い良い男になるだろう。

彼には初見でなぜか敵対心を向けられたパンタソスとしては、是非とも誤解を解いて打ち解けたい。

今は時間がなかなか取れないが、一段落した時には早々に面会の場を多く設けよう。

今度はきちんと彼の話を聞きたかった。周囲の反対で後見人は譲ったが…本人が希望するなら直接、指導をしたって良い。

「確証はまだ与えられないが…おまえの希望としては覚えておこう。私も落ち着いたら、ぜひ彼と話がしたい。今度は驚かす事のないように手順を踏んだ上でな」

どんな法術師に育つのか楽しみだし、ローゼフォンでなくても見届けたいと思う。

「恐れ入ります。またとない栄誉に恵まれ本人も励みとなる事でしょう」

気の重かったパンタソスは、新しい風を感じて少し気が紛れた気がした。



図書室に迎えに行くと、スレイプニルは本を広げたまま、頬杖をついてボーッとしていた。

「スレイプニル」

名を呼べば、パッと振り返り席を立つ。

「終わりましたか?僕、本を戻して来ます」

飼い主のお迎えを喜ぶ犬のような姿は、素直で従順だ。

「行くぞ」

「はい」

…なんでこの素直さと従順さを教皇様にも向けないんだ。おまえは。本当に!

教皇様の正式なお召しがあった時に、実父と教皇様…香木の間違ったイメージを払拭させておかねば、到底お目通りなどさせられ無い。

またと無い名誉に、励みを感じるようにさせねばならない…何としても!

「…スレイプニル。少しは教会に慣れたか?」

「え…えー…まぁ…多少は…?」

「そう言えば、未だにきちんと内部を案内してなかったな」

興味を持たせるには説明するよりも見せた方が早いからな。

「あ。いいです。僕、大丈夫です」

何が大丈夫だ!こっちは全然、大丈夫じゃ無いんだよ。おまえの態度に。おまえは侍従としても、やればちゃんと出来るくせに、なんで選り好みするんだ!クロムにだって礼を尽くすくせに!

「今度は折を見て神学校の授業風景を見学させてもらうと良い」

「えー…別に僕は…」

「最新の対抗防御法陣の研究とかもしているぞ?」

その言葉に、黒い目が大きくなった。が、再び目をそらすと渋々なのか興味があるのか、相反する態度で強がった。

「……。ま、まぁ…どうしてもって言うなら…邪魔にならない程度で見てもいいですけど」

素直なのか、素直じゃ無いのか…全く…。




集合場所に戻ると、タナトスとナタル先輩がベンチに座っていた。

なんだろう?…なんか、哀愁漂う昼休み中の会社員みたいだな…うつむいちゃって。

「お待たせしました。…先輩、何かありました?」

なんか雰囲気が暗い。

いや、タナトスが明るい事なんて無いけど、ナタル先輩まで疲れた顔して…まさかタナトスが何かした?

「…世の中には…不可思議な事が未だにある…」

ナタル先輩は眼鏡を外して目を押さえた。

泣いてます?

「は、はぁ…?…と、言いますと…?」

「理論や魔法科学では説明のつかない事も…未だにあるんだ…」

打ちのめされたように呻くナタル先輩。

「どうしちゃったんですか?」

なんなの?本当に。

「先生!!」

パッと顔を上げてナタル先輩がローズ先生に詰め寄った。

「先生の叔母さんは何者なんですか?!」

「…何って…どうしたんだ?」

ローズ先生も突然の問いに意味を測りかねている。

「だって!あんなの絶対…………」

急に沈黙し、動きを止めるナタル先輩。

「?…だから、なんだ?」

「絶対?…何ですか?」

私もローズ先生も何の事かわからずにナタル先輩の言葉を待った。

「……い、いや。なんでもないです。……その…勘違いでした」

ぎこちない顔で笑い、ナタル先輩は身を引いた。

「え?…なにが?」

意味がわからない。

「うふふ」

わ!びっくりした。…マリーさん、いつの間に私達の後ろにいたんですか?

「はいはい。お待たせー。ボジャーを連れて来たわ」

ひょこひょこと足取りのおぼつかない様子で歩くボジャー。

みんなが合流した所で改めて馬車に乗り込み海に向かう。

「海だけが目的で来るなんて、久しぶりねぇ〜」

嬉しそうなマリーさんが馬車の窓から陽の光に輝く海岸線を見て言った。

もうじき、いつもの海岸線へ降りる場所に着く。

ボジャーは大人しく馬車の足元に伏せて、皆の顔を見たり毛繕いをしたりしていたが、潮の香りがするのか鼻をしきりにヒクヒクさせている。

「ボジャーが若い時なら、海岸まで歩いて来たりした事もあったけど…」

「え。結構、距離ありません?」

歩くとかなり時間がかかるんじゃ…

「若かったのよね。ボジャーも。当時の私も。ねぇ?ボジャー」

ボジャーは自分の名前に反応してマリーさんを見ていた。

到着前から何となくソワソワしていたボジャー。

目的地に着いて馬車から再び抱えられて降ろされたボジャーは、砂浜に我先へと弱い足腰で飛び出した。

嬉しいのか尾をしきりに振ってトコトコと駆けていく。

「おい。ボジャー!段差があるから気を付けろ」

海岸へ出る為の段差は、ほぼ階段だ。

御者の支払いをしていたローズ先生がそんなボジャーを気遣って声をかけるも、ボジャーは止まらない。

ボジャーが勢い余って転げ落ちないように慌ててローズ先生がその後を追った。

なんか、和むー。先生って、ちょっとお母さんみたいなとこ、あるよね。さすが世話好きな女神様。

「あら。ありがとう。タルタル、荷物はここに置いてちょうだい」

馬車を降り、お弁当を入れたバスケットのカゴをナタル先輩が運んでくれた。

その時に発せられたマリーさんの言葉に、ナタル先輩は動きを止める。

「…………」

「どしたの?タルタル」

再びそのあだ名を呼ぶマリーさん。

あ。先輩、めちゃくちゃ眉にしわ寄ってる…。

「…先輩。受け入れましょう。マリーさんの親しみですから」

良いじゃ無いですか。タルタル。なんか美味しそうで。

「要らない。不快です。やめてください」

はっきりと申し出る先輩。マリーさんは全然、気にしていないようで首を傾げる。

「あら。嫌だった?…じゃあ、ナッティー」

「ぷはっ!!」

思わず、吹いた。

ナッティー?!クッピーに近い!かわいい!

「やめてください。本気で」

ナタル先輩は眼鏡を押さえて真顔で抗議している。

「じゃあ、気にいるのが出るまで頑張るわね!タルタン!」

マリーさんは拳を握って決意した。

「聞こえてますか?僕はあだ名そのものをやめて欲しいと言っているんです」

ナタル先輩が顔を引きつらせながら抗議する。

「いや、ほら私ね、呼び名にはこだわりたいのよね。呼び捨てって味気ないって言うか。ナルタル?いえ、タルナッティー?」

「それ、元の名前より長くなってるし!意味クソわかんねぇんですけど!」

ナタル先輩…言葉が乱れておりますよ…。

「まぁまぁ。ナタル先輩、そんなに気にしないで下さい。マリーさんの親愛?…ですから」

「そうよ。タッピー。良いじゃない」

タッピー?!クッピー&タッピー?!

ダメだ!笑ってはいけな…

「あははははは!!」

アウトーーー。

「あぁ?!」

ナタル先輩…マリーさんに明確な殺意を向けてませんか?

マリーさんは頬に手を当てて、苦笑した。

「残念ねぇ…さっき、ケンカを止めた叔母さんを怒ってるの?」

え?!

「ケンカ?…したんですか?!え?先輩がタナトスと?」

「…………」

無言で立っているタナトスを見上げてもタナトスは答えない。

「…………チッ!」

ナタル先輩は殺意をおさめて話を打ち切った。

「え…本当に?…大丈夫でしたか?」

心配になっちゃう。だって相手はタナトスでしょ?

「……大丈夫なわけねぇだろ」

ナタル先輩は苦々しく吐き捨てて砂浜に向かった。

「大丈夫よ。ちゃんと指導しておいたからね」

マリーさんは得意げに笑って「お弁当はここに置いて、行きましょう」と砂浜を目指した。



「すーぷーちゃん。キャッチボールするか?」

ボジャーが若い時に使っていたボールを手に、波を見ながらボンヤリする少年を見て誘った。

「え。…キャッチボール…ですか…?」

「ああ。ほら。ボールならあるぞ」

「……僕…した事、無いんで良いです」

黒い目が興味無さそうに再び波を見た。

「したこと無いのか。そうか…じゃあ、してみよう」

「え。いえ…別に…」

冷めた気持ちで断ってくる少年に、その実父の男が彼に与えたものと与えなかったものを考えた。

息子は父親から多くを学ぶ。それは言葉よりも、態度や行動で。

法術師として…後見人として、俺が教えてやれる事はそんなに多く無いかも知れないが…父親代わりに教えられる事はあるかも知れない。特に、これから男としての悩みや付き合いも増すだろうし、酒宴での失敗は気を付けなくてはならない。

『…キライ。ごめん!』

酒に酔い虚ろな目で絡んできた少年は、今までどんな生活をしてきたんだ?

「そう言えば、師匠は?おまえに何を教えてくれていたんだ?」

どんな男だったんだ?

「え。…えーと…」

黒い目が伏せた。沈黙し、適切な言葉を探しているようだ。

「…師匠は…全部です。僕の…唯一の…」

少年は言葉に詰まって、目を覆った。

師匠は親代わりで…亡くなっているんだもんな…。

「すみません…僕…まだ…」

「いや、いいんだ。すまなかった。…すーぷーちゃん、やっぱりキャッチボールをしてみないか?」

「え…でも、僕、投げた事無いからそんなに出来ないかと…」

「良いんだ。投げ方なんて、ルールは無い」

戸惑うスレイプニルにボールを手渡し、距離を取る。

「…先生。まだ始めないんですか?」

ナタルがなかなか始まらない法術に、しびれを切らして近付き聞いてきた。

「悪いがこれからキャッチボールをするんだ」

「は??」

ナタルは目を丸くした。

「よーし、いいぞ。すーぷーちゃん!」

距離を取って構える。

「…先生…」

ナタルが、ボールを手になかなか投げて来ないスレイプニルを見て冷静に言ってきた。

「これ、あいつ絶対ここまでボールが届かないですよ」

「ナタル。おまえ、あいつが小さいからって、」

あんまり見くびるのもどうかと思うぞ。と、言おうとして、スレイプニルが投げたボールは、なぜか投げた本人の後ろに飛んだ。

「…………」

なんでだ?

「あーあー…飛距離マイナスか。それは予想外だったな」

ナタルは、慌ててボールを拾いに行ったスレイプニルを見て面白そうに笑った。

そして、少年はもう一度投げて…今度は下から投げて真上に飛んだ。

「ブハッ!予想外その2!」

ナタルは吹き出して、更に自分の頭上に落ちて来たボールを見誤り、しゃがんで頭を抱えて防御するスレイプニルに呆れた。

「自分の投げたボールすら取れないのか…あいつは」

これは…キャッチボールになるまで日が暮れるな…。なんでだ。そんなに難しい事か?初めてってこんな感じなのか?自分の時はそんな記憶は無いが…

「…ナタル…スレイプニルは運動音痴じゃ無いよな?」

あんなに身軽なわけだし、ネイロスと格闘した時ですら酔っ払ってあの動きだったんだろ?

「運動音痴以前にそもそもが…」

確信を込めて言うナタルが言葉を止めた。

「そもそもが?」

面白そうに言っていたナタルは沈黙し、そして眼鏡に触れて冷静に言った。

「……。ボールが初めてなんじゃないですか?」

「投げるくらい出来るだろ」

「向いてないんじゃないですか?」

冷ややかに見るナタルの視線の先で、スレイプニルが再三投げたボールは今度は2〜3歩先の砂浜にめり込んだ。

再び笑うナタル。

なんでだ。ワザとやってんのか?

その様子にボジャーがヒョコヒョコとボールに近付いて尾を振った。

スレイプニルはボールを拾い、こちらに持って来て言った。

「…先生…僕、これ…やっぱり良いです…」

「すーぷーちゃん…投げるだけなんだが…」

逆に戸惑うぞ。

「ボジャーに投げて遊んであげて下さい。僕は良いです」

足元には笑顔のボジャーが期待を込めた目で見上げていた。

ぼ、ボジャー…おまえ…気持ちは若くても年なんだから。ボールを追っ駆けて倒れたらどうする。

「ボジャー…あんまり無理するな。ほら」

ゆるく、ポンと目先に投げれば、ボジャーは「え?…なんですか、それ」って顔でボールとこちらを見比べて、おすわりをした。

「…………」

犬も、プライドがあるんだな…近過ぎたか。

スレイプニルがボールを拾い、持ってくる。

「先生、ボジャー見えないんですかね?」

「見えづらいだろうが…今のは違うな」

「ボジャー、ほら。コレだよ。せーの、」

ボールをボジャーに見せて、スレイプニルは自身も走る姿勢を見せて振りかぶった。

「はい!」

大きな円を描いて飛んで行くボールを、ボジャーとスレイプニルは競うように追いかけた。

「………。出来るじゃ無いか」

なんでだ。

「相手が先生だからじゃ無いですか」

ボソリと言ったナタルの言葉は聞き捨てならない。

「なんだ。それは。どう言う意味だ」

「…さぁ?」

ナタルは含みのある顔でとぼけた。

「………。ナタル…おまえが外出許可申請をして、ここにいる事を学校に報告したっていいんだぞ」

むしろ、朝から何度も押しかけて来た。と苦情を入れたっていい。

「それは…俺だけじゃなく、先生にだって不都合ですよ。メルセデス先生には俺とアイツはお互い無関心だ。って事にしてあるんですから」

そう強がるナタルだが、無言で見下ろせば苦々しく息を吐いて続けた。

「はぁ……法術師の法衣を着た先生に、ボール投げろって言われても気がひけるんじゃ無いですか?」

法衣?ああ…まぁ…こんな場所に不向きなのは確かだ。着替えでも持ってくれば良かったか…。

「それだけか?」

「さぁ?…それ以外は知りませんよ」

つまらなそうに言って、戻って来たスレイプニルとボジャーに目をやるナタル。

「ぼ、ボジャー…早いなぁ…」

ゼェゼェと息を切らすスレイプニル。

ヒョコヒョコとした動きながら、ボジャーは得意げにボールをくわえていた。

「…おまえ、ボジャーに負けたのか…」

老犬に負けるっておまえ…しかも、息切れひどいし…。

「行きは…勝ったんですけど…ボールを…追い越しちゃって…四つ足って…ズルい…!」

今にも呼吸困難になりそうな話ぶりでスレイプニルはしゃがみこんだ。

浅い呼吸で見るからに息苦しそうだ。

「おまえ…なんでそんなに体力無いんだ?鍛えてるんだろ?」

「……ちょっと…じ、…じじょーが…あり…まして…」

事情?…なんだそれは。

「ま、マリーさぁん!」

スレイプニルは、息も絶え絶えに叔母を呼ぶ。叔母は意外にもタナトスと話し込んでいた。

いつの間に…と言うか、タナトスと何の話をするんだ?叔母のコミュニケーション力も恐れ知らずだな。

「すーちゃん?!どしたの?!」

叔母は、砂浜にうずくまるスレイプニルを見て、すっ飛んで来た。

足早いな…叔母よ。しかも砂浜で。

「は、走ったら…ちょっと…酸欠に…」

「やっだ!ダメじゃないの!…向こうに座って休みましょう。慌てないで…歩ける?」

叔母は、頷くスレイプニルに肩を貸してゆっくり歩き出す。

「ちょっと待て。走ったらまずいってなんだ?」

聞き捨てならない。そもそも、なんでそんなに息が上がってるんだ?むしろ叔母の方が走って来た所だろ?

「良いから、後にして」

叔母はピシャリと言って、スレイプニルを砂の少ない足場の固まった場所へと連れて行った。

……え。病気じゃ無いんだろ?…なんでだ?…健康な少年が、そんな息切れって…おかしいだろ。

理由がわからず、後を追えば「ロズはボジャーを見ていてちょうだい」と拒否された。

なんでだよ…俺、法術師だぞ。一番、必要だろうが。

「先生…すみません…ぜ、喘息みたいなもんです…そのうち治りますんで…」

そう言うスレイプニルの呼吸は少し落ち着いて来たようだ。

「…喘息…」

あぁ…あの、突発的に咳とか出る…え。それなのか?おまえ、病気じゃ無いって…

「ロズ。ボジャーが海に入ろうとしてるわよ」

それはダメだろ!ボジャー!



先生はボジャーを追いかけた。

はぁー。良かった。ついてこられたら困る。

「おい。おまえ、喘息とかじゃ無いだろ。なんだ?」

うわぁ!ここにも居た。ナタル先輩か。

「そ、その…今日は…ちょっと締めすぎたと言うか…調節が…」

だって、朝から先輩来るから身支度に急いじゃったんですよ!

「は?調節?」

眉をひそめるナタル先輩は遠慮ゼロだ。

「全くもう!…直せる場所、あの岩の影ぐらいしか無いけど?」

「あー…でも、落ち着いてきたんで直さなくても…大丈夫かも」

「なんだ、言え。(アルカティアの何かか?)」

「先輩はそればっかりですね…違います」

もう、呼吸もだいぶ落ち着いて来きた。

「ちょっと、タルタル。遠慮なさい」

マリーさんが眉を寄せて抗議した。

「は?理由も無く遠慮なんかしてたら研究なんか出来ない」

先輩…これ、研究とかと全く関係無いです。…って、理由言わなきゃ納得しないな、これ。

「先輩…僕、さらし巻いてるんです…」

「は?さらし?…なんでだよ?」

「……。なんでだと思います?」

「ケガじゃないだろ?いや、ケガなのか?」

「違います。僕。これでも16才なんで。さらしで抑えないと目立つんです」

「……………悪い」

先輩は気付いた。気まずそうに。目をそらす。

「すーちゃん。もう男装やめたら…?」

大きな流木に腰を下ろせば、マリーさんが心配そうに背中をさすってくれた。

「…そしたら、学校にはもういられないですし…先生にも登録票をお返ししないと…」

「……チッ。遅かれ早かれバレるだろ?傷は浅い方が良いんじゃないか?」

ナタル先輩が緑の目で見下ろして言った。

「そしたら…やっぱり、先生…ガッカリされるでしょうね…」

「するわねぇ。タルタルの時だって引きずったんですもの…これがハートのキングじゃ…」

マリーさんの言葉に私が頭を抱えれば、マリーさんは苦笑した。

「でも、仕方ないじゃない。ハートのキングになってからじゃ無くて、元々そうなんだから。むしろ、そのままでハートのキングなのよ」

マリーさんの言葉にナタル先輩が同意した。

「まぁ、確かにな。組み分けの時にマドラスがそう言ったんだ。認めたのはマドラスと学校だ」

「……僕だって、好きで女性で生まれたわけじゃ無いのに…」

と言うか、男子校…共学じゃ無いのが問題。士官学校とは言え。

「あ、あの。ちなみに女の子も行ける学校ってあるんですか?」

「……女の学校?…修道院だろうな」

しゅ、修道院…?

「教会の?」

「だが、修道院は初等科だけだ。本当に登録するなら別だけどな。女児が生まれた家が、嫁にやる前に読み書きや行儀見習いを覚えさせようと、娘を修道院に入れる。そこはむしろ女しか入れない。そこで資質のある奴は法術師とまではいかなくても、法術士(シスター)になれる。特に法術士(シスター)は法術師が出来ない出産の時や、女の治癒を受け持ったりしてる」

「え。そうか!女性も法術、使えるんですもんね!」

さすがナタル先輩は博識だな。

「すーちゃんが望めば、そこにも行けるのよ?」

マリーさんの言葉に、ナタル先輩が反対した。

「ダメだ。やめろ」

「な、なんでですか?」

「おまえ、修道院に行ったら自由に外に出れないぞ。しかも法術士(シスター)として入ったら俺を含め学校の奴らには二度と会えない。男禁止だからな」

「あ、そっか…」

「枕…ダメだ」

いつの間にタナトスが立っていて反対した。ナタル先輩が続ける。

「それに、治癒士(シスター)は光玉と浄化と治癒だけだ。せいぜい出来て慈雨までだな。それ以上は無い」

「えぇ?!そんなのつまんないです!」

「だろ?万が一、正体バレた後でも修道院はやめろ。どうせなら魔導協会の方がまだ良い」

「へ?…なんでですか?」

「魔導協会は完全なる実力主義だ。性別なんか関係無い。実際、魔導協会のアカデミーには女の魔法師も大勢いる」

「え。そうなんですか?!」

なんと。女性魔法師…カッコいいな。

「ちょっと!うちのすーちゃんに変な勧誘しないでちょうだい!」

マリーさんがナタル先輩の腕をバシッと叩いた。

「まぁ、俺も直ぐには勧めない」

「なんでですか?」

「おまえなんか魔導協会に来たら即刻、拉致られて検体(サンプル)にされる」

「え?!怖!」

やっぱりそうか…珍獣か。

「ぷにぷに…ウチに来る…」

「いや、だからタナトス…」

「おい。おまえら…なに、和んでるんだ」

先生が不機嫌そうに戻って来た。縦に抱えたボジャーをぶら下げながら。

「あ、先生。お昼にしましょうか?」

「…スレイプニル…。おまえ、病気じゃないって言ってたよな…?」

緋色の目をしかめながら、先生が見下ろしてきた。

「びょ、病気じゃないです。だって、別にしょっちゅう出る訳じゃ無いし…大丈夫です」

ボジャーを下ろし、ジーっと見下ろしてくる先生にちょっと後ろめたい。

「……………」

「ぼ、僕…その…激しい運動とか…あんまりしないようにしてるんです…だから、問題無いです」

目を伏せて先生の沈黙に言葉を続ける。

「…かなり深刻なんじゃないのか?」

「休めば平気です。今だってそうでしょう?」

立ち上がって笑って言えば、先生は息を吐いた。

「…それならいい。そういう事は先に言え。授業でも差し支える」

「え。…白竜であるんですか?」

意外な事に驚けば、ナタル先輩が答える。

「おまえな…学校を何だと思ってんだ?体力が基本だぞ?…俺たち…白も黒も基礎体力をつけるための訓練があるし、地獄の訓練キャンプもあんだぞ。赤や青よりはマシだが、クソみたいに山ん中を走らされる」

うんざりする様子でナタル先輩が言った。

「は?!…な、な…なんですか?!その…楽しくなさそうなキャンプ…」

「…おまえの体力の無さは数値でわかっていたが…そうか…喘息か…」

ローズ先生が渋い顔で腕を組んだ。

「…ぼ、僕…生き残れます?」

「合格出来なければ…最悪、留年だ」

ローズ先生が呟いた。

あ、それ…卒業出来るとは思って無いんで。そこは、まぁ…。

「仕方ないですね」

「馬鹿を言うな。今から諦めてどうする」

「あ。いえ…これはその…無理せずにやっていくしか無いかな。って言う悟りです」

「……リオトにも言っておく」

「え?赤竜の先生ですか?」

なんで?

ナタル先輩が眼鏡を押さえて言った。

「地獄の訓練キャンプの主導は赤竜だ。気を付けろ。魔法石は没収だが、それでもこそっと魔法とか使ったら、バレて余計にめちゃくちゃしごかれる。赤竜顧問の口癖は、『骨が折れても心を折るな。肉が切れても集中切らすな。死なない限り、かすり傷だ』だからな」

「………僕、死にますね、それ」

間違いない。

「すーちゃん…叔母さん、強く中退を望むわ。今からでも、学校はやめましょう?」

マリーさんが青い顔で手を握ってきた。

「…か、考えてみます…」

「ナタル。スレイプニルを脅すな。全員が全員、無理強いされる訳じゃ無い」

ローズ先生がナタル先輩をとがめた。

「え?まさか特例とかあったんですか?…裏道とか?」

「いや。裏道は無い。だが、背負う負荷には個人差がある。リオトの眼力でその者にとってギリギリの荷重が決められる。公平にな」

「へぇ…アレで」

ナタル先輩は半眼で苦笑した。

な、なんか、話の全てが怖いんですけど…。

「そ、それって…いつ頃の話ですか…?」

2年生の終わりくらいなら…関係無いかな。もう、学校にいないだろうし…。

「…基礎体力が始まるのが入学1ヶ月くらいだ。もうじきだろ?訓練キャンプは1年であるぞ。そうですよね?」

「……すーぷーちゃん。死なない範囲で頑張りなさい」

先生は頷いた。

嘘でしょ?!入学1ヶ月で地獄のブートキャンプ…聞いてませんけど?!死ぬの?これ?

「…ぷにぷには…鍛えても…ぷにぷに…」

なんだと?!コラ!タナトス!!

「そう言うタナトスだって僕より危ないじゃん!僕よりもずっと死んじゃうからね?!」

「…ウザい事は…しない」

な、なんだって…?!サボり決定?!

「タナトス。全員参加だから、おまえもだ。…死なない範囲で」

ローズ先生がそう言うと、タナトスはいっそ清々しく即答した。

「断る」

うわー。スゴーイ。私もあんな風にワガママ言いたい。って言うか病人に地獄のブートキャンプさせるの?それもどうかと思うんだけど。そもそもがそもそもだからな…。

「良いのか?留年だぞ」

「ウザい…意味の無い事はしない」

タナトスはキッパリと拒否した。

「そうか…。まぁ、無理にとは言わない。じゃあ3日間は枕無しで過ごせ。スレイプニルは参加するからな」

「は?3日?!せ、先生!3日もやるんですか?!それ!」

驚いたのは私の方なんですけど!!

「だから言っただろ…地獄だって…」

ナタル先輩が言った。

「「ウザイ…」」

タナトスと声がかぶった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ