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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
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第41章 クッピー!久し振りねぇ!

「これで良し」

ローゼフォンはリビングの床にカゴを置き、中に毛布とクッションを置いて小さな寝床を作った。

「だからー!!なんでわからないかなー!!」

2階からスレイプニルの声が響いてきた。

全く。なんだ。また、朝から元気な奴だな。

「ちょ!!すーちゃん?!」

叔母がキッチンからフライ返しを手に慌てて階段の下に走り込む。

叔母よ…あなたも朝から全力だな…。

「ロズ!!どうにかしてちょうだい!私のすーちゃんが!」

うん。叔母さん…。完全に息子だと思ってるな。私のって…。

「別に…言い合いくらいあるだろ。あいつら言ってもまだ子供だし」

スレイプニル以外でタナトスと言い合い出来る奴はいない。そもそも争いにもならないだろう。

16才は成人とは言え、まだまだ子供だ。それは学校で教師をしていて痛いほど知っている。

時々、バカみたいな事をして窓を割ったり、物を破壊したりする。そしていらないケガもする。16才から体も育ってきて力を持て余すんだろう。…性欲もまた然り。

スレイプニルは本当に大丈夫だろうか?ああいう奥手な奴こそ急に女に目覚めて性欲に振り回されないか心配になる。初動が大事だからな。

「言い争いって言うか、すーちゃんの一方的な抗議じゃないの!」

フライ返しを握りしめて訴える叔母。

「……」

まぁ…あいつの苦労もわからなくは無いがな。男同士で、しかも引っ付いてくるわけだろ?うっとおしいだろうし、しかもあのタナトスだ。いい気もしないだろ。…やれやれ。様子でも見てくるか…。

「わかったよ…じゃあ、とりあえず様子を見てくればいいんだろ?」

「え。その格好で…?」

叔母は眉をひそめた。

「?…別に良いだろ。家なんだし」

昼間ならともかく、まだ朝のこの時間に夜着のままで責められる言われは無い。

「いや。いやいや、私が行くから。プライバシーに関わるし」

叔母はフライ返しを持ったまま階段に足をかけた。

「いや…叔母さん、そのプライバシーってさ…」

少年側にしてみたら、年配とは言え異性の方が不都合な事があるんだぞ?特に朝は。母親気分なのはわかるけど…。

「…ん?なんか…焦げてない?」

焦げた臭いが鼻をかすめた。

「あらヤダ!!」

叔母は慌ててキッチンに引き返した。

「…まったく…」

フライ返しを持っている段階で確認しておけばよかったか?

最近、叔母の様子がおかしいからな…。張り切るのは良いが…やっぱり、子供が欲しかったんだろうな…。

16才の割りには幼い感じがするスレイプニルだから、素直に懐かれたら嬉しいんだろう。

階段を上がって、部屋の扉を開ける。

「おい、おまえら…」

朝っぱらから騒ぐな。と言いかけて、言葉につまった。

ベッドで、黒いローブにフードを目深に被った男がスレイプニルの上に乗っかって押さえ込んでいる。いや、それだけじゃなく、肩に食らいついている。

闇の眷属!…いや、一瞬そう見えただけで、タナトスだ。

「うわー!先生ー!良いところに!タナトスに注意して下さい!僕は食べても美味しく無いって!」

「…タナトス…おまえ…まさか、人を…」

食うのか?いや、まさか。遊んでるんだよな?そうだよな。

「子供じゃあるまいし、噛み付くな」

「………」

タナトスは不満そうにフードをかぶった頭をあげた。

「…邪魔だ」

俺に向かって言ってんのか?…って、おまえ、いつだってフードを被ってるんだな。

「タナトス…おまえ…一見すると、闇の眷属みたいだから…もっと、人間らしくしたらどうだ?」

「…うるさい」

「え。先生、それなんですか?闇の?」

スレイプニルが話にくいついた。

「…ああ、おまえは実技ばかり先行して講義は全然、進んでないな。まぁ祓滅(バニッシュ)の授業は2年生からだが…。闇の眷属…法術師が対抗出来る魔の存在だ」

「へぇー!え。それがタナトスに似てるんですか?」

タナトスは不満そうに答える。

「…似てない」

興味津々に言うスレイプニルは相変わらず、タナトスに乗っかられて身動きが取れていない。

「…タナトス、離してやれ。取っ組み合いは体格差でスレイプニルが不利だろ」

俊敏さが得意なスレイプニルに対して、捕まった状態から寝技では圧倒的に不利だろう。

「…………」

「だってよ。タナトス。そもそも僕、腕相撲でも勝ててないんだから!」

タナトスは渋々、身を引いた。

「はー…もう、朝から疲れた…」

身を起こすスレイプニルの夜着の襟がズレて首から肩がわずかに見えた。頼りないその首には鈴首輪のチェーンが掛かっている。

「遊んでないで、さっさと支度しろ」

「え。どこか行くんですか?」

「おまえな…。教会だ」

「ええー。僕、行く必要あります?!」

おまえな?俺だけで行かすつもりか?誰のせいだと思ってるんだ。おまえは一刻も早く教会に慣れろ!

「…ぷにぷに。行かずに寝る」

タナトスがスレイプニルを抱え込んで誘った。

その様子が…なんか…なんだ?…枕というより…もっと…

「あ、イキマス。僕、起きるんで。寝ないんで。支度します」

グイーと手足を使って遠慮なくタナトスを引き剥がすスレイプニルだったが、微動だにしないタナトスに、スレイプニルの方が押し出されベッドからズルリと流れるように落ちた。

「…なにしてんだ…まったく…」

こうして見るとコイツらは普通の学生となんら変わらないんだけどな。



「お風邪を…?」

午前中の間に教会を訪れて教皇様に面会を申し出れば、風邪を引いてしまい休んでいると言う。

「はい。昨夜、お一人で礼拝を続けられて…今朝は発熱がありましたので念のためにお休みして頂いています」

「そうか…それは、ご自愛頂きたい」

「なにかお言付けはございますか?」

「……いや、直接、お話したい。また改める事にする」

「わかりました」

「ご無理をなさらないように、きちんとお世話するように頼む」

「はい」

…なんという事だ。出来れば日を置きたくないが、病床で不穏な事を告げて心労を増したくは無い。

ローゼフォンはスレイプニルを待たせている図書室へ向かう。その道中、廊下の一角が封鎖され警備の聖騎士が立っているのに気が付いた。

「…あれは?」

案内の法術師に聞けば視線を向けた。

「ああ、あそこは昨日の…例の礼拝堂です。教皇様のお言いつけで昨日から封鎖して、見張りを立てています」

「そうか…」

昨日、聞こえた歌声を思い出した。異国の言葉の歌は女性の声も相まって内容はわからなかったが情緒的で神秘性があった。

本当に…どこから現れてどこに消えたのか…不思議な現象だった。

「ん?」

ローゼフォンは足を止めた。

「どうされましたか?」

「……いや」

今、目の端で、白い小さな…モップ?のような物が動いた気がした。

しかし、封鎖された廊下を掃除する者もいないだろう。悠長に掃除なんかしていれば、なんのための封鎖だ。

ジッと目を凝らしても、もう変わった様子は見えなかった。

「なんでもない。行こう」

今日の教会の図書室はそこそこ法術師が利用していた。

なんだ。今日はどこにいるんだ?人がいると探しにくいな。まさか、また外に出たわけじゃないよな?

他の者の邪魔をしたくは無いんだが…。

「…スレイプニル」

試しに普通に声をかけてみた。すると静かな図書室にわずかな鈴の音がした。

「はい。お呼びですか?」

服の中にしまっている鈴がくぐもったチリリという音を立てて小走りにスレイプニルが出てきた。

…なんか、本当に犬か猫みたいだな。

「走るな」

「すみません。もういいんですか?」

「ああ…出直しだ」

「出直し?…じゃあ、今日はおしまいですか?」

黒い目が見上げて瞬いた。

「ああ、そうだ」

「じゃあ!僕、対抗防御法陣をやってみたいです」

ザワッ!!と空気が張り詰めた。こちらに目線が集まる。

「…おまえな…」

「先生のを見て、僕、ちょっとだけ出来る気が…ムグ!」

黙れ。今、ここで言うな。

「行くぞ。口は開くな」

口を押さえられたスレイプニルは黒い目を丸くしていた。

そこから速やかに移動して人目が無い所で掴んでいた手を離した。

「まったく…。人前であんな事を言うな」

教会を出てから注意をすれば、スレイプニルは「なんでですか?」と黒い目を向けた。

「あれはそうそう習得出来るもんじゃないんだ。法術を圧縮するだろ?そもそも法術を圧縮出来る者でないと難しい。圧縮出来ると言うことは、つまり復活の法術も出来る。という事だ」

「ああ…。そう言えば、シェダル先生も見たかったって言ってましたね」

「…法力も使うし…そうそう披露する事態もそうそう無いからな」

「へぇ…」

「それよりも…タナトスはどこだ?」

外で待機するように言っておいたが…アイツは目立つはずだが、全然見えないな。

「呼びますか?」

「呼ぶっておまえ…」

どれだけ大声で呼ぶつもりだ?見た範囲でいないぞ。

「タナトス。行くよ」

それは、すぐ近くにいる者を呼ぶようだった。

「帰るのか…?」

急に背後から声がした。

「な!なんだ?!おまえ…どこから?!」

そこに立っていたのはタナトスだ。まるでさっきからそこにいたように。

嘘だろ?!どこにいたんだ?!いなかったはずなのに!

「海岸に行くんだ。対抗防御法陣の練習をしに」

突然のタナトスの出現に、さも慣れた様子で話を進めるスレイプニル。

「おい、こら。勝手に決めるな」

「えーー。いいじゃ無いですかー!」

「危ない事はダメだ」

「じゃあ、危なく無いようにしますからー!」

「おまえな…」

「先生がいないうちにやるより良いと思うー!」

おまえ…それ、本気だろ。

大聖堂から街を抜けて、しばらく馬車を進めると晴天に海岸線が光を受けて輝いて見えた。

「わー!よーし!それじゃ、張り切っていきましょう!」

海岸の砂浜…スレイプニルは馬車を降りて、歩道から駆け下りるとご機嫌で腕を伸ばした。

結局…折れたのは俺の方だ。

いないうちにやられるよりも、監督下でやらせた方がまだ良い。

本当に…そんなに学びたいなら神学校へ紹介を出すのに…さすがに教皇様直々とはいかないが、高位の法術師が付きっ切りの専属で指導する事になるだろう。その方がメルセデスも手は出せないから安心だ。

「…………」

安心だが…そうなれば……スレイプニルの成長を直で見続けるのは難しくなるだろう。それは正直面白くない。

神学校への進学はやはり3年後が望ましい。焦る事無い。メルセデスさえ注意して黒に染まる事が無ければむしろ神学校よりも自由で柔軟に学べるだろう。

スレイプニルはいち早く砂浜に降り立ち、タナトスと仲良く2人で何事かを話し合っている。

仲の良い白と黒のローブにそれは魔法と法術のあるべき理想だ。神学校と違って交友関係の幅は間違いなく今の方が広がるのだし。

「先生!早く!」

砂浜に立つ白と黒の二人の若者達。

「おい。海に入るなよ」

また靴を濡らしたくなければな。



「外出許可ですか?」

メルセデスは生徒から渡された書類を見て、その生徒…ナタルを見た。

「はい」

「行き場所は魔導協会魔法図書館…ですか」

「はい」

「ふむ…」

メルセデスは机で腕を組んだ。

「週末だけでは時間が足りません。論文を詰めるのに必要です」

「……良いでしょう」

メルセデスは書類にサインする。

「何日くらい必要ですか?」

「それは……未定ですが…数日の予定です」

「では、進捗をレポートとして出しなさい。時間は自由ですが、日暮れには帰校するように。いいですね?」

「ありがとうございます」

書類に一筆加えてメルセデスはナタルに渡した。

「ああ…羨ましいですね…。私も休暇を取ろうか悩む所です」

「…え。先生…バカンスですか?」

「あてもなく探すよりも戻るのを待った方が効率的ですから、踏みとどまっているのですが…そろそろ 引っ張り出しが効きますかね…」

ナタルはすぐに誰の事かわかった。

しかし…引っ張り出す?どうやって?

「…先生、本気ですか?…白が騒ぎますよ」

「用事が済んだなら戻りなさい」

張り付いた笑顔の無いメルセデス先生は、誰かを待ち焦がれている。誰かは、いうまでも無い。

「……。失礼します」

手に入れた外出許可証。これでgiraffe病とアルカティアについての調べが進む。学校にいては一向に進まない事も、魔導図書館ならば調べようがあるだろう。これで一歩進める。

ナタルは笑いをこらえた。

ふと、ワーワーと、騒がしい外。目を向けると校舎の窓から見慣れない物体が外に見えた。

「…なんだ?ガラス?…いや、氷?」

窓に近付けば、校庭にそそり立っているのは大波が凍ったような氷の壁だ。

その大きさもさる事ながら、範囲も魔法として充分だろう。

手近な窓を開けて見下ろすと、青い制服のやつらが校庭で訓練をしていた。青竜だ。

しきりと歓喜に騒ぐ青竜の奴らの中で、まるで主役のように悠然と佇むのは金の髪に、クソ偉そうな物腰の…

「チッ…スペードのキングか…」

青竜顧問のアルマクが、人の背をゆうに越える氷の壁に触れて珍しく満足そうに笑っていた。

状況的にアレはアイツが行使したんだろう。

氷津波(アイスタイダル)か?…チッ。進み早ぇな。1年のくせに。

ナタルの批判に、もちろん自分の事は含まれない。自分は学年なんて飛び越えて魔法習得は当然だ。

驚愕と興奮に騒ぐ他の青竜の生徒に、それを覗く他の組の視線も集まり出した。

ナタルは、関係ない。とばかりに窓を閉めて構わず外出の準備をしに向かった。



「ダメだ!!圧縮出来ない!!」

私は砂浜にガクッと膝をついた。

「…だから、無駄だと言っているだろうが」

女神様…いや、ローズ先生は防御法陣の中で腕を組んで私を見下ろした。

その後、私は何度も試みたが光玉で圧縮しようにも、どうしても光玉の方が耐えられずに割れたり、ヒビが入ってしまい全然、収まる気配は無い。

「…むううううーーー!!なんでだーー!」

頭を抱えて…転がりたい衝動は抑えた。砂浜で転がるのは嫌だ。砂まみれになっちゃう。

「なんでもあるか。質量が違うんだ。無理だ」

「無理なもんかーー。僕はぁー、諦めないぞー!」

砂浜の上に座り込み声をあげた。

「やれやれ…おまえも頑固だな…」

先生は子供のワガママに付き合う大人のように、ため息を吐いた。

「……。ぷにぷにがやってみれば良い…」

少し離れて様子を見ていたタナトスが近付いて来てそう言った。

「え?…僕?なにを?」

「なんだと?」

先生が防御法陣をキャンセルして眉をひそめた。

「…片方だけわかっても…上手くいかない…」

「…あ、あぁ。光玉だけじゃなくって事?なるほど…。そうかも?」

確かに?光玉だけでなく防御法陣もわからないとって事か。

「おい…おまえな」

「え。それ、両方わかったら何か掴めるよね?そういう事?」

コクリとタナトスが頷いた。

「なるほど。なるほど」

「お前ら…。そうやって悪巧みするな」

ローズ先生が私とタナトスの間に入ってきて緋色の目がしかめられた。

「わ、わるだくみじゃないです!先生、天才君がそう言ってます」

「…理論的に理解していなければ無理だ」

「……。タナトス…おまえ、法術の事は知らないだろ?」

「……魔法も…法術も…そんなに違いは無い…」

「なに?…何を言ってるんだ。似て非なるものだろ。明確に壁があるんだ」

「…そんなもの…関係無い」

「タナトス、おまえは黒だろ。白じゃない」

「……使える」

「なに?」

え。なんて?…タナトス。今、なんて?

「使える?…法術を?!…じゃあ、僕と同じなの?!」

「待て、待て待て。馬鹿言うな。両方使えるとか、そんな事がそうそうあってたまるか!」

「…結果が同じになれば良いんだろう…?」

「え?え?ドユコト?」

「魔法を防ぐ事は出来る…やってみるか…?」

「え!凄い!見たい!」

「無理だ。タナトス。おまえ、何言ってるんだ?」

先生の言葉を無視して、タナトスが私に言った。

「…ぷにぷに。魔法で攻撃してみろ…それを防ぐ」

「え?…嘘。本当に?…大丈夫?」

タナトスは砂浜で距離を取った。

「…先生、タナトス大丈夫ですよね…?」

「…知らん。知らんが…あいつなら避けられるだろ」

先生はもう投げやりだ。

「じゃ、じゃあ…わかりやすいのから…タナトス、気を付けてね?僕、コレ人に向かって使った事無いんだ」

私はタナトスに向き合って、手を掲げた。集中してイメージすると冷気が集い指先が冷えて来た。

周囲の水分が氷って、氷柱が1本、宙に現れて浮かぶ。

『…氷柱矢(アイスアロー)!』

ボールを投げるように対象のタナトスに手を振り下ろせば、浮かんだ氷の杭はタナトスめがけて、弓のように風を切って放たれた。

タナトスは何も動かない。自分に向かって速急で飛んでくる氷柱を避けようともしない。が、放たれた氷柱はタナトスに当たる前に突然、砕け散った。

「…え?…ええ?…なんで?」

タナトスは、何もしていない…はず。

「…ぷにぷには…一本だけか…?」

不意にタナトスが首を傾げた。

「い、いや…だって危ないじゃん。当たったらケガするよ…」

下手すると死んじゃうでしょ!鋭い氷柱が弓矢みたいに飛んで行くんだから!

「ぷにぷにの緩い魔法で…当たる訳無い…」

な、なんだと?!言ってくれるじゃないの!

「…タナトス…言うじゃないのさ…僕、これでも結構、練習してるからね…?」

「…魔法もぷにぷにだからな…ぷにぷには」

カッチーン!

魔法がぷにぷにってなんなん?!魔法にデブもあるかい!!

「あ…そう…ふぅん…タナトス君…すごいなぁ。じゃあ、もうちょっと増やそうかなぁ?」

ケガしたってローズ先生もいるしね?タナトスなら大丈夫だよね?うん。そう、今までの鬱憤よ!来たれ!我が手に!

私は拳を振り上げて集中すると、順に指を突き立てていった。

キンキンと冷えた大気に氷柱の数が増えていく。

「…お…おい…スレイプニル…おまえ…」

まだまだ行くよ!

振り上げた手がズシリと重くなってきた。さっきの氷柱が一本の太い氷柱だったのに対して、今度の氷柱は1本1本がペンサイズの物を50本。

空間にズラリと浮かべば氷柱の数で白い冷気がカーテンのようにフワリと流れた。

『…氷柱弾(アイスビュレット)!』

狙いを定めて腕を振り下ろせば、弾丸のような氷柱が一斉にタナトスにズガガガッ!と撃ち込まれた。

『…氷柱弾(アイスビュレット)?』

タナトスが首を傾げながら反復すると、着弾する前にその全てが粉砕された。

「え。…ええーー!!な、なんでぇー?!」

自信あったのに…!

タナトスは悠々と黒いローブを風に揺らして佇んでいる。

「スレイプニル!!」

うえ?!な、なんか、女神様(ローズせんせい)…怒ってる?

「は…はい?」

「なんだ今のは?!」

肩を掴まれて、先生は険しい顔を向けてくる。

「え…と、その…氷柱矢(アイスアロー)の…アレンジ…」

「おまえ!魔法もアレンジしてるのか!!」

ローズ先生は衝撃だったようだ。

「…ひ、人には使いませんよ?使った事も無いし」

あんなの、文字通り蜂の巣になっちゃうもん。

氷柱矢(アイスアロー)で魚が獲れなくて、イライラした時に思い付いた。氷の機銃(マシンガン)…今度は逆に魚が獲れ過ぎて怖くなって使わないようにした。

「ぷにぷに…面白い。今の、なかなか効率良い…」

タナトスが飄々と近寄って来た。

「い、いや、ダメだよ。危ないもん。使っておいてなんだけど…」

「わかってるなら使うな!」

ローズ先生が怒った。

「だって、タナトスなら大丈夫そうでしたもん!」

現に全く当たらなかった。

「ねぇねぇ!なんで?なんで平気なの?タナトスも対抗防御法陣を使ったわけじゃないのに」

タナトスに聞けば、タナトスはすんなり教えてくれた。

「相殺した…」

「そうさい?」

「相手と同じ魔法を使って打ち消す…均等な力で返せば、力が拮抗して打ち消しあう…それが、魔法相殺」

「へ…へぇぇぇー!凄ーーい!」

なーるほど!え。でも、私の氷柱弾が…相殺されたって事?あんな数を全部?同じ軌道で?

「スレイプニル!!」

グイッ!と先生に肩を揺さぶられた。

「え、は?…はい?」

先生、痛いです。

「もう魔法は使うな!!」

え、えー…。なんか…既視感(デジャブ)…クスト先輩と同じような…。

「え、えーと…?」

なんでかな?という疑問を吟味する前に先生の不機嫌なお顔を見ると、これはマズイ。と警報が鳴った。

「いいな!」

慌てて頷いた。

「は、はい!!わかりますた!」

噛んだ。大事なところで。

ローズ先生は深刻な表情で私を見た。

「……お前は、法術師だ。人の命を奪うのが法術師か?」

あ…。

「ち、違います!」

「タナトスだろうが、誰だろうが、法術師が殺傷を良しとするな」

は、はい!その通りです!!ごめんなさい!!

「…す、すみません…」

ローズ先生のその剣幕に不安になった。

「……帰るぞ」

先生に腕を引かれて砂浜を歩く。私の後ろをタナトスが付いて来た。

帰りの馬車内…先生は難しい顔で腕を組んで考えこんでいた。

「…………」

「…………」

怒ってるのかなぁ…。

盗み見るようにローズ先生を見て、その空気の悪さにため息を我慢した。

「…ぷにぷに…」

隣に座るタナトスが声をかけてきた。

「なに?」

「他にもあるのか?…アレンジ」

ちょー!!タナトスー!!空気読もうよ!なんで今、その話を持ってくるかなぁ?!

ほ、ほらぁ!先生のお顔が怖いってぇ!!れ、れいせいに!

「…ナイ」

「…無いのか?」

「ナイデス。僕は、平和に暮らして来たの。さっきはちょっと…その…調子に乗っただけだから。そうそうアレンジなんて、無いカラ」

「…………」

タナトスは無言で私を凝視した。と言っても目深く被ったローブで目は見えないけど。

「た、タナトス…背中、撫でてあげようか?」

ここで追求されてボロを出したく無い。

「…………」

タナトスはコクリと頷いて私の膝に頭を乗せてゴロンと横になった。

「えぇ…いや、それ撫でられないし…」

馬車内で狭いのに…。



『…先生、あいつ、黒に馴染み過ぎていませんか?』

クストの言葉が思い出される。

朝のじゃれ合いから、海岸での様子、そして今も。

スレイプニルが白いローブをはためかせ、容易く魔法を行使する姿は、法術師として違和感でしか無い。

しかもそれが…殺傷能力のある威力の魔法を平然と…。

あの氷柱1本、まともに当たれば平気で肉を貫く。スレイプニルが感情に任せて発動した氷柱は数十…模擬戦を想定したとしても、あの魔法一発でチームの半分は即離脱(リタイヤ)を余儀なくされるかも知れない。

あれは、ほぼ実戦配備並みだ。それこそ対抗防御法陣か、タナトスとまではいかなくても、現役の魔法師…それも、かなりの熟練した魔法師でなければ、魔法戦でいったら対抗出来ないかも知れない。

スレイプニルがナタルのように、あっさりと法術を手放したら間違いなく魔法師としても、名を響かせるだろう。

だが、それは魔法師だったらだ…法術師が…魔法戦…あり得ない…!!

あれだけの魔法が使えるならばナタルよりも魔法師への転身は容易だ。魔導協会ももろ手を上げて歓迎するレベルだ。

ああ…なんで…。なんで魔法も使えるんだよ…。混血だからって…本当に魔法石を持って無いのか?アレで?!おまえは一体、なんなんだ!

「…スレイプニル…」

名を呼べば、不安そうに黒い目がこちらを伺うように向けれれた。

「は…はい?」

「おまえ…魔法と法術…どちらを取るんだ」

「え。えー…と…」

「魔法師になりたいんじゃ無いんだよな?」

「そ、そうですね…」

ハッキリ断言しろ!どっちを取るんだ!

「法術師なら魔法は使うな」

「あ、あー…そ、そうですよね…」

「ぷにぷに。法術師で無くなれば教会に行かなくても良い…」

ああ?!何だと?!

「ちょっ!タナトス!ナニ言っちゃってんの?!僕は、別に!その…平気って言うか…!」

スレイプニルは慌てて取り繕った。

「…………」

また、コイツは教会か…。

「まさか…教会が嫌だからって法術を捨てるなんて事はしないだろうな…?」

「それは無いデス…」

「法術を選んで教会を捨てる…」

「タナトスッ!今日はよく口が動くね!」

「ぷにぷに…プニプニ…」

スレイプニルが膝に乗ったタナトスの頭を締めたが、タナトスは全然こたえていないようだ。

頭痛がする。どうして上手くいかないんだ…。素直に法術に専念すると言ってくれ…。




馬車を降りれば、家の前に誰かが立っていた。

「…ん?あれ…あ。もしかしてナタル先輩?」

あの眼鏡。学者的な佇まい。間違いない。

「……なんだ。おまえ…タナトスも一緒か?ああ、いるな」

私の背後から馬車を降りたタナトスに、私服姿のナタル先輩は頷いた。

「ナタル?…おまえ、なんでここに?学校はどうした?」

ローズ先生が驚いた様子でナタル先輩に近付いた。

う。ま、マズイ…。先輩!私が言ったと言う事は内緒に…!

私はローズ先生の後ろでナタル先輩にジェスチャーした。

「ローズ先生。ああ、ハートのキングの監視ですか?俺は、論文に必要な情報収集です」

ナタル先輩はサラリと答えた。

「なんでここに…?誰に聞いた?」

不信感に眉をひそめるローズ先生に、ナタル先輩は眼鏡を指で直した。

「giraffe病患者の聞き取りをしたくて…この付近にその患者がいるって噂を聞いたんで。少しでも情報を得られたらと思っただけです。まさか先生やコイツらに…お会いするとは思いませんでしたが…」

「学校はどうした?」

「もちろん、外出許可を得てます。元々は魔導協会の図書館へ行くついでです。これ、許可証です」

ナタル先輩が懐から書面を差し出した。先生はその書面を見て、そこに書いてある名前に目をしかめた。

「…そうか。ならば早く行け。ここにはgiraffe病の人はいない」

書面を突き返し、無愛想に言う先生は機嫌が悪い以外に何か嫌がっている。

「先生。丁度いいんで俺はタナトスの話を聞きたいんですが…」

「ああ、そうか。好きなだけ連れて行け」

「…めんどい」

ローズ先生の言葉にタナトスが難色を示した。ナタル先輩がタナトスを促す。

「協力しろ。おまえのためでもあるんだぞ」

「…枕に替えは無い…」

「タナトス、さっさとナタルと行け」

ローズ先生が追い払うように言った時、門扉にマリーさんが出て来て「あら。お客さん?」と声をかけた。

「…なんで出て来るんだ…」

ローズ先生は渋面になった。

「え?何が?」

マリーさんは馬車の音がしたのに、誰も来ないから迎えに出たんだろう。ローズ先生の苦々しい顔に意味がわからず私達を見回した。

そして結局、マリーさんに促されて私達は家に入った。

「いやー。そうでしたか。先生の叔母様の家だったなんて奇遇ですね」

ナタル先輩は愛想良く出されたお茶を飲んで言った。

知ってて来たのをわかっている私としては白々しいんだけど、ナタル先輩はしれっと嘘をついている。

「あなたがナタル君ね!お会い出来て光栄だわー。噂は聞いていたのよ。ダイヤのキングで優秀なんですってね!」

マリーさんは嬉しそうにテーブルを囲んだ。

「いや。僕は人より勉強する時間をかけているだけですよ。恥をかかないように。心配性なだけです」

ナタル先輩はめちゃくちゃ外面(そとづら)良く謙遜している。

「偉いわねぇー…。あなたが白竜から抜けた時は、それはもうガッカリしてたのよ?」

「はは…。すみません。僕は魔法師になりたくて…先生にはご迷惑をおかけしました」

「…………」

ナタル先輩…「僕」て。いつもめっちゃ、しかめた顔でいるのに…よそ行きだなー。

ローズ先生、さっきから全然お話しないで険しい顔してますけど。大丈夫ですか?

「すーちゃんから、あなたが毒舌だけど良い先輩だって聞いてたから、どんな人かと思ってたけど、すごく品行方正な青年なのねー」

「ハハハ。すーちゃんですか。へぇー?」

「……悪口じゃないデス」

えーと、ナタル先輩…その眼鏡の奥の目が笑ってなく無いですか?

「ナタル。おまえ…本当は何しに来たんだ?誰の差し金だ?正直に言え」

ローズ先生が深刻な顔でナタル先輩に問いかけた。

「先生…。ご心配はわかりますが…誓って黒竜は関係ありません。俺は、自分の論文しか興味は無い。先生のご心配は、そいつでしょうけど…俺は何度も言いますが、そいつに黒竜は合わない。進んで黒竜に移籍した俺だから余計に断言出来ます」

ナタル先輩も、真面目に答えた。

「それどころか、俺はそいつとメルセデス先生に接点を持ってもらいたく無い。それを何度もそいつに警告しています。今後もその考えは変わりません。ダイヤのキングとしても阻止していくつもりです」

「…………」

ローズ先生はナタル先輩をジッと見て測りかねている。

「先生…ナタル先輩の話は嘘じゃないですよ?むしろ、僕をメルセデス先生から遠ざけてくれてます。メモで教えてくれたり…先輩は白竜を大事に思ってますから」

「…………」

私の言葉にナタル先輩が引き継いだ。

「そもそも、そいつをウチに引き入れるデメリットの方が大きいんです。白竜に恨まれたらどうなるか…俺が黒竜に移籍した時に、それは痛いほど知りました。全ては俺の移籍が原因だから…白と黒の確執を増した事には、本当に申し訳無いと思っていました。メルセデス先生がどう思おうが、冷静に黒竜にはもう白竜を怒らせてまでハートのキングを得るメリットが無い。そいつだって望んでいないわけですし…黒竜はそいつには合わない」

「……それで?…この場所は誰から聞いた?」

「誰からも何も…俺は、」

先輩の言葉を遮ってローズ先生は否定した。

「偶然?giraffe病患者?違うな。この地区でgiraffe病の話はここ最近は聞いていない。しかも魔導協会の場所からは、この場所はかすりもしない。偶然でこんな事があるわけが無い」

お、おおぅ…先生、疑うなぁ。大人って…もっと素直になりましょうよ?…いや、嘘なんだけど。私の情報漏洩(リーク)がバレちゃう。

ピリピリした空気にマリーさんは「ちょっと失礼」と席を外した。

「先生。先生らしくないですよ?何をそんなに心配されているんですか?魔法の事ですか?」

ナタル先輩の言葉に、先生は目をしかめた。

「……ナタルは知っているんだったな…」

「そいつは混血ですから。そいつから俺に相談もありました」

ナタル先輩はアッサリと肯定した。

先輩ってごまかしが上手だなぁ。

「あるか?そんな事が?わずかならまだしも…あんなにガッツリな魔法は…聞いた事が無い」

ローズ先生はナタル先輩に問い詰めた。

「いいえ。無くはありません。言わないだけです。俺も白竜の時に既に使えたんで」

「え?!ほ、本当ですか?!ナタル先輩も使えたんですか?!」

ナタル先輩が私を見た。

「そうだ。だが、言わない。混血はただでさえ不利だからな。これ以上、立場を悪くしたくない。使えたとしても、誰も声にしない」

「使えたのか…?ナタル、おまえ…そんな事…」

「すみません。先生にも、言えませんでした。ですが、俺は…魔法が使えたからこそ、魔法に興味があった。組み分けで白竜になりましたけど…士官学校に来たのは、自分が使える魔法が何なのか、そしてそれを極めたかったからです。法術師になりたければ始めから神学校に行っています」

「………ナタル…そうだったのか…」

「俺は黒竜に行った事を後悔してませんが、そいつには勧めません。黒竜には、表の授業と裏の授業があります」

「…………」

ローズ先生は目を伏せた。

「え?なんですか?裏の授業って?」

「そこはいい」

「割愛します」

私の話に、先生とナタル先生の言葉がかぶった。

えぇ…。除け者?

「そういうわけで、俺はそいつに黒竜に来て欲しいなんて思わない。半端な気持ちじゃ迷惑です。なまじ、法力を知った後なら余計に苛む。来たところで、模擬戦で観戦中に慈雨を降らせてるような奴が保つ訳がない」

「…なるほどな」

「俺は、そいつからタナトスのgiraffe病について、調べ直して欲しいと言われています」

先生がチラリとこちらを見た。

「俺の論文も悪夢の魔法についてですし、眠れないというgiraffe病に興味があります。無詠唱で悪夢の魔法の最上位を行使するタナトスは、色々と格好の観察対象ですが、普通に頼んでタナトスが協力してくれません。ですが、そいつが頼めばそれも可能です。俺はそいつを黒竜やメルセデス先生から防ぐ代わりに、タナトスのgiraffe病を調べる。それでそいつと取引しました」

スラスラと説明するナタル先輩。

「…………そうか」

先生はため息を吐いた。

「…一度、おまえとも話をしたかった。なかなか機会が無いままここまで来たがな。おまえが魔法を使えていたというなら合点がいった…」

先生はそう言ってお茶を飲んだ。

「先生、俺も…もっと早く言えたら良かったんですけど…混血への差別は今も根強いですから。どうしても慎重になってしまって…すみません」

ナタル先輩が詫びれば、ローズ先生は微笑んだ。

「いや、おまえの話を聞いてむしろ安心出来た。そうか。意外と無くは無いんだな。スレイプニルのさっきの魔法で俺も、ちょっと悩んでたんだ…」

「またなにかしたんですか?そいつ、迂闊すぎませんか?」

「全くだ。あんな凄まじい威力の氷柱矢(アイスアロー)なんて、魔法師でも法術師でも無い」

「…へぇ…。そうですか。どんなだったんだろう…なぁ」

ナタル先輩…目が氷柱矢になって私に突き刺さって来るんですけど…。

「ぷにぷに。氷柱弾(アイスビュレット)、面白い…」

た、タナトス!どうしてあんたは余計な事、言うかなぁ!

氷柱弾(アイスビュレット)…?」

ナタル先輩の目が光った。

「ぼ、僕、もう使わないよ?!で、ですよね?先生」

「ダメだ。使うな。人の目に触れさせるな。法術師があんなもの使うなんて有り得ない」

ピシャリと言われて「で、ですよねー」と笑った。ナタル先輩も無言で笑っているが、緑の目は明らかに笑って無い。

「あ。そうだ。先輩。ちょうど良かった。メレンゲ、出来てるんです」

批判を避けたくて席を立った。

キッチンにはマリーさんがいた。

「(すーちゃん!)」

マリーさんは私と自分の腕を組んで、小声で問い詰めてきた。

「(あの人、どこまで知ってるの?)」

「(ナタル先輩ですか?…全バレです)」

私の言葉にマリーさんの目は丸くなった。

「(…全バレ…じゃあ、人種も性別も…?)」

「(はい。先輩には特殊な性癖のせいで男性で無いとバレました。最初は僕が白竜を害すると責められまして…なので、下手に隠して詮索されるよりも、一か八かで打ち明けたんです。そしたら味方になって頂けたので…)」

「(待って?色々疑問が…特殊な性癖ってナニ?)」

「(これ…内緒ですよ?先輩…手を見たら女性か男性かって、わかるらしいんです。気に入った手があれば、動物を可愛がるみたいに癒されるって…)」

「(…う、わぁぁー…ああ、なるほど…。なるほどね…。確かに彼は白竜の気質だわ)」

マリーさんは頭痛がすると言う感じで額を押さえた。

「え?」

「(あ、ナンデモない。それで?…彼の話、giraffe病のって本当?)」

「(本当です。ナタル先輩はgiraffe病の事を調べてもらってるんです)」

「(あなたがアルカティアと知っていて?)」

「(はい。お礼は僕の払えるもので良いと。僕、アルカティア語の翻訳なら多少は出来ますので)」

「(…ふぅん…。いい?すーちゃん。安請け合いはしちゃダメだからね?下手に約束しちゃダメよ?!)」

「(え。ええ…そ、そうですね)」

「(内容がハッキリしない約束もダメよ?!)」

「(は、はい…)」

「なら良し」

マリーさんは頷いた。

「何が良しなんだ?」

うわぁ!

ギョッとして振り返れば、先生がキッチンの入り口でこちらを伺っていた。

「え。えーと…」

「メレンゲの数よ?」

マリーさんはサラリとそう言った。

「いま何か、コソコソと言って無かった?」

「いや、だって、ねぇ?お客様にお出しするお菓子の数なんて大きな声じゃ…」

「で、すよねー」

「…………」

ローズ先生は緋色の目を私達に向けている。

「はいはい。ロズ。あなた、お客様放ったらかして…」

「スレイプニル。聞きたい事がある」

マリーさんの言葉を遮ってローズ先生は私に聞いてきた。

「な、なんでしょう…?」

えー…やだ。怖いんですけど…。

「…おまえの魔法を受けて、なんでタナトスがそれを防げるんだ?」

おっと…。それか…。

「うーん…なんでですかね?」

えへ。タナトスは…だって、タナトスですよ?先生。

不思議だなーって空気で流そうとしたのに、先生は流されなかった。

「魔法は封じてあるはずだ。相殺は魔法を使って打ち消すんだよな?タナトスも自分でそう言っていただろ」

くっ!なんで余計な所に気付いちゃうのかな…!

「た、タナトスにも何でか聞きました?」

「アイツに聞いてもだんまりだ。だからおまえに聞きたい」

あ…そうですか…。ズルい。タナトス。

「僕に聞かれても。なんでかはともかく…魔法封じはあると思いますが…」

「まさか、もう薄くなってるとかはないよな?」

「…腕を見せてもらえばいいと思いますよ?」

チラッとだけ。あんまり肘に近い所はダメっす。

「すーぷーちゃん」

先生は手伝え。とリビングを真顔で示した。

「ああ…はい」

お願いしてみましょうか…。

ナタル先輩はタナトスの腕の封印に、眼鏡を…いや、目を輝かせていた。

慌てて帳面を取り出してペンで模様を書き写し出したので、勝手にカウントダウンしたら睨まれた。

いや、だって、全部書き写されたら消した分、足りないのがバレるかも知れないじゃん…。

「…にー、いーち、はい。終了ー」

タナトスの腕の袖を戻せば、ナタル先輩が眉間にシワを寄せてすごんだ。

「あぁ?おまえ…ふざけんなよ?」

「またのご利用をお待ちしてます」

侍従モードで丁寧に詫びれば、「はあぁ?」とナタル先輩。

…ガラ悪いなぁ。さっきの品行方正なキャラどこ行ったんですか?

「…と、タナトスが申しております」

「ひとっ言も発して無いだろ!」

文句を言って食い下がったが、タナトスが「うるさい」と言えば、先輩は舌打ちして引いた。

「じゃあ、また来ればいいんだろ…明日な!」

渋々ながら先輩は通う算段を取り付けている。

「ナタル。おまえ、通うつもりか?」

ローズ先生が呆れて言った。

「giraffe病のタナトスがいる。そして、そのタナトスの取り扱いが出来るコイツがいるなら通います。その価値はある。なので絶対、通います」

「おまえな…。魔導図書館にも行くんだろ?」

「はい。夕食までに戻れば良いと言われていますので。そんなわけで明日の予定を伺いたいんですが」

「………ナタル…本気か?」

先生は辟易している。

「むしろ、ここにいた方が学べそうです。先生、対抗防御法陣を行使したそうじゃないですか。見たいです。どこでやるんですか?明日もやりますか?」

「やらん」

断言に私が不満を口にする。

「えーーーー!センセー!明日も練習しましょー?!」

「だから無理だって言ってるだろ。諦めろ」

「やればできーる!」

「なんで光玉にこだわるんだ。おまえも」

「だって、そしたらもっと色んな人がケガしなくて済むじゃないですか!ネイロスみたいに魔法が使えなくたって、それがあれば魔法に引かなくて済む…」

「おい。やめろ。赤竜に魔法対抗力をつけたら、それはもう、防ぎようが無いだろうが」

私の言葉にナタル先輩がツッコんだ。

「ナタル先輩…ネイロスを丸焦げにしといて…」

「おまえな。あいつらの狂いっぷりを知らないのか?戦の血に酔って向かってくるあいつらは、生身のクセにバカみたいに頑丈で破壊力あるんだぞ?興奮して自分の骨が折れようが構わず戦う奴だっているんだからな。油断したらこっちが危ないんだよ!」

「…また、先輩。大げさな…」

いくらなんだって痛いでしょうが。

「すーぷーちゃん…おまえ、模擬戦ちゃんと見てないのか?」

え。先生までそんな…。冗談でしょ…?

「僕…戦闘とか…見てられないんです…。怖いし、嫌だ」

「すーぷーちゃん…最初はそうかも知れんが、場数を踏めば恐怖心はある程度は慣れる」

「…で、でも…慣れるのも怖いんです。今日、タナトスを本気で狙っちゃって…あれは食べ物を獲る手段でやたら滅多に命を奪う物じゃ無い。なのに…些細な言葉に本気になって…」

簡単に人を、命を奪える手段は巡り巡って己に返ってくる。便利だからと欲をかいて必要以上に乱用すれば、不幸を招く。そうデボラに教えられた。それが…まさに、自分に返って来たところをデボラに助けられたわけで…。私は本当に懲りて無いんだ…。怒りや興奮に加減や、冷静さを失ってしまう。

「なんか…怖いんです。簡単に命が奪えそうで…でも、そんなの絶対に嫌だ」

「…………」

ナタル先輩は黙って私を観察しているかのように見ていた。

「…すーぷーちゃん…」

「…ぷにぷに…大丈夫だ」

タナトスがフォローしてくれた。

「タナトス…やさ」

しいね。って言おうとしたらその前にタナトスが自信満々に言った。

「ぷにぷにのプニ魔法なら緩くて当たらない…」

「はッ?!」

はぁぁ!!断言すんな!!プニ魔法とか言うな!くそぉ!

フードを目深にかぶったタナトスが、キリッとして断言した様に、私はイラついてその黒いローブを掴んだ。

「タナトス…君、僕の事バカにしてるよね?」

さっきからわざとだよね?

タナトスはテーブルに出されたメレンゲ焼きを1つ取ると、口に入れる前に窓の外を見た。

「………白…」

「え?なに?」

メレンゲ?

すると、タナトスはメレンゲを指で弾いて部屋の奥の窓に勢いよく飛ばした。

カツッ!と音がしてメレンゲが窓に当たれば、ちょうど窓の外でこちらを伺おうとしていた人が驚いて、消えた。

「え?…誰かいる?」

庭にまで入ってくるくらいだ。呼び鈴を押さないなんて…やだ。不審者かな?

先生が席を立って外を見に行くので、付いていく。

「え?なに?誰か来たの?」

マリーさんもいそいそと付いて来た。

庭に出て見れば、窓の下にしゃがんで隠れていたのは…

「クスト…そこで何をしている…」

「あれ?クスト先輩?」

それは私服姿のクスト先輩だ。

隠れていたのが見つかったせいで顔が引きつっている。

「…せ、先生。やっぱり、すーぷーもここだったか…」

クスト先輩はうつむきながらノロノロと立ち上がった。

「なぜここに来た?まさかおまえまで許可を取ったわけじゃ無いだろ」

「え…?」

クスト先輩がローズ先生の言葉に顔をあげると、目をみはった。

私達の後ろから、遅れて出てきたナタル先輩を見たからだ。

「お!おまえ!!なんでここに?!ナタル!!」

驚愕し、声をあげるクスト先輩に、ナタル先輩は冷ややかな目で眼鏡を直した。

「コイツ、何しに来たんだ?」

邪魔だ。と言わんばかりのナタル先輩に、マリーさんが嬉しそうにその名を…呼んでしまった。

「クッピー!久し振りねぇ!」

その響きに、ナタル先輩は目を丸くしてマリーさんを見てからクスト先輩を見た。そして、激しく肩を震わせた。

「ク…クク…ハハハハハ!!ダメだ!!」

お腹を抱えて笑うナタル先輩は、普段のクールな感じと全然違う。

「わ!笑うな!!ナタル!!」

クスト先輩は憤慨してナタル先輩を指差して怒った。

「く、く…クッピーとか…!!ハハハハハ!!クッピー!?」

ナタル先輩はもう、つぼってケタケタと笑いが止まらない。

「うううう、うるさい!!マリーさん!その呼び方、やめてくれって言ったじゃないですか!!」

クスト先輩の抗議に、マリーさんは頬に手をあてて笑った。

「元気そうねぇ。あれから全然、来てくれないんだもの。叔母さん、忘れられたのかと思ったわ。クッピー」

冗談めかして言うマリーさん。ナタル先輩にいたってはもう、笑い過ぎて「ゲフォ!」と、むせている。

ま、マリーさん。その辺で…ナタル先輩、酸欠になりそうです…。

「……クスト」

先生は、一切冷静にクスト先輩に片手を出した。その何かを求める手に、クスト先輩は「え?」と先生を見上げる。

「あるんだろうな?…許可証。誰が発行した?」

その言葉に、クスト先輩は顔色が悪くなって俯いた。

「…すみません…ありません」

「無断外出か。…おまえ…ずいぶんと余裕じゃないか」

うわ。ローズ先生のお説教重圧。

「すみません…でも俺、…俺のせいで、ハートのキングが退学になったら…」

「模擬戦で他人の作戦横領に加えて無断外出も重ねるとは…再試合では自力でダブルスコアを達成したのか」

「………」

笑いを収めたナタル先輩が、眼鏡を直して嘲笑した。

「そんな訳無いでしょう?俺はキチッと叩き潰しましたよ?倍返しで。あえて拠点潰さず全滅させましたから」

「(…えー。先輩、ヒドッ。イジワル…)

ボソッと呟いた私に、ナタル先輩は「んだと?コラ」って目で私を見た。

「先生!俺が誘ったんです!コイツは悪くない!俺が罰せられるべきなんです!」

クスト先輩はローズ先生に訴えた。

「……それを判断するのはおまえじゃない」

「でも!すーぷーが退学になるなんておかしいです!俺が首謀なんです!すーぷーがやめるのは間違ってる!先生とすーぷーにそれを伝えて戻って来て欲しくて…」

「誰が退学と言った」

「学校中でそう言われてますよ!スペードのキングも、クラブのキングも…他の役持ちだって退学なんておかしいって言ってる!」

「シェダルは否定しているだろう?」

「先生や、すーぷーが戻らないんですから、シェダル先生が何言ったって皆の不満は消えないですよ!」

「…………」

あー…なんか、騒がれると戻りにくいなぁ…。

「(…僕…戻りにくいなぁ…気にしないでもらえた方が…紛れやすいのに…)」

コソッと復帰して、あれ?いつの間にかいる。って感じが良かったんだけど…。

「(おまえ、あんな作戦を立案実行させといて、何言ってんだ)」

私の隣でナタル先輩がフンッ!と鼻息を吐いて言った。小声なのはローズ先生の怒りに巻き込まれたくないからだろう。

「…クスト。シェダルの言葉をなぜ信じない?スレイプニルは退学にはならない」

「でも、いつまで経っても戻らないじゃ無いですか!」

「今は説得、調整中…だからな。名目は」

「え…名目…?」

クスト先輩はその言葉を反芻した。

「先輩。僕、今、ローズ先生と新しい光玉の練習をしてるんです」

「…は?」

「それがちょっと特殊なんで、人目が付く学校だと、その…不都合なんで、これを機に集中して練習しましょうかって事で…退学するつもりは無いですよ?」

「…え…?」

「来週には復帰予定だしな」

「……な、なんだ…それじゃ…」

クスト先輩はホッとしたようで肩の力が抜けた。

「…無駄に懲罰食らってアホか。…クッピー」

ナタル先輩は自分で言って笑いを堪えられなくて吹いた。眼鏡を押さえて私の肩に掴まって笑っている。

先輩…気に入ったんですね。それ。まぁ、私も嫌いじゃないですよ?クッピ…ぷふ。ダメだ。堪えろ。

「おまえ!!おまえこそコソコソと偵察に来るなんてふざけてんだろ!!すーぷーから離れろ!」

「お生憎様だな。俺は許可もらって出てるんだ。懲罰対象のおまえとは違うんだよ」

「はぁ?!ふざけんな!絶対、偽装だろ!」

クスト先輩がナタル先輩へ近寄れば、その腕を掴んで止めたのはローズ先生だ。

「庭先で騒ぐな。クスト。学校へ戻れ」

「先生!どうしてコイツがここにいるんですか?!コイツは黒竜じゃ無いですか!なんで俺じゃなくて、コイツが先に先生の所に!」

納得出来ない。と悲壮感に顔をしかめるクスト先輩。

「俺。おまえより優秀なんで」

勝ち誇るナタル先輩に、ローズ先生はしかめた目を向けた。

「いい加減にしろ。おまえら。勝手に押しかけてきて。誰も呼んで無い。帰れ」

ピシャリと叱る先生。

「あら。せっかく来たんだから。お昼食べていきなさいよ」

マリーさんが場違いなくらい呑気な声で笑った。

「叔母さん。これは学校の事だ。口出し無用だ」

不機嫌なローズ先生。

「私ね…ナタル君が白竜を抜けて、あなたがクッピーを連れて来てから、2人と会ってみたかったのよ。ロズ、あなたってば都合のいい時だけうちを使うんだもの。その後の話が無いまま過ごす日々が、どんなだかわかってる?」

笑顔のまま言うマリーさんの背後でなんかゴゴゴゴゴ…って不穏な空気が渦巻いたように見えた。

「それに…こういうのも何だけど、無断で出てきて今日の夕飯もらえないんじゃないの?昼まで食べ損ねたら気の毒だわ。クッピー」

え。そうなの?

「……。なんでおばさんが懲罰内容を知ってるんだ?」

不可解に眉を寄せるローズ先生。

「あら。当たったわね。昔から、ひどいイタズラをした子供は、おあずけをくうものなのよ?」

ニコニコと笑うマリーさんはご機嫌でクスト先輩を家に入るように促した。

「はいはい。立ち話ももったいないわ。みんな、お入りなさい。すーちゃん。メレンゲクッキー追加で出しましょうか」

「…すーちゃん…すーぷーが…すーちゃん…」

クスト先輩は私のあだ名のあだ名に、なにがしかの感想を持っているようだった。

「はぁ?!死神までいるし!!」

「あ!おまえ!それ、俺のだぞ!」

クスト先輩は家の中にタナトスがいる事に驚き、ナタル先輩はメレンゲを食べ続けていたであろうタナトスをとがめた。

「…………」

シャリッとメレンゲを噛む音と共に、タナトスは無言でメレンゲを食べている。

「なぁ、おい!俺の分、確保してあるんだろうな?!」

「え。ま、まぁ…」

お土産ですか?ナタル先輩。欲しがりますねぇ…。

「おい!ナタル!おまえさっきから、うちのキングに馴れ馴れしいんだよ!」

「うわぁ!」

クスト先輩。痛いです。その腕を引く力加減。よろけちゃう。

「騒ぐな。おまえら。ケンカするなら今すぐ帰れ」

ローズ先生の叱責で、口を閉じる2人。

「はいはい。座って座って。お昼にしましょう!何が良いかしら…」

マリーさんの言葉に考えれば昨日作ったポテサラとマヨネーズがある。

「ポテサラサンドとハムマヨチーズサンドで良いんじゃ無いですか?手間がかからないから、すぐに出来ますよ?」

それならマリーさんも会話に参加出来る。

「それ、いきましょう!」

彼女は嬉しそうに採用を表明した。

「どっちも好きです。いただきます」

ナタル先輩はすでにその両方の味を知っている。

「はぁ?おまえ、図々しい奴だな!」

クスト先輩がナタル先輩を非難した。

「…ぷにぷに、両方…」

タナトスがポテサラサンドとハムマヨチーズの両方を所望した。

「……(本当、黒って図々しいよな…)」

クスト先輩はさすがにタナトスには小声で呟いた。

すぐに出来るサンドイッチは手軽だけどポテサラだと満足感が増す。

「え…うっま…なにこれ?」

クスト先輩は口に入れたハムマヨチーズサンドに、その断面を凝視した。

先生と彼らが話をしているうちに、私とマリーさんはキッチンでサンドイッチを準備した。

パンにマヨネーズを多めに塗ってチーズとハムを乗せる。それをオーブンでこんがり焼けば、ハムマヨチーズの三つ巴のハーモニー。

うん、間違いない。誰が作っても安定の美味しさ。

ポテサラサンドの方は焼いたのと焼かないパンと両方。どっちも美味しい。

タナトスはポテサラも気に入っている。

「これ、なんでこんなにサッパリ?クリーム?何入ってんだ?…この黄色のはなんだ?」

クスト先輩がサンドをバラして聞いてきた。

「僕が作った玉子と酢のソースです。マッシュポテトの方にも入ってます」

「…へぇー…すーぷー、おまえ、マメだなぁ…」

「マメかどうかは別として、美味しい方が良いですよね」

ポテサラは昨日の残りだし、マヨネーズは保存もそこそこ出来るしね?

「あ。思い出した。…俺、スペードのキングからおまえに手紙を預かってたんだ」

クスト先輩が不意にそう言ってきたから、ローズ先生が反応した。

「なに?なんでだ?内容はなんだ?」

「アイティールから?」

「え。内容まではわかりません。…役持ちが集まった時に、俺が様子を見てくるって言ったら渡されました」

クスト先輩がポケットから白い上質の封筒を差し出した。

「なんだろう?」

受け取った手紙にはグリフォンの封緘がしてあった。

「すーちゃん。開封はご飯の後にしなさい」

すかさずマリーさんの指導が入る。

「は、はい」

サッとテーブルの上に手紙を置く。

「なんだ?変な要求じゃ無いだろうな?すーぷーちゃん、後で見せなさい」

「まぁ!ロズ。人様の手紙を読むなんて!」

マリーさんがとがめた。

「叔母さん。…言うけど、この相手って王族だから」

「……。すーちゃん。燃やしておしまいなさい。読む事無いわ」

「えええええ?!」

ま、マリーさん?な、なんで??

「やっだ…なんで、王族なんかが手紙よこすわけ?どこのどいつ?」

「あの…マリーさんて、王族、嫌いなんですか?」

「好きか嫌いかで言ったら、嫌い9割、まぁまぁ嫌い1割ね」

「え…それ、もう100%嫌い…」

なんで?あれ?でも…ナタル先輩も好きじゃ無かったような…?タナトスだって、ネイロスも…。

私がナタル先輩を見れば、先輩は眼鏡を押さえた。

「…王族は教会とケンカをした事があるからな。どちらかと言うと教会の一方的忌避とも言われているが。それ以外でも、王族はそれだけで横柄だ。金も持ってるしな。融資を申し出て最終的に経営を掌握して配下にする。つまり油断も鼻持ちもならない」

さすがナタル先輩。物知り。え。すごいな…王族のその手腕。さすがオケアノス人。…でも教会と仲悪い?なんで?

「なんでですか?ケンカの原因は?」

「さあな?俺より、先生の方が詳しいでしょう?色んな噂が流れたみたいですけど、結局はなんでなんですか?」

「……。現教皇様のご意向だ」

え。なにそれ?あのオヤジの個人的な理由?

「それじゃ、理由になってないと思いますけど。ずいぶんと勝手じゃないですか?」

非難がましく言葉にすれば、マリーさんは憮然として言った。

「あの教皇様を怒らせるような事をしたのよ?理由なんて、お察しよ」

えぇ…。マリーさん。何か…肩持ちますね。

「教皇様はむやみやたらに相手を排除するような人じゃない。それが、20年くらい経つ今でも王族を避けている。余程、目に余る事を王族がした。それが何かはこちらには一切、伝わっていないが…タナトスの家もそれには同調しているから、国益にも関係した事だろうとも言われている。が…宰相家はそもそも王政の廃止も言っていたから、それと一連に関係があるのかは何ともだな…」

「えぇ…そんな…。タナトスは?何か聞いてる?」

「………さぁ?」

知らんのかい。宰相の息子でしょうが。

「えぇ…アイティールは知っているのかなぁ…?」

テーブルの上の手紙を見て、あの殿下を思い出す。

「すーちゃん…まさか、王族とも交流があるの…?」

「友達です」

「え。…やめときなさい!そんなの教皇様、いい顔しないわよ?」

む…。そんなの関係無いし!

「僕が誰と友達だろうが、その人にどうこう言われる筋合いは、一切、これっぽっちも無いです」

口出しする権利なんてあるわけ無い。

「すーちゃん…」

マリーさんは困った様子だった。

「いや、おまえ…付き合う相手は選んだ方がいいぞ?王族なんかとつるんでたら、最初は良いつもりがいつの間にか酷使されるからな」

ナタル先輩が冷ややかに言って来た。

「そんな事…」

アイティールは努力を続けてきた。なんで皆に避けられちゃうの?

「まぁ、実際…俺にも打診が来たぞ」

ナタル先輩の言葉に一同の視線が集まる。

「ハートのキングと手を組まないか。とな」

「なんだと?」

ローズ先生が反応した。

「え?僕と?」

はて?どういう事ですか?

「アイツ…スペードのキングは、『ハートのキングの役に立つならば、こちらはその対価として卒業後の貴方の支援を約束する』と言ってきた」

「…すでに所有物にしてやがる…」

ローズ先生が忌々しく吐き捨てた。

め、女神様!ワイルドになっちゃってますよ!女神様!

「所有物…?」

「既におまえはアイツの所有物で、すーぷーの手助けをして王家の役に立つなら、卒業後のナタルにも研究費等の資金援助してやるって事だろ」

クスト先輩が考えを述べた。

「…つまり…」

「お前をエサに黒竜のキングを釣る算段だろ」

ええ?エビで鯛を釣るみたいな?

「そんな、違いますよ…」

「じゃあ、すーぷー、おまえはどう受け取る?」

「…友達の手助けをしてくれるなら、出来る協力はするよ。って事じゃ…」

ナタル先輩は呆れたような顔をこちらに向けた。

「アホか。どこの世界に莫大な研究資金を無償提供すんだよ。採算を見越しての人材募集(リクルート)だろ。…おまえは変わった光玉を惜しげもなくポンポン出してる。それを教会抜きに独占販売してみろ。それだけでもおまえは金の卵だってのに、その上、復活の法術まで使えるんだ。おまえがいれば王族は莫大な富と命の保障まで付く」

「は?!…すーぷー!おまえッ…復活の法術使えるのか?!」

クスト先輩がイスから立ち上がった。

「あー…まぁ…その…」

「そうだ。クスト。こいつが1番最初に使った法術は、復活の法術だ。ネイロスにな」

ローズ先生がクスト先輩に言った。

「はぁ?!だって!だって、治癒も、浄化も出来ないってビービー泣いてたじゃないですか?!」

うわぁぁーー…またその話…。これずっと言われ続けるの?!

私は顔を覆った。

「そうだ。クスト、座れ。…だからこいつは、あの時「なんで復活の法術は出来るのに、治癒や浄化が出来ないんだ」ってヘコんだんだ」

正確にはちょっと違うけど…先生あえてだろうな…指摘しないでおこう…。

「はぁぁ?!すーぷー!おまえ意味わかんねぇ!習得順序逆だろ?!なんなんだ?」

クスト先輩は私を見て驚愕と呆然と、色々な戸惑いを向けた。

「…まぁ、そんなハートのキングを王族が放っておくわけ無いって事だ。手放すわけないだろ」

ナタル先輩が言えばクスト先輩も、ローズ先生も顔をしかめた。

「教会無しの法術師なんて…そもそもダメだろ」

「あり得ない。絶対にダメだ。いいな。スレイプニル」

クスト先輩に続いてローズ先生は力強く否定する。

「言っとくが、俺も断ったぞ。潤沢な研究資金って餌に食いついて一生、王族の子飼いなんてゴメンだからな。それに、あいつを介さなくても、俺はお前とコンタクト取れるし。むしろ、王族は邪魔だ。だから、あいつが主導で役持ちが集まるって聞いても応じなかった」

「は?ナタル…おまえ、自分の論文で忙しいとか言って参加しなかったじゃないか!」

クスト先輩がナタル先輩を非難した。

「ああ。忙しいね。俺の論文はこいつの要望に直結するからな。王族なんかの指図は受けない。おまえらに頼らなくても、俺はこいつとすでに提携している」

「すーぷー!おまえ!なんでコイツを信用すんだよ!こいつは黒だぞ?!」

「えー…別に黒とか白とか関係無いです。人として付き合うかどうかって事で…」

「王族とつるんでるってところでおまえ全然、説得力無いからな!」

「ちょ!まるでアイティールが悪い人みたいな言い方、やめて下さい」

クスト先輩と私のやりとりに、ナタル先輩が冷静に割り込んだ。

「アイツと一緒にするな。俺は私利私欲じゃ無い」

「じゃあ何だよ?!」

「崇高な魔法研究の貢献だ。俺の論文で魔法世界を席巻させる」

「同じじゃねぇか!」

「全然違う!」

「ケンカはやめろ。騒ぐなおまえら」

ローズ先生の言葉で、おし黙る。

「…全く…それで?スレイプニル。手紙を開けろ」

先生の言葉にテーブルの上の手紙の存在を思い出す。そう言えば、皆、食事が終わっていた。

タナトスは黙ってお茶を飲んでいる。

「え、あ…はい。じゃあ…」

上質な紙の封筒。蝋で封緘されたグリフォンの印。開封すれば同じく上質な便箋が3枚…そこに書かれた文字は整っていて、優雅で美しい。まるでお手本みたいだ。

本人を体現したかのような筆跡の手紙を読み進めていけば、数日会っていないアイティールがそこにいるかのような気がした。

その手紙の内容は、なんて事ない。私の光玉に驚いた事、この手紙を書いてる間もロキさんがリリスさんの手紙の返信を催促している事、クッキーが変わっていて面白い事、模擬戦で作戦決行前に私にフィールドに干渉しないように忠告を出来なかった事を悔やんでもいると言う事。それから…私がアイティールに相談なく飛び出した事に対して、なぜ相談してくれないのかと嘆いていた。それから、光玉の練習は完成しなくてもいいから早く戻って来て欲しいと言うお願いが書いてあった。

…うん。普通のお手紙ですが?

読み終えて顔をあげれば、タナトス以外の全員がこちらを注視していた。

「…で?なんて?」

クスト先輩が心配そうに聞いてきた。

「いや、別に。普通の友人に宛てた手紙ですが?」

「すーぷーちゃん、見せろ」

ローズ先生が提出を求めた。

「え。えーと…」

ちょっとその…クッキーの事とか…最初に外出した事がバレる内容がありまして…。

私が手紙を胸に抱えると、ローズ先生は目をしかめた。

「見られて不都合な何かがあるのか?なるほど。これからの指示か?」

ええ?先生、疑うなぁ…。

「い、いえ…そうじゃ無いんですけど…その…怒りません?」

私の言葉にローズ先生が私を凝視した。

「なんだ?何に対してだ」

「え。えーと…その…手紙を読んで」

ローズ先生に注目が集まる。

「それはつまり、不都合な事があるんだな」

「僕としては…その…友情ですので…」

ローズ先生はイラっとしながらも、頷いた。

「…わかった。とりあえず、見してみろ」

おずおずと手紙を差し出せば、先生は答案を採点するような雰囲気で手紙に目を通した。

「……一刻も早い復学を望む…か…」

最後の一文を音読し、先生は私に手紙を返した。

「すーぷー、俺も!」

「クスト先輩…手紙は回し読みするようなものじゃ無いです」

先輩、私のラング先輩に宛てたお礼のメモも回して読んだからな。嫌です。

「はぁ?俺はお前を心配してだぞ?!」

「クスト。おまえは人の事よりも、自分の事をまず整えろ」

ローズ先生に言われたクスト先輩に、ナタル先輩は「留年したいのか?」と嘲笑する。

「ナタル、おまえも余計な事は言うな」

ローズ先生は腕を組んだ。

「ふ…普通の手紙ですよね?べつに命令とか、指示とか書いて無いです」

アイティールからの便箋をたたんで封筒にしまった。

「…それが余計に不気味だ。まるで穴に誘い込む罠みたいで」

「えーー?そんな事無いですよ。アイティールは今まで友達がいなかったから距離感おかしい時もあるけど、普通の友達です」

「おい。こら。その距離感おかしいってなんだ?」

ナタル先輩が突っ込んできた。

「え。い、いや…別に特別な意味は…」

「言え。なんだ?」

ナタル先輩…なんでそう偉そうなんですか…。

「いや…その…アイティールって二面性があるんですよ。すごく遠い感じがすると思ったら、すごく親しい感じになったり…でも、そう言うのって彼の育ちが関係してるんだろうし…彼は友達を求めています。学校へも、勉強だけじゃ友人は得られないから行くんだって言ってたし…」

「何も、おまえじゃなくていい」

「 同感」

「異議無し」

「右に同じく」

タナトス以外の全員が意見を同じくした。

な、なんでよ…そんな…。

「…ぷにぷに…」

え?なに?

「うちに来い…」

求人(リクルート)かい。

「ダメだ。そもそも宰相家に専属法術師は要らない。必要なら教会から随時、いくらでも派遣する」

ローズ先生が拒否した。

「…枕…」

「俺が絶対に、代わりを見つけてやる。安心して永眠しろ」

ナタル先輩が注意深く毒を吐いた。

「ぷにぷに…うちに来たら…喜ぶ」

「え。僕が?なんで?」

「教会行かない…それに…たくさんある魔法書、読める」

うん?!…それ、かなり…いや、なかなか…。

「…………」

グラリと揺れる気持ちを一瞬の沈黙の間に見透かされて、ローズ先生のドスの効いた声がした。

「行かない。スレイプニルは魔法は使わない。ゆえに必要無い」

ヒィッ!す、すみませんでした!女神様!悪魔の誘いについ…!

「ぼ、僕、対防の練習しなきゃならないから、ごめん。タナトス」

「…なんだ?たいぼう?」

クスト先輩の訝しむ呟く。

あ、思わず略しちゃった。

「あ。対抗防御法陣です。略して対防」

「う…嘘だろ…対抗防御法陣って…」

クスト先輩は頭を抱えて突っ伏した。




ボンヤリとした思考で、目を開けた。ベッドに寝かされている。

「…アダム…」

わずかに呼べば、側に控えていたのだろう。すぐに青年はパンタソスの枕元に膝をついた。

「はい」

「…今…何時だ…?」

「昼過ぎまして、2時です。何か食事をお持ちします」

「礼拝堂は…礼拝堂に動きはあったか…?」

「いいえ。何もありません」

「ケビンが練習していたという時間は今時だよな…何も、無いのか…?」

「はい。わずかな変化も見逃さぬように厳命しております。報告は来ておりません」

「………。物々しくて…現れないのだろうか…失敗した…」

パンタソスは苦々しく瞑目した。

「明日は…ケビンに同じように再現させよう…私も…」

起き上がろうとして額に乗っていた濡れた布巾が落ちた。

「聖下。なぜお風邪をひかれたのか、お忘れですか?聖下がご無理をなさるからです」

パンタソスは結局、礼拝堂で一晩明かした。そして、朝には熱が出た。もちろん、アダムは止めた。見張り要員など、ここには潤沢なほどいる。わざわざ教皇その人がする仕事であるわけ無い。ちなみに礼拝堂の外ではずっと法術師が控えていた。アダムもまた然り。

「……うるさい。おまえに私の気持ちがわかるもんか」

パンタソスは拗ねた。

「聖下。水です」

アダムが布団の上に落ちた布巾を拾い、パンタソスに水の入ったグラスを差し出した。

「…モルフィネスに会わなくては…」

乾いた喉を水で潤して、パンタソスは足を動かした。

「聖下。それはお風邪が治ってからにして下さい」

手からグラスを受け取ると、パンタソスの足を掴んで、再び押し戻すアダム。

「…だが…」

「先方にもご迷惑になります」

ついでに温くなった濡れ布巾を新しい物と交換して、額に押し当ててパンタソスをベッドに押し返した。

丁寧と言えば丁寧だが、その手際の良さに強引さも感じられる。

「…アダム…おまえ…時に、力任せな時が無いか…?」

怠さに再び起き上がる気力が出ない。パンタソスはグラスをテーブルに戻すアダムに苦言を呈した。

「聖下が自重して下されば私も不敬に心を痛める事はありません。速やかな回復、復帰のためにもご自愛して頂かねば。そのために私は聖下に恨まれる事も辞さない覚悟です」

つらつらと語られる物言いは丁寧だ。が、気持ちは今ひとつこもっていない。

つまり、意訳すれば「駄々をこねずに大人しく寝てろ」。

「…ああ、そう…」

法術でも病気は治せない。治すには寝ているしか無い。

パンタソスは焦る気持ちと朦朧とする意識に、アダムが部屋を出た先の側用人にスープを用意するように告げた声を聞いた。




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