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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
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第39章 そういう気持ちが大事なんじゃ無いかな…?

夢の中で、スマホを見ていたら何気に良いアイデアを知った。

卵白を泡立てるのに…茶こしが良い!…って、それだけなんだけど。いや、大変なんだもん。それ以外にも泡立てるコツがあった。

夢の中の日本という国は今日も平穏だ。

何だかんだニュースは不穏を伝えているけど…概ね平和だ。そして時間が立つのが早い。

…思ったんだけど、便利な分、出来る事が多いんだよね。出来る事が多いって事は、豊かなんだけど追い立てられるスピードも早いんだ。科学で仕事の効率化をはかったら、全体の仕事量が増えている。

あっちの世界じゃ、相手に連絡を取りたい場合は手紙しか無い。いや、ごく少数には魔法でやり取り

している所もあるのかも知れないけど。

目まぐるしい生活。いつでも誰とでも繋がる社会は、だからこそ孤独が深い。

個人の自由が尊重されると、皆、自分の孤独を埋めるのに必死だ。家族が揃っても皆、別々の端末を見ている。

…先生とチェスで大負けして、マリーさんが刺繍しながら応援してくれて、犬のボジャーがあくびをするあの空間は…あの世界ではごく普通の事なのに。

そんな夢の後に…目覚めて思う事。

「…………」

まず、寝起きでもわかる。寝床が狭い。そして、目の前が黒い。暗いんじゃ無い。黒い。

…黒ローブ(タナトス)じゃん!

これ、いつまで続くんだろ?まさか一生って事は無いよね?…いやいや、流石に。タナトスにだって、婚約者がいるわけだし?枕だなんだとこんな添い寝してらんないっての。そもそも、タナトスもどうするつもりなんだろ。これから代替品が無いと困るはずだ。

チラリと本体の上…顔を見上げると、タナトスは青白い顔で寝ていた。

「………」

陽の光を嫌うように、いつも黒いローブのフードを目深にかぶり、死神と呼ばれるほど不穏な空気をまとっている彼だが、寝ている時は普通の青年だ。青白い顔に目の下には黒いクマがある。やつれた頬には男性の輪郭がハッキリと目立つし、ヒゲは全然無いけど、首もしっかりしてるし、喉仏だってあるし、なんて言うか全体的にしっかりしてると言うか、ガッチリしてると言うか…。

眠れない病気を思えば、あえて考え無いようにしてるんだけど…コレ、やっぱり間違いな気が…いや、ちょっと意識すんのやめよう。なんか意識したらえらい事になりそう…。

気付きかけた何かに慌てて蓋して、意識をそらそうと目をそらした。

いや、そもそも、もう起きよう。なまじ意識があるから変な事を考えるんじゃ無いの?

くるりと身をよじり、ベッドから起き上がろうとした時、夜着の背中を掴まれた。

「…あ。タナトス…」

振り返れば、タナトスのフードの奥から眠そうにしている薄目が見えた。

「…………」

「お、おはよう」

「…………」

あれ。これ、タナトス起きる気無いんじゃ無いの?

ググッと重力に引っ張られ夜着を掴むタナトスの腕が下がった。眠くて腕が落ちてるのに掴んだ物を離す気は無いらしい。

「いや、ちょっと、タナトス。離して?襟が…首締まるんですけど」

引っ張らないでちょうだい。

「…………」

聞いてる?ちょっと。

身をよじって振り払おうとすると、逆に掻き寄せられてカエルに捕食されたコオロギみたいにベッドに逆戻りだ。

なんてこった…違う。起きるんだ。私は。

再び身を起こそうとした時、背後のタナトスに引っ張られて襟足が空いた部分を撫でられた。

ええ?!…あ。そこ、タナトス噛んだ場所じゃない?!

「え、まさかアザになってる?」

自分じゃ見えないんだけど。どうなってんの?

タナトスは無言で撫でるのをやめると、顔を近付けた気配がした。

「ちょっ…!」

さすがにまた噛まれたらたまらない。

慌てて逃げようとすれば、ぎゅうと抱え込まれた。

「…枕…眠れる…」

後ろで寝言のように呟いて、はぁー…とため息を吐くタナトス。

え。…これ、嗅がれました?今。

いや…いやいやいやいや。ちょっと!ちょっと?タナトスさん。自分、人間です。噛んだり、嗅いだり、引っ張ったりしちゃダメでしょ!

「タナトス…僕を所有物のように扱うのはやめてもらえないだろうか…」

後ろから抱えられたまま冷静に抗議すれば、背後のタナトスはちゃんと返事をした。

「…枕、スペア無い。眠れる枕…渡せない」

すぐ背後でボソボソ言わないで。息がかかってぞわぞわするから。

「…いや、実際、そうもいかないでしょう。タナトス。僕もずっとこうして君に付き合うわけにはいかないんだよ?早く、違うの見つけないと…僕の人権が危うい」

言い聞かせるように背後のタナトスに言えば、冷房でも入れたみたいに空気がスー…と冷えていった。

え…?この部屋、いや、世界にエアコンなんて無いでしょ?これ、なんの冷気?

背後から力が抜けた。まるで親を見失った子供のような焦燥感と悲壮感がひしひしと感じられて、気になって向き直った。

タナトスはフードを目深にかぶったまま沈黙していた。

「…タナトス?」

「…眠れない辛さがわかるか」

わずかに呟いたその言葉は短くて、無機質だったけど、たったそれだけで苦悩と苦痛が伝わって、ハッとした。

「ご、ごめん。別にそんなつもりじゃ…」

慌てて謝った。けど、タナトスの空気は変わらない。

「……………」

「ごめんね。…タナトス?…怒ってる?」

無言で無表情のタナトスはわかりにくいけど、空気感が変わってない所を見ると機嫌が直って無いな。

えー…これ、詫びポテチが必要かなぁ…?

作るには時間が必要だ。果たしてその余裕があるだろうか?

「…背中…」

ポツリとタナトスが言った。

「え?背中?…どしたの?」

「…撫でる…」

撫でる?ああ。背中を撫でろって?…なんだ。それで良いなら任しといて。

「良いよ。じゃあ、背中こっち向けて」

タナトスは肩より背中が凝るタイプ?…っていうかさ、ベッドが狭いからだと思うんだけどね?

「…………」

え。動かないんですけど?背中向けてくれなきゃ。うつ伏せか?

「…え。うつ伏せで本格的に揉めって事?」

指圧しろと?

「…背中…撫でる…」

タナトスは動かないまま、要望を口にする。

どうしろと?あ。起きてって事?寝ながらじゃね、たしかにね。

「……え。いや、起きれないんだけどタナトス」

離してくれ。

「……このままでいい」

「…………」

いや、今度は私が沈黙した。

何?つまりこのまま背中撫でろって?

「いや、タナトス…この位置だと僕、手…届かないから」

君、子供じゃ無いんだから。自分の体格考えて?向き合って背中撫でるってさ、それ、もう抱擁(ハグ)だよね?

「……。撫でるまで、寝る」

ちょーーとぉ?!それは無し!

「…タナトス…その選択肢は無いから」

また、マリーさんが騒ぐよ?!先生とだって予定あるし!

「じゃあ、背中…ぷにぷに、良いと言った」

クッ…なんて奴だ!!

もう、こうなったらさっさとサクッと終わらせた方が良い。それはそうだ。長期化すると不毛だ。

でも…なんて言うか…その…すごく…気持ち的に…

やりにくい!

結果的に同じでも…勝手にされた。のと、自主的にする。のには、ひどく違うし、抵抗感がある。

持ち上げた腕がためらいに揺れる。しかもタナトスが黙って待ってるから余計に。

…そうだ!

「…タナトス。あのさ…背中痛いなーって言ってくれる?」

「…なぜ…?」

「僕がやりやすいから」

「……。背中、痛い…な」

棒読み。

子供だってもっとうまく言えるだろうに。でも、やりやすさは上がった。

腕を伸ばしてタナトスの背中を撫でる事が出来た。

「…この辺?」

「もっと上…」

ああ、はい。上…まぁ、ここ背中って言うか腰だもんね。

「この辺?」

タナトスが腕をあげてくれたから、身を詰めて腕の下から背中に手を伸ばす。

「もう少し…右…逆」

もっとー?あ。こっちか。

タナトスの背中で言ういい位置を探していると、ようやく目当ての場所に当たったようで、タナトスは満足そうに息を吐いた。

ここは…肩甲骨も間くらいかな。ちょうど、自分じゃあんまり届かない所だよね。

よしよーし。と調子乗って撫でていると、タナトスが抱え込んできた。

「枕…不満ない」

…あ。そう。

「いや、僕は不満なんだけど…なんでわざわざやり難い態勢で…」

これ、やっぱり完全に抱擁(ハグ)だよね。

「枕の方から寄って来た…」

ちょーーーとぉ?!違うよね?違うから!

「タナトスー!…ふざけて無いで。もう良いでしょ」

「まだ。…背中、痛いな…」

下手くそ過ぎる。その棒セリフ。あまりに下手くそ過ぎて笑えるよ!

やけくそで背中を撫でれば、タナトスが私の首の後ろを撫でた。

む。あ、これは…いや、確かに。人にさすってもらうと気持ちいいかも知れない。

いや、騙されるな。私。そこは昨日、タナトスが噛んだ場所でしょうが!

気にするんなら噛まなきゃ良いのに。噛んだ?いや…噛んだのか、つねったのか知らないけど!

「もー良いんじゃ無いかなー?タナトスー」

飽きてきたよー。

「……位置完璧(ベストポジション)

そう呟いてタナトスは満足そうに息を吐いて沈黙した。これは…二度寝する気だ。

オイ!!なんでだ!!そうはいかないよ!!

私はタナトスの力が抜けたのを見計らって、身をよじりベッドから出た。

「…逃げた…枕…」

タナトスはガッカリしながら、私が抜けた場所にパタリと腕をおろした。


「いや、だから…そんなに目くじら立てる事無いだろ…」

「ロズ。私はね!そもそも反対よ?!」

朝一…廊下に出れば、下からマリーさんと先生の声がした。

「おはようございます…あの…どうかし」

ましたか?と聞こうとした所でマリーさんが飛んで来た。

「すーちゃん!大丈夫だった?!」

階段を降りてすぐ、マリーさんは心配そうに聞いてくる。

「…何を…でしょうか?」

「あの人!すーちゃんの部屋に行ったんでしょ?!」

あの人?…ああ、タナトスね。

「…叔母さん。タナトスは言っても聞かないぞ。むしろ危ないから近付くな」

ダイニングテーブルに座り、ローズ先生は新聞を広げている。

「ちょっと!なんで危ない人とすーちゃんが同じ部屋で良いわけ?!」

ガルル…とマリーさんは噛み付く勢いだ。

「ま、マリーさん…タナトスでしたら、慣れてますから大丈夫です」

「すーちゃん!慣れちゃダメだから!」

マリーさんは私の手を取って首を横に振った。

「狭いのが難点ですけど、タナトスは眠りたいだけで…」

のはず。くっ付いてくるのも、近い方が眠れるっぽい。感覚的に人間というより枕扱いされてるのわかるし…。そう思うと失礼だな!

「…あぁ…神さま…なんでこんな事に…すーちゃんは…すーちゃんなのに…」

マリーさんは不思議な言い回しで嘆いた。

「…叔母さん、そんな事より…朝食を頼みたいんだけど」

ローズ先生は、取るに足らない。と新聞に目を落としてマリーさんを促すと、マリーさんは私の手を取ったままローズ先生を睨んで「(この節穴がッ…いずれ後悔するがいい!)」と呪いの言葉のような口調でローズ先生を密かになじった。

ま、マリーさん…心配かけてすみません。私は元気です。あ。…でも…

「マリーさん。僕、先生の後見人になってもらって…迷惑かける事になるかと…」

「なぁに?そんな事?…いいのよ。そんなの。むしろ、私は良かったと思ってるんだから」

「…でも…僕…」

「すーちゃん。これは縁よ。あなたは来るべくしてここに来たんだって思うの。あなたもいずれそう思う時があると思うのよね。さぁ、顔洗って来なさい」

マリーさんは笑ってそう言うとキッチンに去って行った。

「………」

来るべくして?…本当かな…。いや、マリーさんの気遣いなんじゃ…。

視線を感じて目を向けたら、スッピンの先生が新聞ではなく、こっちを見ていた。

おっと…マズい。解散。解散。



カタカタと馬車は進む。麗しの女神様に、死神も乗せて。

白ローブは仕法で仕上げて乾いたけど、やっぱり靴は湿っている。という事で靴下はやめた。なんか余計に気持ち悪くなりそうだから。

昨日拾った指輪をいじりながら馬車の中の時間を潰す。

「…すーぷーちゃん」

「はい?」

「叔母さんは、なんであんな事を言ったと思う…?」

あんな事?

「…え。何の話ですか…?」

「来るべくして来た。…まるで以前からおまえの事を知っているかのように」

え、えーと…!

「僕にもちょっと…。マリーさんの気遣いじゃないでしょうか…?」

「………変わった人だが、ここ最近は特におかしいんだよな…」

そ、そうですか…。

「僕、とてもかわいがってもらってますから」

えへ。と笑ってごまかそうとすれば、先生は目をしかめた。

「……その社交性を発揮する所を間違えるなよ」

「それは僕には何とも」

フイッと目を逸らした。

教皇サマには死んでもイヤです。

「おまえな…」

先生が馬車内でお説教しそうになったので、私は話題を変える事にした。

「ところで、この指輪。どちらに持って行くんですか?」

「騎士団の庶務部だな。取得物として届けよう」

騎士団?…警察みたいな感じなのかな?

「へぇ…すぐ見つかるといいけどな。どっちが探してますかね」

探しているのが男性か女性かで、また事情が見えてきそうな気もする。

気軽に想像して指輪を指に抜き差ししながらもて遊べば、先生は私の手を掴んだ。

「結婚指輪で遊ぶな。おまえにとっては取るに足らない物でも、当人にとっては大事な物だ」

緋色の目で真剣に注意されれば、気まずかった。

「…す、すみません…」

たしかに。そうでした…。

私の指から指輪を抜いて、先生は自分のポケットに入れた。

捨てたってのも私の勝手な妄想で、本当に落としてしまって超探しているかも知れない。

旦那さんに無くしたと言いづらいだろうし、泣きながら必死に探している持ち主の女性がいるとしたら…ものすごく申し訳なかったな…。そう、結婚指輪だし…。他人の指に、はめられたくも無いだろう。

…ああ、自分ってなんて嫌な奴なんだろ…。

自己嫌悪でヘコんだ。



出来のいい奴は、少し注意するとクドクド言わなくても自分で考えて理解する。

スレイプニルは、もともとあまり小さな失敗はしない。今までの問題も、本人は悪気は一切無い。むしろ、争いや問題に自分でなんとかしようと対応した結果、規格外過ぎて更に問題になっている。

本人は目立ちたく無いと言う。しかし、やる事全てが目立っている。光玉や法術だけでなく、工作や料理に至っても、何かを作らせれば見たこともないような物を作り出す。

独創的で類を見ない発想と実現力。…それでいて、わかりやすく打たれ弱い。

イタズラが見つかり、ひどく叱られた犬のように馬車の壁に身を寄せて沈んでいるのを見ると…今回の発端のように、コイツは少し咎めただけで全否定されたごとく、ひどく落ち込む。

……本当に、扱いが難しい奴だ。

コイツの師匠は難儀しただろう。…それとも、師匠が原因でこうなったのか?

「…おまえの師匠は…どんな人だったんだ?」

そうだ。そもそも、その存在を失念していた。

「…どんな…と言われましても…」

落ち込んだスレイプニルは、力なく窓の外を眺めながら沈黙した。

「……そもそも何の師匠だったんだ?魔法師か?」

「…………答えたくありません…」

落ち込みが更に増したように見えた。

「すーぷーちゃん…」

「……………」

だんまりか。

さて…どうやったら口を割るか…母親の事は、覚えていないとは言え、すんなり話したのに…じゃあ…そうか。弟がいるって言っていたな。そっちから聞いてみるか。

「おまえ、弟がいるんだったな?」

「……………」

黒い目がぼんやりと車窓から街並みを眺めていた。

「すーぷーちゃん」

おい、聞いてんのか?

車窓を眺めながらスレイプニルがポツリと言った。

「……ロス」

その響きにビクリッ!とタナトスが肩を震わせた。

「…?…どうしたの?タナトス」

隣のタナトスの様子にスレイプニルが目を向けた。

「……………」

タナトスは無言だが、警戒しているような気配もある。

そう言えば、タナトスは白竜全員が集まる時にスレイプニルのその言葉で殺気を収めた時があったな。

「…ロスか」

『ロズ…聞いてるの?』

思い出される記憶。

響きが似ていて、こっちとしても落ち着かない。

「…それ…やめろ」

タナトスがボソリと言った。

「…え。…ロスの事?」

スレイプニルが再びその名を口にすると、タナトスは口を引き結び、嫌なものでも聞いたように身を固くした。

なんだ?タナトスは、なんでこんな反応をするんだ?と言うか、コイツでも苦手に思う事があるんだな。意味がわからんが。

「タナトス?大丈夫?…ねぇ、なんで嫌なの?ロ…ムグ!」

スレイプニルがタナトスに再び問いかけた時、タナトスはスレイプニルの口を手で押さえて強制的に黙らせた。

「…言うな」

「うむむ〜」

意外だった。

タナトスでもそんな事するんだな。

面食らったスレイプニルがタナトスの手を退かそうと身動ぐと、タナトスはスレイプニルの口を押さえたまま、ヒョイと膝に乗せて抱えると、そのまま枕のように抱きこんだ。

「ムググー」

スレイプニルは手出し出来ず不満そうだ。

まぁ、そりゃそうだよな。子供扱いっていうか…完全に枕扱いだもんな。

黒いローブのタナトスが、白いローブのスレイプニルを抱え込む様は、死神と揶揄されるタナトスの雰囲気も相まって、取り憑かれているようで…縁起のいい感じは全くしないが…。

『不思議って言うか、不気味。縁起が悪い。それじゃ、まるですーぷーちゃんの死神みたいじゃ無い。そんなのと、あんなに仲が良くてさ!』

叔母があれこれ心配するのも、わからなくもないな。

医務室やここでスレイプニルとじゃれあってるのを見ると、タナトスも十代の青年で人間らしさを感じる。

あのタナトスですら嫌な事や苦手な事はあるのかと思うと、少しホッとした。嫌な理由は全くわからんが。

だが、こんなんじゃタナトスがいる時に弟の話を聞く事が出来ないな…。



「はい。次の者…入って」

前の者の書類にサインをして、助手が次の順番を促せば扉を開けて視界に白い影が歩み出た。

顔をあげて相手を確認しようとしてして、戸惑った。

美女…いや、女?…違うよな?いや、でも化粧してるし…やっぱり美女か…背がデカイが。

「取得物を届けたい」

うお!!声、男だ!!コイツ、やっぱり男じゃないか!!なんでそんな格好…法術師…?

「先生ー。これ終わったら海岸ですよね?」

しかも、ガキ連れ…ん?

「教会に寄ってからな」

「えーーー!!またですかぁ?!」

不満を口にする少年の目は黒だ。紛れも無い。最重要捜索人!

机を立ってその少年の腕を掴んだ。

「え?…」

驚きに目を丸くして見上げる色は間違いない。これが黒でないなら他に誰が当てはまる?

「捕縛する!」

「へっ?!…な、なんで?!」

動揺する少年に、傍の法術師が間に入った。

「どう言う事ですか?離して下さい」

こいつの知人か?

「黒い目の者を捕縛せよと手配が出ている。この者はそれに該当する」

ギョッとする少年は腰を落として逃げようとしたから、腕を引き上げて阻止した。

「うわ!痛!」

「待て!その者は…!」

赤毛の男が制止するのを構わず仲間を呼ぼうとすれば、首に冷たい感覚と背後に殺気が駆け巡った。

『…死ぬか』

ゾワリと総毛立った。尋常で無い殺気。恐ろしさで声が出ない。

「…タナトス。やめろ。誤解だ。あなたも、その者を離しなさい。でないと、背後の者はあなたの首を落とすのになんの躊躇も無い。さすがに首を落とされれば復活は出来ない」

赤毛の男は冷静にそう言った。

首の冷たい感覚がチリっと熱くなった。皮膚を刃が滑ろうとしている。

慌てて少年の腕を話して両手をあげた。

「…はぁー…びっくりした…イタ」

腕をさすって少年は息を吐いた。だが、首の刃はそのままだ。

「お、おい…離したぞ。下ろしてくれ」

俺の訴えに、少年がその黒い目で俺の背後を見て「タナトス…大丈夫だよ」と声をかけた。

「…枕を奪う奴…殺す」

そう言いながら、首の感触と殺気は消えた。首を押さえると、わずかに血が出ていた。

「あ、…治します」

おずおずと進み出ようとする少年を遮って、女装の男…法術師が治癒した。

そうだ、法術師だ。こっちの少年も…白い衣を着ている。では、背後の男は…?

さりげなく背後を見れば、フードを目深にかぶった黒い死神がこちらの様子を伺っていて、その異様な雰囲気に思わず身を引いた。

わかる…こいつ…魔法師の見た目だが、剣技においてもかなりの達人だ。

「…私達は見ての通り、教会の法術師だ。その後ろの者は違うが…今日は取得物を届けに来た。そして、この者は教会の登録を得ている。手配人とは違う。スレイプニル、登録票を」

赤毛の男に促され、少年は首からシャリンと金属の音を立てて白銀の札を取り出した。

それを改めようと近付けば、背後から不穏な殺気を感じて思わず振り返る。黒い死神はジッとこちらを伺っているようだ。下手な事をすれば、やられる…。

騎士として鍛錬していたからわかる。こいつは只者じゃない。気配もなく背後を取られた事にも衝撃だったが、きちんと対峙したところで勝てる気がしない…どこの者だ?こんな手練れ…何者だ?!

慎重に少年の白銀の札を改めれば、確かに教会からの登録票だ。

手配は教会から発行されているのを考えれば、手配人が登録票を持つ事は考えにくい。だが…

「…念のため、照会するがいいか?」

「構わない。私の登録票も改めるか?」

そう言って、赤毛の男が腰からチェーンの付いた登録票を出した。

そこに刻まれた文言に驚いた。慌てて跪いて拝礼する。

「失礼しました!」

なぜ、こんなところに?!来るなんて一言も聞いていない!

「…取得物を受け取って欲しいんだが」

頭上からする声に、頭を上げれば白銀の指輪が光った。



「あー…びっくりした…こんなに怖い所だなんて聞いてません」

一足先に建物を出ていたスレイプニルは不満そうに息を吐いた。

「あんな事、そうそう無い。おまえのその目の色のせいで人違いにもあうとはな…登録票が無かったら拘留されてたぞ」

黒い目の捜索人は未だに見付かっていないようだ。

「…僕、二度とここには近付きたく無いです」

自らの腕を抱えて、待たせていた馬車にそそくさと逃げ込むスレイプニル。

馬車が走り出すまで落ち着かないような様子でタナトスの影に隠れていた。

「捜索手配人か…一体、何をしたんだろうな?」

揺れる馬車内。騎士団の詰め所から渡された手配書を見て、何気なく言えばスレイプニルは車窓に目を移した。

「…さぁ。なんですかね」

《16才。漆黒の両目。女性もしくは小柄な青年。特殊な能力を有する為、見かけ次第、即刻必ず通報する事。また、情報提供者には下記の報奨金。ただし、身柄は丁重に扱う事。わずかでも害した場合には厳罰とする》

書かれた短い文面に疑問が残る。

女性もしくは小柄な青年ってなんだ?女なのか?男なのか?…情報が少な過ぎる。その他の特徴…出身地も、罪状も、髪の色も人種も書かれていない。いや、黒い両目という事は混血なんだろうが…。

こんな適当な手配書で見つかるのか?

そのわりには報奨金や手配指数がやたらと高い。

車窓を眺める横顔の黒い目を見れば、あの騎士が間違えるのも無理ないだろう。手配書に酷似している。

手配をしている教皇様自身が、スレイプニルに直接会い、良く似ていると言ったくらいだから仕方ない。

混血の者をなぜ探しているのか、それは何者なのかと尋ねても、教皇様は言葉を濁した。だが、宝珠の発見以前から教皇様は捜索にかなり労力を割いているようだ。

「大々的に探しているわりには…見つからないようだな」

「…もう…死んでるんじゃ無いですか?」

サラッと言ったスレイプニルの言葉に険を感じる。

「…おまえは時に、無情な事を言うな」

チェスの駒に生死を想像して嫌がるくせに、なんなんだ。

「…そうですか?…いずれにせよ、僕は関わりたく無いので…早く終わらないかと思ってます」

迷惑そうにそう言って、スレイプニルは再び窓の外を眺めた。



教会に到着すれば、門前で警備の騎士に警戒された。

私やローズ先生では無く…タナトスが。

「…先生、タナトスはダメですか?」

「すまないなタナトス。ここからは法術師だけだ。そこらで時間を潰していてくれないか?」

先生はタナトスに一人で残るように指示をした。

「えー。タナトスだって教会の中、見たいよね?」

黒いローブのタナトスは、仲間はずれをさして気にしていないようで、あっさりと言った。

「…別に」

「ほら。先生、タナトスだって見たいんです」

「いや、おまえ…今、本人が興味無いって言っただろうが」

先生は呆れていた。

「興味が無い。とは言っていません。別に。って言ったんです」

タナトスの強がりかも知れないじゃないですか!可能性は低くても。

「興味があろうがなかろうが、ここから先は法術師だけと決まっているんだ」

「えぇー…じゃあ、僕も外で待ちます」

私の主張に先生は緋色の目をしかめた。

「ダメだ。おまえは一緒に来い」

「なんでですかー」

「いいから来い」

襟首を掴まれて先生に強制的に連行される私。

「あぁ…。た、タナトスー。大人しく待ってて…あれ?いない」

振り返れば、たった今までそこにいたタナトスは影も形もなく消えていた。

う、裏切り者ー。

教会の中も何回めかなぁ…。出来ればあんまり来たく無いんだよなぁ…。

それこそ、さっきの騎士団の詰め所で、制服姿のいかつい男に捕まった時を思い起こせば身が縮む。

ここでバレたらいつでも逃げられるように経路は押さえておこう。

…まぁ、超速移動が使えるから心配はしてないけど…。

教会内部を歩いていると、すぐに早歩きで1人の法術師の青年が出迎えに来た。

「ローゼフォン様、お目にかかれて光栄です。ご案内致します」

ローズ先生にキチンと拝礼する青年は見たことない人だった。

はぁ。ローゼフォン様…。先生ってさっきの詰所でもさ、態度変えられてたよね。

「…今日もクロムは随行か?」

「…いえ。休暇中です」

「そうか…」

「…早速ですが、ベガ様がお戻りの際にはお会いしたいと申しておりました」

「ベガ様が?何用かわかるか?」

「存じません」

「そうか。…スレイプニル」

呼ばれて背後に隠れていた所から少し前に出た。

「おまえはまた…フードなんかかぶるな」

嫌です。知らない人にはなるべく面割れしたくないんで。

私はサッと避けた。

「…おまえな…。図書室で待て。場所はわかるな?」

先生は構っている時間は無い。と、そのまま私に指示した。

願っても無い。むしろ教会ではそこしか魅力が無い。私はコクコクと頷いた。

先生は教会の法術師の青年と共に去って行った。

さてと、図書室に行こう。

やたらと広い教会の廊下。大木のような太い石材の柱が何本も立ち並び高い天井を支えている。反対側には採光の為に大きな窓が何枚も連なっていて…荘厳ではある。

まぁ…神聖な場所なんでしょうけど…こんなに天井高くて廊下が広いと寒いだろな…。

全てが石造りだし…暖房効率めちゃくちゃ悪そう…って言うか、そもそも暖房なんか無いけど。

とは言え、ここは1階の吹き抜けだからもある。先生たちの去った方向とは別の方向にある階段を上がり、図書室を目指した時…遠くからまた、あの歌が聞こえた。

「(…あ。ケビン…どうしてるかな?)」

階段の踊り場で足を止め、あの礼拝堂の方向へ歌に吸い寄せられるように向かった。

歌が朗々と響く礼拝堂を覗く。

ステンドグラスの七色の光が礼拝堂の床を照らしている。そこに一人…真っ白なローブを着た少年が無心で歌っている。

あ。ここから、サビの部分。

見回せば周囲には人の気配は無い。

ケビンの声に合わせて歌えば、ケビンは私を探して周囲を見渡す。

お疲れ様ケビン。今日も練習?偉いね!

気安い気持ちで歩み出れば、ケビンの顔はほころんだ。

一緒に歌えば挨拶してるような感じになった。

最後まで2人で歌えば、礼拝堂に歌声が響いて溶け合って消えた。

「やっぱり、夢じゃなかった!ねぇ、君は確かにいたんだ!」

ケビンは嬉しそうに私を見て言った。

「え。僕が夢?…なんで?」

「だって…突然現れて消えたから…」

ああ…まぁ、確かに。ケビンにはそう見えたかも知れない。

「そっか…。まぁ、僕はどっちだって良いよ」

「ボクは夢じゃない方がいい!」

ケビンの言葉勢いに驚いた。

「そ、そう?…なんで?」

ケビンは俯いて不安を口にした。

「ボク…独唱が心配なんだ…」

「独唱?…発表会か何か?」

「知らないの?…今度の宝珠の記念式典でだよ」

へぇー。そんなのがあるのか。

「ケビンは自信無いの?」

「うん…。ボク…緊張しちゃうんだ…」

あー…まぁ、わからなくも無い。

「そっか…まぁ、そうだよね。緊張するよ。うん」

「君も?」

「うん。そりゃそうだよ。だから、最初はまともにお客さんを見ないようにしてる」

「…そんな事、出来ないよ。正面見て歌わないといけないし…」

「最初だけね。視野をボカすんだ。顔は向けても目線は遠くを見る。それか、もう見ない」

「え…どうやって…?」

「慣れた人だけ見るんだ。そしたら、そのうち落ち着いてきて周囲なんて気にならないようになる」

「……ホントに?」

「うん。少なくとも僕はね」

「……そうなんだ…」

不安そうなケビンは俯いた。

「…ねぇ、ケビンは…歌うの好き?」

「え…わかんない…。でも、上手だって褒めてくれるから…」

「うん。嬉しいよね。歌を歌う事で誰かが喜んでくれたり、元気になってくれたり…こうして一緒に歌う事で楽しかったり…」

「……」

「そういう気持ちが大事なんじゃ無いかな…?」

「…気持ち…?」

「うん。嬉しいな。って気持ちや、楽しいな。っていう気持ち。頑張って。とか、そういう気持ちって伝わるものだよ」

「…歌うだけで?」

「うん。そう。…人だけじゃ無いよ。楽しいと、精霊もつられて遊ぶんだ」

「…精霊?」

「そう。見てみる?」

ケビンはコクリと頷いた。

私は選曲を考えた。何にしよう?楽しい曲?あんまり大衆な歌もここではマズイ気もするし…

「…ぷにぷに」

「うひゃぁ!!」

いきなり背後からタナトスの声がして驚いた。

え?!なんで?!

振り返れば、本当にいた。黒ローブ。タナトスだ。

「うわぁ!!オバケ!!神さま!!」

ケビンが怯えて腰を抜かした。

「た、タナトス?!…どうして?なんで?どうやって?!」

あまりに神出鬼没過ぎて質問攻めになっちゃった。

「…これ、見つけた」

タナトスはその手に大きな白いボールを抱えていた。

「え。…なにソレ…?」

どっから持ってきたの?って言うか、許可取ったの?どこから入ったの?

「…置いてあった」

「……………」

あ、ああ、そう…。タナトスもこれがなんだか知らないんじゃないの…?

それは、白くて光の加減で虹色にも変わって、ツルツルしていて、良く見てると、たまに光が波のように表面を走って見えた。

え。どうなってんの?これ?

「……なんか…キレイだけど…お高いんじゃ無いの?コレ」

「…さぁ…?」

え。ちょっと…本当にどっから持って来た。その辺に転がってる感じには見えない無いんだけど!

「タナトス…。元の場所に返してきなさい」

今すぐに。速やかに。元どおりにね?

「………」

タナトスは素直にそれを持って礼拝堂の出入り口に進んだ。

…って言うか…タナトス…その…めちゃくちゃ教会には不釣り合いな黒ローブだけど…目立つよね…?

なんで騒ぎにならなかったんだろう…。魔法でも使ったのかな?…ま、いいや。

「ケビン、大丈夫だよ。何でも無いから」

腰を抜かしたケビンは、それでも怯えていた。

「あー…じゃあ、気晴らしに」

私はムーンボウで歌う歌…《月の光、星の夢》を歌う事にした。

『月の光に照らされ 暗い航路 虹を頼りに 記憶に埋もれた 白い家で 会いましょう 』

歌い出せば、礼拝堂の空間はキレイに音が響く。

タナトスが足を止めて振り返った。そして戻って来た。

『憎しみの目を閉じさせて あなたのため 夢を歌えば 時は流れその向こうに 希望が見え始める』

音の反響を楽しんで、遠くまで響かせよう。

『 黄金の神 あなたを探して 時は巡り 星よ光れ 数多の中から 私を見つけて』

ムーンボウの演出でもあるように、法術の光の粒を散らせば、空間に集まった精霊達が光の粒を手に遊び始めた。

『月の光 星の夢 祝福の声よ響け』

歌と共に、法術の黄金の粒が乱舞してタナトスの持つ球体に触れれば、球体も呼応して光を放った。

調子が出て来たので2番も歌う。

集まった精霊はとてもご機嫌で光の粒を手にあちこちに飛び回る。

蛍の乱舞のように空間に光の粒が広がった。温かな光は精霊やその場にいた者を包む。

歌い終わった時、シンッとした空間にビキッ!とひび割れる音がした。

「…え?」

何の音?…なんか氷が割れるような…

「…ぷにぷに…」

「え。なに?タナトス」

「割れた」

はぁ?!

「な、何が?!」

「…コレ」

コレってドレだ?!

私はタナトスの元へ駆け寄り、タナトスの持つ球体を見た。

お…おぉぉぉぉ…本当だ…誰が見ても気が付くくらいにヒビが!!

タナトスの持っている球体はまるで落としたようにバッチリとひびが入っていた。

ヒィィ!!お高そうな奴じゃない?!これ?!

「た、た、たなとす…落とした…わけ…じゃない…よね?」

タナトスは平然と頷いた。

え。それじゃ、私のせいか?!いや、そんな超音波みたいなの出して無いし!!

めちゃくちゃ動揺していたら、更にビキビキッ!と音がして氷が割れるようにひびが広がった。

「え!ちょ…!待って?!なんで?!」

球体は更にひび割れて、ボコッと上の一部分が陥没した。

「わわわわわわ!!!ど、どうしよう!!なんか、くっつけるモノ!!ボンド!!」

割れた破片を集めようと、慌てて陥没した穴を覗き込めばその中に目があった。

いや、球体の中の目と、目が合った。

「…え…な…に?」

驚愕して思考が停止すれば、球体は眩しい光を放ち、粉々に砕け散った。

「…?!……な、ななな…」

何だったの?!…え?!球体は…?こ、粉々って…えぇ?!何も残って無い!!

サァーーーと血の気が下がった。

こ、壊れてしもうた…。

「…割れた」

タナトスは、さして驚きもしないようで、事実を述べた。

割れた。じゃ無いでしょうが!!なんてもん持って来たんだ!!どうすんのよ?!なんか知らないけど!!

「たたた、タナトス…マズく無い?ねぇ…!マズいんじゃ無いかな?!砕け散ったよ?!カケラすら無いんだけど?!」

「……片付け完了(クリア)

オイ!!違うでしょーがッ!!

物の見事に消去された球体に、私は頭を抱えた。

ヤバい気がする…。なんか、すごくマズい気がする…。ど、どうしよう…。

変な汗出てきた。心臓バクバクいってるし…。

「た…タナトス…さっきのって…誰のモノか、わかる…?」

「さぁ…置いてあった」

「あ…の…」

怯えた声が後ろからした。ケビンだ。

「さっきの…宝珠…じゃないかな…」

「……………」

「……………」

『数十年振りの瑞兆だ。特に白竜の宝珠は貴重で…教会では宝珠発見に沸いている』

ローズ先生のお言葉が脳内に響いた。

数十年振りの…貴重な…縁起物を…たった今、粉砕しました…。

「たたた、タナトスーーー!!なっんで持ってくるかなぁーー?!」

黒いローブを掴み、タナトスに詰め寄れば、タナトスは冷静にかつ、悪びれずに言った。

「…面白そうだったから」

面白くなぁぁぁいいい!!

「ど、どうしよう…そ、そうだ!タナトス!魔法とか無いの?!」

なんとかして!タナトスもん!!便利な魔法を出してよ!!時間を巻き戻すとか!

「……魔法封じ…」

タナトスは少し考えて、腕をさすった。

あるんか?!便利な魔法が!いや、ダメだ!それ、私が残りを浄化するまでどれくらいかかると思ってんの?!

「無理じゃん…」

詰んだ…。終わったよ…。試合終了だよ…。始まる前に。

ガクンと膝から崩れ落ちた私に、タナトスがあさってな方向を見て呟いた。

「……人が来る」

えぇ?!

「だ、誰?!いや、誰でもダメだけど!」

どうする?!知ったかぶりすれば良い?!

「…ジジィだ」

「ジジィ?…誰それ?」

「パンタソスのジジィ…他」

Nooooooぉぉぉぉぉーーーー!!!

緊急事態発生!!総員速やかに撤退されたしッ!!繰り返す!!総員速やかに撤退されたしッ!!

私の脳内に、けたたましい音でアラームと避難勧告が鳴り響いた。

あああああああーーーー!!どどどどうする?!

「タナトス!!非常事態!今から言うことを遂行して!!」

私は、動揺しながらも急いで支度してタナトスに指示を出し「以上!解散!!」と叫んで超速魔法を実行した。



少し前、パンタソスは自室で捜索報告書を入念に目を通していた。

気持ちばかりは焦るが、一向に情報は入って来ない。黒に近い目の者が捕獲され、確認に行くが、どれもが全くの別人だ。中には黒とも言えない目の者もいた。

一番酷似していた者は、士官学校にいたあのハートのキングだが、少年ながらも鍛えられた半裸の体…彼は間違いなく男だ。それは娘とは決定的に違う。むろん性格も態度も違う。

ほんの少しの手がかりすら皆無だった。

こんな事があり得るか?誰かに匿われているのか?誰だ?

王都に来たのは間違いない。…何か…見落としているのかも知れない。

たまった疲労に頭痛が鐘を打った。

かすむ目を休めようと、目を瞑りイスに深く寄りかかった時、わずかに歌が耳に触れた。

その歌に、パンタソスは目を見開いた。

アルカティア語?!そんなバカな!!

疲労のせいだと思う反面、再び歌が耳をかすめた。

『あなた…を歌えば…時は…その…希望が…始める』

歌詞すらわかる。ハッキリと、その言語が歌となって漂う。

「…聖下。今、かすかに歌が…これは」

控えの部屋からアダムも気付いて、ノックもせずに現れた。

パンタソスは部屋を飛び出した。



その歌は、聞こえた者の足や手を止めた。

賛美歌では無い。そもそもこの国の言葉ですら無い。言語はわからなかった。だが、曲調が今まで全く聞いた事の無い歌だった。

高い音域に、少年の声と思いきや…まさか。あり得ない。教会で女の声がするものか。

だが、その声は穏やかな波のように寄せては返す。風が鳴っているように、弦楽器の奏でる音のように、神の使いが祝福を届けるような歌に、誰もが沈黙して耳をすませた。

蛍虫のように風にのって漂う金色の粒を見た者もいた。



耳にわずかに触れる歌…廊下に出て音の反響具合から、その場所に当たりがついた。

そして、パンタソスは礼拝堂に近い廊下を走るわずかな一瞬、ランゲルハンス島の花の香りがした。

デボラの家…咲き誇る青紫の花に黒髪を揺らす少女の背後が容易に浮かんで、再会を疑わず、一秒でも早く、その場所へ駆け込んだ。

「ヴィナッ!!」

だが、そこには…真白いローブの少年がポツンと一人で佇んでいた。

違う!ヴィナじゃ無い!

「ヴィナッ!!」

名を呼べど、虚しく響くだけ。細かく周囲を見渡しても、隠れる場所も無い。

「どこだ?!どこだ?!どこだッ!!ヴィナ!!」

パンタソスは焦った。声が荒くなる。

早く!早く教えてくれ!ここだよと、姿を見せてくれ!!

「見たか?!見たんだろ?!」

パンタソスが余裕無く少年に詰め寄れば、少年は驚いた顔で口をパクパクさせた。

「聖下。まだ子供です。落ち着いて下さい」

アダムがパンタソスに声をかければ、パンタソスは何度も頷いた。

「あぁ…ああ、わかってる!!…どこだ!?見たんだろ?!どこにいる?!」

「……ぼ、ぼく…夢を…見ました…光と…影の。でも、消えてしまった…本当に消えたんです…」

少年は困惑して、ようやくそう言うと、涙が一筋流れた。



慌てて退避したため、教会の外に出てから気が付いた。

ローズ先生には図書室で待つように言われたんだっけ…。

「………えぇ…もう一回、入るのヤダなぁ…」

教会の敷地内…そこはもう庭と言うか公園のような場所だ。参拝なのか治癒利用なのか、訪れた人々が思い思いにベンチや芝生でくつろいでいる。

あ。犬の散歩…。ヒモ付けないのか…賢いなぁー。

かわいい小型犬がちょこちょこと飼い主の周りを付かず離れずついて歩いている。

教会を見上げれば、荘厳な雰囲気を放つ建物…白竜もそうだが、法術師の色は白だ。教会も白。緑の芝生に揺れる木々、青い空、たむろする白い鳩…そして白いユニコーンの彫像…。

「……(スレイプ、元気かな…)」

優美な姿に、アイティールの愛馬スレイプを思い出す。

「(…元気過ぎたらジャックさん達、困るだろうなぁ…)」

優秀だけど神経質で賢くて自尊心の強い馬だから世話が大変だ。ってジャックさんが苦笑していた。

それでもジャックさんはスレイプが一番好きだし、世話する事に誇りを持っているようだった。

そんな事を考えていると、不意に足元に何かが触れた気がして…見れば、犬だ。

毛並みのキレイなラブラドールみたいな犬が、私の匂いを嗅いでいた。

「あれ?…キミ、どこから来たの?」

しゃがむと大人しく私の前でおすわりした。優しい顔ではぁはぁと舌を出している。

その首には、見覚えのある鈴が付いていた。

「あれ…コレ…」

そっと手を伸ばして触れれば、人懐っこく尾を振る犬。その首の鈴がシャリンと聞き慣れた音で鳴った。

「ルーアン!」

若い男の人の呼び声に、犬が振り向いた。

駆け寄ってきた青年は…

…ん?あれ?この人…

「あ。あれ?!…ハートのキング…」

クロム先輩だ。私服でイメージ違うけど。この声、この顔。間違いない。

「先輩、こんにちは」

挨拶すれば、犬はクロム先輩の足元に付いた。

「その子…先輩の犬ですか?」

「あ。ああ、そうだ。伴侶犬の…ルーアンって名前だ」

頭を撫でられて、ルーアンは嬉しそうに目を細めた。首にかかった鈴がシャリンと鳴った。

なるほど…これが鈴の正しい利用方法なのか…。ボジャーと一緒だ。

「おまえ…1人か?」

「いいえ。ローズ先生を待ってます」

あと、タナトスも。

「そうか」

「…先輩は、あの後、大丈夫でしたか?」

あの暴力を振るった先輩の先輩に、嫌がらせとかされなかっただろうか?

「あの後…?」

クロム先輩はキョトンとした。

「あ、ああ。模擬戦の…」

え…。いえ、そうでは無くて…その後の、

「フィールドから客席全体回復なんて、俺、初めて見た。おまえ、本当に普通じゃないのな!」

……ん、んん?既視感(デジャブ)

「…あ、あの、先輩…僕が言っているのは、先輩があの意地悪そうな人に暴力を振るわれて…」

「暴力?…俺が?誰に?」

本気でキョトンとするクロム先輩に、私は不安になった。

「先輩!僕、教会で先輩にお会いして、図書室に行きましたよね?!」

「ああ。犬みたいに喜んでたよな」

犬…。いや、そうじゃなくて!

「先生に図書室で待機するように言われて、そこに意地悪な先輩が来て…」

「は?…おいおい。何言ってんだ?俺は図書室で待機はしてないだろ?様子は見に行ったが…そこにローズ先生がちょうど来てくれて、おまえ本を抱えて、これ面白いですって…」

そ、それは1回目では…?

「………先輩」

なんだろう…何か、おかしい…。

「なんだ?」

「コレなんですけど…」

私は自分の首にかかった登録票を取り出した。鈴がシャリンと音がする。

「…ハートのキング。おまえ…なんでそんなもん首に付けてるんだ?」

クロム先輩は初めて見るように目を丸くして私と鈴を見比べた。

「これは…登録票を無くさないようにです」

「いや…おまえ…それ…」

クロム先輩は戸惑いながらルーアンに視線を移した。

「犬用の鈴首輪ですよね。知ってます。僕、以前、これを先輩にお見せしたんですが、覚えて無いですか?」

「俺に?いや、そんなインパクトのある記憶、無いぞ。そんなの首にぶら下げるなよ…ハートのキングが」

クロム先輩は本気で心配した。まるで初見だったかのように。

「僕、この鈴が気に入ってるんです」

私は鈴を襟の中にしまうと、クロム先輩をジッと見た。

「な、なんだ?どうした?」

「先輩…最近、変な事、ありました?」

明らかにあの時の記憶が無くなっている。

「変な事?」

「忘れっぽくなったとか、記憶に無い事がある…とか?」

「おまえな。俺を健忘にする気か?おまえの勘違いだろうが」

クロム先輩は一蹴した。

「…ぷにぷに…」

背後からタナトスの声がして、クロム先輩はその姿に飛び退いた。

「うわ!ジョーカー!!なんでいるんだ?!どっから来た?!いつの間に?!」

「あー…タナトスとも約束してたんです」

黒いローブのタナトスはどこにいても目立つ。が、それが教会の敷地だと更に目立つ。

不吉感が半端ないのか、治癒に来た人が青い顔して「…そんな!死神が見える!ひぃ!死にたく無い!」と逃げ出した。その姿に、更に恐怖は伝染するのか、見かけた人々が悲鳴をあげて逃げていく。

「おまえな!こんなところにジョーカー連れてくんなよ!」

クロム先輩はそんな人々の様子を見て距離を置きながら文句を言った。

「えぇ…別に、タナトスだって浄化を必要とするんですから…お客さんですよ?」

あ。こういう時は患者さん…かな?

「ローズ先生もいるんだろ?!」

先輩…随分、遠くまで下がりましたね。先輩が怖がるから犬も不安そうですよ…?

「はい。今、教会に…」

「ちょっと…大人しく待ってろ?行くぞ、ルーアン」

クロム先輩は尾を振るルーアンを連れて教会に去って行った。

「………行っちゃった」

「…ぷにぷに」

「あ。タナトス。…ちゃんと元どおりに戻して来た?」

タナトスはコクリと頷いた。

あの時、私はタナトスに宝珠と言われるもののダミーを光玉で作って渡した。

慌てて作った割には再現は結構良かったと思う。それから、それでもずっと騙してもいられないから、光玉の最後も工夫した。

あれで納得してもらえないだろうか…。

「…ぷにぷに、…忘却魔法のニオイがした」

え?ナニソレ?

「どう言う事?」

「…あいつ…忘却魔法をかけられた…」

タナトスはクロム先輩が去った方向を見て言った。

ニオイ?!魔法に、においなんかするの?!って言うか、忘却魔法?!

「そんな便利なモノがッ?!え…でも、誰に?」

「…さぁ?」

タナトスでもそこまではわからないか。えー、でも、やっぱりそうなんだ!!

「クロム先輩、僕と教会で会った2回目の記憶がすっぽり無くなってたんだ…教会の人かな…?」

「…教会の法術師では無理だ」

だよね。魔法だものね…。

「…じゃあ、魔法師がやったって事?」

タナトスはコクリと頷いた。

「…範囲限定で切り取りしたのなら…かなり手慣れている。全消去の方が簡単だ」

「………え。じゃあ、タナトスも出来るの?」

タナトスはコクリと頷いた。

「い、今でも?」

再び頷く。

ええ?!タナトスもん!すごい秘密兵器持ってるんじゃん!

「そ、それ、さっきの時に使えなかったの?

「……………」

沈黙するタナトス。

「ぷにぷに、に…?」

おい。なんでだ!

「僕じゃないよ!宝珠を知っている人の記憶って事」

タナトスはため息を吐いた。

そのため息が「はぁー…やれやれ、頭の悪い子はこれだから…」って空気を感じて、カチンとくる。

「ターナートースー…元はと言えば、誰のせいであんな事になったと思ってるの?」

「…ぷにぷに」

ゴラァ!!なんだと!?

「誰の!せいだと!言ったら!タナトス!でしょうがッ!」

私はタナトスを引き倒してやろうと足をかけたり、腕を引っ張ったりした。…が、柱のようにビクともしなかった。

どうなってんの?足に根っこでも生えてるのか?

タナトスの周囲からアレコレと押したり引いたりしてみるものの…全く揺らがないのはなんでだ?

そのうち、私は諦めて、かわりに《タナトス危機一髪》みたいな感じでタナトスのどこがくすぐったいか検証する方向にした。

お腹とかどうよ?コショコショして耐えられるか?!

「スレイプニル」

あ。…ローズ先生だ。

「図書室にいろと言っただろうが。なんで勝手に外に出てるんだ」

先生は緋色の目をしかめて近付いてきた。

「え。えーと…すみません…その…タナトスが…」

色々と、しでかしてくれたもんで。

「タナトスか…クロムが慌てていたぞ。全く…クロムの休日にまで世話をやかすな」

あ。それだ!

「それなんですけど、先生、僕、不思議な事がありまして…」

忘却魔法を行使する手練れの魔法師が、教会関係者と関わりがある。そう言おうとして、先生の言葉にギクリとした。

「そうだ。不思議な事と言えば、教会で女性の声がした」

「はい?!…え。えーと…そんなワケ無いんじゃ…」

「聞こえなかったか?あの歌が…」

「いいえ!全然!!僕には全く!!」

秒で否定する。

「…おまえはいつから外にいたんだ…?」

渋面のローズ先生。私はあさってな方向を見て「…いやぁ…良い天気ですよね」と目を細めた。

「……。とにかく、教会内で女性の声がしたとなると問題だ。教会内はこれから入り口を封鎖して一斉に調査が入る事になった」

ため息を吐きながらローズ先生は説明した。

「えぇ?…それはまた…大げさな…」

「大げさでも無い。法術師が寝起きする教会内部は女人禁制だ。1人でも女性がいてみろ。法術を失いかねない」

…あ。はぁ…そ、そうですか…。

「別にー…女性がいたって何もしなきゃ良いんじゃ無いですか?…ねぇ?タナトス」

「おまえな…そんな事、言えるのも今のうちにだからな」

ローズ先生は割と真顔でそう言いきった。

今のうち…じゃあ、そのうちそう思わなくなるの?…まさか。ありえないです。

「先生も心配性ですねー。そんな飢えた獣みたいな人間はいませんって」

どんだけ発情期なんだっての。猫か。

「……(補習か)」

はっ?!先生!今、なんて?!冗談じゃないです!!

「い、いや、でも、はずみっていうか、流れって言うか、魔がさしたっていうか…そう言う事も確かにあるのが現実ですよね!僕の理想論だったな!うん!」

慌てて肯定すれば、先生はアッサリとガッカリな発言をした。

「そんなわけで、今日は海岸には行けない」

「えぇ?!なんでですか?!そっちがメインなのに!」

そんなひどし!!

「メインとは言って無い。ドーガ光玉は家でも練習出来る」

「僕の練習は家じゃ出来ないんですぅ!」

海岸で、対抗防御法陣を光玉に収める練習は?!

「諦めろ。俺も訳がわからん女のせいで仕事が増えてガッカリだ」

わ、わぁ…。す、すみません…。

「でも、先生ー…もう、いない…かも知れないじゃ無いですか。バレるような事して犯人がそこに残るなんてあります?」

先生の視線に言葉を選びながら言えば、先生は冷静に答えた。

「そもそも、どこから入ったかが不可解だ…それでも確認はしなくちゃならないだろ。看過は出来ない」

「そ、それじゃ…僕たち、どうしたらいいですか?」

「そうだな…まだ先が読めない…。もう昼だ。先に帰っていなさい」

おーう…なんと言う事でしょう…。お腹もすいてきたしな…。あ。でも…ちょうどいいんじゃない?

「わっかりました。それじゃ、失礼します」

先生に会釈して、踵を返せば、後ろから釘をさされた。

「寄り道しないで真っ直ぐ帰れよ?」

聞こえませんでした。私は聞こえませんでした。



「ぷにぷに…どこに行く?」

教会の敷地を出て、私は上を見ながら背の高い建物の裏手に回った。

タナトスが付いてくる。

「学校に寄って、ナタル先輩とコンタクトを取ろうと思うんだ。タナトスの病気の事とか色々話をする上で、決めておかないといけない事もあるし」

「…別に…必要無い」

「あるの。タナトスだって、僕がいなくてもいいように、広い寝床で眠れた方がいいでしょ」

「構わない…」

「構うの。上から近道するよ?」

私は仕法を帯びると、大きく跳躍して3階建の屋根に飛び乗った。

タナトスは苦もなくついてくる。むしろ、私よりも静かに無駄なく屋根を渡った。

ヒョイヒョイと屋根伝いに移動すれば近道だし、目立たない。

学校にはすぐに到着出来た。

「(さて…どうやってナタル先輩を呼び出そうかな…)」

他の人にバレたら騒ぎになって、またローズ先生に迷惑がかかりそうだ。

…さっきも無駄な仕事、増やしちゃったし…。

歌っただけで、こうも災いを起こすなんて…私は本当に厄災だな…。

デボラと暮らしていた時には、自分が厄災だなんて思ってもみなかった。

「ぷにぷに…どうする?」

タナトスに聞かれて我に帰った。

そうだ。感傷に浸ってたってしょうがない。

さて…ナタル先輩を呼ぶのには…?…タナトスなんか、自然じゃない?黒竜だし。

脳内で想像してみる。

ナタル先輩に対峙して呼び出すタナトス…。

『…屋上に来い』

『…なんだと?…ふざけんな』

『…死にたいか』

却下!!…ダメだ。自分で呼びに行こう。…目立たない格好で。



「…ぷにぷに」

「(ちょ、今、あんまり話しかけないで。あと、距離…)」

私は一考して、部屋から黒竜教室潜入時に使った黒いローブを引っ張り出して着込んだ。

白いローブが見えないように着込んだんだけど…タナトスが近いと、いくら黒竜同士でも不審がられる。

「(タナトス、ちょっと離れててくれない?君がいたらバレちゃうから…終わったら呼ぶよ。後で。ね)」

そう言うと、タナトスはついてこなかった。

フードを目深にかぶって真昼間の廊下を歩いていた。

どこだー。先輩、どこかなー。この時間だし、食堂かな?

ズル休みをしてるつもりは無いけど、他の生徒が堂々と廊下を行き来しているところを通るのは、後ろめたい。黒ローブだし。

食堂を覗けば、多くの生徒が思い思いの場所で昼食を取っていた。

えーと…黒、黒…3年生は窓際が多いから…あ。いた!…いたけどー…他の黒竜3年生もいるなぁー…。

じゃ…邪魔だなぁ…どうやってあそこまで行く?しかもバレずに。さりげなく。

うーーーん……あ。そうだ。



「で?…結局、その仮説は立証されたのか?」

「…いや。まだ結果が安定しない。成功率58%…」

「あー…それじゃぁなぁー。協会どころかメルセデス先生だって納得しないぞ」

「だよなぁ…。俺もそう思ってんだけど、今更、やり直しきかねぇし」

昼飯中のナタルの周囲で話をしている同級生は特別敵対しているわけでも無いし、だからと言ってナタルにとって親友という訳でも無い。ただ、同じ学年で机を並べた…それでいて、他人の知識をアテにして話を振ってくるような奴らだ。

…全く…嘆くぐらいなら1回でも多く実験すれば良い。それでもダメなら検証方法を変えろ。出来る事はあるだろうが。

とは言え、ナタルだって何も好んで嫌われる理由も無い。

ナタルは機械的に昼食を口に運んだ。

そんな事よりも、アイツだ。アルカティア人。あの最高の生態サンプルの存在を知りながら、何もできない事に不満と、日常に物足りなさまで感じてしまう。何をしたってつまらない。

白いローブを見れば、つい、探してしまう。

「だから、そこの考え方を変えてみたらどうだ?」

黒竜でも面倒見の良い同級生が助言する。

「ここを変えたら、全体的に説得力が無くなるだろ?」

話の途中で、1年生が水を持って来た。飲みかけのグラスを新しいものと交換する。

「いや、そこでその成功率を上げる事が出来るなら、そうとも言えないんじゃないか?」

1年生が奥のグラスを交換しようと腕を伸ばした時、ローブの袖がテーブルに掛からないように袖をめくった。

「……………」

その頼りない腕を見て、1年生を見た。黒いフードを目深に被ったそいつの顔を覗くように首を傾ければ、そこには黒い目が2つ…



ナタル先輩の眼鏡の奥…その緑の目が見開いた。

さすが、先輩。気が付かれましたか。この腕1本で!…さすがです。

それでこそ、特殊性癖でデボラの擬態魔法を見破っただけの事はありますよ!変た…あ、いや。何でも無い。趣味は人それぞれ。うん。

何も言わずに静かに換えのグラスをトレーに乗せて、私は厨房に引き下がった。

トレーを置いて、厨房から出ればナタル先輩がいた。

は、早過ぎないデスカ?

「おい」

「(お話したい事がありまして…)」

ナタル先輩は無言で私の手首を掴むと、問答無用で引っ張って行った。

そこは、黒竜の教室に近い部屋だ。入った事は無いが、黒竜の管轄なのはわかる。部屋の前に部屋番号と黒竜の紋章があった。

ナタル先輩は鍵を開け、遠慮もなく部屋に入ると、私の腕を引いて部屋に引き込んだ。

な、なんですか?この部屋は…不可思議なモノがいっぱい…そして、本と紙の束が…積み上がってて…散らかっているようで…あ。でも赤竜の教室のように臭くは無い。

はれ?…なんか。あれ?…う、動けない?

「…え?…あれ?」

声は出る。

「…全く…こい言う所だって言ってんだろ?」

眼鏡を直してナタル先輩は不敵に笑った。

「あ、あの…?」

首から下の感覚が無い。

何これ?え…まさか…。

「まぁ、座れ。…って、座れないか」

ナタル先輩は嬉しそうに自分だけイスに座った。

「…先輩…これって…」

「麻痺魔法」

ナヌーーー?!

「先輩!どーゆう事ですか!!コレ、やっちゃいけないやつ!」

ロキさんの侍従教育曰く!まず、女性がいる部屋に男性が入る場合、その扉は完全には閉めない!それに鍵なんて、もってのほか!さらに麻痺魔法なんてどんなゲスい行為!ダメ絶対!

「ふーん…。知ってるか?男の部屋にノコノコ素直に入ってくる女は、全て承知済みだって」

ナタル先輩は緑の目を優越感に細めた。

あっれー?これ、マズい気がする…。先輩、ドS系かなぁ…?い、いや、そうじゃなくて!

お、落ち着け…こういうのは取り乱したらダメだ…。冷静に!

「知らないです。なので、やめて下さい」

「まぁまぁ、そう言うな。加減したから口は流暢に動くだろ?それに、お前だって、模擬戦じゃ俺をだまし討ちしただろう?」

ナタル先輩は私の手をとって触った。感覚無いけど、動けないし全く落ち着かない。

「だまし討ちだなんて…」

アレは作戦のうちです。

「おまえのせいで無効とは言え、無敗に土がついただろ?どうしてくれるんだ」

手を眺め、指を1本ずつ触りながら先輩は文句を言った。

あ。やっぱり無効になったんだ…。クスト先輩のチームには悪い事しちゃったなぁ…。

「結局、無効だったなら良いじゃないですか。それにポテチで交渉成立したはずです」

内心ではめちゃくちゃビビりながらも強気で言った。

「あんなんで割に合うわけ無いだろ」

「そう言われましても…」

どうしろと。

先輩は立ち上がり、私をしげしげと眺めた。

「な…なにか…?」

ナタル先輩は私のフードを取ると、首から髪に指を入れた。首から上は感覚があるので、先輩のその指の動きに、ぞわぞわする。

「な、な、なんですか?」

さすがに動揺を隠せなかった。体はマネキンになったみたいに感覚が無いから阻止も出来ない。

せ、先輩。なんて言うか…エロスな触り方してません?冗談ですよね?

頭皮を撫でるようのに指を滑らせれば黒い地毛が一房、引き出された。

「コレをもらう」

これって…髪の毛ですか?なんだ。そんなの言ってよ!やたらと変な空気だすのやめれ。

「………。どうぞ」

私の承諾で、ナタル先輩は遠慮がちに取ったその黒い一房の髪の毛を切って、慎重に紙に包んだ。

「そんなのどうするんですか?」

「…おまえな。そんなのって…まるで俺が髪に執着するみたいな目をすんな?」

そこはしっかり否定するナタル先輩。知ってますよ。先輩は手ですもんね。

「いえ。そんな風には思ってませんが。単純に、そんなの何の役に立つのかなって…」

「それを調べたいんだよ。髪の毛だって、貴重なサンプルだ」

あ。そう…。もう、いいや。次。

「それで、先輩。私の話を聞いてもらえます?」

ナタル先輩はイスに座り、再び私の手を取って触った。

「勝手にいなくなんなって言っただろ。約束を守れない奴の話なんか聞けないね」

ツーンと否定する先輩。

「いや、ですから…今、こうしてわざわざ訪ねて来たんですよ?」

やっぱり怒ってたのかなぁ…。

「フン…それで?」

丁寧に手を撫でたり揉んだりしてるナタル先輩。

全く感覚無いけど。

「今、僕はローズ先生と新しい光玉の試験的作成と練習をしています」

「新しい光玉?」

「はい。思い付きで作ったんですけど、どうやらそれが画期的みたいで…ローズ先生が習得に励んでいます」

「……どんなのだ?」

「あ。それは秘密です」

「…口も麻痺させるか」

ちょい!待って?!

「えーと…日常を動く()として保管するんです」

「…なに?…動く画?」

「えー…と、あ。魔法で動く絵画ってあるそうじゃ無いですか?」

「ああ。…それが?」

「それのもっと長く動くやつ」

「…は?」

「麻痺魔法解いてくれたらお見せしますよ?」

「……後でな」

ちぇ。今でしょ!

「それと、まだあるんですけど…それはダメだって言われたんで欠番です」

「光玉でか?…どんなのだよ?あの光の強いヤツか?」

「いえ…本を内容を丸々1冊、写せる光玉です」

ナタル先輩の手が止まり、私を見上げた。

「…本を…?」

「そうです。…でも、これは、悪い人に僕が脅されたら、禁書だろうが悪書だろうが簡単に複写出来るから絶対にダメだって言われました」

「だろうな。おまえ…それ…マズいだろ」

ナタル先輩の顔が笑いながら引きつった。

「ええ。僕も、悪い事に使われたら嫌だなって思うので…だから欠番です」

「…いや、マジで。そんなのあったら全魔法師は欲しがるぞ!」

「あげませんよ?…欠番ですから。もう作りません。先輩も秘密にして下さい」

「…………チッ」

「世の中に出すべきで無い光玉もあるんだなぁ…って学んでいます」

「…と言うか…おまえ…法術師の概念、覆すな」

ナタル先輩は額に私の手を付けて嘆いた。

「そう…それで、教会でも不穏な動きがありました」

「なんだ。それは」

「僕が作った動く画の光玉…司祭さんにあげたんですけど、教会で無かった事にされているんです」

「無かった事?」

「はい。先生が翌日、確認に行っても、知らぬ存ぜぬってやつで…その記録用の光玉を見た法術師の記憶も、忘却の魔法で消されてて…全て無かった事になってたんです」

「忘却魔法?!…マジか…それで?」

「忘却の魔法の事は今日知ったので、まだ先生に言えて無いんですが…先生も、教会の上層部が、法術とは言えない光玉の存在をもみ消したんだろうって…」

「…教皇が?」

「いえ…それは違うそうです。ローズ先生が…知っていたら、まず自分を呼ぶだろうと」

「なるほどな…。まぁ、魔導協会でもそう言う派閥争いとか、暗躍はザラにあるからな。教会だって同じようなもんだろ」

「…法術師がですか?」

「法術師だろうが、魔法師だろうが、嫉妬は付き物だし、野心の強い奴はいる。って言うか、野心の無い奴なんていない。魔法師も法術師も元は同じだって言ってるだろ。おまえ、法術師と魔法師で差別すんな」

「…そんなもんですかね…」

「他には?」

「え。…他ですか?…うーん…僕が作りたい光玉を、先生が無理だって言って、なかなか協力してくれません」

「おまえはまた…そんな光玉ポンポン作って、おまえこそなんなんだ」

「だって…思いついたらやりたくなりません?」

「フン!それで?どんなのだ?」

「えーと…魔法を防ぐ光玉です」

私の言葉に先輩の緑の目が見開いた。

「!?…対抗防御法陣か?!」

「さすが先輩。よくご存知ですね」

「おまッ…それは…さすがに…おまえ…そんなもん、よく作ろうとするな」

「いや、だって、それを持っていたら法術が使えない人でも魔法を防げるし…いいじゃないですか」

「アホ。法術師だって対抗防御法陣はおいそれと行使出来ないんだよ!」

「…そうなんですか?…先生は出来ましたよ?」

「ローズ先生を基準にするな!あの先生はあれで高位の法術師なんだから」

「アレで。と言う言い方が気になりますが…でも、良いアイデアだと思うんですけどね」

「おまえな…おまえのアホさにはホント…付き合う先生に同情するわ」

「そんなの、やってみないとわからないし…」

「そんなんじゃ…おまえはそのうち法術師自体を光玉に収めそうだな…」

「法術師をですか?…あぁ…」

なるほどー。…どうやって?

「オイ。ヤメろ。狂気の魔法師になりたいのか?」

「やだなぁ。そんなわけないじゃないですか。まぁ、それはさておき…僕はタナトスのgiraffe病についても先輩に聞きたいんです」

「…そんなにすぐわかるもんか。不治の病だし、当のおまえらもいないのに」

「まぁ、そうですよね。そんなわけで…何か出来る事とか指示があればと思ったのと…僕、うまくいけば来週には復学出来るんじゃないかと…」

「それまでは?」

「ローズ先生と光玉の練習…ですかね」

「そうか…。そうだな…俺も休日の間にgiraffe病の書籍をあらってみた。聞きたい事もある」

「なんですか?」

「……。今はおまえと言うよりも、主にタナトスにだな。あいつ、どこ行ったんだ?最近見かけないんだが」

「来てますよ?呼びますか?」

「は?…呼ぶって…どう言う事だ?」

「呼んだら来るんじゃないかなぁ…と思って」

「あいつは犬か?嘘だろ」

「じゃあ…タナトスーー。おーい。タナトスーー!」

名を呼んでしばらく…ガタガタと扉が揺れた。誰かが入ろうとしている。

「は?!…待て」

ナタル先輩は麻痺魔法で動けない私にフードを被せて、扉の鍵を開けた。

そこにいたのは…

「マジだ…。来た」

そこにいたのは、黒いフードを目深にかぶったタナトスだった。















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