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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
37/46

第37章 おまえはどうしたい?誰かがどうとかじゃなくて。おまえ自身は?

正午前、士官学校には再び生徒が集まる。

その中で、クストは早くから玄関ロビーでそわそわと誰かを待っていた。

私服で帰校する生徒達は皆、それぞれ自分の部屋へと向かっていく。

「クスト!クスト!」

そこに、慌てて走って来たのはアレクだ。まだ私服のまま着替えてすらいない。

「わかった!情報入ったわ!」

「どうだって?!」

アレクは周囲を見て、クストを別室へ引っ張って行った。



同じ頃、アイティールは来賓室で理事長に面会していた。

「……それで?」

紙片から視線をあげ、理事長はアイティールに問う。

「そこにあるように、彼は自身の行いを反省しています」

「そうかね」

理事長にアイティールが渡したのは帳面を破った1枚目。ニルの手紙の1ページめだ。

「もし、理事長が彼を罰するおつもりでしたら、寛大な処置を望みます」

「君は彼とは会ったのかね?」

「……いいえ」

「そうか。…では、戻りなさい」

理事長はニルの手紙をアイティールに返して言った。

手紙を受け取りアイティールは青い目を鋭くして理事長に問う。

「どのように対処されるつもりなのか、伺いたい」

理事長は顔色を変えずに答えた。

「…さて。どうするかを君に言う必要は無いね」

「なぜですか?」

「君は生徒だね?生徒を指導する教師でも、この場を束ねる責任者でも無い。違うかな?」

「私は他の者とは違う。聞く権利があるはずだ」

毅然とした態度で訴えるアイティール。だが、理事長は態度を変えない。

「そうかな。その権利というのはどこを理由に言っているのか聞かないけどね。少なくとも、君がそう思っているうちは、なおさら言えないね。…戻りなさい。アイティール。でないと、君も…いや、君のせいで更に困る者が出るだろう」

「…………」

アイティールが理事長を見据えると、理事長は席に座したまま手を組んで穏やかに言った。

「これでも私は君に配慮しているんだよ」

「…………」

アイティールは無言で来賓室を出た。

「…理事長。よろしいので?」

控えていた学長が声をかけた。

「もちろんだ。学び舎は学問を学ぶ所だが、それだけじゃ無い。むしろ、それ以外も大切だからな。…彼の学ぶべきところは勉強以外の事だろう」

理事長はそう言うと、学長に指示した。

「教会に手紙を届けてくれ」



クストはアレクの聞いた話に顔を青くして額を押さえて俯いた。

スレイプニルが審議会で「自分は法術師に相応しく無い」と、登録票を置いて飛び出したという。そして、ローズ先生はその後を追ったらしい。

「…マジか…そんな事になるなんて…」

呻くクスト。

「一時的な事だとは思うけど…あいつはどうかな…先生が連れ戻してくれるといいんだけどな」

「…先生に頼るしか無い…」

クストはズルズルと床に座り込んだ。

「だが、シェダル先生の話だと、宝珠が見つかったからローズ先生は教会の仕事も入って忙しいらしい。しばらく学校にも来られないかも知れないって…」

「何だよそれ!ハートのキングだぞ?!教会は宝珠の方が大事なのかよ?!」

クストが床を叩いた。

「しかし、異例の速さで得た登録票まで置いて出るって…本当に何考えてんだ?いや、ひょっとして、なんも考えて無いのか?」

アレクは腕を組んで眉間にシワを寄せた。

「……先生は、すーぷーを捕まえられたのか?」

「いや、わからん。この話は、メルセデスがシェダル先生に、しつこく聞いていたのを聞こえただけだからな。シェダル先生も知っていてもメルセデスには言わないだろ」

「そうか…。あー……マジで…マジでどうしてこうなっちゃうんだよ…」

クストは半泣きだ。

「…クスト、気持ちはわかるが、おまえ、今日…再試合だろ?大丈夫か…?」

しゃがみこんだクストにアレクが声をかけた。

「…マジで…こんな気持ちで集中出来ない…。ああ、俺、ちょっと確認したい…」

「え。確認ってなんだよ?」

「俺、ローズ先生がいるとこ心当たりあるんだ」

「教会だろ?」

「…いや。それもありえるけど、すーぷーは、なんか知ら無いけど、教会嫌がってただろ?」

「ああ…まぁ…でも、それ教会が嫌って言うか、ここを出たく無いってだけじゃないか?」

「本当、意味わかんねぇ。出たく無いくせにこんなに簡単に手放すなよ…くそ!あいつめ!覚えてろよ!」



「ックシュン!…イタタ…」

頭痛が酷い。頭にガンガン響く。目が覚めて喉が渇いていた所、ベッドサイドに水と水差しがあった。

水を一杯飲み干して、一息つくとさらに頭がズキズキする。

なんだってこんなに頭痛がするんだろう…?

重たい頭でローブを着込んで階段を降りれば、下にはパッと見、誰もいなかった。

「………」

顔、洗おう…。

身支度しながら昨日を思い出す。幸い女子特有のメンテナンスは終わった。それは気が楽だ。

…結局、動画光玉の事はどうするんだろう…?

もし、あの人が出てくるなら、ここにも居られない。

「………」

でも、教会の法術師として登録していれば、いつかはそのうち関わる事になるかも知れない…いや、関わってくるだろう。

「…ああ、頭痛い…」

両方の意味で。

洗面台に手をついて項垂れると、背後から声がした。

「すーぷーちゃん」

「うわ!…あ、なんだ。先生…おはようございます…」

先生は声が低いから真後ろから呼ばれると、びっくりする…特にお化粧して無いと余計に。イケメ怖い。

「……。昨日の事だが…」

昨日?

「動画光玉の事ですか?…あれは、まぐれって事にならないですかね…?」

「いや、違う」

はい?

…先生、ちょっと近いな…。スッピンでいる時は、女神様感が消えてて普通のお兄さんだから、あんまり近いと落ち着かないんだけどな…。なるべく直視しないように視線をぼかそう。うん。

「違うと言うと…本の無断複製についてですか?」

結局、あれはまだ読めて無いから取り上げられたら嫌だな…。

「おまえ、昨夜泥酔しただろ」

「え?僕が…?」

泥酔?…ああ!

「そっか!やたらと体が熱くなるお茶だと思いました!お酒入ってたんですか?」

「覚えてないのか?叔母さんの分を飲んだんだ」

先生はジッとこちらを見て教えてくれた。

あんまり見ないで。寝起きなのに。

「あー…だから…。この頭痛は…もしかして、二日酔いってヤツですか…」

お酒を楽しんだ記憶は無く、頭痛だけがしっかりと飲酒を主張している。

なんか理不尽だ…。

「おまえ、昨夜言った言葉…アレはなんだ?」

「へ?」

…なにって…なんか言った?

「…………」

「…………」

頭痛をおして考えてみた。先生はジッと私を見て答えを待っている。

昨夜の言葉…?あ!そうか…

「え、えーと…その…先生の事を嫌いだと言ったのはその…本意では無くて…」

「違う。それはいい」

「え。いいんですか?」

思わずパッと先生を見上げれば、ローズ兄さんは無言で私を見下ろす。

「………」

「すみません。なんでも無いデス…」

ダメなんじゃん。目がそう言ってるもん!って言うか、先生、どいてくれないと洗面所から出れないよ…。

「すーぷーちゃん…おまえ、酒乱じゃなかったのか?」

「…酒乱?」

「…ネイロスと戦った時とは様子がだいぶ違ってた」

酒乱…ああ!あれ!ギルの時の事ね!!

「え、えーと!その…僕も、よくわからないって言うか…え?昨夜はどんな風になってました?」

記憶に無い。それに今の、この先生からの尋問のような感じを踏まえると、私はまた何か口走ったのだろうか?…それはマズイ!

「あの、本当に、僕どんな風になってました?怖いんですけど!僕、何を言いました?」

逆に先生に聞きたい。変な事言ってたらどうしよう!?

「………そうか」

先生はガッカリしたように呟いた。

ええ?…なんでそんなガッカリされなきゃならないの?イタタ…ああ、痛い。頭痛めー。

額を抑えてさすった。

「僕、また変な事、言ったんですか?…でも、どうせ寝言ですから、意味なんて無いと思いますよ…」

何を口走ったか知らないけど、不安を押し隠して、価値の無い話だと切って捨てる。

すると先生の大きな手が頭上に伸ばされたから反射的に頭を抑えて身を縮めた。

まさかバレた?!

カツラを取られたら一発で終わりだ。

「…………」

しかし、一向に動きのない様子を不思議に思って、頭を抑えたまま先生を見上げた。

「な、なんですか?」

先生は少し傷ついたような顔をして、黙ってそっと私の頭に手をかざした。

その手がポワッと光って、頭がお湯に浸かったみたいにじんわりと温かくなった。

「あ…」

頭痛が取れた…あんなに痛かったのに。

そうか、これ、浄化だ。二日酔い…先生が取ってくれたんだな。

そう気付いた時には既に先生は背を向けて、何も言わずに去って行った。

「…………」

お礼も言えなかったな。

…なんか…すみません。そして、浄化って凄い。こりゃ、みんながありがたがるはずだよ!

魔法師よりも数が少ない法術師の治癒や浄化の法術。

教会の繁盛っぷりがわかる気がする。照明はランプの火の光で代用出来ても、治癒や浄化は法術師特有の能力だ。

…ナタル先輩は…それでも、魔法師になりたかったんだなぁ…。

法術に新しい発展を見出せなかったからだ。って言ってたけど、そんなにアッサリと捨てられるものなのだろうか?

一度でも汚れたら、もう白には戻れない。

法術の輝きを失った時…後悔はしなかったのかな…?あ。そうだ!ナタル先輩とも連絡を付けないと。

マリーさんの家に滞在するのがいつまでになるかわからないけど、学校に戻れないなら連絡手段を決めないとならない。

「(…退学…って事は…もう皆に会えなくなっちゃうんだよな…)」

それは…悲しいな…。

勢いで手放してしまった居場所に、私は今更ながら気持ちが沈んだ。

リビングに戻ればマリーさんがソファーの上にいるボジャーの足を拭いていた。

「あら。すーぷーちゃん。おはよう」

「おはようございます。…ボジャー、足、どうかしたんですか?」

昨日、足か尻尾を踏んじゃったから心配だ。

「ああ。この子ったら、庭にトイレに出した時、珍しく張り切って庭を掘ったもんだから…足が泥だらけになっちゃったのよ」

見ればすでに洗った後なのか、マリーさんの持っている雑巾にはもう泥は付いていない。ボジャーは気まずそうに私を見て尻尾を振っている。

「おはようボジャー。庭に何が埋まっていたの?」

ボジャーに近付き、身を屈めてその頭を撫でれば、ボジャーは得意そうに鼻息を荒くした。

「なーんにも無いわよ。ただ掘る事に夢中だっただけだもの。穴は後で埋めないと…でも、ボジャーもまだまだ若いわね」

マリーさんは苦笑した。

「すーぷーちゃん、具合はどう?昨夜は間違えてお酒入りをあげちゃって悪かったわね…気分は?」

そう言ってマリーさんは私の額に触れた。マリーさんのひんやりした手が気持ちいい。

「大丈夫です。僕、さっき先生に頭痛を治してもらいました」

「そう。良かった。ほんの少しだったのに…すーぷーちゃんはお酒に弱いのね」

マリーさんは私の前髪を優しく払って言った。マリーさんは私の毛がカツラだと知っているから安心だ。

「みたいです…二日酔いって頭が痛いんですね。僕、酔っていた事すら覚えて無いのに」

不満を口にするとマリーさんは微笑んで、ボジャーを撫でるように私の頭をそっと撫でた。

「叔母さん。穴、埋めといたから」

不意に後ろから、先生がマリーさんに声を掛けてきた。

「あら。ありがとう。今日は教会に行かないの?」

「後で行く」

「先生、先程はありがとうございました」

浄化して頂いて、頭スッキリです。

「………」

先生は無言で私を見てマリーさんに視線を移した。

「叔母さん、新聞…まだポスト?」

「え?…ああ、そうね」

マリーさんの答えを受け、先生は何も言わずに新聞を取りに行った。

「…………すーぷーちゃん」

「はい。マリーさん」

なんですか?改めて。

「今日、ロズとお使いに行って来てちょうだい」

「は?…はい。何を買いますか?」

お使い…何だろうな。買い物だよね。

「……そうね。考えておくわ」

え?…あ。リストね。たくさんあるのかな?

マリーさんはボソリと呟いた。

「(…公園…いや、海岸…)」

ちょ?!マリーさん?!公園と海岸にあるお使いってナニ?!

…ワイルドな頼みごとだったらどうしよう…。



「シェダル先生ー!!」

やれやれ。今度はコイツらか。

ワッと集まったのは白竜の1年生だ。

「先生!ニルは?!どうなっちゃうの?!」

「ローズ先生は?!まさか辞めないよな?!」

「俺たちの授業は?!ローズ先生じゃないと…」

「2人はいつ戻って来ます?!戻って来ますよね?!」

「ニルは今、教会にいるんですか?」

矢継ぎ早に浴びせられる質問に、シェダルの答える余地が無い。

「おまえら…落ち着け。模擬戦前の時間、白竜を集めるから。その時にまとめて説明する」

シェダルはそう言って追いすがる1年生達を残して職員室へ入った。

「…教会への面会は可能ですかねぇ?」

入室直後に、いつもは貼り付けたような笑顔の糸目を、珍しく悲しそうにしてシェダルに絡むように聞いてくる男。

「…………」

シェダルは閉口した。

メルセデスだ…この男は本当にしつこい!



ネイロスが週末の滞在先から学校に戻れば、組に関わらず生徒達は落ち着かないようで数人が集まって噂話をしているグループをいくつも目撃した。

その、もれ聴こえてくるのは、ハートのキング、白竜、光玉、模擬戦、ダブルスコア…そこまでは、そんな事だろう。と気にも留めなかった。

だが、校舎を進む後に聞こえた単語に足を止めた。

「ハートのキングの話だろ?…結局、処分はどうなったんだ?」

「…審議会中に飛び出して退学になるらしいぜ」

「マジかよ?!キングが退学とかあり得んの?!」

退学?…どう言う事だ?

「…その話、本当か…?」

ネイロスの問いに、赤竜の生徒は突如現れたキングに動揺し背筋を伸ばした。

「き、キング…は、はい。そう聞きました」

その者は2年生だ。だが、赤竜では学年関係無く序列が全てだ。後輩だろうがキチッと敬語で応対する。

「誰から聞いた?」

「…誰からって言うか…色んな奴らからです。朝から噂で持ちきりですよ」

やや緊張しながら答える2年生に、ネイロスは眉をしかめた。

…退学?…あいつが…。

休み前の模擬戦決勝戦…その前に奴は、作戦を考案した。と言っていた。実際にその作戦で、黒竜のダイヤのキングからダブルスコアを獲た訳だが、審議になった。

その先はネイロスもそうだが、他の生徒は一旦、解散になった為、知り得なかったが…退学にまでなる程の事なのだろうか…?

「…キング…その…どうかしましたか…?」

黙りこくるネイロスの顔色に2年生がたまらず様子を伺ってきた。

「…いや…」

ネイロスは噂していた生徒の元を離れた。

歩きながら考える。

…あいつ…ハートのキングが実は女だったという事は、ネイロスは先週、知った。最初に会ってから感じていた絶対的な違和感は、間違いなくそれだったのだ。あいつは男じゃない。

そもそも、ここに女が紛れ込むなんて間違いだ。退学とは言え、結果的に出る事になって…間違いは正された。良かったじゃないか。

「……………」

部屋に行って荷物を置く。

休み前に動かしたベッドの配置はそのままだ。構わず赤竜の制服に着替えて…再度、カラのルームメイトの場所を見る。

怯えたり、怒ったり、ねだったり、騒げば同じ年とは思えないくらいガキだと思えば、落ち込んだり、泣いたり、笑ったり…それなのに、時に漆黒の目で真っ直ぐこちらを見て言う言葉に気付かされたりこちらの未熟さを見透かすように大人びた空気を出す。

『それでも…僕は…どうしても、ここで…やらなくちゃならなくて…だ、だから僕は…その…こ、こっ、…ここにいます!!」

『僕は…頭が悪いかもしれませんが、意地をはって無意味なやせ我慢をする事はしたくありません』

『ネイロスさんが必要な時は、僕は僕の出来る事をします。それは頼まれたからする事じゃない』

『…僕は僕のやりたい事をします。それには、法術師になって君を助ける事も含まれるんだからね?』

次々に浮かぶ言葉。

『…ロス?』

そう呼ばれたのは久しぶりだった…。

いや、だからなんだ!あいつが退学でここを去ったなら、それでいいじゃ無いか。あいつのためにも、こんな所に男の格好して、兵法を学びながら寝起きするよりもずっと良いだろ?

「………そうだ。そうに決まってる」

……本当に?街が安全か?王都は犯罪が日常だ。路地に連れ込まれて襲われる女だっている。誘拐されて売り払われる子供だっている。殺しだって珍しく無い。

街を歩くよりも…ここならその点、むしろ安全だ。白竜として死神も付いていた。

「…いや、どうかしてる」

そもそも、遅かれ早かれバレるんだ。そんなにここにもいられないだろ?俺と同室なんだし…

『なんだ。そんなの今更だよ。でも、ネイロスに今日、知ってもらえて良かった』

心底、安心して言う奴は疑う事をしない。子供でもわかるような甘言にホイホイ付いて行きそうな気がする…。

「…外の方が危ないんじゃないか…?」

一体、奴はどこにいるんだ?白竜の教師なら知っているだろうか?いや、赤竜でも耳の早い奴はいる。そいつらなら知ってるかもしれない。

ネイロスは赤竜の教室に向かった。

…が、その教室の前の廊下には赤竜の生徒が大勢、集まって教室を覗いては騒いでいる。

「…何をしている」

「あ!!キング!大変です!!俺たちの教室が消えました!!」

……は?…バカか。

「…じゃあ、そこにある部屋はなんだ?」

「違うんですよ!!見て下さい!早く!みんな怖くて入れないんです!」

赤竜の教室は大きい。人数が1番多いから当然だが。だが、これでも全員は一度に使えない。一同に集まる時には講堂か、外を使う。教室は学年毎に3つあるが、ここはその1つ、1年の教室だ。…だが、なぜか2、3年生も集まっていた。

意味がわからずも勧められるまま、教室を覗いた。

「これ、どう言う事ですか?!」

「……………」

ネイロスは視界に入った光景に、一度、教室を出た。場所を確かめて、再度、教室に入る。

「間違いなく俺たちの教室…だった所です。こんなにキレイになってて…一体、誰が?!気味が悪いんですけど!?」

そこは…ネイロスや赤竜生徒の見慣れた教室では無く…まるで青竜の教室のように、キッチリ物が美しく整頓された、全く見慣れない部屋になっていた。

『だから、掃除したい。そのうちキレイにしてもいい?』

脳内にあの声が思い出された。

「…アイツだ…」

「え?…誰ですか?」

「…ハートのキングだ…」

ネイロスは呻いた。まさか、本気でやるとは思わなかった。

『よかった。ネイロスの許可を取れたら間違いないね。赤竜のキングだもん』

いや、確かに許可は出したが…いつ、掃除したんだ?!休み中か?!

「…はぁ?!な、なんで白竜のキングが俺達の教室、掃除するんですか?!」

赤竜の生徒の言葉に、廊下にいた赤竜生徒達もどよめいた。

それはそうだ。意味がわからない。そうだろう。白竜で、しかもハートキングが。

ネイロスは額に手を当てた。

ネイロスの確信のある態度を見て犯人がハートのキングと知り、赤竜の生徒は興味本位で教室内に入って来た。

「あ。これ無くなったと思ってた俺の靴下。…臭くない…洗ってある?」

「本当だ。俺のシャツも」

「あれ?あー!なんだ。やっぱり、ここにあったんじゃん!俺の籠手(こて)

「は?!俺の木彫りの模型コレクション棚に飾られてるし!こう見ると…マジ、これ立派な芸術じゃん!」

「え。…スゲェ…全然、違う部屋のようで、マジで俺たちの教室だ…」

「って言うか、広かったんだな。ここ」

「あ。床もキレイになってる。なんか…全体的に明るくなってねぇ?ここ」

……なんなんだ。なんで、こんな事、する必要あるんだ?本気で意味がわからない。

「おー!どんな優秀な本かと思えば、これ、スタンの愛読書じゃねぇ?!」

「えぇ?!マジだ!!うわぁ!なんか、スゲェ!揃ってんなー!」

……は?

ワイワイと1番盛り上がっているのはキチッと背表紙が揃った本棚だ。

ここにそんな崇高な本なんかあったか?

ネイロスが目を向けると、そこにはペラペラめくっている奴の手元が見えた…春画(エロほん)だ。

「?!」

ネイロスは目眩がした。

こんなモンが無数に散らばった部屋を…アイツが…掃除…。

「うわ!これ、ちゃんと発刊順に揃えてる!マメだなー!」

「みろよ!こっちは作者順になってるぞ!!」

「俺、エロ本がこんなにキレイに分類分けされて本棚に堂々と収まってるの…初めて見た気がする…」

「…圧巻だな。…つーか、こんだけあったのか…あ。俺の好きな絵師!これ見てない!」

ワイワイと感想を述べるその一言一言がネイロスにダメージを与えた。

物凄く、いたたまれない。

その本は決してネイロスが買ったわけじゃない。わけじゃないが、読んでないわけでもない。

…まぁ、あったら…読む。…くらい。

いや、違う!!別に愛読してるわけじゃない!!勘違いするな?!

ネイロスは心中の動揺に思わず、ヨロッと壁に寄りかかった。

ものすごく弁解したい。そこだけは勘違いされたく無い。

と言うか、分類分け…?中身もしっかり見た上で…?…嘘だろ…?

春画を確認して分類する女…そんな姿、見たくない。想像もしたくない。

「あ、あのー…キング…これ、どう言う事なんですか?何か知ってるんですか?本当に白竜のキングが?」

動揺してヘコむネイロスに、問いかける赤竜の生徒の声。

「……そうじゃない事を願う…」

ネイロスは乾いた口で呻くように答えた。

どこまでもお節介な奴だ。

『本当に?!ネイロス、ありがとー!!』

奴を手伝うと約束した。命の恩人だ。その借りを自分は1つも返せていない。

『じゃあ…好き?』

何気なく言った言葉だ。だが、心に引っかかって揺さぶってくる。

「…………」

ネイロスは教室を出た。



「…全員集まったか?」

白竜の教室。白いローブの生徒達が1年生から3年生までが揃った。

「皆、大体の経緯は聞いているか?スレイプニルが模擬戦でフィールドに干渉する違反行為を行なった。奴は審議会で言うだけ言って自己判断で勝手に飛び出した」

「先生!元はと言えば俺のせいです!俺があいつを巻き込んだんだ!」

クストの言葉にシェダルは冷静にたしなめた。

「勝手に発言するな。クスト。おまえはまず、模擬戦に集中しろ。罰則があるとするならそれからだ」

「…こんな時に自分の成績を気にしてられないですよ!」

「模擬戦を成績としか見れないようじゃ、クスト、おまえ留年するぞ。良かったな。じっくり考えられて」

シェダル先生は生徒には、なかなかの毒舌だ。

「話を進めるぞ。ローズ先生はスレイプニルを確保して説得している。登録票を置いて出るなんて法術師として無責任で身勝手だからな。必ず連れ戻されるだろう」

言葉は厳しいが、必ず連れ戻される。という文言に生徒達は息を吐いた。

「先生!…質問があります」

手を挙げたのはラングだ。

「なんだ?」

「この状況はいつ頃終息されると予想されますか?」

「そんなものは知らない。おまえは出来るのか?俺が聞きたい。いつ頃になる?」

「先生…それは…無理です」

「そういうわけだ。他には?」

「はい。…じゃあ、今、ニルとローズ先生はどこにいるんですか?教会ですか?」

質問したのはアレクだ。

「その質問には答えられない。言ったらどうせお前らのことだ。押しかけていって迷惑かけるだろ。それに、スレイプニルはただでさえ不安定な奴だ。こんな時に場所が割れて黒竜に狙われてみろ」

その言葉に全員は沈黙した。

確かに。法術が1回で出来ないだけで、魂が抜けたようになっていた。しかも、法術師としての登録票ですら手放す奴だ。少しの失敗で法術そのものを手放す事にも、極端かも知れない。むしろ、何もかも嫌になってあっさり魔法師になってしまう事だってあり得る。

「場所はあえて知らせない。ローズ先生がスレイプニルを連れ帰るまで待て。それまでの1年生の授業は他の白竜講師が受け持つだろう。3年生は私も掛け持つ。他は普段通り生活するように。以上」

シェダルが話を打ち切ると、生徒達は納得したようなしないような複雑な顔で各々の顔を見合わせた。

…まぁ、こんな所だろう。事実、話に偽りは無い。

ただ、ローズ先生がこの事態をスレイプニルという生徒の今後を決める上で、好機と捉えている点を除いて。

…先生…早く帰って来て下さい…。

いつ帰ってくるのか?ラングの問いはシェダルが1番知りたい質問だ。

スレイプニルはハートのキングとして目立ち過ぎだ。黒竜のメルセデスは特にだが、赤竜の顧問も、黒竜ダイヤのキングも、青竜のスペードのキングも、赤竜クラブのキングも…普段、治癒以外でシェダルとは全く交流の無い組のキング達や教師までもが2人の動向を聞いてくる。

白竜の生徒達にこうして状況を伝えて落ち着かせれば、他の組の生徒達の耳にもいずれ情報が入るだろうし、白竜の動揺が落ち着けば騒ぎも沈静化してくるだろう。

「いいか?おまえら。心配なのはわかるが、おまえらが騒げば逆効果だ。2人が戻るまで、大人しく普段通りの生活をしろ」

努めて冷静に指示を出し、シェダルが白竜の教室を出ようと扉を開けた時、その存在と空気に一気に総毛立った。

「……枕が…いない…」

そこには、絶望的な状況で放置されているような…怨嗟の声で呟く死神が殺気をまとい立っていた。

あ。これ、死ぬやつ。

シェダルは覚悟した。



教会の入り口近く…文字通り待機部屋で待機している間、私は誰もいないのをいい事に鞄から本を取り出して動画光玉とプロジェクター光玉を本に記録した。

先生と作った光玉は連写光玉が出来たから、それもオマケで書いておく。全て詳しい詳細とイラスト付きだからパッと見で、どの項目かわかる。

けど…惜しいかな、やっぱり色が無い。

書き終わった本のインクを乾かしながら、ふとかすかに歌が聴こえて来た。

どこからか、聞こえる高い声は儚げで透き通っている。

私は本を閉じて鞄にしまうと、誘われるようにその歌の出所を探した。

それは穏やかで優しい歌だ。長く伸びる高い声。子守唄を歌う女性の声かなって思ってたけど、探すうちに声の感じから少女のような気もしてきた。

教会の大きくて荘厳な石造りに反響して響く優しい声は、心に染みる。

誰だろう?すごく…良いな。

そして、いくつかの角を曲がってその部屋に足を踏み入れれば、どこも広い大聖堂の中では、こじんまりとした祭壇がある天井の高い祈りの部屋だった。

きっと、内部の人間用の祈りの部屋なんだろう。

ステンドグラスが陽の光に輝いて白いローブを着た小柄な子が、その部屋で1人ポツンと歌っていた。

私はほかに誰もいないのをいい事に、思わずその部屋に並ぶ横並びの長椅子の端に座って歌に聞き入った。

高い音域は完全なソプラノだ。伸びのある声に優しい歌詞は、どんなささくれた心でも癒してくれそうな力がありそうだった。

伴奏が無くても、単身でも、反響のあるこの場所で紡がれるその歌は、それだけで素晴らしかった。

その子は決して長く無い歌を、繰り返し繰り返し歌っている。飽きずに聞いていると、1番しか無い歌詞は覚えてしまう。

『暗闇の中で 光が宿る 目覚めれば 新しい生命 大いなる祝福を その白き翼に 幸福を運び給え 世界中に聞こえる 妙なる調べ 祈りの声に重なって 心が一つに溶け込んでいく 至宝の喜びを 共に分かち合おう 全ては愛するあなたのために 全ては愛しいこの子のために』

教会の賛美歌としてはありがちな歌詞なのかも知れない。でも、そのメロディーは子守唄みたいに優しくて、小柄な子が歌うと天使の歌みたいにキレイだった。

「全ては愛しいこの子のために」

つい、最後をつられて歌えば、歌い手は驚いて歌を止めた。

「あ…ごめん。すごく良い歌だったから…」

目が合えば驚いた。女の子だと思っていたのは少年だ。金茶の髪に茶色の目をした10歳くらいの少年だった。着ている白いローブは良く見れば士官学校の物よりも襟が詰まって裾も長い。いや、しかもなんて言うか…純白だ。それに比べて私のローブ、何気に汚れてるんじゃない?やだ。恥ずかし。

「…君、誰?」

祈りの場は少し声が反響した。おずおずと問う声に我に帰った。

「僕、ニル。…君は?」

彼は警戒しながらも、うつむきながら答えた。

「……ケビン。ねぇ、君、見た事無いけど…どこの先生のクラス?」

「え。僕?…ローズ先生だよ」

「…ローズ司祭様?…聞いた事無い」

な、なんですと?!あんなに目立つのに?!…いや、そんな事よりも

「ねぇ、すごくキレイな歌だね!ケビン。それに声がすごくキレイ!」

私の感想に、ケビンは俯いた。

「?…どうしたの?」

「…司祭様はダメだって言うんだ…でもどこがダメなのかわからない」

ええー?厳しいなぁ…。まぁ、確かにちょっと足りない感じも否めないけど…。

「そう…なんだ。ねぇ…その人はどこがダメなのか教えてくれないの?」

ケビンは頷いた。

「…自分で気が付かないとダメだって。わかるまで練習しなさいって言われた…」

ケビンは途方に暮れているようだった。それでも、1人で練習し続けていたんだろう。

健気!!かわいそう!

「そうなんだ…いい歌なのにな…大変だね…」

「うん…でも、ぼく…上手になりたいから…」

うわぁ!そんな姿が、いじらしい!かわいい!!

おそらく、この子…侍童のケイン君より年下だろうな。声変わりしてないから高い声が出るんだ。

「ねぇ、一緒に練習しても良い?」

私の申し出に、彼は目を丸くした。

「な、なんで?」

「1人で練習するのももちろん大事だけどさ、誰かと一緒だと楽しいじゃん?」

ケビンは戸惑いながら瞬きして、やがて頷いた。

「……いいけど」

「ホント?じゃあ、最初から。僕、ちょっと歌詞がまだ不安なんだ」

「え。…そうなの?愛し子だよ?」

心底驚いた様子のケビン。

「うん。けど、この歌、気に入っちゃった。すぐ覚えるよ。先に歌い出してくれる?」

私の要望にケビンは頷いてもう何十、何百回も歌い込んだであろう歌の出だしを歌い出す。

そのケビンの主旋律に沿うように歌い出せば、彼は驚いてこちらを見上げた。

一緒に歌おう!

ケビンに笑って、自分の声を祈りの聖堂の天井にぶつけるようにして反響を楽しむ。

どっちがより響かせられるか。負けないよ?

そう言う気持ちで二重奏すれば、ケビンも負けずに乗ってきた。

いいね!面白くなってきた。

2人で歌う賛美歌。

優しい歌詞に綺麗な高音。多分、少年の高音と女性の高音は似て非なる物がある気がする。けど、2人で歌う歌は楽しい。譲ったり譲られたり一緒にサビをハモったり。まるで2人で踊っているみたいな楽しさだ。

最後の一節を2人で歌いきれば優しい歌で溢れて反響していた空間は、音が溶けるようにシンッと静寂に包まれた。

「…………」

「あはは…楽しいねぇ!」

思わず漏れた笑いと言葉に、ケビンも顔を高揚させて頷いていた。

もう1回やろう。そう思った時、誰かが向かってきている足音がして現実を思い出した。

ヤバイ。誰かの目に入ると厄介だ。

「ねぇ、ケビン。僕の事、誰にも言わないで!」

「え。なんで?」

「僕、怒られちゃうんだ。だから居なかった事にして?いい?」

「え…う、うん。でも…」

ケビンは頷きながらも聖堂の入り口に視線を移した。

「もう、遅いんじゃないかな…」

そう心配するケビンの戸惑いの横顔を最後に私は超速移動の魔法をかけた。

全ての動きが止まり、全ての音が消える。

ケビンの横から入り口に去り、廊下に出れば役職のありそうな法衣を着た法術師のおじさんと青年が足早に祈りの聖堂に向かっている瞬間で止まっていた。

その場から離れて元の待機部屋を目指せば、待機部屋近くでローズ先生が廊下で立ち止まっていた。

ヤッバ!ギリでセーフ!!

私は静止している先生の横を駆け抜けて部屋へと戻り、席についた。

よっし!!解除!!

魔法を解除すれば音が戻って空気が動く。時を止めているわけではなくて、私が早すぎて周囲が止まっているような感覚を得ているだけだけど。

「………」

席について先生が扉を開けるのを待つと、なかなか開かない。

え?先生…どうしたの?

席を立ってそっと扉を開けると、扉の目の前にいた先生が驚いた顔をした。

あ。ヤバ。ドンピシャだった。

「…あ。そ、そろそろかな?と思いまして…」

「…勘が良いな。行くぞ」

あ、終わったんですね。やった。帰ろう!…あ、いや、マリーさんのお遣いだ。



「ケビン…おまえだけか?」

足早に現れたトム助祭様とジェイン司祭様の言葉に周囲を見渡した。今まで隣にいたあの人は煙のように消えていた。

「………?」

黙っていて。と言われて頷けば、本当に消えて居なくなった。不思議だった。いきなり現れて、突然消えた。でも、それならば、黙っていなければ約束を破ることになる。

「ケビン?」

促され、慌てて答えた。

「そ、そうです…」

嘘をついた。今まで一緒に歌っていた人がいたのに。上級生だと思う。中等科だろうか?とにかく同じ年齢じゃない。上級生でもあんなに高音が出る人がいたのが驚きだった。でも、自分が知らないだけで歌える人はいるんだなって思った。

白いローブを着ていたけど、自分のそれとは少し違っていて…不思議な人だった。…けど、一瞬でいなくなりました。と言っても、信じてもらえないだろう。

「そうか…声が2人いたように聞こえたんだが…。ずいぶん、良くなったな。今日はこの辺にしておこう」

司祭様は満足そうに頷いて、ケビンの練習を打ち切ってくれた。



「…あの…それで…どう…でした?」

教会帰りの馬車の中、沈黙するローズ先生に思い切って聞いてみた。

「…どれについてだ?」

ど、どれ?!

「ふ、複数あるんですか?…僕、動画光玉の事だけかと…」

マリーさんに一緒にお遣いを頼まれた際に、ローズ先生はまず教会に寄ると言った。

ズルいんだよねぇ…。馬車の行き先を御者に言う時まで黙ってるんだもん。

不満を言いそうになる私に、「司祭に渡した動画光玉を取り返す必要がある」と短く言われれば、黙るしか無かった。

「…司祭はしらばっくれた」

ローズ先生の口から出た言葉に驚愕した。

「ええええ?!」

な、なんですと?!良いのか!?法術師が!…いや、法術師ってどういうポジションなんだ?聖職者…って事で良いんだよね…?

「光玉はもらっていない。そんな物は見た事無い。とな」

その聖職者バリバリの麗しのローズ先生は美しい女神様のお顔で、低い声を出す。

「い、いや…さすがにそれは…バレバレじゃ…」

嘘が下手くそですね。あのおじさん。

「ではあの助祭も不問かと思ったが、それはキッチリ降格されていた。光玉の事だけが無かった事にされていた」

え…?ドユコト?

「…そ、それはまた…なんでですかね…?」

「………。どこかで口止めが入ったんだろ」

ローズ先生が腕を組んで答えた。

「…口止め…?」

「あの光玉は、法術界じゃ異端だ。法術というよりも魔法の分類に近い」

「…そ、そうでしょうか?」

「そうだ。だから、上層部の誰かが隠匿した」

「そ、それって…」

まさか…教皇様がしたって事?

私の表情にローズ先生が気付いて否定した。

「…教皇様ならまず俺を呼ぶ。恐らく教皇様までは届いていないだろう」

な、なーんだ。誰かが無かった事にしてくれたのか。親切な人がいるもんだ。

「そうでしたか。いや、ありがたいですね」

ホッとしてそう言えば、ローズ先生がクワッと目を開いて私の頭をチョップ…しようとしてやめた。

うえぇ?!寸止め!?な、なんで?!

反射的に身構えたのが無駄になった。

「……。気味が悪いだろ。誰がどう言う意図で止めたのか、全くわからないんだぞ?」

あ、あぁ…はい。今、身をもって体験しました…。え?今のって、そう言う事?

「そ、そうですね…」

カタカタと揺れる馬車の中。

「…先生が思い当たる人はいるんですか?」

「……教会の高位の法術師はそれなりにいる。同じ役職でも複数人存在するから役職だけでは特定は出来ないくらいだ。司祭の上…更に俺でも口出し出来ないポジションで言えば、枢機卿あたりか…」

「…は、はぁ…」

教会の役職がどのような階級制度になっているのは存じませんが…まぁ、教会も色々と派閥があるんですかね?

「ど、どうしたら良いんでしょうか?」

ローズ先生は腕を組んだ。

「…どうも出来ない。…それに、上が無いと言うならこちらも突く必要はない。そうだろ?」

「そうですね」

ふーん。そんなもんなんだ…。

「それに、おまえから動画光玉を習得出来れば、俺が作ったって言ったって言い」

おお!!それだ!

「先生!それじゃ無いですか!!バリバリ頑張りましょう!」

「………。すーぷーちゃん。おすわり」

あぁ、立ってた。…はい。

揺れる馬車の中、私は席に座り直した。

「それとな…」

先生は話を続けた。

「おまえはこれからどうしたい?」

「え…どうって…?」

「理事長から教会に連絡があった。『スレイプニルが本校への就学を望まぬならば退学もやむを得ない』と」

ローズ先生から聞いた言葉に水を被った気がした。

「…………」

退学…。そうだよね…。でも、私は男子じゃ無いんだよ…そもそも資格なんて無い。

「僕は…………仕方ない…かと…」

俯いて言えば、馬車が止まった。

ローズ先生が馬車を降りた。御者に支払いをしながら話をしている。

そこは海岸だ。潮風に海鳥が飛び交っている。

「…わぁ。海だ…」

高台になっている場所から海を見下ろす。

…本気で海岸なんだけど…ここで何を獲って来いと…?

まさか活魚…いや、さすがに釣竿も無い状態で…そんな無茶振りは…。仕法を使ってもいいんですか?

広い水平線を眺めていると、風にそよいだ赤い毛が視界に見えた。隣に立ったローズ先生は法衣と長い赤毛を潮風にはためかせている。

「……探すか」

え?!

先生は迷いなく石畳の歩道から段差を降りた先の砂浜へと向かっていく。

「あのっ!な、なにを探すんですか?」

私は慌てて先生の後を追った。砂浜に降りると細かくて深い砂が足をとってくる。

「ボジャーの気に入りそうな流木だ」

は?…え?

「…なんですかそれ…?」

「ボジャーは流木が好きなんだ」

先生はそう言って砂浜の先を進む。

え。待って?理解が追いついて無いんですが。あ。鞄…どうしよう。

見渡せば、こんな何にも無い海岸には誰もいない。

…重たいからこの辺に置いとこ。

砂浜から石畳の境。段差になった場所に鞄を置いた。

そして慌てて私も先生の後を追う。先生に倣ってキョロキョロと周囲を見渡せば、確かに波に打ち上げられたであろう枝が無数に落ちている。

「あ、あの…なんで流木が好きなんですか?」

先生はその中から長い枝を引っ張りあげた。

「さあな?それはボジャーしかわからない」

…あ、ああ…そう。

拾い上げた長い枝を杖代わりにして、先生は流木達を転がして吟味している。

流木…気にした事も無かったけど…そもそもどんなのが良いんだろう?

「…どんなのが良いんですか?長さとか形とか…」

「…ツルッとした表面で、ボジャーがくわえた時に太過ぎず長すぎないやつだな」

……どんなのだ?…とりあえずツルっとしたのを探そう。

波打ち際は静かで穏やかだった。季節的にもまだ海水浴には早くて誰もいない。

あ。カニだ!…逃げた。じゃなくて流木。流木。

「…………」

波打ち側を下を向きながら真面目に流木を探す法術師って可笑しな絵だな。

しかも先生は見た目が不思議だ。背の高い美女…だけど、よく見れば男性。しかし、声を聞けば女性とはとても思えないイケメンボイス。

緩やかなウェーブの赤毛に真っ白い立派な法衣…。

こんなに目立つのにケビンは知らないって言ってたな。なんでだろ?

『退学もやむを得ない』

再び脳裏に浮かんだ文言。

私は…どうしたらいいんだろう…。

視界を砂から広い海へと向けた。

ザザーン…と寄せては返す青い海…。この世界は本当に自然が綺麗だ。人工的なゴミも落ちてない。

…そりゃそうか。ビニールとかプラスチックとか無いもんね…。

「…ん?」

なんか光った。

大きな波に洗われた砂浜、その波が引いた瞬間、キラリと何かが光ったから手近にある枝を拾い近付いた。

湿った砂浜は歩きやすい。その場所へ目を凝らすと、何かが埋まっていた。

枝を杖代わりに屈んで指で砂を擦れば金属だ。

「(え?金属?)」

珍しい。空き缶すらない世界に。

完全に腰を落として金属を掘った時、驚いた。

これって…!

ドバッ!!

「うわぁ!」

思いがけず波を被った。慌てて手を突いたけど、もう遅い。足から体、頭以外はずぶ濡れだ。

「うわぁ〜〜〜〜!」

やっちゃった…。

ローブの端から海水が滴った。

「…おまえは何をしてるんだ…」

ローズ先生が呆れた様子で近付いて来た。

波から離れてローブを絞ると、ポタポタと少しは絞れた。靴は海水でガバガバだ。脱いで逆さにすればジャーと海水が流れた。

「…海に来て波をかぶるなんて、ボジャーだな。おまえ」

先生は苦笑した。

「だって…先生、これ」

私はしっかりと握っていた物を差し出した。



それは白銀の指輪だった。

シンプルな意匠から結婚指輪か?

女性用なのかリングのサイズは細い。

「なんだ?これ、どうした?」

「波打ち際に埋まってたんです。落し物じゃ無いかと…」

黒い目で見上げてくるスレイプニル。

「……確かに。結婚指輪だしな」

「んん?いや…捨てたのもアリなのかな…?」

考え込むスレイプニルに呆れた。

「おまえな…なんで捨てるんだよ」

結婚指輪だって言ってるだろうが。

「別れたから?」

「!?」

なっ…情も何も無い事を平気で言うな。おまえ。

「…こういうのよくありません?結婚してからの些細な行き違い、それがやがて大きな溝になって、あれだけ好きだった相手なのに破局を迎え、夕日の波打ち際で指輪を外して海に投げる女性」

スラスラと情景を語るスレイプニル。

見たのか?おまえは。それを。

「…い…いや、いくらなんでもそれは無情じゃ無いか…?」

愛情を値段で測るわけじゃ無いが、この指輪も庶民ならばなかなかの価値だぞ?男がそこまで決意して嫁に迎えた女性なら、そんなに簡単に別れるもんじゃ…

「…これ、売れなかったんですかね?」

おい!オマエ!売るとかヤメろ!どんな男の人生か知らないが、不憫過ぎるだろ!

「スレイプニル…おまえのその女性に対するドライな認識はどこで付いた?」

父親の件はわかる。その女性観は母親か?

思春期でそんなカラカラな女性観は別の意味で心配になってくる。

「…ドライですか?…でも、愛情が無くなったらポイしちゃうんじゃないかな?」

ヤメロ。本当に。

「おまえ、大事なものを失ったら諦めきれないって言ってただろ」

その言葉に黒い目が瞬いた。

「それは僕の価値観で…僕と、この指輪の持ち主は関係無いです。でも、恋愛においては…ックシュン!」

ああ。ずぶ濡れだったな。おまえ…どうすんだ。それ。

「すみません…ちょっと、乾かします」

スレイプニルは砂浜を歩き、砂地から高さを設けた石畳の道へと上がった。

乾かすったって…どんだけかかると…

スレイプニルが波をかぶった場所は大波だけが這い上がれる波打ちだったが、そこには丁度いい枝が落ちていた。

あ。これでいいじゃないか。ボジャーの流木。濡れてるけど。

「すーぷーちゃん」

あったぞ。枝。

そう言おうと奴を探した時、腕を伸ばした奴の周囲にだけ不自然に風が渦巻いていた。

大きくはためく白いローブに、伸ばした腕よりも遠くを見て集中している姿は…魔法師だ。

「……魔法……」

あれは…なんだ…あれが他人で、ローブの色が黒なら疑わない。風の魔法を操る魔法師だ。

いや、あいつ…火の属性じゃ無かったのか?!魔法石まで持ってるのか?!

魔法師の中では自分の属性の魔法は、魔法石が無くても行使できる事がある。だが、別の属性行使は魔法石が必要になる。そして魔法石の所持は法術師同様、魔導協会に登録する必要がある。

黒竜の生徒は授業で使う魔法石のカケラを、内密に所持して魔法の練習をするというには暗黙だが…

おまえ…まさか、ナタルから魔法石の譲渡を受けたんじゃないだろうな?!

あり得る。むしろそれしか考えられない。それはマズい。

学校側だって授業の時間だけでは魔法習得が難しいからカケラの所持を黙認しているだけであって、広く普及されたら法に引っかかる。

それこそ一発退学だろうが!

驚愕と焦りの入り混じった気持ちで、砂浜から上がった奴を見上げれば、スレイプニルは覚悟したように言った。

「…先生。いくら僕が望んでも…僕が学校に…法術師に、相応しく無い理由は、これです」

陽光を浴びても黒い目が俺を見た。すっかり乾いた白いローブが名残惜しそうに風に揺らめいていた。



パン、パン!!と乾いた魔法弾が打ち上がった。模擬戦の決勝再試合が終わった。

「勝者、ブラックスター!!」

審判が判定を高らかに叫び、観客の生徒達が息を吐いた。

「結局、再試合ではブラックスター…ダイヤのキングが勝利か」

「まぁ、そうだよな。勝てねぇよ。魔法の攻守ともにあんなに鉄壁じゃ」

「あーあ。予想通り過ぎてあの試合みたいな盛り上がりにはならなかったな」

「あれなー!マジでやってくれたと思ったぜ!いや、作戦も意表をついたけど…あんな眩しい中で、リーダーの首と拠点制圧だろ?最速のダブルスコアに俺、総毛立ったぜ!伝説だろ。もう」

「惜しいよなー。俺、再試合なんて必要無いと思ったんだけどなぁ」

「…だな」

口々に生徒は感想を言ったが、それはたった今の試合よりも、先週の試合に関してだ。

「しかし、今の試合…白竜、粘らなかったな。ダイヤのクィーンだろ?」

「そうだな。気力も切れてないだろ?下手したらここに来る前の試合の方が必死だったよな?」

「…なんか、気合いが切れちまったんじゃねぇの?覇気が無いっつーか」

「あー、あれか?ハートのキングの件…」

ザワザワと勝利への歓声よりも噂の方が声が多くなる。

パン!!と魔法弾が打ち上げれて、周囲の気が引いた。

打ち上げた黒竜の講師の隣には赤竜のリオトが立っていた。

「静かにしろ。おまえら。表彰だ。これから先、無駄口叩いた奴には特別に魔法弾が贈られる。いいな?」

リオトの声は通る。そして、その声には、騒いだら魔法弾で撃たれると言うのが冗談に聞こえない。

特に赤竜では普段のリオトの行動を知っているからか、ピシィ!とした姿勢で口を閉じた。



「…スレイプニル…出せ」

先生は私の所まで登って来て手を差し出した。

出せ?…え?何を?

「?…あの…何を?」

「持ってるやつだ」

…さっき拾った指輪ですか?

「ふざけるな。わかってやってるのか?」

指輪を渡そうととすれば、先生の眉間にシワが寄った。

「えぇ?!だって、他に持ってるものなんて無いですけど…あ。登録票なら」

チェーンを引っ張ればシャリンと音がする。

「魔法石だ。ナタルからもらったんだろ?」

先生はしびれを切らせて言った。

「見なかった事にする。どういう経緯か知らないが、俺からナタルに返す。わかっているのか?魔法石の譲渡なんて、それこそ一発退学。下手すりゃ法令違反で捕まるんだぞ」

「あの…先生…」

「なんだ。早く出せ」

「僕、魔法石なんて持ってないです」

「………おまえな?」

「本当です。僕、法術よりも先に使えたから。魔法石は必要としません」

「…………」

先生は黙った。そして、手にしていた棒を置いた。そして…

「うわあ!!な、何するんですか?!」

先生は私のローブのポケットに手を突っ込んだり、ローブの中に手を突っ込んだりしてきた。

「いいから出せ!それはおまえが持ってちゃ犯罪なんだ!」

先生!!今、あなたがしている事の方が犯罪ですよ!!女子高生の体、触んないで!

「ちょ!!やめ!やめて下さい!!本気で!!ひゃあ!!ちょー!!あははは!!お腹やめ!!」

お腹と脇とか反則でしょ!!

クネクネと身をよじって防御しようにも私はついに、笑い転げて地面に膝をついて亀状態になった。

「せ…先生…聞いて下さい…」

ゼーハーと笑いを抑えて私は先生を涙目で見上げた。

「……なんだ。弁解か?」

先生は緋色の目で私を見下ろした。

「とにかく、座りましょう…あ。あの辺に」

見渡せば誰が置いたかベンチが一つ。海辺を眺めるロケーションに置かれていた。

私は砂埃を払い鞄をひっさげて、握っていた指輪を失くさないように適当な指にはめた。

「……それで?」

先生はベンチに座ると納得していない様子で聞いてきた。

「法術より先ってなんだ?」

「魔法です。僕、魔法の方が先に使えたんです」

「………そんな事、」

「あるわけないと思います?でも、本当ですよ?お見せしましょうか?」

私は鞄をベンチに置いて立ち上がると、海に向かって集中した。

大気の水分が凍結し30センチくらいの4〜5本の氷柱が周囲に浮かぶ。

『…水の女神、我が声に応え給え…氷柱矢(アイスアロー)

ボールを投げる勢いで海へと腕を払うと5本の氷柱は勢い良く放たれ、海に着弾した。

高低差があったから飛距離はまぁまぁ。

「………あ。魚には当たらなかったようです」

残念。うまくヒットすると、魚が浮いてくる。

「…すーぷーちゃん…どう言う事だ?」

先生は表情を固くしていた。

「僕、四元素は普通に使えます。石が無くたって良いんです」

「そんなわけないだろ…おまえは、だって…白竜じゃないか…」

「…僕、組み分けで白竜になったんです。それまでは学校の事も、法術師の事もよく知らなかった。魔法は使えても、法術なんてそれまで使った事が無かった。だから…治癒や浄化を習って…使えた時は本当に嬉しかったんです」

「……。いや、しかし…」

「先生がさっき馬車で言いました。あの光玉は魔法に近いって。…今、思うと…多分、無意識に法術と魔法が混ざっちゃってるんじゃ無いでしょうか…」

それは禁忌じゃ無いのかな…?良くわかんないけど…あの時みたいに裁かれる感じは無い。

「……バカな…」

先生は呆然としていた。

「先生…僕、おかしいですよね…」

「…………」

先生は混乱しているようだった。

「こんなので、僕は本当に法術師と言えますか?…僕は、白でも黒でも無い…」

「おまえ……本当に魔法石は持って無いのか?ナタルはそれをなんと言っていた?」

「え…ああ、悔しがってました。生まれ持った素質なんてズルいと…」

「………それだけか?」

「それから…メルセデス先生には気を付けろ。絶対、危ないから。と」

「…だろうな」

先生は額を抑えた。

「…僕、学校は本当に楽しかった。先生にも会えましたし、皆とも会えた。でも…僕なんかが白竜にいたら、この前みたいに色んな人に迷惑がかかる…僕には…こうして人に言えない事が…あるんです」

先生は沈黙していた。

「…………」

「…………」

波の音に、海鳥が鳴いていた。沈黙を破って先生が聞いて来た。

「…おまえは?」

「え?」

「おまえはどうしたい?誰かがどうとかじゃなくて。おまえ自身は?」

「僕…?」

先生は私の目を見て聞いてきた。

「僕…僕は…皆と一緒に学びたい」

すんなりと言葉に出た。

「そうか。じゃあ、決まりだな」

「え?」

何が?

「学校に戻るぞ」

「え。でも…退学もやむを得ないって…」

「『スレイプニルが本校への就学を望まぬならば退学もやむを得ない。しかし、本人が望むのならば本校はその限りでは無い』…だそうだ」

「…それって…」



スレイプニルの目が輝いた。

「おまえが本心で辞めたきゃ仕方ないが、こっちはそのつもりは無い。…って事だろ」

理事長も気苦労が絶えなかっただろうな。教会にも気を遣っただろうし。

「ほ、ホントに?!…いいんですか?!」

「良いも何も…理事長は最初からお前を退学処分にしようなんて考えて無かっただろう…」

いいとこ数日の謹慎か、反省文と罰則くらいで済んだはずだ。

「え。…そう、でしょうか?」

スレイプニルは意外そうだ。

極端に大げさなんだよな…こいつは。そもそも勝手に飛び出したのはお前だ。…俺も人のことは言えんが。便乗させてもらったしな。

「おまえくらいの者は珍しい。その魔法を抜きにしても、学校丸ごと範囲回復したり、1年の前期…しかもこんな早さで実技を習得するなんて、神学校ですら聞いた事が無い」

「…神学校…?」

スレイプニルは首を傾げた。そんな事も知らないのか。なんでだよ。まぁ、コイツ教会の役割すら知らなかったしな…。

「教会が運営する法術師専用の学校だ。歌が聞こえなかったか?讃美歌の…」

思わず廊下で聞き入った。聴く者の心に響く歌だった。思わず足が止まったほどに。

「あ。…ああ!はい。うっすら?うっすらですよ?!」

おまえ、なんで焦ってるんだ?

「あれは神学校の初等科の生徒が歌う。高い声じゃないと無理だからな」

今年の生徒は特に良さそうだから宝珠の祭典では楽しみだ。

「あの、それって僕たちの学校と何が違うんですか?」

「…士官学校の方がより実戦的だ。四竜で過ごすだろ?合同で模擬戦もする。いざ戦争になった時、足並みが揃わなければ戦況を優位に保てない。白も黒も、赤も青も、それぞれがそれぞれの特徴や動きを知る。それに…横の繋がりも出来る」

むしろそれが大きい。

「ああ…確かに。じゃあ、神学校は…?」

「主に教会で治癒や浄化を行う法術師を育てる。一人前になれば各地の教会へ配属され、法術師として人々の命を守る」

「ああ…。なるほど」

「…すーぷーちゃんは、神学校が良いか?」

元々はコイツのこの才能に気付いた時、神学校を推したかった。そこで学んだ方が個別で丁寧に学べるだろう。

「有り得ないです。…いえ、別に兵士が良いとか、その学校の存在を否定しているわけでは…」

断言するスレイプニルは慌てて弁解した。

「もともとは、法術師は神学校の方がメインだ。毎年数百人程度が入学する」

「ええ?!多ッ!!」

黒い目を丸くする。

「それでも復活の法術を使える者はそこから2〜3人、出るか出ないかだ」

「えぇ?!少なッ!!」

更に目を大きくして驚いていた。

「そう言う事だ。…そんなわけだから、教会としても学校としても、国としても、その使い手は希少なんだ」

「…そうでしたか…」

「…士官学校でも、白竜の生徒は卒業後に神学校に進学する事もある」

「え?…なんでですか?」

「法術師として、より高度な技術を学ぶためだ。士官学校自体は3年しか無いからな。それから更に4年間は神学校で学べる。法術の研究や自身の法術の研鑽をする」

「へぇー…」

そのどこか他人事の様子に、もどかしくなる。

「興味が無いか?より高度な法術だぞ?」

「…それってどんなのですか?」

「おまえが図書館で無断複写した対抗防御法陣とか。古代研究とか。払滅の上位法術とか」

スレイプニルの目が輝いた。が、はたと何かに気が付いて俯いた。

「…僕、いいです」

なんだ?なんで諦める?興味が無いわけじゃないんだろ?

「…先生は、あの対抗防御法陣…習いましたか?」

スレイプニルは不意に聞いてきた。

「…まぁ…一通りは…」

飛び級だったが、履修は済ませた。最新の防御法陣には自信が無いが。

スレイプニルの目が光った…ように見えた。

「先生…僕は、ぜひ先生から教えて頂きたいです!」

それは、ドギーが美味いものを人が持っているのに気付いた感じだ。

「い、いや…こういう複雑なのは、きちんとした人に習わないと…」

また聞きみたいになっちゃうだろ?それこそ変に教わって中途半端になったら悔やまれる。

「構いません!僕は、ローズ先生に教えて頂きたい!」

グイグイ来るな…おい。落ち着け。ドギー、おすわり。おすわりしなさい!

「いや、でも、俺、実際にはそんなに行使した事無いから…」

履修したのと実戦でガンガン経験したのとでは完成度が違うだろ。

「練習しましょう!!ね?!僕、動画光玉の他にも先生に試して頂きたいのもあるし?!」

なに?

「すーぷーちゃん…それはどんなのだ?」

スレイプニルは身を寄せて耳打ちしてきた。

な、なんだ?秘密にする事か?…そもそも誰もいないだろ。ここ。耳打ち必要無いだろ。

「(対抗防御法陣を、光玉に収めたいんです)」

は?

「………いや、いやいやいや。おまえな…」

これはもう苦笑いだ。

「はい?」

キョトンと黒い目を向けるスレイプニル。

「なんでもかんでも光玉にしようとするな。対抗防御法陣がどんだけ高度だか知らないだろ?そもそもどうやって光玉に収めるんだよ?」

「それは、僕もまだ習って無いのでわかりません」

ため息が出た。若者の無茶な夢が羨ましい反面、途方もなくて虚しい。

「先に言っとくが、それは無理だ」

断言すれば、黒い目が不思議そうに瞬いた。

「どうしてです?」

首を傾げる少年は無垢だ。

「どうしてって、おまえな…単純にどうやって二つの法術を同時に行使するんだよ」

「2人で作ればいいんじゃ無いですか?」

「…………」

2人って…嘘だろ?いや、論理的には…いや、どうなんだ?

「もし、対抗防御法陣を光玉に収められたら…その持ち主は法術を使えなくても魔法から身を守れると思うんですけど…どう思います?」

「…いや…それは……………」

唸る…な。いや、可能ならそれこそ前代未聞の快挙だ。それに、法術師界だけでなく世界の常識が変わる。

「…ダメですか?」

いや、ダメと言うか…そもそも無理だろ…そんな顔で見るな。

「ねぇ。先生ー。ダメですかー?」

おい…やめろ。法衣を掴むんじゃない。

「僕は、ダメ元でも試してみたいんですよー。出来ないなら出来ないで。ね?そう思いません?」

あーあー。これ、諦めるかな…いや、コイツの事だ。やるまで納得しない。しかも、隠れてやりだすんじゃないか…?それこそ、危ない…。

「……出来なかったら諦めるのか?」

不可能を知らしめる。諦めさせるために確認すれば、奴は目を輝かせた。

「良いんですか?!」

「…言っとくが…誰も試した事ないからどうなるか未知数だぞ…危険なら即刻止めるからな?」

念を押せば、奴はうんうん!と首を振った。

「……じゃあ、来い」

「え?どこへ?」

キョトンとする黒い目に、ため息が出る。

対抗防御法陣がどんなものか、知らないんじゃないだろうな?いや、知らないだろ。

「対抗防御法陣は1番初期の物で半径3メートルになる。万が一にも広い場所が必要だろうが」



先生はそう言うと、砂浜に再び降りて、適当な場所で立ち止まると集中した。

側で凝視すると、先生は微かに何かを唱えている。

間も無く先生の足元から白銀の光が円形状に浮かび上がった。それがグングンと広がっていき、円形の中には光の模様が浮かび上がる。

あ。これ、本に載ってた図形だ。

光の図形が先生から根を伸ばすように広がって行くと、周囲が神聖な雰囲気になる。

…はぁぁ…キタコレ。女神様…超…神々しいわ。

思わず、ぼーっと見とれちゃう。

そんな女神様と目があった日には、なんか照れて笑っちゃうって言うか…えへ。

「…それで?これをどう光玉に収めるつもりだ?」

冷静に聞かれて我に返った。

そうだった。すみません。…えーと…どうしよう?

「これって…もう発動してるんですか?」

「いや。待機中だ」

ほうほう。

「…中に入って見ても良いですか?」

先生は頷いた。

じゃ、失礼しまー…わ。光が湧き上がる。

円陣の中に足を入れれば地面から光が膝まで湧き上がった。

「わー…きれい…!」

光の噴水だ。

うーん…どうしよう?これ?どうやって入れる?とりあえず、囲ってみる?

風船のイメージでいこうか?それで徐々にしぼめてみる…とか?

「あの、先生。これ、行使する人は円から出られますか?」

「………出たらバランスが崩れて、効力も消えるだろうな」

むむむむ。考えちゃう。

「…だから言っただろ?そもそも収まらないんだよ。光玉なんかに」

先生はさも当然と言わんばかりだ。

「いえ。僕はそうは思いません。やり方があるはずです」

絶対に入れたい。

「おまえな…どこから来るんだ。その自信は」

先生は呆れているようだ。

大き過ぎるこれ…どうにか小さく…あ。

「先生、圧縮して下さい」

「は?」

「これ、圧縮して入れましょう!」

「……おまえな…簡単に言うな。これを作るまでに法術をすでに圧縮しながら編むんだぞ?それをさらに圧縮っておまえな…」

「大丈夫!先生ならイケます!」

グッと拳を握っちゃう。女神様に不可能無し。

「馬鹿言うな。…もういいだろ?終わらせるぞ」

「えぇ?!うわぁ!先生!ちょっと待って!まだ全然、試してないー!」

泣きつけば先生はため息を吐いた。

「なら、早くしろ。もう昼も過ぎた。叔母さん、昼飯作って待ってるぞ」

「え?!マズい!!早くしないと!!」

それは申し訳ない!言われてみればお腹も空いてるし。

えーと、えーと…

「先生、これ、待機状態なんですよね…?始動するにはどうするんです?」

「…言霊だ。完成させるか?」

「え?いや…どうなんだろう?完成後のものを包むか、待機状態で包むか…」

お求めのこちら、完成品にしますか?冷凍品にしますか?的な。日持ちするのは待機品なのかなぁ?いや、そもそも光玉で包めば完成品も日持ちになるだろうか?

せっかく作ったのに、直ぐに効力を失ってしまったら意味が無い。

一個一個、悩むー。…でも、悩んでる暇なーい!

「じゃ、じゃあ、この状態で!まずはやってみましょ!」

もう、試していくしかない。

私はこの対抗防御法陣がまるっと入る光玉をイメージした。

それは巨大なバルーンの中に入った感じ。

「お…おお?!」

先生は突如現れたドームに驚愕した。

「光玉の方を圧縮していきますんで、先生…少しづつ外へ移動して下さい」

「え…あ、ああ…」

先生は戸惑いながらもドームの出口へ移動した。

それは丸めたアルミホイルを更に小さくしていく感じ。でもその中にはめちゃくちゃ硬い、おにぎりが入っている。

ギュギュぎゅーっと圧力をかけると少しは小さくなっていく…けども、感じる。絶対的質量。

「…お、おい…すーぷーちゃん…」

先生は光玉が防御法陣を圧迫している姿に不安になって声をかけた。

「…この!…大人しく!入りなさい!」

私はムキになって力を込めた。すると、

パンッ!!

「ぅひゃあっ!!」

体が吹っ飛んだ。

「スレイプニル!!」

…び、び、びっくりした!

砂浜で良かった。

仰向けになった体で青い空が見えた。波の音が聞こえる。

「…………」

ああ、無理やり過ぎたな…。光玉が耐えきれなかった。

吹き飛ばされた先で考えた。

…どうしたらあれを収められるだろう?無理にじゃなくて…自然な形で。…どのタイミングで?

青い空には海鳥が気持ち良さそうに翼を広げて飛んでいる。

「おい!…大丈夫か?」

そこに女神様降臨。

ああ…天に召される。…はずもなく。

「どこか痛いか?」

先生は膝をついて頬に触れた。

思わず笑っちゃう。

「な、なんだ…頭を打ったのか?」

戸惑う先生に更に嬉しくなった。その手を掴んで先生を見上げた。

「…すーぷーちゃん?」

「先生。面白いですね!これはなかなか難しいですよ!でも、きっと正解はあると思う。楽しみじゃありません?僕は今から楽しみです!」

「……………」

先生は固まった。

「あ。まさか、諦めると思ってました?そんなわけないでしょう。むしろ、具体的検討材料を得ました」

楽しくて、楽しみでしょうがない。

「そんなわけで、先生、これからもどうぞよろしくお願いします!」

身を起こし、先生の手を改めて握って、お願いしておいた。

先生は幽霊でも見たかのように絶句していた。

「うわっ…結構、飛ばされましたね。砂浜で良かったなー。今後の練習もここが良いですね」

飛ばされた先から見れば、そこにはもう対抗防御法陣は跡形もなく消えていた。

立ち上がり、砂を払う。さっき、海水をかぶったから砂も相まって身体中がベタベタ、ジャリジャリする。

「ああ…シャワー…入りたい。お腹も減ったし…」

今、何時?

「おーい!あんたら…まだ帰らんかね?」

歩道の石畳からこちらに向かって声をかけるのは…

あれ?御者の人?…なんで?

「言われた通り、お迎えに来たんだがね。まだかかるかい?」

おじさん!ナイスタイミング!



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