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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
36/46

第36章 …ロズ…今でもあなたは…私のひかり

「あ。いいですね。…このまま形にしていきます」

先生との光玉作成はなかなか面白い。

ローズ先生の法力は力強くて安定感がある。そして鋭いと言うか…修正には直ぐに反応してそれを物にしようという熱意と勢いがある。そして何よりタフだ。

カンの良さや飲み込みの早さはさすがに法術師としてプロだなーと思う。

先生自身の法力が潤沢なので、干渉するのもラクだ。

アイティールを教えた時はしんどかった。例えて言うなら、森の木を切って、根っこを掘り起こして、一から開拓して道を作っていくみたいな感じ。

でも、先生の場合はもうキレイに整備された広い道を車に乗って道案内するだけ。むしろドライブ。

アイティールの場合は初めての習得だったし、魔法にまだ不慣れだったから彼に限った事じゃないだろう。

白竜の皆に干渉した時もやっぱり法力が未開通な道を通すわけでそれに近かったし…まぁ、時間も短かったから獣道作ったくらいのイメージだったけど。

やがて先生の手に現れた光玉は一見すれば普通の物と変わらない。

「…どうだ?これは」

「試してみましょう。最初に説明したスタートとストップのイメージ通りに操作してみて下さい」

光玉を手に、映したい物に向けて指でタップ。終了するのは2回タップ。

先生は光玉を手に私の方を向いたので、ギョッとした。

「ちょ!…僕はやめて下さい!」

慌ててその場から避けた。

「?…なんでだ?動く物をとるのに適当だろ?」

やめてください。「いやー、こう見えて僕、教会からのお尋ね者なんです」なんて言えない。

「そんなの、その辺の小鳥だっていいじゃないですか。ほら、そこ」

きみどり色のかわいい小鳥が洗濯竿の木でクチバシをこすっているのを指差せば、先生は不満そうだ。

「…小さくてやりにくいだろうが」

「僕なんかとるより、よっぽど良いです!かわいいし!」

先生は私を見てから小鳥を見た。

「………」

見ていると、ちょこまかと洗濯竿と支柱を渡り歩く動きの素早い小鳥は、同じ場所を行ったり来たりして、何がしたいのか落ち着きが無い。それでいてつぶらな目でこちらを見返して、「なにか?」と首を傾げている。

「……。同じようなもんだろ」

「なんか言いました?」

小鳥を見て呟いた先生に対し間髪入れずに圧力をかける。

100歩譲って同じものって言うならむしろ、じゃあ、あっちにして!

私は絶対被写体にならないからね!肖像権を主張する!この世界には無いけども!

「わかった。わかった」

先生は小鳥に向かって光玉を向けると指でタップ…と言うか、ゆっくり押した。

その不慣れ感がちょっと面白い。まぁ、スマホじゃ無いけど、スマホ初心者だと思えば微笑ましい。

しかし、鳥や動物と言うのは…カメラを向けた途端にどっか行っちゃうのは、あるあるなのかな?

その小鳥も、それまで散々、暇そうにしていたのに光玉を向ければ、わずか数秒で飛び立って行ってしまった。

「ん?…どうなったこれ?」

先生は光玉を眺めて聞いてきた。

「どうです?撮れました?」

先生の手を覗き込めば、小鳥がちょうど羽ばたいた瞬間が静止画として光玉に映っていた。

それを指で突けば、まるでアニメのコマ送りのように1シーンづつ分割されて小鳥が羽ばたく瞬間が再生された。

「わぁ。これはこれで凄い良いですね!」

コマごとに広がっていく翼が美しく、鳥マニアだけでなく、普通の人でも良いなって思うだろう。

「……動きがぎこちないし、短い」

しかし、先生は気に入らないようだ。いや、満足していない。

「はぁ…そうですか。僕はコレも良いと思いますけど…」

これは…そう、言うならば連写モードだ。躍動感を捉えている。

「もう1回。どんどんやろう!すーぷーちゃん!次だ!」

先生は楽しくてしょうがないみたいだ。女神様が…少年になってる…。




「お疲れ様でした。聖下」

アダムの終業を促す労いも入れられたお茶も、パンタソスの注意を引かない。

日中の教会の仕事に加え捜索関連の報告書、各機関からの返答書、懸案書類…それらの上に宝珠関連の仕事ものしかかる。

宝珠の発見は瑞兆とされるし、特に白竜の宝珠となれば法術師にとっては特別だ。

が、しかし、パンタソスはこのタイミングで見つかった事が複雑だった。

瑞兆は喜ばしい。だが、数十年も無いくせに、今?!もっと暇な時代でも良かったはずだ。

嫌がらせかと思った。

発見からほぼ毎日、宝珠に祈る願掛けは表向きは豊穣平和祈願だが、内心もちろん娘が無事発見される事の一念でしか無い。

普段、平和に尽力してるんだから、こういう時ぐらい100%私利私欲に使わせてくれ。もちろんそんな事、誰にも言わないが。

それに、パンタソスのこの願いは大きな意味で平和に繋がる。

裏返せば、ヴィナの存在に気付いて手に入れた者、またその存在を何に利用するかにとっては、世界は大きく混沌する。

早く見つけなければ。それも無事な姿で。その為には捜索の手を緩める訳にはいかない。

だが、宝珠のせいで仕事や祭典が増えて余力が割けない。むしろ1ヶ月以上経って捜索も混迷している。

宝珠め…なにもこんな時に見つからなくてもいいものを!見つけた奴も、空気を読め!!

…なんて事は地中深く掘った穴の中にも叫べない。それに…今の気持ちとしては高山の頂きから愛娘の名前を叫びたい。

「……………」

パンタソスの頭痛が増した。その痛みでようやくペンを置いた。アダムがすかさずペンとインク壺を机から片付けた。もう仕事は終わりだと言う態度だ。

「聖下、お茶を入れなおしましょう」

パンタソスが手にしたカップを見てアダムが言えば、パンタソスはわずかに手をあげ構わず口を付けた。

「…最近、頭痛が増えた」

常温のお茶を飲んでカップを置き、こめかみを揉むと書類の山が連なる机に両肘をついて、うつむく顔を支えた。

「…ご多忙が過ぎるかと…。もう少し、抑えてはいかがでしょうか」

「……抑えた所で気になって眠れない」

毎日増えるこの書類の山の中に、あの子のヒントがあるかも知れない。1日、1時間、1分、判断が遅くなれば、間に合わなくなる。わずかでも後悔するのが嫌だった。

「……何か変わった話はあったか?」

アダムはパンタソスの気晴らしになるような話を持ってくる事がある。些細な事だが今のパンタソスにとっては、不安や恐れから目をそれせられる貴重な時間だ。

アダムも心得ていて、以前話が何も無かった時のパンタソスの僅かな落胆を感じてからは、率先して話を用意するようにした。

特に今日は、パンタソスのその言葉を待ち望んでいたかのようで、用意していた物をパンタソスの前に差し出した。それは陶器で出来た美しい白磁の入れ物だ。シンプルだが品が良く美しい。

「…それが?」

庶民からしたら、この陶器の入れ物で3ヶ月は余裕で生活が出来る。教会は過度な贅沢を禁じているが、体面上、高位の来賓用や寄付で、それなりの質の高い物も揃っていた。

パンタソスは美術品や装飾品の審美眼に優れているわけでは無いが、立場上、良い物を目にする事が多いので自然と目が肥える。そんな中でアダムの差し出した入れ物は、可もなく不可もない。

「入れ物ではありません。中身をご覧下さい」

アダムはわずかに得意げだ。パンタソスが驚くだろうと確信を持っている。

そうなると、パンタソスも望むところだと身構えた。目の前の書類数枚を、閲覧、処理済みの山に重ねて場所を作り、入れ物を置いた。

コロンとしたデザインの白磁の入れ物は特別、取っ手があるわけでは無い。二枚貝のように重ねて蓋をしているだけだ。

それを持ち上げて中を見れば、子供が喜びそうな動物や色んな形の飾り…いや、これは菓子か?

つまみあげて見たそれは、どれも中央にガラスのような色の付いた窓が出来ている。

匂いを嗅げば、香ばしいクッキーの匂いがするから、やはり菓子なんだろう。

光玉の明かりに透かせば綺麗な色が光る。

「これは…不思議だな。焼き菓子なのに透明感まで付けるなんて」

焼き菓子に普通、透明感は無い。味は美味いが単体では地味になりがちだ。

「婦人会で慈善事業の為に持ち寄った物です。そちらは聖下にと献上されました。その透明な部分は飴で出来ているので、もちろんお召し上がりになれます」

「ほぉー…飴かぁー…」

見た目も美しいし、面白い事を考えるもんだなぁ。と感心した。

入れ物が白磁だから余計に飴の色が映える。まるで宝石や飾り物のようで、しかも菓子ならば、見た目でも味でも女性や子供が喜ぶだろう。

様々な形が入ったクッキーは高価なおもちゃ箱のようだ。

その中で、パンタソスは特別な1つを見つけた。入れ物の1番奥の底に横たわるようにあったのは、馬ではなくユニコーンの形だ。

割れないようにそっと取り出せば、ユニコーンには小さなハートが穿たれ、その中に血のように赤い飴が煌めいていた。

「…それは…?」

アダムがパンタソスの様子を気にして問えば、パンタソスはユニコーンを無言で眺めてから、紙の上にクッキーを全て取り出して並べた。

数あるクッキーの中でユニコーンはその1つだけだった。他には家の形、ハート、星、花、王冠、それと窓のない小さめな普通のクッキーも。それらが大小入り混じりに入っていた。

「…………アダム」

「はい」

再びユニコーンを眺めるパンタソスが口を開いた。

「これを持って来たのは誰だ?」

「マリー・ハダル夫人です。聖下の事をことさら心配されていたと受け取った者は申しておりました」

「マリーか…。そうか…久し振りだな…。入れ物も持参品か?他に何か言っていたか?」

「いえ。…夫人はこれらを最初、紙袋で渡されましたが、体裁を保つようにこちらで入れ替えました」

「それで?」

「メッセージを受け取りました。こちらです」

アダムは簡単な紙をパンタソスに渡した。

『聖下。ユニコーンは繊細です。ご存知かと思いますが扱いには充分にご留意下さい。無理に引っ張れば割れて二度と戻らず。それどころか壊れたらもう手に入らないでしょう。 ローズマリー』

「………壊れたら手に入らない?」

パンタソスは再びユニコーンのクッキーを見下ろした。

足や角、尾など細い部分は確かに他のクッキーに比べて繊細だ。割れたら二度と戻せない。しかし、あえて言うほどの事か?

「型抜きの事でしょうか?」

確かに、クッキーを作るユニコーンの型は壊れれば、そうそう復元出来ない。これは確か数年前に記念として婦人会が特別に作った品だ。

アダムがそう推測すれば、それっぽくも聞こえるが…それにしては作為的な気がしてならない。

「…今日はこれだけか?」

「いえ、まだあります」

「ほう。なんだ?」

「助祭の1人が法師に暴行を行い降格になりましました」

なんだ、バカか。いるんだな。そんな奴はさっさと引退して良いのに。

と1番に思ったが、今いるここはそんな率直に心情を吐露していい場所でも、立場でもない。

「…そうか。それは残念だ。…理由はなんだ?」

良い話ではない。特に今は宝珠の件でそれぞれが忙しいから余計に。

「大司教の言いつけで待機していた法師を、怠惰と決めつけて暴行したそうです」

パンタソスは顔をしかめた。

「…それは…浅慮な奴だったな。いや、大司教?どの?まさか…ローズか?」

「はい。報告が上がっていました。しばらく休暇を取ったそうで…しかし、折しも宝珠が見つかりましたので、ベガ様がこれ幸いと教会の仕事をお任せに」

お、おぉ…それは気の毒にな…。

そう思うと、マリーが言ってきたのはローズの事か?過労させるなと?

「あまり酷使してやるな」

「はい。半日を複数回頂く予定との事です」

「そうか…」

ローズの持ち場には復活の法術が欠かせない。今はアイツをあそこに置いただけに余計に。ローズを失えばパンタソスの頭痛は更に増すだろう。

アダムは更に言葉を続けた。

「休暇の理由はハートのキングの指導だそうです」

「なに?…なぜ休暇の理由が指導なんだ?」

「こちらは学校からの書面です」

差し出された書面に目を通せば、模擬戦決勝時にハートのキングが試合に干渉しフィールドに慈雨を降らせたために再試合となった旨。そして、その審議中に一方的に逃走。日を改めて指導監督したいという旨が書かれていた。

「なんとまぁ…。若いな」

パンタソスは苦笑した。試合に興奮して慈雨を降らせたのか?叱責中にヘソ曲げて逃げ出すなんて、なんて子供じみた行動…。

『…もう…いいよ』

少年のあざ笑うかのような顔を思い出した。

ああ。確かに。あの生意気そうな少年の顔はいかにもやりそうな感じがする。ここの3階からも飛び降りて遊びに行ったくらいの強者だ。

ヴィナに似ていると思ったのは素の顔だけで、その感情や行動は…当たり前だが、やはり全くの他人だ。全然似てない。いや、それはそうだ。ヴィナは女の子だし。かわいい娘とは似ても似つかない。あのハートのキングは野生の猿だ。

…挑発的な言動も、反発する態度も、新たなハートのキングは反抗期真っ只中の十代そのものだ。下手に身体能力に優れている分、指導にも手を焼くだろう。

個別で時間をかけて、矯正、指導が必要だと判断したローズの苦労が偲ばれた。

…いや、あいつの事だ。むしろ悩みながらも熱心に指導してるんじゃないか?

「あいつも世話焼きだからな」

復活の法術が出来る有能で人格者…年齢は若いが、本来ならもっと上の役職で然るべき事だが…パンタソスの望みを汲んで士官学校に配属してから、教師としての面白さに満足してくれているようで…パンタソスは良い弟子を得たと誇らしくあった。

いずれ…落ち着いたら、何か礼がしたいな。

少年の時のローゼフォンを思い出して懐かしい気持ちになった。

「それと…」

アダムは言葉を区切った。

「お。まだあるのか。今日は盛りだくさんだな」

パンタソスは力なく笑って常温のお茶を飲んだ。

「王族が参詣に来ました」

ゴホッ!

パンタソスはむせた。

良かった。たくさん飲んで無い時で良かった。こぼさずに済んだ。自分偉い。

「聖下、どうぞ」

サッと手拭きを出すアダムを見て、気がきくというか、こいつまさかワザとじゃ無いよな?と思ってしまうパンタソスだった。




「…殿下。何も自ら大聖堂に行かれなくても良かったのではないですか?」

ロキは未だに渋い顔をしている。

「私がどこに行こうが良いだろう」

アイティールは不貞腐れた顔で答える。

ロキはため息を我慢した。

そもそも、殿下が教会に行ったのは絶対にニルを探しにだろう。それ以外に無い。それでいてせっかく大聖堂を参詣しても、数いる法術師の中でお目当てのニルを見つける事は出来なかった。

「…別に、私は宝珠と言うのが見つかったというから、見てみようと思っただけだ」

ツーンとそっぽを向いたままのアイティール。

ああ。そうですか…その割には周りばっかりチラチラ見てましたね。とは、さすがのロキでも言えない。

「でしたら、なおさら事前に予告しておきませんと…」

いきなり行って見られる程、気安い物でもないし、気安い関係でも無いだろう。こちらに対して特に敵視しているのは向こうの方だし…。

「うるさい。わかっている。大聖堂が現状どんなものだか見れただけでも良いんだ」

ああ。そうですか。気になってしょうがないんですね。殿下。…とは、これもさすがに言えない。

模擬戦で代休になった今日が終われば、明日は士官学校が始まる。

通達で休み明けに決勝戦の再試合が行われるそうだが、殿下はそんな事よりも理事長への交渉を早く済ませたいようだ。

「…………………」

ああ。また…いつもの殿下に戻ってしまった…。

ボーーーッと糸が切れた人形のように一点を見て動かない。感情が動く時は、癇癪を起こす時くらいだ。

外や他人の前では完璧でいる為に張り詰めて緊張しているせいか、誰もおらず、勉強や仕事もしないでいると、こうして人形のようにフリーズしてしまう。

基本…殿下には趣味らしい趣味が無い。相手に合わせてする事はあっても、自ら進んで好んでやる事が無い。それもあって、空いた時間を潰すのに勉強や鍛錬をしていたようなところもある。

…士官学校に行くようになって、人間らしくなったと思っていたが…ニルがいたから気を張っていたのか。

ならば、誰か他の者を家に招いた方が良いんだろうか?

「…ロキ…」

おっと。お呼びだ。

「はい」

「…手紙を持って来てくれ」

手紙。ああ、未開封のアレ。ようやく読む気になりましたか。さっさと済ませた方がよろしいでしょう。

銀のトレーに手紙を乗せて運べば、殿下はその青い封筒の色を見ただけで顔が歪んだ。

「違う!」

「左様ですか。ですが、そろそろ開封なさらなければ。急な用事では大事です」

冷静に進言すれば、殿下はソファーの上でうつむき頭を抱えた。

「じゃあ、おまえが開けて読め!火急な要件で無ければ、それでいいだろ!」

「殿下。そう言うわけにも参りません。先方は殿下のご返信を心待ちになさっておいでですから」

「うっるさい!!そんな事、俺の知った事か!!いくらでも待たせとけ!!」

やれやれ。…こう言う時にあのニルが役に立つんだがな…。

手紙なんてさっさと読んで、それらしい美辞麗句でも並べて済ませてしまえばいい。

今までそうしてきたわけだが、それもネタが尽きてきたのか。事務的な返信で済んでいたそれが、殿下が友人の事を書いたのをきっかけに、先方の手紙の数が増加した。しかもその内容は僻みっぽい。

婚約者が何を焦る事があるのか、遠回しに友人に対して否定的な意見までしてくるとなると…殿下にしてみれば、読む事すら拒否するようになってしまった。

「ロキ…早く持って来い」

歪んだ顔は、元が整っているだけに狂気を帯びる。

諦めてポケットにしまっていた紙を取り出せば、その収納場所のせいか、知ってて違う物を出したせいか睨まれた。

…両方だな。

手紙とも言えない紙の紙片。丁寧ではあるが、紙の片側には破った後がある。便箋ではなく、帳面(ノート)を破って書いた物だろう。無論、それに封筒なんて無い。極めて簡易的だ。

殿下は受け取ってから今でもこうして何度も読み返し、その紙片を眺めている。

「…なぜ、ニルの手紙は飽きないんだろう…」

「…………」

「ロキ、なぜだ?」

なぜか?そう問われましても、自分ならそんなに読んだらとっくに飽きていますがね。と言うか、読んだら捨ててる。

「…気持ちの問題ではないですか?」

「…気持ち…」

「手紙は情報を伝える他に、気持ちも伝えますので殿下とニル殿の気持ちがそこにあるのでしょう」

「…ニルとの…」

ゆえに、他人が読んだところで、文章の中の情報以外の何も入って来ない。

ただ、彼らしさは手紙でも出ている。率直で、気安くて、裏がない。あるのは友人への気遣いだ。

飽きずに眺める殿下には、そんな紙片よりも読んで済ませて頂きたい仕事が残っています。と、言いたいところだが、言えばどうなるか想像に容易いので言わずにおく。

その代わりにロキは再び紙片に視線を落とす殿下の視野に、さり気なく青い封筒を置いた。

「…ロキ」

「はい」

視界を移す事無く、殿下は指示した。

「封筒を開けてくれないか?」

ようやくやる気になりましたか。

「かしこまりました」

上質な青い封筒。中には同じく上質な水色の便箋が折りたたまれている。

「何枚入っている?」

「失礼します。…5枚です」

便箋を取り出して、枚数だけを数えた。

「では、概要を教えてくれ」

……。そう来たか。これは悪い癖になる。

「殿下。これはリリア嬢が殿下に宛てた手紙です。他人が読んだところで気持ちまで伝えられません」

「あとで読む。大体でいい」

「…本当にお読みになりますか?」

「ああ」

……仕方ない。開封しないよりはマシだ。

「…………」

読んでいくと…なんというか…これは殿下の気持ちがわかる…いや、わかってしまうのがダメだ。

そうでなれば、殿下を甘やかしてしまう。この件は殿下には感情はともかく、事務的にこなして頂かなければならない。

しかし…リリア嬢、以前にも増して、ニオイがキツくなってきたな。

それは、手紙に振りかけられた香水の匂いだけでなく…自己顕示欲という過度な自己主張のニオイだ。

手紙の文章は基本、私が、私に、私の、私へ、私から、で溢れている。

自己主張も少々のものならば、かわいいものだろう。自分が1番大切にされたいと思う気持ちも、着飾って美しさを競うのも女の性だ。だが、それも満たされなければ、周囲に毒を撒くようになる。自分よりも相手がいかに劣っているか、おとしめる発言をする。

手紙には「殿下が友人をかたる悪人に騙されてるのでは無いですか?王家の輝きに惹かれるものにはくれぐれもご注意下さい」とある。

殿下の友人の身辺調査は抜かりが無いであろう事を知っているにも関わらずそれを言うか。

それは客観性も整合性ないただの誹謗中傷だ。

…リリア嬢。基本的な事だが、相手の友人の批判というのはかなりの悪手だが、どういう目論見からだろうか?

これで一発逆転があるとしたら、ニルが本当に殿下を利用するだけの悪人…もしくは、修復不能なほどの虚偽、または決定的な意見と立場の相違があった場合だが…。

リリア嬢…なかなか狭い高得点に賭けたな。

「…………」

さて、この内容をどうまとめたものか…。

水色の便箋を手に腕を組めば、殿下が聞いてきた。

「……それで?リリアはなんと?」

「……。お元気のようです」

それくらいしか伝える事は無い。本当に。5枚もあるの中で、有益と判断しうる、まともな情報が無い。

「そうか。何よりだ」

殿下はニッコリと笑うと、ニルからの手紙をたたんで懐に入れた。

水色の便箋を手渡そうとすれば、「封筒に入れておいてくれ」と言って一瞥もせずに机に移動した。

「…手紙を書きたいが…住所がわからない時はどうするべきか?」

「?…ご住所でしたらお変わりないはずです」

リリア嬢からの手紙にも旅行中や移住したなどとは書かれていない。

「(…そうか。顧問に渡せば…いや、教会か?)」

殿下の呟きで、そもそも受取人の違いに気付いた。

「……」

殿下。返信を書いて頂きたい相手が違います。それから、手紙の扱いも。

男友達のメモ書きを大事そうに懐にしまわないで下さい。誤解が生じます。

答えずに見守れば、殿下はサラサラと手紙を書き始めた。その筆の運びはスムーズで、熱心だ。途中、考え考えしながらもすでに2枚目に移っている。

これは3枚目も行くんじゃないだろうか?珍しい。殿下の普段の手紙は必要最低限の連絡事項なのに。

いや、それは指示書か。…そう思えば、単純に気持ちを伝える手紙など、出す相手がいなかった。

……。まぁ、そう言うことなら、友人関係は順調だ。あとは、婚姻関係だが。これは義務だ。そこに恋愛が伴えば何よりだが…無理なら妾でも作ってもらって構わない。

終わったら、定型文でも良いから返信を書いてくれないだろうか…と、タイミングを図るロキだった。



「全く。いつまで続ける気だったんだか」

中庭で、日が暮れるまでずーと光玉を作り続けていた私達にマリーさんは呆れた。

「でも、結構いいとこまで出来るようになりましたもんね?」

「まぁな…」

先生はボジャーが水を飲む所を撮った光玉を再生して眺めている。今では20秒くらいは録画に成功している。

「あら。ボジャーが…!へぇ!面白い光玉!ちょっと見して!」

マリーさんは動画の中身がボジャーな事に興味を引いた。

「………。すーぷーちゃん、それで?」

先生が見ていた光玉は奪われるようにマリーさんの手に渡った。

「はい?」

ローズ先生が手持ちぶたさになって、唐突に聞いてきた。私達は夕食を終えてそのままダイニングで話をしている。

「夜になったらわかるといっていた3つの光玉はどんなのだ?」

先生のワクワクは次のターゲットに移っている。今はこの3つの光玉で、なぜか果物カゴに入れられている。抜群の収まりっぷりだ。

「……。良いですけど、怒るの無しですよ?」

恐る恐る言えば、先生は頷く。

「もう怒らない。おまえは見てないと危ないからな。いちいち叱るより把握しておいた方がお互いのためだ」

「…はぁ…」

それは、今日みたいに新しい光玉を作るのが楽しいからでは無いだろうか…?

「違う。私欲のためじゃ無い。…いや、新しい光玉作りは面白い。それは認める」

え。バレた。言ってないのに。

私の驚きにローズ先生は苦笑した。

「おまえは言わずもがな顔に書いてある。…俺がおまえの光玉目当てでそう言ったと思ってるなら、そこは違う。とハッキリと訂正させてもらう」

「…じゃあ、なんでですか…?」

「おまえは新しいアイデアが浮かぶと、試さないわけにはいかないだろ?」

「…いや、…ああ…そうですね」

それは否定出来ない。

「それがどんなに今までの常識から外れていようが、おまえにとっては新しい思いつきのチャレンジでしか無い。そして、それがことごとく成功している。それだけだ」

「……はい」

「だから、それを怒っても仕方ない。おまえにとっては、俺に叱られるごとにチャレンジするなと言われていたようなもので、それは俺もきちんと説明していなかった。すまなかった」

「いえ、そんな…えーと…つまり?」

「俺が心配しているのは、おまえのその価値に対する無防備な考え方と態度だ」

「僕の?」

「教会で、初めて作ったこのドーガ光玉とやらを、こんなの要らない。って言っただろ?」

「あ。ああ…証拠映像ですか。僕、持ってても見ないですもん」

「中身の事じゃない。そういう事が出来る稀有な光玉自体を、簡単に作った上に要らないと言う所だ」

「え。えぇ…。そこ…いやでも、あれは再生しか出来ないし」

「すーぷーちゃん…次は何を考えてるんだ?それがコレか?」

「いえ。これは違います。いや、今言ったのは1つで何度も繰り返し別な映像の取れる動画光玉があったら、いちいち作らなくて便利だなーと…」

「作れるのか?」

「いえ。思ってみたけど、今は別に必要性を感じないんで」

「……そうか」

「それに、これは動画光玉じゃなくてカメラ光玉。仕組みとしてもこっちの方が初期です」

3つ並んだ光玉は記憶媒体だ。

「その割にはこっちに固執していたじゃ無いか」

「光玉そのものより、その中身です。…ああ、じゃあ、お見せします。えーと、どこが良いかな…あ。この壁がいいかも…」

私はちょうどいい広さと場所のダイニングの壁に目を付けた。そこに向けて光玉をセットする。

「マリーさん、部屋のあかりを一旦、消したいんですけど…」

「え?…あ、はいはい。暗くするのね」

照明受けに吊るされた光玉。マリーさんが仕掛けのスイッチで光を遮ると部屋は暗くなった。

ソファーで寝ていたボジャーがプルプルッと頭を振る音がする。

「えーと…これ…あ、そう、こうか」

光玉を撫でれば光がさした。それを壁に向ける。画像が壁に浮かんだ。

それはプロジェクターを模した光玉だ。内容は図書室の本。

「これは…!」

「あら!すごい!壁一面に光の影が出来てる!なぁに?これ、影絵?」

暗い室内で、先生とマリーさんの驚く声がする。先生が席を立って映し出された壁を撫でた。そして自分の影で画像が遮られて驚き、身を引くと手を光にかざし、影を確認すると、また壁を触っている。

「壁に光玉が記憶した光を投射してるんです」

あ。先生、戻って来た。今度は光玉をしげしげと眺めている。

「なるほど…影絵みたいな感じか!」

「…図書室の本…読み終わりそうに無いんで…借りれないし、写せないし、ダメなのわかってて、つい…」

本の写メ撮りは犯罪!著作権侵害だ。本屋さんなら万引き同等。

「…これだけか?」

光玉と画像を眺めて先生が言えば、私は光玉を撫でた。画像(ページ)が変わる。

「まるっと全部…1個に1冊内容が入ってます…多分。確認して無いですけど」

「…全部…」

先生が感嘆した。そして、光玉を撫でて画像を変えまくっている。

「すみません…僕、個人的に読みたかっただけで…読み終えたら削除するつもりでした」

売り物と違い、持ち出せない図書室の本。光玉の使い方を知らなければ、図書室で本を読むのと同じ事かと思った。

「あら。賢いわねぇ」

マリーさんが呑気に感心した。

「……。これは対抗防御法陣の本か…」

先生は本の内容で気が付いた。なんか…不本意だ。著者があの人って事が。負けた気がする。

「…すーぷーちゃん…」

「い、いや!知識として!誰が書いたかとかじゃなくて!使えると思ったからであって!」

「別に責めてない。…いや、この方法は別として、怒っているわけじゃない」

この方法は別として…

「…やっぱり、マズいですよね…これ」

「マズいな。この方法が広く普及したら危険だ。閲覧制限という概念が無くなる。法術はまだしも、魔法においては特に危ない。そして、わかるか?こんな事が出来るおまえ自身の身が、かなり危ない」

先生の声は真剣だ。

「…えーと…」

「こんな技能を持っているのがわかれば、おまえは禁書だろうが悪書だろうが下手すれば、周りに気付かれずにその知識だけを持ち出せるし、複写もし放題だ。おまえがそんな事はしたくないとしても、そうだな…叔母さんや俺を人質にとられたらどうだ?悪事に加担せざるをえなくなるだろ?」

「あ…」

た、確かに…。

「それで危険な魔法が悪い奴らに渡ったとすればどうだ?…恐ろしい事になるぞ?」

「……。はい」

プロジェクターの明かりだけのダイニングルームに重い空気が満ちた。

「スレイプニル。俺が心配しているのはこう言う事だ。…おまえの能力に、この世界の常識が追いついていない」

「……はい」

「おまえには悪意が無い。それは俺もわかる。だが、おまえが生み出した物がどう扱われるかは、使う人間の善悪を問わない。おまえが望まない結果も起こり得る。…慎重になれ。新しいものを簡単に人の目に触れさせるな」

「……はい」

先生がふー…と息を吐いた。

「そんなわけで…この技術は絶対に持ち出すな。人にも話すな。…ドーガ光玉もだ」

「あ。…でも…大丈夫でしょうか?」

「なんだ?」

「今日、1個あげちゃいましたし…」

司祭に。

「…………ぅあ!」

あ、変な声した。わかりますよ。先生。私も想定外です。

「…すーぷーちゃん…あの光玉は…どれくらい保つ?」

呻くような先生の声。

「さぁ?…初めて作ったんで…わかりません」

「ああ!でも保管箱入れられたら消えない!絶対、保管箱行きだ!」

ゴン!と何かがぶつかる音がした。暗いからよくわからないけど。

沈黙を破ったのはマリーさんだ。

「まぁ、作っちゃったものを今更無かった事には出来ないし。仕方ないわよ。上には正直に危険性を指摘して、もう作りません。って事で。あとは教皇様がチョイチョイしてくれるでしょ」

え?!

「嫌です!!」

思わず大きな声が出た。

「僕のした事で、あの人が何するんですか?!」

プロジェクターの明かりだけの薄暗い部屋で、声が荒れる。

「す、すーぷーちゃん。落ち着いて?」

「それは絶対に嫌だ!光玉を作らないのは良いとしても、あの人の世話になんて絶対に嫌だ!!」

「スレイプニル」

先生のドスの効いた声だって、嫌なもんは嫌だ!!

「すーぷーちゃん、それは仕方ないっていうか…ほら、別に教皇様があなたを責めるわけじゃ無いでしょ?むしろ、あなたを…」

「会いたく無いし!!話も声も聞きたく無いし!!僕はッ!!絶対に!!拒否するッ!!」

「スレイプニル!」

先生の怒った声に、全てが含まれている気がして悲しくなった。それは、「教皇様に逆らうな。敬え。立派な人なんだから間違えるはずが無い。全て教皇様が正しいんだ」って。そんなの嘘だ!納得出来ない!

出てきた涙が止まんない。

「うわあぁぁあああー!!先生なんて嫌いだー!!」

あんな奴!立派でもなんでも無い!!そんなの信じる大人なんて嫌いだ!!

私は衝動的にその場から去りたかった。薄暗いダイニングからイスを倒して足を踏み出せば、悲鳴がした。

「ギャイン!!」

それは犬の鳴き声だ。そして何かチューブ状の物を踏んだ感触があった。

あ!ボジャーだ!いつの間に足元にいたの?!

「ご、ごめん!ボジャー!どこ?痛い?!」

薄暗い部屋の足元は全然見えない。慌ててしゃがんで、その毛で覆われた犬の体に触れた。

「キャンキャンキャンキャン!!」

お座りしたまま甲高い悲鳴をあげるボジャーに心配になる。

すごい痛そう!まさか骨が折れたのかな?!

「あらあら!ちょっと!大丈夫?」

マリーさんが私とボジャーの場所を探してオタオタした。薄暗い中、大騒ぎだ。

すると、オレンジ色の光が灯って部屋全体が見渡せるようになった。先生が光玉を作ったんだ。

明るくなった室内で、ボジャーは鳴き止み、私を見て尻尾を振っていた。

「ボジャー…」

ク、クー。と微かな声とも息とも言えない音をあげてボジャーは、床に座り込んだ私の膝に前足を乗せて顔を舐めてきた。

「ボジャー、どこが痛いの?!」

確認するために背中を撫でると嬉しそうに尻尾を振る。

え。なんか、全然、平気そうじゃない…?

「ぼ、ボジャー…痛いんじゃ…うわ!」

ボジャーの勢いに押し倒されそうになる。座り込んだ床に手をついた。

「あらあら。…ボジャーはすーぷーちゃんが心配だったのね…」

ええ?…だって、それまではソファーからあんまり動かないのに…こんなにアグレッシブ…う!

「うわぁ!」

犬の冷たい濡れた鼻と、あったかい大きな舌がグイグイくる。

「ボジャー。おいで」

先生が手を出すと、ボジャーは大人しく引いて先生の前に立った。緩やかに尾を振っている。

「僕、ボジャーのどこかを踏んじゃって…」

手足は、かばってない。尻尾かな…?

先生はボジャーの手足を触って尻尾も触った。けど、ボジャーは口でハァハァと呼吸しながら、いつも通りで痛がって泣いたりしなかった。

「…なんでもない。どうせ、尻尾を踏まれたくらいだろ。触って痛がらないなら治癒もいらない」

なんだ…。良かった。すごい声で鳴くから、骨が折れたりしたのかと思った…。

ボジャーは皆に注目されて尾を振りながら部屋を歩くと、再びソファーの上に、よっこらしょって感じで登り座って落ち着いた。

「…………」

「…………」

その様子を見守っていた私達なわけなんだけど…ボジャーのせいで、すっかり勢いを削がれてしまった私としては、床に座り込んだまま気まずい…。

「ボジャーは本当に賢いわねぇ」

マリーさんがクスクスと笑いながらボジャーを褒めた。

「え?…なにが…」

意味がわからない。

「ボジャーはね。ケンカや誰かが悲しいのが嫌なのよ。だから心配になって見に来て、わざと大げさに騒いだのよ」

「えぇ?!まさか…」

いや、でも実際、笑顔…って言うのも変だけど、平気そうな顔してたな。すぐ鳴き止んだし。

「……ズルい…」

勢いを削がれた方はどうすればいいのさ。

「すーぷーちゃん、ほら、そんな所に座ってないで。落ち着きなさい。今、飲み物持って来るから」

マリーさんはそう言ってキッチンへ行った。

「…………」

「すーぷーちゃん。おすわり」

先生はイスを示してそういった。

「…犬扱いしないでください」

「ボジャーもソファーに座ってるぞ」

先生は席を立ち、天井に釣り上げられた照明器具の仕掛けを下ろして、白銀の光玉から自ら作ったオレンジ色の光玉に移し替えた。そうすると、部屋の中は暖かなオレンジ色に包まれる。

「…やっぱり、一般家庭もオレンジ色の明かりがいいな…」

白銀の光玉は明るい。けれど、強い。

ホッとする気持ちになって呟いた。

先生は席に戻る。

「…優しい気持ちになるから。だろ」

そう言って、テーブルの上にあったカメラ光玉を藤カゴに戻してどかした。

「…はい。…違いますか?」

「いや。違わない」

先生は落ち着いていた。

「………」

先生はそのまま腕を組んで考え事をしている。

「………」

気まずいな…。早くマリーさん来てくれないかな…。

沈黙に耐えかねて視線を移せばボジャーがあくびをしていた。

この策士め!すっかり騙されたよ!ボジャー。

…とは言え(多分)尻尾を踏んだのは確かだ。

それはゴメン。

「………」

…私が犬でも、ケンカや悲しいのは嫌だしな…。犬が演技をするって知らなかったな…。

難しい顔で黙り込んで思案する先生と、ボジャーを見比べれば、ボジャーと目が合った。ボジャーは私を見てパフパフと尻尾を振った。それでいて前足を突き出し、お腹を出して「触ってみます?」って顔を傾けた。

……かわいい。



スレイプニルは教皇様の名前に興奮し動揺した。

そもそも、教皇様は完全なとばっちりだ。本当に責められるはずなのは実父なわけで、ただ香木の匂いという共通点だけで、スレイプニルの嫌悪の対象が教皇様になってしまっている。

いや、子供だからこそ…無意識に実父よりも他人である教皇様のせいにして守りたいのか…?

しかしそれでは、これからますます支障が出る。それにそんなこと間違っている。

くそ!誰だ!高位の法術師のくせに子供を置き去りにするような人間として最低な奴!お前のせいで面倒くさいトラウマになったんだぞ!嫌われるのは教皇様じゃなくてその実父だろ!

これは、香木の匂いという共通点で結びついてしまったスレイプニルのイメージを、全く別人として認識させる必要がある。

遠目からでも教皇様の凄いところを見せればどうだろう?まずはそういう所からか?よし!それだな。

「…すーぷーちゃん」

って、いない?!どこ行った?!

結論が出た所で、顔をあげて名を呼べば、そこにいたはずのやつがいない。

「かわいいー。痒い痒い…あはは、足動いてる。掻けてないし」

いつの間にかスレイプニルはソファーに座るボジャーを構っていた。

「…………」

うん。今、真面目な話をするところだったよな?すーぷーちゃん。ボジャーを構うっておまえ、さっき泣いて騒いだくせに…いや、怒るな?怒って無いし。

「すー」

「はいはい。お待たせ。さ。すーぷーちゃん、甘めに入れた紅茶をどうぞ」

なるべく穏やかに名前を呼ぼうとすれば、叔母が温かい飲み物を持って来た。

…相変わらずタイミングが強引だな。叔母さん。

「あら。やだ。火、消えてたかしら?ちょっと見てくるわ」

そして、また慌ただしいな。…お茶は配るのか?じゃあ手伝うか。どれも同じなら適当に置けばいいな。

「あ…ありがとうございます…」

テーブルに戻ったスレイプニルに、カップの紅茶を配って置いた。叔母は間も無く戻ってきた。

「良かった。大丈夫だったわ。部屋がオレンジ色って良いわねぇ!」

叔母は楽天的で場の雰囲気を変えるきっかけがうまい。明かりを見ながら席に着いた。

まぁ、確かに…またスレイプニルに興奮されたら厄介だな。

「…叔母さん、これはすーぷーちゃんが発見したんだ。こいつは光玉作りが得意なんだ」

少しでも落ち着くように、便乗しておこう。

「まぁ!そうなの?オレンジ色なんて初めてだわ。さっきのボジャーの入った光玉も面白かったもの」

俺の手から奪ったボジャーの映った光玉は叔母のお気に入りのようだ。返してくれない。

「……記憶しておけるって良いなって思ったんです。子供の成長や、残しておきたい場面(シーン)ってあるから…大切な人とか、記念の日を」

「すごく良いと思う!!」

叔母は目を輝かせて大きく頷いた。

「…そう思いますか?」

不安そうだったスレイプニルの顔がパッと持ち上がった。

「もちろんよ!すごく素敵だわ」

叔母の言葉にスレイプニルはモジモジと瞬いた。

…叔母、褒めるの上手いな…。そうか。大げさな感じがわかりやすいのか。犬と同じだな。

「今だって魔法の絵画はあるのよ?でも、ここまで風景そのままじゃないもの!」

「魔法の絵画?…それってどんなのですか?」

「魔法の絵の具で描かれた肖像画や風景だ。数秒、繰り返し動く」

スレイプニルは目を丸くした。

「絵が?まさかー」

まさかっておまえ…おまえの光玉の方がまさか!だよ。

「ウチには無いのよねぇ。あれって見飽きると…なんて言うか…物によっては鬱陶しいし?」

「そ、そうなんですか…?」

「同じ動きの繰り返しだからな」

「へぇ…不思議だなー」

いや、おまえの光玉の方が充分不思議なんだぞ!すーぷーちゃん!しかし、そう言う自覚の無い奴だからな。

スレイプニルは熱い紅茶を慎重に口にした。

まだ熱いんじゃないか?カップは結構、熱かったんだが…。

「ロズ。明日から学校始まるのよね?あなたは?休み?」

「ああ、他の生徒は今日まで代休だったからな」

「いつまで休めるの?すーぷーちゃんと出かけたりできる?」

「出かける…いや?どうかな…そもそも偶発的な休みだからな。俺は…まぁ、そのうち具体的な話が来ると思う」

「良いんじゃない?たまにはそういうのも。しっかり休ませてもらったら?」

「うーん…だが、俺、教会の仕事あるし…学校にも連絡とらないと…」

「あ。いや、ロズはいなくても、すーぷーちゃんだけで大丈夫」

サラリと出たな。

「………。叔母さん…俺、邪魔者?」

それって、そう言う感じだよな…?

「あらやだ!そーんな事ないわよ!ねぇ!すーぷーちゃん?」

「………え?」

カップを両手で持ち、チビチビお茶を飲んでいたスレイプニルは瞬いた。

「ねー?すーぷーちゃん。ロズの事、嫌いじゃ無いよね?」

………。叔母さん…それ、さっきの話か。先生なんて嫌いだって…蒸し返すな。

「ロス…好きです」

「…は?」

今…なんて?

「…………」

聞き間違えたか?

チラリと叔母を見ると、叔母も「うん?」って顔をしているから聞き間違えて無い?

スレイプニルは構わず紅茶をチビチビと飲んでいる。

「…すーぷーちゃん…叔母ちゃんも好き?」

オイ。叔母さん。どこの子供あやしてるつもりで…いや、すーぷーちゃん、おまッ…顔赤くなってないか?!

「僕…その…」

赤い顔で言いにくそうにモジモジと俯くスレイプニル。

「叔母さん!…いたいけな少年をからかうんじゃない」

法術師だからって馬鹿にするんじゃ無いぞ!

「はい。僕…マリーさん、大好きです」

顔を赤くしながら緩んだ笑顔で告白するスレイプニル。

「キャー!聞いた!?…すーぷーちゃん!かわいいー!!」

叔母はそりゃもう嬉しそうに両手を胸の前で組んで身をよじった。

「………お、叔母さん…何、言わせてんの…お世辞だから、それ…」

いい歳して呆れるよ…。

「僕は…お世辞で言ってるわけじゃ無いです。マリーさん…料理上手で、素敵ですよね…」

ふわふわと笑いながら顔を赤くして告白するスレイプニルに、正直、ビビった。

おまえ…まさか…熟女好きだったのか?!…え?本気で?それはちょっと…いや、人の好みに文句を言うというわけじゃないが…懐いていたのはそう言うことか?…い、いいのか?それで。

「……あれ…?…ロズ。あんた…私のカップ配った…?」

叔母がスレイプニルの様子に眉をひそめて、確認してきた。

「…え?…どれ?」

「持ち手がちょっと欠けたやつ。あー!やっぱり違う!」

「え?なに?…どうした?」

みんな同じ柄だろ?欠けてる?…そんなのあったか?

「す、すーぷーちゃん!それ、ごめん、私のだわ…」

「別にどれも同じだろ?飲みかけでもあるまいし…」

持ち手が欠けてるくらい、別にどうって事ないだろうに。

「違うわよ!…私のカップに、少しだけブランデーいれたもん。すーぷーちゃん、大丈夫?」

はぁ?!酒?!

「ちょ!!叔母さん!!危ない!!」

俯いているスレイプニルに叔母が触れようとしていたから、慌てて止めた。

「え?…なにが?」

「コイツ!酒乱だから!!酒はダメなんだよ!!学校で酒飲んで赤竜のキングと素手でやりあって互角だったんだ!」

俺の説明に、叔母はフリーズした。本当に思考が停止していたと思う。しかし、ハッ!!と意識が戻ると、生温い憐れむ顔で俺を見た。

「ロズ。おまえ…本当に休暇もらって良かったわね。変な夢見ないでゆっくり寝なさい…」

「違う!夢じゃない!」

「すーぷーちゃん?大丈夫?ごめんね。お水持って来ようか?」

叔母は俯いているスレイプニルの肩に触れた。

「危なッ…」

い!不用意に触ったら…!

「マリーさんは優しいですねぇー…私そういう所、大好きです」

あれ?……え?

ふわふわと幸せそうなオーラを放ちながら、ご機嫌のスレイプニル。

「あら。ありがとう。…ずいぶんお酒に弱いのね。少ししか入れてないんだけど…」

叔母は慣れたようにスレイプニルの頬に触れた。今や顔から耳から首まで真っ赤だ。

「すごいドキドキしますー…」

潤んだ黒い目を忙しなく瞬きするスレイプニルはだいぶ酔っている。

どんだけ酒入れたんだ?これ、ほぼ酒だったんじゃ…。

「あらやだ。これ、寝かせた方がいいわね。ちょっとベッド整えてくるわ。ロズ、見ててね」

叔母さんは慌てて2階に上がって行った。

おかしいな?…酒乱って違うパターンもあるのか?

「すーぷーちゃん…」

試しに話しかけてみよう。

「ふぁい!」

呂律。回って無いぞ。そして目が眠そうだな。

「…おまえ、酒乱じゃなかったのか?」

「わかりましぇん!…しかし!ケンカはラメれす!みんな仲良きは幸しぇれす!」

「…………」

……あ、ああ、そう…。そうだな。

そう言って、紅茶を両手で抱えてチビチビと飲み始める。

「いや、おい。やめとけ」

カップごと抑えればその手は真っ赤で熱かった。

「くらさい」

「ダメだ。飲む量で人格が変わるのかも知れないだろ?どれくらい飲んでああなったのか知らないが」

危ない。あんな風になったらあちこち破壊される。

「私はー…みんなが好きれす!みんないい人だから!」

真っ赤な顔で黒い目を何度も瞬きしている。

「そうか。みんなもおまえが気になってるよ」

本当だ。こんなに注目を得る奴もいないだろ。

「…気になっている…というのは…好かれてるのれしょうか…?」

不安そうに問うスレイプニル。

「まぁ、そうだな」

「れも…くすろ先輩もなたる先輩も…怒っれると思います…」

「なんでだ?」

「わっしがー…邪魔しちゃかられす…」

ショボンとするスレイプニルの一人称が呂律同様におかしくて、可笑しい。

わしか。そうか。

「ちょー!なして笑うれすかー!おかしくないれしょー」

「ああ。そうだな。…おまえは気になってるんだな」

「…仲良くなれたら…よくないれすか…」

切なそうに言う姿はしんみりする。

「…そうだな」

あの2人は、いいコンビだったからな…。

「わーし、みんなが好きれす…」

「すーぷーちゃん…そうだな…」

なんだ?すごい平和的じゃないか。むしろ。

「…お茶くらさい」

「いや、それ、お茶じゃ無いから。こっちにしなさい」

酒入りに手を伸ばすスレイプニルに、手を付けてないお茶を渡した。

「 …先生!わーし、先生も好きれすよ?!」

お、おう。

「そうか。さっき嫌いって叫んでただろ。おまえ」

叔母さんまだか?からんで来られても困るんだが。さっさと寝かしつけたい。

「…すみましぇん…きらい言いました…きらい!ごめん!」

なんだと?

「おまえ、どっちだ?嫌いなのか」

スレイプニルはテーブルに突っ伏してうとうとし始めた。

「……ロスは好き…」

「オイ。なんだって?」

その時、叔母がそー…と戻って来た。

「すー」

ぷーちゃん、おい、起きろ。

「(ちょい待ち!)」

起こそうとすれば、叔母さんに止められた。

「え?なんで?」

「(いいから)」

叔母はスレイプニルの後ろに立つと光玉を手にしていた。

なんだ?何すんだ?

「すーちゃん。すーちゃん」

すーちゃん?…また随分、あだ名にあだ名が付いたな。

「…ふぁぃ…」

肩を叩かれゆるゆると頭を上げると叔母に振り返った。

「すーちゃん、すーちゃんは…ロズ好き?」

「……大好きです」

「ああ。そうかい。ありがとよ」

なんか、飼い主が犬の気持ち聞いたみたいな気持ちだな。

「…………」

「叔母さん?」

…叔母さん…。叔母よ…。その気合の入った「よし!!」の拳は、何をしているんだ…?

こっちからはスレイプニルの背中で見えない。

「…ロズ。叔母は本望です。長年の苦労が報われたような気持ちをもらったわ…」

…なんでだ?…意味がわからん。何がしたいんだ?そして達成感と哀愁に満ちた顔はなんで?

「俺は1ミリもわからないんだけど?なんの意味があったの?今」

「ロズよ…。それはね…あと数年もしたら、わかるでしょう…。この、叔母の偉大さが!」

「ああ、そう…」

いつものお遊びね。はいはい。そう言うのいいから。

「あ。せっかくだから、もう一個」

え?なに?なんだ?もしかして…

「まさか…叔母さん、光玉に入れてる?…それスレイプニル、嫌がるぞ」

日中、めちゃくちゃ嫌がってたからな。酔った姿なんて更に嫌がるだろ。からかうつもりか?叔母も意外と意地悪だな。

「すーちゃん。すーちゃん。教えて。教えて」

ウトウトしてるスレイプニルに呼びかけた。

全く…叔母も子供っぽいからな。酔ったコイツが面白いんだろうが…。

「…ふぁい…」

突っ伏したまま返事をした。顔だけ横を向いたので叔母は隣に座った。

「すーちゃんは、パパ好き?」

パパ?…パパって、実父か?まさか!

「…知らない…」

ほら見ろ。

「…お父さんは?」

「…父さん……」

スレイプニルは沈黙した。

「………」

「…うわ!ごめん!ごめんね!すーちゃん!」

なんだ?どうした?

訝しんで覗けばスレイプニルはシクシク泣いていた。

「叔母さん…」

ヤメロ。本当に。趣味悪過ぎだ!

「ごめん…。本当に傷は深いね…これ…」

叔母は深刻に肩を落とした。

本当に…あれだけ興奮して怒って酔ったら泣くって事は、それだけ情が深かったんだろう。

「…寝かせよう」

「…起きるかしら?すーぷーちゃん。2階行ける?」

「無理だろ。いいよ。運ぶから」

「ちょっと、落とさないでよ?」

はいはい。全く誰のせいだと思ってんの?酒なんて入れないでくれ。

酒のせいで体温が上がったスレイプニルは抱き上げると温かかくて収まりがいい。

「はい。オッケー。ありがとう。あ。靴、脱いで」

部屋のベッドに運んで寝かせれば、あとは叔母が世話をやく。

「えーと…あとは…あ。そうだ。ちょっと待って」

叔母は何かを思い付いて下に降りて行った。

…忙しい人だな。張り切っているのはわかるが。

「………」

布団に入れたスレイプニルは穏やかに寝ている。

やれやれ。酒乱が発揮されなくて良かった。

「……教えて、すーちゃん…か」

教えてくれ。おまえの隠してるのはなんだ?

「…うー…」

もそっと身動いで返事をしたようだったので、気まぐれに聞いてみた。

「すーぷーちゃん。おまえの秘密はなんだ?」

「……僕…ぼくは…わーし…」

力無い声でそう答えたのが聞こえた。

僕はワシ?自分は自分って事か?まぁ、そうだな。…なんだ。これでも意外と会話になるな。

枕元に膝をついて更に聞いてみた。

「…おまえの親父は誰だ?知っているのか?」

「……きょうこうさま…」

「いや。それは違う」

前言撤回。会話にならない。酔ってる。まぁ、そうだよな。

「それで?…なんで嫌いなんだ?」

教皇様を。

「…ロスはすき…」

おい。違う。…いや、ロス?…ロスって…ああ、そうか。確か、弟か?なんだ。そうか。(ロズ)じゃなくて(ロス)か。紛らわしいな。

「すーぷーちゃん。ロスって弟だったよな?」

「……………」

返事しないのかよ!…なんだ、完全に寝たのか?

「すーぷーちゃん?」

眠る顔の近くに置かれた手をトントンと軽く叩けば、指をゆるく握られた。

酒が入って熱くなった手は指を掴むと次第にわずかながら力が入る。

スッと目がわずかに開き、伏し目の黒い目が神秘的に見えた。酔ったスレイプニルが、まるで予言を告げる占い師のように囁いた。

「…ロズ…今でもあなたは…私のひかり…」

「?!」

耳を疑った。

淀みなく発した言葉はあの日の彼女の言葉。

「なん…で?…なんでおまえがそれを?!知るわけが無いだろ?!」

驚愕に言葉を失えば、目は緩やかに閉じて、穏やかな寝息がした。指を握られていた手は力を無くし、解けるように放たれる。

「………」

どう言う事だ…誰にも言って無いのに…。たまたまなんてありえる言葉か?無いだろ?!

「やっぱり、すぐ飲めるように水があった方が良いわよね。…何?どしたの?」

カップと水差しを持って来た叔母が、床に膝をついた俺を心配そうに聞いてきた。

「………。よく…わからない…不思議な…体験をした…」

「…どんな?」

呆然とする頭に、叔母は水差しを乗せたトレーを持ったまま冷静に聞いてきた。

「………。いや。いい。説明し難い」

説明がつかない。あり得ない。

ほんの一瞬、まるで憑依されたかのような感じだった。だが、闇の気配も…霊気も感じなかった。

クピー。と寝息をたてて眠るスレイプニルに、もうあの様子は微塵も無かった。








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