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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
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第35章 代わりがきかないような存在を、ある日、自分のせいで失ってしまったとしたら

部屋に逃げ込んで、急いで窓を開けた。

腕に当たって竹で出来たウィンドチャイムがカランコロンとかわいい音をたてる。

雨で湿った窓枠に陽が当たったせいか、風に優しい古い木の匂いがした。

深呼吸〜!吸い込んだニオイ出て行け!

体に吸い込んだ香木のニオイを置き換えて欲しい。

「…………」

脳裏にさっきの楽しそうな親子の景色が浮かんで頭を振った。

「…すーぷーちゃん?大丈夫?」

部屋の外の廊下からマリーさんの声がする。マリーさんは扉を開けずに声をかけてくれた。

「…あ。はい」

「落ち着いたら降りてらっしゃい。…疲れたなら休んでていいからね?」

「…はい。少し…休んでから行きます」

まだ下に香木のニオイが残っているのは嫌だから、時間を開けてからにしよう。

…そうだ…日誌をつけよう。さっきの光玉の事。きちんとアイティールの元へ渡ったかな…。

私はカバンから日誌を取り出すと、バルーンラッピングのイメージの光玉を書き足した。

それは、中身を風雨から守るから衛生的でもあるはずだ。ついでにステンドグラスクッキーの概要もおまけに描いとこう。

この日誌には、文字と共に詳細なイラストも挿絵に描いてきたから、読み返しても満足感がある。

改めて読み返して不足している部分があれば、書き込んだ。

これで色鉛筆があれば更に良かったな…。

私は無心で日誌を書き加える事にした。



「はい。お茶」

ざっとシャワーを浴びて法衣から私服に着替えた。そして居間に行けば叔母が紅茶を出した。

「すーぷーちゃんは?」

ボジャーの隣に座り、頭を撫でた。

「まだ上よ。落ち着いたら降りてくるわよ」

「…大丈夫か?…あいつは突拍子もない行動をする奴だからな…」

出てくるまで気が気じゃ無い。

2階に続く階段の方を眺めながらボヤけば、叔母はなんとも言えない顔をしていた。

この叔母、昔から少し変わった人だと思っていたが、やたらとスレイプニルに対して扱いがうまい…。奴も初日から懐いてるし…母親みたいな感じなのか?

「それで、教会の様子はどうだったの?」

叔母がテーブルに座って聞いてきた。

「宝珠の件で、どこもそれぞれ慌ただしかった。滅多にない瑞兆だから。…とは言え、アイツが言ったように、それで何の役に立つかと言われたら…少なくとも治癒の患者を待たす程の理由にはならないんだろうな…」

「影響が出ているの?」

「いや、今はそんなには変わらないと思う。ただ、ベガ様から仕事を振られるほどだから、誰もが忙しいだろうな…。教皇様は特に」

ボジャーから離れて適度に冷めたお茶を飲みに席に着いた時、叔母は改めて聞いてきた。

「教皇様…最近、何かお変わり無かった?」

「…いや?変わりないよ。…強いて言うなら普段の、はつらつとした感じが落ち着いていたな…少しお疲れなのかもな。宝珠の事もあるし」

普段は激務だろうが顔色変えずにこなして、休む時はしっかりメリハリをつける教皇様にしては珍しい。

「…あ、そう…。ねぇ、すーぷーちゃんはハートのキングなんでしょ?」

「そうだけど?」

「教皇様、ご存知よね?白竜にハートのキングが出たって事」

「ああ。興味を持たれてわざわざ学校においでになったくらいだ」

「えっ?!それで?!会わなかったの?!」

…なんで会わない前提なんだ?

「いや。会われた。それも、スレイプニルが大概失礼な態度だった」

あれも、本当に本気でわからせないとダメだな。失礼が過ぎるだろ。

「で?!で?!教皇様、なんて?!」

「いや、さすがは教皇様。学生の生意気な態度にも動じずに大らかに、話がしたいって」

叔母は固唾を飲んで話を聞いている。

「…それで…話を…したの?」

「いや。事もあろうか、スレイプニルが逃げた。もういいよって吐き捨てて。全く…何が良いもんか!」

アイツ、今、思い出しても不敬な態度だったな!酒癖悪過ぎだ!ああ、でも普段おとなしい奴ほど酒で変わるって言うからな。

「それで?!教皇様なんて?」

「え。ああ…。急に来たから驚いたんだろう。って咎めずに帰られた。本当にパンタソス様の人柄に救われた」

「すんなり?」

すんなり?…ああ、まぁ…

「叔母さんは知らないだろうけど、アイツの逃げ足は猫より速いんだ。教皇様も関心するくらいに」

「……あ…そう…。なんか…らしく無いわね…」

叔母は釈然としない様子でぼんやりしていた。らしく無い?ああ、スレイプニルが?

「その時、あいつ酔っていたからな。目つきなんて、別人みたいになってた。野良犬みたいに睨み付けてさ」

「……そう…」

叔母はそう言って、ゆっくりとお茶を飲んだ。

そうだ、聞きたかったんだ。

「…ところで、飴ってなんの話?」

「ん?何が?」

「いや、さっきスレイプニルが言ってたじゃないか。飴だって」

買い物を頼んだにしても、飴?…子供じゃあるまいし。外出する言い訳にしたなら注意しないとな。

「叔母さん、あいつはああ見えて教会の期待だ。まだ若い雛に誘惑があったらどう転ぶかわからない。街に安易に一人で出すのは危険だ」

「んぇ?!…あ!ああ、そうね、そうねぇ…」

なんだ、その切れの悪い態度は。あいつの見た目で子供扱いしてるのか?

「すーぷーちゃんだって、今はああでもいつ女の子に興味が出るかわからない。むしろ、ああいうタイプの方が危ないんだ」

奥手の奴ほど目覚めた時の反動があるからな。あいつにも魔の10代後半が来る。これからが自制が難しい年頃だろ。ちょっとでもそれっぽい情報が入れば、頭の中はそればっかりになるからな。

「…危ないのは危ないわよねぇ…逆の意味で。うん。間違いなく」

「逆の意味?」

「いや…まぁ…その…。そうだ!以前、ダイヤのキングが白竜を抜けた時、どう思ったの?」

「……なんで?」

「許せ無かった?…本当は、クッピーみたいにあなたもグチりたかったんじゃないの?」

確かに。荒れたクストを案じてここに連れて来たのは、自分でも気持ちの整理が出来なかったからだ。

だが、自分よりも動揺し嘆くクストを見ると客観的に冷静にもなれた。

「…ナタルは、自分で進む道を決めたんだろう。ナタルが自分で選んだ人生に文句は言えない」

黒竜で頭角を現すナタル本人に、白竜を惜しむ気持ちは見えない。ナタル本人が言ったように、ナタルは法術師になるよりも、魔法師になりたかったのだろう。

「じゃあ、すーぷーちゃんが魔法師になりたいって言ったら?」

「……………」

叔母の問いに言葉が詰まる。今の俺に「アイツの人生だから」…とは、言えない。

「……あいつが…そう言ったのか?」

「いいえ。全然」

違うのかよ!!じゃあ聞くなよ!!驚かせないでくれ!

「やっだ。怖い顔。あんたもクッピーと同じなのね。…まぁ、法術師ですもんね」

叔母は苦笑した。

「…どういう意味?」

「んー…法術師ってのはさ、純粋なのよ。純潔純潔って特徴的な事ばかり言うけど、一番は…内面的な所にあると思うの。…法術師であり続けると、ただ一つのものを純粋にとても大事にする。執着と言えるほど。だから法術師って時に嫉妬深くて、意固地で、盲目的に偏愛して、失えば未練タラタラに囚われる。融通が効かないのよねぇ…」

「…叔母さん…それ、全法術師をけなしてるよね…?」

しかも、随分な言いようで…。

「とんでもない。一途なのよね。法術師は。特に伴侶を見つけてからは代わりがきかなくて、失えばずっと一人…」

叔母はため息を吐いた。

「別に…そうじゃない奴だっているさ」

引退してから女遊びを覚えて娼館通いで破産する者だっているし、離婚や再婚だっている。とは言え、それはもう法術師ではなく魔法師だが。

「そうかしら?…私は法術師として長い人ほど、そんな印象があるけどね。…ああ、逆なのかしら…純粋で一途だから法術師を続けられる…?」

それって遠回しに教皇様とか枢機卿達を批判してるのか?

「叔母さんの周りがたまたまそうだっただけで…」

「あら。それじゃ、ロズ、あなたはどうなのかしら?あの不自由な格好を始めてもう何年?」

うわ。キタ。またその説教なのか…。

「……別に…」

「好きでやってるっていうの?ああ、ロズ…なにもそこまで守らなくたって…彼女は、」

叔母が嘆いた時、階段を降りる音がした。

「あら。すーぷーちゃん。お昼にしましょ」

打って変わって表情を明るくした叔母は話を切って、席を立った。

「あ。手伝います」

白いローブを着たスレイプニルがローブを脱ごうと襟に手をかければ、叔母は制止した。

「ああ。脱がなくていいわよ。お鍋の火を手伝って」

「わかりました」

スレイプニルは素直に従ってキッチンに行こうとした時、叔母は何かを思い出してスレイプニルを呼び止めた。

「あ、すーぷーちゃん、これ、これ!」

叔母の手には小さな紙袋があった。

「ああ。…だそうです。先生」

チラリとこちらを見て、気まずそうに目をそらすスレイプニル。

「なに?なんだ?」

「ちょっと!すーぷーちゃん!」

叔母はなぜか憤慨した。そして、わざわざスレイプニルに紙袋を手渡しに行った。

「はい!しっかりと!相手の目を見て!」

「え?えぇ…?」

戸惑うスレイプニル。こちらを再びチラリと見て、近付いてきた。

「せ、先生…もう、クサくないですか?」

おまえな。

「その言い方、大概失礼だな、おい。着替えてシャワーまで浴びたのに。おまえのワガママのせいで、今日はもう外には出ないぞ」

「そ、それは、すみません。つい…」

全く。犬のボジャーにすら香木の匂いで嫌がられた事ないからな?

「あの、これ。マリーさんと作ったんです。教会の慈善活動に使うクッキーなんですけど…」

ああ、アレか。じゃあ、午前中はちゃんと家にいたのか?

受け取って、ふと、不思議に思う。

「なんでわざわざこんな、まどろっこしい事してんだ?」

余ったものなら、ビンか皿にでも入れときゃいいだろ?

小さな紙袋を受け取って聞けば、スレイプニルも首を傾げた。渡すなら叔母から渡せば一番近かっただろう。

「僕もわかりません。…マリーさんがそうしろって」

チラリと叔母を見れば、両手を組んで楽しそうに目を輝かせている。

……変わった人だとは思っているが…時々、意味不明な行動をする人だからな。この人は。

「…そうか。ところで、おまえ…」

紙袋をテーブルに置いて、聞いてみた。

「はい?」

「おまえは魔法師に興味があるか?」

「魔法師…ですか?」

黒い目を向けて不思議そうに反芻して聞く。

聞いてからなんだが、返答次第では…どうしたものか。

「最近、ナタルとよく話をしているそうじゃないか。…黒竜に興味があるんじゃ無いのか?」

それについても聞きたかった。クストが神経質になるくらい、こいつは黒竜だろうが死神だろうが構わず懐く。

「ああ。ナタル先輩は…口では毒付きますけど、実際はとてもいい人でした。でも、僕は黒竜にはなりません。僕は白竜が良い。法術師としてたくさんの人の役に立ちたい…。先生は言いましたよね…法術師としてどうしたらいいのか考えてみなさいって」

「…それは理事長だ」

意訳したのは俺だが。

「僕、考えてみたいんです。諦めるんじゃ無くて…その前に出来る事が、努力しないといけない事があるんじゃ無いかって」

「すーぷーちゃん…」

いいぞ!やる気になったか!

「…では、失礼します」

律儀に会釈してスレイプニルは叔母の所に向かった。

ナタルは自ら進んで法術を手放した。力の強い者を失うのは、本音を言えばやはり落胆する。

叔母の言葉じゃ無いが、白竜を出たナタルを未練タラタラに気にしていたのかも知れない。決して戻る事が無い雛を。

それでいて、ナタルに少しでも後悔してもらいたかったのか…?

ああ…そう思えたら…俺もかなり、痛い奴だな…。いつまでも女々しいのか…俺。

特に、ここに来てすんなりナタルの存在を受け入れられたのは…もしかして、ダイヤのキングを上回るハートのキングが現れたからなのかも知れない。

調子が良いな。俺も。これのどこが一途なんだ。

それにしても…さて…この休みの間に、どうするか。

少しでも、アイツの教会嫌いを直したい。それにはやはり教会に行かせる気にさせなくては。まずはそこからだ。

思案していると、目の前にさっき渡された小さな紙袋が目に入った。

「…………」

わざわざ渡してきたのは何だ?…叔母の意図か?何の意図だ?

足元に気配がして視線を移すと、ボジャーがこちらを見上げておすわりしていた。期待に満ちた目で尻尾を振っている。クッキーの匂いに気付いたんだろう。

「年はとっても鼻は健在だな。ボジャー」

ボジャーにやろうと紙袋からクッキーをつまみ上げた時、驚いた。

「なんだこれ?…どうなってんだ?」

クッキーの真ん中が透けている。しかも穴の中には色の付いたガラスのようなものがはめ込まれていて、よくよく見ればそれは飴だった。

ああ…飴って…これの事か…。しかしよくまぁ、こんな事を思い付くもんだ。

こんなのは見た事が無い。袋からテーブルに中身を出せば、犬の形もハートの形も…ユニコーンには桃色のハートが穿ってある。全てが全て、色とりどりの穴が開いていて…もはやこれはクッキーと言うか、飾り物だ。

こんなのどうやって作るんだ?というか、アイツ…こんな所でも無駄に目立ってるな。

「すーぷーちゃん!」

クッキーを紙袋に戻し、それを持ってキッチンに移動すれば、もらい損ねたボジャーも付いて来た。




「…殿下。見て頂きたいものが…」

ノックに応じて扉を開ければ、ロキがそう言って頭くらいの大きさの球体を乗せたワゴンを運び込ませた。

「屋敷の門の前に置かれていました。ベルは鳴って応対に出た時には誰もいなかったそうです」

使用人はロキに目で指示されて、部屋のカーテンを開けていく。

「…これは…」

陽の光の中で見れば、それはガラスのような球体の中に何か…茶色い紙袋が入っていた。

殿下のお名前が書かれたメモが入っているのですが、開け方が解らず…殿下に見て頂いた上で、破壊して開封する許可を頂こうかと。

その中身の紙の筆跡と、描かれた亀で、直ぐに相手がわかった。

ニルだ!しかし…

「壊す…のか?これは」

良く見ようと覗き込めば、球体は泡のようにパチンと弾けて消えた。

「殿下!」

急に目の前で弾けた球体に驚いてロキが慌てて身を差し入れて来た。

「ロキ…邪魔だ」

見えない。何が入っているんだ?

押し退けて確認すれば、それは質素な小さな紙袋だ。添えられた手紙を取って目を通す。

『アイティールへ

突然でごめんね。まさか僕の思い付きの作戦でこんな事になっちゃうなんて考えてもみなかった…。誰もケガしない作戦だと思っていたのに結局、たくさんの人に迷惑をかけちゃったんだ…。僕、自分の未熟さを痛感しています。責任を取って退学覚悟で出て来たけど…もし、退学以外に責任の取り方があれば、僕に何が出来るか冷静に考えてみようと思います。だから、もしかしてまた復学出来るなら、そのために頑張るよ』

そこから紙の2枚目に変わる。

『それから…都合のいい話だけど、この期間に新しい技術も得られたら良いなって思ってる。アイティールにあげる光玉も出来てないし…アイディアはあるんだけど結構、難しいかも知れない。でもアイティールへの光玉はそれくらいじゃないと、釣り合わないでしょ?

でも、くれぐれも期待し過ぎないでよ!ガッカリされるのが嫌だから。滞在先はとてもいい場所です。心配しないで。また連絡するよ。スレイプにもよろしく。滞在先でクッキーを作ったから良かったら食べてみて。

追伸:雨上がりの外に置くから衛生的に光玉で包みました。アイティールが覗いたら割れるようにしてみたんだ。驚いた? ニルより』

読み終えれば自然と口角が上がる。

ああ、驚いたとも。君はいつだって意表を突いてくる。…しかし、クッキー?何故だ?

聞きたい事が山ほどある。なぜ、ここに戻って来ない?光玉作成のためか?どこにいるんだ?

小さな紙袋を開けて中身を出せばそれにも驚いた。

クッキーなのに、透けていた。色とりどりに輝くそれは見た目にも美しい。

星型に、王冠、ダイヤ型、宝石のように輝くその中に星型を穿ったユニコーンの型があった。

これに含みがあるならば…なるほど…。やはり教会か。

ニルは教会関係者に匿われている。とすれば、追いかけたという白竜の顧問が知っているだろう。

休み明けには学校に行って学長から理事長に話を付けなくてはならない。

雨上がりの日が差した窓に、クッキーを透かせばユニコーンの中の星は黄金色に輝いていた。




休みの日の時間は早い。

結局、その日はスレイプニルの菓子作りの話で昼食から夕方まで過ぎた。

コイツの作るのはあのジャガイモの薄いやつや、白くて軽くて甘いやつ。飾りのようなクッキー…どれも奇想天外な物ばかりだ。

なぜ料理が出来るのか聞けば「必要性があったから」と言われて、改めてスレイプニルの不自由であったであろう幼少期に心が痛んだ。

そんな苦労も本人は全然、気にしていないようで明るく話している。

幼少期に菓子の1つも買ってもらえなかったから、自分で作るのを覚えたんじゃないか?

すーぷーちゃん、おまえって奴は…。

ただしんみりしたのは俺だけで叔母は興味津々で聞いている。話の延長で学校での話も出た。

驚いたのはタナトスやナタルまで菓子作りを手伝っている事だ。驚き過ぎて二度聞きしたぞ。あのタナトスが?想像できない。ナタルだってそうだ。教師には一見して従順だが、生徒の中じゃ絶対王者として君臨している。

どう言う経緯で手伝わせたのかが気になって聞けば、タナトスは睡眠時間の確保。ナタルはタナトスが出来ると言えば負けず嫌いで張り合ったらしい。だが、結局…美味い物を配れば大抵は問題ない。とケロリと言っていた。

本当に、コイツの人を取り込んで動かす力には恐れ入った…。

叔母はそんな話を目を輝かせて聞いている。質問も多くスレイプニルが丁寧に答えれば話が盛り上がる。

今やスレイプニルは俺の生徒として滞在するよりも、叔母の大事な友人のようなポジションになりつつあるんだが…。

なんでこんなに打ち解けてんだ?少なくとも、クストの時はこんなじゃ無かったが…スレイプニルが叔母を良く手伝うからか?それとも、未だ幼い見た目のせいか?やたらと会話が弾んでるしな…。

腰が低くて礼儀正しいスレイプニルは、よく気が付く。

手伝いをかって出た時にはすでに体が動いているのは…従僕として教育されたからだろうか…?

くそ。王家め。混血で素直だからって顎で使いやがって。

だが叔母もそんな少年がかわいいのか、あれこれと世話を焼いている。

何だかんだと叔母にベッタリなので、夕食後くらいは片付けを申し出るスレイプニルを呼び止めて居間でチェスを教える事にした。

スレイプニルはチェスのルールをよく知らなかったので、駒の動き方から勝敗のルールを教えた。

「…なぁ、すーぷーちゃん」

囮にポーンの駒を動かして問う。

「…はい?」

盤面を眺めたままスレイプニルが応えた。

「すーぷーちゃんは、とても大事にしていたものを失ったらどうする?」

「…大事なもの?」

黒い目が瞬いた。

「そうだ。代わりがきかないような存在を、ある日、自分のせいで失ってしまったとしたら」

スレイプニルの黒い目が盤上から俺に移った。その目が…何だか不安そうにしている。

「……取り戻します。その努力を、惜しみたくありません」

そう言ってスレイプニルはクィーンの駒を大きく動かす。囮のポーンが取られた。

「…それでも、戻らなかったら?」

「…………」

「代わりを探す事は出来るぞ?むしろ、新しい出会いがあるかも知れない」

取られたポーンのいた場所にクィーンが乗れば、ビショップの射程がクィーンを捉える。

「…いいえ。代わりはありません。あり得ない。もし、あらゆる努力をしても、戻らない時は…一生、心に刻んで懺悔して暮らします。…例え、厳しい生活でも…思い出だけを糧にひっそりと暮らしたい…」

再び俯き、盤上に眉間をしかめる。

「…すーぷーちゃん…」

何もそこまで…。いや…。そうか…。そうだよな…。叔母の言ってたのはこういう事か。

「…先生…」

スレイプニルが深刻な顔を向けた。

「なんだ?」

「先生が話しかけたので、手を誤りました。1個戻して良いですか?」

「…すーぷーちゃん…」

そうか。邪魔して悪かったな。

俺は笑顔のまま奴のクイーンをビショップで討ち取った。

「ああ!!」

「戦場に、やっぱさっきの作戦無し。は無いんだぞ?」

白いクィーンをつまみ上げて盤上から消せば、スレイプニルは拗ねたように顔を膨らませた。

……おまえのそういう所が幼いんだよ。

本当に。常に見ていないと心配になるくらいに。



何度目かのゲームで、またしてもチェックメイト(王手)を決められて、私は「うわぁぁ!」と突っ伏した。

「すーぷーちゃん。だいぶ上達してきたじゃないか」

先生はご機嫌だ。

そりゃ生徒相手に問答無用で連勝してばかりですもんね!

「…勝てない…」

テーブルに突っ伏したまま、呻くと先生がフォローした。

「試合時間が最初よりも長くなってきただろ?粘れるようになったという事だ」

「…僕、これ、向いてないと思います…」

チェスって難しいな…。

「向いてるかどうかは練習次第だな」

先生のチェスは容赦が無い。私は超初心者なんだから手加減してくれても良いものを…。

「おまえは素直過ぎだ。もっと練習しろ」

素直?良いじゃん。素直の何が悪いっての?言わせて頂きませんが、先生の一手は狡猾ですからね?!

「……先生…」

「なんだ?」

突っ伏したまま顔だけ向けて、文句を言った。

「……ズルい」

「ずっ!………。ズルくない。これがチェスだ」

先生は一瞬、動揺したが2〜3拍して冷静に否定した。

「僕、これ好きになれません」

先生の手元に取られた白い駒達を眺めてため息を吐く。

「すーぷーちゃん。負けず嫌いだな?勝てないからって諦めるな」

「…負けず嫌いというよりも…そもそもルールが好きになれません」

「なんだ?騎士の動き方が気に入らないのか?」

「いえ。これって…相手の駒を取るって…つまり殺しているって事でしょう?」

先生は動きを止めて瞬いてから頷いた。

「…まぁ…そうだな。ゲームだけどな」

「僕…取った駒が味方になる方が好きです」

似たようなゲームで、夢の中の将棋は…確かそうだったような気がするな。

「殺すんじゃなくて、説得して味方に引き入れた方が楽しいのに…」

「おまえな…。どうやってチェス駒を説得するんだ」

先生は苦笑して言った。

「ですから…取った駒は再び盤上に現れるんです。自分の味方として」

「…………。それじゃ、終わらないだろうが」

「ですよね。それに、それをするには盤上が狭すぎます」

だから、相手を殺して陣地を奪う。居場所を奪って相手の王を殺す。

「…争いは…嫌いです…」

チェスって気力が奪われるな…。

「あら。すーぷーちゃん。また負けちゃったの?」

ソファーで刺繍をしていたマリーさんが声をかけてきた。

「…僕には向かないんです」

先生とチェスなんかをするより、マリーさんとお母さんの話がしたいのに。

「そろそろにしてシャワー浴びて寝たら?」

マリーさんの口から出た言葉に、私は突っ伏していたテーブルから飛び起きた。

「ぜひ!!ぜひそうさせて頂きます!」

シャワー!!サッパリしたい!このモヤモヤした気持ちをザバっと流したい。

「支度はしてあるから、ゆっくりして来なさい」

楽しそうに微笑んでマリーさんは刺繍を置くと、ソファーの上のボジャーを撫でた。

「すーぷーちゃん。明日は教会に行かないか?」

席を立って足はシャワーへ向いている。ローズ先生の申し出に私は正直、ありがた迷惑という顔で応じた。

「僕は宝ものには興味が無いと…」

「叔母も明日は作った物を持って教会に行く。待っている間、図書室にいればいいだろ?」

「なら行きます」

図書室!それなら願っても無い。二つ返事で返せば、先生は呆気に取られていた。

「…いいのか?…あんなに香木の匂いが嫌とか言っていたのに」

「…え。するんですか?図書室も?」

以前に行った時はそんな事はなかったけど。それはちょっと…いや、かなり苦痛。窓、開けて読まないと。

「いや。図書室はしない。蔵書は湿気や匂いを吸うからな。そこは気を使っているはずだ」

「じゃあ、行きます」

「そうか。わかった」

「あ、でもあくまで先生を待つだけで、僕、教会の誰かに会うとか、何かをするとかはお断りします」

「………。クロムも嫌なのか?」

あぁ、クスト先輩の先輩で教会の…。別にそういう人じゃ無くて…。

「訂正します。教会の中で役職にある人は嫌です」

「……………」

私の言葉に、ローズ先生とマリーさんが沈黙した。

「まさか、誰かと会わせようとしてます?」

それなら断固、拒否する。

「私は無いわよ?…そんな事ないでしょ?ロズ」

マリーさんが聞けば、ローズ先生は渋い顔をした。

「会わせるつもりは無くても、向こうから言われたら断る理由に苦慮する」

「そんなもの、風邪気味なんでーとか言って、適当に断りなさい」

おお!マリーさん。さすが。強し。

「……善処する。(そんなことで相手が引けばいいけどな)」

え?先生、なんて?今、なんかボソッと言いませんでした?

シャワーの後、サッパリして出ればマリーさんが気付いて声をかけて来た。

「あら?終わったの?」

「はい。ありがとうございました」

「すーぷーちゃん、ちょっと…」

マリーさんに誘導されて2階の部屋に行く。部屋にはすでに光玉が点っていた。

「あれ?これ…誰の光玉ですか?」

「え?何が?…ああ、光玉?登録しておけば毎日、同じ数の光玉が届くのよ。教会で法術師が作った物を、専門の配達員が各家庭に届けるの。区画によっては夜間から深夜のランプは禁止になってるし、ここもそう」

ああ。火災予防かな…。

「僕、光玉作れますよ?」

「いいのよ。月額だし、ウチはユニコーン会員だから」

月額…ユニコーン会員…。スマホ契約みたい…。

「そんな事より、すーぷーちゃん」

「は、はい?」

「学校でどうしてるの?シャワーとか、アレとかソレとか!ロズがいて聞けなかったのよ」

あ、アレとかソレ…?

マリーさんは私が学校で男子と一緒なのを心配してくれたようだ。

「あ、ああ…シャワーは夜中とかにヒッソリと」

「危なく無いの?」

マリーさんは心配そうに私の肩を掴んだ。

「今のところ特に…。髪は仕法ですぐに乾かしちゃいますし。今も」

どうせ寝るだけだから、ピンでとめずにつけていたカツラを取ってみせた。

「ああ…本当に…あの子…そっくりね…」

マリーさんは口元を抑えてから、呟いた。

「…似てますか?」

「…ええ。そうね…。その髪を見るのは本当に懐かしい…よく、髪を梳いてあげたのよ」

マリーさんが目を細めて私の髪をなでた。

「母はどういう暮らしだったんですか?」

「………幸せ…だったと思うわ。いつも穏やかで、人々を照らす夜の月のような人」

「夜の月…」

「…あの子の事は今はあまり多くは語れない…。けど、許可が出たら話してあげるから…」

「どうしてです?僕の…私の母の事なのに?私本人が聞けないなんて。私、誰にもマリーさんから聞いたなんて言いません!」

「…ごめんなさい。私にはその権限が無いの…知るためには、その権限を持っている方に」

「そんなの横暴です!」

「すーぷーちゃん…」

「どうしてそんな…そんな無理矢理、魔法で縛るなんてそんなの横暴です!なんで拒否しなかったんですか?!」

「それは…もし、情報を欲しがる悪い奴がいて…私がそれを知っているとしたら、どんな事をしても聞き出そうとするでしょう?でもね、コレがあるとそれも無理だからよ。いわば、私にとってもお守りなのよ」

マリーさんは自身に描かれた魔法の紋様が書かれた場所を押さえた。

「…そんな…」

「…それより、あなたは?小さいときはどんな暮らしだったの?まさか不自由な暮らしじゃ無いわよね?」

「いいえ。暮らしに困った事は無いです。ずっとデボラが一緒にいてくれましたし…母の事はほとんど覚えていません」

「他にいた人は?」

「弟が1人いて」

「弟?…まさか。それ…どんな子だったの?」

マリーさんの顔色が曇った。

「弟は…大人びた子で、よく皮肉を言うような…それでいて賢い子でした」

「外見は?」

「外見…ですか?」

「あなたと同じ黒い目、黒髪?!」

「……。いいえ。薄金の髪に、金の目でした」

マリーさんは訝しんだ顔をした。

「薄金?…その子って…ずっと一緒だったの?今は?」

「養子が決まったとかで、突然、連れて行かれました」

「養子…誰に?」

「わかりません。デボラに聞いても、わからないとしか…」

「彼女も知らない相手に養子?よく、許したわね…」

「あの人のせいです…」

「あの人?」

「…香木の…」

「ああ!…そう。そうか…ロズから聞いたわ。あなたはそれで香木が嫌なのね」

「……思い出したくもありません…あんな人が教皇なんて、世の中おかしいです」

力を込めて批判すればマリーさんは重たいものを持つような反応をした。

「お…おぅ…そ、そう…?」

「騙してたんです。ずっと。家族だなんて嘘ついて。父親ですら無かった。子供だからって何にも説明もせずに、気まぐれに構って、飽きたら捨てるような奴です。弟を連れ去ったまま、連絡もしない。手紙も無い。本当に影一つなく無視です。そんな人間が教会でトップなんておこがましいにも程があります。僕は絶対に、二度と、会いたく無い!」

「ぅ、うーーーーん…?そ、それは、なにか…やむにやまない事情があったのかも…?」

「子供を7年も放置するやむにやまない事情ですか?手紙の1つも書けない状態ですか?誰かに言付けも出来ない事情ですか?魔法で伝える手段さえしない事情ですか?教皇様って1分1秒もお忙しいんですね。お忙しいのに学校までノコノコ来て生徒を見に来る時間はあるんですね。ああ、そうですよね。興味の無い子供に書く手紙なんて時間の無駄です。紙が勿体ないでしょう」

「す、すーぷーちゃん…」

マリーさんの戸惑う声に、自分のイライラした気持ちに気が付いた。

ダメだ。マリーさんに当たったってしょうがないのに…。

「…すみません…もう、いいですか。…僕、ちょっと疲れました…」

この話はいつも重くて冷たい気持ちになる。そのくせ顔は暑くなるんだ。

マリーさんは無言で私を抱きしめた。

「………私は、あなたの力になるわ。あの時は何も知らないまま役に立てなかった…だから、今度こそあの子に代わってあなたの味方よ」

マリーさんの体温と優しい言葉が温かかった。

「…僕は…大丈夫です…。ありがとございます」

もう、変わりようの無い過去のことだ。今更どうしようもない。7年は過ぎた。私は私だ。あの他人とは関係無い。二度と関わるつもりは無い。教会にだって…必要な物だけもらっておけばいい。

必要なものさえ得れば、あとは用済み。関わらずに捨てればいい…あの人がそうしたように。

マリーさんの優しさに触れながら、心のどこかは感覚が無いくらいに冷えていた。



「じゃあ、私は婦人会館でこっちだから」

翌朝、私とマリーさんと、ローズ先生を迎えに来た馬車に揺られて教会に来れば、マリーさんは法術師用の通路とはまた違う道を指差した。その手には藤カゴいっぱいの作ったクッキーが入っている。

婦人会館は大聖堂とは別棟のようだ。出入りは自由のようで警備も無い。

「あ。じゃあ、僕も」

つられて行こうとした私のローブのフードを、ローズ先生が引っ張った。

「おまえはこっちだ」

その方角は、大聖堂の裏口の正面玄関…っていうのも変だけど、立派な門構えに教会専門の騎士が守るあの通路を示している。

「えぇ…」

「ええ。じゃない。図書室に行くんだろ?」

そうだった。つい、行きたくない反応が。

ローズ先生は今日も立派な法衣が似合う麗しの法術師様だ。法衣には昨日の香木のニオイがまだ少し付いてて馬車に乗る時に嫌な顔をしたら先生に睨まれた。なんなら現地集合にしてもらっても良いと思ったけど、マリーさんの「はいはい。乗って乗って」という勢いに負けた。

「私はあそこにいるから、終わったら声をかけてちょうだい」

マリーさんは別棟の白璧の家を指差して行ってしまった。婦人会館は緑に囲まれた平屋の一軒家だ。家の前には誰が育てているのかバラのアーチが作られていて白いバラが咲いていた。マリーさんのようなマダム達が集まりつつあるようで、声を掛け合って和気あいあいと立ち話をしている。

そこに加わるマリーさんをぼんやり見ていたら、「何してる。行くぞ」とローズ先生が私のフードを引いた。

裏口と言う名が似合わない立派な入り口には、今日もユニコーンの刺繍が入ったチュニックをまとった騎士が左右を守っていた。

騎士はローズ先生だと直ぐに気付いてその場で立礼した。それでも先生は懐から登録票を出して見せた。

確認は一瞥に過ぎないから儀礼的なものなのかもしれない。

「スレイプニル」

ああ、はい。光玉でしょ?今度は大丈夫!普通の!

騎士に歩み出て光玉を作ろうとした時に、ローズ先生が私の首を撫でた。

「ひゃあ!!」

変な声出た。

「び、びっくした!な、なんですか?!」

動揺して見上げる私にローズ先生の目が驚いた後に眉をしかめた。

「猫みたいな声を出すな。登録票でいい。これだ」

先生が引っ張ったのは私の首にかかったチェーンだ。

えぇ?それならそうと言って!法術に集中しかけた時にやめてほしい。

「な、なんだ…」

私は首にかかった登録票を襟から引っ張り出した。シャリンと鈴の音がする。

騎士はそれに複雑な顔をしたけど、登録票を一瞥して通してくれた。

大聖堂の内部は広い。先生と歩いているとシャリン、シャリンと音がする。

「……。すーぷーちゃん」

ローズ先生が口を開いた。

「はい。なんですか?」

「……。その鈴は、しまえ」

「でしたら、フードを離して頂けますか?首が詰まって入りません」

そもそもなんで私はフードを掴まれてるんだ。これって絶対、逃走防止でしょ?

「……。入れてやる」

先生は私の襟元に手を伸ばした。

「い、や!ちょっと!やめて下さい!」

何すんの!セクハラ反対!

「なんで嫌がる。そのままでもしまえるだろうが」

「しまうにしたって自分でしまいますから。離して下さい」

「そんな事言って、おまえはまた飛び出すだろ?教会内部で走るのは禁止だ」

「そんな幼児扱いしないでください。僕は意味もなく走りません」

「いいから。さっさとしまえ」

「だ!っから!先生、やめて下さい!首が締まりますって!」

なんなの?もう!先生、ムキになってない?

ローズ先生との攻防で鈴がシャリン、シャリンと音を立てた。

「…あ、あの、先生…」

不意に声がかかった。私は反射的にローズ先生の背中に隠れる。先生の手が離れたのを幸いに、フードも被った。

「クロム…。いつの間に」

「すみません。取り込み中のようで…ご案内したかったのですが、よろしいでしょうか?」

「いや。すまなかったな」

「…いえ。…あれ?」

「…なんだ?どうした?」

「犬は?」

「犬?」

「鈴の音が。…伴侶動物がいるのかと思っていたのですが」

「……。コイツのせいだ」

ローズ先生は背後の私を掴んで前に引っ張った。フードが脱げてシャリンと鈴が鳴る。

「…ハートのキング。おまえ…なんでそんなもん付けてるんだ?」

クロム先輩は模擬戦で学校でも会った。クスト先輩の先輩…の法術師だ。

彼は目を丸くして私と鈴を見比べた。

「お、おはようございます…。これは、登録票を無くさないように…です」

「いや…おまえ…それ…」

クロム先輩は戸惑いながらローズ先生に視線を移した。

「…俺は伝えたぞ。犬用だって。知った上で本人が付けてるんだ」

ローズ先生は断りを入れた事を告げた。

そんなにおかしいかな?鈴なんてどこにでも付けるじゃん。しかも、この鈴はキレイな変わった音がして良い。よく見ると、鈴なのに穴が無かった。金属の球の中に細かな顆粒のような物が入っているようだ。

だからチリンじゃなくて、流れるような音がするんだなって納得した。

「僕、この鈴が気に入ってるんです」

私は鈴を襟の中にしまうと改めて挨拶をした。

「クロム先輩、その…先日はお世話になりました」

「……いや、まぁ…俺、何もしてないから。それより、おまえ、本当に普通じゃないのな!」

クスト先輩の嬉々とした言葉に、顔が引きつった。

「…普通じゃ…ない…」

フードを深く被った。そしてローズ先生の後ろに隠れる。

「お、おい…?」

「スレイプニル…おまえな…」

クロム先輩が戸惑うとローズ先生がため息を吐いた。

「(僕の事はいいので…早く図書室に行きたいです)」

こんな所で目立つわけにはいかない。

「なんだよ。おまえ。おまえに会いたいって奴、大勢いるんだぞ?今だっておまえが来たって騒ぎに…」

「僕は!誰一人として!お会いしたくありません!」

声が大きくなる。

「…クロム…悪いが、こいつは…その…対人関係に問題があってな…」

「え?どういう事ですか?」

「極度の人見知りというか…敵対心というか…野生動物と言うか…慣れるまではダメだ」

「えぇ?!そんな感じ全然無かったと思いますけど?!」

「いや。それが…結構…人を選ぶというか…教皇様にも失礼過ぎてダメだ」

「は?!」

「(絶対に。絶対に、絶対に絶対に絶対に絶対に嫌です)」

先生の法衣を掴んで呪いのように呟けば、先生のドスっと低い声が釘を刺してくる。

「黙れ。スレイプニル」

こっわ。

私は黙って気配を消す事にした。

「そんなわけで、コイツは慣れるまで、おいそれと誰かに会わせられない。失礼過ぎるし、危ないからな」

「…えぇ…?」

「ただ、本だけ与えてたら大人しい。図書室に置いておくが…知らない者が構わないように見張りを置いてくれないか?」

「え…えぇ。…あ、はい…わかりました…」

クロム先輩は戸惑いながらも、先生の指示に頷いていた。



「…それじゃ、大人しくしているんだぞ?」

図書室に案内して、ローズ先生から釘を刺されれば少年は素直にコクコクと頷いた。

あれ。なんか前もこんなだったな…。

「よし。行ってこい」

飼い主…いや、先生の許可をもらい、喜び勇んで少年は本棚の中へ消えた。

…あれが、人見知り?対人関係に問題あり?

クロムの知るハートのキングは小柄で幼いが、丁寧なくらい腰が低くて従順だ。模擬戦の時の救護席でも、誰にでもキチンと挨拶をしてむしろ関心するくらいに周りに気遣いをしていた。

だから、クロムはローズ先生の言葉を別の意味で捉える事にした。

ハートのキングの噂は教会内でもかなり広まり、興味の対象だ。噂で聞く者がどこまで本当か、皆、確かめたくてしょうがない。

先生はそれを騒ぎにしたくないのだろう。だから見張りを付けて、知らない人間が関わらないようにしろ。と…それなら大いに納得だ。

クロムは図書室の閲覧用の机に座った。宝珠が見つかってから図書室を利用出来るほど手の空いた者はいない。しかも今は午前中だ。誰もいない静まり返った図書室では大きな窓から陽の光が明るく照らしている。

クロムは少年が吸い込まれていった本棚の並びを見ながら、時間になったら誰に交代を頼もうか思案していた。




本棚を数えて以前読んだ本を探す。

魔法における対抗防御法術…前編。あった!これだ。

本棚からお目当ての本を取り出して床に座り込む。読んだ場所まで思い出すようにページをめくっていく。

この分厚さで前編…後編は…?

本棚に目を移せば空いた隙間の隣の本が中編だった。そして後編。どれも分厚い。

げ。3冊?!…そんなに読むまでに何度も通えないよ…。

本の内容自体も読み込まないと難しい。特に魔法を防ぐ理論はそもそもの魔法を知らないと対抗出来ないようだ。

タナトスみたいに一度でも読んだら暗記出来ちゃえば良いのに…。

ここは複写は禁止だ。本の貸し出しも出来ない。

天才が羨ましい。そんなカメラ機能みたいな頭脳があれば…

「…ん?カメラ…カメラか…」

上手くいくかわからないけど、可能性には賭けたい。私は手元に広げた本を眺めてイメージしてみた。



「クロム」

名を呼ばれてハッとした。図書室で座り色々考えているうちに、頬杖をついて次の週末にしたい予定をあれこれと夢想してしまっていた。

顔を向けて声の主を見れば階級が助祭…3つ上のジェフ助祭だ。

「ジェフさん…。これはその…」

面倒くさい人に見つかった。クロムは席を立ち説明しようと口を開いたら問答無用で頬を叩かれた。

「!!」

突然の痛打にクロムはよろめいた。

「おまえ、見えないと思ったらこんな所でサボるとは…恥を知れ!」

よろめいたクロムの腹をさらに蹴り、クロムは床に倒れた。掴もうととっさに手に引っ掛けたイスが大きな音を立てて倒れる。

怒りに興奮する助祭に、クロムは頬を押さえ身を起こすと弁解した。

「…違います」

「なにぃ?何が違うんだ!出迎えにかこつけて、こうして無為に時間を潰して言い訳か!」

「司教様に命じられました」

「図書室でサボれとお命じになられたというのか?」

「いえ。そんな事は」

「では、おまえのしていたのは何だ?」

「……。申し訳ありません」

カツーン!カラカラ…と固い丸い何かが転がる音がした。

カタン!カララララ…

そして、もう一つ同じ音。そしてクロムの前に玉が転がって去り、追ってもう一つ転がって来た。2つ目のそれを手を伸ばして受け止める。手に収まったそれは拳大の光玉だ。もう一個はジェフの足元まで転がり、ジェフがそれを足で踏んで止めた。

「あ。…」

身をかがめ、その光玉を追って来たのはハートのキングだった。その左手には同じサイズの光玉が握られていた。右手も何かを握っている。

ハートのキングは床に座り込んでいるクロムと目が合うと、申し訳なさそうに側に寄って来た。

「あ、あの…」

気まずそうな少年に受け止めた光玉を手渡すと、彼は「ありがとうございます…」と握っていた手でなく腕の中へと受け取って頭を下げる。

「おまえは誰だ?」

高圧的に問いかけるジェフ。スレイプニルがその黒い目を向ければ、彼は踏まれた光玉に眉を寄せた。

横にしゃがみこみ、2つの光玉を膝と腹の間に置いてスレイプニルが手を伸ばして叩かれた頰に触れてきた。

「…クロム先輩、お顔…赤くなってます」

「ああ。大丈夫だ。気にしないでいい」

それよりも、気にしなきゃいけない人物がいるんだ。挨拶しろ。目の前にいる人は助祭だ。誰だかわからなくても身なりでそれとなくわかるだろ?

目で訴えれば、スレイプニルは黒い目を再びジェフに向けた。

「あの…その足に踏んでいるのを返して頂けますか?」

「…なんだと?」

お、おい。

「光玉を踏んでいます。人の光玉を踏み続けるなんて信じられません。気持ちのいいものでは無いと思いますが?」

おまえ…言うなぁ!あ。そうか!対人に関して失礼とかローズ先生が言っていたのはあながち…

「貴様…図書室で光玉を転がして遊ぶとは!神学生が!生意気言うな!」

「生意気?そうでしょうか?それに僕は遊んでいません。決めつけているのはあなたの方です。事実も確認せずに、しかもこんなひどい暴力を振るうのは納得出来ません」

「な!…んだと?!」

怒りに顔を歪めるジェフ。スレイプニルの襟首を掴みかかった瞬間、彼の手はそこにいるはずのスレイプニルを掴めずに空を切り、大きくバランスを崩してドッ!と派手に転倒した。

緩やかに転がる光玉を、なぜか倒れ込んだジェフの後方でスレイプニルが悠々と拾い上げた。

え?…なんでだ?いつの間にそっちに行ったんだ?!一瞬だったろ?!

「…クロム先輩がここにいるように言われたのは事実です。それをむやみに叩くなんて、どうなんでしょうか?」

冷静に反論するスレイプニルとは対照的に、倒れ込んだジェフの肩は震えていた。

これは、マズイ。ただでさえ、今は忙しくてピリピリしてる助祭…しかも、その中でもジェフは短気で有名だ。

「ふざけやがって…覚悟は出来てるんだろうな…」

ゆらりと身を起こし、立ち上がるジェフにスレイプニルは黒い目を向けて首を傾けた。

「あいにく僕は教会のルールを知りません。ですが、人を救う法術師が理由も聞かずに人を叩いたり足蹴にしたり、他人の作った光玉を踏むようなルールだったとは驚きです。そんなルールを決めた方はさぞ、精神がご立派な方なんでしょうね。僕なら恥ずかしくて名乗れません。そんな場所に全く魅力は無いし、価値すら感じない」

「きさま!神学生の分際で!」

「分際?そもそもそうやって決めつけていますよね?学生ならばその行いは全てが間違いで、理由も聞かず、正否も問わずに体罰でねじ伏せるのが良いのですか?それが教会の教えですか?そうなら神学生というのはとってもかわいそうですね。僕の先生はきちんと理由を聞いた上で導いてくれますよ。一緒に学びますか?後輩として教えて差し上げます。もちろん暴力はありません」

す、すげぇ…ああ言えばこう言う…3倍返しだ。助祭相手によく口の回る奴だな…。しかもしっかり嫌味を込めて。ハートのキング…こんな奴だったのか…。

「いい度胸だ!司祭様に全て報告するからな!」

ジェフが高らかに宣言すれば、スレイプニルの表情が曇った。

マズい!ローズ先生に面倒事が無いように見張るよう指示されたというのに、大ごとになってしまう!

「助祭様!コイツ、外から来て全然、知らないんです!」

取り繕おうと声を上げれば、スレイプニルはハッキリと申し出た。

「僕は、お互いの為に示談にした方が良いと思います」

え…示談…?…何、言ってんだ?そんなの通るわけが…

「はぁ?!示談だと?暴言を吐いた上でここにきて許しを乞うわけでもなく、示談?…おまえ、本気でバカだな!それも報告するわ。反省もなく取り引きを求めた。と」

ジェフは顔を歪めて笑った。

「スレイプニル。やめろ。先生にも迷惑がかかるぞ…」

「…迷惑?…クロム先輩。お聞きしますが…ここでは理由を問わず人を叩いたり、蹴ったり、光玉を踏む事を正しいと教えているのですか?」

「…そ、それは…」

そんな訳がない。だが、自分より高位の者を訴えるわけには…

ためらう俺にスレイプニルは黒い目を向けて再度、問う。

「どうなんですか?僕はここのルールを廊下は走らない。という事しか聞いていません。教えて下さい」

「ハッ!バカか!俺がそんな事をした証拠がどこにある?クロムの顔にアザでもあるか?」

そうだ。法術師の間では体罰の後に治癒させるから証拠なんてあるわけない。

それに加えて今回はいつからか叩かれた頬は全く痛くない。そこに触れても熱すら帯びていない。

スレイプニルはため息を吐いた。

「…僕は、こんな事のためにここに来た訳じゃない…」

抱えていた拳大の光玉3つの置き場所を探してキョロキョロしていたスレイプニルは、自分のフードの中に入れる事を思い付いたようだ。後ろ手にしてフードを引っ張って光玉を収めた。

そもそもそれは何だ?おまえさっきからずっと抱えてたよな?

「泣き言なら司祭様から懲罰を受けてから言うんだな!」

勝ち誇ったジェフの声に物音と誰かの声が被った。

…ガタガタ。『ジェフさん…。これはその…。』バチーン!『おまえ、見えないと思ったらこんな所でサボるとは…恥を知れ!』ガターン!『…違います』『なにぃ?何が違うんだ!出迎えにかこつけて、こうして無為に時間を潰して言い訳か!』『司教様に命じられました』

え…?なんだ?さっきの…?

それは時間を戻したかのようなさっきのやり取りだ。

「な、なんだ?!」

何が起こっているのか不可解な俺たちに、スレイプニルは握っていた小さな光玉を手の平に乗せていた。

「…先程のやりとりです。僕が光玉の中に映像として収めておきました」

「…………」

え…?…はぁ?!なんだそれ??どういうことだ??

思わず、立ち上がってスレイプニルの手のひらにある光玉を眺めた。そこには光玉の中で先程と同じ事が展開されていた。

『では、おまえのしていたのは何だ?』『……。申し訳ありません』カツーン!カラカラ…カタン!カララララ…『あ。…』

ジェフが光玉を足で踏んで止めた。そこで光玉の中に像は途切れた。

「な、なんだこれ?…本当に…さっきの」

驚いた。光玉でこんな事出来るのか?!どうやって?!

「一連を見て頂けたら、その司祭サマはどう思われますか?やはりあなたの言うように、僕や、クロム先輩を一方的に責めますか?…僕は、そうはならないと思います」

「…き…さま…何者だ?」

ジェフは驚愕の顔でスレイプニルを見た。

「僕は」

「スレイプニル」

その名を別の声が呼んだ。目を向けるとローズ先生だ。パッとスレイプニルの顔が明るくなった。

「あ。先生、終わりました?帰りますか?」

光玉を握り、歩み寄ろうとしたら、その背後に誰かいるのに気が付いて、彼はピタリと動きを止めた。

あれは…司祭様だ。こちらを深刻そうに眺めている。この二人…いつからいたんだ?気が付かなかった。

にじにじとスレイプニルは後退し、俺の所まで戻るとその後ろにサッと隠れた。

……。今更隠れたってしょうがないだろ…おまえ。なんなんだ?

自分の背後でカチャカチャと玉の擦れる音とモタモタと慌てる音がする。

ああ。あれか。フードを被ろうとして自分が入れた光玉が邪魔してんだな…。

そう容易に想像出来て吹き出しそうになった。

いや、ダメだ。こんな所で笑ったら怒られる。笑わすな!おまえ最後まで堂々としてろよ!

「お、おい」

背後の少年を振り返れば、3つの光玉を腕にしっかりと抱えた上でフードを目深に被っていた。抱えているせいで、その体は猫背になり、さらに小さくなっている。

「な、なにか?…僕はそろそろおいとまします」

「いや、おまえ…」

どうすんだ?というか、どうなるんだ?これ。処分は?

「スレイプニル。来なさい」

ローズ先生が再び呼んだ。

行こうとする気持ちと、ためらう気持ちが葛藤しているようで、背後で右往左往している気配がする。

「……。クロム。こちらへ」

ローズ先生に呼ばれれば、お待たせするのは失礼だ。すぐに動けば、隠れる場所を失う少年が慌てて付いてきた。

「はい」

「ご苦労。すまなかったな。クロム」

ローズ先生は申し訳無いといった感じで労ってくれた。そして、後ろをくっ付いてきた少年の襟首を目にも留まらぬ速さで掴んだ。

「うわぁぁ!な、なんですか?!僕は何もしてないー!」

光玉を抱えたまま、猫の子のように襟首を掴まれて騒ぐ少年。

「その腕に抱えているのは何だ?」

「こ、これは、光玉です」

「そうじゃない。おまえの事だ。また何か作っただろ?!」

「作っちゃダメだって聞いてませんもん!」

子供か。

「出せ」

「これは僕のだから自分で作って下さい!」

おまえ…仮にもローズ先生に…こりゃ、先生が心配するだけの事はある…。ほら、みろ。後ろで見てる司祭様なんて神に祈りそうな顔してるぞ。

あ。本当に祈った。

「それじゃ無い。さっきのだ」

ローズ先生は慣れているのか全く動揺も何も無い。

「え?…さっきの?…」

黒い目が瞬いた。

「…先生、見てたんですか?」

不服そうに言うスレイプニル。

おまえ、その顔に「ならさっさと止めて下さいよ」とか書いてあるぞ。やめろ。正直過ぎるだろ。

ローズ先生はスレイプニルの襟首を掴んで無い手を差し出した。

「こんなのがいいなら差し上げます。僕はいりません」

アッサリと握っていた光玉を先生の手に渡すスレイプニルに、それが「こんなの」ならば、じゃあ大事そうに抱えているその大きめの光玉はどんなのだ?と更に興味が出る。

「…お待たせした。リンデル司祭。これでよろしいか?」

ローズ先生はスレイプニルから受け取った光玉を両手で押し頂いた。

「確かに頂戴します。此度の件、お恥ずかしい限りです。あとはこちらで指導改めます」

「いや。…この忙しい時期に面倒をかけてしまった。私からも一筆添えよう。必要あらば召喚にも応じる」

「心得ました」

威厳あるローズ先生の片手には、白いローブの襟首を掴まれた少年が大人しく子猫のように待っている。

「ほら。スレイプニル、リンデル司祭にご挨拶しなさい」

襟首を揺らされスレイプニルは逃げる事も出来ずに「…お、お騒がせしました…」と光玉を抱えたまま呟いた。

その姿に司祭はどう返したものか戸惑って言葉に詰まった。

「申し訳ない。これがこの者をご紹介出来ない理由です。私自身、未熟を痛感しています」

「いや!そんな…」

「…クロム。治癒が必要なところはあるか?」

急に話をふられて動揺した。

「え。え、い、いえ。どこも…本当です」

あんなに叩かれたのに当初あった熱もない。なんでだ?

痛かった記憶を思い返せば…スレイプニルが現れるまでだ。

ふと、ローズ先生の赤い目が俺を見て細められた。そして、掴んでいるスレイプニルを見下ろして

「…おい。やるなら中途半端にするなと言っただろうが」

と、威圧を込めた声をかけた。

「だ、だって時間が…」

ショボンとうなだれながらも言い訳するスレイプニル。

なんだ?何の話をしているんだ?

スレイプニルは、子供なんだか大人なんだか…素直なんだか、反抗的なんだか…とにかく予想出来ない。あんな光玉を作ってみせるのに、簡単にいらない。とか、犬の鈴首輪を気にいって付けるとか、本当に変わっている。

救護席の時も赤竜のキングを言霊1発で治癒させたり、かと思えばいきなりオレンジを絞ったり…競技場全体の範囲回復したり…あの試合、結局どうなったんだ?…ああ…ローズ先生も大変だな…。



「ま、マリーさんいますか?」

婦人会館の扉をノックすれば、対応してくれたのは中年女性のレムリア人だ。

「あれ?あなたもしかして…マリーの所にいる学生さん?」

「あら。ちょうどお迎えが来たわ。それじゃ、私はこれで」

マリーさんが気付いて、大きなテーブルの席から仲間のご婦人と会話を切れあげて出てきてくれた。

「じゃあね。マリー。私達も早速、作ってみるわ!」

ニコニコと手を振って婦人会館を出る私達。

「あら?すーぷーちゃん、フードに何を入れてるの?」

歩くたびにカチカチと擦れる玉の音にマリーさんが気が付いた。

「光玉です。お土産の」

「お土産?」

マリーさんは「何のこと?」という顔をしたが、それよりも話したい事があったようだ。

「すーぷーちゃん、すーぷーちゃんのあのクッキー、凄い人気よ?!皆が作ってみたいっていうから作り方を教えたけど…良かった?」

「ええ。構いませんよ。僕の事は言わないでいてくれました?」

「それはね。レシピ考案者としてでなくて、今いるお客様としての話題としては軽くね」

「あ。そうですか…」

「すーぷーちゃんは?どうだったの?」

「……………僕、やっぱり、もう来たく無いです」

「えぇ?!」

それから家に帰るとキッチンでマリーさんと昼食にパスタを作りながら話を聞いてもらった。

「あらまぁ!そう!それは大変だったわねぇ!」

「全く…おまえはなんで大人しくしていられないんだ」

ローズ先生が法衣を脱いで襟を開けると、わざわざキッチンのイスにくつろいで座った。

うっわ…女神様がきっちり着てた詰襟を大きく開けるとなんか、セクシー…。

ハッ!?いや!私ったら女神様になんて事を!!

「すーぷーちゃん」

低い声で呼ばれればドキ!っとした。

「うわぁ!すみません!」

ビクリと大きく体を揺らして頭を抱える。

「………。そう、思うなら大人しくしていればいいものを…」

ローズ先生は呆れたように呟いた。

「え、いや、ちがっ…」

「…違う?」

緋色の目で睨まれると俯くしか無い。

「違わなくないです…はい」

「…おまえはまた、とんでもない物を作ったな…」

ローズ先生は頬杖を突いて私に言った。

「え。どれですか?」

「…………待て。いくつ作った?今日」

「あ、あー。そーそー。そうですよ。ねぇ?いや、だって、大概失礼な人でしたもん。いきなり叩くなんて、僕、信じられない。しかも蹴りまで。あれ法術師だなんてどうかしてるし!」

「……出せ」

ウワーーーー!

ローズ先生は胡乱な目で私を凝視した。

「え。嫌だなぁ…もう出しましたよね?」

「その背中に入れたやつだ」

「…………」

「早く。出せ」

「…コレは僕んです」

身動ぐと、カツンと背中で光玉の当たる音がした。

「………見せてみろ」

「お断り致す」

あ。先生の圧力に緊張して、つい言葉が武士っぽくなっちゃった…。

せっかく作ったのに、取り上げられて無駄になるのは嫌だ。

「…………」

「…………」

先生は無言で私を見ている。

いや、女神様…そんな見つめたってダメですよ。どうせ、また力技とかで奪いに来たって、マリーさんが見てますからね?フフン。

私は余裕の構えだ。

「……そうか」

先生はショボンとして、立ち上がりキッチンから引き下がった。

あれ?

「あら。あの子ったら拗ねたみたい。すーぷーちゃん、見てきて」

「え?先生が?」

マリーさんの心配に私は懐疑的に様子を見にリビングに行けば、先生は何をするでもなくダイニングテーブルの席にいた。

…んん?…やっぱりおかしいのかな…?

「…………」

ふと、目があった。けど、先生は何も言わずにただ座って私を見ている。思わず目を逸らした。

「…………」

沈黙だな…。ど、どうしよう…なんか言うべき?

ごめんなさい。も、違うし、すみません。も違うな。ありがとうございます。ってのも…。

なんか悶々とする。

再び先生を見れば、襟元を大きく開けたエロス様…違う。女神様は悲しそうな物憂げな感じでボジャーを眺めながら考え事をしていた。

……やっぱり、色々迷惑かけてるのかなぁ…。

「……………」

元はと言えば私が図書室にいた事で起きた事だしな…。

「あ。あのぅ…」

「…………」

先生は変わらず、ボジャーを眺めている。

「え、えーと…先生…その…み、見たいですか?」

「…………」

先生はボジャーからこちらを見た。

「すーぷーちゃんは…俺が信じられないもんな…」

え。えぇ?!えー…と…

「い、いや…そ、そんな事は…」

「いや…。良いんだ…すーぷーちゃん。…俺、教師、向いてないのかも知れないな…」

せ、先生?!

切なそうにボジャーを見る先生の目が潤んだ。

「やめて下さい!そんな事、絶対にありません!」

「…そう思いたいけどな…」

目頭を抑えるローズ先生。

「先生!大丈夫です!!白竜には絶対、先生が必要なんですから!」

「生徒に信じられない教師なんて、価値がない。いくら俺が張り切ったところで…所詮はエゴだから…」

「そんな事、言わないで下さい!」

「すーぷーちゃん、知ってるか?生徒の成長ってのはな…自分の子供の事のように嬉しいものなんだ…。ダメなヤツほどかわいいって言うか…手のかかる者ほど大きく成長した時にはそりゃあもう嬉しくてな…」

「…先生…」

「すーぷーちゃんが毎回、色んな光玉を作って見せてくれるのも、俺、すごく嬉しかったんだけどな…。でも、すーぷーちゃんが嫌だって言うのを無理矢理そんな…」

「これです」

私はゴロリとテーブルの上に光玉を3つ並べた。

「3つとも、同じ機能なんですけど…上、中、下と3部構成になってまして…中をよく見ると、色が違うかと思います。青、赤、緑…これは表紙の色から取りまして…それぞれの中に内容が入ってます」

「内容?…どういう事だ?」

先生は光玉の一つを手に取り、眺めた。

「…光玉なのに、光って無いな」

しげしげと見る先生はその光玉の特徴に気が付いた。

「もともと照らす為のものではありませんので」

「?…どう言う事だ?」

「夜になればわかります。その時にまた見たら良いと思います」

「………そうか。では、その時、見せてもらおう」

冷静に光玉を眺めて言う先生。

…。あれ?…なんか、先生…あれ?めっちゃ冷静じゃない?さっきのは?

「ところで、図書室で作ったやつはどういう流れで作ったんだ?」

先生がテーブルに肘をついて前かがみに聞いてきた。

「ああ…あれも、これの流れで作ったんですけど…」

動画モード光玉。

「光玉の中に景色を記憶できたら良いな。って思って」

「…いいなと思って…」

先生は真顔で復唱した。

「ただ、試しに作った矢先に事件があったので、ちゃんと取れているか心配だったんですけど…まぁまぁ、ちゃんと出来てましたね」

「…まぁまぁ…」

先生は眉間にシワを寄せて呟いた。

「先生も作ってみますか?」

「………出来ると思うのか?」

眉をひそめる先生。

「はい」

即答すれば、先生の顔が真顔になった。

「…どうやって?」

「うーんと…イメージの具体性が得られれば、先生なら可能かと」

「つまり?」

「…オレンジ色の光玉作った時を覚えてますか?」

皆と一緒に光玉を作った時だ。先生はその言葉にみるみる目が輝いた。

「すーぷーちゃん!!」

ワクワクとした冒険を前にした少年のような表情だった。

「は、はい?」

その先生にガシッと手を取られた。

「やってみよう!!」

先生はめちゃくちゃ楽しそうだ。

「はい。お待たせー。今日はミートボール入りパスタね!」

そこにマリーさんが大皿で大量のパスタを運んで来た。

「わぁ。美味しそうですね!」

ミートソースにミートボールがゴロゴロと入ったパスタだ。オレンジ色のミートソースにバジルの緑が映える。食べ応えのあるミートボールに、ミートソースのいい匂いがたまらない。

「すーぷーちゃん!!行くぞ!」

先生はそのテーブルの光景を前にして、イスから腰を浮かせて私の手を引いた。

え??行くって…このタイミングでどこに?

「ど、どこにですか?」

「練習しよう!」

練習って…?先生、手、痛いです。引っ張らないで下さい。

「どこでもいい!光玉だ!」

「いいいい、今から?!だってこんなに美味しそうなパスタが…」

「それは後でもいい!」

先生の言葉を聞いて、マリーさんの気合の入った声がビリビリと響いた。

「ローゼフォン!!」

ピタリと先生の動きが止まった。私の心臓も止まるかと思ったけど。

「食事をしてからになさい」

ピシャリと言うマリーさん。

「…………」

先生は無言でフォークを持つと無の境地で大人しく食事を始めた。

えぇぇぇぇ?!素直と言うか、機械的な…ええぇぇ?

「すーぷーちゃんも、冷めないうちに食べてね。食べたら自由時間だから」

「は、はい…」

ニッコリ笑うマリーさんの笑顔がこの時だけは怖いと思った。…けど、パスタは超美味しかった。

ちなみに昼食を食べ終わった先生が、ひたすら私の食事が終わるのを待つ目は、視線が外れなくて怖かった…。

またそんな先生の様子を知った上でマリーさんが悠長に婦人会の様子を私に話し出すもんだから、気が気じゃ無い。

ご馳走さまの言葉からマリーさんのお許しも出れば、怒っているのかと言うくらいに先生に引っ張られて来たのが、ここ。中庭だ。

生垣に立木も茂っていてお隣近所の視線が気にならないこの中庭の芝生は食後には気持ちがいい。

木陰でうたた寝したい…。けど、今そんなことを目の前のこの人がさせてくれる訳もない。

「さて、ではすーぷーちゃん」

先生は誕生日のプレゼントを開ける前のような期待に満ちた目を向けた。

「は、はい?」

「やってみよう!」

は、はぁ…。

「何を作ります?」

「…何を?光玉だ」

いや、そうですけどね?

「どの光玉ですか?さっきの動画光玉ですか?」

「どうが…?…あの、風景を記憶するやつだな?」

「そうです。でも、あれは長い時間を記憶するのはやっぱり難しいので、最初は数秒からがいいかなぁと思うのですが」

「構わない。とりあえずやっていこう」

グイグイ前向きなローズ先生。

先生…新しい光玉作りたくてたまらないんですね…。まぁ、気持ちはわかりますが。

「では…始めましょうか」

私は先生の光玉を作る手に自分の手を添えて、法力を送りながらイメージを伝える事にした。

昼下がりの中庭。風が抜ける中庭は穏やかで、このままあのベンチで昼寝したい要求と戦いながら、私はローズ先生と光玉の練成を練習を始めた。











15日投稿…遅れてごめんなさい。

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