第32章 だが…あのハートのキング…どこかで会った事がある気がしてならない
「そんなに気にしなくてもいいのに…」
部屋に戻って、ネイロスが一番最初にしたのは部屋の配置換えだ。しかも今は夜更け。
「バカか。なんで最初に言わないんだ」
「いや、言えるわけないでしょ。…ネイロス親しみやすくなかったし」
むしろ、怖かったもん。最初のネイロス。
苦笑して言えば、その心の声が聞こえたようにネイロスはハッとしていきなりガバッと土下座した。
「すまん!!悪かった!!俺はおまえを殴った…何度も…許される事じゃ無い!」
「ええ?!…ね、ネイロス!!いいよ!…いや、良くは無いけど…その、もう気にしないで。やり方は乱暴だったけど、それはネイロスなりの気遣いだってわかったら僕、嬉しかったんだから」
その体格で、いきなり土下座はやめて!
私はネイロスの言葉を遮った。
「最初から知っていれば絶対にあんな事は」
床に額を付けたまま自分にショックを感じているネイロスに、努めて明るく言った。
「うん。わかってるよ。僕、気にしてないから。ね?お互い様だから」
「……すまなかった…」
青い顔のネイロスはノロノロと立ち上がった。
「うん。ありがとうね。ネイロス。…それで、その…今は深夜じゃん?周囲に響くから、模様替えは明日にしない?」
「…いくらなんでも、おまえらを今までのように寝かせられ無い」
「…う、うん。僕も、常々、狭いと思ってたけどさ…」
「そういう事じゃない!」
眉間にシワを寄せて声をあげるネイロス。
「ネイロス、もうちょっと静かに…」
今は深夜だよ!
慌てて指摘すればネイロスはため息を吐いて言った。
「俺は…知らなかったとは言え、おまえを害した責任がある。それに対して自分が許せない。納得するまでは償わせてくれ」
「そんな…大丈夫だって」
ネイロスは真面目で真っ直ぐだな。…まぁ、それがネイロスの良いところだろうな。
「…じゃあ、俺は床に寝る。おまえがベッドを使え」
「え。いや、せっかくの申し出だけど…それさ…ムダになっちゃうと思うよ?」
「…なぜだ?」
「だって、どっちのベッドを使おうが、結局タナトスが入って来るもん」
「…………」
ネイロスは胡乱な目をタナトスに向けた。
「…まさかとは思うが、おまえ…やましい理由じゃ無いよな?」
「…枕…無いと…眠れない…」
タナトスはさも、当然のように呟く。
「…どの距離までなら良いんだ?」
ネイロスは深いため息を吐いて聞く。
「あぁ。なるほど!そうだね。どの距離までがセーフなんだろ?タナトス、どうなの?」
タナトスは首を傾げた。
「(…女の寝床に入るだけで、全部がアウトだと思うがな…)」
ネイロスはボソリと呟き、自分のベッドと私のベッドをくっ付けて大きなベッドを作った。
「おお。スゴイ!これ広いねー」
そこにネイロスは縦に置いた枕と布袋でキチッと土手を作り、陣地を3つに仕切った。
「…とりあえず、今日はこれだ。死神、おまえ、俺。各自、陣地から出るな」
なるほど。川の字で寝るって事ね!
「やったー。いつもより広いー」
いそいそと真ん中の自分の陣地に入る私にタナトスは少し考えていた。
「全く…。いいか、陣地からは手も足も出したらダメだからな!」
厳命して灯りの蓋を締めるネイロス。
「はーい。あはは。なんか、家族や旅行みたいで楽しいね!」
これはまるで兄弟や修学旅行みたいだ。
私のご機嫌な言葉に、ネイロスの呻くような声がした。
「おまえはもっと慎みを持て…」
ひと気の無い裏口の階段に一人で座った。氷のように冷たい石段に体は冷えていく。
幼い頃…膝を抱えて人知れず声を抑えて泣いた日々は、叱られたからじゃ無い。
自分が叩かれるよりも、母親が泣いているのが辛かった。
悲しい時に素直に涙を流せば、母親の立場が更に悪くなるのを知ってからは、感情を出さないように努力した。だが、それも…疎まれる理由になった。
優しかった母は風邪をこじらせ、あっという間に自分を置いて去ってしまった。
母の葬儀に、父の姿は無かった。
とても悲しかったのに、涙が出なかった。
気が付けば、どうやって泣くのかを忘れてしまっていた。
やがて自分の存在も、忘れられていくようだった…。
そんな時に、あの人が来た。
あの人は自分の代わりに泣いた。自分の手を引いて歩調を合わせて歩くその手は温かかった。
大事な人がいたあの島で、遊んだ原っぱには、優しくて、悲しい事も…。
思い出が…たくさんある。
『…ロス…ロス…必ず戻って来てね…』
約束は…まだ果たせていなかった。
目を覚ませば、快晴の日差しが窓から部屋を照らしていた。
今日は模擬戦の決勝戦がある。自分のチームは3位になった。今日は負けたチームも全員が観戦する。
『…ロス…』
不意に…少女の不安そうな声が思い出された。
夢を見たからだ。それも曖昧ではなく、しっかりとした記憶として。
差し込む朝日の光が夢を焼いてしまいそうで、目を覆いたかった。手を動かした時、左手に違和感を感じて目を向ければ、
「……………」
自分の左手は、隣に眠る者の枕にされていた。
ギョッとして固まれば、思い出されたのは寝る前の現実の記憶。
陣地の仕切りにしていた枕はどこに行った?!
ベッドの陣地を区切るために縦に置いた枕や布袋が見当たらない。
それこそ手を伸ばした距離で穏やかに眠るそいつは、希少なアルカティア人だ。しかも女!
それが…自分の手を枕に無防備に熟睡している。
これは、まずい…。なんというか、いたたまれない。
そっと手を引き抜こうとゆっくり動かせば、枕を奪われないように奴の両手が腕を掴んで頬を寄せた。
「?!」
…これ…は…払い除けるのも…無理だ。いや、しかし!このままはもっとダメだ!
起こすか?いや、起こすってどうやって?なんて言うんだ?おはよう。とか?…なんか変だ!…起きろ。も…この状態で冷静に言えない気がする…。
昨日までの奴なら問答無用で殴って起こせたのに。今思うと女の頭を殴って起こすなんて正気じゃない。
それを、知らなかったとは言え自分がやった事に罪悪感がドンと来た。と、同時に昨日、脱衣所で見た光景が蘇って、悪いとは思いながらも繰り返し思い出してしまう。
陶器のような白い滑らかな肌に漆黒の髪。
…アルカティア人は絶滅したんじゃなかったのか?
ネイロスは不純になりそうな妄想を、珍しい黒の色彩を考える事で矯正した。
チラリと隣を見れば相変わらず穏やかに眠っている奴の顔は、今ではどう見ても女だ。
「………」
左手に神経が集中してしまう。動かしてはダメだ!と思うと、ピクリと指が動いてわずかに頬を撫でた。
「…ん…」
そのわずかな声にネイロスはビビる。起きるかと思った兆候は再び沈黙で消えた。が、わずかに身じろいだせいで手に唇が当たっている。
ホッとした自分を後悔した。さっきの声と今の状況に心拍数は上がっているのがわかる。
なんなんだ。魔法ならバレても最後まで幻を見せればいいものを!今更、どこをとっても、女ですが?と主張された所で迷惑だ!コイツもコイツだ!!こんな男しかいない所に来やがって!しかも白竜で、次席のハートのキングだと?!
白竜の奴らはどうなんだ!アイツらこそ女は1番の禁忌だろ!それがキング………。いいのか?おい。
ネイロスはこの皮肉な現状と、光景に、すっかり正解がわからなくなって…詰んだ。
「…んぁ?」
目が覚めると視線の先には太い腕が伸びている。
ムクリと起き上がり霞む目を瞬くと、仰向けで右手で目を覆っているネイロス…が、こちらを見た。
「…おはよう…ネイロス。…起きてたの…?」
目をこすり、声をかければネイロスは被害者のような目で私を見てくる。
「ん…なに?」
「……仕切りにしていた枕はどこだ…?」
え?枕?………。無い。確かに。
「あれ…どこかな?…」
周囲を手探りすれば、反対側にすぐに見つかる。
あ。思い出した。
「…僕が移動した。ごめん、使いたかった?」
ネイロスは抱き枕使う派なの?
タナトスがまた触って来たから、ネイロス側にあった枕で仕切りを強化したのだ。
「……。移動させるな!こっちは俺の陣地だ!」
なんだ。領土侵犯って言いたいの?
「えぇ?…そんなにはみ出てた?…タナトスが詰めて来るからさー。こっちの枕で強化したんだよね」
そのタナトスは、枕の土手に埋もれている。
「…いやー。ネイロス。久しぶりに僕、窮屈じゃなかったよ!」
「………おまえな…」
ネイロスは不満そうだ。ムクリとタナトスが起き上がる。
「…ぷにぷに…枕いらない…」
「え?僕がいなくても大丈夫だった?」
「…違う。枕に枕いらない…」
はは。タナトス、私は逆に仕切り枕の必要性を認識したところだよ!
「眠れなかったの?」
「………遠い」
はい。と言わない所を見ると、眠れたんだな。
「タナトス、眠れたんだね。良かったよ!ネイロス、この方法、いいね!」
ご機嫌な私に、なぜかネイロスもタナトスも不満気だ。
「………再検討の必要がある」
「………元のままがいい」
「えぇ?!なぜに?!」
いや、タナトスは抜きにして、ネイロスが不満て…。
「え。せ、狭かったから?」
「それ以前の問題だ。いいか。よく聞け」
ネイロスはベッドの上で向き直る私に、ハッと何かに気がつくと、ベッドから降りてわざわざイスに座り直した。
「?…それで?」
「まず、おまえ。ここを出ろ」
「えぇー?!なんで!?」
「なんでも無いだろ!男の中で生活して良いわけない!おまえは俺と一緒で気にならないのか?!」
「…別に今まで平気だったし。僕は気にしないよ?」
「おまえな!」
「ネイロス、僕がここに来た時に追い出そうとしたでしょ?」
「…それがどうした」
「でも、ネイロスに勝って、ネイロスは僕を認めてくれたじゃん。それに!昨日は良いって言ってたのに!」
「それはお前が男だと思ってたからだろうが!よくよく考えたらやっぱり無理がある!」
「え。じゃあ、今はダメなの?(と言うか、男とか女とか大声でやめて?)」
私の指摘にネイロスはグッと口をつぐんでため息を吐くと静かに話始めた。
「ダメに決まってるだろ」
「なんで?…償いたいとか言ってたのは?」
「…だからこそだろうが。おまえ、おまえは…白竜だぞ?」
「うん。そうだね。マドラスがそう認めてくれた。僕は白竜でハートのキング。だからここにいる」
「おまえ、白竜の奴らにバレたらどうすんだ?白竜だけじゃない。他の奴も。現に黒竜のキングは知ってるんだろ?」
「うん。ナタル先輩は知ってて認めてくれてる。お互いに協力するって条件で僕の依頼も受けてくれてる。ネイロスは?僕の…師匠を助けるのに協力してくれる?」
「……」
「昨日も言ったけど、協力してくれるなら、僕もネイロスの何か…手助けをするよ?」
「………」
「僕、自分で言うのもおこがましいけど…結構、使えると思うんだよね」
「………」
「もちろん、バレたらここにはいられないし、師匠を助ける方法が見つかればすぐに出る。元々、長居出来るなんて思って無かった。法術を取得出来たのも幸運だったんだ。でも、そのおかげで今までネイロスの窮地を救えたでしょ?」
「………」
「だから取引しない?僕の手伝いをしてくれる事。または黙っていてくれる事でもいいよ。その程度によって、僕もネイロスを手伝う。…どう?」
「………」
「あー…と…僕、ネイロスに使ったちょっと変わった魔法とかも使えるよ?」
「………」
ネイロスは難しい顔で私を見ている。
「…いや、ダメだ」
「ええ?!なんで?」
「おまえ、万が一何かあったらどうするんだ?後悔しないと言えるのか?お前が得た法術だって失う事になるんだぞ」
ネイロスは真剣にそう言った。
「…それは…わかる。でも、僕…まだここで学びたいんだ。万が一…何かあっても…覚悟の上だよ…」
「わかってないだろ。何かあってみろ、嫁にも行けなくなるかも知れないんだぞ?」
よ、嫁?!
「えぇ?!…い、いや…それは…別に…」
なんか話が飛躍するっていうか…そんな事、今はちょっと…。
「…ぷにぷに。うちに来い」
「タナトス。ちょっと黙ってて」
タナトスの寝ながらの言葉に、私は張り付いた笑顔で一蹴した。
都合のいい愛人になんてなるわけないでしょ!
「ねぇ。ネイロス。これは僕が覚悟の上でしてるんだ。誰かのせいにするつもりは無い。それに、僕は嫁とかそういうのよりも、師匠を助けたい。僕のせいで死んだも同然の師匠を助けられないまま、僕だけ平穏な生活なんて送れないよ。…そうでしょ?」
「それは…他の機関に助けを求めればいいだろう?」
「僕が…自由を失って…違う意味でもう師匠と会えなくてなっても…?」
「…それは…」
「僕の師匠が僕に魔法をかけたのも、僕の身を案じてなんだ。僕は…最弱だって」
「………」
「僕は今、教会にも追われてる。それは僕が師匠を石化しちゃったからだと思う」
「なに?…ちょっと待て。おまえ、白竜で…教会の奴らと一緒にいただろ?」
「うん。アイティールがくれた偽の戸籍…スレイプニルではね」
「戸籍…。おまえ…本当の名前はなんだ?」
「僕の名は…」
ネイロスが金色の目をしかめた時、タナトスが答えた。
「ぷにぷに」
「なんでよ?!」
タナトスの言葉に思わずツッコむ。
しかし、タナトスは冗談で言ったのでは無く、誰かの来訪を教えてくれていたようだ。数拍してノックの音がした。
「?…(誰だろ?)」
侍童のケイン君?
「…アホウドリ…」
ボソリと言ったタナトスの言葉に、苦笑した。
「おはようアイティール」
挨拶と共に扉を開ければ、青い目が瞬いた。
「…ニル…早かったか?」
アイティールは私を見てそう言った。
「え。なにが?どしたの?」
意味が掴みかねない私に、アイティールは視線を下げた。
ん?ああ。そうだ。夜着のまま寝起き感満載だった!
「あー。ごめん。ちょっと話し込んじゃって。今、支度するよ。部屋で待っててくれる?」
「話…誰とだ?」
「え。いや、まぁ…ネイロスとタナトスだけど?」
「……。そんなに話をする事があるのか?」
真顔でそう言うアイティール。
「え。ま、まぁね!親睦?…だよね!ネイロス!」
室内のネイロスに同意を求めれば、ネイロスは「…話の途中だ。帰れ」とアイティールを疎む。
「では私も加わる」
アイティールはそう言って部屋に一歩踏み込んだ。
ええ?!ちょ!それは困るんですけど!!
「あ、アイティール。その…そんなに大した話じゃ無いから!」
私の動揺に、アイティールは不機嫌そうに言った。
「ニル…。昨日の話といい、今といい…私を避けていないか?」
「え。そんな事無いよ?全然!」
「では、私も参加する」
ええー…。ちょっとそれは…。困る。
「じゃ、じゃあ!朝食時にしよう!支度するから待っててね!」
私は勢いで決めてアイティールを廊下へ促して扉を閉めた。
「おい。勝手に決めるな」
ネイロスが眉間にシワを寄せて非難した。
「(ネイロスが、帰れ。なんて言うからだよ。付き合ってよね!)」
声を抑えてビシッと言うと、ネイロスは眉をひそめた。
「…アイツにも話をするのか?」
「(まさか!言えないよ!アイティールに言ったら…僕、ここに居られない…)」
戸籍の事もそうだし、いくらかかってるにかわからないけど学費の事も…それに…友達としても…
「(…僕…アイティールを騙しているんだ…)」
心が沈む…。
「……。王族には関わらない方がいい」
ネイロスは静かにそう言った。
「僕だってそう思うよ。でも、アイティールは友達なんだ。騙してるけど…嫌われるまでは大事にしたい。それは、利害関係とかじゃなくて、友人として」
「友人?…あいつはそう言っても、それはおまえを利用するためかも知れないぞ」
「そんなの関係ないよ。僕もアイティールもお互い友達だって思ってる。アイティールには気安い友達が必要なんだ。王族とかそんなのを抜きにして、ただ普通に…生涯の親友が。それは僕じゃないのかも知れない…ううん。僕の正体がバレたらきっと友達ですらいられない…。けど、アイティールが本当の友達を見つけるまでは…友達でいたい」
「………バカか」
ネイロスはそう言って席を立った。
「…ネイロス…」
「支度するんだろ。早くしろ」
「う、うん」
「おまえも出ろ。ジョーカー」
「………」
「タナトス、すぐ着替えるから廊下で待ってて」
ベッドでゴロゴロしていたタナトスはムクリと起き上がって出て行った。
…。タナトスも身支度どうしてるんだろう…?
現実的にクサいとか無いからどこかで身支度してるんだろうけど。
「……。おい」
ネイロスは扉の前で振り返った。
「やるからには最後までやりきれ」
「…うん」
「…おまえの師匠を助けるのを手伝ってやる」
え。
「ホントに?」
「俺は魔法の事は知らん。…期待はするな」
ぶっきらぼうだけど、ネイロスの言葉には確かな信頼が感じられた。
それが、とても嬉しかった。心強い仲間が増えた事が。ルームメイトに身バレするのを怯えなくて良い事も。
「ネイロス、ありがとー!!」
うわぁーっと興奮してネイロスに駆け寄れば、ネイロスはギョッとして扉の外に逃げた。
「えぇ…」
目前で締め切られた扉に、拒否された虚しさを感じる。
私はスンっと冷静になって、すごすごと身支度に取りかかった。
ネイロスは廊下でため息を吐いた。
事情は知った。性別さえ男ならば奴の望みに異議を唱える事は無い。絶滅された珍しい人種。自らの過ちで師を石化させてしまったのならば、それを治す手段を探したいというのはわかる。
だが…ハートのキングは女だった…。
見てしまった光景が度々、思い出される。女だと知ってからはもう以前のように気軽に扱う事は出来ない。
だが、気にしているのは自分だけで奴は全く、これっぽっちも気にする気配が無い。
今も、喜色に黒い目を輝かせて駆け寄る姿は気安過ぎて、親兄弟か恋人にするようだ。
あのまま突っ立っていたら夜着姿のまま飛び付かれていたかも知れない。
いや、そもそも、ジョーカーに至っては、毎晩、くっ付いて寝ているわけで…。
…あいつに必要なのはここでの兵法技術ではなく、淑女教育だろ…。
あんな無防備な奴がこの男しかいない場所で、これからも暮らすというのは…かなり気が気じゃ無い。
それなら奴を手伝って、さっさと奴が目的を終えて自主的にここを出るようにしほうが良い。
そう判断したわけだが…これは…間違えただろうか…?
ネイロスは再びため息を吐いた。
「お待たせ。部屋、使っていいよ」
身支度を手早く済ませて廊下に出れば、ネイロスは廊下の壁に寄りかかって腕を組んでいた。
「あれ?タナトスは?」
「さぁな。出て早々に居なかった」
入れ違いに入るネイロス。
それじゃ、顔洗ってトイレ行こ。メンテナンスも佳境を過ぎた。2つを合わせて大きくしたベッドのシーツも大丈夫だったし。
「…という事で、僕、考えたんだけど…クローゼットが使えると思うんだよね」
食堂へ行く道すがら支度を終えたネイロスと廊下を歩く。
「待て。何の話だ」
ネイロスは唐突に始まった会話の出だしに戸惑いながら聞いてくる。
「着替える場所。僕のサイズなら充分いける。今までしなかったのは、クローゼットで着替えたら、ネイロスに変だって思われるからだし」
「………クローゼット…」
呟いてネイロスは何かに気が付いて足を止めた。
「?…ネイロス?」
「い、いや。…何でもない」
気まずそうに目をそらすネイロス。
「?…そんなわけで、それならいちいち部屋出なくていいでしょ?」
「勝手にしろ」
再び歩き始めるネイロスの後に続く。
ネイロスは大柄で背が高いから背中も広い。さすがジャイアントネイロス。クマみたいだな…。
「あ。そーだ。ネイロス。昨日、ネイロスにポテチ作ったんだけど、いる?」
元々はネイロスへ詫びポテチのために作ったものだ。
「…おまえ、ここで何してんだ」
呆れて目線を向けるといると、いると思った場所よりも私が後ろにいた事に、ネイロスは気が付いた。
「ネイロス、君とは歩幅が違うんだよ。 …赤竜の生徒って、みんな体が大きいよね」
ちょこちょこと早歩きで隣に並ぶと、ネイロスは不満そうに言った。
「…白竜にしたっておまえは小さ過ぎだ。…なんであいつらも気が付かないんだ」
「あはは。それ、ナタル先輩も言ってた。本当、師匠は偉大だなーって思うよ」
ネイロスと並んで歩いていると、廊下で行きあう赤竜の生徒は一様に足を止めて丁寧に挨拶をしてきた。
「………。ネイロスって人望あるね」
「なんの事だ」
「いや、みんな、ネイロスが通るとピシッと挨拶するから」
「当たり前だろ。キングとしてトップに立つ者を、侮る奴は組織には要らない」
「あ。う、うん…いや、だって、僕たちまだ1年生だし」
「だからなんだ。実力が勝れば年齢なんて関係無い」
「!それだよ!ネイロス!」
私はネイロスを見上げた。
「…何がだ」
「僕もそう思うよ。実力が勝れば性別だって些細な違いだよね?」
私の言葉に、ネイロスは苦々しく閉口した。
「ネイロスー。僕、とても嬉しいよ。改めてよろしくね」
ご機嫌で言う私に、ネイロスは重々しく呻いた。
「…お前は一刻も早く問題を解決しろ」
食堂の席で物思いにふけるアイティールは、やっぱり不可侵のオーラがある。同じ青竜の制服を着てる生徒が向こうで談笑してたけど、全然、違う。これが王族オーラか。
入り口からそれを見つけて隣のネイロスに思わず聞く。
「(…ねぇ。ネイロス。どうしたらあのアイティールが親しみやすくなるかな?)」
「無理だろ」
ネイロスは、にべもない。
「いや、ちょっと!そこはもっと考えて?」
思わずネイロスにツッコむと、アイティールが気が付いた。
「ニル。こちらに」
あ、はいはい。
「ほら、ネイロスも。こっち」
「……」
ネイロスは渋々といった感じで私の隣に座った。
「…………」
「…………」
お、おおう。沈黙だな。これ。ネイロスもアイティールも、お互いあんまり良く思ってないからなぁ…。
「…タナトスはどうした?」
アイティールが聞いてきた。
「あぁ…なんかどっか行っちゃって、わからない」
「そうか…。それで?なんの話をしてたんだ?」
「え。は、話?…えぇっと…大した事無い話だったから…」
「構わない。聞かせてくれ」
「え、えぇーと…。ネイロスって体が大きいし、赤竜ってみんな体格いいよね。みたいな事…?」
これは今さっきの話題だけど…取り繕って言った話を、アイティールは青い目でジッと見つめてくる。
「………」
こ、この真偽を図る目が非常に苦手なんだけどな…。
ネイロスは話題に応えて説明した。
「…赤竜は魔法資質を持たないからな。体作りが何より基本だ。魔法に頼らない分、あらゆる武器にも対応出来るように訓練する」
「ああ。そう言えば、ネイロス、槍も使えるみたいだよね」
私がデッキブラシを持ち出した時に、ネイロスは慌てる事なく受けてたった。
「そうだ。弓も、斧も、短剣も…農具や、その辺の石つぶてだろうが、なんでも使えなくては戦えない。利き手も作らない。左右どちらだろうが同じように使う。そう訓練するからな」
「へぇー。すごいなぁ!」
素直に感心しちゃう。
「赤竜は前線の要だからな」
「前線…僕、最近言われるんだ。白竜が序盤から前線に出られたらいいのにな。って」
「バカか」
ネイロスは一蹴した。
「なぜ否定する?ニルならば不可能では無いだろう」
アイティールの言葉にネイロスが剣呑な目を向けた。
「前線がどんな状況になるのか、知らないわけじゃないだろ?」
「…ネイロス。ニルに負けた君が言うのか?」
「サシで勝負するのと戦闘の違いすらわからないとは、それでもスペードのキングか?」
「無論。知っている。それでもなお、ニルが有利だ」
「バカが!やめろ!」
それまで静かに相対していたネイロスが声をあげた。
「ね、ネイロス?…落ち着いて?…ただの仮定の話だから」
声を荒げるネイロスに仲裁すれば、ネイロスは不機嫌そうに私に言った。
「仮定の話ってのは、実現の前段階だ。おい。おまえも、のせられて本気にしたりするなよ?おまえはバカのキング級なんだからな!万が一でも絶対にするな!」
ひ、ひどし。
「ネイロス…負けたおまえがニルを侮辱するのはやめろ」
アイティールの冷えた声がする。見れば、アイティールもまた不機嫌そうにネイロスを見ていた。
えぇぇぇ…この2人…仲良くする気、無いんじゃ…。
「ご…ご飯にしよう!取り敢えず僕、適当に持ってくるね!」
こういう時は同じご飯を食べて親睦をはかるのが良いかな?!
「…もう、いいだろ。メシの時ぐらい好きにさせろ」
ネイロスは不快そうに席を立った。
「えぇ?!ネイロス、もう行っちゃうの?」
その言葉に、ネイロスは当たり前のように言った。
「青竜の奴とは…特にコイツとは馴れ合うつもりは無い。元々、価値観が違う」
「…そんなのわからないよ?だってまだお互いの事、知らないでしょ?それに、赤だから、青だからとかって、役割や立場で初めから線を引いちゃうなんて、おかしいし、もったいないよ」
「………」
「僕達、同じ1年生だし…ここの生徒でしょ?」
ネイロスはため息を吐いて渋々、言った。
「……早くしろ。俺は食ったら行く」
「うん。あ、ネイロスは好き嫌いある?量は?」
「いいから行け」
ネイロスは立ち上がったイスに座り直すと、諦めた様子で追い払うように手を振った。
だ、大丈夫かな。急いで取って来なくちゃ!
「…ネイロス…君はニルを追い出したいんじゃなかったのか?」
「気が変わった。俺の勝手だ」
「…気が変わった理由があるはずだ」
「だからなんだ。おまえに言うつもりは無い」
「…………」
『…ねぇ。ネイロス。どうしたらあのアイティールが親しみやすくなるかな?』
あいつが言った言葉の答えはNOだ。目の前のコイツの目は常に打算的でしか無い。相手がどう使えるか、どう自分の配下に置くか、支配し掌握しようとする…威圧感と高圧的な気配がつきまとう。
これで、どう親しみやすさが出るっていうんだ。周りに付くとしたら、王族というブランドと権力の庇護を元に、のさばりたいと願う小者と、媚びへつらう小賢しい奴らぐらいだ。
むしろ疑問だ。なんであいつがコイツに心を砕く必要がある?金銭的な援助か?いや、それよりも…
「…ニルは変わっているだろう…」
独り言のようにスペードのキングが口にした。
「………」
言葉の真意を図りかねて沈黙する事で続きを促せば、青い目は食事を取りに行った白いローブを見ていた。
「…見た目で侮るかも知れないが、彼の考え方や能力は非凡だ。恐らく幼少から高度な教育を受けている。…かと思えば、市井にも詳しく、誰だろうが身分に関わらず、分け隔てなく接する。それは…白竜の天敵とも言える黒竜にもそうなんだろう」
ああ…そう言えば、赤竜でも噂好きの奴が言ってたな。白竜が黒竜に挟まれて飯を食っていたと。
誰が言ったか「ハートのキングは黒竜に身売りした」「そのうち黒竜に移籍するだろう」とも。
昨日の話…奴の事情を聞けば、黒竜ダイヤのキングとの接見は至極、順当だ。だが、知らない者からしてみれば、相対する組との親しい交流は奇異でしか無い。
「あいつはお人好しのバカだ。死神だろうが王族だろうが気にならないんだろ」
死神と引き合いに出されたせいか、スペードのキングは眉をしかめた。
「…ネイロス…その侮辱する言葉は控えろ」
いかにも育ちの良い物腰に、整った容貌、眩い金の髪、青い目。オケアノス人を体現したようなスペードのキングは、さらに王族という孤高の自尊心が加わる。
威圧的な空気は死神のそれよりかは、はるかにマシだが、居心地のいいものじゃ無い。
「おまえは、友人を立てているようで実際は所有物を貶されるのが嫌なだけだろ?」
「……君がどう思おうが、ニルはすでにグリフォンの庇護にある」
「ハッ!それをあいつが了承したのか?どうせおまえの押し付けだろ」
テーブルを挟んで睨み合った。
これと親しく?冗談よせ。そもそも、こいつにそんな気は微塵も無いだろ。あるのは支配下に置く事だ。使える駒として配下を増やす。そんなもの…こっちだって御免だ。
やはり席を立とうとした時、忙しなくハートのキングが戻って来た。
「ネイロス!今、どっか行こうとした?!」
チッ。遅かったか。
「ご飯までは付き合うって約束だよね?あ。はい。これ、ネイロスの分。アイティールは果汁はオレンジでいい?」
テキパキと取ってきた朝食を並べていく奴を見ると、遠い昔の風景を思い出した。
「………」
「ん?なに?」
「…いや」
夢のせいだ。ああ、さっさと終わらせよう。
「タナトス、こっち。座って?」
その名に目を向ければ、いつの間に来たのか死神がトレーに食事を乗せて立っていた。
「…おい、まさか…おまえ、死神に運ばせたのか?」
驚いて問えばハートのキングはケロリと言った。
「そうだよ。1人じゃ持てないもん。っていうか、その呼び方…不吉だからやめてくれない?」
「……おまえ…本当に気にしなさ過ぎだろ…」
普通、死神に料理を運ばせるか?呆れた。信じられん…。死神も死神でよく素直に応じるな…。
「タナトスはね、ポテチ作るのも手伝ってくれるんだよ」
ご満悦で言うハートのキングに正気か?と死神を見た。目深に被ったフードで、もちろん顔は見えないが、相変わらずの無感情に不健康そうな佇まいは鬱々としていて影が薄い。
「じゃ、いただきます」
手を合わせて行儀よく食事を始めるハートのキングに、故郷を再び思い出す。
「あ。ねぇ、今日…週末でしょ。何時に解散になるんだろう?」
ぼんやりした思考に、奴の言葉で我に帰る。
「決勝の試合が終わり次第になるかと思うが…」
もったいぶって飲み物を口にするスペードのキング…それは酒じゃないんだよな?
「それじゃ、早く終わってもそれで終了…?」
「決勝戦は力が拮抗する事が予想される。早々には決着はつかないと思うが」
だろうな。
模擬戦の話ならば苦もない。
「確かに。あの決勝のチームは黒竜ダイヤのキングの魔法があっても、対するチームは白竜ダイヤのクィーンの治癒がタフだ。攻守が続き、回復が切れなければ試合は長引く。夕方まで持ち込む可能性もある」
「うーーん…今回は…そうはならないんじゃ無いかなぁ…」
スプーンを持ったまま苦笑するハートのキング。
「…なぜだ?」
スペードのキングが疑問を口にすれば、ハートのキングは曖昧に笑った。
「え。ま…まぁ…僕、今日はちょっと外に用事があるから。そうだったら助かるなって思って。なんで週末に決勝なんだろ?代休まで作るなら週明けかその前に終わらせる事だっていいのに…」
「…それは、観客の都合だろう」
「観客?…まさか…外からお客さんいれるの?!」
「決勝は見応えがあるからな。一般の観客も多く観れるようにあえて週末にかぶせるらしい」
「え。…それって…その…白熱する戦闘ってコトで…?」
徐々に顔色が曇るハートのキング。
「それ以外にあるか?」
「……え、えーと…それは…想定して無かった…どうしよう…」
ハートのキングはソワソワし始めた。
「ニル?…どうした?」
「いや、な、なんでもないよ?」
その動揺は明らかに何かあるだろ。おまえ。頭抱えてるし。
「あー…僕…ちょっと…先輩に話が…」
スプーンを置いて席を立つハートのキング。
「おい。お前が言ったんだろ。朝メシを食うまでは付き合え」
というか、この面子でお前だけ抜けるとかバカな事はやめろ。
引き止めればハートのキングの顔は引きつった。
「いや。その…これ、結構、大事な話なんだけど…」
「なんだ?」
「いや、それはその…ここではちょっと…」
ハッキリしないハートのキングに訝しんでいるとスペードのキングが冷静に言った。
「…なるほど。今回の決勝戦はニルが一枚噛んでるんだな」
「なに?…そうなのか?」
立ち上がったハートのキングを見上げれば、明らかに動揺している。
「おまえ…何をする気だ?…不正をしたら勝っても失格だぞ?」
今度は何だ。まさか…またあのわけのわからん魔法を使う気か?!
「い、いや。不正じゃない。事前に大会ルールの違反事項も読んだし、先輩たちは、僕の案を使うも使わないも、先輩のチームの自由だからって…」
「不正じゃない?…一体、どんな作戦なんだ?」
興味深そうに問うスペードのキング
「そ、それはその…」
ガタリとネイロスが立ち上がった。
「おい、おまえ。自らここを追い出されたいのか?」
「ネイロス?」
「不正を聞いたら、それを黙っている事も加担に値する。俺は知らんぞ!」
「ニルは違反事項には当たらないと言っている。そうだな?」
「う、うん。だって、光玉だよ?」
「光玉?…あの灯りの?」
「そう。試合に持ち込み可能な品でしょ?違反じゃない…はず」
「確かに、光玉は試合の中で合図や、視界不良の天候時にも使用可能だ」
「で、でしょ?」
「…この快晴の天候でどう使うって言うんだ。むしろ光すらボヤけて見えないだろ」
「日暮れを想定して使用するのか?」
「う、うーん…それは…言えない…かな…」
「言えない?…なぜだ?」
「いや、だって…試合の作戦に関わる事だし…」
「それには及ばない。私は試合に参加するわけでないからな。聞かせてもらおう」
面白そうに説明を求めるアイティールには、問答無用の強制感がある。チラリとネイロスを見ると、納得しきれていないような顔をしていたので、私は身を乗り出してテーブル越しにアイティールに耳打ちした。
「……ほぅ!なるほど。…考えたな。いかにもニルらしい」
アイティールは手品のタネを聞いたように喜んだ。
「…ネイロスは?…聞く?」
アイティールとのやりとりを複雑そうに見ていたネイロスに問えば、ネイロスは「…聞かん」と拒否した。
朝食を終えて、ネイロスは早々にどこかに行った。私は作戦が心配になってクスト先輩を探したが、クスト先輩のチームが使っている作戦室を訪ねても誰もいなかった。
…まずいなぁ…そうだ。念のため、和睦のむつみちゃんを持って行こう。
あの作戦は、試合を想定していても観客を想定していなかった。
他に、先輩達がいそうな所は…フィールドだ。
部屋に寄ってデッキブラシの和睦ちゃんを片手に私はフィールドに向かった。
観客席ですり鉢状の広い模擬戦のフィールド…競技場のように段々になっている客席のうち一般観覧席は、場所取りですでに多くの席を一般市民が埋めていた。
「あ。いた!」
遠くに見えるチームの防衛拠点にはクスト先輩のチームが集まり、最終ミーティングをしているようだ。
近くに行って話をしたいのに、フィールドの中に入ろうとしたら、監督官に止められてしまった。
もうすでにチームへの接触は出来ないらしい。
…ど、どうしよう…。
なんとか近寄れる場所はないかとフィールドを囲う塀を探して歩いていると、黒茶の髪の黒竜の生徒が市街地を模したフィールド内、チームの防衛拠点前で見覚えのある袋を片手に悠々とくつろいでいる。
…あの不遜な態度、眼鏡…間違いない。ナタル先輩だ。
「…えぇ…先輩…試合前だってのに…これから映画でも見るかのようなリラックス感…」
わざわざ移動したのか、目立つ場所で大きな木箱に座り、重ねた木箱を背もたれにして袋から食べるそれは…
「…ポテチ…」
そうだ…。昨日、言ってたな…。見せびらかしてやるって…。
あ。クスト先輩、気が付いた。
「………」
クスト先輩は、ナタル先輩の見せびらかし作戦に、まんまとハマり怒っていた。遠くて声はよく聞き取れないが、何かに文句を言っている。
「…え。…私?」
それが、フィールド外にいた私に気付くとクスト先輩は指をさして、次にナタル先輩を指し、指を順に5本立てた。
それは…つまり…5袋作れってこと?!
「…えぇ…」
ナタル先輩はクスト先輩のその様子に、私がいるのに気が付いて、再びクスト先輩を見る。そしてゴソゴソと背後からもう1袋を取り出して見せつけた。
2袋…あれ、元々はクスト先輩にあげる予定だったやつだ。
クスト先輩は興奮してフィールド内の自分の陣地から出そうになって、慌てたチームメイトに止められていた。それを見て笑うナタル先輩。
…クスト先輩…試合前の挑発にまんまとのってんなぁ…。
ボクシングとかでも敢えて相手を怒らせて試合の流れを有利にするって聞くし…そんなんで大丈夫なんですか?クスト先輩…。
ふと、怒り心頭なクスト先輩が私を向いて指を順に10本立ててみせた。
やっば。倍になってる!
私はこれ以上ここにいてはポテチをいくつ作るはめになるか恐ろしくなって、コソコソと逃げるように立ち去った。
ああ…参ったなぁ…。あれじゃ、どっちが勝ってもポテチを作るはめになりそう…。
とりあえず、あの場から逃げたけど試合が始まる前には白竜の席には行かなくちゃ。
ちょうどいい時間潰しは…あ。そうだ。和睦ちゃんも持ってる事だし。
私は赤竜の教室に向かった。
教室に行きがてら、赤竜の生徒とすれ違ったけど彼らは意外そうな顔はしても、敵意や侮辱はもう感じられなかった。
赤竜の教室は誰もいなかった。みんな、模擬戦会場に向かったんだろう。黒竜の教室と違って、本などの貴重品が無いせいか、施錠はされていない。
…それにしても…相変わらずの汚さだ。必要な物は…雑巾にバケツにホウキとチリトリ。あればハタキ。そして、デッキブラシだろう。
「よし!今日やっちゃうか」
無論、こんな汚れた教室を模擬戦開始前の時間で全て終わらせるのには無理がある。普通なら。
私は自分に超速移動の魔法をかけた。
にわかに騒がしかった外の賑わいが止まり、時間が止まったような静寂の世界になる。
正確には時が止まっているというよりは、私が超速になっているんだろうけど…。
仕法をかけながらの掃除だ。手早く終わらせよう。
散らかりまくった物を集め、ゴミとそうで無い物を別ける。片付けでよくある、他人にはゴミでも当人には大事な物ってパターンもあるから、食べ物のゴミと明らかに使い道の無い汚いゴミ以外は丸めた紙くずでも捨てずにカゴにためておく。
大衆雑誌がたくさん散乱していて、くしゃくしゃになった紙面の本や、埃にまみれたシワだらけの衣服。破れかかったポスター。丸められた紙の束、木刀や、汚れた防具、飲みかけだったのがカラカラに乾いて汚れた複数のコップ、片方しか無い靴下、何だかよくわからない金属部品に、なんでか子供の玩具、意味のわからない物体、小銭まで…出るわ出るわ、床の見えない一角はさながら廃棄場所のようにあらゆる物が積み重なっていた。
赤竜らしい武道の物も多いが、中には何に使うのか皆目見当も付かない謎の物や、玩具まであるし…そして、度々出てくるのは女性の裸の絵だ。写真がないこの世界では絵師が本に人物や風景、品物を写実的に描く。
大衆雑誌のような誌面には版画で刷られた絵が、主にモノクロ、一部は着色された物がのる。
「(…よくまぁ…飽きないでこんなにたくさん集めるなぁ…)」
様々なポーズの女性の裸の絵は、夢の世界で言ったらグラビアかな?色んな女性が誘うような目でポーズを取っている絵は、あからさま過ぎて逆に可笑しい。
なんて言うか…古いっていうか…裸は裸でも上半身が多いし…全裸でも所詮は絵だ。
夢の中で、写真やリアルなカラーイラストでグラビアや卑猥な広告を見た事のある身としては、同性の裸は全然、なんて事無い。
それに、女性目線で見ると…有り無しが分かれる絵がある。キレイなバランスの取れた裸の絵もあれば、胸がやたらと誇張し過ぎた絵もあって…
変なの。ほぼ牛じゃん。これ。どこがいいの?
そう思えば、この世界の風俗は大人しいな。
雑誌と言えども、本は本。出版社、シリーズや刊行別にザックリ仕分けて棚に並べる。赤竜にある本と言われるものは薄くて絵が多い。…まぁ、俗に言うグラビアばかりだ。私物だろうな。
そんな中で一冊、同じく大衆本だけど、文字が多い本を見付けて何気に中身を読めば…
「うわっ!」
私は慌てて本を閉じて、なるべく目立たない1番奥に置いた。
…官能小説だった…。
この世界にもあるのか…。これはダメだ…。無理。絵とかの方がよっぽどマシ。
「そんな事より掃除だ!!」
気をとり直して集中!
机やイス、棚を雑巾で拭けば、雑巾がすぐに黒ずんだ。拭いていけば部屋の明るさが増す気がする。
床はホコリやゴミでジャリジャリしている。一部では何かをこぼしたのか乾いて変色した紙が張り付いていた。ザッと掃いてゴミを取ると、和睦ちゃんでガシガシと水洗い。それから床を拭き上げた。
ひとしきり終われば、スッキリだ。しかも散乱した物を片付けた分、広くなった気がする。
あとは、カゴに集めたホコリまみれの衣服や、悪臭を放つ制服を洗濯すれば良い。
「誰の服か知らないけど…制服は学校のだし、その他の私物は乾いたら教室に戻せばいいね」
赤竜の教室を出て、洗い場に移動してひとしきり洗濯すれば超速移動の魔法を解除する。
まくったシャツの袖を直し、ローブを羽織っていると侍童の子が入って来た。
「え?!…」
驚いた様子で私を見て、戸惑っている子の腰紐の色は赤だ。
「あれ?もしかして、赤竜の担当の子?」
彼は私のローブを見て、コクリと頷いた。
「悪いんだけど…帰る前にこの洗濯物、取り込んで赤竜の教室に戻して欲しいんだ」
「これ…1人で洗ったんですか?…全部…?」
「うん。昼頃には仕上がっていると思うから」
カゴを受け取ろうとする侍童に、補足する。
「あ。干すのはいいよ。やっておくから。カゴに取り込んで私物は赤竜の教室に戻す。それだけ」
「昼では乾ききらないと思う…んですけど…」
「うん。大丈夫。おまじないをかけておくから。きっと乾いているよ。万が一、乾いていなかったとしても取り込んでいいよ。お願い出来る?」
少年は怪訝そうにしながらも、頷いた。
「ありがとう。じゃあ、よろしくね」
私は洗い終わった洗濯物を抱え、干し場に行って手早く干した。
乾かすのに仕法を使おうと思ったけど、さっきの侍童がじっとこちらを伺っているのがわかったから使いにくい。それは見張るっていうよりは単純に好奇心だろう。
きっと、おまじないっていったのが気になったんだろうな…。
言い方を間違えた。天気が良いからって言っておけば良かった…。まぁ、今更だけど。
少し、考えていい案を思い付いた。要は風を集めれば良い。ならば、仕法じゃなくても呼べるだろう。
両手をすくうように差し出して、治癒を意識すれば手の平から金の光の粒が湧き上がる。
相変わらず治す対象が居なくては、出ては直ぐに弾けて霧散するけど、それでいい。
それを、好奇心旺盛な風の精霊がすぐさま丁度良い玩具にするのに集まって来た。
『…お願いがあるんだけど。ここに干した服の水気を飛ばして欲しいんだ。しばらくここで遊んでくれない?』
法術の光の粒を抱えながら、風達はご機嫌で頷いてくれたから大丈夫だろう。
やれやれ。これでスッキリした。
それにしても、赤竜と青竜の教室は真逆だったな。青竜の教室は整理整頓されていて品があった。整頓され過ぎてて貴族のモデルルームみたいだったけど。あんな部屋にグラビア雑誌なんて無いだろうな…絶対。
まぁ、赤竜は散らかってたけど、生活感と使用感は半端なかった。
赤竜も青竜も真逆だけど…アイティールとネイロス…仲良くならないかな…。
ひそかに思うのは、私がいなくなった後、あの2人が友達としていい関係にならないかという期待だ。
アイティールとタナトスは無理かも知れないけど…と言うか、タナトスは誰かと親友になる姿が思い浮かばない。けど、ネイロスなら。という気持ちが何となくある。
ネイロスにはなんか安心して任せられるんだよね。口は悪くて愛想は無いけど、キチンと相手を思いやれるのがネイロスだ。
…ネイロスには…やっぱり過去の…ランゲルハンス島での事を聞いておきたいな…。
和睦のむつみちゃんを担ぎながら模擬戦会場に向かった。
『皆さんお待たせしました!…それではこれより、決勝戦実況を開始します!』
魔法で拡張された開会宣言に観客はワッ!!と盛り上がっていた。
まずい。急いで席に戻らないと…。
一般観客席は今日は特に満席で立ち見も出ている。学生は赤、白、青、黒と組ごとに観戦席が設けられていて、その組の色からもわかりやすいけど、なにせ人の賑わいでなかなか進めない。
『さぁ、今期最初の決勝戦が始まりました。実況はわたくし、ティム・ジェイン。解説は赤竜2年の…』
『どうも!スタン・エルロスです!よろしく!』
え。じ…実況とか付くの?
快晴の空に響く拡張された実況に私はドキリとした。
しかも、なんか解説者、チャらくない?赤竜の生徒?
『スタンさん、まず今期は赤竜の1年、クラブのキング…ネイロス・ウィンナイト氏が初出場で3位入賞を果たしましたね?』
『ああ。さすがキング。防衛線突破のため黒竜ダイヤのキングを振り切る所なんかは、かなりの白熱した試合だった。その試合では惜しくも敗れたわけだが、そこから昨日の試合においてはバンバン、リタイヤ者を増産して向かうところ敵なし!救護席の法術士を泣かせたらしい!』
『なるほど。しかも今年はキングが当たり年で、赤、青、白と出た。これで四竜にキングがそろったそうですね?!』
『ああ。今年はすげぇ!これからますます模擬戦は面白くなる!間違いない!見逃せないぜ!』
『今後も期待膨らむ模擬戦ですが、まずはこの決勝。試合前、審判員に出したリーダーの宣誓ですが…チーム〈ブラックスター〉は黒竜ダイヤのキング、ナタル氏ですが…チーム〈クレシェンド〉…今回は白竜のダイヤのクイーンが宣誓を出してますね?』
『あー…なんか、その2人は曰く付きの犬猿の仲で…今期に入ってから対立が目立ってるからな。ちなみに、対立原因は模擬戦パンフレット、または選手名鑑完全ガイドに詳しく書いてある!合わせて購入をオススメするぜ!』
えっ…商売までしてるのか…大丈夫なのかな…それ。
『まさに今決勝は白vs黒という珍しい構図です。それでは、ここで各チームの持ち込み品が発表されました。各チーム、回復アイテム、浄化の水、各種護符…一通り…おや?チーム〈クレシェンド〉これはどういう事でしょう?光玉…とありますが?』
『なんだ?日暮れを想定か?』
『スタンさん、今までにこれはあまり見られない持ち込みですね?』
『まぁ、無くは無い。光玉作るにも法力が必要なわけだし…日暮れ時には合図に使える。多くはその時になってから白竜が生成するが…最初から携帯するってのも確かに悪くないかもな』
『なるほど。チーム〈クレシェンド〉長期戦覚悟の戦術のようですね』
そんな実況と解説を聞き流しながらようやく、白竜の席にたどり着いた。
「お。ニル!ようやく来たのか?おせー」
「タナトスの方が早いって、おまえ…」
ニックとアッシュが私に呆れて言った。確かに、白竜の中で黒いローブのタナトスがポツンと座っている。
「ご、ごめん。…え?これ、遅刻?」
「いや、ギリセーフ。開戦の魔法弾前だからな。ほら、そこ、座れ」
どうやらアッシュが出席をチェックしているらしい。
タナトスの隣に座った途端に魔法弾がドンドン!!と上がった。
その音に驚いてビクリ!と肩が震えた。
『開戦です!!』
ワァ!!と大きな歓声が上がる。
「…ぷにぷに…補助魔法…使った」
隣でタナトスが呟いた。
「(え。なんでわかったの?そうだけど…)」
「においと…空間に歪みが出る…」
「(におい?!ど、どんな?)」
「…超速魔法のにおい…風のにおい…」
「(…そう…なんだ…タナトス、それが見えるの?)」
問えば、コクリと頷いた。
どんな歪みなんだろ?よくわかんないけど。
『おっと?!どういう事でしょう?!チーム〈クレシェンド〉開始早々に全員が一斉に前に出ます!』
『マジか?!攻めが強いな!』
実況の通り、クスト先輩のチームは後方支援も含めてフィールドの中程まで移動した。建物を盾にして弓が届かない地形ギリギリの場所に潜伏する。
『これは…防衛拠点が手薄ですが、最初に防衛ラインを広げておくという事でしょうか?』
『…いや…リスクが高い。相手リーダーのダイヤのキングの単体魔法の範囲はフィールドの中央にかかる。物陰から出れば被弾は免れない。あれでは範囲魔法の餌食だが…範囲魔法は射程距離が短い。キングをおびき寄せるにしても…おい。マジか?!回復の白竜までが前に出てるな?!』
『チーム〈ブラックスター〉の前衛がそろそろフィールド中央にかかります!』
『白竜、血迷ったか?あれじゃ、序盤で混戦だぞ?!』
「(…ねぇ、タナトス。この戦い、僕が光玉を作ったんだ。合図があったら目を覆った方がいいよ)」
タナトスは陽の光を好まない。多分だけど、頭痛に光が刺激になってるんじゃないかなって思ったから、そう伝えた。
タナトスは私を見て、フィールドに目を移した。
ナタル先輩のチームの前線の赤竜が、建物の影に潜むクスト先輩のチームを用心深く探して襲撃しようと身構える。が、先に仲間の赤竜によって建物の屋根に登った弓手が、そのナタル先輩のチームの赤竜を討ち取った。
「うわ…痛そう…」
もちろん模擬戦で死ぬ事がないように矢の先は丸く加工されている。
それでも弓で弾かれた矢はかなりのスピードで体に当たる。豪速球のボールが当たるくらいの衝撃だろう。当たれば色も付くようになっていてごまかしは効かない。
審判員が瞬時に当たった場所などから負傷レベルを判断し、本人が健在でも本物の矢だった場合を考慮しリタイヤ判定を下す。
ナタル先輩のチームが屋根からの攻撃に対抗して、別の黒竜の生徒が前に出る。しかし、屋根から狙う弓手の方が地上を狙いやすい。
打ち込まれる弓に魔法詠唱が集中出来ないようだ。
そうこうしている間に、同じく仲間の手によって屋根にあげられたクスト先輩のチームの黒竜が氷の魔法で討ち取った。
本来なら命を奪うか瀕死になる魔法も、全員が携帯している護符によって軽傷で済んでいる。
そうなると、護符を携帯していたネイロスにあれだけの大火傷を負わせるナタル先輩の魔法は、本当に容赦無い威力という事になる。
『チーム〈クレシェンド〉!高低差を利用して有利に進めています!』
『…いや、どうかな…黒竜を屋根に上げたら上げたで逃げ道が無い。狙いやすい分、あそこから動けないぞ』
フィールドの中央を防衛戦の総力にしたクスト先輩のチームに、ナタル先輩のチームは苦戦を強いられた。特に、屋根の上から狙ってくる弓手と魔法士は厄介だ。高低差も相まって弓の飛距離も長いし、弓で討ち漏らしても、黒竜の魔法士がフォローする。
これではじわじわと手勢を失ってしまう。不機嫌そうなナタル先輩が自陣の防衛線から守備の仲間と共に範囲魔法の届く距離まで進み出た。
もちろん、それを黙って見ているわけもなく、クスト先輩のチームは弓と魔法でナタル先輩の詠唱の邪魔をしようと猛攻撃を行うが、弓は赤竜の持つ盾に弾かれ、黒竜の魔法は青竜の氷壁魔法で防がれた。
クスト先輩の黒竜はナタル先輩の集中を乱そうと、単発の魔法を連発するが、赤、青竜の守りも堅い。
範囲攻撃などの大技の魔法は詠唱が長い。ナタル先輩の範囲攻撃の詠唱が佳境に差し掛かるのを察知した屋根上の黒竜は、指笛を鳴らした。
その合図をもって、身を潜めていたクスト先輩の赤竜と青竜の生徒が一斉に物陰からナタル先輩のチームに向かって全力で走りこんだ。
『な!!いきなりの総攻撃です!!』
実況の焦りのある声が表す通り、ナタル先輩のチームは迎え撃つべく身構えた。1人、ナタル先輩が練り上げた範囲魔法で一網打尽にすべく、走り込んで来るクスト先輩の赤竜、青竜に狙いを定めた時、クスト先輩の赤竜…ゼントが手にしていた何かを、ナタル先輩の足元に投げつけた。
「(タナトス、今!目を閉じて!)」
フィールドから顔を背けて固く目を閉じた。
カッ!!と強烈な光の中に飛び込んだように真っ白な世界になった。
それも、風船が膨らむように広がってやがて消える。シンっと静かになった会場に、「目がッ!!」と呻く声が口々に漏れ出す。皆、目を押さえて俯いていた。
「あわわ…マズい!!」
恐れていた事だ。あの光玉は光が強すぎる。知らない人間が直視したら、視力に影響が出るかも知れない。
慌てて席を立って、範囲回復の法術を練り上げる。
『願わくば我に傷つきし者達を癒す慈雨を与え給え』
言霊と共にデッキブラシの和睦ちゃんの柄をカン、カンッと床に打ち付けた。
光のさざ波がサーッと流れ広がっていくと、観客席を含めたフィールドとその周りが淡く光り、その中に光の雨が降り注いだ。
「せ、先生!」
救護席の天幕内にいても見えた強い閃光に、驚いた法術師が外の様子を見に出れば慌てて呼ぶ声がする。
「なんだ?雷か?」
天幕を出れば、快晴の空に雨が降っていた。いや、これは…
「?!…これ、慈雨…です…よね?」
触れても濡れない光の雨…
「試合中の余波ですか?…え。でも、あっちも降ってる…」
法術師がその範囲に疑問を口にした時、足が向かった。
「あ、先生?!」
あいつだ。またやったな!
フィールドを見れば、中まで慈雨が降り注いでいる。これは干渉だ。試合は無効になる。
なんでこんな事をッ!!
苛立ちながら奴を探せば、観客席は一様に顔を覆っている。異様な光景に気が付いた。そんな中で、平然と佇むのは…白と黒のローブ…。いた。あそこか。
「…ぷにぷに…あれは目くらましか…?」
タナトスが降り注ぐ慈雨に当たりながら聞いてきた。
「イメージが強すぎて失敗しちゃった…。フィールド全体に効果があれば良いと思ったんだけど…観客席の事は考えて無かったよ…」
ため息が出た。やっぱり、試作品をもっと作ってリハーサルをすれば良かった…。
「最初に作ったのはバケツの中で光らせたんだけど、部屋だけだったから…心配になってフィールドの広さに適う強い光をイメージしたんだ」
雷のイメージで部屋だけだったから、それよりも強い光と言ったら…閃光弾。でも、戦争兵器はイメージしたくなかった。だから、自然界にある雷よりも強い光といってイメージしたのが…
「…やっぱり、超新星爆発は遠くて軽いイメージだけでも威力あるなぁ…」
それは星が寿命を終えて爆発する時に光るやつ。あくまでイメージだから、大丈夫かと思ったけど、これでもやり過ぎたようだ。
「う…くそ…なんだ。やたら光が…」
慈雨にうたれてからニックが、目を覆っていた手を外して目を擦った。
「ニック、大丈夫?…見える?」
まさか失明とかになってない…よね?
「あー…ボヤける…けど、治ってきた」
「まぶしー。試合は?…どうなったんだ?」
口々に、目を気にしていた観客は慈雨にうたれて視力が戻ると、瞬いて、目をこすり、フィールドに目を凝らした。
そんな人々が目にしたフィールド内では、驚きの状況になっていた。
『な…なんと!!…これは…!!』
実況の人が一瞬、言葉に詰まった。
クスト先輩のチームは、大多数が相手チームの首や体に模擬刀を突きつけていた。そして、もちろん、ナタル先輩の首にも赤竜のゼント先輩が模擬刀を突き付けていた。
『チーム…ブラックスター…リーダーが…討ち取られました…』
『あ、おい!防衛拠点も占領されてるぞ!…すげぇ!ダブルスコアだ!!』
青竜のアルフレッド先輩が、相手側の防衛拠点の旗を取っていた。
『な、何という事でしょう!!開始わずかなこの時間で、チーム〈クレシェンド〉ダブルスコアで試合終了!!前代未聞の完封勝利です!!』
ワッ!!と観客が興奮して声をあげた。
「…あ。良かった」
皆、目は大丈夫みたい。
「なにが、良かった。だ…スレイプニル…」
影が視界を暗くして、ドスっと重たい低い声がした。それだけで、体がフリーズする。
「……………」
振り返りたくない。というか、首も動かないくらい固まった。魔法とかそう言うんじゃ無くて。この声だけで。急に手足が冷えて冷たくなる。のに、変な汗が出た。
「…スレイプニル…聴こえているのか」
その声の主…ローズ先生に促され、乾いた声を無理やり出して答える。
「え…えぇ…と…その…はい…」
「その、手に持っているのは…何だろうな」
「……。デッキ…ブラシ…です」
「なんで、それが必要なんだろう…なぁ」
せ、先生…語尾…疑問になってない…です。
「…あの…その…念の…ため…って言うか…」
「なんの念だ。どんな懸念だったんだろうなぁ。…来い」
先生は問答無用で私の腕を掴んだ。
「えぇ…ええ…」
またか…。
騒がしい観客席と、盛り上がる実況。そんな周囲と対照的に、連行されるような気持ちで模擬戦会場を抜けて行く。
「ローゼフォン!ちょうど良かった。審議だ。試合判定に異議が出た」
声をかけてきたのは、浅黒い肌の隙の無い武人…赤竜顧問のリオト先生だ。
「……でしょうね」
ローズ先生は覚悟していたように答えた。
「白竜主導の宣誓を聞いた時には意外だったが、なるほど。こういう事か」
リオト先生は不敵に笑った。
「光玉のあんな使い方は初めてだ。非常に面白い」
その肯定的な雰囲気に、私は思わず顔がほころぶ。
「面白い…?リオト先生、アレは有りですか…?」
私の言葉に、リオト先生は不敵に笑った。
「戦で言えばもちろん、有効だ。騎馬の動揺にも使えるし、揺動にはうってつけだな!」
「ですよね?!光量が強すぎた点を除けば改良の余地は…あぁ!!」
会話の途中で後ろから襟首を掴まれた。
「スレイプニル…おまえは教室で待機していろ」
ダークな笑顔のローズ先生は私のローブの襟を猫を持つように掴み、デッキブラシを取り上げた。
「は、はひ…」
調子乗りました。すみません…。
私はすごすごと白竜の教室へと向かった。
「やはりアイツか。今回の件は」
素直に教室へと肩を落として去って行った生徒に、リオトは笑った。
「…指導が出来ていなくて申し訳ない」
ローゼフォンの謝罪に、リオトは苦笑した。
「試合中フィールド内に範囲回復をかけなければ責められる理由は無かっただろう。あんな光玉といい、あの広大な範囲回復といい…あんな規格外を管理するのはローゼフォンも苦労するな」
「………」
リオトの言葉に、ローゼフォンは少し気がラクになった。模擬戦は四竜全体が関わる。
ローゼフォンだけで今回の事を何とか丸く収められるか懸念があった。それが、校内でも古参のリオトが肯定的ならば心強い。
「そっちで手に余るならウチで預かってもいいぞ」
撤回。ここにきて強大な伏兵が現れた。
「…リオト…笑えない…」
こんな時にやめてくれ。
「だが…あのハートのキング…どこかで会った事がある気がしてならない」
リオトの呟きに聞き捨てならない。
「どこでだ?!」
それは奴の出生に関わる手がかりかも知れない。
「…いや…。あり得ない。もう、何十年も昔…思い出せない程のどこかの記憶だ」
なんだ。それはもう、他人の空似じゃないか。まさか今の…冗談なのか?
「…リオト…まさか、それでカミーリアを口説いたのか?」
リオトは一瞬、何の話だという顔をした。それで彼が冗談で言ったのではないと思った。
「……。ローゼフォン…。おまえも、いい加減、嫁を探せ。その時には女の口説き方を教えてやる」
ため息を吐いたリオトはしみじみと言うとローゼフォンの肩を叩いて校舎に向かった。
リオトは真顔で突発的に冗談を言うから紛らわしい。
まるでこっちがふざけているみたいじゃ無いか…。
ローズ先生に教室での待機を指示されて…私は、どうせ待つだろうと寮の部屋に行き、鞄に週末用の着替えと日誌を入れて直ぐに出かけられるように準備した。
今日はムーンボウに行かないといけないから…直ぐに出れるようにしておこう。
ローブの上から鞄を肩にかけて教室に向かえば、すれ違いにニックやロンと廊下で会った。
「なんだ。ニル。おまえ、早いな」
「先生に呼ばれたんじゃなかったの?」
「うん。だからこれから教室で待機なんだ。先に荷物、持って行こうと思って…」
2人は私が私服じゃなくて、ローブのままだというのに改めて気付いて納得した。
「なぁ、今日のアレ、おまえだろ?」
ニックが問えが肩にかけた鞄のヒモを握った。
「アレって?」
「光玉だよ!おまえが作ったんだろ?」
「…うん…違反じゃ無いと思ったんだ」
「やっぱりそうか!スゲーな!」
「…すごい…?」
「そうだよ!ダブルスコアだぞ!あの無敗のダイヤのキングを相手に!」
「しかも完封試合!更に史上最速の決着だってさ!」
ニックもロンも興奮していた。
「…うまくいったのは、先輩達の綿密な作戦があったからだと思う」
少なくとも、防衛拠点にいるリーダーのナタル先輩を閃光で足止め出来、なおかつ確実に討ち取れる位置まで引き寄せなくてはならなかった。
待機中は青竜の単体魔法の射程に入る距離でもあるし、目標地点までの正確な目測が必要だろう。
そして…いざ光玉が弾けて閃光が出れば、視界はゼロだ。
ゼント先輩は視界の無い中走り、ナタル先輩の首に模擬刀を突き立てた。アルフレッド先輩も視界ゼロのまま相手チームの防衛拠点に潜入出来たわけだし…。
「それにしたってさ!光玉をこんな使い方するなんて、なんか…意外と言うか妥当と言うか…光玉だもんな!そりゃ、光るよな!」
ニックの言葉に私は首を傾げた。
「僕としては…光玉が今まで閃光弾として使われなかった事が意外なんだけど…」
それで呼び出されるなんてどうも納得出来ない…。
「あんな強い光、出来なかったんじゃねぇの?」
不意に、別の声がした。
「アッシュ…あれ?もう着替えてる…」
今更ながらアッシュは白竜の制服から私服に着替えていた。
「今日はもう解散許可が出たからな。だけど、今日の試合結果は保留らしいぞ」
「え?そうなの?」
「ああ。俺が思うに…おまえの作ったアレ、審議入っただろ」
審議…リオト先生の言っていたやつか…。
「で、でも!光玉は持ち込み可能でしょ?」
「普通のはな。アレは普通の光玉じゃ無いだろ。実際、誰もがしばらく視界を失う光だったんだ。未公開の新兵器って分野になる可能性だってある。そしたら違反だ」
「え…えぇー…そんなバカな…」
いや、しかし…確かに…強過ぎたのは否めない…。
「まぁ、あとは先生達がどう判断するかじゃねぇの?」
…違反…反則って事になったら…クスト先輩のチームは負けた上に不正の罰則が付く…。
「あぁぁぁぁぁー…」
私はショックでヨロヨロと壁にもたれかかった。
「やっちまったなー。ニル」
アッシュは笑った。ニックやロンは苦笑している。
「ほんじゃ、先生からのカミナリに負けんなよ!」
「ニル…頑張れ…」
「まぁ…ここまで来たらおまえも慣れたもんだよな」
アッシュもロンもニックも、他人事だ。
私はローズ先生の説教を想像して、ストレスで吐きそうになった。
投稿忘れてました…。今回は2回分出します。




