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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
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第31章 答えろ!あいつは!男じゃない!

午前中が終わる頃に、クスト先輩は本当に救護席に迎えに来た。

「なんだ。クスト。何の用だ?」

私を探しに来たであろうクスト先輩に、ローズ先生が不思議そうに聞いた。

「先生、すーぷー借ります。話があるんで」

「えぇ…。僕、今日は厨房でやりたい事が…」

戸惑う私をクスト先輩は容赦なく捕まえる。

「行くぞ!すーぷー!」

「あぁー!引っ張らないで下さい」

そこから引きずられるように連れて行かれたのは、談話室の1つだ。

模擬戦中は多数ある談話室がそれぞれのチームの作戦室になる。

部屋に入ると、赤、青、黒…その生徒20人ほどが私達を注目した。

「アルフレッド!コイツ。コイツがうちのキングだ」

クスト先輩が声をかけると、青竜の制服を着た金髪の青年が立ち上がる。

オケアノス人であろう青年は特徴でもある青い目に長い金髪を1つに束ねていた。

「ああ、君か。…白竜ハートのキング、スレイプニル。スペードのキングの従僕だろう?」

冷静に言うその言葉に嫌味は無く、事実確認のような感じだった。

「…こ、こんにちは。あ、あの…僕、正式には従僕じゃ無いです。アイティールに会ったのも最近なんで、友達です」

私の言葉に、青竜の青年は私を興味深そうに見て、ついでクスト先輩を見た。

「…それで?おまえのところのキングをここに連れてきた理由はなんだ?」

青竜も赤竜も武人だけあって3年生ともなると皆、体が大きくて筋肉質だ。

青竜はまだしも赤竜のレムリア人となると、見るからに筋肉質。しかも人によってはヒゲまである。

と、とても3つ差とは思えない…。ワイルド過ぎる。3年生ってもう学生って感じしない。

「黒竜のナタルに目を付けられてる。コイツまで黒竜に取られるわけにはいかない。だから、明日、調子こいてるナタルをぶっ潰す!」

クスト先輩の意気込みに、そこにいた青年達が瞬いた。

「クスト。その勢いはまさに明日、必要なわけだが…それで、具体的にどうすんだ?」

赤竜のレムリア人…彼は立ち上がると私に向かってやってきた。のしのしと向かって来る様は熊のようで、ちょっと…いや、かなり怖い。

「ヘッ!間近で見ると、やっぱり小せぇなぁ」

そう言って、手を上げたから叩かれるのかと思って思わず身を引いた。

「赤竜のゼントだ。一応、役持ち。スペードのジャックだがな」

そう言って白い歯を見せて笑う彼は、見た目に反して社交的のようだ。目の前に差し出されたのはゴツゴツした大きな手。

「あ…は、はい。初めまして。スレイプニルです…」

戸惑いながらその手を握って握手すれば、その大きな手はカチカチに硬く、無数の剣ダコが出来ていた。

「いいや。初めてじゃない。俺はおまえを度々見てるぞ」

「え。僕を?」

「ウチに来てネイロスを打ち取っただろ?おまえの速さには痺れたぜ」

「あ。ああ…」

すみません!あれはインチキです。

ここでも私は後ろめたくなった。やっぱり、嘘をつくって、こういう事なんだ…ずっと、苛む。

「確かに。格闘に関しても、非常に無駄のない動きだった。パワーが無い分、スピードと正確さで打ち込んでいた…あれはいい試合だった」

アルフレッドという青竜の青年が頷いた。

そ、それは…私じゃなくてギルが…っていうか、この人にも見られてたんだ…。

私の知らないところで私を知る人がいる事実に戸惑った。

「私はアルフレッド・ノクター。ダイヤのジャックだ」

青竜の青年が歩み出て名乗った。

「スレイプニルです。あれは…酔ってたんです。僕、もう格闘はしません」

握手をしながら否定すれば、惜しむ声が背後から聞こえる。

「白竜であれだけ動けるなんて、今までいないぜ?もし、おまえが戦闘に出たら後方支援よりも前衛で守れるんじゃないか?」

それは別の赤竜の青年だ。面白そうにこちらを見ている。

「僕、耐久力無いんでとても…1撃でも当たったらアウトですから無理ですよ」

それは体格でも周知の事実だろう。

「わからないな。それで…キングは何をしに?ここはチームの作戦室だ。試合が終わるまで他人を入れるべきじゃ無いだろ?」

静かにそう言ったのは黒いローブ、黒竜の青年…金の髪はオケアノス人だ。

「クスト先輩。僕、何をしに連れて来られたんですか?」

私の方が聞きたい。

「カミュ。おまえも無敗のキングを一度は討ち取りたいだろ?」

クスト先輩が黒竜の青年に問えば、当たり前だと頷いた。

「もちろん。奴を討ち取れば成績が跳ね上がる。狙わない理由がない」

「え。(同じ組みなのに…?)」

意外な答えに思わず呟けば、青竜のアルフレッドという先輩が答えた。

「同じ組だろうが、試合は試合だ。チームを組めば、模擬戦中は討ち取る相手だ。特に役持ちを討ち取れば得点は高い」

「あ、あぁ…そ、そうなんですか」

「クスト、何か策があるのか?」

赤竜のゼント先輩が腕を組んでクスト先輩を見た。

「ああ。コイツだ」

そう言って先輩に肩を組まれた時、私は驚いて目を丸くした。

「えぇ?!どういう事です?」

他の人達もどういう事かとクスト先輩を見た。

「すーぷー。おまえ、ナタルを討つ案を考えろ」

「な、なんで?!」

「おまえはナタルに懐き過ぎだ。あいつもお前に妙に気を許してる。ここらでシメろ」

「うえぇ…ひ、ひどい」

「ひどく無い!現にナタルは無敗中で調子付いてる。ナタルの為にも一度、負けといた方が良いんだよ!」

「そ、そんな…なんでです?」

「いいか?負けを知らない奴は無意識に油断する。ここ…士官学校で油断して負けたって、死なない。ケガをしたってすぐに治せる。けどな、実戦じゃどうだ?苦痛や挫折を知っといた方がいざって時に奴も慎重になるんだよ」

「…あ、あぁ…。まぁ…言われてみればそうかも知れないですケド…」

「だろ?!だから、これは優しさだ!!」

断言するクスト先輩。

「優しさ…ですか?あ!クスト先輩!それじゃ、先輩もナタル先輩の事を案じていたんですね?!」

なんだ。何だかんだ言って素直じゃない関係?

「んぁ?…あー…まぁ…そう…寛大だよな。俺も。うん」

クスト先輩はそう言って頷いた。

「そうでしたか。それならば僕も微力ながらお手伝いします!」

これはアレか。戦って新たに確認する男の友情?!これはきっとチャンスなんだね!

「クスト。キングとは言え、白竜の…しかも入学したての1年生に何が出来る?」

訝しむアルフレッド先輩。

「確かに。チームメンバーでも無い。白竜のキングとは言えメンバーでない限り試合中の回復の援助は出来ん」

ゼント先輩は腕を組んだまま壁に寄りかかっている。

「いかに勝ちを望んでも不正をしては無効だ。成績も下がる。余計な事は御免だ」

黒竜のカミュ先輩が迷惑そうに眉をしかめた。

「不正?俺だってそんな事する気は毛頭無い。だが、コイツはいつも何か持ってる。ナタルの弱点も何か知ってるかも知れない。案だけ聞いて採用するかしないかは俺たちの自由だ」

クスト先輩はそう言って笑った。

「知ってるのか?奴の弱点を」

青い目を向けて問うアルフレッド先輩。他の先輩達も全員が私を注目した。

「え。えーと…」

ナタル先輩の弱点か…手フェチです!って、全く役にたたない情報だなコレ。しかもこんな事とても言えないし。うーん…なにかあるかな…?

「あの…まずは、模擬戦の違反行為を全て教えて頂けませんか…?」

クスト先輩は採用するもしないも先輩達の自由と言ったから、案だけ言えばお役ご免だろう。

今日はこれから厨房にも行かなくちゃいけないから、手早くいこう。

渡された用紙1枚に書かれた違反行為を読んで、私は閃いた。

「なるほど…。役にたつかわかりませんが1つ出来る提案があります」

紙から目線をあげて発言する。

「ほう。どんな提案だ?」

青竜のアルフレッド先輩が促した。

「その前に確認したいのですが、フィールド内に持ち込める道具の中で…光玉は可能ですよね?」

「なに?」

「光玉?って、あの光玉か?」

「はい。持ち込み不可の項目には無いので、構わないですよね?」

「…わざわざ光玉を持ち込む理由は?」

アルフレッド先輩がイスを勧めてきたが、断った。

「あ。すみません。これから僕、厨房でジャガイモ調理するんで簡潔に説明させて頂きます」

「……。いいだろう」

厨房でジャガイモ調理という言葉に一瞬、瞬いたアルフレッド先輩だが、さすが青竜の組だけあって、常に冷静だ。

なんでやねん!というツッコミは一切無かった。無かったよ!まぁ、そうか…。

それから思いついた作戦を一通り説明をすれば、その場の先輩達は考え込んでいた。

「…以上が、僕の提案です。ご質問はありますか?」

「……。本当にソレは実現するのか?」

「まだ作った事無いですけど…でも、出来ると思います。なんなら今、試作品を作りましょうか?」

「実行前にあまり目立つのはまずい」

「じゃあ、隠して後でやってみましょう。先に質疑応答を続けます。他にはありますか?」

「我々に影響は?」

「もちろん、あります。ですので、チームワークと正確さ、タイミングが大事になると思います。更に言えるのはフォーメーションです。所定の位置について、役割を分けます。どちらかを失敗したとしても…どちらかを取れば勝ちます。ただ、この作戦には弱点もありまして…」

「なんだ?」

「えっと…実行後は視界ゼロで行います。なので、あらかじめ確実に取れる位置に近付く事が大事になります」

「…視界ゼロ…」

ザワザワと騒めく先輩方。

「ただ、僕はこの作戦が…被害を最小に抑えられるかと」

沈黙する室内。それを打ち破ったのは豪快な笑い声だ。

「ふ…はっはっは!!」

「…ゼント」

「面白ぇじゃないか!血を嫌う白竜らしい戦い方だ!」

「…これだと、俺、出番無いな…」

クスト先輩が呻いた。

「しかし、もし失敗したらどうする?」

カミュ先輩が不服そうに言った。

「そうなりゃ、距離的に一気に乱闘だなぁ…」

ゼント先輩が眉をあげた。

「いや、それだけ一箇所に固まれば奴の範囲攻撃で一網打尽にされる可能性もある」

リスクを指摘するアルフレッド先輩。

「…僕の案を採用するかは先輩方にお任せするだけです。ですが、無敗で油断しているというナタル先輩を驚かせるには悪く無いかと。…これに似た作戦って今までありましたか?」

私の問いに、アルフレッド先輩は首を振った。

「…いや。聞いた事が無い。光玉をそんな風に使えるなんて…クスト」

なぜ黙っていたかと暗に問うアルフレッド先輩。

「いや。普通そんなの思い付かない。つーか、誰も作った事無いからな。そんなの」

ため息混じりにクスト先輩は手を振った。

「誰も作った事が無い?…では、コイツのオリジナルという事か?その場で作成しないなら、確かに持ち込み扱いだな」

ゼント先輩の問いに、クスト先輩は腕を組んだ。

「…そうなるなぁ」

「フィールドに持ち込める道具の中に、照明類とあります。持ち込めない道具には、認知されていない新兵器、または殺傷能力の高いアイテム、特殊で高額なアイテム…その他、不可な物にコレは当てはまりません。どちらもクリアしていると思いますよ?」

私は机の上にあった違反行為が書かれている紙をついと押し出した。

「違いねぇな!」

再び笑うゼント先輩。

「……問題は、視界ゼロで実行可能か…そしてソレが正確に機能するかだ」

水色の目を細めて私を見るアルフレッド先輩。

「では、サクッと実験してみましょう。カーテンを閉めて…何か…バケツありますか?」


「それでは、僕はこの辺で失礼します!」

手早く実験も終えて、本番で使う光玉も錬成すると、それをアルフレッド先輩に手渡した。

「おい!すーぷー!」

クスト先輩が私の肩を掴んで引き止めた。

「はい?…なにか不備でも…?」

「厨房ってポテチだろ?10袋希望」

「えぇ?!せ、先輩!ダメですよ!下準備ですでに今日作れる量が決まってるんですから」

「なに?!なんで先に言わないんだよ?!聞けよ!ポテチどうですか?って!」

「あれ手間がかかるんですよ?皆に聞いてたらキリが無いですよ…」

「じゃあ、特別に1袋でいい」

「えぇー…先輩…」

不満気な私にクスト先輩は笑顔で押し切った。

「1袋で良いなんて、めちゃくちゃ後輩思いだろ。じゃあ、行って来い」

「…そもそも、今回はポテチがメインじゃ無いのにぃ…」

私はクスト先輩に背中を押され押し切られる形で渋々、部屋を後にした。


「……マジで作戦に採用出来るとはな」

不服そうな後輩の背中を見送り扉を閉めると苦笑するクスト。

「おい。光玉の錬成って…あんなに見事なもんなんだな」

「あー、ゼント、アイツは特別だ。普通はあんな風に作らない」

手のひらで生み出された複数の光が、集い、圧縮される様は見ていて圧倒された。

「…あれはナタルが興味を持つのも理解出来る」

黒竜のカミュが言えば、クストは眉をしかめて不機嫌に言い放つ。

「…余計な興味だ。こっち見んな!って伝えろ」

クストの様子に、カミュは肩をすくめた。

「クスト。もし作戦が失敗した時、おまえが速やかに全員を回復しないと全滅だ。作戦提案も含めて今回の決勝は白竜主導で出す。いいな?」

アルフレッドの確認にクストは片手をあげて同意した。

「…ああ。アイツを連れてきたのは俺だ。責任は取る」

「面白くなってきたじゃ無いか。視界ゼロで模擬戦を戦うなんて考えても見なかったぜ」

ゼントが広角を引き上げた。

「今から位置関係を確認して演習しよう。距離を詰めるところから確実に取れる位置で決行した方が良いな。おとりの人員と奴の全体魔法を一時的に抑える必要がある。カミュ、いけそうか?」

アルフレッドの問いに、金髪に青い目の黒竜…カミュは静かに頷いた。


「おう。来たか。ずいぶんとゆっくりだったな」

厨房に着くと、ベイクさんが片付けをしながら待っていてくれたようだ。

「すみません。ちょっと、呼ばれちゃって…あ。ポテチ。もう出来てますね!」

作業台には揚げたてのポテチが油を切られて冷まし中だ。結構…いやかなりたくさん作ってくれている。

「ああ。おまえが必要な分を取ってくれ。後はこちらで使わせてもらう」

それはきっと、学長に許可を取ったりするのにだろう。

「じゃあ…ネイロスの分と、タナトスの分とクスト先輩…。えっと…すみません、もうちょっと良いですか?」

「ははは。構わない。じゃあ、俺の方が先に取った方が早いな」

ベイクさんはそう言って2袋分のポテチを取って後は私にくれた。

「あ、ありがとうございます!」

「それで?今日は新しいのを作るんだろ?見せてくれ」

興味津々で聞いてくるベイクさん。

これは…それも含めたポテチかな?まぁ、いいけど…。

「良いですよ。でも…それにはタナトスが必要なんですよね…」

普段なら大抵はくっ付いて来るのに、今日は今朝の先輩達の言い争いからどこかに行っていて居ない。

「ちょっと探して来るんで…あ。ついでにポテチもクスト先輩に置いて来ます」

私はポテチを1袋分…と、もう1袋予備で持ち、厨房から作戦室になっている談話室に急いだ。

ベイクさんを待たせてるとなると急がなくては…小走りに廊下を走り、階段を駆け上がった所で、人とぶつかりそうなった。

「うわっ!あっぶ!ポテチ!」

身をひるがえして、ポテチが潰れるのを防ぐ。

「なんだ。おまえは。落ち着きが無いな」

眼鏡を直して非難するのはナタル先輩だ。

「あれ?…先輩…最近、よく会いますね」

今までそんなに接点無かったけど…不思議なもんだな。

「……。おまえがウロチョロしてるからだろ」

見上げれば涼しい顔で文句を言うナタル先輩。

「……先輩」

そう言えば…さっきの作戦は先輩を討ち取る作戦だしなぁ…。

「……なんだよ?」

私を見下ろす緑の目が揺らいだ気がした。

先輩のためとは言え…すみません。謝っておきます。心の中で、だけど。

「いえ。…先輩。先輩は模擬戦、無敗って本当ですか?」

「……。正確にはリーダーになってからだ。1年の時は上の指示に従うしか無いからな。だがチームが負けても、俺自身がリタイアをした事はない」

「そうですか。うーん…」

なんか、後ろめたいなぁ…。

「おい…おまえ…何か隠してるだろ…」

「え?!えぇっと…そんなことナイです」

しまった!バレたらマズイ。

「間違いなく何かあるな。なんだ。言え」

先輩の目が座り、眼鏡が光る。

「む、むりです!すみません!僕、これで!」

「待て。コラ。吐け。クストに何か言われたんだろ。明日の試合だな」

手を掴まれて引っ張られればナタル先輩の顔が近い。

「そ、それはその…黙秘します」

目をそらして拒否すれば、先輩は更に身を詰めてくる。後退すれば壁に追いやられた。

「へぇ…黙秘?」

邪悪な笑みを浮かべるナタル先輩は、いたぶるのに最適の獲物を見つけた狐のような顔をした。

こ、これは…見覚えがある気がする!

そう、これは同じ黒竜…顧問のメルセデス先生だ。

「せ!先輩!大変です!今の先輩のお顔がとても邪悪な感じに!」

しかし、先輩はチラリと周囲に人がいないのを確認すると笑って続けた。

「おまえ…眼鏡が必要だって言ってるだろ?」

いらないっての!

「で、では!取り引きしましょう?!」

引きつった顔で提案すれば、先輩は動きをとめた。

「取引?」

「ええ。ハイ。ここに、僕が考案したお菓子があります。超人気で入手困難な品です。それを特別に差し上げますので、見逃して下さい」

握られた手首の先で、持っていた袋をわずかに振った。

「…おまえ…菓子くらいで俺と取引する気か?」

眉を寄せるナタル先輩。

「い、いやだなぁ。これは、ホントに超人気なんですよ?タナトスなんて、これに目がないし、アイティールもネイロスも気に入ってくれたし、先生達にも人気なんですよ?ローズ先生だけじゃなくて、赤竜のリオト先生にもですからね?お世辞じゃ無いでしょ?」

私の口から出る名前に、ナタル先輩が訝しんだ。

「…なんで赤竜顧問がおまえの作った菓子を食べる事になるんだよ…?」

「それは、たまたまいたからですね。タナトスが気に入ったって聞いたら興味を持ったみたいで?」

「………」

「これは、本当はクスト先輩の分なんですけど…見逃してくれるなら仕方ないですよね…先輩にお渡しします」

「………」

「というか、先輩は無敗なんですよね?…今更、クスト先輩のチームの情報なんていります?自信ないんですか?」

「あぁ?」

先輩の眉間にミシッとシワが寄る。

「そんな事無いですよね?はい。知ってます。それならこのポテチの方が価値があるんじゃないかなぁ…?」

私はポテチの袋を再度カサカサと振った。

「お菓子だから甘いと思います?いいえ。これ、塩っぱいですよ?」

「………」

私の様子をジッと見るナタル先輩。だが抑え込むその力は最初と比べて無い。そこで私は掴まれていた手首を動かして、袋からポテチを取り出した。

「ほら。見たこと無いですよね?味見したらやみつきですよー?」

ペラペラと掴まれたままの手首でポテチを振った。

「………」

計りかねるナタル先輩に私は焦れた。

早くして。人、待たせてるんだから!

「はい。召し上がれ」

「?!」

なかば強引にポテチをナタル先輩の口に押し付けて給餌すれば、ナタル先輩は面食らって私の手を離した。

「あ。ぺっと出すのナシですよ?ちゃんと食べて下さい」

食べ物を無駄にするのは許さん!

口を押さえ、やや身を屈めて俯くナタル先輩に釘を刺した。

「……。ジャガイモ…」

「どうです?悪く無いでしょ?」

先輩は無言で身を起こして眼鏡を直した。

よし、ここはダメ出しでもう一枚。

「はい。みんな大好きポテチですよ?」

「…………」

再び口にポテチを持っていけば、先輩は沈黙した後に、そのまま素直に私の手からポテトを食べた。

よし。ポテチで懐柔作戦成功!!

「では、これを」

1袋を先輩に渡せば取引成功だ。

「…おい。これは…もしかしておまえの民族の食べ物か…?」

不承不承な様子で受け取りながらもポテチの袋の中を覗くナタル先輩。

え?もしかしてアルカティア人のお菓子だと思ってます?

「いやぁ?…違うと思いますよ?僕の想像の創造ですから」

「そうぞうのそうぞう?」

「そうそう」

ご機嫌で韻を踏めば、ナタル先輩は渋面になった。

「そうだ。先輩、タナトスどこにいるか知りません?」

新しいメニューを作るのに必要だ。

「さぁな。お前と違って必要も無い」

事もなげに言い放つナタル先輩。

「あぁ。まぁ、そうですよね。先輩はタナトスを探す理由が無いですもんね」

「……。おまえは…タナトスが必要なのか?」

緑の目を向けて真剣に聞いてくる先輩。

え。言っておいて聞く?…まぁ、良いけど。

「ええ。新しい調理をするにあたって魔法が必要なんです(でも、僕、人前でおおっぴらに魔法を使えないじゃないですか)」

声を潜めて説明すれば先輩は一瞬、言葉に詰まった。

それから、なんだ…と、鼻で笑ってから、いや、どういうことだ?という顔をした。

一連のその表情が、なんだか可笑しい。

「なんで笑うんだよ」

わずかに動揺して言うナタル先輩。

「いや、だって…先輩だって表情で物語ってますよ。主に不平不満の方ですけど」

よくここまで不満を顔に出せるなー。ガラの悪い人といい勝負…。

「…黙れ。おまえが毎回わけわからん事を言うからだろうが」

ナタル先輩はいつも不機嫌そうだな。

「それで?…調理で魔法が必要ってのはどういう事だ?」

あれ。先輩。そこ、気になります?

「わぁ。手伝ってくれるんですか?ありがとうございますー」

「あぁ?なんで俺が…」

「液体を高速で混ぜる必要があるんで、風のし…魔法です。器の中で小さなつむじ風を同じ場所、同じ力で一定にとどめる事が必要です。非常にコントロールが必要になりますけど…出来ますか?」

実はこれ、なかなか高度な技術になる。下手にすれば中身が吹っ飛ぶから。

ナタル先輩は真顔になってから薄く笑った。

「…フン。いいだろう」

あれ。先輩、なんか負けず嫌いのスイッチ入りました?

ナタル先輩は私の手からもう1袋のポテチを奪った。

「あ。…え?」

「行くぞ。クストに見せびらかして食べてやる。手伝ってやるんだから、コレももらう。あいつにはやるな」

……。ナタル先輩、クスト先輩にポテチあげないつもりだな…。


「こりゃ驚いた。今日はあのおっかない根暗な奴じゃ無いんだな。しかも無敗のキングじゃないか」

ベイクさんは連れてきたナタル先輩を見て笑った。

「おまえら、普段から厨房に入り浸ってんのか?」

ナタル先輩が責めるように私に言った。

「えぇ?そんな事無いですよ。ねぇ?ベイクさん」

「まだ入り浸るほどじゃ無いな。だが、調理目指すっていうなら面倒みてやるぞ?」

笑いながら言うベイクさんに「無職になったら弟子入り検討します」と答えてローブを脱いだ。

ギョッとするナタル先輩を見て「可能性は無限大ですよね」と冗談を言えば、先輩は眼鏡を持ち上げて「…うるさい。さっさと始めろ」と急かした。

脱いだ白いローブを汚れない場所に避難させシャツの袖をめくりあげると、野菜をざっと洗い、玉ねぎはスライスして水に浸す。キュウリは薄切り。ニンジンとジャガイモは皮ごと下ゆでするから鍋に水を張った。

「…慣れてるな」

背後に立って見ながら感心するナタル先輩。

「家でやってましたから。…先輩。洗ったジャガイモとニンジンをこの鍋に入れて茹でて下さい」

あんまり真後ろに立たれると邪魔なんだけど…機嫌を損ねそうだから、それは言わずに先輩を使う事にする。

「…おまえ、まさか普段タナトスにこんな事も頼むのか?」

眉をしかめながらも根菜を鍋に入れて、魔法で火を灯しながら聞いてくる先輩。

「ええ。最近じゃポテチ欲しさに無償でやってくれます」

主に調理じゃなくて魔法関連だけど。

「………(あいつが?)」

意外そうに呟く先輩。

「さて、じゃあ野菜を茹でている間にソースを作りますよ」

玉子を割り、殻を使って黄身だけを取り分けていく。

「へぇ器用だな。なんで玉子を分けるんだ?」

「白身が邪魔になるからですよ。でも、白身も捨てるのはもったいないですから別なもので使おうかと」

ナタル先輩はタナトスよりも調理に興味があるようだ。あれこれと聞いてくる。

「先輩は甘いお菓子も食べますか?」

「…まぁ…そんなに頻繁には食わないが…嫌いなわけじゃない」

「じゃあ、この白身で作ったお菓子食べられますね」

「……美味いのか?これが」

疑い顔でブヨンブヨンの白身を見る先輩。

「もちろん。好みに合えば…ですが。でもクセが無いので甘さが平気なら大丈夫かと思いますよ?」

まずはメインの方の黄身に味付け。卵黄1個あたり酢を大さじ1、今日はレモンがあったからレモン汁を小さじ1、塩少々の割合で混ぜる。

「さぁ、先輩!準備出来ましたよ。…あ。でも、失敗すると無駄になっちゃうんで、まずは白身で力加減を練習しましょう」

一気にメインは心配だから…まずは練習。

根菜を茹でている鍋のお湯を使って、卵白を砂糖と混ぜながらぬるく温める。固まらない温度で温まれば湯煎から外した。

「こちらに先ほど分けた白身…砂糖を加えて温めた卵白がありますので、これを高速で攪拌します。先輩、ここでお願いします」

「いいだろう」

「うまく攪拌出来れば細かい泡がたってきて、白くなってきますからね。頑張って下さい」

ナタル先輩は集中してボウルの中に入った泡立て器に風の魔法をかけた。

泡立て器の柄がボウルの中でクルクルと周り始め、やがてコマの逆再生のように立ち上がって回転し出した。

「わぁ。先輩、上手ですね!…あ。あんまり力入れすぎないで下さい。飛び散りますので。そうそう。優しく早くです。さすが先輩!え。本当に調理は初めてですか?」

気を抜くと強くなりがちでボウルから中身が飛び散ってしまいそうになるが、上手にコントロールできている。やっぱり基礎が上手なんだろうな。

「……どのくらい続ける?」

「白くなってツノが立つまでですよ」

「角?」

「もうちょっとです。………あ、はい。そのくらいで」

魔法で攪拌された卵白はメレンゲになった。

「ベイクさん、コーンスターチ下さい」

「ん?ああ…待ってろ」

傍で黙って見ていたベイクさんは、突然の希望にもすんなりと用意してくれた。

「なんだ?それ。…小麦粉か?」

ベイクさんが持って来てくれた粉を見て先輩が聞いた。

「小麦じゃなくて、トウモロコシが原料です。揚げ物する時とかに少し混ぜるとサクッとしたりしますよ。あと、とろみがついたり、焼き菓子に使ったり…」

「詳しいな」

「確かに。よく知ってるな」

ベイクさんとナタル先輩が感心した。

「え。えぇ…まぁ…。あ。ベイクさん、下ゆでが出来たか見てくれませんか?出来たら皮も剥いて頂けたら助かります」

ベイクさんが離れれば私はナタル先輩に耳打ちした。

「(師匠が仕法の練習に良いからって、料理を勧めたんです。おかげでどちらも習得出来ましたけど…)」

ただ、デボラはレシピが豊富じゃなかったから、途中から私が夢で見て得たレシピで作っていた。

「あぁ、なるほどなー。確かに配合や調合は実験っぽいしな…」

ナタル先輩は非常に納得して感心していた。

「師匠の料理は、料理と言うよりも…より仕法に偏ってましたけどね…」

思い出される思い出の数々…。寂しくなってきた。

「おまえ…なんで涙ぐむんだよ…」

「…ホームシックです。ちょっとすみません」

ズボンのポケットからハンカチを出して目を覆った。

「…チッ」

え。先輩。舌打ち?ひどい。

「おい…模擬戦が終わったら身動きが取れる。…それまで待て」

ナタル先輩は静かにそう言った。

あれ。気にしてくれてたのかな?

「枕が…湿る…」

呪いのような言葉にゾクリと寒気がした。

「あれ?…タナトス。来たの?」

顔をあげればいつのまにか安定の不吉さを漂わせたタナトスが間近にいた。

「おまえ、今、どこから来た?!まさか…空間転移か?!」

ナタル先輩がギョッとしてタナトスから身を引いた。

「………」

タナトスは黙ってナタル先輩を見て、私を見た。

それは、なんでコイツがここにいるんだ。と言っているような雰囲気。

「タナトス、どこ行ってたの?探したけどいなかったから。ナタル先輩に手伝ってもらってたんだ」

「………」

タナトスは無言だ。うん?これは…もしかして機嫌が悪いんだろうか?

「ポテチ、出来てるよ?」

すっかり熱が取れたであろうポテチの山を指させば、タナトスは無言で食べに行った。

「おい、あいつ、魔法封じされたんだよな?!」

ナタル先輩は私に確認した。

「え。ええ。そうですよ?」

「あいつがここに入って来たのを見たか?今、まさか…あの空間転移の魔法を…」

マズい。タナトスの腕の魔法封じを少し消したのがバレる。

「あはは。先輩〜。そうでしたね!タナトスは魔法を封じられてました。僕、忘れてました!今日は改めて先輩にお願いしてよかったです。という事で、次は肝心の黄身の攪拌をお願いします!」

早口で言い訳すると、話題を変えた。

「………」

「このソースはポテチにも合いますよ?」

「…貸せ。同じようにやれば良いんだろ?」

先輩は納得しきれていないようだったけど、私からボウルを受け取った。

「お願いしますね!今度は僕が少しずつオイルを加えていきますけど、気にせず攪拌続けて下さい」

「ジャガイモ、ニンジン終わったぞ」

ベイクさんが下茹でと皮むきを終えて戻ってきた。

「あ。ありがとうございます。今からソース作りますよ。その前にメレンゲも焼いちゃいましょう」

先輩に作ってもらったメレンゲをバターを塗った天板にスプーンで落としていく。

「じゃ、先輩。オーブンにも火をお願いします。大体、1時間くらいかなー…焦げずに消えずに火が通るくらいの弱火でお願いします」

「注文が多いな」

「練習に丁度いいんですよね。うまく出来たら美味しい物が食べられますから、やる気にもなりますでしょ?」

「…くそ。さすがにおまえの師匠だな」

ナタル先輩は苦笑した。

「じゃあ、次はいよいよソースですね。お願いします」

同じように攪拌する卵黄に少しずつ食用オイルを加えていく。徐々に粘性を増す卵黄。

「あ。良いですね。…はい。充分です」

「いいのか?」

トロミの付いた薄黄色のソース…味を見れば、間違いない。

「うん。完成しましたよ!」

「え。もう完成?」

ベイクさんが意外そうに身を乗り出した。興味深そうに味を見る。

「…酸味がある…だがクリーム系だな」

唸るベイクさん。ナタル先輩も味見をすると、「あぁ…本当だ」と呟いた。

「マヨネーズ完成ー!」

「まよ…?」

「マヨネーズ。色んな物に合いますよ。サラダにも。料理にも。味がまろやかになります。攪拌さえしっかり出来れば材料は簡単でシンプルでしょ?」

「…確かに。卵黄と酢とレモン汁、塩、オイルか…」

ベイクさんは真顔で考えこんでいる。

「タナトス、ポテチに付けてみる?」

小皿に少しだけ取ってタナトスの側に置いた。

「……。…これが新しいものか…?」

「ううん。違うよ。これを使ってジャガイモを和えるんだ」

茹で上がり粗めにマッシュしたジャガイモと下ゆでして小さく切ったニンジン。水でさらしたタマネギ、スライスしたキュウリをマヨネーズで和えて出来るもの。それは…

「ポテサラ完成ー!」

粗めにマッシュしたジャガイモにマヨネーズと野菜が馴染む。塩胡椒で味を整えればポテトサラダの完成だ。

味見する先輩とベイクさん。

「どうですか?」

「…マッシュポテトだけじゃ単調だが、これは…タマネギの辛みにソースの酸味とクリーミーさが合う」

「…サラダにジャガイモが混ざったような…いや、うん。タマネギが効いてるな。ソースも」

唸る2人。

「…タマネギとマヨネーズソースが良いですよね。これにハムを加えると更に良いですよ」

「待て。それだ。加えよう」

ベイクさんはそう言うと、早速どこからかハムのブロックを持って来た。

「え。良いんですか?」

「このままより、確かにハムを入れた方が合う」

ベイクさんは自らハムを刻んで、ポテトサラダに加えた。

試食。

うん。これこれ。ポテサラだ。

「うま」

ナタル先輩が素直に気に入ったようだ。

「タナトスー。ポテサラ出来たよ」

小皿に盛って、持って行けばタナトスはマヨネーズをチビチビ付けながらポテチを食んでいた。

「…野菜…邪魔…」

「マヨネーズで和えてるよ。はい」

ポテチを離さないタナトスに、スプーンですくったポテサラを口に持って行って給餌した。

「………」

「どう?」

口に入れられたポテサラに、タナトスはゴクリと嚥下して感想を述べた。

「……ニンジン、要らない…」

タナトス…子供か!

「これ、メニューにもらっていいか?」

ベイクさんの喜色を浮かべた顔に頷いた。

「どうぞ。マヨネーズ作りの攪拌が大変ですけど」

「ああ…確かに…」

難色になるベイクさん。

「それならソースだけ提供しますよ。材料さえあれば」

「あのソースを?…いいのか?!」

「え、ええ。まぁ…ポテチを作ってくれるなら」

「わかった。約束しよう」

ベイクさんとの取引は締結した。

「……おまえ…赤竜に続き、厨房も制圧してるな」

ボソリと言うナタル先輩。

「はい?…人聞きの悪い事言わないで下さい。共存です。和睦共栄です」

美味しい物は皆で分け合う!これこそ平和。

「あ!そうだ。先輩。ベイクさんも。このポテサラ、パンに乗せても美味しいです。昼ご飯もう時間無いですし、マヨネーズにハムも最強に美味しいです!これでご飯にしましょう!タナトスも。ポテチはお菓子なんだから!」

私達はそのまま厨房で、パンにポテサラ、マヨネーズにハム、さらにチーズを挟んで昼食とした。

これがナタル先輩やベイクさんにも大好評で、タナトスもマヨネーズとハムチーズサンドが気に入ったようだ。

「マヨネーズ…最高!」

食べてる最中に、オーブンから甘い匂いが漂えばメレンゲを思い出す。

「あ。焦げて無いかな?!」

そっとオーブンの鉄の扉を開けて覗けば、甘い香りに真白いメレンゲが焼き上がっていた。

「良かった。先輩!いい火加減でしたよ!ありがとうございます」

分厚く重ねた布巾で天板を掴んで取り出せば、奥の方のメレンゲは若干、薄茶になっていたけど、焦げとしては許容範囲だ。

見栄えのイマイチな1つを摘まんで味見をすれば、口の中でサクリと軽く砕けフワッと甘く消えた。

「うん。シンプル」

砂糖とメレンゲ、コンスターチだけだから優しいシンプルな甘さだ。

「くれ」

ナタル先輩はポテサラとハムマヨですでに警戒心ゼロだ。天板から摘まめるように差し出せば、口を開けてきた。

なんですか?鳥のヒナなの?横着して、もぅ。

夢の中にある自販機にお金を入れるように、メレンゲを摘まんでナタル先輩の口に入れる。

「うお。なんだこれ!溶けた!」

驚きの声をあげるナタル先輩に、ベイクさんも自ら天板から摘まんで口にする。

「これは!…繊細だ…」

「タナトス、はい」

1つ渡せばタナトスは白いメレンゲ焼きをしげしげと見てから口に入れた。

「……甘い…」

「大丈夫?甘過ぎないかな?」

感想を求めれば、タナトスはコクリと頷き、先輩が感嘆した。

「これがあの玉子のブヨブヨ?信じられない軽さだな…」

「これはまた上品な菓子だ。いや…恐れ入った」

なぜか肩を落とすベイクさんに、ナタル先輩は自らもう1つメレンゲ焼きを摘まんで食べていた。



「すーぷーちゃん。クストの用件はなんだったんだ?」

午後、救護席に戻ればローズ先生が聞いてきた。

「…えーと…。その…ポテチです。先生もいりますか?」

まさか明日の決勝戦に作戦を提案しましたとは言えない。ごまかしにポテチの袋を差し出せば、先生は「お。また作ったのか」と嬉しそうに受け取った。

す、すみません…先生…これは…私のせいじゃ無いです。

「…あの…先生…新作もあるんですけど…甘いの平気ですか?」

後ろめたさから、そう申し出れば先生は緋色の目を瞬いた。

「すーぷーちゃんはマメだな…今度はなんだ?」

「あの、まだ数が無いので味見として少ないですが…どうぞ」

メレンゲ菓子の入った袋の口を開けて差し出せば、先生は摘まんでしげしげと見た。

「焼き菓子?…また、やけに軽いな。すーぷーちゃん、なんでいつも軽い菓子を作るんだ?」

「え。たまたまです。新しいソースを作るのに玉子の白身が余ったのでそれで作ったんです」

「なに?じゃあ、これは…余った分で作ったのか?」

「捨てるのはしのびないですから」

何気なく口に入れたメレンゲ菓子に、先生は驚いていた。

「なんだ?!これは…」

「気に入りませんか?」

「いや。美味い。…おまえ…どこでこんなのを作れるようになったんだ?」

「お…恐れ入ります…」

「これは…売れるな。このジャガイモ菓子同様に」

「あー…それなんですけど…厨房のベイクさんが学校でのポテチの販売を学長に打診してくれるそうなので、うまくいけば数量限定で出るようになります」

「お前の作ったこれが?」

「はい。ポテチはタナトスが好きなんですけど、僕もそんなにしょっちゅう作っていられないので。プロにお任せしました」

「だろうな。いや…おまえの才能はこんなところまであるのか…」

感嘆するローズ先生に、これは夢の中で得た情報ですから。と、言えない後ろめたさ。

「いえ。これは…生活力です」

「生活力…」

先生は言ってから、ハッとした。そして、なぜか悲しそうに「そうか…」と言った。

え。なんですか?気の毒な子供を見るようなその感じ。

「すーぷーちゃん、苦労したんだな…」

えぇ?苦労?…仕法の練習では苦労したけど…そういう事?

「…は、はぁ…まぁ…でも、こうして役に立ちましたので」

「そうだな。おまえが努力したからだな」

「ど、どうも…。あ、労いは結構です」

優しく笑って頭を撫でられそうになったから、サッと避けた。

頭はやめて。万が一の為に。カツラがバレたら困る。

すると先生は不満そうだったが、ジッと私を見た。

「あの…なにか…?」

「すーぷーちゃんは…暮らしには問題無いな」

「はい。一通りは出来ますよ。…あ。もしかして…週末の家の事ですか?」

教会の寮とか言うのかな?それは無理。いい加減、男子との集団生活から抜けて休みたい。

「僕、1人で暮らせますので自分で探します」

「ダメだ。おまえが1人で暮らせば危険がある」

「危険?」

心当たりの無い事に首を傾げれば、先生は眉間を揉んで言い聞かせるように言った。

「おまえは自覚を持て」

その時、教会の法術師であるクロム先輩が先生を呼びに来た。

「あ、先生!…今、来た奴も骨が折れてるみたいなんですけど」

「またか。スレイプニル、一緒に来なさい」

白衣を翻し、先生が負傷者に向かう。その後を私は付いて歩いた。

その日は特に打撲や骨折が多かった。治癒の法術において、深い傷を治すのにはより多くの法力が必要だ。

そういう負傷者が多いという事は…つまり、疲れる。

「…なんでこんなに今日は…」

救護室の中にため息が出る。ローズ先生と治癒をして回れば、私は夕方前にはすでに眠かった。

休憩中、イスに座っているとウトウトと船をこぐ。

「原因がわかりました!今日のこれ、クラブのキングの仕業でしたよ」

救護室から出て外を見回ってきた法術師が、戻ってすぐに話題にした。



模擬戦の様子を聞きながら、イスの上で器用に膝を抱えて完全に目を閉じたスレイプニルを見た。

さすがに気力切れだな。

「…ネイロスが?」

「ええ。昨日、大火傷で死にかけたアイツ、今日はかなりの活躍だったようで…鬼神のような戦いだったそうですよ」

道理で。今日は聞こえてくる観客の盛り上がりも大きかった。見応えのある試合だったんだろう。

試合では赤竜も青竜も、模擬刀を使う。刃が無い分、命の心配は無いが鍛えられた腕力で振り下ろされた鋼の刀剣はまともに当たれば骨を折る事もある。

余裕のある奴は寸止めや、加減をして勝敗の判定を得るが、興奮して熱が入ったり、混戦になると、判定を待っていられない。そのまま相手に刀剣を叩き付け強制的リタイヤに持ち込む事も多々ある。

どうやらネイロスは後者であったらしい。

「昨日、アイツが負傷して抜けた事でチームの勢いが削げて逆転負けしたからな」

昨日「勝てると思ったから踏み込んだ」と言っていたネイロスだったが、治って試合を見れば、チームはネイロスの離脱に動揺し負けてしまっていた。戦況と言うのは最後までわからない。

「1年で…初出場の模擬戦で上位入賞か。充分じゃないか」

「…半年後の模擬戦では、彼も出るんですよね?」

クロムがそう言って視線を移せば、何かに気付いて微笑んだ。目を向ければイスの上で完全に寝落ちしたハートのキング…スレイプニルがいた。

「あぁ。さすがに疲れたようだな」

器用にイスの上で身を縮め、膝を抱えて眠る様子は、小柄で白いローブも相まって鳥のヒナのようだ。

「大した奴ですね。1年生で骨折まで完治させるなんて。さすがキング…体は小さいくせに法力は大きい」

スレイプニルは入学2週間で治癒と浄化を修めた。この流れでは来期の模擬戦は間違いなく出場可能だろう。

「さて。…来期はどんな試合になるか…」

ふと、闘争心剥き出しにネイロスに飛びかかったスレイプニルを思い出して沈黙した。

「…先生?」

暴力的で敵対心をむき出しにした野良犬のような姿は、今のスレイプニルとは似ても似つかない。

「…いや。なんでもない。…この様子じゃ、スレイプニルに今日の灯り点けは無理だな」

元々、模擬戦見学の1、2年生と違ってコイツはここで普通の法術師のような働きをしている。

これで灯り点けまで同じにしたら不公平だろう。

苦笑すれば、クロムも笑って同意した。

「ですね。先生、光玉作成なら我々で持ちます。コイツが頑張った分、余ってますから」

「ああ。頼む」

その時、試合終了を告げる乾いた魔法弾が鳴り響いた。戦況確認の者が新たな負傷者無しをテント内に伝える。

「さて。今日も終わったな。…スレイプニルは起きれるか?」

イスの上でコンパクトにまとまった白いヒナを起こせば、眠そうな目を開けた。

「…あ。負傷者ですか…?」

「いや。今日は終わりだ」

そう伝えれば、ホッとしたように頷いた。

「眠いか。すーぷーちゃん」

「う…はい…すみません…」

そう言って、再び目を閉じる。

「こらこら、そこで寝るな。起きろ。歩けるか?」

手を取ると少年のような手は温かい。このままここで寝ていれば風邪をひくかも知れない。

「……眠いです…もうちょっと休んでから行きます…」

しかし、スレイプニルはイスから動こうとしなかった。

全く…しょうがないな…起こさないと、

「ハートのキングはいるか?」

不意に声が聞こえた。見れば、ネイロスだ。模擬戦後であちこちが泥で汚れていた。

「なんだ。ネイロス。ケガか?」

「いや。…そいつに話がある」

クストに続き今度はネイロスか。コイツも忙しいな。

「それは出直した方が良いな」

「どう言う事だ?」

「おまえが重症の負傷者を量産したおかげで、見ての通り気力切れだ。こんな状態で話も何も無いだろ?」

「……。起こせばいいだろ」

「ネイロス…おまえも赤竜ならウチとはもめ無い方が良いよな」

暗に帰れ。と促せば、ネイロスは沈黙し、やがて諦めて立ち去った。

緊張感からホッとしたのも束の間、法術師達が更に動揺したのは救護席のテントに死神が現れたからだ。

「…枕…」

やれやれ。今度はおまえか。

「ちょうど良かった。タナトス、スレイプニルを連れて行ってくれ」

タナトスはイスの上で眠っていたスレイプニルを抱えると、そのまま立ち去っていった。

「…せ、先生…彼に任せて…大丈夫なんですか?」

立ち去ったタナトスを見送ってクロムが聞いてくる。

「…ああ…魔法も封じたし、アイツは黒だ白だという事に頓着しない。スレイプニルもアイツを友達だと言って仲が良いからな。何より、giraffe病の奴が波長が合って眠れる。と気に入っている」

自身のために危害は加えないだろう。

「友達?あの…黒竜を…?変わってますね…。あんなのに張り付かれたら、生きた心地がしませんよ」

自分の腕をさするクロム。悪寒に皮膚が粟だったようだ。

「…確かに変わっている…面白いほどにな」

机の上に置かれた菓子袋を見て、ローゼフォンはしみじみと呟いた。



「…すーぷーちゃん。起きれるか?」

呼ばれて沈んだ意識を引き上げれば赤いシルエットがボヤけて見えた。

「…先生…負傷者ですか…?」

「いや。夕食だ」

夕飯…いや、今は食べるよりも眠い…。

「…いりません…」

訪問販売を断るように呟くと、私は拒否するように寝返りを打って目を閉じた。

「やれやれ…。また容量が増えるな。おまえは」

眠りに落ちる意識の中で、先生の呆れたような声が聞こえた。

それから再び意識が浮上した時、部屋は真っ暗だった。

………夜だ。

それは間違いなく、窓から月明かりが照らしていた。

あー…。寝過ぎた。あ!灯り点け!…サボっちゃった…。夕飯も…夜のアイティールとの会話の時間も、寝て過ごしちゃったんだんだ…。

そう思うと罪悪感があった。でも、過ぎちゃった時間は戻れない。

目が覚めて考えると、あれだけ眠かったのが嘘のように消えていて、今度は眠れない。

…日記…書けて無いな。お風呂も入りたい…。うーん…いっそ、今がチャンスじゃない?

寝静まっている寮。暗がりに目が慣れると、そこは医務室じゃなくて寮の部屋だ。向かいのベッドにはネイロスも寝ている。

…そう言えば、ネイロスの呼び出しもサボってしまった。起こしてくれても良かったのに。と思ってから、背後にいるタナトスを思い出して、無理だったんだろうな。と思い直す。

タナトスから枕を取るって、なかなかの勇気だ。…と言うか機嫌を損ねたら自殺行為かも…。

私はますます枕の代替品の必要性を感じながら、そっとベッドを降りた。

タナトスは動かない。きっと眠れている短い時間だろう。でもタナトスは20〜30分の眠りと覚醒を繰り返しているから、そのうち起きる。

黒竜の教室の行った時のように探して回られるのも申し訳無いから、メモを残しておこう。

月明かりの下で短い文を書き、メモをベッドのそばにあるイスに置いた。

そして必要な物を取ると私はそっと部屋を出た。



ネイロスは眠りの途中で妙に寝苦しくなった。

それは、まるで体が岩の下敷きになったかのような息苦しさと切迫感だ。

苦しさを払いのけようと必死に力を込めて体を動かせば、目覚めた体はバネのように起き上がった。

脂汗が額に滲んでいた。

なぜなのかと状況を理解する前に、部屋の扉が少し開いているのに気付く。そしてその奥に一瞬、黒い影が過ぎ去れば、視界に入ったもう一つのベッドはカラだ。

そこにはネイロスが寝る前は、ハートのキングとジョーカーが眠っていたのだから、突如起こった寝苦しさに合点がいった。

ハートのキングがジョーカーを置いて部屋を出たからだ。

ジョーカーは居るだけで部屋に強い死の気配がする。

その気配は生き物が本能的に忌避する恐怖だ。〈ここに居ては死ぬ〉という漠然とした恐怖と不快感が同じ空間にいる事を忌避する。

だがそれも、ハートのキングがいるとジョーカーのそれが消える。不思議とジョーカーは、ただの病を患った無気力で気怠い無口な男になる。そうであるならば、害さなければ無害。影のような存在は放っておくだけだ。

そんなジョーカーが部屋を出た今ならば寝苦しさは今は無い。普段のネイロスならばそのまま寝直しただろう。

だが、確認しておきたかった事が済んでいない。

ハートのキングの真意を知る為に、ネイロスはベッドを出た。

ふと寝る前に無かった紙がイスの上にあり、手に取った。月明かりで読めば、それはハートのキングの書き置きだ。

『目が覚めたのでシャワーを使ってきます。終わったら戻るよ』

シャワー?こんな夜更けに?水の?

ネイロスは眉をしかめた。暖かくなってきたとは言え、こんな夜更けに水を浴びて冷えないわけがない。

校内や寮の設備には魔法が用いられているが、シャワーは火を用いるためいつでも使えるわけでは無い。

「(…バカが。風邪すらひかないバカなのか?)」

ネイロスは部屋を出て、真っ直ぐシャワー室に向かった。

深夜の校内は寮同様に静まり返っていた。だが、光玉の光が等間隔で照らされ人々が眠っているであろう寮の廊下と、誰もいない校舎の廊下では雰囲気は全く違った。

渡り廊下を過ぎ、寮から校内に出れば光玉も無い。暗い校舎を灯りもなく歩けば、決して気持ちのいい空間では無かった。

…意外だな。アイツなら震えて怖がりそうだが。

ネイロスに凄まれてすぐに青くなる気弱そうな奴が、この雰囲気の場所に好んで水浴びに一人で出歩くことが解せない。

だが、シャワー室の隙間からわずかに漏れるオレンジ色の灯りを見て、ネイロスは奴が光玉を作れる事を思い出して、そこは納得した。

丁度いい。今ここなら耳目も無いだろう。

薄明かりのオレンジ色の灯りが点るシャワー室に入り、入り口のロッカーの影に手をついて、いるであろう奴を探した時、ネイロスは有り得ないものを見て固まった。

脱衣所にいたのは…半裸の女だった。布をたたんで髪に手をかける。焦げ茶の髪が外れて黒い長い髪が白い肌に広がれば、ネイロスは慌てて身を隠した。

な…なんだ?!なんで女?!いや、とにかくここにいてはマズい!

見付かって騒がれでもしたら、理由はどうあれ女の着替えを覗いたというネイロスにとって不本意で屈辱的な汚名をかぶる。

動揺におぼつかなくなりそうな足を慎重に出口に向けて、音を立てないように全神経を使う。ネイロスはシャワー室を出るまで生きた心地がしなかった。

何とかシャワー室を離れると、暗い廊下の壁に手をついた。

あまりに衝撃的な出来事にネイロスは大いに混乱した。

ハートのキングは女で、更にあの黒い長い髪は絶滅したというアルカティア人の特徴だ。

オレンジ色の光に照らされた艶やかで黒い長い髪。曲線の白い肌にまごう事なき女性特有の胸の膨らみを思い出してネイロスは赤くなって、青くなった。

見てしまった…。いや、いつから女だったんだ?!あの時のあの感覚は…。いや、それに自分は何度、アイツに手を上げただろうか。

ネイロスは女を害する大人が大嫌いだった。父に殴られ泣いていた母を見て、あんな大人には絶対にならないと誓った。それなのに…首を締めて、頭を殴った。それも一度では無い。

知らなかったとは言え、全ては自分のした事だ。吐き気がして口を押さえた。

どう謝ればいい?いや、謝るには今、見てしまった事を言わねばならない。

裸を見ておまえが女とわかった。殴って悪かった…。そんな事!断じて言えない!!無理だ!

ネイロスは壁にもたれ掛かってズルズルと座りこんだ。

呆然とした。どのくらいそこで座り込んでいたのか、ネイロスはわずかな物音が聞こえた気がして、慌てて逃げるように立ち去った。

暗い廊下を進み、衝撃と動揺に行き場を失っていたネイロスの意識が引き戻されたのは、闇を徘徊する死神を見たからだ。

ゾクリと悪寒がする。幽霊やアンデットよりも恐ろしい。現実的に死を振りまく絶望の空気が夜の闇に溶けていた。

ネイロスはとっさに向きを変えた。身を翻して別の通路に出た時、避けたはずの死神が突然目の先に現れた。ネイロスを視界に捉えてこちらを見ている。

「!!」

恐怖に心臓が凍った。

「……な、なんで…?」

確かにさっき、反対の通路にいたはずだ。なぜそれが目の前に突然現れたのか。

本当に死神か不死者の類いなのか?!

怨嗟と死の呪いを漂わせた男は目深に被ったフードのせいで表情はわからない。

死を意識した時、ハッキリしておきたいとネイロスは思い切って死神に問う。

「…おまえ…知っていたのか…?」

ネイロスの問いに死神は沈黙しながらもこちらを凝視している。ゆっくりと音もなく近付く死神に、恐怖で足が縫い付けられたように動かず逃げられなかった。

「知っていたんだろ?!一緒に寝ていて気が付かない訳がない!」

自棄になって更に問えば、死神はわずかに首を傾げた。

「…あいつが…ハートのキングは『女』だって!」

ネイロスのその言葉に、死神は動きを止めた。特別動揺した気配もなく、佇んでいる。

「…やはり、知っていたんだな…なんであいつがここにいる?!俺もそうだったが…なぜ隠せたんだ?!」

疑いもしなかった。ハートのキングが1人じゃ無いとは気付いても、男じゃないとは思いもしなかった。

それが解せない。

今にして思えば不自然過ぎる。思い返せばあいつが男じゃない特徴なんて山ほどある。なぜ誰も気付かない?

「……枕…奪うのか…?」

死神は静かに問う。その問いに間違えれば、ネイロスの命は死神に取られる。直感的に感じた。

「…あのスペードのキングは知っているのか?そもそも、なんのつもりであいつを連れてきた?知っているのか?」

死神はネイロスに歩を進めた。

「…枕…無い…」

ネイロスの耳が、黒いローブの中で刀剣が鞘から引き抜かれる冷たい音を拾う。

「あいつを探しているのか?…ならば教えてやる。答えろ」

再び止まる死神。

「…枕が…いる理由は知らない…だが、目的が済めば去ると言う…枕が無くなるのは困る…条件を言えと言っても手に入らない…」

意外なほどに素直に答える。

「…答えろ!あいつは!男じゃない!」

「…枕が黒だろうが白だろうが構わない…男でも女でも…眠れるならばそれで良い…」

タナトスの断片的な答えにネイロスは呆れた。

バカか…なんで気にならないんだ!女なのに何の目的でここにいるのか、聞かない方がおかしいだろ?!

「おまえの他に誰が気付いた?」

「……。ダイヤのキング…」

あの黒竜か!

言われて見れば、最近、ダイヤのキングがハートのキングに接触しているのが噂になっている。

白竜と黒竜の関係は詳しくないが、赤竜と青竜同様、お互い意識し合う中で過度な馴れ合いはしないはずだ。末端ならまだしも、キング同士でなら尚更に。

だが、それが汚しやすい女であり、稀少なアルカティア人であると知っているのなら、魔法に詳しくないネイロスでさえ黒竜が放っておくわけがないとわかる。

あのバカが、どうせ口車にのって騙されてるんだろ!

ネイロスはハートのキングが黒竜のダイヤのキングに騙される姿が容易に想像がついた。

「…枕…どこだ…」

再び死神がネイロスとの距離を詰めた時、ネイロスが口を開くと同時に背後から声がした。

「え…あれ?…何してるの?」

その声にネイロスはギクリと緊張した。ハートのキングだ。

脳裏に今さっき見てしまった光景を思い出して、罪悪感となんだか複雑な感情が沸き起こり、非常に気まずかった。

「…ネイロス?…タナトスも」

改めて声だけを聞けば、間違いなく女だ。

なんで気付かなかったんだ!これは少年じゃないだろ!

振り返っていいものか、ためらった。

「ネイロス?どしたの?」

ためらったまま固まっていると、ハートのキングの方が近付いて来てネイロスを見上げた。

オレンジ色の光玉をハンカチで包みランタン代わりにして、布袋を抱えたそいつは、焦げ茶の髪に黒い目でネイロスを見上げている。

言葉に詰まって見下ろせば…今見れば、どこをどう見ても女だ。

なんでこれを少年に見えたんだ?!なんで疑わなかった?!

シャワーを浴びたらしいそいつからは、ランゲルハンス島の花の匂いがする。

「?…ネイロス?」

「……死神を置いていくなと言っただろうが」

名を呼ばれ、ネイロスは苦し紛れにそう言った。あれだけ死の気配がしていた空気が、コイツがいる事で一気に霧散し、死神はジョーカーという影の薄い存在になっている。

「えぇ?…まさか、タナトスと迎えに来たの?」

ハートのキングが、書き置きをした事で共に迎えに来たのかと驚愕する。

「…枕…いない…探した…」

タナトスは書き置きに気が付かなかったようだ。

「え?書き置きしといたのに…」

どうする?…それとなく聞いたほうがいいんじゃないか?…このまま知らないままというのも…

「…おい。おまえ…なんの目的でここにいる?」

思い切って言い出せば、黒い目が揺れた。

「え?な、なにが?」

「……ハートのキングは1人じゃない。おまえと…他に誰かいる」

そう切り出せば、黒い目が見開いてジョーカーを見た。

その無言で責める様子から、ジョーカーもあの格闘した男が何者であるか知っているのか。

「それは…言って無い…」

ジョーカーはハートのキングの視線に静かに否定した。

「それはって事は、何を言ったの?タナトス」

そう言って眉をしかめるハートのキングは、まるで子供のイタズラ叱る母親か。

「…おまえに話があると言ったのはこれだ。ハートのキングは1人じゃない…おまえと、俺と格闘した者…どちらがニセモノか知らんが、替え玉がいる。それに気付いたからだ」

まさか女だとは思わなかったが。

「……。ここは廊下だし…場所を移動しよう」

ハートのキングは俯いて静かにそう提案して歩き出した。

近いのは赤竜の教室だ。

扉に手をかけた時、ハートのキングは鍵のかかっていない教室を開けるのを躊躇した。

何か罠だとでも思ったのか?

「…なんだ?」

「いや。…ここでいいよね…?」

扉に手をかけたまま、そう確認してくる。

「ああ。俺は別にやましい事は無いからな」

その言葉に他意はない事を伝えたつもりだったが、奴はションボリと肩を落とした。

赤竜の教室に入って扉を閉めると奴はオレンジ色の光玉を入れていたハンカチを解いた。

淡い光が教室の半分くらいを照らした。四隅は暗いままだが照明としては話す内容も含めて充分だろう。

「…それで…どういう事だ?」

手近なイスに座り、話を促せばハートのキングは立ったままで沈黙している。

「…ネイロス…まずは、謝らせてもらう。ごめんなさい…」

帽子を取って深々と頭を下げる。

「それは、騙していた事についてか?」

「…うん…確かにネイロスの言う通り…あの日、格闘したのは僕じゃない」

ゆっくりと頭をあげて帽子を胸に抱えた。

「…まず先に聞く。どちらが本当のハートのキングなんだ?おまえか?奴か?」

「それは…僕。マドラスに白竜でハートのキングだって言われた」

「じゃあ、あれは誰だ?」

「…僕にとてもよく似た子。偶然会って…助けてくれてる」

「…二度目もそうか?」

「ううん。二度目は僕」

「………そうか」

ため息が出た。

「ごめんなさい!僕、ネイロスさんの気持ちを考えて無かった!」

「なに?」

なんだ。急に。

「ネイロスさんは真剣に勝負しようとしてた!なのに、こんなインチキして本当にごめんなさい!」

「…待て。インチキとはなんだ?」

「……二度目の試合…魔法を使ったんだ」

絶句した。

魔法?白のこいつが?…ああ、待て、あの黒い髪…アルカティア人…

「だから、本当は僕が勝てる理由なんてなかった!本当はネイロスさんは負ける事無かったのに!」

「…なるほどな」

おかしかった。タネを明かされれば納得の話だ。同時に、こいつの言った言葉を思い出した。

『…これだけは言わせて頂きます。あなた方では僕を捉える事は到底、出来ない。僕が敵わないのは…アイティールと…そこにいるタナトスくらいでしょうね』

相手が魔法の使い手ならば確かに勝ち目は薄い。しかも白竜だからと油断してその可能性すら視野に入れずに戦いを挑んだのは俺だ。負けるわけだ。

「…ネイロスさん…」

「おい。やめろ。一度目はともかく、二度目で俺はお前に負けたんだ。負けは負けだ。敬称なんて付けるな」

「でも、それは!」

「勝負の世界だ。おまえが魔法を使えるかも知れないと疑わなかった俺の負けだ。知っていたならルールに入れていた。それも含めて俺の負けだ。事実は何も変わらん」

「…ネイロス…」

「悪いと思うなら、おまえが何の目的でここにいるか全て教えてもらおう」

「…それは…」

「悪事を企んでいるのか?」

「!…それは違います!」

「じゃあ、なんだ?…それに…」

男じゃない…と、なんて言って指摘すれば良い…?その…裸を見たと言わずに…。

「…それに?」

オレンジ色に照らされた黒い目を向ける奴が女とわかると、どうも調子が狂う。首を締めたり殴ったりして謝らなければならないのはこちらなのに…。

目をそらせば机の上でゴロリと横になった死神がいた。

そうだ。この方法があった。

「……。タナトスに聞いた。おまえ、男じゃないな」

「…………」

タナトスを見るハートのキング。

「そいつが言ったというよりも、俺がカマをかけたんだ。おまえの行動が怪しかったからな」

「え?!…ど、どこで?」

う。それは…

「まず、おまえ…着替えがやたら遅かったり、わざわざ暗い中で着替えたり、いちいち不可解だ」

それは後から気が付いた事だが。順序はこの際、いいだろ。

「…あぁ…まぁ…そう…。僕も…さすがに相部屋で隠し続ける事がつらかったし…この際、ちょうど良いのかな…」

妙に割り切ったハートのキングの言葉。女と知った本当の理由を隠せた事に、安堵と同時に罪悪感があった。

「たしかに僕は男性じゃない。ここには、魔法を調べに来たんだ」

「魔法を?」

頷くハートのキングは、真実の告白に逆に気が楽になったようだ。肩の力を抜いて机に手をついた。

「…座らないのか?」

「……。僕、以前から気になってたんだけど…この教室、散らかりすぎじゃない?」

不満そうに言われると、意表を突かれた。

「そ、そうか…すまん」

「いえ…。ネイロスに言ったところで仕方ないんだけど…。私物やゴミが散乱していて非常に気になるんだよね…」

「そ、そうか…」

「特に、あの辺。雑誌が何冊も散乱してて、本が開いて被せてある…閉じて保管したいし、刊ごとに並べて置きたい。それに全体的に埃っぽいし、脱ぎっぱなしの洗濯物も散乱して変なニオイが…」

「…悪かったな。掃き溜めで」

野郎の部屋はこんなもんだが。汚くて入るのを躊躇していたのか。悪かったな。

「だから、掃除したい。そのうちキレイにしてもいい?」

身を乗り出して真剣に申し出られれば何を言い出すのか…呆れる。

「…………。好きにしろ」

「よかった。ネイロスの許可を取れたら間違いないね。赤竜のキングだもん」

満足そうに言うコイツはなんなんだ?お前だって白竜のキングだろうが。キングが掃除?しかも他の組の?意味がわからん。からかっているのか?話をはぐらかしたいのか?

「それで?話を戻せ」

「ああ、そう。えーと…僕の目的…石化を解除する方法を知りたい」

「石化?…白竜の法術か。なるほど。それなら確かにここにいる事で…」

白竜…法術師として学べば、状態異常を回復する術を得る。しかし、それをハートのキングが遮った。

「ううん。違う。石化は石化でも、禁忌の石化なんだ…」

ピクリとジョーカーが反応し、机から身を起こした。

「…ぷにぷに…禁忌の石化を治したいのか?」

「あぁ。タナトスにも言ってなかったっけ?そうだよ…。師匠が僕の身代わりになったんだ」

「それは…」

言いかけたジョーカーに、ハートのキングが止めた。

「タナトス。それって契約に関わる?」

なんだ?

「契約?」

「タナトスが僕を求人してるんです…タナトスに情報をもらう代わりに枕として専属契約するって条件で。でも僕はそれは最終手段にしたい」

「……。ジョーカー…おまえ卑怯だな」

弱味につけこんで取引するなんて、さすが黒竜だな。

「…………」

ジョーカーは黙った。

「禁忌の石化は普通の石化と違って法術じゃ治せないみたいなんだ…。だからその方法を調べる為にアイティールの勧めでここに来たんだ。色んな事が本当に偶然で…ここにいる事がこんなに続くなんて思ってもみなかった。すぐにバレると思っていたから」

「確かに…今、こうして女だと思えば疑いようが無いのに…なぜここまで発覚しない?」

「黒竜のナタル先輩が気付いて教えてくれたんだけど…この毛に魔法がかかっているって。男だと思えばそう見えるような魔法だと」

「そんなのがあるのか?」

「擬態魔法…ミミクリー」

ポツリと呟いたのはジョーカーだ。

「タナトス、知ってるの?」

「…補助魔法の1つ…超速魔法の派生で出来る…」

「ええ?!それホント?!凄い!知らなかった!あの本には書いてなかったよ?!」

目を輝かせてジョーカーの話に食い付くハートのキング。

「…オヤジの書棚にあった…人を欺く魔法は…使い手を選ぶからダメだと言われた…」

「ああ…まぁ…確かに…犯罪に使われたら困るよね…」

「よくわからん。つまり、おまえには人を騙す魔法が使われているという事か?」

「あ、ああ…うん。そう…本来は師匠が僕の身を案じて作ってくれたんだ。僕が…女性だと危ないからって」

「…確かに」

あの黒い髪に、滑らかな白い…いや、そこは取りあえず考えるな。しまっとけ。

「?…ネイロス?どうかした?」

本人が目の前にいる事だ。控えよう。今は。

「い、いや。それで…そうだ!黒竜のキングはお前の正体を知っているんだな?」

「う、うん。ナタル先輩は…えーと…その…ある特殊な能力で僕を見破ったんだ。タナトスの悪夢の魔法を僕が浄化した時に…その…見えたって…」

その言葉に思い当たりがあった。

「ああ。確かに…そう言われれば…思い当たる事がある」

「えっ?!まさか…ネイロス…」

驚愕するハートのキング。

なんだ?その微妙に失礼な気配のする動揺は。

「火傷を治癒された時に、おまえに別な姿が重なって見えた。今になって思えば…あれはおまえの本性だったんだな」

脳裏に焼きついた姿は、それと同一にかぶる。

「あ…そ、そうなの?…なんか、まるでお化けみたいな言われようだけど…」

少しホッとして苦笑するハートのキング。

「いや…」

どちらかというと…幽鬼とは対なす…なんて言うんだ?あれは…

言い淀んでいれば、ハートのキングは話を続けた。

「ナタル先輩は、石化とタナトスのgiraffe病について調べてくれるんだ」

「おい…。おまえ…それは危ないんじゃないか?」

「え?なにが?」

これだ。この警戒心のなさ。

「黒竜にとって、白竜は相対する存在だと言うじゃないか。しかも、おまえは白竜だろ?その…」

おまえは男じゃなくても、純潔だから白竜なんだろ?もしそれが奪われたら?

そう男同士ならば容易く言える事が、はばかる。

「別に黒竜だとか白竜だとか関係無いよ。先輩には論文を手伝うって条件でお願いしたから」

あっけらかんと笑うハートのキング。

……。大丈夫か?コイツ。自分がどこにいるか自覚があるのか?無いだろ。さっきも俺に覗かれてるし。

「…スペードのキングも…知っているのか?」

そもそも女と知っていてこんな場所を勧めるなんて、男としても人としてもどうかしてる。いや、王族にまともな奴はいないだろうが。

「ううん。僕の事を知っているのは、ここではタナトスと、黒竜のナタル先輩だけで…アイティールは全く疑っていない」

そうか。だからと言って、いけ好かない野郎なのは変わりないが。

「…僕…たくさんの人を騙してしまっているんだ。ネイロスにも、きちんと謝りたかった…」

「やめろ。それはもういい。おまえが次席のハートのキングに選ばれたのは事実だし、俺に勝ったのも事実だ」

「…それは…そうだけど…」

「それに…おまえは言ったな?白竜として俺の手助けもする。と」

「?…ネイロスにも、何か目的があるの?」

「…まぁな。だが…おまえみたいに誰かのためってわけじゃない」

「え?…どういうこと?」

「…まぁ、それはまだいい。おまえはその師匠を助ける方法ってのを探せ」

「…ネイロス…黙っていてくれるの?」

期待した黒い目で問われれば、その背後で死神がこちらを見ている。

「…俺には関係無い事だからな。…だがな、おまえはそれで良いのか?」

「…なにが?」

「ここは女がいるという前提の場所じゃない。ここにいるには全員男なんだぞ?」

わかっているのか?教師も生徒も全員が男だ。

「なんだ。そんなの今更だよ。でも、ネイロスに今日、知ってもらえて良かった」

すっかり気を許して笑うハートのキングに、ギクリとした。

「…なにがだ…」

平静を装って聞けば、笑顔で言った。

「着替えとか申し訳なく思ってたんだ。あ。でも僕、ネイロスの着替えを見ないようにしてたから、大丈夫。気にしなくていいよ?」

その言葉に、さっきガッツリ見てしまった俺としてはなんて答えたら良いんだ?!

だからそういう所なんじゃないか?!おまえは!!危なっかしくて仕方ない!

と言うかこれから女と同室なのか?!いや、今までも同室だったが、知っているのと知らないのじゃ全然違う!!

顔を覆って俯いた。心の底から言える。

「…バカか…」

むしろなんでコイツは男と同室で気にしないんだ!!

「…ぷにぷに…寝る…」

「そうだね。そろそろ部屋に戻ろうか?」

ジョーカーとハートのキングのやりとりに、我に返った。

「いや、ちょ…ちょっと待て…おまえら…」

「え?なに?」

ずっと、知ってて一緒に寝てんのか?!

「…ダメだろ!!」

愕然とした。枕とか言って女と同衾なんて…ふざけてんのか!死神!!







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