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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
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第30章 愛人契約なんてお断りだよ!!

その日の模擬戦も夕暮れになる頃には、決着がついたようだ。

負傷者も落ち着いて救護席のテントを出れば、パン!パン!と乾いた魔法弾が打ち上げられて、ちょうどナタル先輩のチームが終わった。

トーナメントを勝ち抜いていくチームは観客席から憧れと羨望の眼差しで注目を集めている。

勝利を喜び、健闘を讃えあうチームの馴れ合いもそこそこに、ナタル先輩は特別喜ぶ事なく、仕事が終わったように淡々と一人で撤収していた。

「(ナタル先輩は…ドライだなー…)」

あ。ナタル先輩のチームの白竜はラング先輩なんだ。ナタル先輩とラング先輩…似て非なるタイプだな。どちらも冷静で落ち着いているけど…何というか、親しみやすさが全然違う。

チームのメンバーを労い試合後でも治癒を行うラング先輩を見ていて、その対比がより鮮明だった。

…あれ?ナタル先輩、こっちにくる?

「…先輩、お疲れ様でした。ケガでもしましたか?」

黒いローブをひるがえしてやってきた先輩に挨拶すれば、ナタル先輩は逆に聞いて来た。

「おまえ、救護席から出て来たな。ローズ先生に呼ばれたのか?」

えぇ?先輩、目ざといなー!

「聞いてください先輩!僕!ちゃんと治癒出来るようになったんですよ!これで一人前の法術師ですって!」

私の報告に、ナタル先輩は眉を寄せた。

「…あぁ?おまえが?……。それで?誰で試したんだよ?」

う。威圧感。なんで?「良かったな」とか無いの?

「誰って…ネイロスです。ひどい火傷だったんですけど」

「チッ…アイツか。しぶといな…」

え。ちょっと…先輩…まさか…

「…もしかして…ネイロスの火傷の相手って…先輩じゃ…?」

恐る恐る聞けば、ナタル先輩はアッサリと答えた。

「防衛線に自ら突っ込んで来たんだ。迎え撃つのが常識だろーが。躊躇なく燃やしたら他の奴らビビって士気が落ちて負けてやんの。アホだな」

不敵な笑みで口角をあげる先輩は、眼鏡も相まってなんか…悪役みたい…。

「……先輩…」

非難の目を向ければ、ナタル先輩は逆に私を刺すような目で見た。

「おまえこそ…昨日のアレはなんだ。無詠唱でメルセデス先生を治すなんてアホか。おまえは信じられないくらいアホなんだな」

苛立った声でそう言う先輩は眼鏡を押さえて言葉で刺してくる。

うぐ。そ、それは…

「だっ!だって知らなかったんですよ!そんな事出来るなんて…」

「知っとけ、そんなの。自分の事だろうが。目立つな。もっと危機意識を持て」

淡々と言ってくる言葉は静かだが、全てに明らかな苛立ちがある。

そ、そんな事言ったって…

「…目立ちたくて目立っているわけじゃありません。むしろ、僕だって…」

途方にくれてうつむくと、ナタル先輩は静かに言った。

「今後の会合の場所を設定する。おまえ、もうウチの教室には来るな」

それなんか…拒絶されてるみたいで悲しいな…。

「…僕…もう、黒竜の教室に灯り点けに行けない事になりましたから…」

「そうしろ」

うつむく私の頭上でナタル先輩は念を押しチラリと周囲を見ると、人目を気にして立ち去ろうとした。

…あ。

「先輩。待って下さい。そこ…血が出てますよ?」

黒いローブを掴み、引き止めたのはナタル先輩の右耳にケガを見つけたからだ。わずかに出血したらしく赤く乾いた血が目に付いた。

治さねば!これは治さねば!

今の私は新しく得た治癒の法術を使いたくて仕方ない。傷を見るとうずうずする。

今のうちに成功する感覚をしっかりと刻んでおきたい。

ナタル先輩の耳に手を伸ばして法術の光が集うと、言霊を紡ぐ。光が患部に染み込むと、傷は修復される…けれど、やっぱり細かな光がチカチカと残った。

あ。これ…場所によってはオシャレじゃない?…なんて。

残った法力を吹き飛ばせば、ナタル先輩はビクリ!と驚いて仰け反った。

「あ。すみません…耳は良くなかったですね」

「お、おまッ!」

あ。眼鏡がめっちゃずれてる。

「なんだ今のは?!」

ずれた眼鏡のまま耳を押さえて動揺するナタル先輩の姿というのも…レアだな。

「なんか僕、治癒の法力に癖がついちゃったみたいで…治癒した場所に法術の光が残っちゃうんです。でも、吹き消せば取れるから気にしてなかったんですけど…コレ、場所によってはちょっと難ありですね」

なるほど。ローズ先生、癖ってこういう問題が出るんですね。これは事前に断らないと相手は驚くな。

顎に手を当てて冷静に考える私に、ナタル先輩は顔を引きつらせて声をあげた。

「おまえな!ちょっとだと?!先に言え!不意を突いてくるな!」

あはは。先輩でも動揺するんですねー!

「すみませんでした」

そんな心の中の適当な謝罪がバレたのか、ナタル先輩は眼鏡を指で直しながら不機嫌に呻いた。

「変なクセ付けやがって…おまえ…わかってんのか?」

「はい!耳はダメですね。あと、最後、フーッてやります。って言うようにします!」

「………おまえ、治癒はするな」

私を見て苦々しく言うナタル先輩。

「ええ?!ヒドイ!!そこまで言う?!」

法術師に、治癒をするな。なんて、それ全否定じゃないの?!

思わず素で非難すればナタル先輩は何かを言いかけて、「スレイプニル!」と背後からの声に押し黙った。

「あ。ラング先輩。お疲れ様でした」

「…チッ」

ナタル先輩は舌打ちすると、そのまま無言で去って行った。

あれ?…同じチームなんだから…何も避けなくても良いのに。

「おまえ、なんでここにいる?…大丈夫か?」

ナタル先輩の背中を見送りながらラング先輩が気にしてくれていた。

「え?はい。あ。先輩!僕、治癒と浄化が出来るようになりました!」

「え。…本当か!良かったな!!」

ラング先輩は素直に喜んでくれた。

ラングせんぱーい!!ありがとうございますー!!そう、先輩として、これでしょー?!

「はい!!僕、凄く嬉しいです!!だから、クセの方は仕方ないかなって」

「…は?……おまえ…クセ、ついたのか?」

ラング先輩は意外そうに目を丸くした。

「そうなんですー。でも、僕、出来ないままより断然いいです!」

「そうか。それで…おまえ…どんなクセつけたんだ?」

ラング先輩が眉を寄せ心配そう聞いた。



灯り点けの前、私は先輩に呼び出され…気付いたら白竜の1年生の教室で白竜の全員が集まっていた。

「あのー…これ…大げさじゃないですか…?」

そう問えばクスト先輩が私の真ん前に陣取って腕を組んで座り、由々しき事態とでも言うように答えた。

「すーぷー!おまえ。事もあろうにキングでありながら、クセを付けるなんてどう言う了見だ!」

「そ、そう言われましても…」

え。これ、お説教なの?

「クスト、もうついちゃったもんは仕方ないだろ?」

ラング先輩が助け船をくれた。

ら、ラングせんぱーい!

「と言うか…入学2週間で光玉、治癒、浄化を習得する奴なんて、他にいるのか?驚くほど早いよな…」

ラング先輩は感心を通り越して心配している。

「全く!…それで?!どんなのだ?見せてみろ」

腕を組み苛立ちながらそう言ってくるクスト先輩は…何というか…その…クスト父さんと、ラング母さんみたいになってない?これ?

「あの…クスト先輩…それなんですけど…僕、実際にケガをしていないと治癒や浄化が発動しないみたいなんです…」

クスト先輩の目が丸くなった。

「は?」

「いや、ですから…ケガが無いと発動しないんです。だから出来なかったんです」

「はぁ?!…んだよ!そんなの聞いた事ねぇぞ?!」

ざわつく周囲に戸惑っていると先輩はため息を吐いて皆を見回した。

「おい、誰かなんか刃物持ってるか?」

クスト先輩が問えば、ニックが「…木工細工用の小刀なら…」と取り出して渡した。

「しょーがねーな」

「あ、先輩!」

クスト先輩がためらいなく小刀で指の皮膚を切った。

すると、思ったよりもスッパリと切れて血がポタポタと落ちるのにクスト先輩は驚いた。

「うお!これ、切れ味いいな!?」

自分で切っておいて先輩…何言ってんですか…。

私はポケットからハンカチを取り出して先輩の指を押さえた。

あ。マズイ。これ、無詠唱になっちゃう!

『願わくば慈悲の心に癒しの力を与え給え!』

早口になっちゃった。

その早口に呼応したのか、法力の光はシュン!と一瞬で輝いた。

「はや…」

誰かがそう呟いた。

ハンカチ越しだったけど、大丈夫だったかな?

恐る恐るハンカチをどければ…ナタル先輩の指先には細かな光がチカチカと残っている。

「え…なんだ?これ?」

しげしげと指を見るクスト先輩。他の先輩達も前のめりになって覗き込んでいる。

「それです。僕のクセ…法術の光が残っちゃうんです」

「は?…傷が無いと発動しないって事じゃ無いのか?」

クスト先輩が意外そうに言った。

確かに…それも、クセと言ったらそう…なのか…。

「…そ、それも…そうなんですけど、1番はそこじゃないかと…」

クスト先輩の指先は、光が灯っているかのように輝いている。

「へぇ〜〜!クセってこんな風にも出るんだなぁ!」

アレク先輩が面白そうに言った。

「クスト、おまえ、その指めちゃくちゃ目立つな!」

皆がこぞって見学する指は、確かにチカチカと光って目立つ。

クスト先輩は光る指をこすった。が、どんなにゴシゴシこすっても光は輝いたままだ。

「すーぷー!おまえ、こんなクセ付けてどうするんだ?!」

ビシッと光る人差し指を向けて怒るクスト先輩の指を掴み、フーッと吹いて光を飛ばした。

「…え…?」

皆がキョトンとした。

光の消えたクスト先輩の指は傷跡も無く綺麗になっていた。

良かった。間に合った。無詠唱なら傷が残っていたはずだから。

「…な、なんだ?」

戸惑うクスト先輩に、説明した。

「その…僕の治癒の法術…傷や症状が無いとダメで、しかも患部に光が残っちゃうので、仕上げにそれを吹き飛ばさないと光が消えないんです…」

「…なん、だそれ…」

クスト先輩が変なイントネーションで心の底からの疑問を口にした。

「…なんでなんですかねぇ?…僕も不思議です」

むしろ私が聞きたい。

「やっぱり、習得が早過ぎたんじゃないか?こんなにあれこれとクセが強いなんて…」

ラング先輩が心配そうにため息をつけば、クスト先輩が指を見つめて放心していた状態から戻った。

「……え。毎回?毎回コレなのか?」

「ええ。毎回、それです。でも、このくらいならいいかなって思ってたんですけど…さっき、ナタル先輩の耳の傷を治すのに、耳にフーってやったら、先輩、めちゃくちゃ動揺して…怒られちゃいました。これ、耳はマズかったですね」

「………………」

沈黙…からの爆笑。主に3年生から巻き起こる爆笑。

それに驚いて先輩達を見回せば、ラング先輩もアレク先輩も、クスト先輩に至ってはヒーヒー言いながらお腹を抱えて笑っている。

「え。そんなに面白いですか?」

意味がわからない。なんで?

「す、すーぷー!ナイス!!あはははは!!見たかった!!スゲー見たかった!その現場!!」

泣きながら笑うアレク先輩。

「あのナタルがおまえに耳フーされて動揺…ヤバイ、めちゃくちゃ笑える!!」

クスト先輩なんて、鬼の首を取る勢いだなぁ…。

2年生の先輩達は苦笑している。ナタル先輩、パッと見、雰囲気ピリピリしてて怖いもんね。

笑ってたなんて知れたら報復されそうだ。

「ニル、おまえ光玉に続いて治癒と浄化でも一抜けかよ。くそっ!はえーよ!」

アッシュが悔しそうに言った。

あ、そーだ。先生が飛び級とか言ってた…あれは…クラスが変わっちゃうって事なのかな…?!

「アッシュ!頑張ろう!!皆も!!早く習得出来るように練習しよう?!」

1年生の皆も習得が早ければ、揃うんじゃなかろうか?!

「よっしゃ!!負けてらんねぇぜ!」

アッシュが拳を握って鼓舞した。

3年生が笑い、2年生が戸惑い、1年生が発起する教室は賑やかだった。



灯り点けも終わり、夕食になっても白竜は賑やかだった。白竜の教室は家族みたいなものだ。上下があるとすればクスト先輩は1番上のお兄さん。先生はお父さんだ。

…お父さん?いや、女神様がお父さん?

ローズ先生はその見た目から、たまにお姉さんな気もしちゃうけど。でも私からしたら、ガッツリ男性よりも、お姉さんみたいな姿にかえって親しみがある。ローズ先生の女装はキレイだし。

これが赤竜の先生や、青竜の先生だったら、もっと萎縮しちゃってただろうな…。

なんか、いいな。

今までデボラと2人暮らし。とても静かで安定した暮らしだったけど、静か過ぎて退屈な時もあった。居なくなった家族を想って外を眺めた日々。でも、今は…誰かしらがそこにいる。

賑やかな夕食時。たくさんの親しい人達。本来ならここにいてはいけないのに…居心地が温かい。

法術が出来なくて落ち込んでいた私の話をされれば、あの時は騒過ぎて恥ずかしい気持ちになったけど。

「この世の終わりみたいな顔してた奴が…最速でクリアするとはなぁ…」

「もっと時間かかると思ってたのに…なぁ?」

「騒いだ割には早いよな。もっと遅くてもいいのに」

「先生、コイツ早すぎません?」

「クセが強いようなんですが…大丈夫なんでしょうか?」

3年生は口々に、習得を祝っているのか早過ぎる事に不満なのか…

「無論。早過ぎだ。クセについては…その弊害と見て良いだろう…しかし、それはもう仕方ない。法術は人それぞれ個人差があるからな。とは言えスレイプニルは異例だ。実技の習得は早いが、人と全く違うところでつまずく。今回はその解決にアドバイスを下さった方がいたが、コイツは今後も予測が難しい。本来なら、スレイプニルには教会で個別に指導を受けた方が良いんだが…」

ローズ先生の聞き捨てならない言葉に、私は席を立って拒否した。

「嫌です!!」

「はぁ…という具合だからな」

先生は、苦笑した。

「すーぷー。おまえ…嫌ですとか何ワガママ言ってんだ?」

クスト先輩が呆れたように言った。

「僕は、ここで学びたいんです。教会に行ったら…行ったら…」

身バレする。そして裁かれるだろう…。私を捨てた、あの人によって。

そんなの…絶対嫌だ!!

「行ったらなんだよ?」

訝しむ先輩達の視線に不安になる。

「…教会に行ったら…みんなとこうして話も出来ない…そんなの白竜じゃ無い…僕、ここにいたいんです。僕がここにいたら…迷惑ですか…?」

「すーぷー…おまえなぁ…」

クスト先輩がため息を吐いた。

「俺たちの事じゃない。おまえ自身の進路に関わる事だ。おまえはそれでいいのか?」

冷静なラング先輩が心配そうに聞いてきた。

「構いません。僕は教会で出世したいんじゃない。法術師として、多くの人を救える事…それでもう充分なんです。だから…どうか、ここにいさせて下さい」

願うように言えば、白竜の皆は顔を見合わせている。

「すーぷー。いいか?おまえ、勘違いしてるみたいだけどな…俺たちはおまえを追い出そうとしてるんじゃない。むしろ、チャンスを逃してまで、ここにとどまって後悔しないのか?」

クスト先輩は真面目に聞いてきた。

「全くありません。僕、ここに…白竜にいられて、凄く満足してます。後悔なんてしません」

断言すれば、クスト先輩は大げさに息を吐いて苦笑した。

「……。たくっ!しょーがねぇな!おまえは!」

クスト先輩に続き他の先輩達が笑った。

「おまえがいたら、どうせこの先も退屈しないんだろうな!」

「さすが俺らのハートのキングだぜ!」

「出世よりも治癒なんてマジ感動だわ!」

口々に言う言葉は歓迎してくれているのがわかって嬉しかった。

「すーぷーちゃん。それを覚悟するならば、きちんと指示には従うように」

ローズ先生はにこやかな笑顔でそう言った。その言葉、笑顔が…

えーと…その…有無を言わさぬ圧力を感じたのは…気のせいじゃ…ない…ですよね…。



「…というわけで、僕、きちんと治癒と浄化が出来るようになったんだ」

夕食後、部屋でアイティールに今日の出来事を話せば、彼は驚きながらも頷いた。

「早いな…いや、そうか…そもそもニルは最初から出来ていたんだな」

アイティールはそう言って頷いた。

「変なクセが付いちゃったけど…でも、一生出来ないと思っていたから、すごく嬉しい」

「おめでとう。ニル。私も友人として、とても誇らしい」

青い目で微笑むアイティールに少し照れくさくなる。

「あ、ありがとう」

「浄化と治癒と言ったら法術師としての主力だ。改めて祝いたいが、ニル、君は欲しい物はあるか?」

「えぇ?欲しい物?!」

突然だなぁ…でも、そう聞かれても…本当に浮かばない…。

「無いなぁ…アイティールは?あるの?」

「ある。…だが、それは金では買えない」

え。お金で買えないもの?

「え…何?それ」

「さぁ。なんだと思う?」

面白そうに笑んで逆に聞いてこられても…

えー。何だろう?アイティールの欲しいもの?よく言われるお金で買えないものは…

「えーと…時間…とか?」

「なるほど…面白い。だが、違う」

違うか…ええ、それじゃ…

「魔法…とか?」

「そうだな。魔法の能力は欲しい…が、それは今はまだ練習中だ」

「ええ?じゃあ、なんだろう…?」

「私の欲しいものは…おそらくニルならば容易く手に入れるんだろうな」

「え?!僕が?」

羨ましそうに私を見るアイティールの視線に混乱する。

「え。それじゃ、教えてよ。僕があげれるものなら…」

「いや。いい。それに…本当に欲しいものは自分で手に入れたい」

アイティールはそう言って、話を戻した。

「ニルに欲しい物が浮かばないのなら、こちらで見繕う事にしよう」

「ええ?!」

ちょっと待って?!それって、いきなり高価な物を贈られるって事?!

私はローズ先生の言葉を思い出した。

『どーせ、おまえの事だ。無理ですと言っている間に話が進んで、あれよあれよと言う間に自分じゃ降りられないところまで担がれて、泣く事になるだろ。…あるわけ無いと思うか?そう思っている時点で危険だ。とにかく、出来る限り王族に借りや恩を受けるな』

おぉぉぉ…まずぅい…。先生、私も今、危機意識が出てきてますよ?!

「あ、アイティール…僕、本当にいらないから!」

真剣に断れば、アイティールは不満顔だ。

「なぜだ?」

「い、いや、だって、僕…もらっても嬉しいと思わないかも知れないし…」

むしろ、負担…。

「………」

「使わないかも…知れないし…」

何であれ、恐れ多くて使えそうにない。

「…それではつまらない」

「で、でしょ?!」

「……。馬はどうだ?」

う、馬ぁ?!どうするの?!それ?!私が飼うの?!

「無理。要らないから!…ねぇ、アイティール…僕は君に、おめでとう。って言ってもらえただけで嬉しいんだ。贈り物にこだわる事はないんだよ」

「しかし、それでは私の気が済まない」

「そ、それなら…うーん…」

ど、どうしよう。何か適当によくあるお手頃なペンとか雑貨を頼んでごまかそうか?あ、でもそしたらアイティールの事だから、もの凄く高級な品物にしちゃいそうな気がする…。

どんな安価な物でも高級仕様に出来る…それがお金持ち…または王族の凄さだ。

一度受け取ればグリフォンのバッチみたいに返せなくなって、このままズルズルと期待されそうだ。

それは非常に困る!

どうしたものか悩んでいるとその時、私は閃いた。

「あ。じゃあさ、お休みを頂戴!」

「休み?」

「うん。僕が自由に出来る日」

こんなお願いもなんか…夢の中のお母さんみたいだけど。

「…ニルは不満だったのか?」

悲しそうに問うアイティールに動揺する。

「ううん!そうじゃなくて…これは…その…僕がアイティールとちゃんと友達でいる為だと思う」

「どういう事だ?」

「友達ってさ、もちろん一緒に共有する事もたくさん必要なんだけど、お互いが知らない事、あった事を話すのも大事なんだ。今みたいに」

「……つまり?」

「その…僕が必要な時に自由に使える日をもらいたい。そしたら凄く嬉しい」

「……………」

アイティールは沈黙した。私を見て考えている。

「…その…ダメ…?」

「…考えてみる」

アイティールはすぐに答えてくれなかった。けど、高価な品物をもらうよりずっと良い。

「うん。ありがとう。僕、君が僕を誇らしく思ってくれていて嬉しいよ」

週末の1日を自由に使って良いと言われたばかりだ。それに、アイティールがそう言ってくれて、本当に嬉しかった。

「…ニル…」

その時、部屋の扉がノックもなくいきなり開いた。

「…寝る」

気怠い言葉と共に黒い影が現れる。そういえば、今日の午後はずっと見てなかったな。

「タナトス…僕、まだ寝ないよ」

そういえば…昼過ぎにケンカ…というか一方的に怒って離れてから姿を見なかった。

今日は治癒が出来ない理由と解決策もわかった日だ。日記に書いておかないといけないし、寝たとしてまた勝手に体を触られたら、たまらない。

「…ぷにぷに…もう寝る」

しかし、タナトスは全く気にしていないようでいつも通りの態度で睡眠に誘ってきた。

「いや、寝ないって。僕、これから日記も書くから」

ここはキッパリと断らないと!

「…寝る」

タナトスはお構いなしに手を伸ばしてくる。

「タナトス。いい機会だ。ニルを私物化するのはやめろ」

アイティールがそう言ってタナトスの手を掴んで阻むと、タナトスはアイティールに無言で顔を向けた。

その時、部屋が一気にゾクッと寒気のする空気に変わった。

「…離せ…」

「今までニルが許容していたからと言って今後もそうだと思わない事だ」

アイティールはタナトスの言葉に答えず、キッパリと言い放った。

「…枕…奪うのか…?」

なんだか嫌な予感…いや、嫌な雰囲気が煙のようにどんどん膨れ上がってくる。

「…眠り…奪う奴…殺す」

2人の間に緊張感が生まれているのを感じて、不安になった。

「あ、アイティール、まずはその…イイエ。って言っといた方が良いと思…」

私はイスから立ち上がってアイティールに呼びかけた。

その瞬間、タナトスが動く気配がしてアイティールはタナトスから離れ、私の伸ばした手を掴んだ。

「うわっ!!」

ギンッ!!

金属が強く弾かれる音がする。

アイティールに思いのほか強く手を引っ張られて、私はその音をテーブルの上で聞いた。テーブルを回り込む足が追いつかずに、身を乗り上げたからだ。

次いで、ドッと気だるさを感じた。

その疲労感にこんな体勢なのに思わずテーブルの上で眠りかけた。けど…いや、状況確認せねば!

「へ?…えぇッ?!」

言葉無く驚いていた両者の代わりに、私が大いに驚きの声をあげた。

沈黙した室内に何が起きたのか頭を上げれば、タナトスの剣がアイティールの前に現れた氷の壁に食い込んでいたのだ。

氷壁(アイスウォール)…」

呟いたのはアイティールだ。

水の防御魔法!!…でも、こんな水気の無い室内で?

それはタナトスの剣の一撃を厚い氷の壁で防いでいた。

「アイティール!氷壁も出来るようになったんだね!!」

その光景に、気怠さも吹き飛んでテーブルの上からアイティールに言えば、彼は珍しく目を丸くして呆然としていた。

「アイティール?どしたの?」

「…魔法石が無いのに…ああ、そうか!…ニル!君か!」

アイティールは青い目を見開いて私を振り返った。

「え?な、なにが?」

みるみる興奮した顔でアイティールの目が輝く。

「ニル。君の手を掴んでいたから魔法石が無くてもこれが現れたんだ!」

「え…あ、あぁ…そ、そう…なのかな?」

この気怠さって…やっぱりそのせいか。なんか一気に持っていかれた感じがする…。

「先日、風の魔法を同じようにして練習しただろう?!」

「あ、うん…まぁ…でも、そうだね…」

無意識にアイティールに魔法力を持っていかれたんだろう。

それよりも、何というか…アイティールが珍しく興奮していて、その圧がちょっと…。

テーブルの上で座り込む私に、アイティールがグイグイ近付いてくるのを身を引いてかわした。

「氷壁は今日、3年生が使うのを見たばかりだ!それがこんなにすぐ出来るなんて!!」

「え。あ、そうなの?…じゃあ、アイティールの…初めてで…初めての成功なんだね」

水系を習得した時も思ったけど、魔法を習い始めてこんなにすんなり成功するって、やっぱりアイティールは魔法のセンスがあるんだろうな。

「しかし、詠唱が無かったが…」

「か、可能なんじゃない?だって、タナトスだって僕だってそうなんだし…」

「そうか!」

アイティールの目は更に輝いた。そして、テーブルに手を付いて覆い被さるように私を見下ろした。

「ニルと同じか!」

「う。そ、そうだね…同じ…だよね」

あ、アイティール。近い。近いから。なんでテーブルに膝かけてるの?まさか登ってくるつもり?このテーブルに、もうそんなスペース無いから。離れてくれる?

「ニル!もう一度、やってみたいんだが!」

えぇ?!

「えぇっと…その…」

正直、しんどい。さっきのでかなり持って行かれたし疲れた…

「…ん?」

氷壁に目をやれば、氷に剣の切っ先を取り込まれたタナトスが、その柄を握る手から剣に炎を宿したかと思うと、一気に氷壁だけを全て蒸発させてしまった。

「え?!えぇ?!」

ど、どどど、どうやって?今の、どうやって?

炎は剣に宿る分しか見えなかった。火の魔法を使ったならば、他の部分が燃えたり焦げたりするはずだ。

目に見えたのは、タナトスの手元から魔力が帯びて剣が燃えるような光景だけだ。

「タナトス…今、何したの?」

「………」

アイティールに向けて剣を構えたままタナトスは答えない。

一瞬で消失してしまった氷壁に、アイティールは不快そうにタナトスに対峙した。

相変わらず険悪な両者の空気に私はテーブルの上で、両者を見た。

「え、えーと…タナトス、その…暴力…ましてや殺傷はダメだよ」

「ニル。ここで、ハッキリすべきだ」

アイティールがキッパリと言った。

「え?…なにを?」

「タナトスの専横に付き合う事は無い」

せ、せんおう…せんおう?とは。

アイティールの言葉に、私は戸惑った。その様子を見てアイティールが再度、言い直す。

「ニルがタナトスのワガママに従う理由は無い」

あ、ああ…それ。

「いや…別にいつも従っているわけじゃ…」

「では好んで共に寝ているのか?」

間髪入れずに言うアイティールに首を振った。

「いや。好んでは無い」

断じて。むしろ、狭い。寝返りツラいもん。

「そういう事だタナトス。今後、ニルに必要以上の…」

ゾワッと肌が粟立った。

「アイティール!」

私の叫びよりも早く、アイティールは見事に身を翻してタナトスの剣技を避けた。

「タナトス!ダメだよ!」

しかし、タナトスはアイティールに向けて剣を繰り出す。

私は慌ててテーブルの上から降りて止めに入ろうとすれば、アイティールは迎撃に魔法を使いたいのだろう。私に向かって手を差し出した。

う。いや、それはちょっと…。

これ以上の魔法力の提供はキツイ。

いや、室内で戦い合うなんてやめて。しかも、魔法戦なんてダメ絶対!

私はアイティールを仕留める気満々のタナトスに声をかけた。

「タナトス。僕、寝るよ?」

ピクリと揺らいでタナトスが静止した。

「…ニル?」

対峙するアイティールが眉をひそめた。私は構わず続ける。

「タナトスは?寝ないの?」

「………寝る」

少しの沈黙の後、タナトスは露を払うように一振りして一瞬で剣を消した。

「毎回、思うんだけど、そのローブの中、どうなってんの?」

四次元ローブとかじゃないよね?

「…寝る」

しかし、タナトスは答えずにこちらに引き返して来た。

「ニル」

咎めるように言うアイティールに、私は真面目な話をした。

「アイティール。タナトスは危ないからあんまり刺激しないで。…それに、僕、好んで一緒に寝てるわけじゃ無いけど、眠れないで苦しんでいる友達を見放すわけにはいかないんだ」

「…友達?…そいつと友なのか?!」

アイティールは不快そうに声を荒げた。

「うん…まぁ…タナトスは僕の事、単に枕だと思ってるだろうけど、僕はそれでも友達だと思ってる」

「そんなのは友では無いだろう!」

「今は代わりが無いから仕方ないけど…僕で眠気が来る原因を黒竜のダイヤのキング…ナタル先輩に調べてもらうようにお願いしたんだ。だから、それがわかるまでは、ある程度は仕方ないかなって思う。けど、これは命に関わるからであって、僕だって好んで一緒に寝てるわけじゃない。…そういう事だからね、タナトス?」

念を押すようにタナトスに言えば、タナトスは無言で促すように私の腕を掴んだ。

「…タナトス。聞いてる?」

「…契約が欲しいのならば、してやる。それでいいか?」

は?…なんの事?

「契約?」

アイティールが聞き捨てならないと一歩距離を詰めた。

「…えーと…なんの話?」

契約?そんなの欲しいなんて言った覚えは無いけど…。

「…ぷにぷにが言った。自分は違う。と。契約せずには無いと」

「へッ?!」

な!ななななんの話?!

「なんの話だ?ぷにぷにとはなんだ?」

話を理解出来ずに身を乗り出すアイティール。

「それは…タナトスが呼ぶ…僕のあだ名…すごく不本意だけど」

「ぷに…ぷに?……。なぜ名前のそこで区切るんだ?」

「……。知らない。タナトスのセンス…なんじゃ無いかな…」

名前にディスりがあるのをいちいち説明したくない。

いや、それよりも!

「そんなことより!タナトス、何の話?!」

「…契約をしたらいいんだろう?…触るのも、好きにし」

私はタナトスの言葉に思い至って、赤面して話を遮り叫んだ。

「うわぁぁぁぁあー!!!」

その声に驚いてアイティールが訝しむ。

「ニル?どうした?」

どうしたもこうしたも無いよ!!

「た、タナトス!!何言っちゃってんの?!おかしな事言わないで!」

タナトスのその言葉は、多分、昼のこと…つまり…いや!そういうの、オカシイから!!

「…おかしい事、違う。ぷにぷにが言った」

「言ってない!!…いや、そうじゃない!!僕が言ったのはそういう意味じゃない!!」

赤面のまま、めちゃくちゃ動揺する私に、アイティールが眉をひそめて問う。

「ニル。なんの話だ?何を契約すると言っている?」

ちょ!!その単語、出さないで!!

「何でもない!なんでもないから!」

あわあわと否定する私に、アイティールは更に突っ込んでくる。

「契約と聞こえたからには看過出来ない。内容を言ってもらおうか」

言えるかーーーーー!!

「…ぷに」

言うな!!言うんじゃ無い!!

私はとっさにタナトスの口を両手で押さえた。

「…ニル?」

死神と言われるタナトスの言葉を強引に防ぐ。動揺して物理的強行手段になってしまった…その姿に戸惑うアイティール。

私は早口にまくし立てた。

「世間話の中での話だから!僕がどうとか、そういう事じゃ無いから!タナトスの勘違いだから!だから気にしなくて全然、大丈夫!契約なんてしないから!」

「しかし…」

くっ!アイティールも食い下がるな…これは、逃げよう!

「それじゃ!僕、この辺で!あ、タナトスも寝るよね!そうだよね!よし!行こう!」

ここにタナトスを残したらアイティールに何を言うかわからない。私はタナトスの背中を押して慌てて退室した。

そして、タナトスの背中を押したそのまま廊下を進んで見通しの良い一角に出た。ここなら人が来たらすぐにわかるし、耳目も無い。

「(タナトス!いきなり変な事、言わないでよ!)」

声を抑えて抗議をすれば、タナトスはいつも通り気怠そうに答えた。

「…ぷにぷにが望んだ」

「(僕が?!いつ?!)」

「…触るなら契約しろ。という事だろう」

「……………」

あーーー!もーー!なんなの?この人!

「(…タナトス…一応の確認なんだけど…その…契約って…つまり…僕が、タナトスの家に…)」

念のため再度、キョロキョロと周囲を確認する。こんな話を誰かに聞かれたらたまらない。

「(…嫁にいく…とか、そういう事じゃないよね?)」

「…それは契約内容にもよる」

【〜嫁募集〜雇用契約は下記内容につき】

「…………」

脳内にその文言が容易く浮かび、思わず半眼になる。

何だろう…えらく事務的募集に思えて、嫁という単語にも関わらず全く一切トキメかない。

これ家政婦募集と同意義じゃない?いや、それより悪い。

「(タナトス…求人みたいに言わないで。そもそもそんな簡単な感じで決まる事じゃないから。って言うか、内容次第で違いがあるものなの?それ)」

違うとしたらナニ?労働時間?年間休日?労働内容?

「…さぁ?…」

うぉい!適当過ぎ!そんな事だろうと思ったけど!!あぁ…もう…いちいち説明する事なの?これ。

私は頭を掻いた。

「(…タナトス…君さ…もうちょっと慎重になろうよ…。そもそも、僕と君って、会ってまだ2週間だよね?しかもさ…君、然るべき家柄のご子息だよね。明らかに怪しい人間と、そんなに簡単にしていい約束じゃあ無いんだよ?わかるかな?わかるよね?)」

「…眠れるなら…構わない」

「構うわ!めちゃくちゃ構うでしょうが!そもそも僕は納得しないよ!!」

枕にしたいから、ついでに触りたいから、結婚しましょう。なんてあるか!!論外!

思わず大声になったので、周囲を見渡して改めて声をひそめる。

「(それよりも!アイティールの前で変な事言わないで?!バレちゃうじゃん!!)」

「…別に。どうでもいい…」

「タナトス…やめて」

ここは真剣に釘を刺しておかないと。

「…必要無い」

「必要か不要かは僕が決める事だよ。僕、素性がバレたらここにはいられない。それは困る。僕はやらなきゃいけない事があるんだ。それを邪魔するなら、僕はタナトスの眠りに協力出来ない」

「…………」

タナトスは私をジッと見下ろした。

「…ぷにぷには、何を知りたい?その答えを与えれば…枕になるか?」

「それは…」

……どうしよう…なんか悪魔の取引みたいな気がする…。

もしかしたら、タナトスは禁忌の石化を解く方法を知っているかも知れない…けど、それって情報を引き換えに身売りするような事になりそう…。

デボラを戻すためには決して贅沢は言えない…けど…だけど…

「……タナトス…それはまだ決められない。僕まだ手を尽くせてないから。もし、このまま…本当に行き詰まったら…その時には…改めて考えるから…」

それは最終手段にしておきたい。

「………」

タナトスは沈黙した。納得したというよりも心なしか…いや、結構…不機嫌そうに。

「それに!…安易に契約…って言うか、雇用して、僕より良い枕が見つかったらどうするのさ!」

これはお互い…タナトスの為でもあるんだからね!

「枕…スペア無い…ぽてち作れる…」

「それ、レシピさえわかれば誰でも作れるから。タナトスも、もう作り方は知ってるでしょ?」

「…浄化…」

「僕じゃなくてもローズ先生とか他の人にも頼めるよね」

「…いい匂いする…」

「ハーブオイルあげるし」

「…甘い…」

「え?…甘い?…それは知らない。でも、なんの匂いか知らないけど、それも香料かなんかで代用出来るでしょ」

1つ1つ否定していく。枕である理由は原因不明の眠れるという事だけだ。それがわかれば他は代用が効く。

「…ぷにぷにしてる…」

「……。ねぇ、タナトス…僕、今、思ったんだけどさ…」

半眼でタナトスを見上げて問いかける。

「アイティールにだって婚約者がいるんだし…もしかしてタナトスもいるんじゃないの?」

貴族ってのは大概、そういうもんなんでしょ?タナトスのお父さんって国の宰相なんだからさ。

「………」

タナトスは首を傾げた。

「…枕にならないのは…いらない…」

いやいやいや。要らないとかそうじゃなくて。婚約者がいるか、いないのか、だから。

「いないの?紹介されてる女性とか、決まってる女性」

まぁ、タナトスのお嫁さんってかなり…なんか…命の心配があるよね…。家柄の良い所のご令嬢に、さすがにそれは無いか。

「…それは…いる」

「そうだよね。いる…え?!なんて?!」

今の…聞き間違い?!

「…昔、そう聞いた…。女が成人するまで待て。と」

な!なんだって?!………。いたわ。ホントに…。

衝撃。アイティールに続いてタナトスにも、婚約者はいた。

「…な、なんだ。いるんじゃん!!それなら尚更、触らないでよ!!」

なんかムカつく。無性に腹が立ってきた。

「…なぜ?」

なぜもあるか!!いるんでしょうが!!婚約者!!

「僕は君の婚約者じゃない。むしろ契約してるのはそっちでしょ。それなら僕と契約なんか論外。触るならそっちにしてよね!」

「…枕じゃない…」

知るか!そんなの!そんな都合の良い話が…あ。…そうか…。つまり最初から嫁は嫁でも2号さん的な話…?ああ…そう…。

「愛人契約なんてお断りだよ!!」

あーあ。もう。バカらしい。寝よ。

私はタナトスに背中を向けると部屋に戻った。後ろをタナトスが付いてくる。


タナトスに構わずトイレに寄って洗面など済ませれば、タナトスは律儀に待っていた。

自室に戻ると部屋はすでに消灯されていたけど、扉を開けると廊下の明かりが部屋をわずかに照らす。

明かりは届かないが、奥のベッドでネイロスが身を起こした気配がした。

「…あ、ごめん。起こしちゃった?」

ネイロスが大きな体を起こしてこちらに目を凝らしているようだ。

「…なんだ。今日はよそで寝るんじゃないのか」

あぁ…医務室で寝たりしてたからな…。

「う、うん。ちょっと話込んじゃって…」

扉を閉めれば部屋は真っ暗だ。ネイロスに気を取られている間にタナトスが私のベッドに横になったのが気配でわかると、そこに入るのは物凄く抵抗がある。婚約者がいると聞いたなら尚更に。

「………」

そこはあんたの場所じゃないでしょうが!自分のベッドで寝なさいよ!眠れないんだろうけど!

とりあえず、闇に乗じて夜着に着替える。

それから…

足を扉に向けるとドアノブを掴む前に寝ているネイロスから釘が刺さった。

「おい。…死神を置いて部屋を出るな」

うぐ。な、なんでわかったんだろ。

「えぇ?…いいじゃない…」

コソッとアイティールの部屋のベッド(タナトスの分)で寝ようと思ったのに…。

「ダメだ。部屋を出るなら死神も連れて行け。さもなければ白竜の誰かに不運があるぞ」

闇の中でネイロスの脅しのような声を聞けば、これは冗談ではないのでは…?

近くのベッドでキシッと身動ぐ音がして、暗くて見えないながらタナトスが布団をめくって、早く来い。って、無言で言ってるのが想像出来た。

それ私のベッドなのに!!

私は自棄になってベッドに近付いた。布団をめくって遠慮なく身を押し込む。暗ければ躊躇も無い。

「オイ。…なんのつもりだ」

頭上で聞こえるのはネイロスの声。「間違えるな」と不機嫌そうな顔も想像出来る。

「僕のベッド取られたんだもん。部屋を出るなというならネイロスのベッドを半分貸して」

正確には半分じゃない。遠慮して3分の1だ。横になって寝れば4分の1でもある。

私の言葉にネイロスは戸惑ったようだ。しかし、すぐに排除のために背中を押してきた。

「馬鹿か。死神と寝ろ」

私はベッドにしがみついて抵抗した。

「嫌だ!今更だろうが何だろうが僕は拒否する!」

隣で寝るだけなら我慢出来ても、寝ている間に好き勝手に触られるのは我慢出来ない。

「おまえ。ふざけんな」

「良いじゃん!今日だってネイロスを治してあげたでしょ!」

グイグイと遠慮なく押してくる手に抵抗して訴えた時、不意にネイロスの手が止まって離れた。

お。…効いた?

「…………」

暗い室内でネイロスの表情はわからない。

隣でムクリと起き上がって沈黙するネイロスの隙に、私は追いやられてベッドの際にあった自分の陣地をゴロリと仰向けにして広げた。

フハハ。油断したなネイロス!

腕に当たるネイロスの高い体温。私が自分の寝る陣地が確保された事に安心したのも束の間、グイッと体ごと持ち上げられれば、ベッドからあっさり引き剥がされた。

「うわっ!」

そして躊躇なく反対側のベッドに転がされたと思ったら、いつものポジション…。

私を移動させたのはタナトスだ。

「ちょっと!」

強制連行したタナトスに抗議しようと声をあげれば、イラついた声がした。

「…うるさい。汚すな」

汚すだって?失礼な。着替えたし、汚れてなんか無いよ!…ああ、もう。言い合うのも面倒くさい。

アイティールに魔法提供もしたから眠かった。

結局、いつもの寝床に入れば睡魔が全てのやる気を奪って、私は寝落ちした。



戻って来たと思えば嫌がらせのように絡んできたハートのキングは、結局、死神に連れ戻されて秒で寝た。

なんなんだ…騒いだかと思えば急に寝るなんて酔っ払い…いや、酒を飲んでいない点で、あいつはガキか。

ネイロスはアレが同じ年とは思えなかった。いや、それ以上に違和感が増した。

図々しく寝床に割混んできた時、ランゲルハンス島の草原の匂いがした。

押し出すのに触れた背中は頼りなくて筋肉が感じられない。いや、それよりもどこもが異常に柔かった。

あれはなんだ?どこの部分だ?

抵抗感の無い感触は恐ろしいほど指が食い込んだ。暗くて余計に感覚が増していたのかも知れないが、気味が悪かった。

半裸で格闘した時、締まっていた奴の体でそんな場所が浮かばない。いや、あの背中も…全然違う。

そうだ。違う。あれは全くの他人だ。いや、今そこで寝ている奴が他人なのか?誰だ?

つまり…ハートのキングは…2人いる。

ネイロスは確信した。



朝。目覚めれば、自分のベッドに座ってこちらを凝視するネイロスと目があった。

「う…おはよう…ネイロス。早いね…」

モゾモゾと起き上がり目をこすってネイロスに挨拶した。

「……おい。おまえ…」

呼び掛けられて再度見れば、ネイロスの身支度はすでに済んでいる。

そう言えば、何してるんだろ?やけに早くない?

「…なに?」

「…………」

沈黙し、その金色の目で見てくるネイロス。

「どしたの?」

思わせぶりな態度にちょっと心配になる。

ベッドに割り込んだのがよっぽど嫌だったのかな…まぁ、嬉しい事じゃないのはわかるけど…。

「話がある」

「…う、うん。なに?」

その場で促せば、ネイロスはチラリと目線を私の後ろ…横になっているタナトスに向けた。

つられて見ればタナトスは起きていた。まぁ、タナトスが本気で熟睡している事なんてほとんど無いけど。

「…おまえが1人の時に聞きたい。そいつがいると邪魔されそうだからな」

そう言うとネイロスは立ち上がった。

え。私だけで?…ちょっと待って?…なんか嫌な予感がするんだけど?!

「ね、ネイロス?なに?なんかあった?…どこで話するの?」

「どこでもいい。ただ、他に誰もいない所の方がいいだろ。時間は…今日中だ。…また後で指示する」

そう言うとネイロスは私を一瞥して出て行った。

「…えぇ…な、なんだろ…なんか怒らせる事…やっぱり昨日の?」

これは…だとしたら詫びポテチが必要だろう。タナトスにも、約束してたし…。

そうと決まれば、急がねば。

朝の今のうちに下準備をしないと!

ベッドから降りようと体勢を変えた時、私は一瞬、動きを止めた。

「!」

…まずい…。一気にきた。

「?…ぷにぷに。どうした」

微妙な体勢のまま固まった私に、タナトスが聞いてくる。

「いやっ。なんでもない!」

私はそろそろとベッドを降りて自分がいた場所のシーツを確認する。

よし!セーフ!

…この感じ…下着はアウトだな…あぁ…もう!

「…着替えてくる…」

早く終われ!メンテナンス!



「…ぷにぷに。ぽてちか?」

身支度をして一緒に厨房に来れば、タナトスはそう聞いた。

「そうだよ。タナトスも作り方もう覚えたでしょう?作ってみたら?」

「…断る」

そう言って、タナトスは木箱からジャガイモを一抱え自分から取って持って来た。

「……。それ、全部、自分の分?」

「………」

コクリとうなずくタナトス。

ずいぶん持ってきたけど…食べきれないんじゃない?

「…タナトス…ポテチは保存が効かないんだよ?湿気ったり酸化したら美味しくなくなっちゃうんだ。1日くらいで食べきれない分はやめといた方がいいよ?」

「………」

無言で立ち尽くすタナトスの腕からコロリと1つ落ちて転がった。

そのジャガイモが、タナトスのガッカリした気持ちのようで可笑しい。

皆に死神って怖がられてるけど、タナトスって子供みたいな所があるんだよね。

それを拾いあげて私はタナトスに提案した。

「じゃあ、タナトスが気にいるかわからないけど、違うジャガイモ料理を作ろうか」

タナトスが口を開く前に誰かの気配がした。

「お。なんだ?あんた、また何か新しいものを作るのか?」

背後から声がかかって振り返れば、厨房責任者のベイクさんだ。厨房は早朝からすでに複数の人が働いている。そこに私とタナトスが顔を出せば目立つのだろう。

「あ。おはようございます」

「ああ。ちょうどよかった。あんたが作った、ジャガイモ菓子のレシピ…使わせてもらっても良いか?」

「え。ポテチですか?良いですよ。どこで使うんです?」

「いや。知り合いのお抱えシェフをしている奴に話をしたら大層、気に入ってな。ちょうど甘くない菓子はないかと探していたみたいなんだ」

「なるほど…。あ、それじゃ、ベイクさんにお願いがあるんですけど…」

「なんだ?」

「ここでも定期的にポテチを作ってくれません?タナトスがお気に入りなんです。僕、そんなに作っていられないから…あ。何なら販売しても良いですよ?勝手に商売したら怒られるでしょうから、学長にサンプルを持って提案したらいかがですか?」

「…なるほどな…」

ベイクさんは面白そうに頷いた。

「僕、ポテチは売れると思うんですよね。でも、保存は効かないから日持ちはしません。湿気や酸化すれば途端に美味しくなくなります。時間限定の売り切れる少量に留めて販売すると良いですよ。その方が飽きられないでしょうし、価値も出ると思います。欲しいけどなかなか食べられないって言う状態が丁度いいでしょう。長く商売をしたいなら美味しさに期限を付けて、類似品が出回るのにも気を付けた方が良いでしょうね」

「…期限…確かに…」

ベイクさんは私の提案に戸惑いながらも頷いた。

「でも、うまくいったらタナトスには優先してポテチをあげてもらっていいですか?」

「…あ、ああ。わかった」

「ありがとうございます。それと…今日は少しの野菜と卵をいくつか頂けませんか?」

「そりゃ…構わないが」

興味深そうなベイクさんに対して、タナトスはボソリと呟いた。

「……野菜…いらない…」



「昼休みには新しいの作れそうだね。タナトス」

ベイクさんには野菜と卵をもらえたから今日の昼はアレが作れる。

「…野菜…いらない…ぽてちには…野菜入らない…」

タナトス…ポテチのジャガイモは野菜だよ。

「まだ言ってるの?新しいのはポテチじゃないジャガイモ料理だよ。タナトスって、好き嫌いというか…偏食で少食だよね」

ポテチの下準備をしようとしたら、ベイクさんが厨房の方で引き受けてくれた。

思いがけず余った時間、食堂でゆったりと朝食。隣のタナトスが選んだ朝食は少しだ。牛乳は要らない。と、お茶とパンを少し。

「………」

静かに最低限の食事をするタナトス。

頭痛がひどいと食欲が出ないのはわかる気がする…。痛みがあると辛いよね…。

そう考えるとつい気の毒になって甘やかしちゃうけど…触るのだけは許さん。そこは勘違いしないでよね。

「アレは…ジャガイモ好きな人なら大抵は気にいると思うんだけど…どうかな」

タナトスの細い食事を見て、食堂で独り言のように呟いたその言葉を、拾って声をかけてきたのは

「何を気にいるって?」

黒いローブに眼鏡のナタル先輩だ。

「あれ?ナタル先輩。おはようございます」

「やけに早いな」

ナタル先輩は私の隣の席…並びに座った。それもテーブルに向かってきちんと座るわけでなく、いつでも立てる横座りにしてテーブルを肘掛け代わりにしている。

テーブルの向かい側に座ると、小声では話せないからだろう。

「ええ。ちょっと時間があきまして…先輩は?朝食これからですよね?取って来ないんですか?」

一緒に食べれば良いのに。何かを警戒してるのか…先輩は周囲を気にして、座っていてもすぐに立てる態勢だ。

「おまえな…」

私の問いに、ナタル先輩は呆れたように眼鏡の奥の緑の目をしかめた。

「いくらなんでもおまえと仲良く飯食うなんて不自然だろうが」

「え?…そうですか?タナトスもいるし、別にいいんじゃないですか?他所の組と一緒じゃいけない決まりもないでしょうし」

「アホか。白竜の奴が俺たちと飯食うなんて目立つんだよ」

ナタル先輩は、いまだひと気がまばらな食堂をさりげなく見渡しながら言った。

「ええー。なんか皆、気にし過ぎですよねぇ…ご飯くらい誰と一緒でもよくないですか?」

「おまえくらいだろ。黒竜は自分が使えない法術には興味が無いし、白竜はビビって黒竜には近付かない」

「そんなの、法術とか魔法とか関係無いですよ。人として付き合うかどうかです」

仲良くしたらいいのに。同じ学校なんだし。

そう言って私がマッシュポテトを口に入れて嚥下する中で、ナタル先輩が面食らったように沈黙している。

「……?なんですか?おかしな事でした?」

不安になって聞けば、ナタル先輩は笑んだ顔を隠すように俯いて眼鏡を直した。

「…なるほどなぁー…」

「え?なんです?そんなにおかしな事ですか?」

その態度、バカにしてる?何も知らないって?

「さぁな。いいんじゃないか?おまえは最初から変わってんだ。今更、まともになれって言ったところで変われるわけないからな」

「え。ちょっと!先輩!それ、ひどくないですか?!」

変人認定じゃん!それ。

先輩は面白そうに笑って、答えた。

「酷いも何も、事実だ。(…おまえは両方使えるからだろ)」

「…両方?」

何の事かと先輩に促せば先輩は周囲を油断なく見渡して答えた。

「(白と…黒。本来なら同時に習得する事は無い)」

「…あ、ああ…」

そう言われてみれば…確かに。

「感覚的に…法術師は魔法師を嫌い、恐れる。得体の知れない者…いや、穢れた者とでも見るかのようにな。いや、アレは嫉妬か…」

「嫉妬?…そうなんですか?」

なんか変なの。白は黒のヒナだって言われてるのに。何に嫉妬するっていうの?魔法?

「あくまで俺の感覚だけどな。おまえは無いだろ?そんなふうに警戒心も何もなくバクバク飯食ってるくらいだからな」

頬杖をついて意地悪そうに笑うナタル先輩。

「……。なるほど。わかりました。黒竜の人は意地悪に見えますね。あくまで僕の感覚ですけど。そういうところが白竜に避けられちゃう原因じゃ無いですかね?」

私の剣呑な言葉に、先輩はニヤリと笑って言い切った。

「ふーん。気の毒にな。やはり目が悪いようだ。良い眼鏡を紹介しよう」

「あははー。僕、視力には全く問題無いので、結構ですー」

お互い表面上笑顔での会話なのに、全く和まない。

それにしても…先輩、今日は試合は無いのかな?ずいぶん、余裕そうだけど。

「昨日の試合で勝ち抜けたからな。明日の決勝まで出番は無い」

心を読んだかのようなナタル先輩の言葉に驚くと、先輩は意地悪く笑った。

「おまえ、顔に書いてあんだよ」

う。嘘?…本当に?

「おまえ嘘とか言わない方がいいぞ。バレるからな。特にメルセデス先生に嘘が通ると思うなよ。ローズ先生と違ってメルセデス先生は猜疑心が凄いからな」

「え。あんなにニコニコして優しそうなのに?」

「……。おまえ、本当にアホだな。普段、穏やかそうな奴、感情を表に出さない奴こそ気をつける奴なんだよ。特に一見、愛想のいい人間こそヤバイ奴だからな」

なぜか勝ち誇るように言うナタル先輩はそれを忠告しに来たのだろうか…?

「先輩…それを言いに?」

「いや。たまたまおまえを見かけたからだ」

先輩がチラリと見ているのは私の手だ。

「…そ、そうですか…」

まさか、こんな所で手を握ったりしないで下さいよ?

さすがに触らないが、手を見たまま先輩は事もなげに言った。

「正直、俺は模擬戦なんてどうでも良い。適当にやっていつも通り勝てば良いんだからな。今はそれよりも、おまえだ」

眼鏡の奥の緑の目を向けて、ナタル先輩は私を見た。

「…僕ですか?」

パンをゴクリと飲み込んで聞けば、ナタル先輩は持っていた本を開いて見せてきた。

「これ、読めるか?」

手にしていたパンをお皿に置いて本を引き寄せれば、少し歪んでいるが読めなくは無い日本語だ。

『……ミズを張ったオケに生タマゴがスイチョクにウくエン分ノウドをキジュンにし、スイへーよりもややナナめのノウドでチョウセイしたエンスイをモチいル』

読み上げればナタル先輩だけじゃなく、隣に黙って座っていたタナトスまでビクリと体を揺らした。

「(おま!バカ!こんなところで読み上げるな!)」

ナタル先輩が慌てて周囲を見渡しながら本を取り上げた。

「あ、す、すみません…」

自分で読んでなんだけど、発音が思ってたより変な感じになった。普段使ってないと、急にはうまく発音出来ないんだな…。歌なら大丈夫だったけど…。

「…ぷにぷに…今の…古語」

タナトスが訝しんで言ってきた。

「ああ…うん。ちょっとだけね。内緒だよ」

タナトスに口止めし、私はナタル先輩が取り上げた本を見た。

「…なんか、塩分濃度がどうとか書いてありましたけど?」

「これはアルカティアの技術本の写しだ」

「へぇー。え?魔法のですか?」

塩分濃度って…実験か何か?

「いや。これは違う…はずだ。いいか?読み上げずに目を通せよ?」

ナタル先輩は念を押して再び本を開いた。

誰が書いたのか、歪んだ癖字のような文字を黙読すれば、確かに…魔法というよりも農耕技術について記してあるようだった。

「…あー。ホントだ。これ、稲作指導本ですね。わー!お米食べたい!」

この世界にお米はあるにはあるが…人間用でなくて家畜飼料として与えられる雑穀に分類されてしまう。

ゆえに、味が良くないらしい。だから家畜飼料なんだろうけど…。

「おこめ…?」

「穀物の1つ。米ですよ。本当は美味しいんです。パンとは違うけど…主食として」

「…なるほどな。…おまえ、それ食べた事あるのか?」

「…ここでは…無いです。師匠に聞いた事がありますけど、稲作には適した土地と気候が必要ですから…」

夢の中での主食…小さな頃、お米を食べられないかとデボラに打診した事があったが、当時、子供の私では水田を作るには、なかなかハードルが高く実行には移せなかった。

「この本、種の選定の仕方から細かく書いてありますね。え。でも、なんでだろう?稲作なんてあったんですか?」

「……アルカティア人は黄金の実を主食に食べる。と書いてある本を読んだ事がある。おまえの言う主食は、黄金とは違う…んだろうな。パン食ってるし」

「黄金?そんなわけないじゃ無いですか。あ。でも…黄金の実…それこそ、稲じゃないですか?」

「……黄金の実、だぞ?」

「稲だって遠目でそう見えるっていいますよ?」

「それは家畜の餌だろ?」

「…それは今の人が決めた事で…初めからそう決まっているものでは無いでしょう?それに、食べ方次第ですよ。普通に考えて、人が黄金なんて無機質、食べられるわけ無いじゃないですか。金属ですよ?」

「なんだ。フン…情報ってのは大きく歪むもんだな…」

ナタル先輩はテーブルに頬杖をついて私を見た。

「人種なんて些細な事ですよ。同じ人間なんですから。ただ色が違うってだけで」

「だが、アルカティア人は素で魔法が使えるだろ?」

「でも、オケアノス人は綺麗な金色と青い目で容姿が良いし、知力に優れていますよね?レムリア人は頑丈で持久力のある体と身体能力に優れています。まぁ、それもあくまで傾向に過ぎないでしょうけど…それと同じですよ。他よりちょっと、仕法…じゃ無かった。魔法が得意なだけ。それに、魔法は魔法石があれば使えますでしょ?」

「……おまえが言うとアルカティア人の神秘さも、ただの特技にされるんだな」

頬杖のまま半眼で言うナタル先輩は不満そうだ。

「それはそうですよ。黄金を食べる。なんて誤解されてたら、アルカティア人も迷惑でしょうね」

私は再びパンを口にした。

ひどいデマだ。金属を食べるなんて嘘を間に受けられたら、アルカティア人は人間として扱われないんじゃないの?

「あ。ところで、先輩。タナトスの枕の件ですが…」

「なんだ?」

「僕の依頼よりも、先にそっちを優先して調べて頂きたいのですが…」

「はぁ?…giraffe病を?」

「知ってますか先輩。タナトスってタナトスも知らない婚約者がいるらしいですよ…」

私の言葉にナタル先輩はチラリとタナトスを見た。

「どこの酔狂だ。…まぁ、だが、そいつの家柄じゃ、当然だろうな。…娘はいい被害者だな。死神の嫁なんて一生墓場か、生きながら死ぬ前提だろ」

さすがナタル先輩。当のタナトスを目の前に見事な毒舌。

「…。先輩、いくらなんでもタナトスは、無差別に人を殺そうとするわけないじゃ…」

「どうだか」

ナタル先輩は全く信じない。言葉の途中で鼻で笑われた。

「と、とにかく僕としては余計に、はばかる訳です。その方に申し訳が無い」

タナトスは特別怒るわけも無く、気怠そうに呟いた。

「…枕じゃないのは…要らない…」

「別に、隣で眠るだけなら申し訳なく思う必要ないだろ。お互い会った事も無いなら余計に。(倫理的な事とか、慎みは別として)」

あっさりと言うナタル先輩。

「それが…(最近、タナトスが寝てて触ってくるんです…何度注意してもやめないから困るんですよ)」

「はぁ?!」

ガタン!!とイスを蹴ってナタル先輩が立ち上がった。

「タナトス、おまえ!ふっざけんな!」

不快感をあらわに声をあげるナタル先輩は、タナトスにケンカでも売る気なのか。

「せ、先輩、声が大きいです!目立ちますから。…ね!?」

食堂に増えてきた生徒が何事かと、こちらを見ている。タナトスがいるからかなり距離は遠いけど。

座るように促せば、ナタル先輩は渋々眼鏡を直しながら静かに座った。

「……由々しき事態だ…」

呻くように言う先輩に、私は頷いて答える。

「ええ…そうなんです。ただでさえ狭いのに…くっ付いてこられた日にはもう、寝返りすらうてないし」

「……くっ付いて……」

「という事で、僕はまだここで法術を学びたいですし、先にタナトスの枕の代わりになるのが見つかる方が安眠出来て助かります」

「…それ以前の問題だろうが…」

ナタル先輩は腕を組んで、眉間にシワを寄せた。

「そもそも、おまえ…」

ナタル先輩が言いかけた時に、急に背後から肩に重みを感じて驚いた。

「わ!」

「おい!すーぷー!おまえ!何してんだ!」

この声、この白いローブの袖…

「え。あ…クスト先輩?!な、なんですか?」

先輩。首。また締まりそう…!!

「…クスト…何の用だ?」

駆け寄ってきたであろうクスト先輩に、静かに威圧するようにナタル先輩が言った。

「おまえこそ、うちのに何の用だ!」

クスト先輩は警戒した様子でナタル先輩を剣呑に見下ろす。

え?え…ナタル先輩とクスト先輩…あ!2人そろったここは!仲直りのチャンス!!

「先輩方!僕、お茶でも持って来ましょうか!?」

「いらねぇよ」

「すーぷー…おまえちょっと黙ってろ」

う。えぇ…。

睨み合う2人から冷たい目線と圧力を向けられれば、おし黙るしかない。

「…クスト。邪魔するな」

「はぁ?黒竜が何の用だよ?おまえこそ、白竜の邪魔すんな」

「俺がいつ白竜の邪魔をした?おかしな言いがかりはつけるな」

「言いがかり?コイツに絡む事自体が白竜に対する干渉だ!」

一歩も引かない両者はまさに龍虎の関係…。

な、なんか…険悪さが増しちゃってきたな…。

「く、クスト先輩。僕、ナタル先輩にタナトスのgiraffe病を調べてもらうんです」

席に座ったままクスト先輩に言えば、クスト先輩の明るい茶色の目がしかめられた。

「…なんで、おまえがこいつに頼むんだよ?」

「ずっとタナトスの枕のままなのも…その、僕、窮屈なんで。枕の代わりになるようなものが無いか調べてもらいたいんです」

「コイツに頼む事か?黒竜に近付くなって言っただろ!」

「…いや、でも他に誰かいます?…僕からメルセデス先生に頼むのは、無しですよね?」

「無しに決まってんだろ!だからってコイツにも無しだ!」

苦渋の顔をするクスト先輩に、ナタル先輩が嘲笑した。

「ふん。クスト、お前には関係無い。さっさと失せろ」

「うるさい。黙れ。…すーぷー!それなら教会に調べに行けばいいだろ!」

「えぇ?教会ですか…?…それは…あんまり行きたく無いなぁ…」

今度は私が渋い顔になった。

「行きたく無い。じゃねぇ!コイツに聞かなくても教会の図書なら、なんかあるだろ?!」

「無駄だな。giraffe病には治療法が無い。法術でも治せない。それは現在の事実だ。したがって、教会に行った所で有益な情報があるとは思えない」

冷静に否定するナタル先輩に、クスト先輩が割り込んだ。

「ハッ!じゃあ、おまえは違うっていうのか?」

挑発的なクスト先輩の問いにナタル先輩は断言した。

「そうだ。少なくとも、俺の方が可能性がある。現にハートのキングがなぜタナトスの眠りに影響してるのか、調べる事が可能だ」

その自信に満ちた顔に、クスト先輩が一瞬、言葉に詰まった。それを見て(ナタル先輩が勝ち誇る。

「だから、邪魔するなと言っただろう?クスト。おまえには関係無い。おまえのためにも言ってやる。クイーンのお前がハートのキングに馴れ馴れしくするな。これはキング同士の話だ。…さっさとハートのキングを離せ」

その言葉に、私の首は締まった。

うあ!ちょっと!先輩!

私はクスト先輩の腕を叩いて、降参を示した。

「おまえ!そうやって今度はコイツをそっちに引き込む気だろう?!」

興奮して声をあげるクスト先輩。

こ、これは仲直りどころでは無いな…。

「クスト…いい加減、そこにこだわるのはやめろ。何度も言うが俺は…」

「うるさい!!言い訳なんて聞きたくも無い!!」

険悪に睨み合う先輩達に戸惑っていると、いつのまにか野次馬が集まって来ていた。

「せ、先輩…ケンカはダメですよ?落ち着いて話ましょ?」

「コイツと話す事は無い!すーぷー!お前も黒竜と関わるな!」

えぇ?!…い、いや、そういうわけにはいかないのですが…。

「やれやれ。クスト。おまえは本当に浅慮だな…そいつはおまえと違って、黒だ白だとこだわりは無い。俺も、そいつが白だからとか、黒じゃないからとかそんなのは関係無い。そいつはそいつだからだ」

「……ナタル…おまえ、いつからそんなにこっちに構うようになったんだ?おまえはもう白じゃない。今までだって、ローズ先生がおまえを気にかけたって散々無視してたじゃないか!」

あ、ああ…それは…ナタル先輩の立場上、ある程度は仕方ないっていうか…。

「あの、クスト先輩…それは、白竜から黒竜に移籍した分、周囲の目もありますから仕方ないかと…」

私の擁護にクスト先輩が不快な顔をした。

「すーぷー!…おまえ…どこまでこいつに感化されてんだ?洗脳されたのか?卑怯だな!黒竜!」

語気を荒げるクスト先輩に、ナタル先輩が不愉快そうに私を注意した。

「ハートのキング、余計なお世話だ。黙ってろ」

お、おぉう…。先輩達の圧力が…。ダメだ。仲直りなんて全然…むしろ火に油。

いがみ合う2人に、タナトスは席に座ったまま懐から薬を取り出して適当な量をボリボリ食べている。

あ。タナトス…頭痛が増したんだな。

冷静に周囲が目に入れば、朝食を食べに来た生徒達が遠巻きにかなり集まって野次馬化していた。

これは…まずい。

「あ、あの…お二人とも…ケンカはやめましょう…?」

おずおずと申し出れば、クスト先輩がナタル先輩を威圧した。

「ナタル。ウチのキングに近寄るな」

「フン。お前に指図されるいわれはない。そもそもクイーンがキングに偉そうな口をきくな」

「!…おまえ!!調子乗んなよ!」

クスト先輩がナタル先輩に食ってかかった時、ナタル先輩の背後に黒竜の生徒が集まって来た。

「…ナタル。なんだ?…そいつら白のくせにケンカ売ってんのか?」

嘲笑う顔で私達を見る黒竜の生徒はすこぶる感じが悪い。

黒いローブの見知らぬ青年はおそらく3年生だ。騒ぎを見て声をかけてきたのだろう。

「…いや。白竜なら…相手にもならない。そうだろ?」

ナタル先輩は眼鏡を直して歯牙にもかからないと、ため息を吐いた。同級生だろう青年は「確かに」と嘲笑する。

はぁー。感じわるー。こりゃ、白竜が黒竜に近寄らないはずだ。ナタル先輩も急に冷たくなっちゃったし…。

「…ナタル…明日の試合…覚悟しとけよ…」

憎々しげに言うクスト先輩に、ナタル先輩は面白そうに笑った。

「へぇ。…白のおまえが?それはむしろ楽しみだな」

席を立ち、ナタル先輩と対峙してバチバチの対立を示すナタル先輩。

えぇ…なんか…一触即発な様相なんですけど…なんで仲良く出来ないかなぁ…。


「クッソ!!相変わらずムカつく野郎だな!!アイツ!!」

クスト先輩のご機嫌は最悪だ。その怒りの矛先は先輩の朝食のお皿…の上の野菜に向けられ、フォークで切り刻まれている。

「…クスト。何も朝っぱらから黒竜と揉めなくたって…」

改めて場所を変え囲んでいる朝食のテーブルは白竜の3年生が集った場所だ。ラング先輩が苦笑した。

私はすでに朝食は済んでいるので、端っこでおとなしくただ座っている。

「…仲良くすれば良いのに…」

ぽそりと言った言葉に、クスト先輩がギロリと私を見た。

「すーぷー…おまえ…誰が発端だと思ってんだ?」

ひえっ。

「…クスト先輩。僕はただタナトスの…」

おずおずと言い訳すれば、クスト先輩が遮った。

「それは聞いた。だが、俺はそれも納得出来ない。なんでおまえがタナトスのために、あいつに頭を下げるんだ?タナトスが自分で解決する事だろ?!あいつは黒竜なんだし!」

「いや…タナトス…解決する気無いですよ?…僕を枕として求人するくらいなんで。それは僕としても、困るので…僕の方から代わりになるような物を見つけたいんです」

当のタナトスは、この席に移動するにあたり、騒がしさに辟易してフラリとどこかに行ってしまった。頭痛が増すのに嫌気がさしたんだろう。

「はぁ?!黒竜め…アイツらなんでそんなに傲慢で自己中なんだ!!」

クスト先輩はパンを乱暴にかじって咀嚼した。

「…まぁ、それが黒竜が黒竜たる所以というか…なんだけどなぁ…」

ラング先輩はため息をついた。

「ラグ!悪いが俺は明日アイツをぶっ潰すからな!」

そうだ…ナタル先輩のチームの白竜はラング先輩だ。明日の決勝はラング先輩とクスト先輩との対決でもあるのか。

「…クスト。おまえ1人が気負ったところでしょうがないだろ」

呆れるように言うラング先輩にクスト先輩は自信満々に答えた。

「大丈夫だ。アイツは赤竜にも青竜にも疎まれてるからな。チームの士気をガンガン上げて行く!」

「なんで…(…疎まれてるんだ…ナタル先輩…)」

何という事でしょう…何したんだ。

「…各組でキング不在が多かったからな。黒竜のアイツが台頭したんだ。1年の頃から実力があったし、模擬戦だけで無く逆らう奴は容赦なく魔法の餌食にしてきたからな。上級生が締めようにも魔法じゃ奴に敵わない」

コソッとアレク先輩が教えてくれた。

「へぇ…でも、ナタル先輩、言葉には毒がありますけど…」

ローズ先生を無視してきたっていうのも移籍した立場で仕方なくで…実は気にしてたし、最初こそ私がローズ先生や白竜を害すると思ってナタル先輩は怒って阻止しようとした。魔法が出来るのも真面目で人知れず夜遅くまで勉強を頑張ってきたからだろうし、キングとして模擬戦で勝ってきたのも黒竜の先生の期待や仲間を思っての事だろう。出る杭は打たれるだろうし…それでいて手に執着して、まるで犬猫触ってるみたいに、癒される。とか言っちゃってるのが面白い。…絶対言えないけど。

「話してみたら面白くていい人ですよ」

私のその「面白くていい人」って言葉に、白竜の先輩達は驚愕に青ざめた。

「クスト!!ヤバイぞ!!こいつもう黒に染まってんぞ!!」

アレク先輩の言葉に更に動揺が増す。

「朝一で、黒に挟まれて飯食ってる時点でヤバイと思ってたんだ…」

呻くように頭を抱えるクスト先輩。

挟まれる?…ああ…それってタナトスとナタル先輩って事?…まぁ…遠目からみたらオセロみたいだったかな。

「気にし過ぎですよ。僕は法術を手放す気はありませんから…」

私よりも何よりも、先輩達の黒竜アレルギーの方が重症だ。

「すーぷー!おまえ…自分は大丈夫だ。ってそういう慢心が命取りなんだぞ?!」

「はぁ…」

それ詐欺とかの警鐘じゃない?そういう事と違うと思うんだけどな…。

「すーぷー…。おまえ…今日ちょっとツラ貸せ」

「え。…な、なんですか?」

今日は昼に厨房に用事があるし、日中は救護席で治癒の法術の練習…ネイロスにも呼び出されるみたいだから何かと忙しいんだけど…。

「チームに顔出せ」

え。チーム?…クスト先輩のトコの?

「クスト?…なんでだ?」

「僕が?…なんでですか?」

私とラング先輩が問えば、クスト先輩は飲みきったコップをドン!と置いた。

「うるせぇ!いいから来るんだ!」

イラついたナタル先輩の勢いに驚いて、私は「ひぁいッ!」と上擦った声になった。


15日投稿がすっかり遅くなりました。71章まで先行してますが編集して出してるので次回は少し早めに出せばいいな…と思います。12月10日とか…?…が、頑張ろう。

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