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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
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第28章 隠しておくんだよ…僕みたいに

「あ、あれ?タナトスは?」

観覧席を探すアッシュに、ニックが「お、おい!あれ!タナトスだろ?!」と叫んだ。

見れば、模擬戦フィールドの中で、タナトスがダイヤのキングの背後に立っていた。

ダイヤのキングはそれまでの余裕から、タナトスを目視すると驚き、動揺して身構えた。

タナトスの登場は、目立つダイヤのキングに相対した事ですぐに周知された。観客席が予期しない参加者に騒めく。

タナトスとダイヤのキングは何事か言葉を交わしているが、遠すぎて聞こえるわけもない。

やがて、タナトスがその手に黒紫の炎を宿すと、タナトスを中心に同じく黒紫の魔法陣がフィールドの半分くらいまで広がった。

悪夢の魔法の最終形態…それの範囲攻撃

ザワリ!!と周囲から声があがった。

観客席も、審判席も席から立ち上がって驚愕した。実戦さながらの最終模擬戦でも、それは見たことが無い。

ダイヤのキングは、タナトスに何かを伝え、その方向を指差した。

すると、タナトスはスッと腕を下ろすと魔法陣も黒紫の炎もかき消え、指し示された方向に体を向けると一瞬で消えた。

「え?……なんだ…今の…なんか…めちゃくちゃヤバそうな魔法じゃ無かったか…?」

「マジで一瞬で消えた…。アイツ…ホントに一瞬で人の背後に立つんだな…」


模擬戦素人の1年生ですら感覚的にヤバイものだとわかったそれは、教職員には戦慄物だった。

あの魔法が発動していたら…魔法陣内にいた弱っていた者は即死だ。健常者でも浄化が間に合わなければ死んでいた。

ジョーカー…味方になれば最強。敵に回したら最凶。

戦になれば、彼が味方にいる限りあっという間に屍が重なるだろう。しかし、その勝ち方は一方的過ぎて恐れも抱く。

呆然とする教職員の中で、メルセデスだけが興奮して目を輝かせていた。



温室のベンチにはアイツが言った通り、枕が置いてあった。

白い枕は小さくたたまれていて、使いにくそうだ。そして、そういう時は甘い匂いがしない。

枕を湿らせたのはあいつか?…やはり、殺しておいた方が良かったか。最近、魔力が戻ってきたから慣らしで使っても良かった。…とは言え、まだ全然、足りない。

もし…熟睡出来たなら…範囲を島ごと指定して殺すのも可能だろう。やるかやらないかは別だが。

慢性的な睡眠不足の頭に渇望するのは深い眠り。

それが不可能ならば、せめて浅い眠りでも良い。何千日という昼夜を眠れず過ごしてきた中で、あの枕だけが、つかの間のうたた寝を可能にする。

枕は常にベストな状態に整えておきたいのに…。湿っぽくなると寝づらい。乾いてて温かくて柔らかくて良い匂いがする方がいい。しかし、ちょうど長椅子の端に置かれてるし、寝るのにはちょうどいい。

枕の横に座れば驚いて顔をあげた。

やっぱり湿っていた。湿らせた奴殺す。全て抹消しなければ。枕がカビる。

「タナトス…タナトスは孤独が辛い事…無い?」

枕が聞いてきた。

孤独?…1人でいる事…。

「…自由の事か…?」

1人でいれば誰かに指図されない。うるさくない。静かで良い。

「ああ。そうか…自由でもあるんだね…。でも、さみしいと感じる事だよ…」

さみしい?なんだそれは。

「無い」

「…そうなんだ。いいなぁ…」

いつもの張りのある声でなく、力無くそう言って枕は息を吐いた。

「…どこか痛いのか?」

枕にスペアは無い。問題ないと言っていたのは嘘か?修理が必要か?

「…そうだね…強いて言えば心かな…」

「治してもらえ」

枕は力なく笑った。

「これは法術じゃ…治せないんだよ…」

治せない?

「…それは困る」

「タナトスの枕のスペア…見つけられたらいいな。僕よりも…もっと熟睡出来るやつ」

あるのか?そんなのが。もし、あるのなら…熟睡出来るなら…それなら願っても無い。

肯定して頷けば、黒い目は俯いて、閉じた。

枕。収納されたままだと枕に出来ない。寝るのに良い形に整えようと手を伸ばして引き寄せれば、枕の方がしがみついてきた。

「………」

これは…枕じゃなくて、布団…。違う。こうじゃ無い。いや、しかし…



タナトスの枕の代わりを見つけたいのに、もし見つかれば…自分は用済みになると気付いて、更に自分の価値や居場所を失う事が辛くなった。

本当に…勝手だな。

自分に呆れる。何がしたいんだ。

眠りたいタナトスが腕を掴んで引き寄せれば、枕を求めてるのはわかったけど、誰かに受け止めて欲しかった。

タナトスの黒ローブにハグすれば、タナトスは無言で止まっている。

不思議なもので…タナトスには異性とか、他人とか、そういう壁を感じない。

なんで皆、怖がるんだろう?確かに、最初は怖かった。それにタナトスは剣技に優れたり、すごい魔法が使えたりするけど…

何というか…なんて言うの?これ。

タナトスが私を枕と言うなら…私にはタナトスは大型犬だ。悲しい時に黙って側にいて、寝る時にそばに来て、たまに噛んで舐めてくる。

「……ぷにぷに…」

ボソリとタナトスが言ってきた。

あ。さすがにタナトス嫌だったかな。…これじゃ枕に出来ないしね…。

ハグした手を離そうとすれば、逆にタナトスは私を抱えて言った。

「…背中…撫でろ」

は?背中?なんで?まぁ…いいけど。

「え?…こ、こう?」

ハグしたまま、背中を撫でればタナトスは、そうそう。それ。みたいな空気で息を吐いた。

「…枕に…いい機能が付いた」

オイ!『枕に、なんと!マッサージ機能搭載☆』みたいな感じで言うな!!

ひとしきり背中を撫でれば、馬鹿らしくなってやめた。

「はい。もうおしまい!解散!」

タナトスから離れると、タナトスは不満そうだ。

「…………」

なに、その「え。もう、おしまいですか?」みたいな感じ。マッサージって、やる方とやられる方じゃ、体感時間に差があるからね?

「おしまいだよ。…そうだ!タナトス!僕が夜、黒竜の教室にいたのを先生に言ったよね?!」

聞けば、タナトスはコクリと素直に認めた。

「も〜!なんで言っちゃうのさー!」

「…聞かれたから」

聞かれたから。じゃ、ない!!

「ナタル先輩はタナトスのgiraffe病について調べてくれるんだ。枕の代わりになる物も!」

「………無意味だ」

「無意味?なんで?」

「親父が調べた。…治療法は無い」

「お父さん…」

タナトスのお父さんって…宰相…。おお…国家規模…。

「で、でも!その…僕で眠気が来るなんて…今までわからなかったでしょう…?」

「………」

コクリと頷くタナトス。

「だ、だよね。う、うん、悲観しないでいこう」

なんか、励ます感じになった。

「…僕はね、僕がいなくなってもタナトスが困らないようにしたいんだ」

「…いなくなる…困る」

「う、うん。だから、僕の代わりになるものを探すんだ。そうしたら…僕が急にいなくなってもタナトスは困らないでしょ?」

「…どこに行く?」

「さぁ?それは僕にも…誰にもわからない。でも、それはいつか必ず来る」

未来の事はわからない。でも、願わくば女とバレる前に。

「僕に残された時間は…多分、そんなに無いと思うんだ…」

見た目だけで言えば…ロンやマックみたいに16才の中なら、まだ発育悪いチビで騙せても、ナタル先輩やクスト先輩みたいな3年生…18才の男性の中に身長の伸びが止まった私が混ざれば、明らかに違う。いや、身長以前に肩幅とか声とか全然違う。成長期の男子の中で2年は大きい。いや、1年でも…。

「だからね…」

パキッと何かの音がして振り向けば、赤毛の…

「?!」

オワタ…。ローズ先生。いつからそちらに?

「え。えーと…」

血の気が引いた。

「…スレイプニル…」

先生の顔色もあんまり良くない。

「…は、はい…?」

「ここで、何をしている」

「その…た、体調が…整うまで休憩を…」

主にメンタルですが。

「……診せてみろ」

「あ。もう!全然!治りました!!全然、平気ー!」

エヘ。と笑う私に、先生は苦々しい顔をしている。

あー…先生…美人なのに、そんな表情したら男感出ちゃうからー…。

「…ぷにぷに…」

タナトスが何か言おうとしたから、タナトス…言わないよね?と笑顔だけで押し切った。

「……。…辛いようなら無理せず休みなさい」

意外にも先生はそう言った。

「え、えーと…今日はまだそんなに…」

体調が辛いとしたら…メンテナンスは2日めがしんどい。

先生は青い顔で沈黙した。

「す、すみません。僕、皆のところに…」

模擬戦見学ですよね。それとも、何か懲罰かな…。

「…今日の模擬戦は中止だ…」

え?そうなの?なんでかな?雨も降ってないのに?

「…タナトス。腕を見せてみろ」

ローズ先生の思いがけない言葉に、私はタナトスを見た。

タナトスは沈黙したままだ。

「…魔法を抑える呪いが、解けかけているんじゃ無いか?」

え?…あ。ああ、あの腕の入れ墨みたいなやつ?

タナトスは右腕を押さえた。

「……断る」

拒否するタナトスにローズ先生は、眉をよせる。

「あんな魔法をあっさり行使してもらっては困る」

「え。タナトス、何したの?…見して?」

タナトスの手を取って袖をめくれば、黒くハッキリしていた腕の模様がだいぶ薄くなっていた。

「ホントだ。…薄くなってる…」

最初に見た時はもっと塗りたてのように黒かった。今は灰色のような薄い色合いだ。

私はタナトスの袖を丁寧に戻しておいた。

「魔法封じ…嫌だ」

「嫌なんだ」

それは困ったねぇ。

「タナトス…おまえは魔法を抑えないと危険だ。ここは戦場じゃないんだぞ?」

「…うるさい」

あらま。タナトスさん、反抗的。

先生は怯まずに説得した。

「タナトス…素直に言う事を聞かないと…あの方をお呼びする事になるぞ?」

あの方?…誰?

「………断る」

「逃げるなら、教皇様もお呼びする」

うげっ!!

「た、タナトス君!ここは先生の言う事を聞いた方が良いんじゃないかな?!」

ダメだって。呼ばないで!二度と会いたく無いんだから!!

「………6時間…」

タナトスは沈黙の後、ボソリと言った。

「ろッ!!6時間?!」

驚愕!!それ1日の4分の1じゃん!!

「なんだ?何が6時間だと?」

ローズ先生は聞いてきた。

「タナトスが…魔法を封じる代わりに日中6時間、枕になれって言うんですけど…」

「良いだろう」

「先生?!それ、私の意見は?!」

「緊急事態だ。コイツは魔法を封じないと死傷者が出る。おまえの6時間で人名が救われるんだ。我慢しなさい」

ねぇ!それ、どうなの?!

タナトスを見上げれば彼はコクリと頷き、それでも渋々みたいな感じでローズ先生と温室を出た。

「え。えー…」

当事者…ここに置き去り。

「…………」

なんか…納得出来ないんだけど…。

ここに残っても仕方ない。温室を出れば、なぜか人だかりだ。

え?なんで?なにこの状況…。

「あ。本当にいた!ハートのキングだ」

ザワザワと色んな組の生徒がこっちと、ローズ先生に連れられたタナトスを見ている。

「ニル」

人集りから青いロングチュニックの青竜の生徒…アイティールだ。彼が私の方に出て来た。

「あ。アイティール。タナトス、何かしたの…?」

「見て無いのか?」

「う。うん。ちょっと所用で」

サボってた…とは言えない。

「模擬戦のフィールドに乱入して悪夢の魔法の範囲攻撃をしそうになった」

「えぇ?!…あの…黒紫のドクロみたいなやつ?の範囲攻撃?」

そ、それは…エゲツないかもしれない…。

「え。でも、未遂?実行してないんだよね?」

「ああ…だが、場は騒然だ。現に今日の模擬戦は中止になった」

あちゃー…。タナトス…そりゃ、危ないって言われちゃうよー…。

「タナトス…魔法封じ嫌がってたんだよなぁ…」

確かに…自分の身になっても、嫌だ。窮屈。鳥が飛べないように羽を切られるようなものだもん。

「嫌がろうとも、危険だ。あんな広範囲で攻撃されれば、密集していたら全滅する」

そう…そうねぇー…あの魔法…単発でも、恐ろしいからなぁ…。

「タナトスの説得に、白竜顧問が名乗り出た。万が一、何かあっても良いように法術師を控えさせて生徒は下がるように言われた」

……爆弾処理みたいじゃん。タナトスはそんなに分からず屋じゃないよ。

「…タナトス…かわいそうだな…」

ポツリと言った言葉にアイティールは眉をひそめた。

「ニル…君はタナトスに危険を感じないのか?」

「タナトスは死神だって言われるけど、誰でも無差別に攻撃しているわけじゃないよ?むしろ、ちゃんと警告してくれるでしょ?」

本当に危険なのは、自覚の無い暴走だ。私みたいに…。

「……それは奴の気分次第だ。奴が本気を出して止められる者がいない事が問題だ」

「…あぁ…そうか…そう言われると…うーん…」

ダメだよって言って聞いてくれるうちはいいけど…。タナトスの止め方かぁ…。

大型犬が、野生の狼や熊になった時…無理だな。誰も止められない。

「味方ですら制御出来ない強者は…指示系統を乱す」

厳しい目で、アイティールはタナトスが去った方向を眺めていた。



「先生、大丈夫でしたか?!」

タナトスを魔法協会に送る馬車を見送ると、シェダルや教会の法術師が気にかけて声をかけてきた。

「…アイツはそんなに話のわからない奴じゃない」

「先生…お疲れでは…少し休んで下さい。あんな魔法使う奴の説得なんて気が気じゃないですよ」

心理的疲労感は確かにあるが…それはタナトスの事じゃ無い。

「タナトスよりも…もっと懸念する事ができた…」

それは、希望が絶望になるほどの衝撃だ。

「…少し、休む。いずれにせよ今日の模擬戦は中止だ。解散して…明日に備えてくれ」

少し、頭の中を整理したい。

指示をして校舎の中…誰もいないテラス席に座り、目を閉じた。



模擬戦が中断され、教員がナタルに事情を聞けばタナトスは枕…ハートのキングを探していたと言う。温室で見かけたと言えばタナトスは探しに行く。

あんな魔法を行使出来る者を野放しには出来ない。だが説得に躊躇する職員に埒があかず、説得を打診されれば引き受けた。

テラス席で、思い出される会話…

温室の扉を開ければ、スレイプニルの声がした。

「も〜!なんで言っちゃうのさー!」

「聞かれたから」

タナトスとスレイプニルが話をしていた。

「ナタル先輩はタナトスのgiraffe病について調べてくれるんだ。枕の代わりになる物も!」

ナタルの話をしているようだった。盗み聞きするつもりは無いが、気付かれないまま温室に入って扉を閉めた。

「………無意味だ」

「無意味?なんで?」

「親父が調べた。…治療法は無い」

「お父さん…で、でも!その…僕で眠気が来るなんて…今までわからなかったでしょう…?」

「………」

「だ、だよね。う、うん、悲観しないでいこう」

スレイプニルはタナトスを気にかけている。友人が病気ならば、役に立ちたいと思うのは自然だ。

「…僕はね、僕がいなくなってもタナトスが困らないようにしたいんだ」

なんだ?いなくなる?…ああ、卒業してからということか。

「…いなくなる…困る」

「う、うん。だから、僕の代わりになるものを探すんだ。そうしたら…僕が、急にいなくなってもタナトスは困らないでしょ?」

なんだ?何を言っている?急に?どこに行くと?

「……どこに行く?」

「さぁ?それは僕にも…誰にもわからない。でも、それはいつか必ず来る」

覚悟しているかのような言葉に続いて、スレイプニルの表情は沈んだ。

「僕に残された時間は…多分、そんなに無いと思うんだ…」

…残された時間…。

『…ねぇ。ローズ。私…そんなに時間が無いのよ』

『残された時間は有効的に使わないとね!』

『…ああ…悔しいなぁ…もっと時間があったら良いのに…』

スレイプニルの声変わりしていない高い声に…記憶の中の彼女の声が蘇った。

「だからね…」

まさか。いや…そんな…

全身の血が凍る気がした。

言えない事…何も求めない姿勢。誰もが生理的に忌避する死をまとうタナトスと、誰よりも近しく親しい仲…。

ナタルは何と言った?「…先生がキングを失いたくない気持ち、わかります。特にあいつはハートのキングだし。…でも、あいつは、どうでしょう?…その期待は…あいつを潰しますよ」

『お父様がね…きっと治るって言うの。でも、期待されてもね…重いのよね』

動揺に身動げば、心の骨が折れるように足元でパキッと乾いた音がした。落ちた小さな枝が折れる音がこんなに大きく聞こえるなんて。

振り向いて話を聞かれた事に息をのむスレイプニルが、誤魔化そうと引きつった笑みを浮かべた。

「え。えーと…」

「…スレイプニル…」

「…は、はい…?」

「ここで…何をしている」

「その…た、体調が…整うまで休憩を…」

体調…。浄化で治せる程度のものか。そうだよな?

「……診せてみろ」

「あ。もう!全然!治りました!!全然、平気ー!」

一見して元気そうで、病気とは全く見えない病…。

「…ぷにぷに…」

タナトスが何か言おうとしたが、スレイプニルはタナトスを振り返り無言で黙らせた。

「……。…辛いようなら無理せず休みなさい」

いや、まだそうと決まったわけじゃない。コイツは他人に頼るのを避けるから、ただの一時的な腹痛とかかもしれない。そうだろ?

「え、えーと…今日はまだそんなに…」

今日は?今日は。と言うことは、辛い時がままあると言うことか?

隠して言えない事…何も受け取れない、期待が重い、入学当初から言っていたな。自分にはハートのキングは荷が重いと。その能力に対して、平凡で良いと…土を耕す…平凡以下で、しがない人生でもいいと望む。

『この学校にいられる事が破格の事だから』

『無理です…僕は…られない…』

『僕が…死んだら後見人の契約はどうなります?』

思い出された言葉の数々に、頭を抱えた。信じたくない。

どうして…。こんなに有能で前途洋々な若者が大病を患っているなんて…嘘だろ…。



他の組の生徒は顧問の先生の指示で自習…もしくは別のカリキュラムに変更になった。

白竜は3年生は自習。2年生は講義。1年生は…自習…?

シェダル先生が、ローズ先生が復帰するまで1年生は教室で待機を言い渡した。

とは言え、暇だ。皆、教室でダレている。これは自習じゃないな。

「しっかし、模擬戦って楽しそうだなー!」

アッシュが言った。

「え。楽しそう…?」

戦うのが?

耳を疑って問えば、アッシュは笑った。

「効果的かつ的確に回復していくと、戦況は変わるだろ?白竜を失ったチームは即刻リタイヤを余儀なくされるんだぜ?」

「痛みは戦闘士気にも影響するからな」

ニックも興奮気味に同意した。

「…へ、へぇー…」

「なぁ!俺たち、話してたんだけど、やっぱり役持ちはタフなんだよ!だからニルが治癒とか出来るようになったら模擬戦にどう影響するのかがスッゲー気になる!!」

アッシュが自分の席から身を乗り出して私に言って来た。

「え…。僕?…僕は…嫌だな…戦いたくない…」

「は?おまえ、何言っちゃってんの?」

アッシュが眉をひそめた。

「ここは士官学校だぜ?戦わないで何すんだよ?」

ご、ごもっともです…。

「そうだよ。しかも、おまえ、あのクラブのキングに勝ったんだろ?白竜で赤竜にガチ対決で勝ったなんて凄いぜ?今日、来てた教会の人だって興味津々でさー」

うえっ?!その話…やめてよ。

「ニック…僕がネイロスに果たし合いで勝ったって…言ったの…?」

「言ったも何も…教会の人達、知ってたぜ?知ってたけど、本当か?って聞いてきたんだから」

「……。マグレだから。もう二度とやらないから。僕に格闘戦を期待するのは無理」

辟易と言う私に、ニックもアッシュも不満気だ。

「なんでだよー。白竜は大体が後方支援だけど、前衛に出て格闘しながら回復できたら攻守共にメチャクチャ最強じゃん!」

「……。いいかい?僕はね…防御力が弱いの。当たれば即終了だから」

ローズ先生だって言ってた。体力と防御力が無いって。

「あー…まぁ…おまえ…体デカくないからなぁ…」

「素早さと、防御力って相反するところあるもんなぁ…」

2人は納得して頷いた。

「僕が防御するとしたら、ひたすら当たらないようにする事だよ。でも、何が来るかわからない戦闘で難しいでしょ。だから僕が出たって最強チームにはならない」

下手したら、序盤でリタイヤだよ…。

「難しいなー。自分のケガは自分で治せないからな。法力があるだけでもだめなんだな」

「あ。じゃあ、こうしたら?ニルを前衛に赤竜を配置して防衛」

「ああ?そんなんで、あのタナトスが見せた範囲攻撃食らってみろ。壊滅だろ?」

「アレは反則じゃん!」

ニックとアッシュの話にロンが入って戦況を語っている。何気にこれは自習になっているんじゃなかろうか。

「あー。俺は見てみたいなー。四竜のキングがチーム組むの」

ニックの言葉に、全員が目を丸くした。

「四竜のキングのチーム…まぁ…今はちょうど四竜でキングが分散してるからな。だけど、それを誰が相手すんだよ?」

「タナトスに4人がかりなら勝てるかな?」

「ちょ!なんでタナトスが相手なのさ!」

抗議すれば、ニックは笑って答えた。

「仮定の話だろ。どう思う?」

「そうだなー…」

面白そうに腕を組むアッシュに私は断言した。

「無理だよ。勝てない」

「おいおい。ずいぶん、弱気だな」

「タナトス、剣技も上手いもん。ネイロスだって勝てないよ」

「だから4人がかりだって。黒竜の魔法と、青竜の作戦と、赤竜のタフさ。そんでおまえが逐一回復していけばどうだ?」

…なんか、ボス戦だな…。寄ってたかって1人を攻撃って…。

「…タナトス、無詠唱で魔法使えるよ?だから多分、僕が真っ先にやられて終了」

「はぁ?なんだよそのチート!ズリィ!」

「マジかーーー!!」

やられたー。とばかりにアッシュとニックが机に突っ伏した。

「やっぱり、ジョーカー最強か…死神なだけあるぜ」

「…って事はさ、ジョーカーとニルが組めば良いんじゃねぇの?」

「……うーん…どうだろうなぁ…」

私を見る視線に苦笑した。

「いや…そもそも、僕、いらないでしょ。あ。でも…」

ふと、思い至った。

「なんだよ?」

「僕、教会の図書室で魔法を防ぐ法術を知ったんだ。あれを習得出来たら…僕でも結構、役に立つかも?」

「は?!マジで?!」

「うん。それならタナトスの範囲魔法も…防げるかも?」

「おっまえ!それじゃねぇか!」

立ち上がり「イケる!」と拳を握るアッシュ。

…いや、アッシュ?どこに行くつもり?鬼退治みたいな勢いだけど…タナトス退治しないよ?

「僕、結局、模擬戦見ないで今日、終わったけど…3年生の先輩達、魔法を防ぐそれ使って無かった?」

「いや?見てない。そもそも今日は予選だし」

冷静に答えるロン。

そうなのか…。アイティールにあげる光玉に、それを練り込みたいんだけど…まずはそれを習得しない事にはな…。

やっぱりまた教会に行かないとダメだ。あ。それと、ナタル先輩にも聞いてみよう。

何気にナタル先輩と仲良くなったのは心強い。

「でも、やっぱり、僕の体力の無さは痛いよねぇ…」

模擬戦と聞いてしみじみと感じる。決して出たく無いけど。って言うか3年後にはもうここにはいないけど。

ぷにぷにって言われてるし…くそぅ!筋トレだ!!そうだ!今だ!

「ちょっと僕、筋トレする」

私の発言にニックが聞いた。

「え。マジで?どんなの?」

どんなの?えーと…体育の授業で…思い出せ…効く部位と名称

「ちょっと黒板…」

ざっと簡単なクッキー人形みたいな絵を描いて、部位に効果的なトレーニングを書いていく。

「これは上腕二等筋と大胸筋に。背筋にはこっち。腹筋と側筋にはこれ。下腿筋と大臀筋にはこれが良いみたい」

矢印で示していくと、ニックが手を上げた。

「それどういう動きをするんだ?」

「はい。では、実際に体を動かしてみましょう。机、どかして」

私は体操のお姉さんよろしく、動きを皆にレクチャーする。

「はい。ここでゆっくりー。自重を筋肉に充分伝えて意識して屈んでいきます」

「あ。マジだ。これ、キツイやつ!」

ロンが動きを真似て驚愕した。

「マックー?プルプルしてるよー?大丈夫かなー?」

スクワット1つでマックは、ひいふうと息をあげている。

「む、むりー!」

「猫背にならないで。顎をあげない。マックは膝に負担をかけないように深く屈むのはやめとこうね。でも、動きはゆっくりだよ?はい。じゃあ、ゆっくりいきます。いーち…にーい」


「はい。終了ー」

「マジ、疲れるー!!」

教室に近付くと、生徒達の騒ぐ声がした。

そうだ…いくら深刻な事でも、他の生徒を疎かにしてはいけない。

扉に手をかけると、「はい。じゃあ、次、行きます」とスレイプニルの声がした。「はぁ?!まだあんのかよ?!」と言うアッシュの嘆きも。

…また、何をしてるんだ…あいつは。

教室の扉を開けると、床に寝転がった生徒が足を上げていた。

「ここからー…床にかかとがつかないところで止めてー…またあげる」

持ち上げた両足を床に下ろす寸前でとめて、またあげる。

「……なにを…しているんだ…?」

今度はなんだ。おまえら揃って。

「あ」

声をかければ、全員が床に寝転んだままこちらを見た。

マックなんて、顔も向けずに寝てる。

「昼寝をしていいなんて言ってないぞ…」

「違います。ニルが筋トレするっていうから…」

アッシュが弁解した。

筋トレ?なんでだ?というか、すーぷーちゃん。おまえ、筋トレなんかして大丈夫なのか?

黒板の前で床に転がってこちらを見ている黒い目は、気まずそうにそらされ、起き上がると

「じ、自習終了ー。机、戻そうかー」

と、動き出した。

その動きは普通だ。具合が悪そうには全く見えない。今は…まだ。

ガタガタと机を戻す生徒達に、構わず教室に入れば黒板に書かれた物に目が止まった。

「…………」

絵自体は子供向けの人形だが、そこには細かい部位毎に人間の筋肉組織とそれに効果のある動きが簡単に示されていた。

…赤竜や青竜の授業でやる内容だろうが。なんで、この教室の黒板に書かれている?

筋力トレーニング?こんなに詳しくどこで習った?

「…スレイプニル…」

「は、はい?」

ギクリと顔をあげる黒い目に、問う。

「…これを書いたのはおまえか?…どこで聞いた?」

「え。えーと…それは学校で…」

「ここで?」

「え。あ、はい。…そう!ネイロスに?…ネイロス、毎晩、部屋で筋トレしてるんですよ」

あたふたと答えるスレイプニルの言葉に信憑性はあるが…しかし…なんか…疑わしいんだよな。コイツは。

いそいそと自分の席について授業を待つ姿は、全く病弱な気配は無い。

いっそ、違うと否定してくれ。…もっと信頼関係が増したら…打ち明けるんだろうか…。誰か教えてくれ。

ジッと見ても、その顔に答えが書いてある訳もなく。

「先生ー」

アッシュが手をあげた。

「なんだ。アッシュ」

「さっき、ニルが言ってたんですけど、法術で魔法が防げるって本当ですか?」

「…………」

チラリとスレイプニルを見ると、叱られるのかとビクビクしている。

ああ…叱られるから言わないのか?…そんなに叱ってきただろうか…?そもそもおまえが叱られるような事をするからだろう?こっちだって好きで叱ってるわけじゃないんだ。

「…ああ。本当だ」

答えれば、教室は沸いた。

「だが、それには高度な技術を要する」

追加の言葉に生徒達は注目した。

「法術と言うのは…言ってしまえば、治癒と浄化と光玉だ。それを習得すれば一応の法術師だ。個々の能力は使用出来る数や回復出来る範囲で違ってくるがな。魔法みたいに種類や分類は決して多くない。そこで、法術を更に発展させたのが法術師の聖君アルデバラン様だ。アルデバラン様は、アルカティア人から得た知識で、法術で魔法を防ぐ、術式の元を作られた」

「…アルカティア…」

黒い目が輝いて、失われた文明と民の名を呟いた。

「その術式を更に弟子であるパンタソス様が引き継ぎ初めて具現化された。更に種類を増やし今の研究とされている。術式も複雑で法力も使う高度な法術だ」

どうだ。すごいだろ?教皇様。すーぷーちゃん。見直したか?

…おかしい。なんで、そこで半眼になるんだ?「わぁ!凄い人ですね!!」って、なんでならないんだよ!!

「先生、パンタソス様って、現教皇様ですよね?その人…先週、ここに来ましたよね?」

アッシュが聞いた。

「そうだ」

「わぁー!!スゲー!!」

「え!見たい!!凄いだろ!!それ!!」

「あの人、魔法を防げるんだ!スゲーな!!」

口々に教皇様を賛える生徒達。

ほら見ろ!!すーぷーちゃん!!これが正しい反応だぞ?!しかと見ろ!!

「…先生…」

1人、冷静に手をあげたスレイプニル。

「なんだ?」

「…という事は、あの教会で見た本は新しい物ですか?」

「あれは初期の物だ。パンタソス様がまだ教皇猊下になられるずっと前の著書だな」

「では、最新刊は?今、どこで読めますか?」

おまえな…。見境ないな。

「すーぷーちゃん…法術も、魔法と同じで書物は貴重なんだ…」

「というと、お高いんですか?」

ええ?ぼったくり?…みたいな顔してないか?お前…。ふざけんな?

「いや。法術師は魔法師と違う。知識は広く多くの人に提供したい。この近くならば大聖堂の礼拝所に置かれている」

「先生。読みたいです」

来たか。そうか。そうだな。おまえだもんな。わかったぞ、ここで教皇様の株が上がるんだな!

「良いだろう。だが、それには教皇様にご挨拶するべきだな」

「………」

ゲッ!!って顔したな。おまえ。なんだその顔は。

「じゃあ、良いです」

じゃあイイってなんだ!!なんで諦めるんだよ?!

「すーぷーちゃん…おまえはどうしてそうなんだ…」

俺はほとほと、理解が出来ないぞ?

「どうしてと言われましても…」

プイと目をそらす。

「……。魔法を防ぐ法術を使える、教会最高指導者、教皇猊下に会いたい人ー?」

教室でそう問えば、先を争い挙手する1年生。

「はい、はい!!」

「俺も!!」

「え。マジ?どんな人?!会ってみたい!!」

ほら見ろ!皆、会いたいんだよ!!

「…。どうぞ。皆で会ったら良いんじゃないですか?僕は結構です」

ツーンと顔を背ける。しかも頬杖までついて。なんなんだその態度は!

「ニル、おまえ、その人の本が読みたいって言ってたじゃん。作者に会えるんだぜ?」

そうだ!ニック!援護を頼む!

「僕が欲しいのは本の内容。作者はいらない」

おっまえ!!

「なんでだよ?ちょっと挨拶すりゃいいだけだろ?」

そうだぞ!よしよし!

「ちょっと…?ちょっとじゃ絶対済まないよね。下手すると二度と家に帰れないよ」

は?…なんでそうなるんだ?教皇様を人さらいみたいに言うのか?

い、いや…待てよ…教皇様…こいつの後見人にもなろうとされてたからな…あながち…いや!そんな…。

「おまえ、大げさだなー。教皇様って怖いのか?」

「……さぁ?」

興味ないと言わんばかりのスレイプニルの態度。頬杖をついて早く終わらないかとばかりに目をそらしている。

クソッ…コイツの父親…なんでよりによって教皇様を騙ったんだ!王族にしとけばいいものを!!

スレイプニルー…おまえ…教皇様に引き立ててもらえば将来…あ…。…あぁ…。

「…………」

こいつの将来…本当に大病ならば…意味がない事だ。タナトスと同じように…ああ、だからか?タナトスのgiraffe病は不治の病。同じ仲間…同志のように感じているのか…?

…もし…そうなら…今、こいつに必要な事は、悔いなく1日を生きる事だ。精一杯…

「先生?」

…いかん。泣けてきた。

目頭を押さえて息を吐いた。

「お、おい!ニルー!おまえ、先生、泣かすなよ!」

アッシュがスレイプニルを非難した。

「えぇ?!ぼ、僕?!…えぇ?!嘘?!嘘ですよね?!」

「いや…いいんだ。すーぷーちゃん…」

おまえのせいじゃない。

「おい!ニルー!!」

ニックも続いて非難すると、スレイプニルはますます慌てる。

「うえぇ?!…せ、先生…ご、ごめんなさい…僕、態度、悪かったです…その…すみませんでした…」

スレイプニルは、席を立って謝った。

「…いや。…そうか、まぁ…慌てるな…ゆっくりでいいんだ」

生き急ぐな。もしかしたら今後、何とかなる病かも知れないだろ?…なんの病かまだ知らんが…。

「は…はい…?」

戸惑いながら着席するスレイプニル。

「…授業には微妙な残り時間だ。初めて模擬戦を見学した感想を聞こう」

簡単に終わるだろうと思った感想は、意外にも熱を持って生徒の口から語られた。皆、自分達の先輩の活躍に刺激を受け、憧れも感じたようだ。ただ1人、スレイプニルだけは観戦していないせいもあるのか、終始、聞き役でそわそわと身動いでいた。


午後の授業を終える鐘が鳴り、先生に一礼すれば私はイスとローブを慎重にそれとなく確認し、トイレに駆け込んだ。

せ、セーフ…。気が気でないわ…。ああ…交換したこれもな…おいそれとゴミ箱入れられないし…

処理は誰の目にも触れないように確実に済ませなくてはならない。

クッ…7日…いや、5日の戦いだ…。それも2日の明日を越えれば…まだ何とか!!

私の中の模擬戦は序盤が激闘だ。

一切の痕跡を残さないように細心の注意を払い、トイレを出る。

灯り点けまでどうしようかな…?

夕暮れ前の灯り点けまでのわずかな自由時間。また1人でウロウロしてると怒られるから…どこか、絶対安全な場所は…。



コソッと扉を開けて覗けば、白いローブの青年達がそれぞれ机に向かい何かしていた。自習の図書館のように、それぞれの内容は微妙に違うみたいだ。

そー…と入って、帽子を取ると机の端に座った。

音を立てないように持ってきた自分の日誌を開く。タナトスから借りて書き写した補助魔法をじっくりと読む。超速魔法の反対…相手の動きだけを遅くするっていうのもあったから、それを読み込んでいく。

「……………」

ああ…なるほど…超速魔法は風属性なのに対して、これは水属性だ。

「……………」

動きとしては…相手が水の中にいるような動きになるのか…。うん、かなりスピードが落ちるね。

「……………」

ふむふむ…へぇー…。

読みながら過ごすと、そのまんま図書館にいる感じだ。

「……え。あれ?…すーぷー?」

声をかけられたのは、だいぶ読み進んだ時だ。

クスト先輩が私に気付いて目を丸くした。

「おまえ。なんで?いつからいるんだ?」

その言葉に、その場にいた全員の視線と「え。あ、本当だ」「いつの間に?」という言葉が向けられた。

「…あ。すみません…あの…どうぞお構いなく…」

「いや、お構いなくって…おまえ。何してんの?ここで」

そう。ここは3年生の自習室。

「あの…灯り点けまで時間があって…でも、タナトスいないし、僕、1人でいると…メルセデス先生に…。本も読みたかったので、ここなら…その…お邪魔にならなければ…安全かなぁ…と」

「おまえな。コソッと紛れ込むなよ。堂々と来い」

そう言って笑うクスト先輩に、他の先輩が「確かに。ここならメルセデス来ないもんなぁ」と笑った。

「…そんで?おまえ、何読んでるわけ?」

「え。クスト先輩。本当にお構いなく。僕の事は良いので…」

「構うわ。そんなん。構うに決まってるだろ。見してみ?」

「ちょ!うわぁ!ぷ、プライバシーですよ!」

拒否しようにも、クスト先輩、強引。遠慮無し。ポテチ同様、引ったくられた。

「……何だ?これ?どう言う事だ?」

私の日誌を取り上げて目を通す先輩。

「…なんだ?日誌か?」

本の表装は白竜全員に配られる物で、元々は白紙の1冊だ。

ラング先輩が聞いた。

「…他には…お。スゲー。え。…これ…マジで?……オイ」

ペラペラとめくり、その表情を変えるクスト先輩に他の先輩も興味を持って1人、また1人と席を立って覗いた。そうして気付けば人だかり。

「せ!先輩!返して下さい!僕の…こ、個人的な日誌なんで!」

日記読まれるとか、何、この羞恥プレイ!

「すーぷー…おまえ…この、オレンジピンクの雫型光玉って…マジか?」

「…揺らいだような色の変化って書いてある。…この、アイリスが大事な人に出会うまでその輝きを失わないように。そして、持ち主が変わると色がオレンジ単一になる仕掛けにしたって…」

クスト先輩に続いてラング先輩が読み上げた。

「うわー!!ちょっと!音読なんてどうかしてます!!」

赤面して慌てれば、読み上げる度にクスト先輩の顔がシリアスになって、場の空気が凍ってきた。

「すーぷー…女か…」

「は?!はい?!」

え?!なに?!

「おまえ…白竜は男女交際は厳禁だと…」

ユラリと体を揺らし威圧してくるクスト先輩のオーラが怖い。

「あ。こ、交際?!…いえ!違います!それ!アイリスはアイティールの妹で!交際じゃないです!むしろ僕、侍従にされるところを断りましたので!!」

必死で弁解すれば、クスト先輩は止まった。

「ああ…なんだ。…あの王弟の小生意気なガキか。侍従?…おまえが?」

「そ、そうですよ…それに、そのアイリスの事はローズ先生にも説明済みです。最初は物凄いワガママっ子でしたけど、汚い犬呼ばわりだったのが、最終的には侍従にしてあげるって言われました。かわいいでしょう?」

「はぁ?!どこがだよ!クソ生意気な奴だな!さすが王族だぜ!」

「ええ?!」

「…この、超寿命光玉って奴…どう言う事だ?複数の仕組みが合わさった…」

ラング先輩が読み上げたそれは、ローズ先生にあげたやつだ。

「うわぁ!!せ、先輩!も、もういいでしょ?!」

私は慌てて日誌を奪い返した。

あっぶない!!小っ恥ずかしい内容が満載なんだよ!これは!最高に恥ずかしい所は日本語だけど…そうだ。ナタル先輩なら読めちゃうかも知れない!!あっぶ!!やめよう!!

フーフーと顔を赤くして日誌を抱く私は、この日誌は誰にも渡さん!!と死守を決めた。

「すーぷー。おまえ…あの青くて鳴くやつや、ボヤーと光るアレ以外でも珍しい光玉作ってんだな…」

クスト先輩が言った。

「?…なんだ?そのボヤーと光るやつって?」

アレク先輩が聞いた。

それは…ああ。アイティールのパーティーでクスト先輩に作ったやつだ。

「ん?ああ。こいつが、ボヤーと光る光玉作ったんだよ」

クスト先輩、そのまんま過ぎです。もうちょっと具体的に説明しないと伝わらないですって。

「なんだ?それ?どんな…?」

ほ、ほらぁ!

「そ、それでしたらすぐに出来ますので…」

あの時は、生き物みたいに呼吸する光玉を作ったはず。

イメージして法力を込めれば、すぐにコロリと出来た。光の無い玉。

「ああ。そうそう、これ」

クスト先輩が手を伸ばし、受け取ると呼吸のように光がフワーッと輝き、やがて弱い光が残り、再びゆっくりとフワーッと輝いた。

「なんだこれ?!生きてるみたいだ!」

「え?これ、光玉?」

「変わってんなぁー!」

ワッと先輩達は光玉に群がった。

これは…私…めちゃくちゃお邪魔してるのではなかろうか…?

「…クスト先輩…」

「あ?なんだ?」

「僕…ここでもお邪魔しちゃうみたいなんで…そろそろ灯り点けに、行って来ます…」

「なんだよー。遠慮すんなって」

馴れ馴れしくワシっと肩を抱かれると、明らかな体格差によろめく。

そう、これ。18才男子の腕力。白竜でこれっしょ?赤竜や青竜の男子、ほぼゴリラじゃない?

良かった…白竜に選ばれて…本当に良かった…。マドラス…ありがとう!!

「あ。そうだ。先輩。聞きたい事があるんですけど…」

「おう。なんだ?」

「復活の法術ってご存知ですか?」

何気なく聞いた質問に、笑顔で盛り上がっていた3年生が一斉にシンッ…と沈黙してこちらを見た。

「………それがどうした」

「僕、よくわかって無いんですけど…2度目がリスキーってどう言う事ですか?」

「………おまえ…それ、どこで聞いた?」

クスト先輩の顔が真剣だった。他の先輩達も固唾を飲んでいる。

あ、あれ?…いけない事だったのかな…?ナタル先輩とは言えないし…。ヤバイ…。

「い、いや…その…本で…?」

「本?…どこの本だ?」

クスト先輩…いい加減、肩離してくれませんか…顔近いです。

「え、えーと…どこだったかなぁー…だ、大聖堂の図書室だった…かなぁー…?」

「…大聖堂の図書室…おまえ、行ったのか?」

「え。は、はい。僕、治癒の法術も浄化の法術も変に未完成ですので…先生がヒントになれば。と、連れて行ってもらいました」

「それで?」

「いや…相変わらず未完成ですけど…」

「未完成?…そうか」

そういって先輩は私の肩を離した。

「よし。じゃあ、行ってこい」

え。あの…質問は…?

…とは言え、またなんか突っ込まれても困るし…。

私は帽子を被り、日誌を手に会釈して自習室を出た。

「あ。すーぷー。またいつでも来て良いんだぞ?」

背後でクスト先輩が声をかけた。他の先輩もダメという感じしないし…優しいな。白竜。

「面白い話か、ポテチがあれば、なお良し!むしろ持って来い」

ええ?!もう。勝手だなぁー!

…あ。でも…タナトス、魔法封じを嫌がってたから…ポテチ作ってあげようかなぁ…?



灯り点けのために玄関ロビーに行けば、まだ時間は10分くらいある。

他に誰か来てないかな。と、見回せば、外に馬車が横付けされた。

こんな時間に?

不思議に思って外を覗けば、黒い重厚な馬車から黒一色の使用人が1人、御者台から降りて素早く馬車の扉を開けた。

憂鬱そうに出てきたのは…

「あ。タナトス!おかえり」

私は玄関から出てタナトスを迎えに馬車に近付いた。

「……………」

タナトスは沈んでいた。そして機嫌も悪そうだ。

まぁ、そうだよね…。魔法が使えないって、窮屈だよね。

「タナトス。大丈夫?…今度、ポテチ作ってあげるから元気だしてね」

タナトスは、ポテチという単語に反応してコクリと頷いた。

「…ぷにぷに…寝る…」

「え。いや。まだだよ?…僕、これから灯り点けだし、今日、朝も昼も食べ損なっちゃっててお腹減ってるもん」

「…ポテチは…?」

「それも、まだ。タナトスー、早いよ」

タナトスはため息を吐いた。

な、なんなの?その、「自分はこんなに可哀想なのに何にも用意してないの?」みたいな感じ!

「タナトス様…我らはこれで」

馬車のすぐ横で控えていた黒一色の服装の方は…なんか…めちゃくちゃ怪しいんですけど…どちら様なんだろう?

「…帰れ」

タナトスは一瞥もせずに言った。

…あ。あの馬車の扉にある紋章…3頭の犬だ。

「タナトス、お家の人?」

タナトスは否定しない。

宰相家?!うひゃー。王家に続き、宰相家ー!

「ど、どうも…お疲れ様です」

帽子を取って黒衣の使用人に会釈した。

その人は、私を見て黙礼すると素早く御者台に飛び乗った。手綱を取っていた別の使用人が馬を進めると、馬車は去って行く。

……何というか…使用人の方まで無表情な感じなんだな…。

あ。でも…アイティールの家の使用人の皆さんは…アイティールの前では超真面目だけど、休憩時には談笑してるから…お仕事中だからだね。

「タナトス…痛かったの?」

魔法の封印ってどんなのなんだろう?

「…不快感…腹がたつ…」

タナトスは右腕をさすった。

袖のボタンが外れていたから、その腕を取って見ればあの複雑な模様の入れ墨は黒く濃くなっていた。

「…タナトス…誰かを死なせちゃう魔法はダメだよ…皆怖がるでしょ」

「………魔法はそういうものだ」

あ…ああ…まぁ…そう…かも知れないけど!

「僕はね、タナトスを…皆に怖がらせたくない。そしたら魔法を封じられる事も無いでしょ?」

「…………」

「隠しておくんだよ…僕みたいに」

「…ぷにぷにが魔法使えば、すぐにわかる…補助魔法みたいに」

「それはタナトスだからだよ。他の人はわからなかったでしょ?」

「…なぜわからない?」

「なんでだろう?でも、僕だって他の人があの補助魔法使ったらわからないよ。結果を見たらそうなのかな?ってくらいで。そういう魔法があるのを知ってるからかな?」

「…………」

「だから、タナトス…凄い魔法は使わない。我慢出来る事なら…ダメって事はちゃんときいておかないと…本当に大事な時以外は隠しておくんだ。ね?」

「…………」

タナトスは沈黙のまま、少ししてコクリと頷いた。

よしよし。素直じゃないの。

玄関を入り、ロビーにはもう白竜の2年生とアッシュが集まっていた。

「あれ?おまえ、外にいたのかよ?!」

アッシュが驚いて声をかけた。

「うん。タナトスが帰って来たのが見えたから」

2年生は私の後ろのタナトスを見て、腰がひけている。

「先輩。僕、今日も食堂と黒竜周りでいいですよ?」

「え。でも…」

「タナトス。一緒に周ってくれるでしょ?」

タナトスは嫌とは言わず黙って立っている。これは肯定だろう。

「ああ。タナトスがいたらアイツら手出して来ないもんな」

アッシュの同意に、先輩は「じゃあ…」と頷いた。

「終わったらすぐに食堂に来いよ!遅くなるようなら様子を見に行くからな?!」

そう言う先輩は、夢の中のお母さんだ。よく言う「暗くなる前に帰って来なさい」の、それ。

さすがに高校生になってまでじゃないけど…。それでも遅くなると気をもむ。ニュースを見ては物騒だから。と。

この世界のお母さんがいたら…今の私を心配するだろうな…。

あ…そう言えば…。お墓とか聞いた事ないな。どうなったんだろう?

今の今までお墓参りとか命日とか全然、デボラから聞いて無い。そして…記憶の中のお母さんは…やっぱりアルカティア人…だった気がする…。それはそうか。じゃあ…お父さんは?

「…………」

まぁ、あの人では無いわけで。デボラは知っているのか知らないのか、いつもはぐらかされて来た。

「よし。じゃあ、始めよう」

先輩の号令を合図に私達は灯り点けに散った。



そんなこんなで、食堂は問題無し。光玉を指定の数と大きさで作る。そして、黒竜の教室。

タナトスを連れ立って教室に入れば、驚いた。

わ。…今日は人が多くない…?

ズラリと長机に並んだ黒ローブに圧倒された。多くの視線が向けられる。

しかし、教室にいた黒竜の生徒は現れた私でなく一様にタナトスを気にしている。

あの悪夢の魔法の範囲魔法ってよっぽどのインパクトだったんだろうなぁ。

席を立ち、その中から1人の生徒が近付いて来た。

あ。ナタル先輩だ。

「よう。ジョーカー。今日は珍しい魔法、見せてくれたな」

先輩は私に目を向けず、自分の身で生徒達の視界を遮る。その影で私に紙を渡した。

「…?」

コソッと見たそのメモには…

《出直せ 先生が来る》

先生…つまり…メルセデス先生?!

「おまえ、これから始まる臨時講義に呼ばれたんだろ?当事者だもんな」

「…………」

「あ。あー…えーと…た、タナトス…お邪魔しちゃうから…もうちょっとしてからにしよう!」

渡されたメモを握りローブの下のポケットにコソッとしまう。

「おい。ハートのキング。タナトスはウチのモンだろうが。何、勝手に引き込んでんだ」

威圧的に言ってくるナタル先輩。

先輩…ヤクザですか…?

「そ…そう…ですね…。確かに。すみません。そ、それじゃ、僕…あとで光玉、お届けしますんで…」

黒い集団の視線に、アウェー感がヒシヒシと。

私はそそくさと扉に向かって足を向けた。

扉に手をかけ「それじゃ、お邪魔しまし…」挨拶しながら扉を開けばそこにはまさに

「おや。これはこれは!ようこそ。スレイプニル」

メルセデス先生が私を見て満面の笑みを浮かべた。

「たー…!!」

挨拶の語尾が伸びた。引きつった顔に体が固まる。

「灯り点けですか?そうですね?そうでしょう。うんうん。せっかくだからゆっくりしていきなさい」

メルセデス先生は、孫が久しぶりに帰省して顔を見せた祖父母のような勢いと強引さで、私の肩を押して教室に引き戻した。

「せ、先生!僕、お邪魔しちゃうんで、出直しますので!」

慌てて辞退するも、先生は笑顔のまま後ろ手で扉をキッチリと閉めた。

あっ…。退路が!

「まぁまぁ。そう言わずに。どうです?たまには他の組の特殊授業も見学して見るといいと私は思いますがねぇ」

ニコニコと言う先生は、全く隙が無い。

な!なんてこった!メルセデス先生、つ、強い…。

「…先生!そいつは白竜ですよ?しかも、ハートのキングです。模擬戦中に白竜と揉めては不利です」

ナタル先輩は眼鏡を押さえて、つまらなそうに言った。

「揉める?とんでもない。ナタル。席に着きなさい。全員集まっていますか?ああ。ちょうどタナトスも戻りましたか。魔法封じをされてしまい残念ですね…。ルール的には色々と支障がありましたが、魔法としては今日のアレは素晴らしかったです」

先生はナタル先輩を席に戻し、構わず話を始める。

「タナトスが素晴らしい魔法を見せてくれましたからね。その話をしたいと思って皆を集めました」

ニコニコと上機嫌で話をするメルセデス先生。

「しかし、眠れないタナトスが悪夢の最終形態の魔法を使うというのも、皮肉なものですが」

先生のその言葉に、黒竜の生徒からクスリと笑いが起きた。

「しかし、この悪夢の魔法というのは眠りのようで眠りではありません。かけられた者の五感は全て現実に感じるのです。普段、我々がよく知る悪夢の魔法は、その最も初期のものですので、感覚も夢を見ているのとほぼ同等。夢の中で匂いや熱さ寒さをリアルに感じる事は無いでしょう?あったとしても、そう錯覚しているだけです。ですから、目が覚めれば体はなんともない。しかし、タナトスが用いたあの魔法は、実際に体に影響を及ぼします」

メルセデス先生の講義に、生徒達は真剣だ。

「悪夢の魔法の中で、ケガをしたとしましょう。すると、実際に何もしていない体も損傷します。腕がもげれば腕が、首がもげれば首が。それが、タナトスの場合、かなり広い範囲魔法で具現化されました。いかに屈強な騎士であろうとも、この魔法を自力で打ち破るのは難しいでしょうねぇ」

改めて説明されると、タナトスが使った魔法の深刻さを感じるが、メルセデス先生は飄々と言ってのける。

「この魔法…皆さんもおわかりかと思いますが、誰もが使えるわけではありません。まぁ、そうですよね。こんな魔法、誰もが使えたら人類は滅びます。…しかし、使える者がいるのも事実」

メルセデス先生の講義は面白い。面白いけど、さすがに部屋が薄暗くなってきた。

私は教室の隅に移動して光玉を作る事にした。

ウミガメ、ウミガメ…まん丸の綺麗な光を30個…

ポコポコと箱の中に収まる光玉。

それを持って教室のガラスのランプに入れて行く。教室自体は30個も要らない。残りは黒竜のそれぞれの研究室用になるようだ。

「…という事例が示す通り、人間の体というのは頭で想像した事が体に影響を及ぼす事があるのですが…おや。スレイプニル。もう出来たのですか?」

コロンと備え付けの照明受けに最後の光玉を転がした。

「…は、はい。残りはあちらの箱に」

「さすがに早いですねぇ!30個を…5分もかかっていないでしょう」

うんうん。とメルセデス先生は嬉しそうだ。

「そ、それでは僕は…」

この辺で。と帰る空気を出せば、メルセデス先生は話を私に参加させながら続ける。

「スレイプニルはその場にいませんでしたね。…タナトスがこの悪夢の魔法を行った上で、とても凄い事がありました。スレイプニル。それが何かわかりますか?」

「え。…いいえ」

素直に答えればメルセデス先生は頷き、他の生徒を見た。

「それに気付いた生徒はいますか?」

顔を見合わせる黒竜生徒に、ナタル先輩が挙手した。

「ああ。さすがにナタルはそれをすぐ間近で見ましたからね。ナタルはダメです。他の者は?」

ニコニコと先生が聞けば、ナタル先輩の近くの生徒が挙手した。

「はい。ジョニー。どうぞ」

「…あの時、奴は会話しながら間も無く魔法を具現化しました。恐らく…信じがたいですが…無詠唱…じゃないですか?」

無詠唱…。

「はい。良く出来ました。その通りです。そう、アレを無詠唱…凄いですねぇ!痺れますねぇ!あの悪夢の魔法を!しかも範囲魔法を!あれだけの広さで!無詠唱!いやー!ゾクゾクする!」

メルセデス先生は、興奮しながら熱く語った。

「一般的に、高度な魔法ほど詠唱は長くなります。基礎の魔法すら無詠唱で出来る者は熟練を要します。それに魔法の難度があがれば、更に限られています。皆さんも基礎魔法で試した事があるでしょう?しかし、そうそうに出来ない。それが出来る者…これはもう、持って生まれたセンスです!これはどうしようもない!タナトス!凄い!」

な、なんか…タナトス…べた褒めされてる…。ま、まぁ…凄いのはわかる。うん。タナトス。凄い。

しかし、当の本人は黒竜なのに席にも着かずに、さっきから壁にもたれかかって、今では床にやる気なく座っている。

その姿は被災民みたいな虚無感のまま…。

「しかし、それもさすがに危ないですからねぇ…。無詠唱であんな高度な魔法を広範囲でかけられては…我々はいくつ命があっても足りません。そんなわけで、タナトスは今、魔法封じの呪いで魔法が使えない状態になっています」

黒竜の生徒が顔を見合わせ、魔法封じという単語にそれぞれが近くの者とわずかに会話している。

「それも、あなた達が模擬戦などで使う一時的な魔法封じではありません。タナトスの場合は魔法協会にいるその道の権威が時間をかけて行います。そうしますと、並みの法術師では、まず浄化は出来ないでしょう」

そう言えばローズ先生も言ってたな。力の強い者の呪いは浄化が効かないって。

「先生。魔法を封じられると話せなくなりますが…ジョーカーもそうですか?」

黒竜の生徒が質問した。

「良い質問です。確かに模擬戦で使用される魔法封じは詠唱出来ないように言葉を一時的に奪うものです。ですが、タナトスの場合は話を出来ます。呼んで返事をしないのは、タナトスが億劫がっているだけでしょう」

せ、先生。正解です。

「それに、どうです?タナトスは先程も言った通り、無詠唱で高度な魔法を行使出来ます。言葉を奪った所で魔法を封じる事は出来ません」

ああ…確かに…。

「話せなければ生活にも支障をきたしますからね。ですので、タナトスにかけられた呪いは魔力に直接影響させるものです。魔力を放つ出口を何重にも塞いでしまう…というイメージでしょうかね」

へぇー…そうなんだ。

「見た目の変化としましたら…タナトス。見せて頂けますか?」

ふと、メルセデス先生が床に座り込んでいるタナトスを見た。

「…断る」

あの黒い入れ墨みたいなやつか。

「そこをなんとか。とてもいい教材です」

食い下がる先生に、タナトスは動く気配は無く言った。

「…くどい」

メルセデス先生は張り付いた笑顔のまま、タナトスに近付き右手を差し出した。

「………」

え。先生、攻めるなぁ!ちょっとそれは…

「せ、先生。タナトス、その気無いんで、やめたほうが…」

思わず止める。

魔法は使えなくても、無理強いすると危ないですよ?!

「そうですねぇ。…しかし、別件も試してみたいですし?」

試す?…何を?

メルセデス先生はそう言ってタナトスの腕を掴んだ。

と、その時、一瞬でメルセデス先生が凄い速さで自ら後ろに飛んだ。

タナトスはいつの間に立ったのか、その場に佇んでいる。

飛び退いたメルセデス先生は右手の甲を抑えていた。

「え…?」

皆、何があったのかわからなかった。

「あ!せ!先生!血が!?」

黒竜の生徒の1人が声をあげた。抑えた手から赤い血が染みていた。

うわー!またやったな!タナトス!

タナトスを見れば、一見してなんの変わりも見せていない。ただ、座っていたのが立っただけ。

教室内が騒めいた。

「はい。皆さん、落ち着いて。では、ここで、この手の傷…ああ。まぁ、そこそこ切れましたね。これを布で覆うとしましょうか」

メルセデス先生はニコニコとそう言って、血の流れる手を掲げて見せた後、ローブから白い布を取り出して手に巻き付けた。

血が出ているのに、まるで想定内のようでご機嫌だ。

黒竜の生徒達も呆然としている。

なんなの?この先生…不思議…。

「はい。止血しました。これでひとまず良し」

巻く間に所々、血で染まった白い布がメルセデス先生の右手に簡単に巻かれた。

「…うーん…しかし、やはりちょっと痛いですね…」

でしょうね!パックリ皮膚が切れてましたもんね?!

「スレイプニル。すみませんが…おまじないをして頂けませんか?」

「えぇ?!」

な、なに?!急に。

「あの…僕…まだ、治癒は…」

おずおずと言う私に、メルセデス先生はニコニコと頷いた。

「ええ。知っていますよ。君はまだ治癒の法術が未完成だそうですね。ですが、入学してまだ1(ひとつき)ですよ?黒竜でも…あなたと同じ1年生で、四元素を自在に操る者はまだいません。白竜でも、あなたの同学年はまだ光玉すら、ままなっていないでしょう?」

メルセデス先生は恥じる事は無いと言っているようだ。

「しかし、先日して頂いたあなたのあのおまじないが効きまして…痛みが消えたんですよ。ぜひ、またして頂きたい」

え、ええ…?!

「そ、それは…その…本当に子供騙しで…」

こんな大勢の前では、恥ずかしいんですけど…

「構いません。効くか効かないかは気持ち次第です。悪夢の魔法の原理は説明した通りです。その逆もしかり、ですよ?」

ああ。それ…なんて言ったっけ?それ…えーーと…あ!そうだ!プラシーボ効果!!

効果の無いものでも、本人が効くと思い込めば効く。

「お願いします」

ためらう私にメルセデス先生はニコニコと手を差し出した。

「そ、それじゃ…」

おずおずと歩み出て、メルセデス先生の手を取ると円を描くように撫でた。

思えば、この世界のお母さんとの…貴重な思い出の1つだな…。

痛みが消えますように。と、願掛けて手を離す。

「……ああ、やはりそうですね。痛みが消えましたよ」

メルセデス先生は嬉しそうにニコニコと頷いた。

「そ…そう思って頂けたら幸いです…」

「ええ。実際そうでしょう?」

メルセデス先生は止血で巻いた布を解いた。

「え。いや、先生!ちゃんと治してもらってください」

「ええ。大丈夫です。誰か、バケツを持って来てください」

メルセデス先生が言えば、生徒がどこからかバケツを持って来た。

先生が魔法で空気中の水を集めて両手にこびりついた血を洗い、その手を掲げた。

その手にはもう流れる赤い血はなく、パッカリ開いた傷が消えていた。

「え?…あれ?傷が…なんで?」

黒竜の生徒が目を丸くした。それは私も同じだ。

手品?…あ。手品ですか!メルセデス先生!すごーい!授業で手品も披露しちゃうの?!黒竜の授業、おもしろー!!

わぁ。と拍手しようとしたら、メルセデス先生の黒と茶の目が私を見た。

「見ましたか?タナトスに続き、ここにも…無詠唱を行える者…無詠唱で治癒を行える者がいます」

「…え?」

ヒェッ!!な!なんか、寒気が!!

「スレイプニル。あなたは自覚がないのでしょう?治癒が未完成?とんでもない。あなたはすでに治癒を行える。私もたくさんの生徒を見てきましたが、白竜の生徒が治癒を無詠唱で行える…そんな者に会ったのは初めてです。…いや、おそらく、法術師の中でも稀では無いでしょうかね…?」

メルセデス先生が、物欲しそうな目をしている気がする…その圧に私は一歩、後退した。

「…先生!」

ナタル先輩が声をあげた。

と、同時に教室の扉が開いて、その色が目に飛び込んできた。

鮮やかな赤い色。白い白衣。

「おや…これは、ローゼフォン。ようこそ、私の授業へ」

「メルセデス!…黒竜の授業にウチの生徒を巻き込むのはやめろ」

「…何を怒っているのですか?ローゼフォン。私は何もしていませんよ?灯り点けに来た白竜に…たまたまケガの治療をお願いしただけです」

噛み付く勢いのローズ先生に、ニコニコとメルセデス先生は答えた。

「1年生に頼むな!」

「誰に頼もうと、私の自由ですよ。それに、1年生だろうと…すっかり治して頂きました。それも無詠唱で治せるなんて…実に素晴らしい!どうして隠しておくんです?」

メルセデス先生が残念そうに小首を傾げた。

「…うるさい。黙れ」

ローズ先生の低い声が呪いのように響いた。

「もうコイツを黒竜の教室には送らない。二度とコイツに近寄るな」

ローズ先生は私の腕を掴むと引っ張るように教室から出た。

先生の歩幅で足早に歩かれると、私は小走りだ。掴まれた腕の強さで、先生は怒っている…。

まただ…。また。ああ…もう…。どうしてこうなっちゃうんだろう…。

そんなつもりは全く無いのに、何をしてもこうなっちゃう事に涙が滲む。呼吸が乱れた時、ツバが気管に入ってむせた。

先生がピタリと止まって「すまん。大丈夫か?」と心配そうに聞いた。

頷いて呼吸を整えればなんて事は無い。

「先生!僕、知らなかったんです!本当に!ただのおまじないだと思ってた!」

嘘じゃない。今でも信じられない。あんな、おまじないで治せるものなの?

「落ち着け。何があったか…話せるか?」

ローズ先生は伺うように聞いてきた。黙って頷けば先生は私の肩に手を置いた。

「まぁ…その前にもうそろそろ夕食だ」

先生の顔は怒ってなかった。ただ少し、さみしそうで…それが余計に申し訳無かった。

…こんなに色々…騒ぎを起こす面倒くさい生徒…いないよ…。









9月投稿、うっかり飛ばしちゃいました。ので今月2話入れます。

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