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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
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第26章 大事な人だから…言い出せない事って…ありますよね

着慣れないローブの色に落ち着かない。

行く場所とその内容、相手、どれをとっても緊張する。

寮の廊下は等間隔で光玉が置かれていて、充分なほど明るくは無いが不便なほどの明るさでもない。

「(やっぱり…白銀より、オレンジ色の光が多い方が良いと思うんだけどな…)」

特に寒くなってくる季節は良いと思う。…あ。今はそれどころじゃないか。

緊張してつい現実逃避したくなる。

真夜中の寮から続き廊下を経て校舎に入った。夜中の灯りのない校舎はどこも同じ。日中のあの大勢の人の気配が無いというのは…一言で言うと、不気味だ。

寄り道せずに黒竜の教室を目指せば、教室には灯りが点いていた。

念の為、護身用に浄化の水も持って来た。パーティーでクスト先輩にもらって使ってなかったやつ。

もし、交渉がうまく行かなかった時は…仕方ない…ここで捕まるわけにはいかないし。逃げよう。

覚悟を決めて教室の扉を開けると、机に突っ伏している黒いローブの黒茶の髪の生徒が1人。その机には眼鏡が置かれていた。間違いない。ナタル先輩だ。

「………」

約束に遅刻したわけでも無いのに…寝てるじゃん…いや、罠?

周囲を見渡して確認しても、他に誰かがいる様子もない。恐々近付いて机を覗けば、たくさんの紙に図形や文字がビッシリ書きこまれている。開かれたままの本は紙質からも古そうだ。

…なんの本だろう?

ここからではよくわからない。寝ているとは言え、ナタル先輩のすぐ近くに寄るのも怖い。机に手をついて、本を取ろうと腕を伸ばした。手が本に触れそうなところで、突っ伏していたナタル先輩が私の腕を掴んだ。

「!」

ナタル先輩は机から上体を起こし、片手で器用に眼鏡をかけて掴んだ腕の相手…私を見た。

「………」

「す、すみません…その…本が、気になって…」

その不機嫌な目と雰囲気に詫びれば、ナタル先輩は顔をしかめ忌々しく言った。

「…なんだ?どういうつもりだ?…今度はウチに寝返る魂胆か?」

「寝返る?なんの話ですか?」

「黒を着てこようが、お前の居場所は、ここには無い」

眉間にシワを寄せて、不快感をあらわにするナタル先輩。

「あぁ…。勘違いしないで下さい。これは、ここに来るまで目立つと困るからです」

私が着てきた黒いローブは黒竜の制服だ。

「それに、僕は白竜ですから、中は白です」

黒いローブの袖をめくって見せた。そのままを着るのは抵抗があって、いつもの白ローブの上から黒ローブを着込んで来た。

「ハッ!準備が良い事だな。いずれにせよ、お前にはどちらも着る資格は無い。お前は男じゃ無いからな」

確信して言うナタル先輩の緑の目が、異物を排除すると語っている。

「……。なぜ…気付いたんですか…?」

「質問するのはこっちだ。答えろ。なぜお前はここにいて法術も魔法も使える?」

掴まれたままの腕に力が込められた。

「なぜかと言われても…」

「ふざけんな。なにかあるはずだ」

「…何かと言われたら…心当たりは…僕が…アルカティア人だから。でしょうか…」

「…なに?」

ナタル先輩の緑の目が訝しみ…そして嘲笑った。

「混血だからって言うのか?馬鹿か。いくら混血だからって同時に習得出来るはずないだろ」

「…いえ、そうじゃなくて」

否定しようとすれば、ナタル先輩がたたみ掛けて来た。

「何が目的だ?士官学校に潜り込み、白竜や教会を騙して…何をするつもりだ?」

返答によっては弾劾する。と、その緑の目が鋭く私に刺さった。

「僕は…師匠の石化を戻したいだけです」

女とバレた以上、このナタル先輩に隠しても…強請られたり、脅迫されたら余計にまずい。私は捨て身でナタル先輩に真実を打ち明ける事にした。これでダメならここを出るしか無い。

「そもそも僕は、法術が先じゃなくて…法術は知らなかったけど…代わりに仕法は子供の頃から使えました」

「…仕法?」

「アルカティア人は魔法って言わないんです。同じアルカティア人の師匠は、僕にその仕法を教えてくれました。でも、僕が…師匠を石にしてしまった…。法術はここに来て…白竜で学びましたから」

「ハッ!嘘ならもっとマシな話を用意するべきだったな」

ナタル先輩は意地悪く笑った。

「何がですか?」

「仕法?アルカティア人だと?バカめ。そんなのは絶滅してもういない。混血にせよ法術を使える者は、魔法は使えない。先に魔法が使えていた?それにしてもあり得ない。魔法で誰かを石化したとしても法術師を呼べば済む事だ。わざわざここに入り込む必要は無い」

「…僕の師匠は、アルカティア人のデボラです。そう言えばわかりますか?」

ナタル先輩が驚愕した。そして疑心の目を向ける。

「僕は法術師の事は詳しく知りませんでしたけど…タナトスに聞いたら、魔法の禁忌は法術では治せないと」

「待て…待て待て。魔法の禁忌?それが何の事か知ってるのか?それこそ嘘だ!」

「いいえ。僕…同時に使ったんです…。風の仕法と眠りの仕法を」

「馬鹿な…なんでそれでお前が生きてここにいるんだ!?」

「師匠が僕をかばって身代わりになったんです…だから…僕は、師匠を助けたい…。でも魔法の事は厳しく管理されていてどこにも情報が無い…だから、ここなら魔法の先生もいるし、わかるかも知れないってアイティールが」

「あの、スペードのキングか…王弟の息子はお前が女と知っているのか?!」

「いいえ。ここでその事を知ってるのはタナトスだけです」

「…タナトス…あいつがお前に張り付いているのは何故だ?」

「僕といるとgiraffe病のタナトスが少し眠れるそうなんです…その理由もわかりませんけど…」

「…………。…嘘だろ……魔法を同時に…?あり得ない…」

ナタル先輩は考え込んだ。そして激しく動揺した後に、呆然と呟いた。

「僕…アイティールに会って学校を勧められた時に、ここが寮制とは知りませんでした…。護身のための変装だったのに、アイティールと友達になってから、どんどんこの存在が大きくなってきちゃって…でも、いつかバレると思ってました」

「…………変装」

「むしろ、ここまでバレ無いって、それもそれで不思議と言うか…」

「…おまえ…知らないのか?お前に…魔法がかかってる。それも、かなり強い」

ナタル先輩が眼鏡を指であげ、私を見て言った。

「え?…僕に?」

「始めから女だと思えば、見破れる。だが、男だと先入観を持って見れば魔法の影響でそのまま目を眩ませる。魔力に影響されやすい奴や、ここに女がいるわけ無い。とか、女が男の格好して自由に闊歩するわけが無い。という先入観が強ければ強いほどかかりやすいだろうな」

「…そ、そんな…いつ、どこでそんな…?」

「お前、自分でかけたんじゃないのか?こういう魔法の術式で言えば…大概身につけているものだと思うが…」

身につけているもの…?家から?毎日?

「あ。わかった!」

髪だ。このカツラはデボラが用意した。服は着替えても、カツラは常に付けている。

「なんだ?どれだ?見せろ」

ナタル先輩は興味深そうに聞いた。

「いや、見てますよ。この髪です。これは師匠が用意してくれたものですから…」

「……。それ…地毛じゃないのか?」

「僕は、混血じゃなく、アルカティア人ですので」

「…それは…さすがに嘘だろ?…あれか、その目の色が示すように、その特性が強く出たってだけで…」

「いいえ。…ちょっと…鍵かけて来て良いですか…?」

ナタル先輩は掴んでいた腕を放して、アゴで軽く扉を指した。早くしろ。と言いたいようだ。

遠慮なく教室の扉の内鍵を締めると、戻ってきてカツラに手をかけた。固定していたヘヤピンを抜いていって焦げ茶の髪を外した。外せばまとめていた黒髪がどうせ乱れるから、一度全部外してしまう。

「どうぞ」

バサっと落ちる髪を払い、焦げ茶の髪を差し出せば、ナタル先輩は受け取らずに目を丸くして、イスから立ち上がった。

「……なにか?」

「……嘘…だろ…マジか…マジだ…!!いた…いたんだ、まだ…生き残ったアルカティア人が!!」

驚愕しながら、私に近寄り、しげしげと眺めて、恐る恐るといった感じで、黒い髪を一房触った。

「マジだ…黒い…漆黒の髪…それに目も…文献の通りだ…!!」

「あの…先輩…身に付けているのはコレで、それは地毛なんですが…」

「おまえ!わかってるのか?!アルカティア人は絶滅したんだぞ?!…いや、まだいるのか?!お前の他にも、この黒い髪の仲間がいるのか?!」

興奮した様子で詰め寄る先輩に、私は答えた。

「僕は、師匠のデボラしか知りません。僕が街に行くのに、そのままだと危ないから変装しろってデボラが…それからが始まりです」

「だろうな!こんなん見たら学会から世間から大騒ぎだぞ!!」

「はぁ。そうですか…」

アルカティア人は…珍獣…なのかな…?

「というか…こんなのメルセデス先生が見たら…!!」

ナタル先輩は私の髪を確かめながらキョロキョロと周囲を見渡した。

私は改めて外したカツラを見た。見た目は何も特徴は無い。

「…本当に、これに仕法がかかっているんですか?…僕にはわかりません」

首を傾げれば、ナタル先輩が私を警戒しながらその焦げ茶のカツラを受け取った。

「……いや、間違いない。…この、毛を束ねてる糸に魔法を練りこんである」

「え。どこですか?」

ナタル先輩の手元で凝視してるそれを見ようと顔を近付ければ、ナタル先輩は慌ててカツラを私に突き返した。

「…早くしまえ。その髪。目まで…。真っ黒な顔しやがって…調子が狂うんだよ!」

「真っ黒な顔て…ナタル先輩が見せろって言ったんじゃないですか…なんでそんなに言われなきゃならないのか…」

カツラを受け取り文句を言えば、先輩は悔しそうに言いがかりをつけた。

「アルカティア人の純血なんて反則だろ!卑怯だぞ!」

「卑怯って…そんなの、知りませんよ。卑怯とか言われたって…しょうがないじゃないですか。今更、性別とか人種とか、好きに変えられるわけじゃ無いし…」

「大問題だろうが!ここに女がいるって事だけでもそうだし!それが何より女がいちゃマズイ白竜にいる事が大間違いだし!しかも…アルカティア…アルカティア人って…マジか…もう…何なんだよ…」

黒髪を束ねながら不満を言えば理不尽にも先輩は怒った。けど、今では全然怖く無い。

それに…ナタル先輩は、なんでか語尾は泣きそうだ。身を屈め、頭を抱えてうずくまった。

「…先輩?…」

カツラをつけて整える。

「ナタル先輩…大丈夫ですか?」

うずくまって動かないナタル先輩の肩に触れた。

「…やめろ。触るな。その手のせいだ…」

「手?…あ。すみません」

触るなって事?

なんの事だかわからず手を引こうとすれば、その手を掴まれて両手で握手された。

「この手!この形!…わかるか?!」

ナタル先輩は掴んだ私の手を凝視しながら、真剣に聞いてくる。

「な、なにがですか?全くわからないんですけど…」

その剣幕に腰が引ける。が、ナタル先輩は私の手を離さずに片手で手首を掴み、もう片手で指の1本1本を確かめている。

「お前!めちゃくちゃ良い手をしといてなんだ!!こんな手を見せつけやがって!ここは男しかいない士官学校だぞ?!そこに、こんな手の野郎がいるわけないだろ!!」

「え?…え?…は?」

戸惑う私に、ナタル先輩は出来の悪い生徒を見るような顔をしてため息を吐くと、立ち上がって移動した。

…けど、手…手は離してくれないんですかね…?

結果、手を引かれるように机に移動して向かい合って座っても、手は掴まれたままだ。

な、ナニコレ…ど、どういう…事ですか…?手相でもみるんですか?

「…ふん。なるほどな…。お前の話はわかった…。お前がアルカティア人だってのも、あれを見たら嘘じゃなさそうだ。風の魔法の禁忌で石化したってのも整合性がある。…それで?タナトスもアルカティア人だって知ってるのか?」

妙に落ち着いて言うナタル先輩は、それだけならまだしも…机の上で私の手を撫でたり揉んだりしている…その真面目な表情と態度のギャップが私に衝撃と動揺を与える。

なにこの状況…。

「い、いいえ…タナトスには、まだ…」

「ローズ先生は?知ってたら登録票なんか渡さないよな?」

「ローズ先生にはちょっと魔法が使えるとだけ…アイティールにも。彼はそもそも初対面の時に、僕が仕法を使ったのがバレて友達になって欲しいと言われたので…」

「…なるほどな…。王弟の息子は王位継承の足がかりに、お前の能力に目を付けたのか」

「そんな!僕達はただ…友達なだけです…」

「その、僕達は友達です。ってなんだ。王族は対等な関係なんて求めてないからな。…そもそもお前、男じゃないだろ。男女で友情は無い」

「そんな事無いです!僕達、とても良い友達です…」

「無いな。おまえ、その王弟の息子とどのくらい付き合いあるんだ?仮に今はそうでも、お前が男じゃ無いと知った時、どうせ王弟の息子のおまえへの態度は変わるぞ。その能力を見込んで引き入れたんだろうが…片腕になるはずの相棒が、女じゃ意味をなさないからな。王族ざまぁだ!」

ひどい…。先輩、アイティールに恨みでもあるのかな?

「………。なんでそんな事わざわざ言うんですか?…と言うか、もう離して下さい」

「ダメだ」

断言。

「な、なんなんですか?!手なんてどれも同じでしょ!」

「…お前…人の顔見て、皆、同じだと思うのか?眼鏡が必要だな。職人紹介してやろうか?」

心底、憐れむように私を見て言うナタル先輩には…面倒臭いけど丁寧に聞くしか無さそうだ。

「……ナタル先輩。モノを知らない僕に、どう言う事か説明して頂けませんか…?」

その態度に鼻で笑ってナタル先輩は仕方ないな。と言わんばかりにようやく説明をしだした。

「いいか?…人にはこだわりってのがあるんだ。特に男には、女に譲れないこだわりがある」

「…はぁ。こだわり…ですか…」

「そのこだわりは人それぞれで、わかりやすい部分の奴もいれば、個性が強い奴だっている。俺は、それが手だってだけだ。触り心地から見た目…指の長さ、肉付きの程度、肌のツヤ、爪の形、色、大きさ、光沢、その他色々、語り出せばきりが無いが、手に好みがあるんだ」

「…え、えぇ…?」

ディ、ディープ過ぎて全くわからない…。これは…もしかしてアレかな?フェチってやつ…?

「正直、お前の姿だけじゃ俺も見破れ無かった。タナトスの悪夢の魔法(ナイトメア)で、お前がかけた浄化…その時に、闇を彷徨う俺に光る腕が伸びて来た」

ナタル先輩は私の手からローブの袖をズイッと持ち上げた。

「うわっ!ちょっ…!」

いつの間に袖のボタン外したの?!

剥き出された腕がヒンヤリする。

「これだ!この腕!そして、この手!!この手の厚さ!!絶対、女だ!間違い無い!」

「……う、うわぁ…」

ナタル先輩は手フェチのせいで、デボラの仕法を見破ったのだ。

…な、なんか…スゴイ…きもぃ…あ、いや。うん…好みは千差万別…だよね…。

「お前…今、引いただろ?…」

胡乱な目で問うナタル先輩が怖い。

「い、いえ!その…感心したんデス…」

ナタル先輩は眼鏡を指で持ち上げた。

「…言っとくが、俺だけじゃないぞ。お前が知らないだけで…男なら誰しも大なり小なりのこう言うこだわりあるからな?どんなすました顔の奴もあるからな?男は隠したムッツリと隠さないムッツリの2択でしかない」

「え…?…それ…ホントですか…?」

うそ。本当に?じゃ、じゃあ…

戸惑う私にナタル先輩は頷いた。

「ああ。ある。自分で気付いて無い奴は別として、性癖の好みは絶対ある。あのローズ先生にもある」

ろ!ローズ先生にも?!

「ええ?!…せ、先輩、それが何か知ってるんですか?!あ!待って下さい!心の準備がッ!」

聞きたいような聞きたく無いような。どうしよう!私の女神様が!

「知るか。俺が白竜にいたのは1年も無いんだから」

「あ。…そ、そうですか…」

よ、良かった…。やっぱり知らない方がいいや。

「ちなみにクストは女の声にこだわりがある」

「ッ?!…ゲホッ!!ゴホッ!!」

むせた。それ聞きたく無かった。

クスト先輩は声フェチでした…。

「2年前のあの時、それを黒竜が知ってたら…クストの人生は変わっていたかも知れない…」

遠い目で語るナタル先輩。

「!?…ナタル先輩…それじゃ先輩は…黒竜の人から先輩好みの手を持つ女性を紹介されて…」

誘惑されたって事か!

「違う」

「え。そこは違うんですか?」

先輩は私の手を眺めながら言った。

気に入る角度を探して私の手や指の位置を微調整して動かしているのは、まるで好きな模型を眺めているかのようだ。

…いや、それ、私の手ですからね?

「そもそも、俺は黒竜の画策で籠絡されたんじゃ無い。自ら進んで黒竜に来たんだ」

手から目を離さずに言うナタル先輩。

「え?…で、でも!白竜ではキングとクイーンが揃っていたのを黒竜が妬んだからだって…」

「だろうな。だが、違う。俺は…魔法に魅入られたんだ。法術よりも、魔法の研究がしたかった。それだけだ」

「…そんな…なんで、法術じゃダメなんですか?」

「法術は確かに凄い。法術を使える人間は、魔法が使える人間より少ないから希少性もある。だが、応用性には限られる。光玉、治癒、浄化、防御…大きく分けてそれだけだ。しかも、それは先人達によってほぼ調べられている。俺には、それが窮屈に感じた。俺は、新しい魔法を見つけたい」

「…それを…クスト先輩には…?」

「…言えなかった。純粋に法術に一喜一憂してるあいつに…キングとして期待を寄せてくれていたローズ先生にも」

なんか…ちょっとわかる気がする…期待されればされる程、言い辛くなる…。

「………大事な人だから…言い出せない事って…ありますよね…」

しんみりと共感する私のその言葉に、ナタル先輩はため息を吐いた。

「それでも俺は、お前よりは悪質じゃないぞ」

「えぇ?!」

そんな!先輩!共感したのに!

「そうだろ?ハートのキング。お前はそもそも男じゃ無いから法術師にすらなれない。それなのに、よりによって白竜と相性の良いハートのキングに選ばれた。だが白竜のその期待も無駄だし、ローズ先生はお前の後見人にまでかって出た。その期待がわかるか?後見人っていったら身内みたいなもんだ。しかも、教会は卒業前に登録票を発行したし、それも異例だ。学校だけでなく教会まで期待させて騙して、どうするつもりなんだ?」

淡々と問われると、事態の重さが1つ1つのしかかってくる。

私に対する皆の期待をどれも裏切らなくてはならなくて…親切にされるほどに…心が痛い…。

「それは…。本当に申し訳ないと思っています…」

謝って許してもらえる事じゃ無いかもしれない…私の本意でなかったとしても…。

「…僕、どれも自分で望んだ物じゃなくて…いつの間にかそうなってしまっていたんです…。僕は出世や栄華が目的じゃない…全ては石化を解くヒントを得られれば…だから、死を装ってでも、速やかに姿を消す気でいます…」

「………フン。そもそも、お前…よく入学出来たな」

「…アイティールが…僕が教会から手配をかけられているからと、全く別の身分証を作ってくれました」

「王族か。全く…余計な事を。いや、待て。なんだ、その教会から手配って?」

「…僕、師匠を石化させちゃってから、治す方法を探してここまで来ましたけど…多分…それがバレたんだと思います」

「バレたって…教会に?」

「…先週、気付きました。あの、教皇…僕の父を語ってた人です」

「はぁ?!」

ナタル先輩が驚いた。

「僕…両親の事、よくわからないまま育って…師匠に育ててもらってたんですけど、まだ小さかったある時、その人が急に来たんです。てっきり父親かと思って…そう呼べば否定しないし、「そうだよ」って言うから…ずっとそうだと思っていたんです。…騙されていました」

「アホかッ!教会の教皇だぞ?!しかも、法術師なんだから父親のわけ無いだろ!」

当たり前のように言うナタル先輩に、ムキになって答えた。

「今はわかっても、子供の頃はわかりようがありません!それに、家で法衣を着てた事なんて一度も見た事無かったし!」

言葉の応酬にナタル先輩は眼鏡を直して先を促した。

「チッ。…全く……それで?」

「…3日に一度、訪ねて来ていたその人が、ある日からパッタリと来なくなりました。それから7年…音信不通で、師匠が石化して僕が王都に来てから指名手配がかかったんです。きっと…僕が…した罪を裁くためかと…デボラが有名だったのも、ここに来て知りましたから」

「…確かにデボラはアルカティアの最後の生き残りとされた大魔法師だ…。先の戦争で教皇と共に戦った仲間だし…そのアルアティアの大魔法師を石化されたとなったら……いや、待て。お前、その教皇と先週、会ったんだろ?なんで気付かれないんだよ?いくら7年振りって言っても気が付くだろ?そこまでおまえにかかった魔法は効果があったのか?」

「身代わりをたてたんです。僕に…似た…そっくりな少年に」

「そっくりって…今のお前の?」

「変装したこの姿にそっくりな混血の少年です。彼を見て、教皇は彼を本物のスレイプニルだと思っています」

「…マジか…なんか…色々、巡り合わせがごちゃごちゃしてんな…」

ナタル先輩は呻いた。

「僕は…罪を裁かれるのはわかります!けど、どうしても師匠を助けたい!石化する直前、どうしたら良いのか聞く僕に、師匠はヒュプノスって言ったんです!それが手がかりだと思って、ずっとここまで探して来たんです!」

「………ヒュプノス…眠りの神だな」

「そうです。先輩が魔法の言霊で言ってましたよね?!ナタル先輩、何かご存知ですか?!」

「……いや…。そもそも、魔法の禁忌において、同時に魔法を操れる奴なんて文献でも滅多にいない。事例が少な過ぎる」

「…ローズ先生も言ってました…息を吐きながら吸える奴はいない。って…」

「だろう?そう言う事だ。…だが、お前も、お前の師匠…デボラもアルカティア人だ。それなら、わからなくはない。そもそも、文献でもアルカティア人は魔法石が要らないとあるからな。お前が魔法と法術を同時期に使えるというのも納得だ…。くそ!反則だろ!アルカティア人!生まれつき素で魔法が使えるなんて許せねぇ!」

そう言って、ナタル先輩は私の手を握った。その手を触る感触が言動と裏腹に、優しいのがなんだか可笑しい。

「笑うな!お前は事の重大さを全然、認識してない!教会の指名手配って事は、国中のいたる地域でなんだぞ?!」

「は、はい…そうですよね…それなのに、教会から法術師の登録票って…ちょっとなんか変な話ですけど…」

指名手配犯に警察手帳発行するようなものだもんな…。この世界の認証の緩さだからじゃない?超文明なら指紋やら戸籍IDやら国ぐるみのスパイじゃないと身分偽装なんて…あ。そうか。…王族からの身分偽装だから、似たようなものか…。改めて、アイティールの権力…スゴイな…。

私が自分の想像以上に、裏側でもうまく身を隠せている事に驚いていると、ナタル先輩はポツリと呟いた。

「…ローズ先生には…?言わないで隠し通すつもりか?」

「…ローズ先生は…教会の人だし…教皇の事を僕に推してくるから…それに、ここましてもらって…今更、こんな事言えません。…でも、先生には…迷惑はかけたく無い…」

先生はいつも気にかけてくれる。自覚なく騒ぎを起こしても、いつも向き合ってくれた。心配してくれているのがわかるから…これ以上、なんでも甘えられるわけでもない。

重い気持ちでうつむけば、ナタル先輩はため息を吐いた。

「…お前…万が一、消える時は本当に上手くやれよ?下手にバレて、ローズ先生や白竜傷つけんな…」

ナタル先輩のその真剣な言葉に、私は嬉しくなって思わず微笑んだ。

「…な、なんだよ…?」

「ナタル先輩は…黒竜にいても、やっぱり白竜を大事にしたいんですね」

「ばっ……お前…!!」

ナタル先輩は動揺していた。

ローズ先生や白竜を傷つけるなって言うのは、きっとナタル先輩の本心だ。

それがなんか、嬉しい。いつも不機嫌そうな怖い顔してるけどこの人、優しい人だ。

「交流が絶った」と、古傷を思い出して堪えるように言っていたクスト先輩だけど…これならクスト先輩とナタル先輩は、仲直り出来るんじゃないだろうか?

「僕はナタル先輩のそういう所、良いと思います」

話してみてわかった。この人は何だかんだ突き放すような事を言っても、白竜やクスト先輩を大事にしてる。きっと私を警戒していたのも、白竜を心配しての事なんじゃなかろうか。そうだったら嬉しい。

ナタル先輩は顔を赤くして、眼鏡を押さえた。

「…うるさい。やめろ。生意気言うな。1年で、そもそも男じゃ無いくせに!」

「何度も言いますけど、僕だって望んで性別や人種やハートのキングになったわけじゃ無いです。今まで通り、師匠と土を耕す地味な暮らしでも不満は無かった…世界は狭くても、それなりに幸せだったんですよ。でも、起きた事はどうしようもない。…だから、師匠を戻してから自首するまで捕まるわけにはいきません」

「……おまえ、もし、望みが叶ったら自首するのか?」

「指名手配をされてますし…自分をずっと偽っては…生きていけないですからね…。ここに来たのも、ヒントがあればと思っての事ですし…先輩の出方次第では、全部捨てて逃走するつもりでした」

「…なぜ、お前は俺に隠さなかった…?」

「男性で無いとバレた時点で…ナタル先輩には下手に隠して怪しまれて、それをネタに脅され続けるより、事情を説明した方が良いと思いました。ナタル先輩は僕を黒竜の2年生から助けてくれたし、ローズ先生やクスト先輩に対する態度から、先輩には真実を言った方が信じてくれそうだと、何となく思ったから…」

「…俺が密告するかも知れないだろ…」

「するんですか?…それは困ります。…でも、僕は…疑うよりも信じたい。ナタル先輩は…信用出来ます」

自信を持って笑えば、ナタル先輩は面食らった顔をして私を見た。

「それに僕…逃げ足は早いですよ?」

先輩の沈黙に追加して言えば…先輩は大げさにため息を吐いて呻いた。

「…希少なアルカティア人…しかも、この手…知ってて俺を引き込む気か…卑怯な奴だ…」

ナタル先輩は私の手に自分の額を付けて、うなだれた。

「知りませんよ。そんなの。先輩のこだわりなんて、知ってるわけないじゃないですか。…先輩、そろそろ、離して下さい。肘が痛くなってきたんですが…」

「いくら魔法がかかっているとは言え…なんで白竜の奴らは気付かないんだ…アイツらこそ年中、女日照りのくせに!!」

手に額を付けたまま声をあげるナタル先輩。

「師匠の仕法は偉大ですねぇ」

私の投げやりな言葉に、ナタル先輩は顔をあげて胡乱な目を向けた。

「お前、悠長に構えてるけどな?今日2年に麻痺の魔法食らって、魚みたいに口をパクパクさせてたのを忘れてるんじゃないか?あのままひん剥かれてたら…どうなってたと思う?」

うぐ。そ、それは…

「………。ですので、浄化の水を携帯するという教訓を得ました」

私の対抗策に、ナタル先輩は鼻で笑う。

「甘いな。2年の魔法だから飲む猶予があるが、3年の麻痺魔法は瓶の口すら開けれない。一瞬だからな。試してみるか?」

その言葉に緑の目が細まり、手を引かれた。

「そ、ソウデシタカ…それは…えーと…遠慮します」

ついっと緑の目から目をそらした。

だが、ナタル先輩はにこやかに笑い、私の手を掴んでいた先輩の指が、私の手首を撫でた。

「…まぁ、遠慮すんな。何事も経験だ。俺が教えてやる。経験は色々しといた方が良い。…それにお前、実際その黒いローブの方が似合うぞ?」

い、嫌な予感がする…。

「先輩!僕は例え法術師になれなくても、法術は捨てたくありません。そ、それに…今日、先輩を悪夢から救えたのも僕の法術であると言うのを、忘れてませんか?!」

焦って早口になった。

「………言うじゃねぇか」

つまらなそうに言って、半眼になる先輩。

「そんな、とんでもありません。…という事で、ナタル先輩。師匠の石化を解く方法…何かご存知じゃないですか?」

故意に話題を変えれば、私の手を眺め、手のひらを揉みながら先輩は答えた。

「…ある。…と、言いたいところだが、事例が少なすぎて文献が少ない。正直、調べてみない事には、わからん」

「そんな…でも、ここにある本に何かヒントがあるかも知れないじゃないですか?」

この黒竜の教室にビッシリとある本の棚。これ全部魔法関連の本ならば、あってもおかしくないはずだ。

「それは無い。ここの本は俺が3年間で全部読んだ。断言出来る。ここには無い」

「えっ?!ぜ、全部?!こ、これを?!」

「そうだ」

ガーーーーン!!

「…だが、アルカティアの本なら別だ」

そう言って、先輩の手が止まった。

「アルカティアの本…?…あ、それって…メルセデス先生が言ってた…?」

「!?…聞いたのか?」

「は、はい…。メルセデス先生が…本が好きなら良い本があるって。興味があればいつでもおいで。と…」

ナタル先輩は眼鏡を押さえた。

「…先生…ガチでマジだな…」

「え?」

「希少なアルカティアの本でお前を釣る気だ。…さすが先生、鼻が効く。先生は魔法に優れた混血を助手に探しているからな…それがまさか…お前が本物のアルカティア人だって先生が知ったら…」

ナタル先輩の顔が曇った。

「え。え?…なんですか?…先輩、その空気、悪夢を思い出して怖いんですけど…?」

「……。いいか?お前、絶対、メルセデス先生にアルカティア人だってバレるなよ?白竜の教えを守って絶対、メルセデス先生に近付くな。間違っても、本に釣られてホイホイ付いて行くな」

掴んだ手に力が入った。

「こ、怖いんですけど…何がどうなっちゃうんですか…?」

「何がどうなるかわからないくらいに…予想がつかない。そばで見てきた俺が断言できる。あの先生の魔法研究は善悪が無い。しかも先生の研究テーマは失われたアルカティア魔法だ。お前にとっては間違いなく危険だ。いいな?!」

「は、はい」

両手を握られコクコクと頷けば、ナタル先輩はため息を吐いた。

「だから嫌だったんだ…研究論文で大事な時期に…ハートのキングに関わると、面倒そうだと思ってたのに…」

「…はぁ…それは、すみませんです…」

両手をさすられながら、机に広がった書類…その文面の一文が目に入った。

「あれ…先輩…。そこの文、わざとですか?」

「あ?…なにが?」

「いえ、それです。それ」

両手を掴まれては指し示せ無い。ナタル先輩の意識が自身の書いていた書面に向かえば、自由になった手で一文を指した。

「ここ、《お》じゃ無くて、《を》ですよね?」

「……………」

「……………」

沈黙が数秒。

あれ?…なんでだろう…?でも、これって…

「なんでわかる?!」

「なんで日本語?!」

2人同時に声をあげた。

「……。そうか、まぁそうだよな…アルカティア人だもんな…アルカティア語がわかるわけだ…」

納得するナタル先輩に、私が動揺した。

「え。コレがアルカティア語なんですか?」

「は?じゃあ、おまえにはコレはなんなんだよ?」

「……。私がよく見る夢の中の空想の言葉かと…」

「…………。アルカティア人…半端ねぇな…」

え。いや、待って?何この偶然。そんな事ある?改めて《夢見の力》ってナニ?

ナタル先輩は、何かを考えて沈黙した。

「……先輩?」

「お前…アルカティア語、どれくらいわかる?」

「え?えー…?どれくらいって…難解漢字はちょっと自信無いですけど…書くよりも読むなら、まぁ…ひとしきり…?」

ナタル先輩の眼鏡が光った気がする。

「よし。お互い協力しよう。俺はお前の知りたい石化の禁忌について調べる。だからお前はアルカティア語を翻訳しろ。そして俺にアルカティア語を教えろ」

「…え。えぇ…まぁ…良いですけど…」

「良し!」

「でも、先輩は石化をどこで調べるんですか?ここにはその本、無いんですよね?」

「ここにある本は、学生用の本だ。魔法協会の図書にはあらゆる本が揃ってる。と、言っても閲覧が禁止されている禁書と、著作の関係で新書以外に限られるけどな」

「…きんしょ?」

「危険過ぎて一般の魔法師も読めない魔法の本だ」

「へぇ…禁書…法術には無さそうですね…」

「そこが魔法と法術の違うところだ。魔法師なら危険なモノほど見たいし、使ってみたい。他人よりも一歩でも秀でていたいからな。だから皆、色んな魔法を研究する」

「…あぁ…ローズ先生が言ってました。僕にはその他人よりも先に行きたいという野心が見られない。男子たるもの、一歩でも秀でていたいと思わないのか?って」

「そもそも…お前…男じゃ無いしな…。ローズ先生の苦悩、不憫過ぎるだろ」

ナタル先輩の苦い顔に、私は再度、情けなくなった。

「……本当に申し訳無いと思っています…」

そんな私の姿に、ナタル先輩は意地悪く笑った。

「まぁ、見破れないのもそいつらの自己責任だよな。俺は気付いたし。あと気付いてるのはジョーカーか…でも、アルカティア人とは知らないんだろ?」

先輩の問いに私は頷いた。

「タナトスは…アルカティアって言うと嫌がったから…」

何でか、あのタナトスが苦手であるかのように嫌がった。

私がアルカティア人だってわかったらタナトスは…私を避けるか…それとも虫でも退治するように殺すだろうか?

「………」

影のようについて来て、どこにいても探しに来るタナトスの願いは、ただ1つ。眠りたい。それだけ。

誰がどう思おうが、どんな人間だろうが、私が何をしていようとも我関せずで案外、気楽だったりする。

それに、タナトスには何だかんだ助けてもらってるし…それが嫌われて避けられるのは…ちょっと寂しいな…あ!いや!寂しいってのは別に、一緒に寝るのがどうとかじゃなくて!

「…いや、友達としてだよね?うん。そう!」

思わず声が出た。

「は?…なに言ってんだ?」

ナタル先輩は私の独り言に、眉をしかめる。

「あ。すみません。何でもないです」

「…まぁ、いい。とりあえず、今日はこの辺にしといてやる」

ナタル先輩は私の手を離し、机の上に広げてあった自分の資料をまとめた。

「…それ…先輩の研究論文ってやつですか…?」

「今、まとめているのはアルカティアの言語に関してだ」

「…はぁ…」

「アルカティアの言語は異なる様式が複数あった複雑なものだ。だが、それを翻訳出来る魔法師は、使える魔法の幅も広がる。この本は貴重なアルカティアの本のレプリカだ。ただレプリカと言っても貴重には変わりない」

「へぇ…」

「それよりも!いいか?お前は今まで通り、絶対バレるなよ!?俺だけが見破ったんだ、その価値は他にバラすな!そしてその手!間違っても傷を付けたり荒らしたりすんな!!お前は俺の役に立つように!バレて消える時も、俺に必ず言ってからにしろ!勝手に消えんな!いいな!?」

ナタル先輩は勝ち誇ったように言い、特に後半はかなり私に念を押した。

「……。先輩が見破ったのは…特殊性癖のおかげなんじゃ…」

「なんだ?痺れたいのか?」

「イエ。何でも無いです」

目をそらして立ち上がる。

随分と話し込んだが、交渉はうまくいった。黒竜の先輩が味方についてくれたら石化についての情報は入りやすくなるだろう。

…手を触られまくる事になるけど…ハンドマッサージだと思えば…うーん…。

「夜…遅くなっちゃいましたね…」

「全く…誰のせいだ。模擬戦前夜に…」

「先輩が深夜に呼び出したんじゃないですか」

「この教室はあの時間にならないと人がいなくならない。黒竜は日々競い合いだ。お前らみたいなお気楽な白竜とは違うんだよ」

「…お気楽て…じゃあ、白竜の教室でも、他のどこでも良かったじゃないですか」

「俺が嫌だね」

「なんでですか!」

「なんでわざわざ、敵陣で話を聞かなきゃならないんだよ」

「白竜は敵じゃないです」

「白竜じゃ無い。おまえだ。得体の知れない奴が…まさかこんな事になるとはな…」

グチるナタル先輩。不意に窓の外でカタリと音がした。目を向ければそこには…

「ぅひゃあッ!!」

窓の外に張り付いてこちらを眺める光る目に驚いて、ナタル先輩に飛びついた。

「な…なんだよ?…急に」

「せ、先輩!そ、外!外にッ!な、なんかいるッ!!お、お、オバケが!!」

先輩の背後に隠れて背中の黒ローブに張り付くと、私は窓を指差した。

「お前な…オバケとか。これだから女は…うおっ?!」

鼻で笑っていたナタル先輩が、驚いた。

「な、な、なんだ?!…悪霊か?!死神?!」

たじろぐ先輩の言葉に、私は逆に冷静になった。

「ん?…死神…と言えば…」

冷静に窓に目を向ければ、張り付いていたのは黒いローブの…

「…なんだ。タナトスじゃん!」

怖いよ!やめて。そんな登場の仕方!!ってか、ここ、2階だよ?タナトス。

私はナタル先輩の背中から出て窓に近付き、鍵を開けた。タナトスは夜風と共にスルリと教室に入って来た。

「な、なんで窓から入ってくるんだ?!」

ナタル先輩がズレた眼鏡を指で直しながら批難した。

「……開いて…無い…枕…無い…探した…」

タナトスは途切れ途切れに言った。

そうか。カツラを取るのに教室の鍵を閉めたままだった。

「ごめん。僕、ナタル先輩に呼び出されてたんだ」

「……寝るの…邪魔する…奴は…殺す」

タナトスがそう言ってゆらりとナタル先輩の方に進み出るので、私は慌ててタナトスの黒いローブを掴んだ。

「いや、待って?それはダメだよね?タナトス。うん、もう話はついたから。ね?」

「……枕…無くなる…眠れない…皆…死ねばいい…」

「タナトス…落ち着いて?…ダメだよね?」

フラフラと揺れて朦朧としているタナトスを見て、気が付いた。

「そうだ!タナトス!僕、浄化するよ。そしたらちょっとはラクでしょ?」

「……………」

タナトスは沈黙し、コクリと頷くと大人しくイスに座った。

「なんだ?浄化?…コイツに?」

ナタル先輩は興味深そうに聞いてきた。

「…タナトスが普段飲んでる薬なんですけど、効き目が強すぎて浄化が必要みたいなんです」

…多分だけど…いや、かなり…危険なお薬じゃなかろうか…?

「ああ…聞いた事がある。giraffe病患者の薬は、薬で死ぬのか病気で死ぬのかわからないと」

眼鏡を持ち上げて、私の背後に立つナタル先輩は見物する気のようだ。

「それって…もう、毒ですよね」

私はタナトスに相対して座ると、浄化の法術を圧縮し始めた。前回、かなり熱々の圧縮具合で丁度良いみたいだったから、最初からそのつもりで圧縮を強める。

白銀の法術の光は、圧縮により徐々に色を変えて黄金に濃縮されていく。

「…え…。お、おい…それは…」

ナタル先輩がかすかに声をあげたけど、今はちょっと答えるの無理。最初からやり直しになっちゃうもの。

圧縮した法力が充分に濃縮された時点で、タナトスはわずかに頷いた。

『願わくば穢れし者を清浄なる姿に戻し給え』

言霊を紡げば、黄金の光はパン!と弾けるようにタナトスの体を包み、じわーっと広がっていった。

タナトスがビバノンノな湯加減を堪能すると、代わりに私の方はドッと疲れる。

しまった。忘れてた。これ、めっちゃ疲れるんだった。

「お、おいおいおい!!おまえ!それ浄化じゃないだろ!!」

目を丸くしていたナタル先輩が私の肩を掴んで揺らした。

「…先輩…なんですか…どこが…違うと…」

カクカクと揺らされるまま問えば、ナタル先輩は否定した。

「どっからどう見ても浄化じゃ無い!なんだ?それ!俺にもそれをしたのか?」

「……先輩への…浄化は…どうだったか…なぁ…?」

あれも、普通の浄化かと言われたら…違う気もするけど…。

「おい!ハッキリしろ!気になるだろうが!」

「でも…ローズ先生は…出来たっ…て…言って…くれたし…?」

先生がそう言えばそうなんだろう。あ。そうだ。先生は私が法術でつまずいていた原因がわかったって言ってたな。あれは何だったんだろう?

ああ、でも…ダメだ。眠い。考えられない。

ウトウトとまぶたが重くなる。

「おい!こら!寝るな!教えろ!」

再びカクカクと肩を揺らされるけど、それにも勝る眠気がすごい。閉じたまぶたは開けられそうにない。

私は睡魔に足を引っ張られるかのように、ストンと意識が無くなった。


「触るな」

キッパリとした男の声がした。背後にゾクリとする威圧を感じて反射的に身を引いた。

それまでボンヤリとしていたタナトスが腕を伸ばしてハートのキングを引き寄せた。

「…なんだ…?おまえ…さっきと違うな」

陰鬱なのには変わりないが、いつもの緩慢としてフラフラした動きと違い普通だ。

タナトスは引き寄せたハートのキングを膝に乗せて抱えると、イスから立ち上がり扉へ向かう。

「お、おい…。そいつの正体…知っているんだろ?」

昼間の事が頭をよぎりながら、刺激しないように聞いてみた。

「…正体?」

タナトスがピタリと足を止めた。

「そいつが…男じゃないって事だ」

「だからなんだ。眠れるのならば、枕が黒だろうが、白だろうが、男だろうが、」

そこまで言ってタナトスは黙った。

「………」

何を言うのか沈黙して待てば、タナトスは少し考えて答えた。

「……枕はこのままでいい」

やっぱり、野郎が相手じゃ嫌なんじゃないか。おまえ。…まぁ、そうだろうけど。

え。て、事は…コイツら…毎日添い寝してるわけ?男女で?はぁ?なんだそれ!ふざけんなよ?士官学校の寮で毎晩、あの手を触り放題の寝落ちだと?!ダメだダメだ!そんなの不公平だろ!!

「おまえ、そいつが何のためにここにいるのか知ってるのか?」

「……さぁ?」

知らんのか?!なんでだよ!女だぞ?!おかしいと思うだろうが!

「なぜ聞かない?おかしいだろ?」

「どうでもいい。俺は…眠りたいんだ」

「どうでもいいって…ああ…」

giraffe病…。そもそも、なんで…

再び扉に手をかけたタナトスに再度、聞いた。

「おまえ、そいつがいると眠れるって、本当なのか?他の女でも良いんじゃないか?」

「試した。だが、眠れ無かった。男も女も子供も混血も、似たような者で試しても…眠れない」

「…混血…」

いや、違う。そいつは混血じゃない。giraffe病にもアルカティアの何かが効くのか?何だ?

それがわかれば…giraffe病の治療になるかも知れない。

「…面白い…」

そもそも、ハートのキングはアルカティアの生きた標本だ。それはどんな魔法師も垂涎の存在だろう。

それを…俺だけが知っている…。

ゾクゾクと身震いをした。朝になれば始まる模擬戦など、どうでも良いくらいに。それよりもアルカティアの研究がしたい。

しかし、死神ジョーカーはあっさりとハートのキングを連れ去った。

待て。と引き止めたくても、邪魔をすれば今度こそ報復されそうで、口をつぐんだ。

あの悪夢の魔法の最終形態は、悪夢という生やさしいもんじゃない。視覚も聴覚も嗅覚も触覚も体の感覚、全てがあの闇にいた。

体感は現実だった。

「(…あんな悪夢を食らって…俺…一度、死んだんじゃないか…?)」

ハートのキングが浄化と言っていたさっきのアレは…浄化じゃない。あの黄金の輝きは、復活の法術…。

教会が押さえておきたいとローズ先生が言っていたのも頷ける。復活の法術が使える者など、稀中の稀だ。

だが…アイツは女だ。しかもアルカティアの生き残り…。

「(…ローズ先生も…アイツが男じゃないって知ったら…ショックだろうな…)」

ダイヤの俺に続いて、最も期待を寄せたハートのキングが…しかも、1年で復活の法術を使える奴が…男じゃない。根本的な間違いだ。

白竜の弱点であり、1番気を付けなきゃならない異性が白竜に紛れ込んでいるなんて…。

「……………」

白竜、ヤバいんじゃないのか?…いや、でも、タナトスがそばにいるだけで白竜の奴らは嫌がるだろうから、ハートのキングと白竜の誰かとは間違いにはならないだろう。

アイツの望む法術の純潔も守られる。

それは、あくまでタナトスにその気が無ければだが。…だが、どうなんだ?さっき、奴は黒でも白でも良いとか言ってなかったか?

あのタナトスが本気出したら、おそらく誰も勝てない…それどころか止められないんじゃないか?

「………。クソ、なんで、俺がこんなに心配しなきゃならないんだ」

最後に見たハートのキングの様子から、魔力切れだろう。あんな無防備な状態を作って、よくバレないな。

ひん剥けば即終了だろうが。

………。いや、やめだ。こんなの考えたらキリが無い。

もうすっかり深夜だ。あと数時間もすれば、日が昇るだろう。

元々、模擬戦にはそれほど興味は無いが、下手にしくじって評価を下げるのは避けたい。

ダイヤのキングがヘボい失敗をすれば、笑い者だ。

キングだからこそ教室を自由に使えるが、責任も生じる。まとめた資料と書類を掴むと、タナトスが入って来た窓を閉め、教室を施錠して寮に戻った。



模擬戦は、学校の中でも緊張感のある行事だ。

数ヶ月毎に何日間か行われる模擬戦は主に3年生が、四竜で合同チームを作って戦っていく。

トーナメント戦になるので勝ち続ける毎に試合としての見応えはあるが、負けたチームも魔法で作られた泥人形との練習試合は続く。

武器は模擬戦用の木刀を使ったり、弓も矢尻が球体になっている物を使用する。が、当然、引き絞って放たれた矢が当たればアザになるのは当たり前だし、赤竜や青竜の鍛えられた腕力で振り下ろされた模擬刀が、まともに当たれば骨は折れる。

魔法でも火傷、凍傷、裂傷と傷の見本市のような状態が次々と起こる。が、護符を持つので魔法の直撃を受けたとしてもダメージは軽減出来る。

余談だが、戦闘で用いられるその護符と魔法石が混同して、魔法石も護符と一緒に呼ばれているが、厳密には別だ。

戦闘中では負傷した者をチームの中の白竜が回復していくが、気力切れで回復出来ずチーム全員がリタイヤ、または全滅に相当する戦闘不能、リーダーの敗北、もしくは防衛拠点の制圧をされた時点で終了だ。

チームが敗北した場合はその時点で救護の白竜講師が治癒を行う。

とは言え、その救護も普段の講師の数では足りないので、模擬戦開催中は教会から学校OBの法術師が派遣されている。

そんな模擬戦の中でも、卒業間近の最終模擬戦となると、ほぼ実戦の様相になる。

最終模擬戦では国をあげての行事となるが、娯楽や国威高揚のため観戦を望む市民は多く、模擬戦ファンは1年後の最終模擬戦をより楽しむために、有望な若者の成長を見ようと、あえて今日のような初戦から見学したがった。

ゆえに初戦の今日も市民の観戦者は多い。

「…なんか…外がもう、騒がしいぜ」

ニックが朝食をのせたトレーを手に、食堂の席について言った。

「マジで?場所取りか?…3年の先輩とローズ先生達、忙しそうっていうか…ピリピリしてるからな。観客が入ればそりゃ、余計に緊張するよなー」

朝食の皿にあるジャガイモを突きながらアッシュが苦笑した。

「なぁ!聞いたか?」

ロンがニックとアッシュのテーブルに自分のトレーを置いて、得意げに話始めた。

「…1年でも、模擬戦に出る事があるらしいぜ!」

「はぁ?嘘だろ?」

「いや、マジで!」

「…1年で、何するってんだよ?俺たち、そんな話、聞いてないだろ?」

「まさか!俺たちじゃないよ」

ロンの言葉に、ニックはホッとした顔で促した。

「じゃあ、誰だよ?」

「キングだよ!キング」

ロンの言葉に、アッシュもニックも瞬いた。

「ああ…。キングか」

アッシュが頷いた。

「確かに…。いや、でも、そんな事、アイツ言ってたか?」

「聞いてない。おまえ、聞いたか?」

確認するニックとアッシュに、当のロンですら首を振った。

「……そう言えば、ニルは?いないよな?」

「今朝は全然見てない…て事は…やっぱり、出るのか?」

3人は互いに顔を見合わせて、沈黙した。



その日の朝、珍しく黒竜のダイヤのキング…ナタルが声をかけてきた。

「先生!…ローズ先生!」

珍しい。ナタルの方から来るなんて…。あれ以来じゃなかろうか。

「どうした?ケガ人か?」

模擬戦前は生徒が殺気立ってるからな。ケンカか?始まってもいないうちからやめてくれ。

「違います。先生。俺の数値、見てくれませんか?」

数値を?なんだ?急に。

「…どうした?具合でも悪いのか?」

「先生…俺…一度、死んでませんか?」

「なに?」

…じゃあ、なんでお前がここにいるんだ。

「なんでそんな事…」

なんだ?魔法に根を詰めすぎて錯乱してるのか?

「昨日です。タナトスに悪夢の魔法をかけられて…浄化では済まなかったのでは?」

ナタルの深刻な顔に、苦笑した。

そう言う事か。俺がお前を復活させたと?それとも、また悪夢でもみてうなされたのか?

「タナトスの悪夢は…さすが、よほどの負荷がかかるんだな。昨夜は眠れなかったのか?」

「いいえ。眠りました。それで、どうなんですか?俺は復活されたんですか?」

手を突き出してくるナタルの強い希望に、その手を取り数値を診れば…改めて気付いた。

「…これは…」

「……………」

「ナタル。おまえ、魔力4桁か。さすがだな」

あの真面目で勉強熱心で素直だった少年が、立派な魔法師になった。惜しいかな、もう法術師には戻れないが、それでも生徒の成長は嬉しかった。

不思議と、過去にあれだけショックだった事が、今は嘘のように素直に受け止められた。

「……。先生、そこじゃ無いです。…いや、わかりました。つまり俺は死んで無いってことですね」

眼鏡を指で直して、ナタルは手を引いた。

「お前でも、模擬戦の前には神経質になるんだな」

微笑ましい。黒竜に行ってからは無感情で淡々とした青年のようだったが。

「いえ。昨日、ハートのキングにかけられた浄化が、ただの浄化でなく《復活の法術》であるならば、俺もこれからの自分の人生に、慎重にならなくてはいけないんで」

「……なに?」

…なんだと?…なぜ…そんな事を……なぜ、それを知っている?

「ありがとうございました。ああ。それから…先生、俺は模擬戦はもう1年の後半から何度も出てますから、今更、神経質にはなりません。それに…正直、模擬戦よりも、もっとずっと面白い研究を見つけたんで」

ナタルはそう言って穏やかに笑んだ。

「……ナタル……おまえ、何を」

嫌な…予感がする…。ザワザワと胸騒ぎがする。なんだ、これは。

「あ。ローズ先生ー」

バタバタと白竜の1年生が走ってくれば、アッシュとニックとロンだ。

「あ…黒竜…」

3人はナタルの黒いローブに戸惑うと、手前で急停止した。

「なんだ?3人で」

「あの…先生!ニルは模擬戦に出るんですか?」

微妙に離れた距離で、アッシュが聞いてきた。

「…なんでスレイプニルが模擬戦に出るんだ?」

どこから出た話だ?

「んだよ!ロン!嘘じゃねぇか!デタラメ言うなよ!」

アッシュがロンの首に腕を回して締めた。

「だって!キングが出るって聞いたんだよ!それも1年の!」

慌てて弁解するロン。

ああ…それか。

「ロン、キング違いだ。キングはキングでも、クラブのキング。模擬戦に出る1年は赤竜のネイロスだ」

特別枠は1年生でありながら赤竜の生徒を全員討ち取ったネイロス・ウィンナイトに決まった。

本人もやる気で決定を喜んでいたらしいから、何よりだ。と思う。

「なんだ。赤竜のあのキング…俺たちはてっきりニルだとばかり思って…なぁ?」

「うん。だってニル、どこにもいないし」

アッシュとニックが顔を見合わせて頷いた。ロンはアッシュに締められて青くなっている。

「なんだ。またどこをフラフラ出歩いてるんだ?アイツは」

全く!首に鈴をつけても、猫とは違って意味無いな。

憤慨すれば、隣で黒いローブのナタルが鼻で笑った。

「先生…出歩くどころか…アイツなら今頃、昏睡してますよ?」

「なに?」

「深夜にタナトスを浄化して、《甦らせて》ましたから…魔力…おっと、気力切れで、少なくとも昼までは起きれないでしょうねぇ…」

「……ナタル。なんでお前が知っている?どこで見た?」

見たのか?それを。あいつ、どこでやったんだ?あれはホイホイ見せて良いもんじゃ無い!…あ、いや、本人は浄化のつもりなのか?しまった…。いや、おかしいと思えよ…すーぷーちゃん!!

「…さぁ?なんでですかね?本人に聞いてみたらどうですか?…ああ、でも、問い詰めて、追い詰めない方がいいですよ?あいつ、思い込むと突っ走りそうだし…すぐ泣くし」

ナタルの目が杞憂を浮かべてそう言うと、焦った。

「お前!なにかしたのか?!」

突っ走って、すぐ泣く?ああ、そうだ。それをなんで黒竜のお前がさも知ったように!!

「………。先生…落ち着いて下さい。俺は何もしてません。俺は、あいつが望まない限り、無理にあいつから法術を奪う事はしない。あいつを黒竜に引き入れるつもりはありません。あいつは黒竜には合わない」

冷静に、降伏を示すように両手を広げ、ナタルは冷ややかな目を向けて言った。

「ですから、離してもらっていいですか?」

掴んでいた生徒の胸ぐらに、ハッとしてその黒いローブから手を離した。

「…悪かった」

「…先生がキングを失いたくない気持ち、わかります。特にあいつはハートのキングだし。…でも、本人はどうでしょう?…その期待は…あいつを潰しますよ」

襟を直してナタルは冷静にそう言うと、会釈して去って行った。

「………………」

なんだ?知った風に。何を話した?あの態度…クストじゃないが、メルセデスみたいに腹黒くなりやがって…。

いや、違うな…。知ったかぶりじゃない…。あの様子は本気で憂いていた。…それが…余計に不快だ。

「…………」

「ローズ先生!教会から模擬戦の応援が来ました」

シェダルが慌ただしく呼びに来た。

「あとで行く。先に案内しておいてくれ」

「え?あれ?先生?…どちらに?!」

背後で戸惑うシェダルを置いて、足早に向かった。



「…一体なんだ?お前たち、何か知ってるか?」

シェダルは、3人で固まっていた白竜1年生に聞いた。

「……ビビった…ローズ先生、ガチで怒ると、こえぇ…」

「黒竜…あのローズ先生を動揺させるなんて…スゴくない?」

「……ハートのキングの事だからだろ。今のは…そうだな…ライバル出現か?」

ニックの言葉に爆笑。3人が3人、爆笑。

シェダルはそれがなんの事だかわからず、「おまえら、暇してるんなら手伝え!」と、アッシュのフードを引っ張って引きずった。

「ええ?!マジで?」

「え?なにを?」

「なんで?」

慌てるアッシュに、ニックとロンが呆然とすれば、シェダルは「全員だ!ついて来い」と、睨んで従わせた。



寮の部屋の前では、侍童が途方にくれていた。腰紐の色は白だ。侍童の少年はこちらに気付くと、助かった!とばかりに表情を明るくした。

「なんだ。どうした?」

「先生。もう起床時間を過ぎてますし、スレイプニルさんを起こしたいんですが、その…怖くて…」

怖い?あいつが?

「お前、スレイプニル付きの侍童か。名前は?」

「ケインです。僕、掛け持ちでジョーカーも受け持っているんですが…」

キングだけでなくジョーカーまで…また、アクの強い奴の担当に良く掛け持ちでされたもんだ。

「なぜだ?役持ちは普通専任だろ?」

「…スレイプニルさん…身の回りの事は洗濯も自分でされて…皆にラクでズルいって言われて…」

「……………」

ああ…すーぷーちゃんならやりそうだ。そして、この少年もまた、周囲の押しに弱そうだ。侍従は3年のうちに似てくると言うが…すでに、似てる…。

「起きないのか?」

「はい。いつもなら、この時間にはすでに起きていてお部屋にはいません。でも今日は…その…」

言い淀む少年に、部屋を開けた。

2人部屋の1つのベッドに寝ているのは…2人。

「…タナトス。起きてるんだろ」

声をかければ、もそりと起き上がった。

寝る時もフードかぶってるのか。おまえは。

「聞きたい事がある」

部屋の扉を閉める際に、廊下で戸惑っていた侍童の少年に「ここはいい。他の事をしなさい」と言って扉をしめた。

「なんだ。邪魔するな」

タナトスのこの反応の良さから、浄化…復活の法術を受けたのは間違いないだろう。その隣には身動ぎせずに寝ている焦げ茶の頭が見える。

「昨夜、黒竜の…ダイヤのキングと話をしたか?」

「そうだ」

「何を話した?」

「……。枕が違う人間でも眠れるのかと聞かれた」

なに?それはまた…随分、タナトスに対しての興味だな…いや、giraffe病に対してか?

「他には?スレイプニルとは何を話していた?」

「知らない」

「知らない?なぜだ?」

「夜中に…枕がいなくなった。探したら黒竜の教室にいた。何を話していたかは知らない」

黒竜の教室?!夜中に?1人で?!…バカか!!教室に女でも仕込んで魅了の魔法をかけられたらアウトだろ!!なんで行くんだ!!

頭がクラクラする。

「………」

「…話はついたと言っていた。正体を知っているのかと聞かれたから枕が黒でも白でも…。……。このままで良いと言った。それだけだ」

タナトスは途中で何かを考えて話を打ち切った。

なんだ?正体?

再び横になるタナトスに、なんで突っ込んで聞かなかったのか腹立たしい。

「タナトス…お前は起きろ」

「断る」

「タナトス」

「いいのか?この枕には足がある。掴んでないとどこかに行く」

「…………」

くそ。さも、正しいとばかりに言うが、それならなにも一緒に寝て無くてもいいだろうが。むしろそれなら起きて見張れ。眠れないんだろ。なんで見失ってんだ。

「…ナタルはスレイプニルを脅していたと思うか?」

正体がどうとか言ったなら、何か弱みを握ったのかも知れない。泣くとか言っていたし。

「……。仲良くしていた…手を取って、同じ色で」

は?なんだ?何だって?同じ色?手を取る?仲良く?

タナトスは布団の中でゴソゴソと身動いで、息を吐いた。

「黒だろうが、白だろうが、どうでも良い」

「タナトス、」

「寝る。邪魔するな」

ゾッとする殺意を感じた。

スレイプニルを抱えてそう宣言したタナトスには、これ以上の邪魔をしたら俺を排除しにかかるだろう。

スレイプニルがいれば、復活の法術が使えると言っても俺はタナトスにとって予備でしか無い。

「…………」

仕方ない。時間も無いし、スレイプニルが起きるまではタナトスは動かないつもりだろう。諦めて部屋を出ようとした時…布団の端からはみ出て見えた色は黒だ。タナトスのローブの割には位置が変だ。

…同じ…色…。

ナタルが白を着るか?あり得ない。あり得るのは、スレイプニルが黒を着る方だ。それで…手を取り合って?…話はついた…?

いや、バカな。ナタルはスレイプニルを黒竜に引き入れるつもりは無いと言った。アイツに黒竜は合わない。とも。…知った風に。

昨日、黒竜の教室でスレイプニルを批判したナタルの態度と、今朝の態度は明らかに違う。

なんだ?何を知った?ナタルはスレイプニルの何に気付いた?

布団の端から見える黒に、ざわついた。本当に黒いローブを着たのか…確かめたい気持ちと、見たく無い気持ちが葛藤した。

「…………」

今、ここで手を伸ばせばタナトスは眠りの邪魔をされたと判断するだろう。

パパパンッ!!

その時、模擬戦を知らせる空砲の魔法の音がした。

これ以上遅くなるのはまずい。深夜に気力切れになったと言った。遅くても夕方までにはスレイプニルは起きるだろう。

部屋を出て扉を閉めると、模擬戦会場に急いだ。















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