表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
24/46

第24章 だから…おまえの面倒は俺が見る。それでいいだろ?

目が覚めたら、朝だった。

広いベッドに1人。身じろぐと、肌の感覚から夜着じゃない。何度か瞬いて身を起こせば昨日、遠足に出かけた格好で寝ていたようだ。

…えっと…なんだっけ…?

寝ぼけながらも記憶をたどると、草原でアイティールの魔法の練習をしていてコントロールを失った所までを思い出した。

ああ…そうだった…。

風が暴発して吹っ飛ばされたのだ。

…どうやって帰って来たんだろう…全く覚えて無い…。

目をこすり、ベッドから出ればトイレと、顔を洗いに行こうと部屋を出た。

色々済ませて部屋に戻れば、着たまま寝てしまった従者の服を昨日教会に行くのに着て来た制服に着替えた。白いローブに袖を通せば、従者の服よりしっくりくる。

…ギルはローブをバサバサして動きにくいって言ってたけど…。

ひとしきり支度が済んで、何をしようかと思っていると、部屋をノックする音がして出れば驚いた顔の使用人が立っていた。

「申し訳ありません。お支度に伺うお時間に遅れてしまったようです」

「…それって…僕の?いいよ!そんなの!」

むしろやめてください。

「殿下より、お目覚めになられたら不足の無いようにと仰せつかっております」

いや…でもね…?そっちは仕事でも、こっちも事情というものがありますのでね?

押し問答みたいになりそうな時、侍童のケイン君の時を思い出した。

「あ。あー…じゃ、じゃあ…お願いしたい事があるんだ」

何かしないとサボった…もしくは役に立たないみたいになっちゃうならば、お願いしてしまった方がいい。

「…僕…朝からシャワー使ってもいい?」

だって、昨夜は入れなかったんだもの!

使用人の青年はその後、すぐに支度を整えてくれた。

「あー…サッパリした…満足」

朝からシャワーに入って身支度してテラスで一息つけば、リセットされた感が心地良い。

ハーブオイルで保湿もしたからスベスベだし。

朝の日差しが眩しい。そして今…お腹がすいた。

…人間…1つが満たされると、次に欲求が出てくるもんだな…。

夕飯を食べるどころか、気力切れで半日は寝てたから余計に…いや、でも、もうじき朝ごはんだし…

わずかな時間はテーブルに突っ伏して目を閉じた。


「…ニル、大丈夫か?」

ウトウトしていたら近くで気配がして顔をあげた。そこにいたのはアイティールだ。テーブルに手をついて、こちらに手を伸ばす途中で…彼はなぜかちょっと残念そうな顔をして聞いて来た。

「あ。おはよう。アイティール」

体を起こし、突っ伏していたおでこをさすった。

おでこ赤くなってないかな…?

「…まだ、戻っていないのか?」

気力切れで昏睡したから、その事だろう。

「ううん。もう大丈夫。僕、気力が切れちゃったみたいだね…どうやって帰って来たのか全然覚えて無いんだけど…」

「ああ、スレイプがニルを運んだ」

「え?スレイプが?…僕、スレイプに乗ったの?」

意外だ。懐いてはいたけど…スレイプは気位が高そうだから。

「ああ。荷物みたいだったが」

アイティールが苦笑した。

「ああ…まぁ…そうだよね」

むしろ、それでもよく乗せてくれたものだ。

「無理をさせてすまなかった。…魔法石のように君を使ってしまった」

アイティールはそう言って詫びてくれた。

「ううん。いいんだ。僕も気力が切れる前に言えば倒れる事もなかったし…」

「不足なく休めただろうか?必要な物は足りているか?」

「あ、ああ…うん。朝からシャワー借りて満足してる。あと、強いて言えば…」

「なんだ?」

青い目で真剣に問うアイティールに、私はちょっと恥ずかしかった。

「……お腹が…すいたかなぁ…」

「そうか。では朝食を。夕食を外したニルにはいつもより多めがいいな」

アイティールは冷静に判断し、控えていた使用人に指示をする。

「え。…ふ、普通でいいよ!」

そんなに大食いじゃないから!ってか、いつもだってパンとか余るんだから!

「ニル。君はもっと要求を言葉にすべきだ。そうでなければ私が君を不自由にしていると思われる。白竜顧問は私が君を酷使しているかのような言い方をした」

アイティールは憤慨して言った。

「…あ、アイティール…気にしてたんだね…」

ローズ先生が教会の図書室に誘った時の事を。

「…ニル…ニルはやはり…今の生活は不自由か?」

心配そうに問うアイティールに私はためらった。

これはチャンスだ。ムーンボウでアルバイトするにあたり、非常に都合がいい。

「あの…アイティール…僕、不満は無いし、とても感謝しているんだけど、贅沢を言えば週末の1日…好きに使わせてくれたら、嬉しいな…」

「………」

私のその言葉に、アイティールは言葉に詰まった。

「…あ、いや…無理にとは…言わないけど…その…」

殿下の無言の沈黙に、つい、弱気になっちゃう私…。

「…誰か…王都に知り合いでもいるのか…?」

アイティールは私が言い淀んだ言葉の続きを察した。

「え…う、うん…まぁ…知り合いと言うか…」

「身内か?」

身内?

バーディーがムーンボウは家族みたいなものだと言っていたのを思い出す。

「う、うーん…まぁ…そう…かな?」

曖昧に頷けば、アイティールはなぜかすんなり納得した。

「…そうか…」

「あ、でも、別に無理にとは…」

「いや、いい。わかった。週末の1日ニルの自由にして良い」

ほ、本当?やった!アルバイト時間を確保出来るぞ!

「だが…」

え?な、なに?

「いつかニルが私を真に信頼出来た時、私にその身内を紹介してくれないか?」

「…………」

ムーンボウのみんなを?…と言うか、私がアイティールを真に信頼出来た時…?それって…男じゃない事とか、アルカティア人だとか、そう言う事も含めて?

私の戸惑いの沈黙に、アイティールは不安そうに呟いた。

「…そんなに私は不甲斐ないだろうか…」

「え?あ、いや!そうじゃないよ!ただ…その…ちょっと、色々立て込んでて特殊だから…」

私だけでなく、ムーンボウまで王家の世話になったら自活にならない。それに、きっとアイティールは私がニルでない事を知れば、将来の王の右腕として活躍出来ない事に落胆するだろう…いや、そればかりか男同士の友情を偽ったとして失望するだろう…。それはなんて酷い裏切りなんだろう…。

私は心が痛んで俯いた。

「…特殊…そうか…どんな事情か、それを含めて君が打ち明けてくれる日を待とう」

アイティールはそう言って開いていた自分の拳を握った。

きっと、アイティールは知りたがっている。それはそうだ。大事な友達の知らない事…しかも、身内の事とか、立て込んでいる事を聞いて、事情を知らずにいるのは不安だろう。

でも、彼は待つという。知りたがりの殿下が、自分が把握出来ないことに我慢しているのがわかる。

「…アイティール…僕、君を信じていないわけじゃないんだ…」

護身の為の変装…それをただ勘違いされたまま…スレイプニルという存在を利用させもらっている事に、心が痛む。

「いいんだ。これは私の問題でもある」

「……?」

え?アイティールの?え?どの辺が?

私の戸惑いをお腹の虫がキュ〜〜という音で代弁した。

「うわぁ!……ごめん」

空腹アピールし過ぎでしょ!!やめて!めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん!!

お腹を抑えて赤面する私に、アイティールは笑った。

「そうだ。要求はもっと主張すべきだと理解したのは、腹の虫が先のようだな」

そうして、私達は朝食を取りに部屋を移動した。



そして週明けのその日、学校に戻れば待ち構えていたローズ先生に捕まった。

「すーぷーちゃん。ちょっと来なさい」

「え。ええ?な、なんですか?」

こ、怖いんですけど…

「大事な話だ」

だ、大事な話…?

いつもの白衣を着て、長い赤毛を一つに束ねた先生は真面目な顔で言い付けると私が動くのを待っている。

「何の話ですか?」

アイティールが反応し、私の前に出た。

「よその組には関係無い。口出しするな」

ローズ先生が緋色の目を不機嫌にアイティールに向けて牽制し、冷たくあしらった。

え。まさかまた先生、ご機嫌ナナメなの?!

私は数日前の詫びポテチ事件を思い出して、慌てて同意した。

「わ!わかりました!行きましょう。先生」

ローズ先生は法術師だけあって、他の組の生徒でも無下にしたりしないのに…ご機嫌ナナメの当て先がアイティールというのは危険だ。王家vs教会の危機再び。

私の焦りにアイティールは心配そうだ。

「…ニル。気をつけろ」

う、うん。ローズ先生のご機嫌ナナメはかなりの重圧だから頑張るよ!

「あ、ありがとう。じゃあ…」

アイティールに返事をしている途中でローズ先生は私の肩を押して話を断ち切った。

戸惑いながらも促されるまま歩き、見上げる先生の表情はやっぱり心なしか苛立っているように見える。

そして来たのは医務室だ。外の穏やかな日差しが窓から差し込んでいた。

この穏やかな雰囲気にローズ先生の機嫌もつられて穏やかにならないものだろうか…。

医務室の記録机に対面して置かれたイス。そのいつもの席に着いて先生の言葉を待った。

「…スレイプニル。結論から言おう。お前の教会登録が決定した」

「…え?」

な、なんですか?どういう事ですか?


この少年は、行く先々で奇跡を起こす。

本人は厄災と言うが、有り余る法力と斬新で独創的な思考は、それに触れる者の記憶に強烈に刻まれる。

ユニコーンの光玉は、今やその姿を失わないように法力の込められた保管箱に厳重にしまわれた。

3階の図書室から難なく飛び降りて、それを目撃した者がコイツが神の使いじゃ無いかと騒ぐ者まで出る。

ベガ様の小言は今に始まった事ではないが、それ以上に教皇様までスレイプニルの後見を望まれ、それを辞退するのに苦心した。

スレイプニルの登録は教皇様の意向もあるが、ユニコーンの光玉が証となり本人不在のままトントン

と受理された。

そして何よりも、俺の中でもっとも検証したい事があり、昨日から教会での事後処理の忙しさよりもそれがずっと気になっていた。

成功して喜ぶ生徒の姿を想像して、週明けを楽しみにして待てば、共に来た王弟の息子は俺に対して「気をつけろ」だと?

ふざけんな。まるでこっちが悪の組織みたいじゃ無いか。その言葉、そっくりそのまま返してやる!王族だろうが白竜に口出しするな!傲慢に呆れる!

思い出しても腹が立つ。

「…あの…どう言う事でしょうか…?」

登録の話にスレイプニルは不安そうに聞いて来た。

「お前の教会への登録が受理されたという事だ。法術師としての一歩だな」

スレイプニルは瞬いた。

「え?…僕?…なんで…そんなに勝手に決まるものなんですか…?」

「無論。本来ならば書類だけでは通らない。しかし、お前は衛兵の前で短時間でユニコーンの光玉を作った。それを上が法術師としての技量たると認めた」

その他にも、校舎丸ごと範囲回復をシェダルやほかの法術師が証言した。彼らも休みの日に教会に呼び出されて慌てただろうに。

その理由を知れば教会で追加されたハートのキングの行動に呆れて驚きながらも、興奮していた。

スレイプニル…もう、こいつは歩けば棒に当たる犬だ。

「はぁ…あんな光玉で…?」

それなのに全く自覚無い発言に半眼になる。

「おまえの言う、《あんな光玉》は今、教会で保管箱に収まっている」

「保管箱?」

「優れた光玉が出来た時に、後世にそれを伝えるために保管しておく箱だ。法力を定期的に供給する事によって光玉が消えないように保管する」

「ええ?!そんな!大げさですよ!あんな失っぱ…いえ、なんでもナイデス」

聞き捨てならない単語が出そうで一瞥すると、スレイプニルは慌てて目を逸らした。

「……。まぁ、ユニコーンじゃ無ければまた違ったのかも知れないが…。おまえの場合、保管箱が何個あっても足りないくらい奇抜な光玉をポコポコ作るからな」

ため息交じりでその才能を認めれば、スレイプニルは何かを思い出して黒い目を向けた。

「先生…僕…また図書室に行けますか?」

「…行くには身分証である登録票がいるな」

正確には光玉か法術師の登録票だ。だがここはあえて光玉は外す。

「…身分証…」

「おまえにそれを与える上で…確認したい事がるんだが…」

スレイプニルはジッとこちらを見て無言で言葉を待った。

「…法術師として登録するには、後見人を付ける。普通は父親だ。しかし、おまえの実父は行方不明だ」

スレイプニルは黙って聞いている。

「そこで…おまえの後見人に…教皇様が引き受けられると…」

ガタッ!!

スレイプニルが急に立ち上がった勢いでイスが音を立てた。

「お断りします!!!!」

言葉の途中でスレイプニルは激しく断言した。興奮した様子で拳を握って怒りを抑えているようだった。

「安心しろ。そう言うだろうと思って辞退しておいた」

落ち着け。おすわり。すーぷーちゃん。

無言で座るように指示すれば、少年はホッとした様子で座り直した。

「そもそも、現時点でおまえの後見人に教皇様がなられたら教会に混乱が生じる。それに、おまえは…そもそも教皇様を誤解している」

その言葉に、眉を寄せ不服そうに俯くスレイプニル。

「…そのお話でしたら、僕には構わないで下さい」

「いいや。だからこそだ。おまえの後見人はおまえのその性格や行動を理解しなければ、おまえに害を与えかねない。そしておまえを…利害抜きで支える覚悟が必要だ」

これだけの逸材だ。後見人としてスレイプニルを利用したがる者は少なくないだろう。だが、こいつが望むのはその真逆だ。ならば、スレイプニルが1人で立てるまで嫉妬や妬みや企みから、矢面に立ち守る必要がある。

「だから…おまえの面倒は俺が見る。それでいいだろ?」

その問いに、スレイプニルは黒い目を瞬いた。

「…先生が…?僕の?」

「そうだ。…不満か?」

こいつの後見人を誰かに任せる気は無かった。例え重大な何かをおこしたとしても、下手に誰かに頼んで後悔するより、自分で責任を持ちたい。

「…その…後見人って…どんな立場ですか…?」

「おまえが法術師として独り立ちできるまで、おまえの行動を監督し、導き、能力を保証すると共に、失敗等があった場合には責任をとる」

「…さっき言っていた…親みたいな感じ…ですか?」

「まぁ、そうだ」

「…で、でも!僕…その…迷惑をかけてしまうと思うんです」

「だろうな。だから他の者には頼めん」

教皇様なら尚更に。

「それに!僕!その…あの…まだ…言えてない事もあります…」

「それは今聞いて答えられるものか?それなら、全部言え」

そうだったな。身内以外での悩み…おまえが何か、過去にしでかした事があるんだろ?

「…………」

スレイプニルは俯いて沈黙の後に首を振った。

「言えません…それに…先生に迷惑をかけるわけにはいきません…ですから、僕、登録は辞退します…」

またか。問題を1人で抱えて、相談せずに諦める。全く…こいつは、さっさと吐いてラクになれ。

「おまえくらいの能力があれば、個人の資質や、故意による悪意が元のトラブルで無ければ多少の問題は教会が決着をつけられる」

コイツの事だ。どうせ、知らずにうっかりなんかしでかしたんだろ?

「スレイプニル。白竜でいるならば遅かれ早かれ教会に登録する事になる。本来なら卒業と同時に登録票を得るものだが、おまえの場合、3年も無登録でいたら今以上に狙われて身動きが取れなくてなる。しかも、利権が絡むと教会としても混乱が生じる恐れもある。それは避けたい。それに…」

言葉を区切って、俯いている少年を見れば一昨日の事が思い出される。

『誰にも争って欲しくない』そう言って王家の後ろを俯いて歩く白い背中に、従属するな!胸を張れ!と引き止めたかった。

「……。おまえが教会を去ってから、教会上層部からの追求や要望に、おまえの希望に沿うだろう形で後始末をしたのは俺だ」

驚いて顔をあげた黒い目が、えぇ?!そんな事が?と言っている。

「教皇様がおまえの後見人になるとおっしゃったのを苦心して阻止したり、規則にうるさい上役に図書室から飛び降りた者に対する監督不行きを懇々と指導され、王族の突然の来訪に痛くも無い腹を探られた上に、おまえのことをとりわけ大げさに表現して噂する者まで現れて、ただ運動神経が良いだけだと言って鎮火させて来た」

淡々と言ってやれば、スレイプニルは身を小さくして「…す、すみません…」と呟いた。

「だが、それも含めて…俺はおまえが必要とする限り面倒をみると約束したからな。後見人もその延長だ」

そう説明すれば、スレイプニルはおずおずと聞いてきた。

「それは…もし、僕が途中で…法術師の資格が無いとかになったらどうなりますか…?」

「そんな事にはならないだろう。が、仮定として答えるならば、資格の喪失理由にもよる。純潔が失われたならば後見人の契約は解消される。不祥事ならばそれに見合った責任をとる」

「……僕が死亡したら…?」

なんだ、その不吉な仮定は。

「どうもしない。契約者が失われ解消されるだけだ」

「……それで…決めたら、先生が、僕のお父さん…ですか?」

「…まぁ、法術師界で言ったらそのような立場の者だ」

親が抵抗あるなら師弟でもいいぞ。嫁もいない法術師で息子っていうのもなんだな…師弟にするか。

法術師は法術師でいる限り異性の伴侶が持てないゆえに、法術師同士で《義兄弟》だとか《師弟関係》の契約をしたりする。それはリスペクトした相手への敬意であったり、辞めにくくする為の手法であったりするんだが、過去に行き過ぎた勘違いをして風紀や規律が乱れる事もなくは無いので、公然では認められていない。

「どっちでもいいんだが父親が嫌なら師匠にするか?」

どう思おうが、後見人は公然の監督指導者だ。

「…ローズ先生が…僕の…お父さん…お父さん…?」

しかし、スレイプニルは思いがけない仮定に、呟き沈黙して…うなだれた。

「そんなに嫌なのか?」

うなだれたスレイプニルに、実は結構ショックだった。

…まぁ…本の件でもそうだが、全幅の信頼を得ていないのはわかってはいた。だが…教皇様が嫌で、俺でも嫌か。そうか…。ならば引き受けてくれる者で、打算のなさそうな奴を探す事になるな…

そう考えた時に、少年の細い首と肩が小刻みに震えているのに気が付いた。

「…なんだ?どうした?」

下を向いたまま、顔を両手で覆って大きく震えたかと思ったら、

「先生が…僕の…お父さん…お父さん?!若ッ!!あはは!父さんっていうか、兄さん!」

「…………」

腹を抱えて笑うスレイプニルに、机にあった日誌で頭をスパン!と叩いた。

「イッタ!」

「大事な話だと言っただろうが」

ふざけるんじゃ無い。心を砕いた分、腹が立つ。

「先生、暴力反対です」

苦笑するスレイプニルの目に涙がにじんだ。

「そんなに痛かったか?」

まさか。いや、角が当たったとか?

治癒をかけようか悩んだ時、スレイプニルのにじんだ涙は大きくなってポタリと落ちた。

「先生が僕の父さんだったら…きっと、子供を突然捨てたりしないでしょうね…」

力なく笑いながら泣くスレイプニルは、父親に関してはトラウマだ。

「…すーぷーちゃん…普通の親はそんな事はしない」

おまえの父親がクソ野郎なだけだ。

「…でも、僕、先生に迷惑かけたく無いんで…やっぱり…辞退します」

目を伏せて、微笑むスレイプニルは予想通り頑固だな。

「またそれか。おまえは一向に覚えないな。白竜や法術師の理念は何だ?」

「…それは、承知の上です。それでも、僕はまだ先生に言えない事があります。そんな僕の後見人をお願いするなんて、出来ません」

やれやれ…仕方ない。

「スレイプニル…これがなんだかわかるか?」

白衣から取り出したのは、真新しい白銀の登録票だ。

「これはおまえの登録票だ。これがあれば法術師として至る所で身分証となる。図書室にも行けるし、おまえの紛らわしい見た目で、最近騒がれている捜索人との区別もつくから、図書室に行くのにいちいち面倒な確認に時間を取られる事もない。本読み放題だ」

説明すれば、スレイプニルの肩がピクリと揺れた。

図書室か…効くな。犬にジャーキー、こいつに本。

「…どうだ?欲しくないか?」

黒い目が揺らいだ。

「え。でも…その…」

ハッキリしない奴だな。

「そうか。いいのか。おまえが治癒や浄化が出来ない理由も判明したんだが…登録票を要らないという事はそれも知りたく無いって事だな」

スレイプニルの顔が驚愕した。完全に脅しだが、コイツは王家にもその手で服従されているようだから、本意では無いが仕方あるまい。

「え…せ、先生…それ、本当ですか…?」

「ああ。間違い無いだろうな。そして、これを聞いたらおまえは治癒や浄化を習得出来る。だからこそ、現時点で登録票の発行が許可された」

ソワソワとスレイプニルの体が揺れた。

「どうする?契約すれば法術師として活躍出来るぞ?」

ピラピラと白銀の札を揺らせば、黒い目が葛藤していた。

「先生…後悔しませんか?僕は厄災ですよ?そんな僕の後見人になって…本当にいいんですか?」

スレイプニルの漆黒の目が、その覚悟はあるのか?と問いかけてくる。

「おまえは疑ぐり深いな」

ため息が出そうだ。

「おまえが必要とする限り面倒を見る。そう言っただろう?そこでもう腹は決まっているんだ。後見人の件も、その延長だ。今更、後悔なんかするわけないだろ」

むしろ、放置したほうが悔やまれる。そう思うと、俺も法術師の性質が性分なんだろうな。

「じゃ…じゃあ、下さい。僕、本も読みたいし、法術師になりたい…」

モジモジと頬を染めて素直に言う少年に、白銀の札を手渡せば黒い目が札をしげしげと見て、こちらを見た。

「ありがとうございます…お父さん…ぷふっ!」

吹き出したスレイプニルに再び日誌を構えると「わー!すみません!頭はやめてください」と詫びた。

「すーぷーちゃん。変わらず先生と言いなさい。師弟なら師匠で先生でもあるから丁度いいだろ」

「えー!あー…まぁ…そ、そうですね…」

不服なのか妥当なのか、スレイプニルは頷いた。手に握る白銀の登録票に目を落とす。

「…これ…無くしたらマズイですよね…?」

「当たり前だろうが。無くすな」

どこにしまうか自身の服を探るスレイプニルに、思い付いた。

「…ちょっと待ってろ」

医務室を出て近くの自室から取っておいたそれを持ち出すと、大人しく待っていたスレイプニルに渡した。


先生が持って来たのは細かいシルバーのネックレスだ。

綺麗な白銀の鈴が付いていてシャリンと変わった綺麗な音がした。

「これに付けとけ」

「わぁ。丁度いいですね!これなら失くさないです」

私は白銀の札の穴に、ネックレスに付いていたリングを通すと、首にかけた。ちょっと耳に引っかかったけど、長さ的には丁度いい。

「…………」

先生は、何か言いたそうに瞬いた。

「?…なんですか?」

「いや……」

フイッと目をそらす先生に、気が付いた。

「…あ。これ、もしかして誰かに宛てた物でしたか?」

なんだか普通の鈴と違うみたいだし…。

「…いや、まぁ…いい」

口ごもる先生に、なんだか悪い気がしてくる。

「まさか…先生の思い出の品とかですか?」

それはちょっと…いや、かなり気がひける。

ネックレスの長さ的に男性向けじゃない気がする。自分で使う物でないなら女性向けかもしれない。まさか先生の将来のお嫁さんにあげるものだったならメチャクチャ憚る。

「いや。新品だ。作ったけれど使わなかっただけだ」

「?」



自ら首に白銀の鈴を下げて黒い目を向ける少年に、言いにくい。

「…スレイプニル…それは首に下げるものじゃ無いんだ。短いだろ」

「え?そうなんですか?僕にはちょうど良いんですけど。…じゃあ、どこに付けるんですか?」

「…ベルトにでも通しておけばポケットからでも落ちなくて良いと思ったんだが…」

「ああ。なるほど。でも、僕、週末は制服から着替えるし、これでいいです」

満足そうに鈴を鳴らす少年。

まさか頭が通るとは思わなかった…。

それは法術師の伴侶犬用の鈴首輪。

ドギーは友人の犬だ。その友人との別れはドギーとの別れでもある。死別じゃないのに喪失感が辛かった。

だから、自分もやはり犬を飼おうかと思って教会に申請を出した。

しかし、犬用の白銀鈴を得てから色々忙しくなって肝心の犬が迎えられなかった。そしてそのタイミングをずっと逃し未使用のそのまま。いつか犬を。と思ったままで時は過ぎていた。

札を失くす心配をした少年に鈴も付いていて丁度良いかと思ったんだが…使い方が物凄く正解でいて、不適当過ぎていて悩ましい。

白銀の鈴を首にかけるスレイプニルは犬っぽい。本人も気に入り似合っている分、やめろというのも惜しい気がする。

いや、犬用なんだが。…残念だが、黙っているのも悪いし本人の為にも伝えておこう。

「…すーぷーちゃん…それ…犬用の鈴首輪なんだが…」

「え?先生、犬飼ってたんですか?」

驚くのはそっちなのか?

「いや…飼おうと思って用意して、使わずじまいだ」

「あぁ。そうなんですか。じゃあ、これは僕がもらっても大丈夫ですね」

いや…まぁ…問題はそこじゃ無いんだが、わかってるのか?

「僕はてっきり先生の、彼女への渡せなかったプレゼントかと思いましたよー!」

ご機嫌でそんな口をきく少年に半眼になる。

「…おまえ…随分と生意気な口をきくじゃないか」

「え。あ。いや、だって、先生、キスするくらい好きな人いたんでしょ?」

「…………」

チッ…余計な事は覚えてやがる。

「今、その話をするなら、おまえも言えないと言っていた事を全て洗いざらい吐いてもらうが、いいんだろうな?」

圧力を込めて言えば、スレイプニルは顔を青くして無言で激しく首を振った。

後見人となったからには、今まで以上に取り調べて自白させてやるからな!

そこで、医務室の扉がノックも無く開いた。目を向ければ黒い死神の…

「あ。タナトス。見てこれ!僕、名札もらった!」

「名札じゃない。法術師の登録票だ」

スレイプニルの言葉を修正した。

確かに名前も掘られてあるが、教会のユニコーンの紋章や古代文字で法術師の志も刻まれている。名前だけだと完全に犬だろうが。

タナトスは音もなく医務室に入って来て、スレイプニルの首に掛かっている札と鈴を見下ろした。


ローブの中のタナトスの目が、しかめられた。

「……………」

タナトスはローズ先生を見て、私を見た。

「………要らない。捨てろ」

ボソリと、でもハッキリと言い放つタナトス。

「えぇ?!でも、これがあると教会の図書室が使えるんだ」

触ればシャランと綺麗な音がした。

「…要らない。知りたい事なら教えてやる…」

え。本当に?あ、でもそれ、タダじゃないでしょ?

「タナトス。求人は他所でやれ」

ローズ先生が非難した目を向けてタナトスに言った。

「…おまえじゃなくても…コイツが浄化すれば済む…ここにいる理由は無い…」

タナトスがローズ先生に言った。つまり、もうローズ先生に頼まなくても良いという事か。

「た、タナトス!僕、ここで学んでいたいから…君の家で従僕なんて出来ないよ?」

「…………」

タナトスは無言だが、不満そうだ。

心なしか、普段よりイライラしている気がする…。あ。そうか。

「タナトス…君、週末、眠れてる…?」

「………」

無言のままタナトスの気配がピリピリした。いや、気配じゃ無いな。これ。実際、空気がピリピリしてる。

「…先生。気のせいか…この医務室で雷の気配がするんですが…」

「気のせいじゃないな…。すーぷーちゃん。気を付けろ」

え?気を付けろって、ど、どうやって?

パチッと乾いた音がタナトスからした。不機嫌で体が雷を帯びている。

「え、えーと…」

ど、どうしよう?魔法を防ぐ法位陣はまだ全然、未習得だし…あ、そうか。

「た、タナトス。お昼寝でもしようか?…おわ!」

眠れないタナトスには寝かしてしまった方がいい。提案すれば、タナトスは私を脇抱えで引っ掴むと医務室のベッドに潜り込んだ。

「せ、先生〜…僕…しばらく身動き出来なそうです…」

「だろうな。すーぷーちゃん。タナトスを頼んだぞ」

先生は苦笑してそう言うと、背中を向けて医務室の扉に手をかけた。

「あ!先生!僕、肝心の治癒と浄化のコツ、聞いて無いんですけど!?」

布団の中から手を伸ばせば、先生は思い出したように言った。

「…ああ…まぁ、慌て無くても大丈夫だ。そのうちな」

は?え?!そのうち?

「え?!先生?!そのうち?そのうちっていつですか?!」

慌てて起き上がる私に先生は「心配するな。そのうちだ」と言って扉を閉めた。

「ちょ!先生?!うあ!」

ベッドから出ようとした私のローブを、ぐいっと引いて強引に引き戻したのはタナトスだ。

「…うるさい…」

不機嫌なタナトスはその言葉だけで威圧が凄い。しかも近い。さすがに言葉に詰まる私の代わりに、鈴がシャランと音を立てた。

「…枕に…趣味の悪い首輪が増えた…」

背後からグイッとチェーンを引かれれば、首が締まる。

「…タナトス…首…痛い…んだけど…」

ちょっと引かれたくらいならまだしも、チェーンを切るくらいの引きの強さは私の首が保たない。

「………ここを去るんじゃないのか…」

背後から聞こえるタナトスの問いは、以前、デッキブラシを返しに行く時に言った事だ。

「…うん。出るよ…答えが…見つかったら…」

途切れ途切れの言葉は感傷によるものでは無くて、物理的圧迫によるものだ。食い込むチェーンは気道を締める。

いや、そろそろキツイ。

喉に食い込むチェーンを何とかしたくて身をよじると、チェーンを放したタナトスが私の肩を引いて向かい合わせになった。

「…おまえは何者だ…どこから来た…?」

眠りたいはずのタナトスが聞いた。

「何者…と、言われても…」

返答に困る。

「…なぜおまえじゃないと眠気が来ない?…他の女と何が違う…?…目が黒いからか?」

その言葉から、週末、タナトスが何を試していたか何となく推測出来る気がする。

「…わ、わからない…わかるわけないじゃん」

「…さっさとうちに来れば良い…それなのに…阿呆鳥の他に馬まで寄って来た…」

え?アホウドリ?馬?

「た、タナトス…そのアホウドリって…」

「…趣味の悪い金バッチだ…」

「グリフォンの事?!…え。じゃあ、馬って教会?!」

えぇ?!…いや…ユニコーンは馬だけど…グリフォンをアホウドリって…タナトス…。

「…角がある分…馬だか鹿だかわからない…馬鹿でいいな」

「ちょ!タナトス!そんなの先生に聞かれたら…馬鹿って…プフッ!アハハハ!めっちゃ怒られるし!」

王家をアホウドリ呼ばわりするのも大罪になりそう!そんな事、言えるのタナトスくらいじゃ無い?

布団の中で笑う私に、タナトスはため息を吐いた。

「…ここを去ると言っている奴が…阿呆と馬鹿に首輪を付けられて…喜ぶ方がどうかしている…」

笑いをおさめて、私は寝ながらタナトスを見た。

「…僕はね…死ぬ事になるんだ…」

「…………」

「…元々、スレイプニルなんて存在しない。…存在しない者は、いつか消えて…元に戻るだけだよ…」

声を潜めてゆっくりそう呟けば、タナトスは沈黙した。

やがてスーと寝息が聞こえたから、死神と言われるタナトスが眠りについたようだ。

寝かしつけるような感覚に、アイリスや…弟を思い出した。

ロスはどうしているんだろう?タナトスと添い寝してると、ロスも、このくらい大きくなったのかなーと思う。麦わらみたいに薄い金の髪に金の目をしたロスは、同じ金の目でもタナトスの色彩とは全然違う。

無口で気取った子供だったけど、根はとても優しい素直な弟は照れ隠しに良く…

ん?…んん?…え。いや…まさか…。

私はベッドの中で、沸き起こる疑惑に否定しようと思い返しては、ますます疑惑を深める事になった。

そうだ。ロスは無口だったけど、悪い口癖をもっていた。

『……馬鹿なの?』

『…馬鹿か』

私の記憶の中で、幼い少年の人を小馬鹿にしたようなその言葉と、低い声で呆れながら言うネイロスが重なった。


新入生を迎えて1月も経つと、いよいよ模擬戦が始まる。学校全体がピリピリと緊張した空気に包まれて、慌ただしい。

3年生の模擬戦は1、2年生は見学するらしい。

「模擬戦ってどんなんだろうな?」

「始まると、1組あたり2時間はかかる。下手したらもっとかもな」

廊下を行き交う1、2年生の話は模擬戦で持ちきりだ。

そんな中、私はキョロキョロと人を探していた。

校舎から運動場に出れば、たくさんの人が大きな複数の石像を取り囲んでいる。

「…なんだろ?あれ」

あんなオブジェ無かったはず。

「スレイプニル」

呼ばれて見れば、同じく運動場を見ていたのは赤竜の先生…浅黒い肌のリオト先生だ。

ペコリと黙礼で済ませようと会釈すれば、先生はこちらに向かって片手を挙げて指でチョイチョイと合図した。

え?来いって事?

武人の先生は普段からなんか怖い。グズグズして怒られても嫌だから、小走りに近付いて用件を聞いた。

「はい。お呼びですか?」

小走りをするとシャランと音がする鈴に、リオト先生はそれを一瞥した。

「……なるほど。ローゼフォンはお前の首に鈴を付けたのか」

苦笑する先生に、私は札を掴んでローブの中にしまった。走る毎に鳴るとうるさい。

「僕が登録票を失くさないようにと頂きました」

「治癒は出来るようになったのか?」

「いえ。…ですが、先生は出来ない理由がわかったと言っていました」

「ほう…。では、それをクリアしたらおまえはもう一人前の法術師か」

「らしいです。登録票も先に頂きましたし…」

その答えに、リオト先生は運動場を見て言った。

「ローゼフォンも出し惜しむな。使えるならさっさと実戦投入して鍛えればいいものを…」

「………」

じ、実戦?…冗談でしょ?…私、まだ1年生なんですけど…。

「あの…先生…」

私の言葉に、先生はチラリとこちらを見た。

「あの…あれはなんですか?」

運動場に鎮座してある石像は、何かのオブジェですか?

「ゴーレムだ」

「ごーれむ?」

「魔法で動く石人形」

え?あれが動くの?普通の石像なんだけど…?

「防御力は言うまでもなく、動きもメルセデスが改良したからなかなか早い」

はぇーー……そんなものが…。

「おまえならどう戦う?」

「え?僕が?…僕なら、戦いません」

「…………」

リオト先生は沈黙した。

あ。え。まずかった?

「フン…なるほどな。それも一つの手だ」

先生は苦笑した。

「だが、倒さねば先に進めないとしたら?」

さらに問う先生に、今度は私が沈黙する。

「……。うーん…相手の動きを見てから考えます」

まだどんなふうに動くのかわからないから、答えようが無い。

「そうか」

「あの、先生。僕、もう一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「ネイロスって、どこ出身ですか?」

ネイロスは赤竜だ。顧問なら詳しく知っているだろう。

「本人に聞けばいいだろう」

「ああ、はい。そうなんですけど…港の名前と苗字が同じなのが偶然なのかと思って」

王都に着いた時のウィンナイト港…ネイロスの名字も同じだ。

「偶然じゃない。ウィンナイト港は、あいつの祖先が昔、戦を勝利して開いた港だ」

へぇーーーー。ネイロスのご先祖、凄いねー。

「アイツの家は昔から武家だからな。だが、おまえと違って型にとらわれ過ぎて動きがまだ固い」

リオト先生は私を横目に見て口角を上げた。

それって…私じゃなくて、ギルなんですが…。

「父親はまだ現役の将軍職をしているし、長兄が第1騎士団をまとめている」

へぇー。

「おまえはこのまま法術師を目指すのか?」

リオト先生の猛禽類のような鋭い目が私に向かい問う。

「……僕にその力があるなら…でも、教会に所属する事は望みません…この札も辞退したんですけど…結局、受け取る事になってしまって…」

「それで法術師を名乗るなら、流れの傭兵みたいなものだぞ?」

リオト先生が怪訝な顔をした。教会に所属しない事は、すなわち…治療のボッタクリや、悪人に加担すると言っているようなものかもしれない。

「…僕は…困った人を手伝って…自分は細々と土を耕して暮らせていけたら十分です」

「…なに?…クッ…ワッハハハハハ!」

びっくりした!先生、急に笑わないで下さい!ほら!運動場の人達もみんな驚いてこっち見てるじゃ無いですか!

「先生。僕は、真面目に答えただけです」

「そうか。ずいぶん、高尚な志だな。なるほど。タナトスを従えるだけはある」

リオト先生は笑いをおさめ、そう言った。

「タナトスは友達です。それにタナトスの方が僕よりもずっと凄いです」

私の主張にリオト先生は苦笑した。

「人が動くのは、単純に強い弱いだけじゃ無い。そいつの持ってるカリスマだ。腕っぷしだけで王になるわけじゃ無い」

…王様?…ああ。確かに。アイティールが王様の事を優しい人だって言ってたな。

そう言うリオト先生は、私をジッと見下ろした。

「…………」

「…あ、あの…僕、この辺で失礼します…」

その視線に耐えかねて、私はペコリと会釈するとその場を後にした。


あーびっくりした…。

リオト先生は雑談だけでもやっぱり、隙が無いし、気迫があって怖い。何か聞かれるたびに身のすくむ思いをするのは本当に落ち着かない。

…あの先生、奥さんいるのかな?いたとしたらどんな女性なんだろう?

それこそ、めちゃくちゃ強いカッコイイ女性なんだろうか…。いや、やめとこ。また変な想像してもなんだし。

週明けの今日は明日からの模擬戦に備えての準備で終わった。大まかな準備は出来ていたみたいだけどその最終調整といった日だった。

そして夕刻の灯り点け、3年生の先輩達は模擬戦前のため免除らしい。2年生と私とアッシュだ。

「割り振りどうする?」

いつものように集まった玄関ホールで2年生の先輩がリストを元に囲んでいる。

「スレイプニル。おまえ、数の量産、得意か?」

呼ばれれば、アッシュと雑談していたのを打ち切って答えた。

「僕、今日は何も作って無いんで、たくさん必要なら出せます」

「…なら、おまえ単独でもいいか?」

3年生がいないと人手の分でも足りないもんね。

「はい。お任せします」

快諾して任されたのは、食堂と黒竜の教室だ。

「行けるか?」

「はい。クスト先輩と回った事ありますから大丈夫です!行きます」

大きいのと、小さいのね。うん。覚えてる。

早速、向かおうした所でアッシュが声をかけてきた。

「おい、黒竜には気を付けろよ?」

「うん。じゃあ、またね、アッシュも頑張って」

アッシュは今日が灯り点けのデビューだ。新人の作る光玉が、不完全でも大丈夫なように廊下の灯りを先輩と交互に作っていくんだろう。

実の所、黒竜の教室に選ばれたのは偵察にもなって、非常にありがたい。

私は先に食堂をサクッと終わらせると、緊張と期待の気持ち半々で黒竜の教室に向かった。

その部屋は思い起こせば久し振りだ。赤竜の教室は男子の部室だった。青竜の教室はどっかの貴族の執務室。白竜の教室は理科室と医務室の半々。黒竜の教室は研究室と図書室の半々みたいな感じ。

今日みたいな日は、誰かいるのかな?白竜は教室に誰かいるって事は授業以外はあんまり無いんだけど、黒竜の場合はどうだろう…?

廊下を進むと、窓から夕日がさしていた。日が暮れる前には灯り点けを終わらせないと。

たどり着いた黒竜の教室前…ノックしようとして、やめた。もし、中で自習している人がいたら気が散るだろう。それに、クスト先輩の時もノックはしなかった。

そっと扉を開けて中をうかがえば、夕陽のさす教室に人影が見えるだけでもポツリポツリと点在して自習していた。

わ。さすが。勉強熱心だなぁ…邪魔しないように、サクッと光玉を作っちゃおう。

「(えーと…ここは…小さいの30個…)」

30個?そういえば、黒竜ってやたらと光を使うんだな…。

「(…ま、いいや。前みたいに変にイメージしてウミガメフィーバーになっても困るし)」

集中!集中!ウミガメのたまご、1個、2個…

手から生まれる光玉は、順番待ちのようにポコポコと一定の速さで箱に溜まっていく。

「29…30」

よし。30個お終い。

ホッとした瞬間、誰かに肩を掴まれた。驚いて振り返れば、黒いローブの青年だ。茶色い目に茶色の髪は典型的なレムリア人で、何となく意地の悪い笑みで私を見下ろしていた。

「よう。ハートのキング。久し振りだな」

ニヤニヤとした顔で馴れ馴れしく肩を組む青年に、目が点になった。

「………えーと…?」

思い出せなくて、固まった私に左右から同じく黒竜の生徒が取り囲んだ。

「おいおい。忘れられてんよ。俺たち。ひどくねぇ?」

大げさに嘆く青年に、取り囲んだ黒ローブ達が口々に「キングにとっちゃ俺たちは景色みたいなもんか?」と不満を言う。

「すみません。僕、覚えが悪いもので…どこかで会いました?」

なんか、親しくしたくない感じの雰囲気なんですが。

「何度も会ってんだろ。テメェ、キングだからって調子こくなよ?」

眉を寄せて恫喝してくるこの感じの悪さ…赤竜に負けず劣らずだけど、体格差ではマッチョな赤竜の方が怖い。いや、複数の青年にいちゃもん付けられている今の気分も最悪だけども。

「…あ。あー…もしかして、橋の上で会ったりしました?」

それは王弟と会う日の昼だ。魔法で痺れて動けなくなったのを浄化の水とクスト先輩に助けてもらった。

「廊下でもあっただろ」

え。ああ。タナトスがお断りしてくれたあの時か。そう言われれば。

「…えっと…それで…今回は…?」

何のご用ですか…?この様子じゃ、どうせロクでも無いんじゃ…

「おまえこそ、1人でここに来たのは理由があるんじゃないか?」

ギクリ。そんな、あわよくば本を読もうとしたなんて…そんな…

「…ぼ、僕は灯り点けに来ただけですが…?」

「嘘つけ。ならなんでお前、1人で来てんだ?お前らはいつも2人でコソコソ来てんだろ。白竜はいつも1人じゃ怖くて何にも出来ねぇ弱虫ばかりだからな」

あざ笑う青年の顔は侮蔑を浮かべている。

ムカ。失礼な!

「…白竜は何もできない弱虫ではありませんが」

キッパリと言う私に、黒いローブの青年は笑みを浮かべて言った。

「そうかな?俺たちから見りゃ、殻を付けたままの雛だ。まぁ、治癒や浄化は使えるが、いいオッサンがいつまでも真っ白なまんまなんて…ハッキリ言って気持ち悪ぃぜ?」

「…それはどう言う意味ですか?言ってる意味がわかりません」

ただただ、感じが悪い。なんなの?この人。

「わからないのか?可哀想になぁ。お前は何にも知らないガキだな。いいか?法術なんてのは通過点でしか無い。魔力も低くてそれしか才能の無いモテない奴がしがみつくならまだしも、魔法の方がよっぽど使えるし、知的で高尚だ」

?…何言ってんだろ?…つまり、白竜より黒竜の方がモテるぜ?的な?

「…はぁ。そうですか」

私の気の無い返事に、黒竜の青年は苛立った。

「おい、おまえ。なに他人事みたいな顔しやがるんだ。わざわざこっちが親切で教えてやってるのに!」

グイッと胸ぐらを掴まれれば、鈴がシャリンと音を立てた。

「…なんだ?」

訝しむ青年の手を離そうと掴んだ。

「離してください。そもそも僕は頼んでないです」

不快感で拒否すれば、ますます青年達の態度は悪くなる。

「こいつ、全然、ビビってねぇぜ?1年のチビのくせに生意気じゃね?」

「おい。気を付けろ。魔法かけとけ」

は?なんだって?

聞き捨てならない言葉の直後、体が痺れてきた。

「な…なにするんですか!」

まずい。浄化の水、持ってない。しかも、1人だ。っていうか、なんで魔法使えてんの?!

「おっと…やっと自分の立場がわかってきたようだ」

ニヤニヤとする青年は楽しそうだ。私の手を掴んで壁に押し付けた。

「心配すんな。戸惑うのは最初だけで、知れば病みつきになるくらい良いもんだぜ?」

な、なにそれ!まるでヤバイお薬のキャッチコピーみたいなセリフ!

「何を…」

動こうと力を入れれば足は根を張ったみたいにビクともしない。

「はは。ムダムダ。1人で来たくせに往生際が悪いな?おまえもとっとと大人になればいいんだ」

はぁ?!何の事!?あんた達だってそんなに変わらないじゃん!

「なんで…こんな事…僕の事はほっといて!」

苛立って叫べば、手を掴んでいた青年が私の首を掴んだ。

「おまえが目立つからだ…。これ見よがしに先生の気を引いておいて、放っておけだと?ふざけんなよ」

先生?先生って…黒竜の?メルセデス先生?

「僕はそんな事…!」

「はぁ?ここで点滅する目立つ光玉を溢れさせた上に、先生の前で青い玉を作って鳴かせ、挙句、光の雨降らせて授業を妨害しておいて、そんな事してません。ってのか?今度は何をアピールしに来たんだよ?あ?」

不機嫌に歪む青年の顔が怖い。

「…そ…それは…」

「心配すんな。どうせ遅かれ早かれ白は黒になるんだ。お前も俺たちに感謝する事になる」

笑う青年に私は叫んだ。

「そんな事、絶対に無い!」

しかし、叫んだところで事態が好転するわけもなく、根を張ったように動かない足は感覚が無い。

「ディー。そんでコイツどうする?」

「染めれば良いだけだろ?このまま拉致ってあとは娼館に放り込んで任せりゃ良いんじゃね?」

「役得だなー。こんなチビでもお姉さん達によろしくされんのか…」

いやいやいやいや。間違ってる!!

激しく首を振り、叫ぼうと口を動かそうにも、痺れは呂律にも回って来た。

「むられす!そん…な…のは…む、いみだ!」

どんなに女性に囲まれようが、どうにかなるわけないじゃないか。

「へぇ。よっぽど自信があるんだな?それとも知らないだけか?」

私が動けないのを良いことに、首を締めたまま、あざ笑うように顔を近付けた。

おい!おまえら!こんな事してわかってるのか?!ローズ先生は普段はニコニコしてゴージャスで、女性も尻込む美女だけど、怒るとめっちゃ怖いんだぞ?!知ってるか?!元々、声低いのに不機嫌になった時の威圧感はマジでビビるからな?!あのロキさん超えるぞ!?知らんぞ!本当に!

あー!!言いたい!!言ってやりたい。悔しい!

「なんだ。何か言いたそうだな?」

睨みつけるくらいしか出来ないけど、そこに思いっきり感情を込めれば青年は余裕で聞いてきた。

「…白竜…は、おく…びょう、じゃ、ない!!」

「あー、はいはい。…おい、コイツを運ぶのに適当なヒモと布あるか?」

「りょーかい」

「お。これ、使えそうじゃね?」

リーダーのような青年が声を掛ければ、まわりの者達はそれぞれに動き出す。

やめろ!本当に!後悔するぞ!!もーーー!!

「そう、怒るなよ。おまえ、百面相だな」

動けないと知り、余裕で笑う青年に寒気がした。

な、なんだろうこの…不快感…この人…キモい…。

その感情がそのまま出たのか、青年は私を憎々しげに見下ろして言った。

「おい…おまえがキングだからって…黒竜に来てもデカイ態度をとれないように、恥をかかせてやってもいいんだぞ?」

な、なんだって…?

私の困惑を読み取って、青年は歪んだ笑みを浮かべた。

その手が白いローブのボタンを外した。

ヒィッ!!ヤメろ!!

動揺におののくと、ますます青年は面白がってボタンを外した。

ま、マズイ…非常にマズイ…コレはマジで…どうしよう…!!

血の気が引く頭に、最悪の展開が予測された。

娼館とかいうお店の方がまだマシだ。こんな所で女とバレて、コイツらに面白い半分に襲われた上に、校内に露見、拡散…法術も出来ないままその力を失い、そして、白竜の皆や…アイティールを裏切ったと落胆されて…後見人まで引き受けたローズ先生は笑い者にされるかも知れない…そんな…どうしようもないくらい悲しくて…惨めな思いをする未来…。

私は動けない体の中で、全身の血の気が引いてパクパクと金魚みたいに喘ぐしか事しかできない。

「なんだ?どうすんだ?」

仲間の1人が白いローブが床に落ちたのを見て、こちらをみた。

「娼館の手間を省く。こいつの白いローブは目立つし、一度ひん剥いて恥かかせればキングだろうが今後が扱いやすいだろ?」

「なるほど。でも、大丈夫か…?コイツ、赤竜のキング打ち取ってんだぜ…?」

その言葉に、シャツの襟ボタンに手をかけた青年の手が止まった。

「……なんだよ。ビビってんのか?」

不満そうに仲間の青年を見ると、再び私に目を移した。

そうだ。クスト先輩の言葉を思い出した!

『キングなら堂々としてろ!偉そうにしてれば良いんだ!コイツには勝てないってハッタリでも良いからかませ!今は無くとも、そのうち力は付いてくるんだよ!』

そうだハッタリだ!赤竜の果たし合いの時を思い出せ!こういう時、アイティールならどうする?

多分…いや、きっとアイティールは騒がない。動揺すら見せずにあの深い青い目を向けるだろう。

そしてその眼は静かにこう言うだろう…。

…死んだ方がマシだと後悔するくらい叩き潰す。お前も、その身内も全て。その覚悟が、あるんだろうな…?

冷え込んだ目でジッと見つめれば、青年はウッと息を飲んだ。

それでも、引っ込みのつかない手は私の襟の2つ目のボタンを開けた。すると、青年は首に下げていた札と鈴に気が付いた。

札を手に取り、眺めればその顔色が変わる。

「お、おい…おまえ…これ…教会の紋章だよな?」

だからなんだ。言っとくけどそれ鹿じゃないからね!ユニコーンだよ!

教会を馬鹿と呼んだタナトスを思い出した。タナトスも黒竜だけど、この青年達みたいな動けない者に卑怯な事はしない。真っ向から切るだろう。

「コイツ…なんで、もう教会の登録票持ってんだ…?普通、卒業試験に合格してからだろ…?」

「ディー…まずくないか?もし、こいつを汚して…教会にケンカ売ったら…」

教会の紋章を見て顔色を変えたのは、他の青年も同じなようだ。

「…それにコイツには王家も…いるし…」

「なんだよ!白の後ろに教会がいるように、俺たち黒の後ろにも協会があるだろ?!王家にとっちゃ、敵対する教会より俺たち魔導協会の方が都合が良いはずだ!」

一気に怖気ずく仲間の青年達に、リーダー格の青年は不安を払うように声をあげた。

「……おい。おまえら何してる」

その時、知らない声がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ