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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
23/46

第23章 ああ。色々都合が良いと思った。

「光玉にユニコーン?」

アイティールと昼食を取りながら教会での話をしていた時。アイティールは興味深そうに聞いた。

「うん。失敗したよ…。僕、むしろ、普通の光玉の方が難しいかも」

ため息混じりに答えれば、アイティールは好奇心に身を乗り出して更に聞く。

「ニル。それは、ユニコーンじゃなくても出来るのか?」

「…どうだろう?作ろうと思って作ったわけじゃないから…」

首を傾げて答えれば、アイティールは思いついたように言ってきた。

「では、ニル…私にも光玉をくれないか?」

「アイティールに?どんなの?」

「…そうだな…妹に作った物のような…それ以上のものを」

「えぇ?!」

そ、それはまた…求めますね…殿下…。

「う、うーん…どんなのがいいかなぁ…」

腕を組んで考える私を、アイティールは何が出るのか楽しみに見ている。

「…あ。そうだ。お守りなんてどう?」

思いついた事を言えば、アイティールは「なんだ?それは?」と不思議そうに聞いた。

「今日、教会の図書館で面白い本を読んだんだ。魔法を防ぐ法術。それを光玉に練り込めたらいいかなって」

「…それは…凄い…!!そんな事が出来るなんて聞いたことも無い!!」

アイティールの目が輝いた。

「でも、途中で時間が来ちゃって…前編の途中までしか読めて無いんだ」

「…そうか…」

「…だから、また読んで来てもいい?」

つまり、教会に行く事になる。

アイティールは、動きを止めて沈黙した。

「………しかし、危険だ」

「…まぁ…そうだよね…僕も、捕まるのは嫌だし…」

行けないなら行けないで、仕方ない。

「……ニルは教会内部から逃げ切れる自信があるか?」

アイティールが考えて、そう聞いてきた。

「え?…う、うーん…その場だけなら…まぁ…大丈夫だけど…その後が…」

逃げ足は自信がある。問題はその後の騒ぎだ。実は、今日も心配ではある。

アイティールの登場は教会で目立ったんじゃなかろうか…?

顔を見られないようにフードをかぶって俯いて来たけど、週明け先生に叱られるんじゃなかろうか…。

神さま…神の家で、こんなとこ嫌だとか帰るだとか散々騒いでごめんなさい。

「…そうか…そうなると、ニルは学校で学べない事になるな…」

「えぇ?!…あ…それも…そうか。…なんか…嫌だな…」

そう答えれば、アイティールは苦笑した。

「え、な、なに?」

「いや…。行く前はあれだけ嫌がっていたのに…随分、学校が気に入ったんだな」

あ。ああ…学校?…確かに…。身バレを恐れてかなり嫌がってました…。

「そ、そうだね…。僕、いつのまにか馴染んでるね…」

白いローブは汚れたら困るから脱いだけど、今着ている服はローブの下に着る学校の四竜共通制服だ。

なんか、最初はあれだけ嫌だとごねていたのに、今度は行けないのは嫌だなんて…恥ずかしいな。

「では、騒ぎにならないように抜けれる事を考えたらいい」

「ああ…それは…まぁ…」

補助魔法を使ったら、可能かも知れない。

「出来そうか?」

アイティールの問いに、私はコクリと頷いた。


それから昼食を済ませて、アイティールと私は乗馬の練習だ。まぁ…アイティールは練習じゃなくて、スレイプと付き添いだけど。

とは言え、スレイプはやっぱり走りたいみたいで…しきりに足を踏み鳴らすスレイプに負けて、ジャックもアイティールも、ロキさんを呼んで外出許可をもらっていた。

「…ニルは本当に行かないのか?」

はやるスレイプを抑えながら、馬上のアイティールが私を見下ろして聞いた。そのお供にはロキさんと、きちんとした護衛の従者が2人、同じく馬上で待機している。

「うん。僕は遠乗りや襲歩はまだ無理だから。スレイプをスッキリさせてあげて」

スレイプは私を見て、同じく「来ないの?」と漆黒の大きな目を向けた。

「スレイプ。あんまり走り過ぎてケガをしないようにね」

その純白の鼻面を撫でれば、スレイプは私の手を大きな唇でハムハムと唇だけで甘噛みした。

「かわいいなぁ」

これで、普段は厩舎の人を蹴りまくりの噛みまくりで、手がつけられ無いくらいだっていうから、二面性が凄いなスレイプ…。

ふと、空を見上げて意地悪く笑ったアイティールを思い出して…まさかアイティールも…いや、まさか。

…でも、アイリスも結構な横柄ぶりだったけど…いや、それは子供だし、構って欲しくてなわけで…

私がグルグル考えていると、アイティールとスレイプ、他の皆さんはいきなりの駈歩で屋敷を出て行った。

見送るジャックや使用人を見ながら…私は1番、聞きやすいジャックに疑問を投げかけた。

「…ねぇ…ジャック…アイティールって…昔から今みたいな感じ?」

「…ん?…と言うと?」

なんの事で?という顔をするジャックにスレイプの話を当てる。

「スレイプって…二面性あると思わない?」

馬の話となれば、ジャックは話が早い。

「…………それは、神を知らねば罪も恐れず。では無いですかね…すーぷー殿」

ジャックはそう言って、私が話したあだ名で会話を切ると、苦笑して厩舎に帰って行った。

「…え?」

待って?ジャック。ねぇ?それさ、つまり、そう言う事だよね??そうですよね?皆さん?!

「さて、仕事仕事」

「忙しいなー」

私とジャックの話をしっかりと聞いていたはずの使用人達が、私の目線を感じていそいそと解散する。その一同の背中に、「余計な事を言って厄介な事になる前に逃げよう」と言う空気をビシバシ感じた。

「…………えぇ?」

ちょっと待って?…殿下…普段、どんな行いをしてきたんですか?品行方正な普段の紳士ならば、こうはならないのでは?!

見送りに出た屋敷の門前で、1人取り残された私は大いに不安になった。


それから…アイティールが居ない間、私はアイティールの馬車で運んでおいてもらった自分のカバンから日記を取り出して、教会で読んだ本の概要を書き出した。

前編の途中までだけど、理論は大筋でこんなだったはず。そして、それを光玉に練りこめば、ずっとじゃ無いにしても、一度くらいは魔法攻撃を防げるかも知れない…

その、草案も書き込んでおく。

属性に応じた防御の種類はたくさんあるみたいだから、発現する陣影の形や色も様々らしい。

うーん…くそ…あのおっさん…伊達に教皇してるわけじゃ無いんだな…面白そうな研究して!!

喜び勇んで先生に勧めた本が、教皇の本って…めちゃくちゃ不本意だ。

出来る事なら喜び勇んだ部分を撤回したい。

イラついた気持ちを鎮めるために、窓を開けると風が気持ちいい。

「ニル!」

ん?

その声に、キョロキョロと辺りを見れば、敷地の木の上にギルが笑ってこっちに手を振っていた。

「うわ!!」

また何してんの?!そんな所で!!

ギルは指で何かを数えて確認すると、身軽に木から飛び降りて敷地の中をスタスタと平気で歩いて行く。

うおーーーーいぃ!!どこ行くのよ?!

「ギル?!」

窓から身を乗り出して後を追おうとすると、ギルは振り返り「そこにいろ」と合図した。

え。ええ?ど、ドユコト??

やがて、少しの間を置いて部屋をノックする音がした。

そっと開ければ、そこにいたのはギルだ。驚く私にギルはいたずらが成功して喜ぶ子供のように笑い部屋に入って来た。

あ。そっか。さっき外で確認したのはこの部屋の場所か。

私は慌てて廊下を確認してから扉を閉めて内鍵をかけた。

「ギル!どうしたの?」

「あはは!おもしれー!!マジで大丈夫だったわ!」

ギルは嬉しそうに笑って、部屋のソファーに身を投げ出すように座った。

「お!スゲー、フカフカだな!このイス!」

「ギルってば!なんなの?」

「これ。先週、お前に借りた服。だから俺、堂々と玄関から入って来たけど、誰も疑わねぇの。これ、普通にイケるな!」

「……あぁ…まぁ…喋らなければそうかも知れないけど…でも、アイティールやロキさんには絶対バレるよ」

パーティーで忙しかったあの日と違い、多くの使用人の目がある平常時に、ここまで普通に歩いて来たギルの度胸には恐れ入るけど…素直に褒められない。

「全然、イケんだろ?」

ギルは自信満々でそう言った。

「ギル…まず、僕、ソファーの上にあぐらかかない。ロキさんは姿勢や態度にうるさいから、歩く時に猫背だと、それだけで注意されるよ。あと、アイティールに喋らないでいたら、無視したと思ってすぐにしつこく追求されるからね?」

つらつらと問題を指摘すると、ギルは渋面になった。

「なんだよ…そんなにダメだったか?」

「逆を言えば、それ以外は完璧だよね」

腕を組んで苦笑すれば、ギルは「褒めてんのか?どっちだよ」と笑った。

「それで?お前、あれからどうなったんだ?ずっと気になってたんだけど、コッソリ見に来ても、ここにお前がいるような気配も無かったし」

…あ。そう言えば、ギルとは先週、教皇が来て身代わりになってくれた時以来だ。

「あ。そうだったね。ごめん。経過を伝えに行けば良かったね。あれからまた色々あってさ…」

私はソファーに座ると、その後の経過を話して聞かせた。

「マジで?!お前、アイツと再戦したのかよ?!」

特にネイロスの果たし状には、ギルはひどく驚いていた。

「うん。応じるまで終わりそうに無かったし、収拾つけるには受けるしか無いから」

「…やっぱり、あそこで俺が叩きのめせてたら良かったなぁ!そんなんになるんなら、遊んで無いでサッサと本気出しときゃ良かったな」

え。待って?

「ギル…遊んでたの?」

「お前の着てるその白いやつ…めちゃくちゃ動きにくいんだよ。バサバサしてさ」

……い、いや、確かに、ローブは格闘するための服じゃないけど…。

「…と…言うことは…ギルはネイロスに勝つ自信が…」

「それ着ないで、素手じゃ無かったら絶対、俺が勝つぜ?…まぁ、あいつも結構、しぶといだろうけど」

…そ、そうなのか…。よくわかんないけど…。

「それより…あの黒い奴…アイツ、マジでヤバイぞ?…お前、アイツと話してたけど大丈夫か?」

ギルは思い出すのも寒気がするとばかりに自分の腕を撫でて聞いた。

「黒い奴?…あぁタナトス?…別に、普段は何ともないよ?」

そう言えば、ギルはタナトスを見て興奮した猫みたいに逆毛ってたなぁ。

「…あいつの殺気…あれは…なんていうか……。…いや…いい」

ギルは身震いすると、首を振って話しをやめた。

「それで?お前、どうやって逃れたんだ?」

「ネイロス?うん。勝ったよ。実は、インチキしました」

「は?」

ギルは私の説明を、紙芝居を見る子供のように熱心に聞いて、笑ったり関心したり楽しんでいた。

「…と言うわけで、ネイロスは実は良い人だったんだ」

「ふ〜〜ん。なるほどな。まぁ、そんな感じはしてたけどな」

「…?どう言う事?」

「これ、女には分かんねーかなぁ?戦ってみると、相手の性格って出るもんだぜ?だから、アイツの戦いの手を見てれば、卑怯な奴じゃ無いってのはわかる。むしろ、実直で曲がった事が嫌いだろ」

「…という事は…ネイロスも、ギルと私が別人だって事をわかったり…?」

「…さぁなぁ?そもそも、お前、魔法なんてインチキじゃん」

うぐ。そ、それは…だって、拳でなんて無理に決まってるじゃない。

「あーあ。俺、呼んでくれたら良かったのに。そんなに面白いの、めちゃくちゃ羨ましいぜ」

「…ギル…その時、私はもう…絶望の淵にいたんだよね…と言うか、酒乱って事でごまかして済ませたから、もうあんまり格闘はして欲しく無いんだよ…」

「まぁ…なんつーか…俺たちもっと手軽に連絡取れたら良いのにな。そしたらどうなったか聞けるんだけどなぁ」

それは確かに…。場所は近いのに、なかなか連絡は取りにくい。夢の中じゃ、スマホやケータイで連絡なんて直ぐなのに。

「通信手段ねぇ…」

この世界じゃ、手紙か魔法なんだろうけど…。

「鳩でも飛ばす?…なんて」

伝書鳩なんてあるのかな?

冗談で言った言葉だが、ギルは「…鳩か…」と、まんざらでも無いようだ。

「ところで、ギル。今日はムーンボウに行く日だけど、わざわざ来たのは?」

「おっと。いけねぇ!…まぁ、大丈夫か。まだ時間あるしな」

なんなの?どっち?

「ニル。今日の公演は夕刻だ。つまり、これから」

「は?!」

何それ?!これからって…もうそろそろアイティールも帰ってくるじゃん!

「な、なんで、またそんな急に変わるわけ!?」

「いや、急でもねぇんだ。ただ連絡が取れなかっただけで」

「あぁ…。そう言う事。そりゃ、どうにかしなきゃダメだね…」

それに、毎週出掛けるのに、アイティールを納得させる理由も用意しないといけない。

「あ!それと重要な事を思い出した!!」

私は重大な懸案を思い出してギルに迫った。

「お、おぅ。な、なんだ?」

ギルはソファーの上であぐらをかいたまま、身構えた。

「…先週の新しい衣装…1人で脱ぎ着が出来ないから却下!!」

あれのせいで凄い焦ったわ!


「アッハッハ!!」

バーディーは爆笑した。

「笑い事じゃないよ!本当に大変だったんだから!」

迎えの馬車の中。ギルと2人で屋敷を出るわけにはいかないから、ギルは徒歩で私は屋根伝いにバーディーの待つ馬車に合流した。

先週から預かっていた衣装は袋に詰めて持参した。

「はいよ。おまたせ」

そこでギルも徒歩で難なく馬車に合流した。

「ギル。大丈夫だった?」

「全然。まぁ、屋敷を出るのを見られないようには気をつけたしな」

置き手紙に、2時間くらい散歩して来ます。とは書いて来たけど…。大丈夫だっただろうか…。

「しかし、着替えは盲点だったね。あんたの黒髪には黄色が映えると思ったんだけど…それも踏まえて変更した方が良さそうだ」

バーディーがそう言ってくれたから、今後の着替えは心配しなくて済むだろう。

「…今日はどこで歌えばいい?」

動き出した馬車の中で、聞けばバーディーはニヤリと笑って答えた。

「今日はいよいよお客の前だ。場所は会員制の高級店だから耳の肥えたお貴族サマ達だよ。そいつらの前で度肝を抜いてやるのさ」

「…そ、そのお店って、いかがわしいお店じゃないよね…?」

会員制という単語に、恐る恐る聞けばバーディーは苦笑した。

「アンタね…そんな店に《アルカティアの夜の月》を出すわけないだろ。もったいない」

「そ、そう。なんだか知らないけど…良かった」

「ただ、1曲ってのもなんだから、3曲。いいかい?」

「良いけど…どれ?」

バーディーが示した曲は、1曲は夢の中の曲だが他の2曲はこの世界の歌だ。

「…あー、うん。知ってる。一度、リハーサルでもやった事ある曲だね」

「人気曲だからね。知っている歌を歌って、最後にアンタの歌にしよう。ハメルンには伝えてあるから。アンタが歌えるなら予定通りでいいね」

「了解。あ。バーディー…ちょっと相談があるんだけど…」

「なんだい?」

「…私、そろそろ友達のお世話から自立して行きたいんだけど…」

「ムーンボウならいつでも歓迎だよ?」

「あ。うん…ありがとう。でも急だと、難しいから少しずつがいいんだ。それに、居場所がバレると絶対、連れ戻されそうな気がするから…みんなの事は隠しておきたい」

「なるほどね。…じゃあ、あんたに給料を払うとしよう」

バーディーは飲み込みが早く、提案した。

「私に?」

「ああ。元々、そのつもりだったし。自立するには1番に金がいるだろ?」

「ありがとう。じゃあ、私からも見合うだけの企画を出すよ」

「いいね!その企画とやらを聞かせてもらおうか!」

バーディーはニヤリと笑い、身を乗り出した。


馬車を降りると、バーディーは興奮していた。

「あー!いいね!アタシは今から凄い楽しみだよ!」

「成功するとはまだ言えないけど…」

心配になって言えば、バーディーは自信があるように断言した。

「いいや!間違い無いね!ワクワクするねぇ!」

「俺も見たい!」

「ギル。あんたがいるのがバレたら万が一の時に身代わりにならないだろ?」

「えー!いいじゃん!客から見えない所なら良いだろ?!」

「舞台袖なら良いんじゃ無いかな…?」

「やった!!」

「全く…覗き過ぎて顔を出すんじゃ無いよ?」

「わかってるよ!」

「なんだ?なんの話だ?」

御者をしていたランスが、騒ぐギルとバーディーを訝しんだ。

そう言えば、今回は御者の窓が開けて無かった。

説明しようとしたが、バーディーは私の手を引いて「さぁ!支度だ!」と店が準備した楽屋へと案内した。

「ランス。今日の公演は度肝を抜くぜ?」

ギルはイタズラを仕掛ける子供のように、笑ってランスをからかった。


さすが、会員制の高級店だけあって、楽屋に用意された部屋も化粧台に大きな鏡まであってキチンとした楽屋だ。

ドレスを着込み、黒い髪を梳いて口紅を引くと鏡に立つのはアルカティアの夜の月、ニーナ…だそうだ。

「はい。これ」

バーディーが最後に手渡して来たのは、羽根飾りの付いたメガネのような、目元だけの仮面だ。

「…ハロウィン…?」

「なんだい?それ」

いや、こっちが聞きたいんだけど。

「これ、どうするの?」

「この店は、皆、仮面をかぶるのさ。なんでも、身分を隠して楽しむんだと」

はぁ?こんな目元だけの仮面で?こんなの誰だかすぐバレんじゃない?

私の表情を見て、バーディーはため息を吐いた。

「言いたい事はわかるよ。だが、お貴族様ってのは、遊びに関してはホントにバカなんだよね」

心底、馬鹿にしたような口調で言うバーディーに、苦笑して仮面を受け取った。

「…でも、面白いかも知れない。このアイデア、もらっちゃおう」

私は仮面舞踏会のような仮面に、イメージが閃いた。これならムーンボウ全員が引き立つ。

「なんだい?また何か閃いたって顔してるね?」

バーディーが嬉しそうに聞いてきた。

私は仮面を付けて、バーディーを見れば…なるほど。仮面1つ付けただけで、匿名気分になる。

これだけで別人になったような錯覚を楽しむという事か。

「これなら、ムーンボウの皆が活躍できるでしょ」

気分は謎のマジシャンだ。

私の自信のある笑みにバーディーは、ますます笑みを深くして頷いた。

「イイね…今のあんた、ゾクゾクするよ!今のあんたは間違いなく、アルカティアの夜の月だ!」

バーディー。乗せるの上手いねぇ!私、頑張って稼ぎます!

万が一、デボラを助けられなかった時…罪を悔やみながら将来の畑を耕す小さな家、少しの土地を買えるように蓄えられたら…いや、それも贅沢かな…。頑張って自活せねば…。


高級クラブは舞台もお金がかかっているようだ。光玉をふんだんに使った照明が舞台を照らしている。

…誰が作った光玉だろう…?

惜しいかな、白銀だけというのは味気ない。

まぁ、もともと舞台照明を想定して作ってないからだろうけど。…うん。そこも頂きますよ?光玉に関してのこだわりは、自負してるもんね!

何せ、光玉しか、自慢出来ない法術師(見習い)だ。

…ダメだ。悲しくなっちゃう。こんなの、誇れないわ…。集中しないと。

「(ニーナ。…なんだ?コッチも仮面付けるのか?)」

舞台袖で私を見たギルが呆れたように呟いた。

「(うん。でもこれで、いいアイディアもらったよ。次の企画は決まり。それで?ハメルンが驚かないように伝えてくれた?)」

「(ああ。さっきの曲間に、今日お前が仕掛けを披露するから、何があっても曲は止めるなって言っといた)」

「(ありがとう。それじゃ、やるだけやってみよう)」

「(っしゃ!…行って来い!)」

ギルはワクワクした顔で舞台袖からタイミングを私を見て送り出した。

舞台を進み出れば、お客のテーブルはざわめきだった。

仮面を付けた金髪の女性が、「あの色…本物かしら?」と囁いている。

集中集中!

ハメルンを見れば、ハメルンも仮面を付けていた。無口でニヒルなハメルンが奇抜な仮面を付けているのを見ると、なんだか面白い。

自然と口角が上がりハメルンに微笑めば、ハメルンは仮面越しでもわかるくらいに、「なんだ?今日は何をするんだ?」と目が揺れた。

思い付きだからリハーサルも無しでごめんね。ハメルン。歌はちゃんと歌います。

1曲、2曲とこの世界の歌をハメルンの演奏に導かれながら歌えば、見知った歌にお客達は「ほぉ…」と素直に耳を向けてくれている。

そして、3曲め。伴奏が始まると、今までと明らかにテンポの違う曲調にお客の注目が高まった。

歌い出しから、私の両手から光が弾けた。

客席の観客があっと驚きの声をあげる。

タネを明かせば、なんて事は無い。具現化しなかった治癒の法術だ。言霊を紡いでないから、手の平からは散り散りに光は砕けていく。しかし、目を惹くには充分だ。

歌の盛り上がる良いところで光を散らせば、エフェクト効果バッチリでしょ?手品プラス歌は、エンターテイメントとして、この世界じゃ珍しいんじゃないかな?

最初の1回こそハメルンも驚いていたけど、さすが演奏は止まらない。それどころか、会場の盛り上がりに演奏に熱が入る。2番まで歌いあげて最後は盛大に光を振りまけば、観客席のテーブルは惜しみない拍手が鳴り響き、立ち上がる人まで現れると私はドレスの裾をつまんで一礼し、サクサクと舞台をはけた。

鳴り止まない拍手の名残と、「あれは何者だ!?」「どういう仕組みなんだ?」「次の公演はいつだ!?」「最後の曲は何というの?」という複数の声を背後に聞いて、舞台袖で嬉しそうに待っていたギルと自然と片手でハイタッチした。

「スゲー!!あれ、いいな!!」

ギルが興奮しながら楽屋について来た。

「いいね!!大成功だよ!!」

バーディーも笑顔で楽屋にやって来た。

「おい!さっきのアレ、どうなってんだ?!うおっ!」

ランスが大慌てで楽屋に雪崩れ込んで来て、滑って転んだ。

「あははは!!なんだい!ランス!慌て過ぎだろ!」

「ダセェ!!」

その姿にバーディーとギルがケラケラと爆笑した。

「…いや、だってよ…手から光が…」

信じられない!と、整えた髪を乱して私を見るランスに種明かしするのはもう少し後にしようかな?

私は仮面を外してランスを見ると微笑した。


今日はきっちりバーディーに手伝ってもらって、ドレスを脱いで、着替えて解散した。

馬車で送ると言ってくれたけど、仕法を使って屋根伝いで帰った方が早い。

ハメルンがわざわざ見送りに出て来てくれたので、次はリハーサルするからと謝れば、彼は、また違う曲を教えて欲しい。とだけ言い、特別多くは聞いて来なかった。

「ニル!…また何かあったら言えよ?」

ギルは期待を込めて言ってきた。

「う、うん。まぁ…うん」

ギルが活躍するのって、格闘?それは困るんだけどな…。

「なんだ?」

ランスが何の事だ?と首を挟んできたので、私達は「「なんでもない」」とハモった。

「なんだ…おまえら…急に息が合ってるじゃねぇか」

ランスはのけ者にされて、つまらなそうに言った。

「じゃあ、僕はこれで」

私はあっさり言って、道を走ると路地を曲がり人目が無いのを確認して屋根の上まで跳んだ。

夕焼けが暮れようとしている街の屋根を急ぎ、アイティールの屋敷へと戻った。


「…た、ただいまー…」

おずおずと屋敷の玄関を開けるとキチッとした揃いの仕着せを着た使用人の男性が、私を確認して頷いた。

「おかえりなさいませ」

「あ、どうも…」

チラッと、アイティール帰って来てる…よね?…みたいな目線を送ると、

「殿下は書斎においでです」

と、空気を読んで教えてくれた。

「…僕の事、呼んでました?」

「お帰りになられた時にはお探しでしたが…特別、お急ぎでは無いようでした」

「あ…そう。ありがとう」

お礼を言うと、使用人の男性は一礼して去って行った。

う、うーん…どうしよう…?とりあえず、顔だけ出しておこうかな…。

アイティールの書斎をノックすると、扉が開いてロキさんがいた。

「あ。た、ただいま戻りました…」

「お散歩は…楽しめましたか?ニル殿」

ヒィ!なんか怖い!

「は、はい。おかげさまで…」

ニコリともしない…いや、普段からほとんど笑わないけど、ロキさんの真顔の言葉は、感情が読めない。

「ニル。戻ったのか?」

部屋の奥でアイティールの声がして、ロキさんが扉を開けて道を譲った。

「う、うん。アイティールはいつ戻ったの?」

部屋に入り、書斎の机で手紙を読んでいたアイティールはこちらを見て

「1時間と少し前か…。それで?ニルは何をしてきたんだ?」

そう聞いてきたから、戸惑った。

「う、うん?散歩…だから、ぶらぶらしてきただけ」

「…用事もなく?」

青い目が、なぜ?と聞いている。

「そう。…あの、読んだ防御法陣の本の内容をまとめてたんだけど…それが、教皇サマが書いてたって事を思い出して…なんか、気分が悪くなったから気分転換に…」

それは嘘じゃない。

「…ニルは、教皇と交流があるのか?」

「え。えっと…いや…無い。無いよ?」

ちょっと考えちゃった。ニルヴィーナは面識あるけど、ニルでは無い。

「僕が、会ったのはネイロスと格闘した時だよ。その時、会話らしい会話も無い」

「……。…そうか」

アイティールは何かを考え沈黙したが、不意に手元の手紙に目を落とした。

「ニル…女性というのは、」

アイティールの言葉に息をのんだ。

「なにが言いたいんだろうか?」

あ。私の事じゃ…なくて?

「え?…な、なにが?!」

突然、なに?

「…リリスから手紙が来るんだ」

ん?…リリスって…

「…あ、ああ。婚約者の彼女ね。良かったね」

いいんじゃない?ラブレター。やったね。

「…………」

「…………」

え?何?この沈黙。…アイティールこそ、何が言いたいの?

「…返信が思いつかない…」

えぇ?!

「…な、なんで…?」

戸惑っちゃうんだけど!いや、君たち、イチャイチャしてたじゃん!

私の戸惑いに、アイティールが持っていた手紙を私に差し出した。

「え?…読むの?」

私が?大丈夫?…恋人同士のって…あんまりきわどい内容はちょっと…。

ドキドキしながら受け取って、目を通せば…内容はこうだ。

まずは、先週のパーティーのお礼。からの、自分のドレスはどうだったか?という問い。なんたらという有名なデザイナーに、どこをどうこだわって作らせたかという内容が続いて、布地もドコドコの新しい工房の物を使い、自分がどういう思いでこのアクセサリーを選んだかとか、その辺の事、そんな全体の7割りを割愛すると、体調はどうか?学校という所は、アイティールにはあまり良くないんじゃないか?という心配に、今度はこちらでパーティーをしたいからぜひ、アイティールにも来て欲しいが、いつなら都合がいいか?というお誘い。そして、自分がどれだけアイティールを想っているかを、乙女満載な…読んでてちょっと照れる文面で綴られていた。

「………う、うん…読んだ」

そう言って、私はアイティールに手紙を返す。

「……どう思う?」

「え、どう…と、言われましても…」

困るな…。面白いかと言われれば、絶望的につまらない。でも、手紙って、個人にあてるもので、大勢に面白さを求める物じゃ無いし…。

「…彼女は何が言いたいんだ?」

「パーティーするけど、いつが良い?…じゃない?あと、自分がどれだけ美しさを追求してるか…かな?」

まとめると、それだけ。

「………」

アイティールはため息を吐いた。

「…お誘いに、乗り気じゃないの…?」

アイティールの様子から、乗り気じゃないどころか、厄介事のような雰囲気を感じて、そう聞いた。

「私の様子を心配するなら、なぜ負担になるような事をしようとするんだ?」

手紙を眺め、呻くように眉をしかめて言うアイティール。

「…なんでだろうねぇ…」

疑問符は付けない。

答えはわかってるもん。会いたいからでしょ?

「リリスが何を着ようがどうでもいい…」

ちょ!殿下。男のその本音は胸にしまっておかないと!…ん?…あれ?

「…アイティールはその人…リリスさんの事、好きなんでしょ?」

そう問えば、アイティールは素っ気なく答えた。

「別に」

ええ?!…またまた。照れなくて良いって。

「い、いや…でも、親しい仲でしょ?!」

「……婚約者だから」

お、おお?

「…その、リリスさんはアイティールに会いたいからパーティーにお誘いしてるんだよね?」

「……会いたいだけなら、パーティーじゃなければならない理由は無い」

あ、ああ…まぁ…確かに…お茶とかね。

「このドレスがどうだとか宝石がどうだとか、言われた所で興味は無い。それを着たからと、感想を求められた所で、何とも思わない。大勢の王侯貴族の前での腹の探り合いが、どれだけ消耗するか配慮出来ないリリスの気が知れない」

おわー…!!で、殿下ー!…そ、それについては…お察し致します…。

「そ、それは…その…」

な、なんか、いいフォロー無いかな?!え、えーと…

「き、きっと、リリスさんはアイティールをたくさんの人に自慢したいんだね!」

「………クソ女…」

アイティールが手紙をクシャリと握り潰してボソリとありえない言葉を呻いた。

「………………え?」

今。…何て?私のお耳が、なんか…おかしな翻訳したんだけど…?

アイティールは机に肘をついて金の髪を掻きあげながら、青い目を胡乱に歪めた。

「私を宝飾品か戦利品とでも思っているじゃないか!?傍系の傍系で王族と言えど、末端のくせに何様だ!」

「!!??」

机を叩き声を荒げるアイティールに、私は驚いて部屋に控えるロキさんを見た。ロキさんは、普段通り背筋良く立ち、何事も無いような顔で目を閉じて控えている。

ロ、ロキさん?!殿下が御乱心です!!そんなに悠長にしてるなんて…まさか寝てないですよね?!

「…あ、アイティール…お、落ち着いて…!」

オロオロと、声をかければ、アイティールは手紙を握り潰しながら忌々しく乱暴に投げ捨てた。

「え、えぇ…?!」

カサカサと紙クズのように部屋に転がるそれに、私はなんだか悲しくなった。

「…手紙は…相手の気持ちが込められたものだよ…」

おずおずと進言すれば、

「自分の利益しか書かれていない!そんなものはタカリと一緒だ!!」

苛立ちながら吐き捨てるように言うアイティール。

タカリ…。そう言えばアイリスが言ってたな…。王家には犬と豚と虫がたかるって…。

着飾って…褒めてもらいたかったんだろうに…そんな風に思われるなんて、悲しいだろうな…。

「……アイティールの事情が、きっと、まだわかって無いんだよ…。それなら、返信で伝えたら良いと思う。自分に会いたいなら、パーティーじゃなくて2人でお茶でも飲もう。って」

「…………」

アイティールは渋面で沈黙した。

「…リリスと…?それも面倒だ」

えぇ?…そんな!仲良くしてたじゃん!

「あの…僕が言った事で、誤解になっちゃったなら…本当、ごめん…。僕、恋人との付き合いとか…その、わからないから…自慢したいとか…間違った認識だったかも…」

パーティーを開く本当の理由はもっと、彼女なりの深い理由があるのかも知れない。それを誤解させたなら、恋路の邪魔をしたとして、私は馬に蹴られる事になるかも…。

「…いや。ニルの捉え方で間違いは無いだろう…だからこそ、腹が立つんだ!!」

ドン!と乱暴に机を叩くアイティールに再度驚き、立ち尽くした。

「決められた婚約者というのはお互いに同じだ。自分に選択肢が無いなら、諦めて互いに受け入れる他ない…だが、不本意なのは私だけで!リリスは私を事あるごとに社交に引っ張り出そうとする!」

苛立ちに拳を震わせて声をあげるアイティール。

あ、あれ?これ…まさか…スレイプが厩舎で荒れる感じ…ですか?

再びロキさんを見るが、相変わらず「聞こえません」といった感じで控えていた。

だ、ダメだ。ロキさん、充電中のサイボーグみたいになってて、動く気配全く無いじゃん!

「…そ、それは…言葉にしないと…伝わらないかも…知れないね…」

私の言葉に、アイティールは苛立たしげに青い目を向けた。

「10回に9回は断っている!ここまで来てなぜ気付かない?ハッキリ言えば良いのか?!お前の事など興味が無い!互いに役割だけ全うしていればいい!と?」

あわわわ…ど、どうしよう…なんか火に油を入れてばかりになっちゃう…!

「…そ、そんな…アイティール…それはダメだよ…リリスさん、アイティールの事が、きっと好きなんだろうから…」

私が手紙を読んだ限り…リリスさんはアイティールに興味が無いわけじゃ無い気がする。いや、むしろ、熱心な方…。

アイティールは深いため息を吐き、頭を抱えてうなだれた。

「だから余計に面倒なんだ…リリスが私を好きだろうが嫌いだろうが、別に何とも思わない。大人しくしていればいいものを…あれこれ干渉してくる。うるさくて、余計な事にしつこい事の方が問題だ…」

おっとぉ…こ、これは…明らかな温度差…リリスさんの情熱に、アイティールの方が明らかな息切れ感…

「え、えーと…その…僕が思うに…コミュニケーションを大事に…お互い、付かず離れずの距離感で…まずは近況報告…じゃないかな…アイティールの面白かった事とか、大事にしたい事とか…そういう事を書けば…いいんじゃないかな…?」

「…………」

アイティールは沈黙した。頭を抱えてうなだれたままだから、感情は読めないがやがてゆっくり顔をあげると私を見た。

「……。では、ニル。君の事を書く」

「ええ?!ぼ、僕の事?…な、なんて?!」

私の動揺に、アイティールは顔をさらにあげて考えた。

「さぁ、なにから書こうか。君の話ならたくさんあるな」

「え。いや…僕のことなんか書いたって、リリスさん楽しくないよ?」

「今、ニルが言ったじゃないか。私が面白かった事とか、大事にしたい事を書けば良いと。今までリリスの書いてきた内容に合わせて返信を出していたからもう、書く事も無かった。だが、君の事ならむしろ1回の手紙では足りないくらいある」

「そ、それで僕を理由にパーティーを断るわけじゃないよね?!」

それで他人のせいにして、やむを得ない感じにするんじゃ無いの?!

「…なるほど。その手もいいな!」

アイティールの表情は明るくなった。

「ちょ!!…僕が馬に蹴られるじゃないか!」

「馬に?…なぜだ?」

不思議そうに問うアイティール。

「他人の恋を邪魔する奴は馬に蹴られろって言われているんだよ…」

「そうか。しかし大丈夫だ。リリスと私は婚約者であって恋人では無い。故に、ニルが蹴られる事は無い」

安心だな。とばかりにアイティールは頷いた。

はぁ?…はぁ??…なに言っちゃってんの?え?ドユコト?

今のアイティールの言葉が、遊びであって浮気じゃ無い。とかいうトンデモ理論を吐く男のような気がして、私は大いに訝しんだ。

「返信を書くのが楽になった」

一方でアイティールは機嫌が直ったのか、イスに座りなおすと

「ニル。明日は何をする?」

と、機嫌よく聞いてきた。その姿はいつも通りの殿下だ。

「………アイティール…君ね…」

私が苦言を呈するよりも早く、ロキさんが声をかけた。

「殿下。そろそろ夕食ですので、その時にお決めになられたらよろしいかと」

ええ?!いつ復活したの?ロキさん!ズルくない?!

「そうだな。では、ニル。先に行っていてくれ」

アイティールが机の上に散らばった書類を見て、私に言った。

「私も諸用がありますので、一旦失礼します」

ロキさんが一礼し、私を押し出すような形で部屋を出た。

「……こちらへどうぞ。ニル殿」

ロキさんは扉を閉めて廊下に出ると、私を一瞥して歩くように促した。

「…な、なんですか?…」

意味はわから無いが、そのままでいるのも何だし、言われるがまま共に廊下を進んで聞いた。

「…殿下は、リリス様の事となると御心を乱される」

感情の無いまま、そう言うロキさんを見上げると、チラリと茶色い目が向けられた。

「…だが、今日はまだおとなしい方だ」

「え!」

あ、あれで?…結構、乱されてましたよ…?

驚く私を見て、ロキさんは眉を寄せた。

「…殿下には殿下のご苦労、葛藤があらせられる。だが、それは王家の問題。余計な進言は無用」

「……あ、ああ…はい…」

人様の家の事に首突っ込むなって事ね。まぁ、そうね…。

でも、御心をストレスで乱されちゃう相手ってのは、どうなのかねぇ…?もっと、こう、会いたくて乱されちゃう方が幸せなのにね…。

「……考えが顔に出る癖は全然直っていないようだ。ニル殿」

「えッ?!」

ロキさんは、短く息を吐くと私を冷静に見下ろして

「だが…ニル殿がいると殿下の癇癪も久しくなった。それについては評価をしよう」

と、思いもしない評価をもらったので、私はアイティールが癇癪持ちだったという事と、それに自分が知らずに功を奏していた事に、大いに戸惑った。



最初こそ、素性もわからない混血の少年を連れてきた殿下に、当てつけの嫌がらせかと思ってもみたが、混血にも関わらず不気味なほど育ちは悪くは無い。

それどころかランゲルハンス島で調べてみれば思いもよらない後ろが付いていた。

教皇と、伝説の魔女が関係しているとなると、まず間違いなく魔法資質があると思っていたが…。

士官学校で次席ともなるハートのキングだとは…また、それを自ら見つけてくる殿下の心眼にも恐れ入った。

教会が血眼で探しているならば、いずれ露見するであろうと思いながらも、自ら教会に潜入しても発覚しないのは教会側の不備なのか本人の能力なのか…。

いずれにせよ、殿下が自分で選んで見つけてきた友人だからか、それともこの者の素質なのか、彼を招き入れてから殿下の精神面は驚くほど安定されている。

時々、彼が不意にフラフラと居なくなった時の殿下の癇癪は健在だから、馬にニンジン。殿下に友人。

…いや、スレイプも、あの妹姫ですらも、彼は手懐けているのだからその懐柔手腕には舌を巻く。

だが今日は…置き手紙があったとは言え、殿下は彼の外出にずいぶんと寛容だった。

教会に迎えに行かれると聞いた時も心配したが、教会に接触する事なく、文字通り彼は飛んで戻ってきたのだから、殿下は彼の扱いを覚えてきたようだ。

問題はリリス様からの手紙だ。

だが、それも彼は殿下の癇癪に戸惑いながらも、上手いこと収めた。有能(つかえる)じゃないか。

こうなってしまうと、懸念されるのは教会が彼を取り戻してしまった時だ。

彼の性格や、彼の殿下への様子から、教会が王家に制裁を下す事はあまり心配無いだろうが…閣下は見返りに何かを求められるかも知れない。

そして何より…殿下は彼を手放さなければならない事を良しとしないだろう…。それが、お互いが成熟するまでの一時の別れだとしても。

……。いっそ、ただの混血だったほうが、簡単だった。いや、それも…殿下が惹かれる能力を持っていたのが彼だからであって…ただ混血が良いというわけではないだろうが…。

自分の価値に微塵も気付かず、戸惑う未成熟な若者にロキは疑問を思い出した。

「グリフォンで買ったジャガイモは何のためだ?」

グリフォンの名で珍しく発生した請求書…その微々たる金額よりも、内容が気になった。大人なら小遣いで買える金額全て、ジャガイモにあてられていたからだ。

その問いに、彼は黒い目を大きくして恥ずかしそうに答えた。

「それは…その…お菓子を作って、みんなに振る舞ったんです。ありがとうございました」

「…………」

本当に…計り知れない。殿下が手紙に書ききれないと言った彼の行動は…誇張でもなさそうだ。

「あの…だ、ダメでした…?」

「……。それは殿下も召し上がったのか?」

「はい。喜んでくれました」

「ならば良くやった。当初、言ったように支援は惜しまない。今後も殿下に対してだけでなく、自身が必要だと思えば好きに使うと良い」

「……あ、はい…」

王家の紋章を手にして好きに使っていいと言われても、舞い上がって散財しないのは…慎重だ。

「あの…僕…僕はいつまでこのグリフォンを持つんでしょうか?」

「……。なぜそんな事を?」

「…あんなに簡単にお金を引き出せると…僕、無くしたり盗られたりしたらどうしようって心配で…」

「それは、死守するんだな。王家の証を持つという事は、そう言う事だ」

実際はもちろんきちんとセキュリティーも考慮されている物だが、それを教える気は無い。

心配事が懸念とはズレていたが、負担に感じ始めたのは確かなようで、若者は肩を落として俯いていた。


翌日、私はアイティールと街外れの草原に立った。

遠乗りの際にここを見付けて、スレイプが気に入ったようだから明日は一緒に行こう。と夕食の時に誘われたからだ。

とは言え、私は乗馬初心者なのでお馴染みの大人しい栗毛の女の子…牝馬って言うらしいけど、名前はセリアン。そのセリアンに乗せてもらってポックポックと常歩で進めば、馬の背の高さも相まって晴天の青い空に開放感が気持ちいい。街外れのそこは、民家も無い草原だがセリアンの背に揺られて来れば、意外にそんなに遠く感じなかった。

広い草原の向こう側には青い海が広がって見える。崖になっているのか草原は緑と青でくっきり分かれて景色も良い。この立地なら警備にも都合が良いだろう。

今日も今日とて護衛の従者達、ロキさんがしっかりと周囲に目を光らせている。

人馬8人8頭が移動するのはそれだけで物々しい感じはするけど、本来、アイティールが次期王様候補であるならば、これでもずいぶんコンパクトなほうなんだろうな。

改めて…次期国王かも知れない人と…遠足に来ているって…すごいな…。

純白の美しい馬の背に乗り、風に金髪がそよぐ青年は間違いなく、一目でやんごとなきご身分だとわかる。

セリアンの背で従者の格好をして、その殿下と遠足をしてる私は本当に何なんだろう…。

ふとした時に、気持ちは焦る。

アイティールと一緒にいる事で得られている事は多いけど、王弟や王族、政権とまで話が出てくると、グリフォンの証は私には重すぎる。

いつか、スレイプニルは姿を消さなければならない。

ムーンボウで自活するにも、ニーナの姿では目立つから教会からの追跡をかわしながらになるだろう。

…全てはデボラを元に戻せたら解決するんだけど…。

えーと…石化を解くためのヒント…

①タナトスの勧め、求人募集…タナトスに聞く代わりにタナトスに仕える。

これは、なんかアイティールがタナトスに変わっただけな気がする。王家から宰相家?鞍替えしたら余計にこじれそう。あと、タナトスとずっと添い寝する事になるのでちょっと…。大体、今ですらお腹触ってきたり噛み付いたりしてくるタナトスに手を焼いているので無理。

②ローズ先生の勧め、教会に登録して聞く…論外。

③メルセデス先生の勧め。アルカティアの秘法の本…これは、内容がわからないからまだ何とも…それに、これはかなりリスキー。

④黒竜の教室に潜入、ヒントになる本を探す。

リスクはあるけど、まだ現実的に可能性あり。準備も良い。

……やっぱり、まず④だな。黒竜の教室に潜入しよう…。教会の図書室には魔法関連の本は無いって先生が言ってたし、実際、本棚に魔法書の項目は無かった。ヒュプノスについては継続して調べていこう。

「…ル…。ニル…」

考え事からアイティールの呼ぶ声で、我に返った。

「え。あ、ゴメン」

広がる草原の景色から声のする方へ目を向ければ、すぐ隣に深い青い目が私を見下ろしていた。

「…どうした?…」

アイティールが心配そうに顔を近付けてくるから、私は思わず一歩引いた。

「あ、ううん。なんでもない。広いなーって思って、ぼーとしてただけ」

苦笑して誤魔化せば、アイティールは青い目で私を凝視した。

「……ニルは…私が信用出来ないか…?」

真顔で聞くアイティールに私は戸惑った。

「え。なに…いきなり」

「私は、ニルとこれからもずっと親友でいたい。君が、教会に追われようとも、師匠が事故にあったとしても…それが例えニルに責任があるにせよ…何があったとしても、私は君を咎めたりはしない。君と、君が守りたい者は、私が必ず守る」

緑の草原を吹き抜ける風が、アイティールの金の髪を揺らしていた。

「あ…アイティール…」

…すごいキラッキラッのお姿での決意だけども…え?…ん?…私が守りたいものって…なんだろう?

「ニル…私には夢がある」

ん?え。あ、はい。な、なんですか?

「スレイプを私に下さった王は…私の憧れの人だ」

優美で明らかに他の馬とは一線を画すスレイプは、他の馬が係留されている中で、意外にも自由気ままに放牧されている。

「…王様…」

王様って…世間ではもうずっと昏睡中って聞いたけど…実際、具合はどうなんだろう?亡くなったって聞かないから、生きているんだろうけど…。

というか、さすがアイティール。そんな王様とも面識があるんだな。…まぁ、身内だもんね。

「幼少の時にお会いした王は…気さくで、優しい方だった。側にかしずく配下は皆、各界の頂点の権力者であるにも関わらず、王を慕い、子供でもわかるほど心から敬服されていた」

草原の先の海を見てアイティールは言葉を続けた。

「…子供ながらに…凄い人だと思った。覇王と言われた王自身、とても優れた人なのはわかるが…臣下達は王が王だからかしずくわけでなく、王がその人だから自ら進んで王の元に集っていた」

「…へぇ…」

すごい人なんだね。さすが王様。

「それなのに、王は全く威張っていなかった。ニル、君を見て思い出した。王は配下だけでなく、使用人にすら配慮される方だった」

「…王様って立派な…良い人なんだね」

うんうん。やっぱり人の上に立つ人は、そうでなくちゃね。

「私は…現王のようになりたい。王だからかしずく臣下を得るのではなく、私を王として慕い、力を発揮してくれる仲間が欲しい」

遠くを見つめる青い目が、私に向けられた。

「君に…私の右腕になってもらいたい」

「…えっ!?」

右腕?そ、そんな…無理だよ…無理ムリ!だって…私は…私なんだもの…!!

「………僕…それは…僕には…とても出来そうに無い…」

目を伏せて、断る私にアイティールは苦笑した。

「ニル。君はもっと自分に自信を持っていい。教会の事はおいおい決着をつけていけば良いだろう」

い、いや…それ、それ以前の重大な問題がありまして…

「………」

困って顔をあげられない私の頬に白い大きな物体が寄せられた。温かいそれは、フンス!と鼻息をかけてグイグイと擦ってくる。

「スレイプ!…いつの間に…」

黒い大きな目が私を見下ろして、何かを訴えている。

「え。な、なに?」

あいにく、ジャックじゃないから馬語はわからない。

スレイプは器用によく動く唇でハムハムと私の頬を擦ったかと思ったら、帽子を奪った。

「わ!す、スレイプ…か、返して!」

「ニルは本当にスレイプに気に入られているな」

アイティールが感心して眺めている。

幸い、スレイプはすぐに帽子を返してくれたけど、鼻息はフンス!と不満そうだ。

「アイティール…僕は、今みたいにグリフォンを無くしたり盗られたりするのが心配なんだけど…」

帽子を深くかぶり直して訴えれば、アイティールはニコリと笑い

「それは気を付けてくれ。それは私が認めた者にしか与える事は無いのだから。他の者の手には触れさせるな」

全然大した事無い、という雰囲気で、大した事を言う殿下。

私は帽子にグリフォンを付ける事が怖くなった。

「……じゃ…じゃあ…しまっておくよ…」

「ニル?それは、誇示してこそのものだ。王家を隠すような不吉な事は推奨しない」

「………えぇ…」

ど、どうしろと…。

「…さて…では、ニル。実は教えてもらいたいんだが…」

アイティールが改めて言ってきた。

「え。なにを?」

「風を操るコツだ」

ああ…。

「……良いけど…あの人達、大丈夫?」

仕法はあまり人に見せたく無い。遠巻きに控える護衛の人達の目が気になって聞けば

「ああ。あの者達は親の代から王家に仕えている者達で、信頼出来る。ロキは危険が無ければ口出しはしない。…それに…この場所は風がよく通る。誤魔化しはしやすいだろう?」

…確かに。ここは風達の交差点のような場所だ。風を使うには扱いやすいだろう…。

「…ひょっとして…アイティール、ここに僕を誘ったのも…」

「ああ。色々都合が良いと思った」

アイティールは悪びれずに微笑んだ。

やれやれ。さすが、殿下はぬかりがないなぁ。



私の期待に、ニルはいつも仕方ないなといった様子で同意してくれる。そして期待以上の成果をもたらす。

教会のテラスから白いローブをはためかせて躊躇なく舞い降りた姿は、まるで神の使いのように印象的だった。そして、それが、自分のためだと思うと心が踊った。

魔法石という護符を必要としない稀有な力の持ち主が、自分の側にいる事がいかに特別な事か。

どういうわけか、法術の習得では苦戦しているニルだが、そもそも仕法という魔法が使える上に法術まで習得出来れば、魔法使いと法術師という相入れない存在を一人でこなせる攻守に長けたスペシャリストになる。加えて、ニルには他に無い発想と知識がある。

そんな彼が、なぜいつも何かに怯えているのか?謙虚という言葉では説明出来ないほど、彼は常に周囲に対して気を遣っている。

ニルは自分の首の飾りのタイを外すと、黒いそのリボンを手に説明する。

「じゃあ…風は見えにくいから、こういう色のついたヒモとか、物体を使うといいよ」

ニルが講師として丁寧に説明していく。

「この間も言ったけど、風は集めるよりもコントロールする事が大事なんだ。最初から大きく集めちゃうと失敗した時の反動が大きくて危ないから、小さなつむじ風を作って、それを操る事から始めた方がいいと思う。やってみるから、見てて」

頷けば、風向きが変わりニルの前には造作無く、子供の背ほどの小さな竜巻が現れる。ニルの手にしていた黒いリボンがその手を離れ竜巻の中でクルクルと踊っている。

「風の渦を遅くしたり…早くしたり…伸ばしたり、縮めたり…移動させたり…こういう事が自由に出来るようになるまでが、一区切りだと思う」

ニルの言葉通り、竜巻は動きや回転速度を変えていく。それに伴って黒いリボンは生きているように動きを変えた。自在に竜巻を操るニルはまるで指先でマリオネットを操っているように巧みだ。

「ただ、風は自由を好むから…操ってる最中に抑えつけようとしたり、無理に力をかけると反発してしまうから注意してね。大事なのは、空気を読むことなんだ」

「空気を…読む?」

目に見えないものをどうやって?

「う、うーんと…感覚的に。こっちに動かすより、そっちに動かした方が無理が無いな。とか、風は喜ぶだろうなっていう感覚。慣れてくると、そういう風との共感が出来るようになるんだ。人間みたいに、喜んでたり怒ってたり楽しんでたりする感覚が見えるようになる」

そう言ってニルは竜巻を消した。

「…それは…凄い」

素直に感心する。水を操り始めたばかりの自分には、まだそこまでは全然感じられない。

「それは、風だけじゃないのか?」

「うん。それぞれの元素で見えるよ。でも、僕はやっぱり1番風との相性が良いと思う。今ので風がだいぶ興味を惹かれて集まって来てる」

「…そうなのか…」

言われてみれば、最初よりも風が出てきている。

「じゃあ、やってみよう」

黒いリボンを拾い上げ、私に差し出すニルに私は瞬いた。

「私も?…しかし…今は魔法石が無い」

無ければ魔法は使えない。

「青竜の教室でやったみたいに、僕が干渉したら出来るんじゃ無いかな?」

ニルは、確証は無いけど。と首を傾けた。

やはり、そうか。期待はしていたが可能ならば非常に良い。

「やってみよう」

ぜひ、試してみたい。

黒いリボンを受け取ると、ニルは私の斜め後ろに立ち背中に触れた。

「まずは、小さく小さく、ね」

「…わかった」

青竜の教室で行った風の魔法は、望めば望むだけグングンと大きくなり容易く威力も増した。無風だった教室であれだったのだから、これだけ風が集まっているこの草原では気を付けなくてはならないだろう。

意識を集中すると、確かにニルの触れている背中から魔法石の護符のような感覚が伝わって来た。

魔法…それは自分に存在しないもう1つの手が出来たような感覚だ。

普段は全く使わない器官のようで、動かすのにはかなりの意識を集中する。水を操り始めて、ようやくおぼつかないながらも動かせるようになったその器官を、更に伝達良く滑らかに動かせるようになるには、やはり繰り返し使うしか無い。

希望の動きの10分の1にも満たないつたない反応は、黒いリボンをフワリと浮き上がらせてはヘタリと沈めた。なかなか渦を巻くほどの動きにはならない。

「…あー…力がうまく集中しないで分散してるみたい」

ニルが背中に手をあてたまま見解を説明した。

「…本来、あのくらいの竜巻を作るにはそんなに力は必要ないんだ。でも、今は…渦を巻こうと、がむしゃらに力んでるけど、動きがバラバラだから渦を巻かずに散り散りになってる」

「…難しいな」

「大丈夫。最初はそうだよ。うまく渦を巻ける方向を見つけられると良いんだ。そうしたら力はそんなに必要なくなるから。続けて」

意識しても思い通りに動かないもどかしい時間を過ごして、どのくらいしたか、黒いリボンがわずかに渦を巻いた。

「……いける!」

そう思った時、それまで慎重に集中していた器官が緩んでドッ!と力が溢れた。そこに、待っていたとばかりに風が我先にとなだれ込んで来る。

「キャンセル!」

背後でニルが叫んで、背中から手を離した。が、一瞬で集まった風は弾けて爆風のようにドン!という音と共に私達を後方に吹き飛ばした。

「殿下?!」

ロキの慌てた声がした。

目を開ければ青い空に白い雲が流れている。

草原の草の匂いを濃厚に感じたが、どこにも痛みは感じない。ただ、背中に草の感覚が心地よくて起き上がるのがもったいなかった。

すぐに、ロキが駆け寄ったのか声をかけてきて身体中を調べている。

「殿下!!大丈夫ですか?!」

「ロキ。全く問題ない。慌てるな」

本当ならもっとゆっくり空を眺めていたかった。だが、起きねばロキは更に騒ぎ立てるだろう。

起き上がり、ロキを見れば普段は表情を変えないロキがホッとした顔をしていた。護衛の従僕は敵襲かと周囲を油断なく調査して回っている。

「…何があったんですか?」

不可解だと言う顔のロキを見て、今後の練習を思って知らぬ振りをしようと決めた。

「わからない。急に突風が吹いた」

立ち上がり、ニルを探して振り返ればニルは更に後方に倒れていた。

「ニル…」

ロキを置き去りにして、起き上がらないニルに駆け寄れば、ニルは横を向いてピクリとも動かずに目を閉じている。

「ニル!」

膝を付き肩を揺すれば、ニルはうっすら目を開けてゆっくり瞬いた。

「…ごめん…僕…気…力が…切れた…みたい…」

「…ニル…」

夢中になって随分と付き合わせてしまったと、その時になって気が付いた。

「…ダメだ…目を…開けて…られな…」

囁くように呟いて力なく目を閉じて昏睡する姿に、わかっていても不吉な感じがする。

「…頭でも打ちましたか?」

歩いて近付いたロキがニルを見下ろしながら聞いてきた。

その口調がまるで簡単に、壊れたら新しいものを。と言っているような雰囲気に苛立つ。

「…疲れただけだ」

「疲れた?…立って話をしていただけでしょう」

訝しんでニルを起こそうとするロキの手を払った。

「触るな!」

子供の頃から、お気に入りのものは全て、汚れたり欠けたりしたら…ある日、突然何も聞かずに全く新しいものに変わっていた。

見た目こそ同じ物でも、それは自分と過ごした時間を知らない。悲しい時も嬉しい時も共に過ごした時間。自分と共有したそれを…見た目がそぐわないからと、交換される度に孤独を感じた。大人は常に大勢、側にいるのに…いつも1人でいる気がした。

自分にかけられた期待や理由も、事あるごとに言い聞かされた。王族として、こうあるべきだと…出来なければ価値が無いとばかりに。

何も言わずに、言いたかった事をしまいこんだ。求められる事が出来ないままでいる事の方が恐ろしかった。出来ない事で、本当は価値がないんじゃないかと思われたく無かった。

馬車の中でニルはポツリと言った。当たり前のように期待に応え続けることは辛く苦しかっただろ、と。

それは、自分を王族の子ではなく、一個人として認めてくれた2人目の人だった。

『…アイティール…いつも良い子でいなくても良いんだよ。叱られるかもしれないけどね。たくさん笑って、たくさん泣くといい。そして大事な人や、助けが必要な人のために自分に何が出来るのか…思いやれる人になれば良い』

王の顔は覚えていない。だが、膝を折り自分を抱き上げたその人は温かかった。

妻や将来は決められていても、友人だけは自分で選ぶ。誰にも指図は受けない。交換なんてさせるものか!

「……。殿下、そろそろ帰りましょう。…彼は立てますか?」

ロキは探るように問いかける。

「…おそらく無理だ。私が運ぶ」

他人に任せて知らぬ間に交換される後悔はもうしたくない。

「殿下が?…ですが…」

ロキは渋った。意識のない人間を馬の背で運ぶのは危険が伴う。

白い鼻がニルに近付きフンフンと嗅ぐと、スレイプはこちらを見て前足を折って屈んだ。

「…スレイプ…?」

漆黒の目がこちらを見てニルを見た。

「……スレイプが運ぶらしい…」

「まさか!」

ロキは否定したが、ニルの横に寄り添うように四肢を折って伏せるスレイプは、そう見える。

スレイプニが人前で膝を折って伏せる姿を初めて見た。

私はニルを抱えるとスレイプの背に乗せた。スレイプは嫌がらず大人しく待っている。

揺れてもずり落ちないようにベルトと鞍を固定すれば、スレイプはゆっくりと立ち上がった。

普段なら厩舎の人間が世話をしようと近付いただけで蹴り上げるスレイプと違い、その姿は落ちないように気を遣っているようだ。

「……殿下のお気持ちがわかっているのでしょうか…?」

不思議がるロキに、私も答えようがない。

「…スレイプが望んだ。それだけだ」

スレイプは他の馬とは違う。人の手にあっても自らの意思で生きている。

それを裏付けるように、スレイプは号令もないまま屋敷への帰路へ歩を進めた。

「…撤収!」

ロキが我に返り、従者達に指示を出した。

「殿下は私の馬に」

「いや、セリアンでいい。足の速さは必要ない」

そして意識がないとは言えスレイプの背に乗って帰還したニルに厩舎の者は一様に驚いていた。

「殿下?!何があったんですか?!坊主は無事ですか?!」

ジャックはニルからスレイプにとめた固定を外す私に、彼の容体を聞いた。意識のないニルのその様子に不測の一大事と思ったようだ。

「ああ。寝てるだけだ」

「…寝てる…?!」

ジャックは再度驚いた。

「殿下。部屋に運ぶのはこちらで致します」

ロキがスレイプの背からニルを抱えて下ろすのを見て言ってきた。

「……いい。このまま私が運ぶ」

男でも小柄なニルはそんなに無理でも無い。現にタナトスは脇抱えでニルを運んでいる。

それに、無理をさせたのは自分の責任だ。

力の抜けた人間は思っていた以上に柔らかくて安定が悪い。両腕でしっかり抱えて運べばロキが心配そうに後ろを付いて歩いた。

それからニルは夕食の時間になっても起きなかった。ただひたすら寝かせたままの状態で寝返りも打たずに眠っている。

「なぜ起きないのでしょうか?」

事情を知らないロキはさすがに訝しんだが、

「いいんだ。教会に行ったりして疲れがたまっていただけだ」

そう断言して、目覚めたらニルの望むまま世話をするように言いつけた。

「…では、私はそう伝えて参ります」

ロキが部屋を出ると、私もそろそろ戻ろうかと思ったが、ニルの口がわずかに動いて何事かを呟いた。

「…ニル…どうした?」

枕元に顔を寄せれば、

「と…うさん…あのこは…どこ…に」

そう呟いたきり、再び沈黙した。

父親?…そう言えばニルから聞いた父親や家族については確認がとていない。〈あのこ〉というのは姉か?弟か?

ロキに確認しなくてはならない。ニルの父親が誰かどうか。石化したデボラの他にニルの存在をよく知る者がまだいるという事を。もし、いたとすれば、身内として1番押さえておかねばならない人物だ。

アイティールは部屋を出て、ロキを呼んだ。





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