第20章 じゃあ…好き?
リオト先生にポテチをあげると、先生は「…興味深い…」と呟きながらポテチを黙々と口にしていた。
運動場から校舎に戻ると、そろそろ午後の授業が終わる頃合いだ。
「昨日は2年生の先輩達の邪魔もしちゃったし、寄っていこう」
3階の2年生の教室に行くと、ちょうど鐘がなった。
「…では、各自、復習しておくように」
2年の先生の言葉とともに、教室内で人が動く音がした。
そっと扉を開けて覗けば、若いレムリア人の講師の先生が気が付いた。
「スレイプニル?…なんの用だ?」
先生の声で2年生がこちらを振り返る。
「あ、あの…昨日はお邪魔して、すみませんでした。僕、ジャガイモでお菓子作ったんで…皆さんで…」
「…スレイプニル…おまえ…授業はどうした?」
「…僕…光玉、もう作れるから…その…実技の授業…」
「…ああ。なら、治癒の法術の練習をしなさい」
2年生の先生はキビキビしていた。
「は、はい、ありがとうございます…。あの、これ…どうぞ」
持参した紙皿にポテチをザラっと移した。
「これは?」
「ジャガイモを揚げて塩を振ったお菓子です」
しげしげと眺めるのはみんな同じなんだな。
「3年生の先輩にも気に入って頂けましたので」
誰かの味見済みという言葉は警戒心を解く。1人が食べて気に入ると、続いて複数の手が伸びた。
「スレイプニル…おまえ、こんなのも作ってるのか?」
感心半分、呆れ半分という先生。
「今日はたまたま。先輩達の授業をお邪魔しちゃいましたし…お詫びもかねまして…。これ、タナトスも気に入ってくれたんで」
その名が出ると、その場の全員がうっ。と、引いた。
あ。そうか…2年生の先輩達とは私もタナトスもあんまり接点がなかったから余計に慣れてないのかも?
「それでは…僕は、これで…」
帰ろうとした小柄な少年は、何かを思い出してシェダルを見た。
「あ。先生…範囲回復の授業、面白かったです。お邪魔しちゃいましたけど…僕、とてもワクワクしました」
そう言う少年の黒い目は、宝物をもらったように嬉しそうだった。
「だから…ありがとうございました。これから治癒を頑張って練習します」
帽子を取って会釈すると、彼は紙箱を持って教室を出た。
「……あ、ああ」
シェダルは初めてまともに応対したハートのキングに戸惑った。
あんな《青白くてさらに鳴くという光玉》を作るような少年は、素直で礼儀正しい…ハートのキングという地位を得ていて、なおかつあんな広範囲回復を初見で披露しておきながら、おごる事なく、むしろ迷惑をかけたからとわざわざ菓子を持参で挨拶に来る腰の低さだ。
昨夜は初めての治癒が出来なかったからと絶望的に落ち込んでいたのに….。
独創的な光玉を作る少年は、作る菓子まで独創的だった。
それに…この皿…なんだ?
すっかり生徒達に食べ尽くされたジャガイモ菓子が入っていた入れ物は…紙が見たこともないくらいキッチリ折り目正しく折られて作られていた。
…彼は本当に変わっているな…。
そう思いながらシェダルはそれが面白いと思った。
午後の授業を終える鐘が鳴ると、法術の練習に疲れた1年生達は脱力した。
「はぁー!終わったー…俺、もう集中力限界…」
アッシュがボヤいた。
「俺なんてとっくに集中力切れてたわ」
ニックが何を自慢しているのか張り合った。
「お腹すいた…」
マックは空腹を訴える。
「マック…安心しろ。今日は…アイツがな…」
マックの肩を組んで耳元で囁くアッシュ。
「あ。そうだ!見に行こうぜ!」
ニックの言葉に1年が浮き足立った。
「…待て。何を見に行く…?」
ローゼフォンは生徒たちの様子に訝しんだ。
「え。別に…な!」
「なー」
「うん…」
怪しい…。と言うか、絶対、何か知っているだろ。おまえら。
「じゃ、先生、ありがとうございましたー」
いそいそと、どこに向かう。ガキども。
「あ。いたいた!ニル!で?どうだ?」
箱を抱えて隠れるように身を潜めていたニルは、アッシュの呼びかけに慌てて静かにするよう身振りをした。
「え?なに?どした?」
近付くと、ニルは抱えていた箱をアッシュに渡した。
「みんな!これが最後のポテチだ!早く!先輩達に見つかる前に!!」
「え?なにそれ?なんで?なんだこれ?」
キョトンとするアッシュやマック達をよそに、ニルはキョロキョロと辺りを見回している。
「すーぷー…見つけたぜ…」
「うわわわわ!!」
アッシュの背後で、どこから現れたのか、ゆらりとした動きで3年生のクストが現れると見事な速さでアッシュから箱を奪い去って行った。
「え?…クスト先輩?なんだ?」
「あーーー!!……奪われた…」
あーあ。と言わんばかりのニル。
「なんだったんだ?」
「アッシュ…今日、作ったお菓子…あの箱に入ってたのが最後なんだ…」
「は?!え?めっちゃ軽かったぞ?!」
「うん。軽いよ…軽いけど…かさばるんだ…」
「は?なんだそれ…えー?!どんなのだったんだよ?」
すこぶる悔しがるアッシュ。マックはニルの言葉に膝から崩れ落ちて打ちひしがれている。
「だいたい、なんでそれをクスト先輩が持って行くんだよ?!」
「僕、お世話になった人に配って回ったんだけど…授業が終わってから3年生の先輩方に、おかわり要求されちゃって…逃げてたんだ…今」
「はぁぁー?!それ、早く言えよー!死守したのにぃ!」
アッシュが悔しがった。
「え。先輩達が欲しがるほど、美味いのか!?」
アッシュの言葉にマックが続いた。
「えー…と…うん。多分?…さっき、侍童の子達にあげたら無心で食べてたし、タナトスも気に入って食べてるよ?」
チラリと、少し離れた距離でポテチを食べているタナトスを見ると、みんながそんなタナトスを羨ましそうに見た。
「マジか…くそ!!」
アッシュはうなだれた。
「…………」
「…マック…?」
「お…おい…マック?」
マックは吸い寄せられるようにタナトスに近付いた。
そして、タナトスに何事か言うと、タナトスはマックの手に油紙の袋から砕けたポテチを流した。
マックはそれを、手の平から水を飲むように口に入れる。
するとマックの目が輝き、「…うま!!これ!うま!!」と言うと、タナトスはコクリと頷いた。
「…マジか!!マック!!スゲェ!!」
あの大人しいマックが、自らタナトスにもらいに行くなんて!!
そこにいた1年生全員が驚愕した。
「…ポテチに国境は…無いな…」
私はしみじみ呟いた。
ああ。良かったね。マック。タナトスが(砕けたヤツだけど)ポテチをくれて良かったね。
「僕…涙が出そう…ポテチが友情を生んでくれた…」
思わず目頭を押さえた。
「…友情ってほどじゃねぇだろ…」
「…あれはマックの食い意地がなせる技だな…」
ニックとアッシュがツッコミをいれた。
「ニル!ニル!また作って!」
マックが興奮しながら、重たそうな体を揺らして駆け寄って戻って来た。
「…えぇ…まぁ…時間があったら…」
「はっ?!俺たち食ってねぇんだから!」
「ニル、約束しただろ?!」
そう。新しいお菓子を思い付いたから、出来たら持ってくるね。と、朝、言ってしまった…。
「う、うん…そ、そう…だよねぇ…」
明日もポテチ作りなのか…。
「何を約束したって…?」
スレイプニルを中心に廊下で騒ぐ1年生に声をかければ、生徒達は口々に不満を言った。
「先生!ニルが作ったお菓子がクスト先輩に取られちゃったんですよー!」
「俺たちの分だったのに、先輩おかわりとか無くねぇ?」
お菓子…。ああ、あの昼間、侍童とジャガイモ剥いてたアレか。
「スレイプニル。おまえ、なんでそんなものを作ったんだ…?」
目を向ければ、黒い目が伏せた。
「…それは…感謝の分と謝意の分です…」
なんだ、それは?
「…………。僕、そろそろ…先輩と光玉配ってきます」
「もう?…まだ早くないか?」
夕暮れ時に始める灯り点けも、夕暮れにはまだ少し早い。
「色々、寄りたい所もあるんで…失礼します」
ペコリと会釈すると、ほかの生徒が「ニル、絶対だぞ!」と期待を込めて念を押した。
「アッシュは本当に楽しみにしてたんだね」
苦笑するスレイプニルにアッシュは答える。
「だって、マックや死神が美味いって言ってんだから、間違い無いだろう?!」
…タナトスが?
黒いローブのタナトスは、少し離れた所でコクリと頷いた。
…な、なんだと…?
意外だ。物凄く。あのタナトスが?何かを美味い?あいつにそんな感覚があるのか?…いや、それはさすがに言い過ぎか。
「じゃあ、ベイクさんが厨房貸してくれたら作るよ」
「よっしゃー!今度は奪われないぜ!」
気合い充分のアッシュに、スレイプニルは微笑んだ。
「ああ。すーぷーちゃん。夕食の後は治癒の特訓するから。医務室来なさい」
その顔から笑顔が消えて、沈んだような気がする。
「…はい。失礼します」
……うん?
背中を向けて去るスレイプニルの様子が…なんとなく…なんか…いや、気のせいか?
「あ。いた!おーい。ネイロスー」
その名を馴れ馴れしく呼ぶ声に、赤竜の生徒達はギョッとした。
赤竜の教室の近く、シャワー室からネイロスが着替えて出れば、白いローブの少年が見つけ嬉しそうに近寄った。
「…なんだ」
不機嫌そうに少年を見下ろすネイロスに、白竜の少年は油紙の袋を手渡した。
「これ。ネイロスに。侍童達と作ったんだ」
ご機嫌で言う少年に、ネイロスは訝しむ。
「……なんだこれは?」
「僕が案を出して子供達と作ったお菓子。言っとくけど、これ、人気だからね」
嬉しそうに笑う少年に、ネイロスは理解が追いつかない。確かに午後、運動場に現れた場違いな黒と白の色を見た。その色が並んで運動場にいるのは何かイベントがある時くらいだ。
しかも、あの死神がハートのキングの指示に従い動いた事に、その剣技を含めて赤竜では話題は持ちきりだった。
実力では敵わない。とハートのキングが宣言しても、実際に誰の指示に従うかで、周囲が見る序列は大きく違う。
「…なんで、俺なんだ?」
「僕と子供達がネイロスにあげたかったから」
アッサリと答える少年。
赤竜の生徒達が自分達の縄張りに、目立つ白いローブの白竜の生徒がいる事に気付き、目が向く。しかも、それがネイロスをデッキブラシで瞬殺したハートのキングと気付けば、野次馬の生徒はどんどん増えていった。
「お菓子だけど、タナトスやリオト先生も気に入ってくれたよ」
ザワッ!と、取り囲む一同がどよめいた。
あのハートのキングが、死神や傭兵王を唸らせる食べ物をキングネイロスに持参した!
一体、どんなやつだ?!
周囲で驚愕しながらそんな会話が聞こえる。
「………おまえ…普段、こんな事してるのか?」
苛立ったように言うネイロスに、子供と大人くらいの差がある少年は首を傾げた。
「まさか。でも、僕、光玉はもう作れるから、実技の授業は免除中なんだ。これから治癒の法術練習するまでの…息抜き?みたいな」
息抜きに菓子を作る…?
「意味がわからん…」
そんな面倒くさい事は息抜きになんてならないし、そんな事を考える事自体、意味不明だ。
「意味はいいよ。僕がやりたかっただけだから。これからアイティールにもあげにいくんだ」
ザワザワ…と野次馬がさざめく。
ハートのキングが…キング達に振る舞う…死神や傭兵王を唸らす菓子…これはもう…伝説の一品だ。
「あ、それ、砕けやすいから気をつけてね。それじゃ、僕、これから青竜の教室行くから」
そう言って、ネイロスに背を向ける白いローブにネイロスは声をかけた。
「オイ…」
「え?なに?」
「…青竜の教室は逆だぞ」
その言葉に、少年の顔はみるみる赤くなった。
「そ、そうなの?僕、行った事無かったから…じゃ、じゃあ、ありがとう」
そそくさとネイロスの前を通り過ぎ、野次馬の赤竜の生徒達に「あ。すみません。通ります」と会釈して去る白い少年は、侍童と大して変わりない。
「バカか」
ネイロスは眉間にシワを寄せて首を振った。
午後の授業を終える鐘が鳴っても、青竜の教室には青いロングチュニックの生徒が大半残っていた。
授業は終わっているので扉は開け放たれている。
そっと近付くと、机が退かされた教室内で、アイティールを囲んで生徒達が何かを見物している。
「(…なんだろう?)」
教室の扉が開け放たれているのをいいことに、そろそろと教室内に足を入れた。
教室の中央に立つアイティールが集中し、『氷結』と指示すると、バケツの水はパキパキと音をたてて凍り付いた。
「おおーーーー」
教室内に感嘆の声が響く。
「おー。すごーい」
そこに、聞き覚えの無い声が混じれば、誰もが違和感を感じて目を向ける。
私はオケアノス人が多い青竜の生徒に注目され、たじろいだ。
「白竜だ」
「なんで白竜が?誰だ?」
青竜の生徒達は自分達の教室に突如現れた私という存在にざわめいたが、ただ1人、アイティールだけはパッと顔が明るくなった。
「ニル!来たのか!」
「う、うん。お邪魔します…」
アウェー感に戸惑いながらも、私は引きつった笑顔で答えた。
青竜の生徒達は私の胸のバッジと帽子に輝く黄金のグリフォンの証を見て、「ああ。アノ…」と、好奇の目を向けた。「教室にあの光の雨を降らせた奴…」とかコソコソと囁く声がする。
「ニル、見たか?」
アイティールが誇らしげにそう言えば、私は頷いた。
「うん。しっかり安定してるね。すごいよ」
水はアイティールの指示に即座に反応するようだ。これは習得したと言っていい。
「明日の修練は風だ。コツはあるか?」
アイティールが問えば、それを言葉にする。
「風は…一緒に遊ぶ事かな…」
私の言葉に、誰かが笑った。目を向ければ、青年は手で自分の口元に触れていた。
「おっと失礼…。キング。…彼に魔法のことを聞くのはいかがでしょう?」
そう言ったのは、青竜の生徒…金髪に青い目のオケアノス人の青年だ。神経質そうな顔付きをしている。
「黒竜ならいざ知らず、彼は白竜でしょう?魔法に関しては素人です」
「…ジョセフ…」
アイティールの彼を見る青い目が少し冷えた。それを迎え撃つ形で青年は笑う。
「我々は、彼のように法術は使えませんから。彼から教えを乞う事は何もないでしょう」
言葉こそ丁寧だが、何となく侮辱の目を向けられた気もする。
「あ、ああ…えっと…そうだね。僕、これで…」
私が居心地の悪さに退出を申し出れば、アイティールが静かに呼んだ。
「ニル。こちらへ」
え。ええ?な、なんですか?
「こちらに来てくれ」
再度、確固とした意思で呼ばれれば、悲しいかな嫌とは言えない…。
「(ジャガイモ、スポンサーだし…)」
私はおずおずとアイティールのそばに行き、要件を聞く。
「な、なに?」
「風を操るコツをもう一度、教えてくれ。詳しく」
ええ?!…まさか…やる気ですか、殿下?!
「(アイティール…なにもムキにならなくても…)」
コソッと言えば、アイティールは答えた。
「(…ジョセフは何かと突っかかってきて面倒なんだ。協力してくれ)」
は、はぁ…。
「(これが、魔法石だ。見た事あるか?)」
アイティールが手の平に握っていた小さな石を見せた。七色に光る…キレイな石だった。
「(…へぇ。無い。…でも、風を少し操れればいいんでしょ?)」
「(そうだ)」
「(…じゃあ、耳貸して)」
私はアイティールに耳打ちした。アイティールは興味深そうに聞いた。
「…なるほど。わかった」
説明が終わると、アイティールは頷いた。
「…では、やってみよう」
「うん。どうぞ」
私はアイティールの背中にさりげなく触れて頷いた。
アイティールが集中すると、窓を閉め切った教室にわずかに風が吹き始めた。
フワリと髪を揺らした風は徐々に勢いを増して、アイティールのロングチュニックや私の白ローブを揺らし…観客の生徒の髪や衣服をはためかせた。
う、うん…いや、殿下。その辺で…。殿下?…アイティール…いや、ちょっと?
教室の中でカーテンがバサバサと大きくはためいて、机に置かれていた紙が激しく舞い散った。
風はどんどん強さを増して、教室に勢いよく旋風を生み出しつつある。
ちょっ…マズイ…これ、マズイよ…?!ダメだ!これ以上いったら…!!
「アイティール!!キャンセル!!」
彼の背中から手を離し、そう叫べばアイティールの集中は途切れた。
それとともに、風は一瞬で掻き消えた。
舞い上がっていた紙がパラパラ床に散乱する。
「……………」
教室には、何が起こったのか強風に吹かれ目を丸くする青竜の生徒達と、我に返ったアイティールが沈黙していた。
「……どうして?」
アイティールはなぜ止めたのか不思議そうに私を見たが、風で床に散った紙や乱れたカーテンを見て
「…ああ…」
と、納得した。
「アイティール…風は水と違って、動かすのは容易いんだ。難しいのはそこからコントロールする事だよ。必要な量を必要な力で操れるまでは危ないから気をつけて」
「…なるほど…確かに…求めれば容易く応じたな…」
「うん。でもちょっと間違えると、一瞬で木の上まで吹っ飛ぶからね?まずは小さく小さく出して、コントロールする練習からがいいよ」
最初に仕法を習った時は、コントロールが難しくてよく吹っ飛んだ。
その時、青竜の生徒達は、私を訝しんだ目を向けているのに気が付いた…ので、「…って、タナトスが言ってたよ?!」と、ごまかした。
「…何事ですか?」
不意に、年配の男の人の声がした。
身なりのキッチリした白銀の髪、青い目の壮年の紳士だ。
「…アルマク先生…」
アイティールがその名を呼べば、先生は散らかった教室内にいる白いローブを着た私を見た。
「先生。アイティールが風の魔法を使いました」
ジョセフが1番に報告した。
「風の…?それは、まだ教えていませんね」
先生は険しい目でアイティールを見た。
「………」
「アイティール。魔法は危険を伴うものです。授業時間以外で魔法石の使用を許可したのは、教えた魔法の鍛錬の為であり、あなたの力の誇示をさせるためではありません」
「…おっしゃる通りです」
アイティールは素直に認めた。
「今後、授業時間以外での魔法石の貸し出しは一切禁止します。魔法石を返しなさい」
アイティールに近付き、先生はそれを受け取る。と、その後方に立つ私を見下ろした。
「…あなたはここで何をしているのですか」
言葉こそ丁寧だが、その空気は冷たい。部外者が何の用だ。と突き放して言っているようだった。
「…あの…僕…アイティールに会いに…」
おずおずと答えれば、先生は冷たく言い放った。
「教室は遊び場ではありません。友人ならば押しかけて邪魔をせず身を引き、改める配慮を知りなさい」
「…はい…すみません…」
帽子を取って謝罪するも、すでに先生は私がいないかのように視線を外し、生徒達に指示した。
「乱れた部屋は全員で整えなさい。アイティール、君はペナルティーとして基礎訓練の1から5まで、5セット、こなしなさい」
「はい」
どんな訓練か知らないが、青竜の他の生徒が「うげ!」って顔したから、楽な訓練じゃないんだろうな…。
「では、各自終わり次第、解散しなさい」
『はい!』
いつもの決まりなんだろう。返事はピッタリと息が合っていた。先生は、そのまま部屋を去っていく。
「…アイティール…ごめん…」
申し訳なくて謝れば、アイティールは涼しい顔をしていた。
「謝る事は無い。私が望んだ事だ。後悔は無い」
「でも…僕が来たせいで…」
「私はニルに魔法を見てもらいたかった。だから構わない。それに…」
アイティールは声をひそめて続けた。
「(ニルの力を借りて使った風の魔法は、なかなかの爽快感だった)」
そう。白竜の皆んなに光玉を教えた時のように、アイティールが魔法を具現化しやすいように干渉したのだ。
「……。僕、お菓子が出来たから持って来ただけだったんだけど…」
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ああ。出来たのか?それなら終わってからの楽しみにする。ニル、君も灯りを点ける役目があるだろう?」
「うん。これから行く。じゃあ、また…あ。そうだ。僕、治癒の法術の特訓もあるんだ」
「…そうか。あまり無理せず気長にやると良い。ニルはすぐに倒れるからな。夜には戻って来てジャガイモの感想を言わせてくれ」
「うん。ありがとう。戻ったら声をかけるよ」
私はアイティールにそう言うと、青竜の教室を去った。
灯り点けの集合場所は玄関ロビーだ。夕暮れ時の校舎にはすでに先輩達が集まっていた。
「お。すーぷー!来たな」
クスト先輩が声をかけてきた。
「先輩…後輩のポテチ奪うなんて大人げないですよ」
「わははは。そう言うな。すーぷー。あれ、めっちゃ美味かった!」
悪びれなく笑うクスト先輩は私の肩に腕を置いて嬉しそうに笑った。
「そんで?お前は治癒の法術、出来たのか?」
「……………まだですけど」
なんなの、この人…ポテチ奪っといて。
「すーぷー!そんな顔すんなって!いいか?一発で出来る奴なんか、ほとんどいねぇよ。何度も練習しろ」
…それ、ネイロスに言われたもん!
「……そのつもりです…」
「うんうん。1ヶ月でも3ヶ月でも半年でも、かかっていいんだぞ?」
嬉しそうに言うクスト先輩は、何が面白いんだ…。
「クスト。あまりからかうな」
ラング先輩が注意してくれた。
「うわーい。ラングせんぱーーい」
そういうところですよ!!ラング先輩の良い所!!
私はクスト先輩を振り払い、ラング先輩の影に隠れた。
「クストー。後輩イジメは大減点だな」
他の先輩が笑った。
「あー。こりゃ、ローズ先生に報告しないとなー」
面白そうに先輩達がクスト先輩をからかった。
「…オマエら…ヤメろ…マジで」
クスト先輩は苦々しく半眼で呻いて、ラング先輩の後ろに隠れている私を呼んだ。
「すーぷー!行くぞ!」
クスト先輩が誘うので、私は「えぇ…」とためらった。
「なんだよ…その嫌そうな顔は」
クスト先輩は心外だと言わんばかりだ。
「いえ…その…先輩が周る場所って、黒竜の教室ありますよね…」
「……お前、また何かする気か?今回は、教室の前で作って、ちゃっちゃと置いてくりゃいいだろ」
「…僕…今朝、メルセデス先生と話をしていたら、めちゃくちゃローズ先生に怒られたんで…」
「はぁ?!」
クスト先輩が驚いた。
「死神もいたんだろ?」
「いいえ。僕だけです」
その言葉にクスト先輩は更に驚いた。
「おまえ、何してんだよ?!」
「何って…メルセデス先生が話しかけきたから挨拶して、一緒にタナトスの話をしたんです」
クスト先輩は呆れ顔だ。ラング先輩もため息を吐いた。
「…そんなにダメな事ですか…?」
「…すーぷー…いいか?黒竜の…特にメルセデスには、近寄るな。話をするな。目を合わすな」
「…その似たような3原則みたいなの、ローズ先生から聞きました…」
「そうだ。なら、徹底しろ」
「…でも、ほかの組ですが、先生ですよ?…そんな事…」
「アホか。おまえ、喰われるぞ」
「えぇ?!食べ…食べる…?!」
メルセデス先生は人間食べちゃうの?まさか?!例え話だよね?!
「…メルセデスは危ない。見ていて思わないか?」
ラング先輩もそう言って同意した。
「…そう…なんですか…?」
誰も学びたい気持ちを邪魔する権利はありません。そう言ったメルセデス先生の言葉は悪いことじゃないと思うけど…。
「…ああ、ダメだこりゃ。すーぷー、おまえ、今日はラングと周れ」
クスト先輩はため息を吐き、払うように手を振った。
それから、灯り点けは順調に進んだ。
「…あの…ラング先輩…」
灯り点けで校内を周る最中、ラング先輩に聞いてみたかった。
「…ラング先輩は、他の先生に挨拶とかしないんですか?」
「…挨拶程度ならする。だが、あまり関わらないから黙礼が多い」
「そうなんですか…。僕、今日、赤竜のリオト先生と青竜のアルマク先生とお会いしました」
私の言葉に、ラング先輩は振り返ってこちらを見た。
「…なぜだ?なんの用事があって?」
そんなに意外ですか?
「別に、先生に用事があったわけじゃなくて…ネイロスとアイティールに会いに行った時です」
「…王弟の息子はわかるが、なぜ赤竜のキングに会いに行く?果たし合いをしたばかりだろう?」
「…ネイロスとは元々、部屋が同室なんです。それに、その後、和解しまして…僕、ネイロスがとてもいい人だって知りました!」
途中から嬉しくなってラング先輩に報告すると、先輩は微妙な顔をした。
「…それは…まあ…いいが…。スレイプニル、お前はどこでも安易に顔を出し過ぎじゃないか?」
「…そう…なんでしょうか…?」
「…1年で、そこまで他の組に関わる事はそうそう無いからな。クストは役持ちだからあれこれ調整で他の組に行くことはあるが…それも、3年だからだ。それでもあいつは黒竜とは事務レベルでも直接合わない」
「え。…なんか…徹底してますね…」
「まぁ…クストの黒竜嫌いはかなりトラウマがあるのが強いけどな…」
はぁ…。あの同期の人を取られちゃったってやつかな?
「そもそも、部屋が同じならわざわざ会いに行くこともなかっただろ?」
「そう…なんですけど…僕、気力切れで医務室にお世話になる事も多いから…早く渡しておきたかったんです…ポテチは鮮度が大事なんで」
手作りポテチは保存が効かない。油は酸化したり湿気ったら途端に美味しくなくなる。
「……おまえ、あれもどこで覚えたんだ?」
「え。べ、別に…甘く無いお菓子があっても良いんじゃないかって思っただけです」
「…ふーん…。地面が動いているとか、甘く無い菓子とか…おまえは常識に固執しないんだな」
ラング先輩が感心したように私を見た。
「僕…やっぱり…おかしいですか…?」
「いや…。いいんじゃないか?そう思う奴がいたって。あの菓子も美味かったし」
ラング先輩はそう言ってくれた。
ら、ラングせんぱーーーーい!!やっぱり、そういう所ですよーーー!!
「…おまえ…ホントに、面白い奴だな」
ラング先輩は私を見ると、急に肩を震わせて笑いを堪えていた。
「え。な、なにがですか?」
不安になって問えば、先輩は堪えられなかったようで…笑いながら言った。
「いや…おまえ…まるで犬みたいだな!」
「………イヌ……」
失礼な…。先輩…そこは頂けないですよ…。
ご機嫌で笑うラング先輩を、私は憮然と眺めて無言で抗議した。
そんなラング先輩との灯り点けは、寮の各部屋だ。扉の前にある光玉入れに郵便のような要領で光玉を入れてまわる。数はあったが手分けすれば難なく終わった。
「これで、終わりだ」
「お疲れ様でした」
ホッとして挨拶すれば、ラング先輩は私に聞いた。
「…スレイプニル。おまえは治癒の法術、練習してみてどうだ?」
「…どう…と言うのは…」
戸惑って聞き返せば、ラング先輩は教えてくれた。
「思い通りに出来ないもどかしさは、俺たち全員が経験してきた。クストは言葉が足りないが…もどかしくて辛くても、それでも苦労して出来た時は、めちゃくちゃ嬉しいから、焦らなくて良いって事だ」
「……先輩…」
出来るようになりますかね…私…。
「まぁ…苦労した分、なかなか手放せないのも法術の悩ましさだけどな」
そう言ってサッパリと笑うラング先輩は、大人な感じで、余裕があって、とても…とても…
羨ましいぃぃぃ!!
思わず走り去りたくなったのを堪えて、結局、物欲しそうに先輩を眺める事になったけど。
ローゼフォンは、事務に手紙を出しに行った。
スレイプニルの治癒の法術の手順に間違いは無い…。
法力が足りないわけでも無いのに、霧散するのはなぜか。集中力が切れたか、自らキャンセルしたか…だが、それも本人は否定している。
今まで見てきた生徒達とは出来ない理由が異なっていて、指導するにも戸惑ったローゼフォンは師匠に教えを乞う事にした。
前回の非礼を詫びるついでというよりも、ついでに詫びるような形になってしまうが…。
まあ、それでも…あの師匠ならば詫びがついでであろうと、面白い事の方が喜ぶだろうが。
別れを見送った時は随分と落胆していたから、ご機嫌うかがいになればいい。
普段から何かと忙しい師を思うと、返信を催促するような速達にするのも気もひけて…普通郵便で送ることにした。
…焦る事でも無いし…。
ただでさえ、進みや覚えが早すぎる彼にとっては、挫折もいい経験だ。
事務から戻る際に、入れ違いで赤竜の顧問のリオト・ベネトルシュに会った。
「ローゼフォン。あいつは面白いな」
開口一番、そう言われれば誰の事か容易に判断出来る。
「まさか…また、なにかしましたか…?」
心配になって問えば、リオトは思わせぶりな言葉を言った。
「奴だけじゃ無い。それに、やはり…アレは…学生どころか、あの動きは並みの騎士レベルでは到底無い。だが…そんな奴を平気で従えるあのスレイプニルこそ、面白い」
リオトの主語の無い話でも、想像出来た。スレイプニルとセットと言えば…
「…タナトスとスレイプニルですね…そちらに行ったんですか…」
ローゼフォンは頭が痛くなった。
「あの、ぽてちで本当にタナトスが動くのであれば、作り方をぜひ聞きたい」
…ぽてち?…なんだ?その変な単語は。
面食らっていると、リオトは「まぁ、実際、アレは美味い」と笑って去って行った。
リオトは話が自己完結する所がある。相変わらず会話が飛び飛びになった。
「……アイツ…何してんだ…」
メルセデスだけでなく、いつのまにか赤竜顧問とも交流していたスレイプニルに、ローゼフォンは渋面になった。
他の1年の実技の妨げにならないように、また、タナトスとの条件としても実技の時間を免除していたが、こうも知らない所で自由に遊び回られては、考えなくてはならない。
そして、それは夕食前にシェダルから見た事も無い、紙で出来た入れ物を見せられた時に、確定した。
「先生、見てください。これ。迷い無く折られているんですよ。端の所なんて丁寧にキッチリ合わせて折られてあるし、紙を立体的にして、入れ物を作るなんて発想…面白くないですか?」
手にした入れ物を分解して再び折ったシェダルは、新しい紙で一から同じ物を作り始めた。
「………」
ダメだ。アイツは常に見張っていないと、うろちょろし過ぎる…。
だいたい、法術師を目指してる奴が菓子作って人気取ってどうする?!調理師にでもなる気か?そもそも全員が全員、「見たこと無い、美味い!」とかどんなやつだ?!生徒だけならまだしも、あのリオトやタナトスも美味いとか言うのに、見てない!どんなのだ!?見せてみろ!
なんとも、イライラする。昨日は絶望感でギャン泣きしてた奴が、ずいぶん余裕じゃないか。
ローゼフォンのピリピリとした空気に気付いたシェダルが当然のように聞いてきた。
「あれ…。先生は、あのポテチ…お嫌いでしたか?」
余計に渋面になった。
夕食が終わり、少しして医務室に行けばスレイプニルはタナトスとじゃれあっていた。
「……何をしてる?」
タナトスの手を掴み、力比べをしているような格好のスレイプニルがパッと手を離した。
「…何でも無いです」
居住まいを正して、否定するスレイプニルにタナトスが耳元で何かを言った。
「…タナトス。僕、練習するから。邪魔しないで」
スレイプニルが半眼で、ピシャリとそう言うとタナトスは黙って素直にベッドに行き横になった。
『だが、そんな奴を平気で従わせるスレイプニルこそ、面白い』
リオトの言葉を思い出した。確かに、この番犬がここまで言う事をきくのを見るのも驚くべき事だろう。
タナトスとスレイプニルを見ていれば、タナトスの手綱をある程度は握れるだろうと思っていたが…。
「…スレイプニル。おまえ、赤竜の顧問に会ったそうだな」
そう問えば、黒い目が瞬いて…うつむいた。
「…そうです」
「…2年のシェダルにも会いに行ったな」
「…はい」
「今後、実技の授業を免除はしても、教室で待機にする。フラフラと出歩く事は禁止だ。わかったな」
文句を言うだろうと思っていると、黒い目はうつむいたまま、ただ短く「…はい」と答えた。
「…………」
やけに素直だな。まぁ、いいが。
「今日の練習は、反復練習だ。出来なくても、出来るまで繰り返しやってみなさい」
流れや形を体に覚えさせる練習は初期の基本的な練習法だ。
本来ならば、ここでは法力を具現化させるまで続けるが、スレイプニルの場合、すでに法力は反応はしている。
両手ですくうように生み出される光は、出現して間もなく弾けるように霧散して消えていく。
立て続けに生み出される光の流れは途切れる事なく溢れては消えた。
黙々とやり続けるスレイプニルは、集中している。それが長くなれば疲労も集中力も途切れるのが常だが、まるで光が流れる噴水のようにひたすら繰り返している。
…法力も集中力もやはり人とは違う…。
1年生では基本の形を5分もやれば飽きてくる。2年生では法力を10分も出し続けていられない。
10分を超えて20分を超えてもそれでも光は止まらない。
…まだ続けるか?…そろそろ疲れたと言わないか?
30分を回った所でこちらが不安になってきた。
「…スレイプニル…そろそろ疲れたんじゃ無いか…?」
声をかけても、答えは無い。取り憑かれたように続ける姿には無心だ。
「もう、いい。その辺にしておきなさい」
止めるよう指示をしても、止める気配は無い。
流れ出る法力はとめどなく、その流れは始めた時と変わらない。それがまるで血が流れているように見えて、ローゼフォンは動いた。
「スレイプニル。もうやめなさい」
すくうように差し出された手首を掴めば、彼はビクリと体を震わせ「痛ッ!」と眉をしかめた。
痛い?そんなバカな。そんな強く掴んでいない。
「…先生…離してもらえませんか」
痛みを訴えるその手首を離せば、そこはコイン大の大きさで真っ赤にただれていた。
「なんだ?!どうした?これは?」
手を引き、痛みを我慢しているスレイプニルに問えば、言いにくそうに答えた。
「…火傷です。油がはねたので。冷やすのをサボったらいつのまにか広がってて…」
「ケガをしたなら、なぜ言わない?!2年の教室に行ったんだろう?!シェダルもいたし、午後の授業で俺だって廊下で会った!灯り点けで3年もいただろう?!いつだって治す事ができたじゃないか!!」
意味がわからない!我慢する理由なんて無いだろう?!
「…治して頂くほどのものじゃ無いので…」
なんだと?おまえ、ふざけんな!
「手を出せ」
「大丈夫です。そのうち治ります」
イラつく。
「そのうち治るなら今、治したって同じだろ。手を出せ」
「………」
何をためらう?…ああ、本当に腹が立つ。
「すーぷー!!お手!!」
強く言うと、黒い目は不承不承といった様子で手を差し出した。
手首に広がる赤い火傷のただれは、治癒の法術で跡形もなく消えた。
その光を悲しそうに見る黒い目に思い至った。これは羨望と劣等感だ。他人が法術を使うのを見たくなかったんだろう。
たかだか2日出来ないだけで、どんだけプライドが高いんだ…。まぁ、それも成長には大事だが。
治った手首を見てションボリとするスレイプニルに、ため息が出る。
「…法術師はどんなに優秀だろうが、自分自身は治せない。どんなかすり傷でもだ。だから、どんな小さな怪我でも他人の傷は治す。それが仲間の傷なら尚更で、それは絶対だ」
「………」
自分の手首を眺めるスレイプニルは小さな声で礼を言った。
「…ありがとうございます…」
「他にケガや火傷は無いのか?」
念のために聞けば、「…ありません」と言った。
「先生…今日の練習はまだ続けますか?」
「いや。今日はここまでにしよう」
30分以上、法力を出し続けたのに一度も完成しなかった治癒の法術は、完成までなかなか先は長いのかも知れない。
「…ありがとうございました」
帽子を取り、会釈するスレイプニルの肩を叩いて労えば、その顔が一瞬強張ったのに気付いて、記憶をたどる。
それは、屋根の上で寝ていたコイツを起こすのに小さな光玉を当てた場所だ。
まさか…。
「おまえ…あの時から…誰にも治してもらって無いのか?」
「なんのことですか?」
シラを切る黒い目がそれた。
「肩だ。俺が光玉を当てただろう。見せろ」
手を伸ばせば、身を引いて避けた。
「先生。僕はケガはしていません。ですから、必要ありません」
「そうか。じゃあ、見せてみろ」
「…ですから、確認する必要はありません」
半歩、後退り拒否する黒い目は大いに怪しい。
「…治療する必要が無いなら見せたら終わりだろ。なぜ拒否する?」
そう問えば、「その必要が無いからです」と言ってジリッと再び半歩、いや二歩下がった。
またか。コイツは。なんでそうなんだ!
一歩進んで手を伸ばせば、スレイプニルは自分の襟を掴んで顔を強張らせた。そして、名を呼んだ。
「タナトス!帰ろう!」
なんだと?
名を呼ばれ、黒いローブが動いた。
「スレイプニル。話は済んで無いだろう?」
訝しんでその身に手を伸ばせば、切羽詰まった声で「触らないで!」と、手を払い明確に拒絶した。
その拒絶した手でタナトスの手を取り、スレイプニルは「すみません!失礼します」と文字通り逃げるように医務室を出て行った。
「……………は?」
……………え?…待て…なんだ?…なんで…?
あまりの思いがけない明確な拒絶の態度に、思考が停止したローゼフォンは「待ちなさい。どういう事か説明しなさい」と冷静に引き止められずに固まった。
「…さっさと治させればいい…」
逃げるように医務室を出た私にタナトスはそう言った。
「肩に近い腕だよ?!シャツを脱いだらバレちゃうじゃん!!」
イライラする。
いくらサラシを巻いているとは言え、そもそもそれも変だし、シャツを脱いだら筋肉のなさでも男じゃないと絶対バレる。位置的に袖だけをめくって見える場所じゃ無いから無理だ。
「…腕もムニムニだからな…ぷにぷには…」
タナトスが擬音満載でそう言うもんだから、勢いで掴んで繋いでたタナトスのその手をベッと離した。
「ええ。そうでしょうね。そのムニムニの腕が青アザになっていても、もろ肌脱いで、治して下さい。なんて誰にも言えるわけないでしょが!」
「………」
タナトスは無言で私を見て首を傾げた。
「…痛いのか…?」
「…。押さなきゃ痛く無い。だから、さっきみたいに触らないで」
医務室で先生を待っていた時に、タナトスが服の上から二の腕をつまんできた。思いがけず痛かったし、しつこく触ろうとするから、攻防するのに押し合いの形になったわけだが。
「………そうか…」
わかったんだか、わからないんだか、タナトスはただそう言った。
ああ…しかし、びっくりした…。いきなり先生に見せてみろなんて言われるとは思っていなかったし…先生がシャツを脱がそうとしたから、思わず先生の手を払っちゃったよ…。
しかも、今後、実技の授業時間は教室で待機だって言うし…憂鬱だな…。
それに、今となってとてもダルい…何気にずっと法力を捻出し続けるというのはハードだった。
筋肉で言ったら、重たい物を持ち続けるような負荷だ。
クタクタだけど…アイティールに顔出して行かなくちゃ…。
アイティールのいる部屋。だが部屋をノックしても返事はなかった。何度かノックしてみるも、応答は無い。不審に思って声をかけながら開けると、明かりのついた部屋でアイティールは机に突っ伏してうたた寝していた。
ああ…そう言えば、今日アイティールはペナルティーで余計に動く事になったんだっけ…。
「…アイティール、起きて。寝るならベッドで寝た方がいいよ…」
ためらったが、殿下に風邪をひかれたらロキさんにどんな説教をされるかわからない。それに、やはりきちんと眠った方が疲労の回復も違う。
流れる金の髪に目を閉じて眠る王子を起こすのは、なかなか気を遣う。
「アイティール…起きて」
肩を叩くのも気がひける。もちろん綺麗な金の頭を撫でるのは論外。だから、机にもたれかかって寝ている彼の手をチョイチョイと触った。
「…に…な…」
ん?…なんか言った。
アイティールの目が開き、私の手を掴んだ。
「……アイティール?…起きた?」
青い目が瞬いて、一瞬でアイティールは再起動したようだ。
「…ニルか。終わったのか?」
身を起こすアイティールは「いや。寝てないです」と言わんばかりの態度だ。
なんだか可笑しい。そんなに無理に平静を取り戻さなくてもいいのに。
「うん。終わったよ。終わったけど思いがけずハードだったから、もうクタクタなんだ。アイティールも疲れたみたいだね」
「いや。…」
否定しながら、自分が私の手を掴んでいた事に気付いたアイティールは、わずかに驚いて手を離した。
「…そのようだ…」
あははは。殿下、寝ぼけてましたね?微笑ましいな。
「机でうたた寝は疲れるから…今日はもう、寝よう」
そう提案すれば、アイティールは同意した。
「そうだな…」
「じゃあ、おやすみ。また明日」
そう言って部屋を出る私に、アイティールは声をかけた。
「ニル。あのジャガイモ菓子、とても美味しかった」
そう褒めてもらえれば、私は心から嬉しかった。
「ありがとう。アイティールのおかげだよ」
ジャガイモ・スポンサーからの賛辞。思っていたより買い過ぎちゃったけど、2箱だと思っていた金額で24箱届くとは思ってなかった。超文明との物価の違い…まざまざと。
友達からの賞賛は、素直にとても嬉しくて穏やかな気持ちのまま扉を閉めた。
「……………」
アイティールは、静かに閉められた扉を見つめて今見た夢を思い出した。
月光に照らされた少女がその手で生み出すのは、命の輝きのような優しく力強い光だ。
その光に少女の稀有な色彩が浮かぶ。濡れて輝くような長い漆黒の髪は揃いの瞳の色と共に知的で神秘的な存在だった。けれど、その微笑む顔は何者であろうとも拒まないような慈しみを浮かべていて…その黒い目を自分に向けたくて手を伸ばした。
触れられる距離にいたはずだった少女は、アイティールの手が触れる前に掻き消えた。
君は誰だ?ニルなら知っているのか?どこにいる?きちんと会って話がしたい。
…何の話を?会ってどうする?なんのために?
あの日から湧き起こる願いと、それに理由を問う自分が常にいる。
でも、決まってニルと話をすればその不可思議な堂々巡りは忘れてしまった。
いつも真新しい事をするニルは刺激的で、面白くて、有能だ。それでいて常にアイティールの期待以上の結果をもたらす。彼に不満をあるとするならば、もっとこちらに依存してもらって構わないのだが…。
『ありがとう。アイティールのおかげだよ』
そう微笑む友を見て、アイティールは満足して夜着に着替えた。
が、ふと隣のベッドがいつものように空いているのに気付くと、微妙な気分になる。
ルームメイトがいない事は不満だが、あの男がいないのはむしろ構わない。しかし、それが友の影のように張り付いて、しかもそれが寝る時もそうだという事に理解が出来ない。
「……あれを…どうにかできないものか」
かと言って、アイティールと同じ部屋というのも不快だ。
堂々巡りは、ここにも存在していた。
「ああ、眠い…もう日記も書けない…」
自分の部屋に入ってボヤけば、ネイロスが筋トレしながら鼻で笑った。
「菓子職人になるための修行に熱が入っているじゃないか」
「…ネイロス…僕は毎日、お菓子を作っているわけじゃ無いってば」
ローブを脱いで文句を言えば、ネイロスは腕立て伏せをしながら息も乱さずに会話する。
「あんな見たことも無い菓子を作るなら、ここよりよっぽど向いてる。そうか、士官ではなく求人の間違いで来たのか。今からでも遅くないぞ」
…そんな嫌味言う?
いや、ネイロスの事だ。危ない事より安全に堅実に生きろ。と言いたいのかもしれない。もう!素直にそう言えば良いのに!
「…僕は僕のやりたい事をします。それには、法術師になって君を助ける事も含まれるんだからね?」
そう答えれば、ネイロスは押し黙った。
…勝った!…だからなんだって事だけど。んー…でも…
「…ネイロス、ポテチ嫌いだった?」
ふと、聞いてみた。
「なんだ。そのふざけた言葉は」
筋トレを続けながらネイロスの眉間にシワが寄った。
これは筋トレがツラいせいじゃないな…。
「あのお菓子の名前。…ねぇ、嫌い?」
再度、聞いてみる。もとはと言えば、ネイロスのお礼に作ったものだ。他の人のウケが良くても本人が気に入らないなら意味がない。
「…マズくは無い」
ネイロスは曖昧に答えた。
「じゃあ…好き?」
首を傾げて確認すれば、ネイロスの筋トレはピタリと止まった。
「……………」
「………。ネイロス?」
おーい。どした?その中途半端な姿勢は、かなり負荷がかかっているんじゃなかろうか?ワザとなの?
「……バカか」
ネイロスは頭を振って吐き捨てると、立ち上がって「寝るぞ」と寝支度をし始めた。
えーーー。マズくは無いってどっち??ポテチ、好きなの?嫌いなの?素直じゃないなー!もー。
仕方ない。私も寝支度するか…とベッドを見れば、すでにタナトスは私の寝床に潜り込んでいた。
「……タナトス……また…」
ねぇ、それ、私の入るスペースあるわけ?…と言うか、私は男の人が寝ている自分のベッドに自ら入らなきゃならないわけ?
「…勘弁してよ…」
屈辱。なに、この理不尽。
着替えを手にとりあえず足を運べば、ネイロスが釘を指した。
「部屋から出るな。出るならそいつを必ず連れて行け」
ええ…?!な、なに、この理不尽パート2。
しかし、無視して部屋を出ようとしようものなら見張るネイロスに、実力行使で引き止められそうで…
私はため息を吐いて部屋の灯りを消した。見えなければ多少はマシだ。
ゴソゴソと暗い中で手早く着替えると、ベッドに入った。
とは言え、見えなくても居るのは確かなので…入ればすぐにタナトスは抱き枕のように抱えてくる。
「…タナトスー…まぁ、いいや。もう…」
言ったところで改めないでしょ…狭いけど!
もう、眠いのでほっとく。文句言う時間も惜しい。寝かせて。疲れた。
私は、開き直って眠りに入った。目を閉じれば眠気は暴風のように私の意識を吹き飛ばしていた。
朝、少し早めに起きて身支度をすると厨房に顔を出した。
そこはすでに調理師の人たちの戦場だ。邪魔にならないように、裏口の隅でみんなの分のジャガイモを剥いて下準備をした。
「なんだあんた。いつのまに来たんだ?」
ベイクさんが私に気付いて驚いた。
「おはようございます。お邪魔してます」
人との円滑な交流には、最初の挨拶が1番だ。
「そうしてると、まるで調理師の見習いみたいだな!」
からかうように言って笑うベイクさんに、笑って答えた。
「いずれにせよ僕は1年生ですから、立派な見習いです」
「今日もあれを作るのか?」
「はい。昼間に…油と場所をお借りします」
ベイクさんは良いともダメとも言わずに仕事に戻った。
実技の時間を使えないなら、こういう時間で準備しないとポテチは作れない。
スライスして洗ったジャガイモチップを天日に干して後片付けすると、私は朝食返上で授業に出た。
白竜の教室では授業前の時間で、ニックが小刀で器用に小さな木箱に模様を刻んでいた。
「へぇ。ニック、上手だね」
細かな模様は全て揃いの大きさで整然と刻まれている。
「まぁな。俺、こういうのは得意なんだ」
ニックはカリカリと無心で小刀を動かしている。
物を作るのは楽しい。それが自分じゃなくても、誰かが集中して何かをしていれば、その空間は貴い。
ジッと作業を見守っていると、うずうずしてくる。
午後は…私も何かする事を見つけておかないとな…。
先生から実技中は教室での待機を命じられたから、大人しく邪魔にならない事がいいだろう。
やがて午前の授業を始める鐘がなると、現れたローズ先生はその見た目、態度からして…すこぶる機嫌が悪かった。
姿こそ今日も麗しの女装が決まっているが…一挙手一投足が…全てに苛立ちを訴えている。
「(なぁ…なんか先生、機嫌悪くないか?)」
ニックがコソッとアッシュに耳打ちする。
「(ああ。なんだ?何かあったか?)」
アッシュこちらを見て、おまえ知ってるか?と無言で聞いてくるので、首を振った。
しかし、先生は緋色の目で私を睨む。
「(え、ええ…?今日はまだ何もしてませんけど…?)」
朝、厨房に行ってジャガイモ剥いたくらいだし。それくらいセーフでしょ?ポテチを作るなとは言われて無いもん。
心当たりが無い事や、怒られて無い事をビクビクしたってしょうがない。
他人の機嫌を取っていたらキリが無いから、自分の機嫌だけ引っ張られないようにしておかないと。
昼は干したジャガイモスライスを揚げる作業が残っている。
「(ニック達の他に、誰かあげてない人いたっけ?)」
タナトスの分とは別に先輩に取られるのも想定して多めに切ったけど…
ちなみにタナトスは準備段階でジャガイモ4〜5個を自ら箱から取って持ってきた。
もちろん持ってきただけで、自分で剥いたり洗ったりしないけど!
タナトスが授業をサボっている黒竜にも、代わってお詫びしたいところだけど…きっと、メルセデス先生にあげたら怒られるだろうなぁ…。
なにせ非黒竜3原則がある。
コソッとわからないようにタナトスの名前で置いておくのも…いや、バレるな、こりゃ。
『先生、いつもすみません。タナトスより』って、めちゃくちゃ似合わない。
ちょっ、想像しといて可笑しい。
私は笑いを堪えて顔をおおった。
「スレイプニル!何がおかしい?!聞いているのか?!」
途端に先生のカミナリが落ちた。
え、えぇ…?!早く無い?今の一瞬で?
「は、はい。…すみません…」
びっくりして、顔をあげれば先生は更に不機嫌だった。
ま…まさか…メルセデス先生を想像しただけで、責められるのだろうか…?
それはそれでスゴイ。なんだろう、この超過敏な感じ。気配だけでわかるって…メルセデス先生は、黒い害虫か。
そんなこんなで、午前中は非常にピリピリした空気で終わった。
不機嫌な先生が教室から去り、昼の時間になれば全員が息を吐いた。
「ぅああーーー。今日の授業、なんだったんだ?」
アッシュが辟易として机に突っ伏した。
「あんなに不機嫌な先生、今まであったか?」
ニックもうんざりしたように言った。
「ニルなんか、めっちゃ当てられてたよな」
ロンが同情して言った。
「そうだよ!おまえ!また何かしたんだろ?!」
アッシュが断定的に言ってきた。
「なんでさ!僕は何もしてないよ!…しいて言えば、授業中にちょっと黒竜を思い出しただけで…」
反論する語尾はちょっと弱い。
「おまえ…そういうの、ヤメろよ…」
ニックが呆れて言った。
「ええ?!思い出すのもダメなワケ?そんなの横暴だ!」
「大体、なんで黒竜思い出してんだよ…」
アッシュが呆れて聞くから素直に答えた。
「いや、タナトスが黒竜の授業ずっとサボってるから、詫びポテチでも必要かな…と」
「はぁぁ?!おまえ、アホか!!なんでそれでおまえが用意すんだよ?!」
「いや、一応…『いつもそちらのタナトス君にお世話になってます』…的な…?」
「おまえは近所のオバちゃんか!!」
うわー。すごいキレの良いツッコミ。ありがとう、ニック。
「そもそも、タナトスって黒竜対策だよね…お世話も何も無いと思う…」
普段、大人しいアーノが正論を言った。
た、確かに。
「…じゃあ『先生いつも授業サボってすみません。タナトスより』ってのは?」
続けざまに提案すれば、一瞬の間のあとに全員が爆笑した。
「に、似合わねぇ!!絶対無いだろそれ!!」
「そんな丁寧な死神むしろ怖いだろ!!」
みんながお腹を抱えて笑う中、タナトスは無言で懐から薬を取り出してバリバリと砕いて飲み込んだ。
「…だよね。僕もそれを思い付いて授業中に堪えてたんだよね…」
しかし、先生の反応早すぎ。音も無く堪えたのに。見てたの?!
「つーか、黒竜なんかより!俺たちの分は?!」
ひとしきり笑ってからのアッシュの問いに、全員が私を見た。
「あ。大丈夫。今朝準備しておいたから昼休みに揚げればみんなで食べられるよ?」
そう伝えれば全員がホッとした。
「ニル!!いいか?今日は先輩に奪われるわけにはいかないからな!?」
アッシュの目が気合い充分だった。
「あ、ああ…うん、そうだね。じゃあ、コソッと食べよう?」
「よっしゃ!!どこが良い?!」
「うーーーん…やっぱり、ここじゃ無い?」
白竜の1年の教室なら、他の組の目も無い。
「よし!じゃあ、ニル!運搬には死神同伴で頼むぜ!!」
ニックはタナトスにポテチの護衛を期待した。
「…まぁ…タナトスもポテチ、好きだしね…むしろ、自分の分を確保するくらい」
そう答えれば、みんなの期待は嫌でも高まったようだ。
「うわぁぁー、俺、昼メシどうしよう?!やめとくかなぁ?!」
アッシュが悩ましそうにそう言うから、「あ。ポテチはパリパリ軽いから、ご飯は普通に食べた方がいいよ?」とアドバイスしておいた。
油で揚げたハイカロリージャガイモは、そのカロリーのくせにガッカリするくらい腹持ちが悪いんだよね。
それから昼食を簡単に済ませて、厨房で天日干ししたジャガイモを揚げていく。
しっかり干せたから今日のポテチはパッリパリだ。塩を振ってなじませる。
「タナトス。今日のポテチ、すごくパリパリになったね」
味見をすれば、良い出来だ。タナトスは味見をして、自分の分のポテチが冷めるのをジッと待っている。
ポテチを油からあげていけば改めて思い出した。
昨日、火傷したのを先生に治してもらって…その後、本気で嫌がったのは結構、感じが悪かったかも知れない…。今更だけど…。
いや、弁解させて頂くならば、男性から急にシャツに手をかけられたらそりゃ、そうよ?
しかし…同性だったらどうなの?これ。かなり、感じ悪くない?
善意に張り手されたくらいの衝撃?そこまでじゃない?え。どうなんだろ…?
いや…だって…本当に困るんだもん…。あの場ではしょうがなく無い?
それにはあくまで、こちらの視点では。という注釈が入るわけだけど…。
「………う、うーん…」
こ、これは…ローズ先生にこそ詫びポテチではなかろうか?
「(…でも…先生…今日、MAX機嫌悪いんだけどなぁ…)」
そもそもポテチくらいで先生、喜ぶかなぁ…?
いつも凛とした先生がポテチを食べるイメージがあんまり無いんだけど…
地雷踏むかも知れん…ど、どうする…?
私は、出来上がったポテチを仕分けしながら、行く、行かない。をグラグラと悩んだ。
「お待たせー」
とりあえず、白竜の教室にポテチを無事に運べば、みんなの目は輝いた。
「おおおおおー!!来たーーー!!」
「どれ?どんなの?!…コレ?!薄い!何これ?!」
「こんなペラペラなのか?!」
ワッと集まってしげしげと眺める。まぁ、みんなそうだよね。
ちなみに、タナトスはすでに自分の分のポテチを油紙の袋に確保していて、背後で1枚づつゆっくり食べている。
マックはすでに砕けたポテチを味わっているからか、速攻で口にしていた。
パリッとしてボリボリ食べればジャガイモと塩気がベストマッチだ。
「うっま!!」
「イモだ!!イモより、イモだ!!」
い、いや、正真正銘のジャガイモでしか無いよ?ニック。
「パリパリしてる!!」
「うわ!これ何枚でもイケる!!」
そうだよね。そこがポテチの恐ろしい所だよ?ロン。
「それじゃ、僕…ちょっと先生んとこ行ってくる…」
気は重いけど、やっぱり行く事にした。
「え?なんで?何しに?今日の先生、最悪に機嫌悪いじゃん」
アッシュが不思議そうに聞くから、
「う、うん。そうなんだけど…ここはひとつ先生に詫びポテチを…」
そう答えれば、アッシュは眉をひそめた。
「おまッ!!やっぱりお前が原因なんじゃねぇの?!」
「い、いや?!そうかも知れないけど、そうじゃないかも知れないじゃん?!」
お願い違うと言って。
「いやーーー…?ほぼ、おまえ関連じゃねぇの?先生、おまえに一喜一憂してんじゃん」
「ニル。行って来い。ほんで、先生のご機嫌取ってこい!」
パリパリと口を休めず、アッシュとニックがさながら犬に、取ってこい。をさせるように扉を指差した。
「…ひ、ヒドイよ…僕、頑張ってるのに…」
私は何も問題を起こそうという気は全く無いのに…頑張ってこれか…。
「まぁ、食いモンもらって悪い気はしないだろ?怒られそうなら逃げて来ればいいよ」
ロンがポテチを両手に確保しながらそう言った。
「う、うん。行ってくる…」
そうして私は、重い足取りで職員室に向かった。




