第19章 様々な事を…知りたいと思いませんか?
「これ、今からじゃ遅いし…朝に配ろう…」
ネイロスにもらったひと抱えもあるお菓子の入った布袋を私はベッドのそばに置いた。
あんなに怖いと思っていたネイロスが、実はとてもいい人だった。
ネイロスは真剣に私の悩みに答えてくれた。そして、あんな勝ち方をした私に、お礼を言って、子供が死ぬのは嫌だと言う。
私は子供じゃ無いけど、ネイロスからしたら侍童と変わりないのかも知れない。
それに…袋いっぱいのお菓子は誰かに用意したものだ。思い付きで言った侍童に配るという言葉に、ネイロスは一瞬バレたって顔をして、わかりやすい。
ああ。ジャイアントネイロスはいつも怖いけど、いざと言う時は決まって優しいボスなんだ。それがわかってすごく嬉しい。なんだろう?なんでかわからないけど、とても良い事を知ったみたいな。
私は机に向かうと日記を書いた。
初めての範囲回復。デッキブラシみたいな棒は媒介っていうモノになるらしい。クセになるといけないから完全に習得するまでは使っちゃダメ。それと、治癒の法術が今日で出来なかった事…手順は何も間違って無いのに出来ないのは…もしかして自分に治癒は出来ないのかも知れない…けど、アイティールやネイロスが励ましてくれた事。
先生に言った超速移動の補助魔法については日本語で書いておこう。
カリカリと書き連ねると、ノックも無く部屋の扉が開いた。タナトスだ。
「あれ?タナトス。どうしたの?今日は自分のベッドで寝るんだよね?」
アイティールと話をしている時からゴロゴロと寝転がっていたから、そのまま置いてきた。
「…枕が来ない」
「……。え?…まさか待ってたの?」
タナトスは私のベッドにゴロンと横になった。
「…タナトス…悪いけど…僕、これからシャワー浴びたいんだよね…」
散々、泣いたし顔も洗ってサッパリしたい。
「………」
タナトスはさも大げさに、ため息を吐いた。まるで、こっちがワガママを言っているかのようなめっちゃ責めた感じで。
そんなんされたって、こっちは約束したわけじゃ無いもん。
「じゃ、そういうわけで」
私は手早く本を片付けて、着替えとタオルを掴むと扉に手をかけた。
「…おい。今から行っても、もう火は落としてるぞ?バカはまた水で入るのか?」
ネイロスが引き止めた。その言葉は今となっては意地悪に聞こえない。ネイロス流「風邪ひくぞ」だ。
「うん。全然、平気。じゃあ、行ってきまーす」
私は意気揚々と部屋を出た。
「お、おい…」
ネイロスは引き止めたかった。なぜなら…
この死神を置いて行くんじゃ無い!!
たかだか1人、部屋から抜けただけでネイロスはその重圧に汗が出た。
ハートのキング。あの自信が無くナヨナヨしている未成熟な奴がいなくなっただけで、死神のいるこの部屋はまるで処刑場のような空気感になる。
なんでだ?さっきまでこんな空気じゃ無かったのに…。
ネイロスが身動ぐ事も躊躇っていると、その死神はゆらりとベッドから身を起こし、フラフラと部屋を出て行った。
その扉が閉まると、ようやくネイロスは息を吐いた。
「ああー!サッパリした」
悲しい事まで流せたような清涼感に私は人心地だ。
ちょっと暑いくらいの肌に、風を感じたくて中庭に出た。
「あー…気持ちいいー…」
星月の明かりを見上げて、夜風に当たれば心が澄んでいく。
まるで降ってくるような夜空いっぱいの星々の輝きは、無数過ぎて星座を探す気にもならない。というか、そもそも夢の中とはやっぱり違う星並びなんだけど。
「(こりゃ、プラネタリウムなんて発想はこの世界には無いなぁ…)」
夜、外に出ればいくらでも星々を見ることが出来るのだから。
夜空を埋め尽くすように広がる光の粒は法術の光みたいだ…。
「…………」
私って、本当に治癒の法術を出来るようになるんだろうか…?
優しい夜風にあたりながらもう一度、集中して法術を練り上げる。
誰を癒すでも無い両手は法力が見やすいよう、すくうように空に向けて。
淡い光の粒が生まれてはポワッと舞い上がり、細かく砕けてキラキラと周囲に散った。
風達がそれに気付くと面白がっていろんな所へ運んでいく。微かに精霊のご機嫌な笑い声がした。
風の精霊は自由気ままで、好奇心旺盛で、感情豊かだ。
法術の光は生み出したそばから、風達によって私の周囲で光の粒をクルクル回したり、舞い上げては降り降ろしたして好き放題遊びだした。
「(…君たちの玩具を作っているわけじゃ無いんだけど…)」
どんなに立て続けに作っても、手応えは無い。全て霧散してキラキラと散っていく。
「…あぁ…本当に…どうして…出来ないんだろう…」
ため息と共に肩を落とし、私は中庭を後にした。
職員会議の席でローゼフォンは今日の範囲回復の経緯を他の職員に説明した。
いくら媒介を使ったからと言って、講義を盗み見ただけでの初見であんな事が可能なのか、白竜のみならず他の組の講師も教頭も校長も唸った。だが、疑おうにも皆その光の雨を浴びたのは事実だ。
「その生徒は、赤竜のキングにも勝ったというのは事実かね?」
教頭の言葉に、ローゼフォンは無言だ。赤竜顧問リオト・ベネトルシュが「事実です」と短く答えた。
「白竜が?…赤竜のキングに?信じられん…」
教頭は眉を寄せた。
「あれは…おそらく…いや、大したものです。あれではいくらネイロスと言えど、彼に勝つ事は出来ないでしょう。…ですが、彼は実に白竜らしい。ネイロスに勝ち、和睦を申し出ました。もう、争いたくは無い。だそうで」
リオトは何かを言いかけて、それを肯定に変えた。話の後半は苦笑している。
リオトは見たのだろうか?スレイプニルが補助魔法を使ったという所を。見たとしたら…何か気付いているかも知れない。
「…なるほど…では、今期の模擬戦での特別枠はもう、彼で決まりそうだな」
「いえ。それにはまだ時期尚早です」
ローゼフォンは否定する。
「なぜだね?」
校長が問えば、ローゼフォンは答えた。
「彼はまだ治癒の法術が出来ていません」
「…………」
その言葉にそこに集まった職員25人が押し黙った。そして周囲の顔を見合わせてざわつく。
「…そんなバカな。あれだけの広範囲回復が出来て、なぜ治癒が出来ないんだね?」
教頭が困惑した。
「それに関しましては…彼の個性と言うか…そもそも進みが早すぎて自制させていたくらいです。今回の件でも、故意にやらせたわけではありませんので、再び試して出来るかどうか…」
「そういうものなのか?…いやはや…しかしこれは…本当に逸材だな…教皇猊下が自ら見にいらっしゃる理由もわかる…」
校長は唸った。メルセデスは糸目だがその顔は笑ってはいない。ハッキリ言えば、つまらなそうだ。
「……先生」
ふと、白竜講師のシェダル・ツィーが何かに気付きローゼフォンを呼ぶと、窓の外を指した。
わざわざ呼ぶほどだ。
視線を向ければ、光の粒がふわふわと夜の空を漂っていた。
ローゼフォンが窓を覗くと夜の闇に細かな光がキラキラと乱舞していた。
その元をたどれば、中庭で1人、白いローブの少年がその両手に無数の光を受けていた。いや、実際には光を生み出しているのは彼だ。
すくう両手には、生み出しては細かく霧散する光。白いローブを風に揺らしながら、少年のその周りを風が祝福するように光を舞い上げ運んでいる。
「…………」
ローゼフォンに続き、職員がそれぞれ窓から覗いて、その光景を目にしては感嘆した。
「これは…見事だな」
「あれは法術か?」
「…ローゼフォン…彼は…本当に…彼、なのかね…?」
その光景に、ふと教頭が感嘆混じりに聞いてきた。
「?…どう言う意味でしょうか?」
ローゼフォンがその言葉の意味を図りかねて率直に聞いた。
「いや…いや…聞いただけだ。うん…うーん…。なんだか…その…女の子、みたいだね。私の娘はちょうど、あれくらいだよ?」
「…は?」
ローゼフォンは瞬いた。
「教頭。彼は昨日、半裸でネイロスと組手をしましたから。男です。見た目はあれでも肉体は鍛えてますよ」
リオトが苦笑しながらも、スレイプニルから目を離さずに答えた。
「…そうか。でも、あの子があのネイロスに勝ったのか?いやぁ…それはそれで見て見たかったなぁ…」
教頭は役職を忘れて呟いた。
「………」
ローゼフォンは今日、自分には治癒が出来ないんだ。と、ぼろぼろ泣いた少年を思い出した。
そして、窓から食い入るように見るメルセデスの見開かれた両目が見えて、その物欲しそうな目と引き上がった口角に、苛立ちと不快感がこみ上げた。
「ああ…終わってしまったね…」
見世物が終わったように校長が呟いて、目を向ければスレイプニルはガックリと肩を落として中庭を去って行く。
「…でも、あの調子じゃ、明日にでも出来るんじゃないか?」
教頭がローゼフォンに問う。
「……。さあ?どうでしょうか…」
ローゼフォンは明日の天気でも聞かれたように答えた。
「ただいまー」
部屋に戻れば、ネイロスは筋トレしていた。
「(はっ!そうだ…筋トレ…)」
忘れてた。
「おい。おまえ」
ネイロスがジロリとこちらを見た。
「え?なに?」
「あの死神を置いていくのはやめろ。どこか行くなら必ず連れて行け」
切実に言うネイロスに私は苦笑した。
「でも、何もしないでしょ?」
「そういう問題じゃない!…なんだ?」
ネイロスは何かに気付いて、それを探して目が動いた。
「…なにが?」
「なんか…草のにおいがする」
「草…?…ああ、それ、僕だ。多分」
クンクンと自分の腕を嗅ぐ。シャワーの後に持参のハーブオイルで保湿した。
「…おまえ…香油なんか使うのか?」
ネイロスが眉をひそめた。まぁ、香油といったらバラとか柑橘とか…お金持ちの貴族や女性が良く使う。
「香油…っていうのかな…これ。抗菌作用があるんだよ。あと、虫刺され予防や痒みや炎症をとったり、ストレス軽減と頭痛を抑制、あと安眠…」
実は生理痛とかにも良い。今は必要ないけど。なかなか優秀でしょ。
こっちは夢の中と違ってシャンプーやリンスが発達してなくて、全部石鹸1個なんだよね。髪や肌は保湿しないとカサカサ、キシキシしちゃう。だからみんな頻繁には入浴しないんだな…それに、夢の中の日本みたいに気候が高温多湿ってわけでも無いから頻繁に入浴しなくても気にならないのかも知れない。
そんなこの世界でも、入浴文化のあるアルカティア人って変わってると思われただろうな。
「その香油1つで?…おまえ、やたら詳しいな…」
「うん。僕の家で使ってたから」
「お前の家…?」
ネイロスは「そう言えば…」というような顔をした。
「そう。師匠が薬草に詳しかったから」
「師匠…」
ネイロスが続きを聞こうとしたところで、部屋の扉が開いた。
「…枕。寝る」
いそいそと入って来たタナトスに、ネイロスが、うっ。と引いた。
「ちょ!…なんで僕の所なのさ!自分の部屋で寝なよ!」
というか、どこにいたんだ?見てたみたいに戻ってくるタイミング早いな!
私の文句など全く意に返さず、タナトスは私のベッドに潜り込んで行く。
「ちょっと!!やめてってば!そこは僕の寝床なんだから!」
阻止しようと黒いローブをグイグイ押せば、腕を引かれてあっという間にベッドの中に捕獲された。
「ね、ネイロスさぁぁぁ〜〜〜ん!これ、どうにかして下さい!」
「…おまえ、自分で言ったろ。おまえに勝てるのはアイティールか、タナトスだって。おまえに負けた俺が敵うわけないだろうが」
ネイロスはうんざりとして言うと自分のベッドに入って、照明の蓋をためらった上で、閉めた。
「ちょっと、タナトス。狭いからあんまりくっ付いて来ないで」
暗くなった部屋で奴の不満そうな声がした。
あの死神がくっ付いてくる?最悪だ。寝られる訳がない。と言うか生きた心地すらしない。
「うわぁ!!」
なんだ?!
「…どうした…?」
「…な、なんでもナイ…」
なんだ…?その苦々しい声に、余計にビビるな…。
しかし、やはり不思議とあの処刑場のような空気が無い。死神がいるのに部屋の照明を落とせるくらいに。
部屋にわずかに香る草のにおいは、ガキの頃に遊んだ原っぱのにおいがした。
結局、私は自分のベッドでタナトスと寝るはめになった。
「ちょっと、タナトス。狭いからあんまりくっ付いて来ないで」
しかも、タナトスはやたらとくっ付いて来るし。ちょ!…におい嗅ぐのやめて。シャワー後だけど。
「うわぁ!!」
「…どうした…?」
ネイロスの声がした。けど…これは…
「…な、なんでもナイ…」
言えるワケが無い…タナトスが、直にお腹触って来たなんて…。
タナトスは満足そうに息を吐くと、スーと浅い眠りに入ったようだ。
あ!これは…もしかして、あれじゃない?…ハーブオイル効果じゃない?
気が付いたわ。なぁるほど!安眠効果もあるからね。
明日、タナトスに分けてあげよう…。
そしたら自分のベッドで寝てくれ。ホントに。狭いし。寝返りうてないのツライ。
私は温かくなった寝床で、ストンと眠りに落ちた。
夢の中でも何かと学生は忙しい。
そうして、ユルユルと眠りから意識が戻ればボヤけた視界には黒だ。何度か瞬いて眠気を飛ばせば、それが闇ではなく黒い色だとわかる。室内は明るい。けど、起きるにはまだ少し早い頃合いか…。
「………」
?なんだろ…これ?
近過ぎてわからない。引いて見ようと、もぞりと身動ぐと余計にギュッと近付いて来た。
「………」
これは…黒ローブだな…。あれ?私、背中向けて寝てなかったっけ?寝返りうった…?あーもー…狭いんだから…。
「………」
いや…っていうか…なんで私は寝てる間に向き合って抱えられてんだ…?もう、これ本当にさ…どうかと思うんだよね!!
再びモゾモゾと寝返りをうって背中を向けると、首を甘噛みされた。
「?!…………!?」
驚いたけど寝起きだし、声が出ない。
しかも、1回目と違って長くない?!
ちょ!何すんの!!放せー!
「うわぁ!」
ーーボトッ。
急に放されれば、自らの意思でベッドから落ちた。
「な…なななな…!!」
私は床に座り込んだまま、自分の首を押さえた。
「……うるさいぞ」
ネイロスがムクリとベッドから起きた。
「……おまえ…寝相悪いな」
眉を寄せてネイロスが床に座り込んでいる私に言った。
「ちがっ!…ちょっと!タナトス!」
文句を言おうと立ち上がればタナトスはフードをかぶったまま素知らぬ顔で横になっている。
そして、「…やれやれ。おまえはいつも落ちるな。ほら、戻って来い」と言わんばかりに布団の端を持ち上げた。
「……誰が、戻るもんかッ…!」
そこは私のベッドだよ!!お前が出ろ!!
しかし、目の端に昨日ネイロスにもらったお菓子でパンパンに膨らんだ布袋が見えて、そっちに気が向くと私は着替えと洗面用のタオルを掴んで部屋を出た。
侍童の朝食は早いから、ちょうどいいや。支度して着替えちゃおう。
「……誰が、戻るもんかッ…!」
奴が苦々しく言い捨てて起きる支度をしに出ると、死神の周囲の空気は何とも不快な…まるで子供がひどく虐待されているような空気になった。
ネイロスは、その空気に不安感と不快感がヒタヒタと迫り、とても寝ていられない。
…だから言ったじゃねぇか…コイツを置いて行くなと…。
ネイロスは朝から物凄く重い重圧に、密かに息を吐いた。
枕が逃げると、タナトスは不満だ。
ようやく獲られたまどろむ浅い眠りは、枕が無いとやって来ない。
どこか懐かしい優しい匂いも、ずっと嗅いでいられる甘い匂いも、ぷよぷよでムニムニの柔らかい感触も、触れればどこも滑らかで温かい。それが呼吸していて…生きている事で得る全てが心地よいから、死にたいと乞われても叶えてやらない。
枕があるのと無いのでは全然違う。それなのに。
良い枕だと褒めればなぜか怒る。目的を果たせば去ると言った枕を思い出して抱えれば、枕は逃れようと落ち着かない。
ずっとタナトスの側にいたクルートを真似して、言う事をきかない時は首を噛んで教えても、枕は全然理解しない。
それは自分にクルートのような立派な犬歯と大きな口が無いからだろうか?
タナトスは充分譲歩しているのに…枕はなかなか使わせてくれない。
不満だ。一度で良いから気が済むまで熟睡させてくれ。
この脳内に常に広がる濃い霧が晴れたなら…タナトスがずっと引っかかっている死ねない理由がわかる気がするのに。
「おはよー」
ひと抱えあるお菓子の布袋を抱えて、朝食をとっている子供達の前に出れば気分はサンタクロースだ。
「…スレイプニルさん?どうかしましたか?」
ケイン君が慌てて近寄って来た。
「あー、うん。実はみんなにプレゼントがあるんだ」
私の言葉に子供達は一様に興味を持つ。
「ネイロスがね。みんながいつも頑張ってるからお菓子をくれたよ。全員に配りたいんだけど、全員いる?」
わぁ!と子供達の目が輝いた。
「順番だよ。全員で何人?…あ、じゃあ、えーと…1人3個ずつだね。はいはい。配るから全員着席ー」
配り終えると、一人一人反応が違う。すぐに食べる子が多いけど、取っておく子もいる。
「じゃあ、みんな、ネイロスさんに会ったらお礼言っておこうね」
私の言葉に、子供達の中から「え。怖い…」と言う声が出た。
「大丈夫だよ。僕も怖かったけど、実は良い人だったんだ。みんなにお菓子を用意してくれるような。それに、遠くからでも軽くでいいんだよ」
ぺったんこになった布袋をたたんで私は言った。
お菓子を頬張る子達は素直に頷いた。その嬉しそうな顔に閃いた。
「あ。そうだ!僕、思い付いた!」
うん。これ、面白そう!
「…なんですか?」
ケイン君が不思議そうな顔をして聞く。
「みんなで、お菓子作ろう!しかも、誰もが好きでみんな夢中になるやつ!」
「…え。僕達が?」
ケイン君は目を丸くした。
「うん。これは簡単だからすぐ出来るよ。でも、材料と厨房の許可をもらわないとダメだね」
うーん…材料はこっちで用意するとして…厨房の許可をもらいに行かなくちゃな。
「そしたら僕、準備するから準備が出来たら時間のある子は手伝ってくれたら助かるな」
「いつですか?」
ケイン君は積極的に聞いてくる。
「うーん…材料の調達もあるから…また昼に連絡するね。ふふ。これ、美味しいからハマっちゃうと大変だよ?」
なにせ、夢の中の超文明では世界的人気だ。でも、この世界では見た事無い。
「じゃあ、僕、準備があるから、後でねー」
私はウキウキしながらその場を後にした。
さて、まずは材料だな。お金は…スポンサーにお願いしよう。多分、そんなにかからない。厨房の使用許可はどこに言えばいいんだ?
とりあえずここから近い、厨房から聞いてみよう。
「はぁ?なんだって?」
厨房で、責任者らしき人に聞くと驚かれた。
「厨房を使わない時でいいんで少しお借りしたいんです。もちろん、終わったら綺麗に片付けます」
「…おまえが?…あ、いや、あなたが何か作ると?」
太ったおじさんは、私を不審そうに見たあと帽子と胸元のバッチに気付いて言葉を改めた。
「はい。僕、美味しいお菓子のレシピを知ってます。材料も簡単で、こちらで揃えますので」
「…とても…信じられないが…」
「では、ご覧になりませんか?僕が何を作るのか。美味しく無ければ迷惑料をお支払いします」
「…ほう!そう言う限りは自信があるんですかな?」
「はい。お菓子ですが、大人も子供も好きな物ですよ。甘いものが好きじゃ無い方も、きっと気に入って下さいます」
こればかりは断言出来る。ワクワクしながらお願いすれば、責任者は少し考えて興味を惹かれたようだ。
「…いいでしょう…」
「ホントですか?!」
「ああ。あなたのそのバッチは…王家とハートのキング…ならば、逆らうよりもお受けしましょう。ただ、厨房は遊び場じゃない。ルールはこちらに従って頂きたい」
「はい!もちろんです。ありがとうございます!では、早速、具体的な利用時間と使用したい道具、あとそのルールも伺いたいのですが…」
グイグイ話を詰めれば、責任者は戸惑っていたが私は構わず話をつけた。そこでは時間も無かったので、大まかな話だけにして、細かな話は昼に持ち越した。
さあさあ、どんどん行くよー!次はスポンサーだ。
「おはよー!アイティール!」
ノックして許可があったから、部屋に入ったらアイティールは上半身半裸にシャツを羽織った所だった。
「うわぁ!着替え中だったの?!ゴメン!」
なら、許可しないでよ!開けちゃったじゃん!
「いや。べつに構わない」
しかし、アイティールは全然、気にしてない。むしろ、「ちょうど良かった。ボタンをとめてくれ」と頼まれるくらいに…。
ええ…。私が?殿下…着替えくらい出来るでしょーが。なんなの?高貴な方々はそうなの?
「…ニル?」
戸惑っていたら、アイティールはやってもらう待ちだ。
ダメだ。こりゃ。やらずに終わらん。
「…僕、前からちょっと思ってたけど…アイティール…君、もしかして細かい作業、苦手じゃない?」
私は渋々、アイティールのシャツボタンをとめるために近付いた。
「…さすがニル。わかっているな」
アイティールは悪びれずに頷いた。
なんか、ちょっと意外だ。アイティールならなんでも、そつなくこなしそうなのに。
「しかし、誤解しないでもらいたい。苦手というよりは極力やりたくないだけであって、出来ない訳じゃ無い」
ああ、はいはい。そうですね、殿下。
アイティールのボタンをとめる時に見えた(…いや、なるべく見たく無かったけど見えちゃうの!)腹筋は割れていて…タナトスのぷよぷよ発言が思い出されてヘコんだ。アイティールの組、青竜は赤竜と黒竜の中間だ。文字通り文武両道。魔法も剣技も授業内容だ。元々、王族として剣技は師匠をつけて鍛えられていたみたいだけど…。
くそ!筋肉め!!待ってろ!
筋肉に対する若干の嫉妬を押し隠すため、サクサクとボタンをとめて、しまい込んだ。
「はい。次、袖かして」
「…早いな」
アイティールが手際を褒めてくれるが、こんなの当たり前過ぎて嬉しく無い。
「あ。そうだ。それで、アイティール…僕、お願いがあるんだけど!」
「…お願い?…なんだ?」
「あとで必ず返すから…お金ちょっと貸してくれない?」
私の言葉に、アイティールは青い目を瞬いた。そしてあっさり頷く。
「ああ。いくらだ?100万くらいか?」
ゴホッ!!
「…アイティール…僕…そんな大金、使う場所無いから…」
ちょっと…金銭感覚の違いに目眩が…。
「なんだ。まとまった金額じゃないのか?それなら自由に使っていい。ロキもそう言っていただろう?」
ええ。はい…聞きました…。王弟ご一家とお別れした後、眠気で朦朧としていた所をロキさんから「入り用な物があれば、グリフォンの証を事務に見せればいい。自由に使って構わない」と。しかし、しかしだよ?
「いや、でも、やっぱり貸し借りはしっかりしといた方がいいし…」
「…それはまとまった額ならな。それにニル、君なら不要だ」
えーと…その少額って…どの辺ですかね?お菓子1個とかじゃなさそうな金額な気がするんだけど。
「僕…ジャガイモ1ケース買いたいんだ」
モジモジと言えば、アイティールは固まった。
「…………ニル。10ケースでも100ケースでも、好きに買うと良い」
いや。さすがにそんなに要らないから。
「あ…ありがとう。じゃあ、2ケースもらう」
良かった。日本なら数千円かな…でもこの世界じゃ、もっとずっと安いかも…。
アイティールは私を不思議そうに見た。
「…え。なに?」
あんまり凝視しないで。そのお顔で。眩しすぎて拝んじゃう。
「ニルは…あまり求めないな」
「え?…そう?」
「欲しい物とか無いのか?」
欲しい物…。夢の中の超文明の物ならシャンプーとか洗剤とか日用品をめっちゃ爆買いしたい。でも、この世界の物じゃ、足りているので特別要らない。特に今は衣食住揃ってるし。
「僕…今のままで足りてるから」
「そうか…だが、今回のジャガイモは欲しい物なんだな?」
「ああ。そう。…僕、お菓子を作るんだ」
「ニルが?」
アイティールが驚いた。
「うん。アイティールの分も作るね。結構、誰にでも受けると思うから」
そうだ。スポンサーのお許しも出たし、事務にジャガイモ2ケースお願いしに行かなきゃ!
「じゃあ、僕、早速事務にジャガイモ2ケースお願いしてくる」
そう言うと、私は部屋の扉を開けた。
「アイティール。ありがとう。食堂でまた会おう」
ニルはそう言ってご機嫌で出て行った。
グリフォンの証を手にして、初めて求めたのはジャガイモ2ケース…しかも、その許可を求めに来るとは…。
野心も物欲も無い清廉な友人に微笑ましくなる一方で、アイティールは不安になる。
万が一、ニルがアイティールの元を去る決断をした時にアイティールにはひきとめる策が浮かばない。
「…もっと、求めてくれた方が助かるんだが…」
なぜ、彼は…いつも、少し遠いんだろうか…いや、友達とはこういうものなのか?
アイティールは青竜の教室で、ニル以上の友を得る事が出来ていない。故に判断がつかない。
しかし、ニルはどうなんだろうか?
白竜という組がそうなのか、ニルの同期や顧問、3年生はニルに気安い。特に3年生は一方的とは言え、ニルと肩を組んで笑いあえる事はアイティールにとって羨望だった。
どうしたらそれを出来るのだろうか?
「…友達というのは…勉強以上に難しい…」
アイティールはため息を吐き、青いロングチュニックを着ると部屋を出た。
ジャガイモ、じゃがいも、ポテポテトー。
フンフンと変な即席鼻歌を口ずさみ…いや、鼻ずさみながら、事務でアッサリとジャガイモが手配されて私はご機嫌だった。
下準備が大変だから、そこはだれか手伝ってくれると助かるなー…。
「ご機嫌ですね」
ふと、声をかけられた。見れば、黒緑のローブを着た笑顔の先生…
「あ。黒竜の…メルセデス先生。おはようございます」
立ち止まり、会釈した。
「ええ。今日も面白い事があるといいのですが」
ニコニコと笑う先生はそう言った。
「面白い事…ですか?」
はて?それはまぁ…そうですけど…。
「ええ。例えば、校舎丸ごと範囲回復されるような」
うぐ!こ、これは…わかりずらい遠回しの説教…なのか…?
「そ…それは…す、すみません。以後気をつけます…」
「いいえ!気を付ける事などありません。むしろドンドンやりなさい」
は?いや、さすがにそれは…っていうか、もう出来ないかも知れないし…
「えー…と…さすがにそれは…怒られちゃうので…」
「おや…誰が怒ります?ローゼフォンですか?なぜ?」
黒竜のメルセデス先生は、心配そうに聞いてくる。
「…やっぱり…その…僕が勝手に先輩の授業を盗み見てやった事だし…他の教室にも迷惑に…」
申し訳なく言う私に、メルセデス先生は首を振って悲しい顔をした。
「そんな事はありません!君は悪くない。誰も学びたい気持ちを邪魔する権利はありませんよ?そう思いませんか?」
「!!…先生…それ、僕も思ってました!」
瞬いて頷けば、メルセデス先生の目が少し見えて、先生は嬉しそうに口角をひきあげた。
「先生、タナトスが昨日、法術に興味を持ったんですよ?それって良いですよね!」
「……タナトスが?…そうですか…そうですねぇ」
あれ?先生?あんまり関心ないのかな?
「先生は…タナトスが法術に興味を持った事は反対ですか?」
「いいえ。そんな事はありません。ただ、法術は我々には使えませんから…講師としては寂しいですね」
ああ。なるほど。確かに…。タナトス、黒竜の授業に出てないみたいだしな…。
「タナトスはいつもどこかに行ってしまって、まぁ…それもgiraffe病ならば、ある程度は仕方がないとは思いますが…」
「……そうですね…」
タナトスは勉強よりも、まずは熟睡したいだろうし…。
「タナトスには才能も魔力もありますが、学ぶ気持ちが無いのが至極残念です。あれで、やる気があれば、私は非常に嬉しいのですが…想像出来ますか?」
タナトスが?やる気になった姿…?
想像してみた。…ら、めちゃくちゃ似合わなかった。タナトスが「勉強するぞ!」とか言っちゃうわけ?
「あはははは。先生、それ無いです!すごく、似合わない!」
むしろ、可笑しい。やる気に溢れたタナトス?!無い無い!
私が笑うと、メルセデス先生も芝居かかった、ため息を吐いた。
「そうでしょう?ですから、私も彼に求めるのは諦めています」
そう言う割には機嫌がいいメルセデス先生はニコニコとして身を詰めてくる。
「君はどうですか?」
不意にそう聞いてきた。
「?…僕ですか?」
首を傾げれば、メルセデス先生は私を凝視した。
「スレイプニル…様々な事を…知りたいと思いませんか?」
メルセデス先生が顔を近付けて意味深に囁いた。
「様々って…」
何を…もしかして…。
「スレイプニル!!」
怒号のような声で呼ばれて、びっくりして振り返れば廊下の先で赤毛の白衣を着た人がいた。ローズ先生だ。
え?なんか、怒られるような事したっけ?!
「来なさい!!」
ええッ…めっちゃ怒ってない?怖!なに?なに?
「あ、あの、メルセデス先生…すみません。僕…なんかしちゃったみたいで…」
「構いませんよ。辛くなったら話を聞きます。いつでも、どこでも、いらっしゃい」
ニコニコと笑顔の黒竜の先生に会釈して、慌ててローズ先生の元に行けば、先生はとてつもなく不機嫌だ。
「…あ、あの…僕…何か…?」
おずおずと聞けば、先生は苛立ちながらため息を吐いた。
ええ…そんなダメダメ感満載で?全然、心当たりが無いのですが…!?
先生は何も言わずに私の手を掴むと、そのままぐいぐい引っ張って歩き出した。
え?は?ど、どちらに…?
連れて行かれたのは、なんて事無い。中庭のそばのテラスだ。朝食前の時間は誰もいない。
先生は立ち止まると、私を見下ろした。
「おまえは法術師になりたいんじゃないのか?」
そう言う先生の緋色の目が私を責めている。
「…え。あ、はい。法術師になりたいです」
「ならばなぜ、メルセデスと話をする?!」
「それは…話しかけられましたので…挨拶を…」
「無視しろ」
は?…いや、いやいや…先生?それはちょっと、どうかと…
「そ、そういうわけにも…」
「構わない。あいつとは、話をするな。視界に入れるな。近寄らせるな。法術に専念しろ」
な、なんか非黒竜3原則みたいなの出た…。
「専念…それは…そうなんですけど…」
「けど?!なんだ?!」
「さすがに、その…先生に対して無視するわけにも…」
ローズ先生は再びため息を吐いた。
「気がひけるなら挨拶だけして理由をつけて逃げろ。足を止めるな。耳を向けるな。お前は…あいつの執念を知らない」
「…そんなに怖い先生ですか?」
首を傾げると、先生は緋色の目を細めた。苛立っている先生は普段の艶っぽい女性感は皆無だ。
「…おまえは…このまま治癒を習得しないまま黒竜に行きたいのか…」
え。そんなワケないでしょ?
「まさか」
「ではメルセデスから法術を習いたいのか」
疑問符の無い断定的物言い。
「?」
「私では気に入らないのならメルセデスに習うがいい」
え?は?なんで?どうしてそうなっちゃうの?メルセデス先生、法術出来ないじゃ無いですか。
先生はそう言うと背中を向けて躊躇無く去って行く。
え。ちょ!先生?!待って!
「せ!先生!すみません、僕、何が悪かったのか良くわかってないんです!」
慌てて追いかけて謝っても、先生は振り返らずに止まらない。
な、なんでなん?いや、ホントに!意味不明過ぎて脳内混乱してますけども!!このままではマズイ気がする!
「せ、先生ー!待ってください!約束したじゃないですかぁー!」
さらに慌てて先生の後を追いかけて白衣の裾を掴んだ。それでも先生は止まらない。
「先生、待って!置いて行かないで!」
ヒドイ!こんな理不尽、あります?!
私、涙目。
「僕が!必要とする限り!面倒見てくれるって!言ったのにぃー!」
いまさら「あんなの嘘だよ。ハハ!」とか、そんなんヒドイじゃないかー!!
先生は急にピタリと止まった。後ろを追いかけていた私はその背中にぶつかった。
「…メルセデスに関わるな」
先生は振り返らずにそう言った。
「…は、はい」
「話をするな」
「はい…」
「仲良く笑うな」
「はい…」
…な、なんか…悲しい…なんで怒られてんだろう…?
「では、もう行きなさい」
「……はい」
結局…理由も、何もわからないまま、放り出された感じで…とても、悲しかった…。
私は何がなんだがわからないまま、先生の白衣の裾を離すと重たい心で食堂に向かった。
必死に掴まれていた白衣からその手が離れて、素直に立ち去る生徒の気配が遠くなってからローゼフォンが振り返れば、白いローブの生徒の背中はションボリと項垂れてトボトボと去って行くのが見えた。
その悲壮感に心は傷んだが、メルセデスの性格を考えると、これくらい釘を刺さないと危ない。
廊下の先で聞き慣れた笑い声が聴こえて見に行けば、あろうことかスレイプニルがメルセデスと談笑していた。
無防備な白い雛に老獪な黒い蛇が耳元でそそのかすのを見れば、ローゼフォンはゾッとした。そして、その甘言に黒い目が素直に輝けば、怒りが湧いた。
メルセデスに…というのはもとより、スレイプニル本人に対しても。
怒りをぶつけても、子供のように「どうして?」という顔をするのが気に入らない。
そのくせ、ピーピーと泣きながら後追いされれば、怒りは消えて自然と笑んでしまうから締まらない。
さて…今日はどのくらい進むだろうか。
ローゼフォンは雛が一生懸命飛ぶ練習をするのを楽しみにその場を離れた。
「ニル?どうした?」
別れた時とは打って変わって悲壮感が漂っている友に、アイティールは驚いた。
「…うん…」
言葉少なく頷いて、2人分の朝食を取ってくるとニルは席についてボーっとしている。
「…まさかジャガイモが通らなかったか?」
そんなはずはないが。と不思議に思って聞いてみる。
「あ、ああ。ジャガイモ、ありがとう。あっさり通ったから今日の昼には入るって。早いねー…」
そう言うニルは全然、声に抑揚が無い。
「…どうした?何があった?」
「いや…。なんか…訳がわからないまま叱られて、放り出されたような…」
「…叱られたのか?経緯は何だ?」
「…僕、たまたま廊下で黒竜の先生に会ったから挨拶したんだ」
「それで?」
「タナトスの話を少しして…そしたら、黒竜の先生が様々な事が知りたくないか?って聞かれて…」
ニルの言葉に、アイティールの指がわずかに揺れた。
「…それで?」
それを隠すように自身の指を自然に組んでテーブルに肘をつく。
「なんの話かな?って思ったら、そこでローズ先生にめっちゃ怒られて…意味がわからないんだ」
「…なるほど…」
白竜顧問、良い所にいたな。
「ねぇ…僕、なんで怒られたんだろ…?」
ニルが問えば、答えるのはやぶさかでは無い。だが、その内容は嘘でも無いが真実でも無いだろう。
「…ニルは白竜の顧問に師事しているだろう?」
彼はコクリと頷く。
「その師を差し置いて、他の師に知識を求めるのは…非礼ではないか?」
ニルは瞬いた。
「…僕…学校って…そういう所かと思った…いろんな先生に学べるって…」
確かに。だが、組が違えばそうそう別の師に知識を仰ぐ必要はない。
「組み分けされれば、その組の理念がある。同じ戦う事でも赤と青では全く思想や戦術が異なるように、白と黒では全く違うだろう」
「………」
ニルはうなだれている。
「特に、白は黒になれる。黒から白になる事は出来ないが。そんな状態でニルが黒竜の顧問に知識を仰げばそれは、背信ではないか…?」
ここは大げさに脅しておこう。黒竜顧問から石化について知識を得られても面倒だ。
「………僕…そんなつもりないのに…ただ、挨拶して…それだけなのに…」
黒い目が沈んだ。
「気持ちは目には見えないからな…誤解を招く態度はとらないのが1番だ」
「…………」
ニルはため息を吐いて目の前の朝食を眺めている。
必要とは言え、友が沈んでいるのは心苦しい。
「…ニル…そんなに落ち込むな。済んだ事だろう?…それよりも…君がジャガイモで何を作るのか、私は今からとても楽しみにしているんだが…期待していいのかな?」
ジャガイモよりも友が笑ってくれるのを期待してそう聞けば、ニルは顔をあげて微笑んだ。
その日、白竜の午前中は講義だ。
教室には1年生全員とタナトスがいる。白い雛達に混じるこの黒い異物も、決して見慣れる事はないが大人しくしていれば影のように無害だ。
授業前のわずかな時間にスレイプニルを中心にクラスは何事かで盛り上がっていた。そこにタナトスがいても、タナトスが怖ろしい空気さえ出さねば、無言のまま馴染んでいる。
教室に入ると、生徒はそれぞれの席に散り授業が始まる。
朝の出来事が無かったかのような落ち着いた様子のスレイプニルに、密かに安堵して授業を進めれば、午前の授業の終わりの鐘が鳴った。
息を吐いてくだける生徒達の中で、彼はカタリと席を立つとタナトスを引き連れて無言で教室を去った。
「…………」
?…何か…おかしい。…なんだ?
死神を引き連れて去るその小柄な背中を見送ると、ニックが面白そうにこちらを見ていた。
「…先生ー、どうかしましたー?」
「…ニック。スレイプニルは、何か言っていたか?」
「えー?あいつがー?」
なんだ。まるで自分だけ秘密を知っているみたいな嫌な笑い顔しやがって。
「いいえー。なにもー。ロン、メシ行こうぜ」
ニックは、俺知らない。と言わんばかりに、さっさと席を立つ。他の生徒もそれぞれがいつも通りに席を立っていた。
「ジャガイモ、届いたかなー」
午前の授業が終わると、私は厨房に急いだ。
「お疲れ様ですー」
昼食の準備で忙しかったであろう厨房は、いざ昼食が始まるとひと段落を迎える。声をかけて顔を出すと、あの責任者のおじさんと複数の調理師達が待っていた。
「来たな。…あんた、ずいぶんジャガイモ買ったな」
そう言われて目を向ければ、木箱が柱のように積み上がっている。
「………え」
な、なんですか?この量。
「僕…2ケース頼んだんですけど…」
「24箱だ」
「……あの…1ケースって…12箱って事ですか?!」
「そうだ」
おわーーーー!!業務規格ーーー!!
「…間違えたー…僕…2ケースって、てっきり2箱かと…」
「…やれやれ…。まぁ、ジャガイモだから芽がでるまではしばらく保つがな」
「す、すみません…あの…調理に使って頂いて構いませんので…置かせて頂いて構いませんか?」
「…じゃあ、そうさせてもらう」
「…はい。ありがとうございます。お邪魔します」
いやー…しかし、大量だな…これ…。
「それで?あんた…ジャガイモで何を作るんだ?」
「あ。そうだ、僕。スレイプニルです。ニルって呼んでください」
帽子を取って挨拶すれば、責任者は戸惑いながら名乗った。
「あ、ああ…ベイクだ」
「では…まずは、試しに作ってみましょうか」
私はジャガイモの入った箱から適当に数個取り出して、ジャガイモを洗う。
ボウルに水と食塩を入れて
ジャガイモの皮を剥く
その手順をベイクさんも、他の調理師の人達も見つめている。
薄くスライスしたジャガイモをその食塩水に浸していく
「…へぇ。あんた、危なげなく切っていくな」
「ありがとうございます。家でやってたもので」
デボラのおかげで家事は一通り出来るよ。まぁ、夢の中では料理以外は家電がやってくれるけど。
「…あんたが?」
ベイクさんは、少し驚いていた。
その言葉に、思い至る。
そうか、ここに来る生徒はほとんどが洗濯もしたことない男子諸君か?
「ええっと…まぁ、家庭の事情です」
ウチはウチ。他所は他所。男女平等なご家庭という事にしておこう。
私の思惑とは異なり、ベイクさんはなぜかしんみりとして「…そうか…」と呟いた。あれ?
まぁ、いいや。進めていこう。
「では、浸けたジャガイモを今度は水で洗います。薄切りですので折れたりしないようにボウルの中で優しく、ぬめりが無くなるまで洗います」
洗ったジャガイモスライスを、キレイな布巾で水気を吸い取る。
「ここで、本当は1時間くらい天日干しするとより良いんですが、今は省きますね」
興味が出てきた調理師達は覗き込むように見て来る。
「ポイントはジャガイモの水気をしっかり切る事です」
なんか、なんちゃらクッキングだな。
「では、これを揚げていきます」
フライパンに油を満たして…火は…
「タナトスー」
名を呼べば、近くにいたので素直にやって来た。
「タナトス。火をかして」
「………」
ローブの中の目が、なんで?自分で出せば?と言っている。
「(…僕が火を出したらおかしいでしょうが!)」
出せるけど!出せないの!白いローブで火を出したら、それもう黒竜じゃん!
「(…1時間)」
私がボソリと言うと、タナトスはコクリと頷いて火を出した。
「はい。ありがとね。…では、良い頃合いで揚げて行きます。最初は動かさず揚げて、1〜2分したら裏返しますね」
焦げ出したら早いので、よく見て仕上がり順に引き上げる。
「油を良く切って、塩を振るとー…みんな大好き、ポテチ完成ー!」
1人盛り上がる私をよそに、その場の人達は味見を所望する。
「あ、はい。まだアッチアチですから、冷まして冷まして…」
大きな木ベラで風を送り、摘まめる温度でベイクさんから口に入れた。次々に色んな人が一枚ずつ手に取り口に入れた。
私も自分とタナトスに勧めた。
夢の中のポテチのクオリティーには及ばないが、ジャガイモそのままの素朴な味に、塩気がいい感じだ。
「うーん…やっぱり、天日干しした方がもっとパリパリ感があっていいなぁ」
私がボヤくと、ベイクさんは唸りながら同意した。
「…確かに。だが、これは塩だけって事もあり素朴で飽きが来ない味だ」
そうでしょー。甘党も辛党も、ポテチは万民に好かれるのだ。ポテチに国境無し。
「ポテチの恐ろしさは、油で揚げているのにパリパリで何枚でもイケる所ですからねぇ…」
しみじみと呟けば、ベイクさんが笑った。
「 なるほどな…面白い!これはいいな!」
「ほんとですか?良かった。じゃあ、今度は天日干しもして、しっかり作りますね。厨房、お借りします」
「ああ。油はその大鍋使っていいぞ。火傷や火事には充分、気をつけろよ?」
「はい。ありがとうございます!」
さすが、ポテチ。…ポテチは最強だな。
昼休み、食堂には真っ先に教室を出て行ったはずのスレイプニルとタナトスの姿が見えない。
タナトスが一緒ならば、黒竜関連は問題は無いだろうが…確認するまではスッキリしなくて、ローゼフォンは、あちこち見て回った。
途中、メルセデスが黒竜の生徒の質問に丁寧に答えていたのを見て、教師としては良い男だと思う。
だが、その熱は手当たり次第で、特に一度気に入った者は手に入れるまで執念深い。それにはまるで、何か野望があるかのような熱心さだ。
しかしメルセデスは見かけても、肝心のアイツがいない。
「(どこ行った…)」
フラフラと落ち着きの無い奴だ。そんなんだから、よそ見してうっかりつまずいたり、 迷ったりするんだ。
前だけ見てろ。
3年生の自習室の近くで昼食に向かうクスト達に会った。
「あれ?先生、どうしました?」
「いや…クスト、スレイプニルを見なかったか?」
「すーぷー?いいえ。…あいつ、また何かしたんですか?」
呆れ半分、期待半分の顔をするクストは随分とスレイプニルを気に入っている。
いや、それはクストに限った事じゃ無いだろうが…。
「いや。まだだ。だが、見てないと危ないからな…」
うっかり目を離した隙に、何が起こるか未知数だ。危なっかしくて世話がやける。
「ああ。先生…あいつは見てたってやらかしますから。大丈夫ですよ」
いや。それ、大丈夫じゃないだろうが。
「デッキブラシで赤竜キング秒殺から、校舎丸ごと範囲回復…今度は何ですかね?」
ワクワクと面白そうに言うクストに嫌味も言いたくなる。
「クスト、おまえ…そんな事言っていて、模擬戦は万全なんだろうな?」
「………。……うっす」
クストは遠い目をして、会釈すると他の3年と合流して去って行った。
「(しかし、本当にいないな…)」
なんか心配になって来た。
校内を見て回っていると、食堂に戻る。その途中、ようやくその声を聞いた。なぜか厨房で。
「じゃあ、皮剥きをお願いするね。年少の君たちに包丁は危ないから、これを使います」
スプーンを手にたくさんの侍童の前で指示を出している。
「よく見てて。ジャガイモを手に、スプーンのフチで、皮をこするんだ。こう。…はい。やってみて」
スレイプニルが手本を示すと、侍童達は見よう見まねでジャガイモをスプーンでこすっている。
「わ!本当だ!出来た」
「剥けるー!これスゲー!」
「ねぇ!見てこれ!一気にここまで剥けた!」
各々が感嘆の声をあげて皮を剥いては、注目を浴びようと誇らしげにジャガイモをスレイプニルに掲げている。
「わぁ!凄いねぇ!みんなセンスあるよ!よーし、じゃあドンドン剥いて行こー!」
そうして自らもジャガイモの皮を剥きだす。
「あ。じゃあ僕より早くジャガイモ剥けた人が勝ちね」
「え!待って待って!」
「誰が1番早く出来るか…行くよ?よーい…スタート!」
わ!と、面白がって一斉にジャガイモを剥き始める侍童達を微笑んで見ながら、包丁でジャガイモを剥くその手は滑らかで手際が良い。
『…ローゼフォン…彼は、本当に彼…かね…?』
教頭の言葉が不意に蘇った。
たしかに、たくさんの侍童達の前でジャガイモを剥く姿は子沢山の母親のようにも見えなくはないが、それよりも子供をやる気にする言葉や、ほんの些細な工夫は教師としての才覚を感じる。
…意外にも…スレイプニルには教師に向いているかも知れない…。
ローゼフォンは賑わう厨房を密かに眺めては気が済むと、その場を立ち去った。
大量のジャガイモを剥いて、それを天日干しで乾かす1時間。私は約束通り、タナトスと中庭の木陰で昼寝した。午後は実技だ。他の白竜の皆は光玉作りの練習をしているだろう…。
「あ。タナトス。君に僕が使ってるハーブオイルわけてあげるよ」
「……いらない」
「えぇ?でも、これ安眠効果があるんだよ?頭痛軽減もあるし」
「…枕が使えば…いらない…」
「い、いや…それ使って自分のベッドで寝てくれって言ってるんだけど?」
「断る」
「うん、そこ断言しないで?自分のベッドで寝なさい」
「…枕がそこで寝るなら寝る」
「それじゃ意味ないじゃん!」
場所が変わっても狭いままだよ!!
「…寝る…」
そう言ってタナトスは浅い眠りに入った。
あぁ…もう…私だって広い寝床で寝たいんだよ…?
わざわざ人のお腹を枕にしたり、くっ付いて寝たりしなくても、ハーブオイルで寝れるならそれがいいじゃんか…。
頭の中でボヤきながらも、私も中庭の気持ちいい風にウトウトとうたた寝した。
天日干ししたジャガイモスライスは油で揚げるのは流石に侍童達とは危ないので、私がせっせと揚げた。
食べる時はパリパリと早いが、作るのは揚げ作業が結構手間だ。
ジャガイモ消費の為、結構作った。とは言え、まだまだジャガイモは大量だが。
途中で、油がはねて手首にピリリとした刺激を受けた。
「(ああ…やっちゃった…ハーブオイル塗っとこう)」
火傷の炎症にも効くのだよ!タナトス!もったいないことしたね!!
「いやー…結構、出来たなぁ…」
ポテチ、大量山盛り。
使った厨房は綺麗に片付けて…スポンサーのアイティールの分と、ネイロスの分、白竜の皆におすそわけと…手伝ってくれた侍童達にも。
その分を必要な分量油紙に取り分けてもポテチはまだ残る。油紙は今、そんなに数が無いから他は紙箱に清潔な布を敷いてザラッと入れて配ろう。
紙箱を用意していると、タナトスが自ら油紙にポテチを移して自分の分を確保していた。
袋を抱えてパリパリと食べだしたタナトス。
「………。タナトス…気に入ったんだね…ポテチ…」
さすがポテチ。タナトスですらお墨付きだよ。
「よし。じゃあ、配りに行こう」
まずは…模擬戦以外は自習だって言ってた3年生からかな…。
そっと3年生の自習室の扉を開けて様子を伺うと、先輩たちはそれぞれテーブルゲームをしていた。
「(こ、これは…自習なんだろうか?)」
チェスとか、真剣にやってるけど…どうなの?いいの?
「…なんだ?…スレイプニルか?」
ふと、ラング先輩が気付いたら、「え?」「なに?」と、他の先輩方がこちらを見た。
「あ、あのー…お邪魔します」
おずおずと扉を開ければ、クスト先輩が機嫌良く笑って近付いて来た。
「なんだ。すーぷー。法術習いに来たのか?よっしゃ!」
「あ。いいえ…そうじゃ無いんですけど…僕、お菓子作ったんで…おすそわけです」
「は?」
クスト先輩や、ほかの先輩はこぞって目を丸くした。
持参した紙を折って作った紙皿に、箱に入れていたポテチをザラザラと適当に移す。
「…なんだコレ?菓子なのか?」
「はい。ジャガイモを揚げて塩振ったポテチです。皆さんでどうぞ」
「すーぷー…おまえ…菓子も作るのか?」
「…まぁ…気が向けば?…今回は思い付きで作ったので」
しげしげと眺めて、口にする先輩方はポテチ初体験だ。
「うまッ!」
「スゲー!完全にイモだコレ」
「あ。これ、ウマイ!」
一度食べると、ポテチは止まらないよね。
「それでは。お邪魔しました」
「え。もう帰るのか?すーぷー。法術見てやるぞ?」
パリパリとポテチを食べながらクスト先輩が聞く。
「はい。僕の予想では…皆さんが食べ終わる前に消えないと、残りのポテチが危険なので。失礼します!」
私はポテチの入った箱を抱えて、自習室を足早に出た。
クストが、何の事だ?と振り返ると、スレイプニルの持って来た菓子は同期の奴らがパリパリと凄い速さで消費されている。
「アイツ…マジか!!オイ!お前ら!ズルイだろ!」
恐ろしきポテチの魅力。
「さてと…次は、ネイロスさんとこ行ってみよう」
タナトスは答えるわけじゃ無いけど、勝手についてきている。
赤竜の教室は初めてだ。
赤竜は人数が多いから大きい教室なんだよね…。授業中なら邪魔しないように改めよう。
やって来た教室の前はやたらと静かだ。扉が少し開いてたから中の様子をチラ見すれば、人の気配が無い。
「……ああ。実技か」
赤竜はむしろ講義より実技の方が多いのかも。
立ち去ろうとした時、隙間から見えた教室内が気になって、そっと開けて見た。
「えぇぇぇぇぇーーー?!」
思わず、叫んだ。
「き…き…汚ったな!!ゴホッ!!ケホッ!!」
むせた。あまりの汚さに。
教室内はゴミが散乱して、雑誌が本の形をせず、紙くずや脱いだ服やら、お菓子の包みとか、ありとあらゆる物が散乱していて…
「…しかも…部室並みに…男クサイ…なんでだ…ああ…男子ですもんね…いや、そうなんだけど…」
いや、これ、もう…教室じゃなくて無秩序な部室だな…。
「ええ…ええ?!…えーーー……」
なんでこんな部屋で平気なの?え?使ってるの?この部屋。
白竜の教室は、フツーだよ??なんで同じ男子諸君でこうも違うの??
「……………」
私は、心を無にしてパタリと扉を閉めた。
ダメだ…。これ、この教室をやっつけるには道具がいる…今は…それどころじゃない…。ポテチだ。
「…タナトス…外を見てみよう…」
タナトスは抱えていた袋から、また一枚ポテチを取り出してパリっと食べていた。
外の運動場では、赤いチュニックでは無いが運動用の服を着た生徒が様々な運動をしていた。
走り込みしている人達、筋トレしてる人達、二人組で棒術の試合をしている人達…
「…う、うわ…なんか…とても、忙しそうだね…」
外の風に吹かれて私とタナトスのローブがはためいた。
「やっぱり改めようか…」
戻ろうとした時、「ハートのキング!」と、呼ばれた気がして、目を向けた。
そこには、浅黒い肌をした短髪の精悍な壮年男性がいて、こちらに手の甲を見せて手招きしている。
「…え?僕?」
だ、誰だろう…。でも、なんか年齢的に先生な気がする…。赤竜の先生かな…?
ためらいながらも無視するわけにもいかなくて…近付いた。
「は、はい。お呼びですか?」
ちょっと間を開けて近付けば、それでもなんか怖い…。体育会系の先生って怖いんだよね…でも、それをはるかに上回る武人の気配は…やっぱり人の生き死にに関わって来た人なのかな…?
「赤竜顧問リオト・ベネトルシュだ」
自然体で隙のない先生は、少年のように白い歯を見せて笑った。
「あ。僕は…」
「知っている。スレイプニル、おまえのその二面性はなかなか面白い」
「僕の…?」
えーと…それって…ギルと私の事かな…。
「そっちの黒竜のジョーカーも。そいつは黒竜というよりも青竜の気配もあるが…見た目からして青竜って感じじゃ無いしな」
そう言って笑う先生の話の内容がイマイチ良く分からない。
「…タナトスが青竜…ちょっとイメージ出来ないデス…」
チラリと隣の黒ローブを見れば、無言だ。
「そういうお前も白竜でウチのキングを討ち取ったな」
その言葉に、ビクリとして挙動不審になった。
「す…すみま…あ。いや、その…」
ネイロスの時に失敗したから、無闇に謝っちゃいけない。でも、こう言う場合はどうなの?!正解は?!誰か教えて!
リオト先生はその褐色の目で私を見極めるように見ている。
その時、カキン!!と言う乾いた音と「あッ!!」と言う声がした。
その瞬間には棒術の試合中に弾かれた木の棒が吹っ飛んで来た。
「タナトス!」
反射的に名を呼べば、黒いローブの中から抜き放たれた2本の暗器を振るい、私達に向かって飛んできた棒をタナトスがスッパリと切り捨てていた。
「僕、両手塞がってるからお願い…ありがとう」
私の言葉の方が遅くなっちゃったよ…。なんか恥ずかしい。
「…………」
運動場もシンっ…てなっちゃったし…。気まずい…。
「えーと…先生…僕、そろそろ失礼します…」
ポテチの入った箱を抱えて会釈すると、タナトスは暗器を手品みたいにローブの中に収納して、代わりにポテチの入った袋を取り出した。
「タナトス…それ、どこに収納してたの?」
「……砕けた…」
「だろうね。でも砕けても食べられるから」
「…砕けてないのがいい…」
「えぇ?それ食べてから言って?」
タナトスは首を振った。子供か。
「しょうがないなー…夕飯もあるんだから、あと少しにしときなよ?」
私は抱えていた箱のフタを開けるとタナトスの袋にザラッとポテチを少し移した。
「…スレイプニル…」
リオト先生が引きつった笑顔で呼び止めた。
「…は、はい?」
「それは…何だ?」
先生は私が抱えていた箱を指差して聞いた。
「…今日、作ったお菓子です。ジャガイモの」
「…それで奴が従ったのか?」
へ?
「いや…どうですかね?…そうなの?」
タナトスを見上げれば、ポテチをかじりながら「…枕と、ぽてち…」と呟いた。
「…。友情とポテチの両方だそうです」
ニッコリ笑って補正して答えといた。




