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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
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第17章 色々言っても実現しなければただの願望だからな

「先生…僕…同じのを作る自信が無いです…」

おずおずと申し出れば、先生は責めるような目で言った。

「ほう…唯一無二と、姫君に約束をしたのか?」

「い、いえ…。えーと…その…あれはアイリスが隣にいたからイメージが確定したのであって…今、作ろうと思っても…」

「アイリス…隣に…ほう。随分と仲良くなったもんだな?王弟の娘がお前を従僕に欲しいと言うほどに」

…な、なんか…トゲを感じるなぁ。

「え、ええ…まぁ…最初は汚いとか雑種とか散々言われ嫌われてましたが、諦めずに話をすればとても良い子で…寂しくて反発してるだけなんだなと気付きました」

「汚い…雑種…」

あ。先生が引いてる。

「でも、最後は別れを惜しんでくれて…その姿が子供そのもので、まるで、僕にも妹が出来たみたいで嬉しかったです」

感慨深く頷けば、先生は「子供…」と呟いた。

「そうか…妹か。うん。そうだ。いいぞ。すーぷーちゃん。偉い」

そして、急に褒めた。

なんですか、先生。

「えぇ…えっと…それで…今、同じものを作ろうにも…多分、違うのになっちゃいます」

「違うもの?」

「はい。なので、同じようで別物なら、いっそ違う物の方がいいと思うんです」

「……。おまえ…なんか、いいように言って新しい物作ろうとしていないか?」

ローズ先生は緋色の目を細めて聞いてきた。

「えっ。いえ。そういうわけでもないんですが…中途半端な物は作りたくありません」

なんというか、せっかく疲れて作るんだから良いものを残したい。職人気質じゃ無いけども。

「…なるほどな…。それじゃ、何が良い?」

「いえ。それは僕が先生にお聞きします。先生は…どんな光玉をお望みですか?」

そう問えば、先生は戸惑った。

「…どんな…と言われてもな…」

「では、どのような光玉があったらいいなと思われますか?」

「……。…意外と難しいな…」

むしろ普段は作り手の方に希望を聞く方が難しいのかも知れない。

「ああ。そうだ。それならば、王弟の娘の案を拝借しよう」

先生は、そう言うと要望を口にした。

「いつまでも消えないオレンジ色の光玉を」

「いつまでも?」

「そうだ。おまえが本気で作った光玉がどのくらい保つのか興味がある。一緒に作った光玉は消えてしまったし、丁度いい」

緋色の目を細め、艶のある笑みを浮かべる先生は女性以上に色気があった。

声はめちゃくちゃイケメンボイスだけど。そこが凄いギャップ。

「……超寿命光玉ですか…わかりました。作ってみます」

頷いてイメージする。

女神様な先生も、いずれ引退してお嫁さんをもらって家族を持つかも知れない。

そしたら光玉は作れなくなっちゃうから、温かな家庭を照らす調光と調色機能のあるやつがいいだろう。

先生が(想像出来ないけど)お爺ちゃんになって、たくさんの子供達と孫に囲まれて満足して人生を終えるまで。

きっと、賑やかな家族には楽しい事がたくさん。ちょっと悲しい事もそこそこあるだろう。それでも、面倒見のいい先生なら、きっとお嫁さんも子供達も大事にしていくだろうな。

嬉しい時も悲しい時も、どんな時にも必要な時には、光が照らし続けるように。

私は嘘をついて騙しているのに…散々、迷惑をかけているのに…面倒を見ると言ってくれた言葉が嬉しかった。

こうして、補習だと言って気にかけてくれる先生の恩に応えるならば…本気の物を。

光が両手に集約する。

大きな光が1つと小さな光がいくつか生まれ、星々の周回のように大きな光の周りを巡ると、やがて大きな光に小さな光が吸い寄せられて、抱き込むように1つ1つを吸収していく。

圧縮を、しつこいくらいに繰り返して濃縮させた。

願わくば、この光がローゼフォンその人の、長く幸せな人生を照らす光になりますように…。

願いをかけて仕上げに入る。

光は白銀から白、黄色、オレンジ、赤、紺、やがて黒となり一番星のような小さな光に集約されると、パッと弾けた。コロリと手の平に転がったのはテニスボールくらいの白銀の光玉だ。

「…はぁぁー……」

…めちゃくちゃダルい…。

息を吐いた。その手に出来上がった光玉1つですら、持ち続けるのがしんどいくらいに腕がダル重かった。

「…お…おお…」

ローズ先生が息をのんで光玉を凝視した。その白銀の光玉で部屋は明るく照らされている。

「…先生が、いずれ、カッコいいお嫁さんをもらって、子供がたくさん出来ても、お孫さんに囲まれて…幸せな人生を送れるその日まで、保てばいいなぁと思って作りました…」

先生は神妙な顔に無言でその光玉を受け取ると、光玉は白銀から白に変わる。

「?!…仕掛け付きか!!」

触れれば色が変わる。トップは白銀、白、黄色、オレンジ、オレンジ赤、そして最後は星のように微かな光だ。

「………」

先生は呆然とその光玉を眺めた。

「…触れれば調色が変わって…撫でれば調光が変わるように…真っ暗でも、子供が出来たら危ないので…最後は薄っすら照らす…星明かりを残しました」

先生の手にあるオレンジ色に変わった光玉に手を伸ばし、それをつっと撫でれば明度が変わった。


ゾクゾクと身震いした。

その光玉を作る過程も、仕上がった光玉の仕掛けも、色の変化から光の強弱まで…丁寧で繊細な、こんな見たこともない光玉に言葉が出なかった。

こんな物を作るなんて…!!

その発想から最後の微弱な光をあえて残す細かな作業まで、ローゼフォンには考えもつかなかった。

そして…こんな繊細な光玉が、いつまでも長持ちすると…本当に?!

こんな仕掛けを考えて忠実に実行出来る者は…断言出来る。今、目の前にいる者だけだ。これはもう、奇跡だ。

「……普通じゃない……」

感嘆して呟けば、彼の顔はサーッと見る見る青くなった。

「あ。いや、違う…そうじゃない」

しまった。よりよってコイツが1番気にしている単語を使わなくても良かったのに!

「……………いいえ…」

スレイプニルは、かすかに呟き、フラリと立ち上がるとペコリと頭を下げて背を向けた。

待て。待て待て。どこに行く?

「すーぷーちゃん!待ちなさい。話を聞きなさい」

「……僕は何も…話す事も、聞く事も…ありません…」

おい!ダメだ!!

「違う!そうじゃない!」

立ち上がり、その手を掴めば氷のように冷たかった。

「……どうぞ、お気遣い無く…僕は…1人でも…大丈夫です…」

スレイプニルは気怠そうに瞬いて、今にも沈みそうな意識を何とか繋いでいる。

気力切れか!!

本来なら、寝かせた方がいい。だが、このまま誤解されたままでは、目が覚めた時にまた振り出しに戻ってしまっているだろう。

また、あの野犬のような目で睨まれるのは避けたい…。

薬棚には活力剤がある。逃げないようにスレイプニルの手を掴み、薬棚を見ればその距離は手を伸ばして届く距離では到底無い。誰かが取ってくれたらいいが、そうこうしているうちにスレイプニルの意識はどんどん落ちている。

…仕方ない…。

タナトスのように小脇に抱えるのも危ないので肩に掛けるようにして抱えた。

不思議とかすかに草花の匂いがした。

こいつ…草っ原でもすぐ寝転がるからか?子供だな。

そのまま運べば、アッサリ薬棚から活力剤を取る事が出来た。

ほぼ寝落ち寸前のスレイプニルはグッタリしている。そのまま医務室のベッドに運んで体を支えると、薬を流し込んだ。

口に突っ込まれた薬を反射的にゴクリと飲みこむと、むせた。

「…うえ…マズーぃ……ゴホ、ゲホ!」

寝入りを起こされたスレイプニルは、眉をしかめた。

「スレイプニル!いいか!良く聞け!なんでも普通がいいと思うな!普通じゃないって事が褒め言葉だってあるんだからな!」

両肩を掴んで、そうまくし立てれば、彼は寝ぼけたような顔で曖昧に相槌を打つ。

「…えぇ…あぁ…はぁ…」

「俺は!お前の光玉を、普通じゃないセンスだと感心したんだ!分かるか?!」

「…。…はぁ…それは…良かった…ですね…」

ボー…としながら言うスレイプニルは他人事だ。

…全然、足りてないな…どんだけ法力を使ったんだ?

その手を取り、意識して数値を見ても相変わらず数値が重複して見づらい。

こいつはなんだっておかしいな。…一度、改めて正常値を見ておいたほうが良いな…。

こんなに頻繁に気力切れを起こす生徒も珍しい。それは、容量が無いのでは無く、無節操に使いまくるからだ。

「…先生……光玉は…気に入りましたか…?」

眠そうに黒い目を瞬きながらそう聞くスレイプニルに、頷いた。

「ああ。あんな光玉をおまえ以外に誰が作れる?あんな複雑な光玉が、どれほど保つのか今から楽しみだ」

「…先生が…カッコいいお嫁さんをもらって…孫に囲まれて…旅立つまでだと…いいんです…けど…」

ウトウトとしながらもそう答えるスレイプニルに、拗ねた様子が無い事に安堵した。

「……なぁ、その、カッコいい嫁ってなんだ?」

さっきから微妙に引っかかっていた。

なんで嫁にカッコよさを求める?

スレイプニルは瞬いた。

「僕は…、先生のお嫁さんは、…スレンダーでカッコイイ、短髪の女性が、…似合うと思う!」

なぜかその時ばかりはクワっ!と気合を入れて主張したスレイプニルだったが、言うだけ言うとカクリと意識を失った。

「………。なんだそれは…」

一人、置いて行かれたローゼフォンは自分の嫁の理想を生徒に決められて、どこから出た話かと思った。

しかし、聞こうにも、もう彼は昏睡している。

再び彼をベッドに寝かせた。

「…どこから出た話か知らんが…全くの見当違いだな」

ローゼフォンは苦笑した。

しかし、スレイプニルから嫁だの女性の話が出るのも興味深い。案外、そういう所から話をすれば純情なコイツは拒絶しないかも知れない。

ローゼフォンはスレイプニルの作った光玉を白衣のポケットにしまうと、医務室を出た。

すると、黒いローブのタナトスが律儀に医務室の外で待っていた。

「…タナトス…浄化か?」

「…違う……」

どうやらローゼフォンを待っていたわけではないようだ。

「おまえ、本当にスレイプニルを気に入ったんだな。聖下が驚かれていた」

「……」

そう言葉をかけても、タナトスは答えずに医務室の中へ入って行く。

「タナトス。ネイロスとスレイプニルを止めてくれて感謝している」

「………まがい物には興味は無い」

タナトスは振り返りもせず、そう言い放ち医務室の扉を閉めた。

「………まがい物…?」

ローゼフォンは聞き間違いかと首を傾げた。やはり意思疎通が難しい男だと思った。

…そう言えば…スレイプニルとネイロスの格闘を側で見ながら、タナトスと話していた生徒は…誰だったんだ?

白竜の生徒で、タナトスと打ち解けている生徒を見るのは珍しく思った。

タナトスは黒竜であり、ジョーカーであり、その身に常に死の空気をまとっている。好んで近付く奴は皆無だ。

…スレイプニルとはまるで真逆だな…。

無垢に笑う彼を思い出し、ローゼフォンは再び居心地が悪くなった。

「(……。…教会に行って祈ってきたほうがいいんだろうか…)」

ローゼフォンはポケットの光玉を握り医務室を後にした。



夢を見た。珍しくいつもの超文明の夢で無かった。

それは…大きな…人間と同じサイズのてるてる坊主が迷子で泣いてる夢だった。

『家に帰って、快晴を祈願しないといけないのに、家がどこだったのか、自分を作った家族が誰で、どこにいるのか、わからない』そう訴えて、てるてる坊主が泣けば、曇った空はますます暗くなり、風が吹いて真っ暗になった空から、雨が降り出す。

悲しそうに途方に暮れるその子が可哀想で、「一緒に探そう」と手を伸ばせば、てるてる坊主に繋げる手は無くて…だから、てるてる坊主の裾の端っこを、風に吹かれてはぐれないようにズボンのベルト通しに結び付けた。

色んな人に会い、てるてる坊主の家を探して回れば、森の泉で光玉を手に持ったローズ先生に激似の(本当に女性の)女神様が「教皇サマなら知っているわよ」と、教えてくれた。

それでもって、その教皇サマとやらに会いに行って聞けば「てるてる坊主には良いてるてる坊主と、悪いてるてる坊主がいて、そいつは悪いてるてる坊主だから教えてやらない」とか言うわけだ。しかも、「なんか、見た目が最悪に悪いてるてる坊主だから処分する!」とか言って周囲の騎士達に指図して、てるてると繋いでいた端を切られちゃうと、てるてるはグングン大きくなって巨大化したって夢。

「…てるてる…!」

ハッと目が覚めた。横を向いて寝ていたらしく、ベッドのシーツが視界にボヤけて見えた。

「…ぅ…えー……?」

なに…これ…。なぜ最後までオチが見れないんだ…そのあと、どうなったの?てるてるは?

てか、アイツ…あのジジイ夢の中でテキトーな事、言ってたし!

態度も格好も偉そうなクセに、言う事はめちゃくちゃテキトーなあの感じは、夢の中の事でもムカつく。

ローズ先生の女神様は、本当に女性の…豊かなお胸のまごう事なき女神様だった。もちろん違和感は皆無だったけど。めちゃくちゃお綺麗でした。

何度か瞬いて、身じろいだ時…別の違和感を感じて、ん?…と、違和感の元を触った。

手に触れたモノは、手だ。大きくて硬いその手は自分の手とは明らかに違う。背後に、誰か…いる。

「………」

それが…

「………」

なぜか…

「………」

私のお腹に直に触れている。しかも指先ちょっとだけとかじゃなく、面で。ガッツリ。

「うわぁあ!!」

ゴロンと身をよじると、ベッドから落ちた。

落ちた先で、自分のシャツがお腹の部分だけはだけてて、私は慌ててシャツを整えた。

な、な、ななな…なんで?お腹触られてんの?

動揺して、お腹を抑えながら、私は、そー…と、その犯人を伺い見た。

タナトスの目は開いていた。フードの奥の金の目と目が合った。

「…………」

転がり落ちたものに、やれやれ。寝相が悪いな。とばかりに、こっちを見ている。

「…タナトス…君…ぼ、僕のお腹、その…触って…たよね…?」

動揺を隠しながらお腹を押さえて非難すれば、タナトスは悪びれる事なくコクリと頷いた。

「…な…な…なんで?!」

今更、なんで私のベッドに入ってくるのかを問うのは100歩譲って置いておくとしよう…でも!服の中に手を入れるのは明らかにアウトだよね!!

「……フカフカしてたから…」

「…フ?……うん。理由になって無いから。それ」

「…そしたら、ぷにぷにしてた」

「ちょっ!!」

私は顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。

待てぃ!!ふっざけんな!?触っといて、デブって言ってんのか?!くそぅ!!

「よ、余計なお世話だよ!!だいたい、人のお腹勝手に触っといて非難されるいわれはないから!!」

「…非難はしてない…」

「な、なに…?!」

「…ただ、事実を述べただけで…」

んだとおぉぉぉぉーーーッ!!

私は怒りを通り越して床にうずくまった。

ダメだ…タナトスの侵略が許容範囲を超えて来た…もう、ダメでしょ、これ。

「…ぷにぷに、良い…」

まだ言うか!!

「…タナトス…金輪際、触っちゃダメだから!!」

立ち上がり宣言すれば、タナトスもベッドの上にムクリと起き上がり不満そうに言った。

「断る」

な!なんだと?!即答?!

「こっちこそお断りだよ!」

「…なぜ?」

「なぜもあるかー!」

ちゃぶ台があればひっくり返したい。でも、そんなものはあるはずもない。

私は靴を履いて自分のローブを引っ掴むと、タナトスを置いて医務室を後にした。

もー!もー!もーぅ!人のお腹触っといて、ぷよぷよデブって大概失礼じゃない?!

私はローブを着ながら苛立ちを隠さずに廊下をズンズン歩く。

………デブじゃ…無い…はず…。

立ち止まって、自分のお腹をつまむとムニっと肉がつまめる事に若干の焦りを覚えた。

「…………」

筋トレだ。筋トレが必要だな。


「ケイン君、いる?」

朝食の席で、侍童の集まるテーブルを訪ねると子供達の中からレムリア人の素直そうな少年が「あ、はい」と席を立った。

「あ。いいよ。そのままで…あの、僕、ローブ汚しちゃって…先生に言ったら、替えをもらえるって聞いたんだけど…」

「はい。それでしたら、替えをお持ちします。お部屋に何着ご用意しましょう?」

「え。な、何着…?それって、決まりがあるわけじゃ無いの?」

「はい…。特に…。すみません。本来なら僕が状況を見て交換するのが仕事ですが…洗濯をいただけないので…」

「…あ。ああ…そ、そうんなんだ」

何という事でしょう。汚れ物を放置しておけば洗濯して畳んで戻してくれて、ヨレたら気付かないうちにソッと交換してくれるなんて、なんという至れり尽くせりなサービス…。

「(…学生と言えど、洗濯くらい自分でやらせれば良いのに…)」

「僕、洗濯が出来ないわけじゃありません」

ケイン君の主張に何の事かと思えば、私が彼に任せられないと思っているようだ。

「いや、いや、そうだろうね!うん。そこを疑っているわけじゃないんだ。でも、僕は自分の事は自分でしたいんだよ。だから、気にしなくていいんだ」

私は慌てて答えた。年下の少年に自分の洗濯をさせるのは気がひける。

「…でも…」

ケイン君は俯いた。周りの侍童達がコソコソとしゃべっている。「…ズルイよな」と聞こえた気がして、気が付いた。

そうか。他の生徒の侍童が洗濯をして、しなくていい子がいたら…そういう事か…。

アイタタタ。それは立場が悪くなるだろうなぁ。

「じゃあ、今度は頼むよ…」

致し方なし…下着や乾きやすい物はこちらでやって、他はお願いする事にしよう…。

そう言えばケイン君は、張り切って「はい!」と答えた。

か、かわいいなぁ…。この子がいつかゴツイ男の人になっちゃう不思議…。

「では、ローブは何着ご用意しましょう?」

そう言って、席を離れる彼に私は慌てた。

「え。いや、ご飯の後でいいんだけど?!」

「終わりましたので!」

「あ…はい…」

少年のグイグイくる勤労意欲に、私は大人しく従った。

「ご一緒して頂かなくても…」

戸惑いながら廊下を歩く彼に、私は笑った。

「どうせ部屋に行くし。どんなものか見て見たかったんだ」

ケイン君の案内してくれたのは、リネン室にほど近い収納部屋だ。

脱衣所の棚のような収納が並び、配給用の制服がきちっと収められている。

「わぁ…なんか…新鮮だな…」

サイズ別に収められている服は、基本の上下から白、黒、赤、青と全てがそろっている。

「スレイプニルさんのサイズは…もともと、在庫はやや少なめなんですけど…使う人も少ないですから独占して使えますよ」

白いローブの1番小さいサイズを取り出すケイン君。

これでも、袖丈が余るんだけど…。

「1番大きいサイズも貴重だねー…」

「そうですね…あんまり大きいと、僕たちも洗濯が大変です」

「た、たしかに…」

子供からしたら、布団くらいある。布も重たいし。

ジャイアントネイロス!君のサイズに子供達が苦労してるよ?!

私は白いローブを追加で2着と、基本の上下もついでに合わせてもらった。ケイン君は「帳簿に日付と所属を記入してきます」と言うと、部屋にある記帳台へ行った。

私はふと、黒いローブの保管場所を見た。様々なサイズの中で…やはり1番下のサイズは棚に充分な数、収まっている。

「…………」

「お待たせしました!終わりました」

「え?!う、うん…」

…パクってしまった…。

私はローブの中に、黒いローブを隠し持ち収納部屋を後にした。

いや、…借りた。これは借りただけです。神さま、決してパクってません。さっきパクってしまったと言うのは言葉のアヤで…キチンと洗ってお返ししますので…バチが当たりませんように…。

部屋のクローゼットに白ローブの着替えと、コソッと隠して持って来た黒ローブをしまいながら私は懺悔した。

ネイロスは朝にも関わらず部屋にはいなかった。

せっかく部屋に来たし、日誌を書いておこう。

アイリスに作った雫型オレンジピンクの光玉と、ローズ先生に作った超寿命調光調色機能付き光玉の詳細を記入する。2つともどのくらい保つかはまだ未知数だ。あ。あとついでにクスト先輩に作った呼吸するように光る癒されカワイイ光玉も。

ただ、やはり長持ちさせようとすると、かなり疲れるのは明白だった。

常に光続けているってのも無駄だから…必要な時だけ点くものにしたら…節約できるかも…。

錬成する際のポイントと、改善点としてそう記入した。

日記を閉じかけて…先生との補習で記憶に残った言葉と、感謝の気持ちを書き留めた。

『普通じゃないって事が全て悪いわけじゃない』

『私も覚悟して、お前が必要とするまで必ず面倒をみる』

そう言ってくれたローズ先生には…なるべく迷惑や心配はかけたくない…いつかここを去る時には…ローズ先生には真実を伝えて感謝したいな…。

…それが…出来るかわからないけど…。

私は日記をしまうと、部屋を出て食堂に戻った。今の時間ならば皆が朝食に集まる頃だろう。


その白い雛を見かけた時、声をかけようとしたら雛は赤毛の美しい親鳥に気付き、嬉しそうにピィピィと鳴いていた。その餌をねだる雛の姿を遠くで見ていると、とても口惜しい。

白と黒を隔てるほんのわずかで些細な事が、これほど遠く、歯がゆくてならない。

あの雛は、果たして何を欲しがるだろうか?

欲望という名の報酬に、なにを選び与えればこちらに染まるだろう?

雛を見守る親鳥の不興を買うのは厄介だが、それを押しても、なお欲しい。

あの無垢で稀有な才能を持つ雛が自分の手に入るなら…。

メルセデスは焦る気持ちを抑えて機会をうかがう。

確実に手に入れるには…絶好のチャンスがあるまでは、警戒されている今は傍観するしかない。

いつかあの美しい漆黒の両目に自分を映し鳴く、その日まで。


「先生ー!僕、今日から治癒の法術、教えて頂けますよね!?」

嬉々とした様子で駆け寄るスレイプニルに、ローゼフォンは複雑な心境になった。

乾いた土が水を吸うように知識を吸収し、飲み込みの早い彼が治癒の法術を身に付けるのは間もないだろう。

治癒は日々必要な光玉の次に需要があるし、法術師が法術師足り得る証だ。

光玉アレンジにあんな非凡な才能を発揮する彼が、治癒を習得したらどんな風になるんだろうか…。

自ら教え導き見てみたい気持ちと、習得の早さに巣立ちが早まる気がして出し惜しむ気持ちもせめぎ合う。

「…すーぷーちゃん。お手」

間違えた。手を。と言おうと思ったのに。

しかし、質問に答えずに差し出したローゼフォンの手へ、素直に…かつ正確に自分の手を乗せて来た彼は、犬のような指示に気分を害していないようだ。むしろ、尾があったら振っていたかもしれない。

ローゼフォンは数値を見た。

当初3桁の数値は1つだけだったのに、複数ある数値のうち、もう1つも3桁に達していた。

法力は気力切れを起こすと、より容量を増すから…この変化があったものが法力の数値なんだろう…じゃあ、他の数値は何の数値だ?

体力では無い。そこは、普通に見える。法力に関する所だけが乱視のようにぼやけて見えた。

…しかし…3桁はすでに3年生並だ…。

1年で基礎を。2年で応用を。3年で実戦を…それらを得て得られる法力3桁をすでに彼が達しているのなら、昨夜のローゼフォンの…必要とされる限り面倒をみるという決意も、短い期間になるのかも知れない。

「………」

「先生、なにか…ありましたか…?」

心配そうな声に我に返ると、黒い目が不安そうにこちらを見上げていた。

「…い、いや。…法力に問題は無いだろう。今日は3年生から教えてもらいなさい」

知らぬ間に寄っていた眉間のシワを戻し、笑顔で言えば彼は瞬いた。

「先輩にですか?…え。いいんですか?」

その、いいんですか?は、何のところにかかる「いい」なんだ?

「どう言う事かな?」

「いえ…その…僕のせいで…先輩の時間が無くなっちゃうから…」

ああ…。そっちか。

「構わない。3年生は模擬戦や実習以外はどうせ自習だ」

その代わり、模擬戦のあった時は全員、気力切れだが。

「…そ、そうですか…では…いつ、どこに伺えば先輩達に会えますか…?」

素直に聞くスレイプニルは、講師は誰でも構わないと言っているようで…面白くない。

「さて?自習はどこで行おうと自由だからね。それからすーぷーちゃん、午前中は講義だから君もでなさい」

「は、はい」

そう素直に頷く若者に、ローゼフォンは自分の心の汚れをちょっとばかり自覚した。


「あれ?今日はアイツ居ないんだな!」

朝の食堂で朝食を取っているとニックが嬉しそうに隣に座ってきた。ロンも一緒だ。

「ああ、タナトスの事?そう言えばいないね」

「なんだ。ずっと一緒って訳じゃ無いのか?」

「まぁ…あんまり一緒でも…」

ただでさえ枕にされるし…最近は遠慮が無いから余計に困る。今朝の事もあるし。

渋面で沈黙すると、ニックは面白そうに笑った。

「なんだ?ケンカでもしたのか?…ってか、アイツとケンカ出来るのはお前くらいだろうけど」

「そんなんじゃないよ。ただ…タナトスが、僕のお腹がデブだって言うから…」

正確にはぷよぷよ。だけど。

「え?お前、腹出てんの?」

ニックは意外そうに視線を向けて手を伸ばす。

「うわぁ!ニック!確認はやめて!僕、お腹弱いから!」

慌てて私はお腹を押さえて身をよじった。そもそも、くすぐったいのにもめっぽう弱い。

「何してんだ?お前ら」

アッシュが向かいの席に朝食のトレーを置きながら座った。

「いや、ニルの腹が出てるって話で」

「ち!違うよ!微妙に間違ってるよ!正しくはお腹がぷにぷにだって言われたんであって!」

あ。しまった!思わず要らない擬音までしっかり付けてしまった。

「……ぷにぷに…。見してみ?」

ニックが再びローブに手を伸ばす。

「嫌だよ!」

断固拒否。

「いや、客観的に判断してやるから」

ニックは親切心なんだろうけど、余計なお節介です、それ。

「何、言ってんだ?おまえ。昨日、半裸だった時、めっちゃ鍛えた身体してたじゃん。俺、関心したわ」

「…え?マジで?」

アッシュの言葉にニックが目を丸くした。

「……そ、それは…」

それはギルです。私じゃありません…。

「え?見して見して?」

ニックしつこい!

「お断りだぁぁ!」

…筋トレは…人知れずやることにしよう…。


「さて…ん?すーぷーちゃん。タナトスはどうした?廊下にもいなかったが」

白竜の教室で、教壇についたローズ先生までもが、私の隣に黒いローブの彼がいない事を指摘した。

「…先生…タナトスは神出鬼没ですので…いない時もあります」

いつでもセットにしないで?

「それでは困るのだが…」

しかし、先生は今日も麗しいお顔を曇らせた。

「…まぁ、講義が終われば戻ってくるだろ」

そう言って、気を取り直すと授業に入る。

「今日は、ちょっとお前たちの女性観を聞いておこうと思う」

………は?

「まぁ、そう訝しむな。いいか?男女では考え方が全く異なる。そこを知らずにいると振り回されて大変な事になるからな。いかなる時も、己を保つ事が大事だ。という授業だ」

…はぁ…。

「では、聞くが、女というものにどんなイメージがある?」

ローズ先生の問いに、みんな真剣に考えている。

…なんか…居心地悪いな…。

ディスられる覚悟で沈黙すれば、ポツポツと意見が出る。

「…感情的かな…コロコロ機嫌が変わる」

「しょっちゅう喋ってるよなー」

「その割には問題解決になってない」

「群れるよな。あいつら。良い顔しておいて、そんで裏で平気で文句言うんだぜ?」

「母親や妹なんて、すぐああしろこうしろとか上から目線でうるさい」

「そうそう、それに聞いてくるくせに答えたら文句言われる理不尽」

「どうでも良い所で時間かけてるよなー」

「怒るとヒステリック」

「察しろ。って言うけど、言わなきゃわかるわけねぇよな!」

「事実を言っただけで、怒ってギャーギャーうるさいしな…」

………出るわ出るわ。そのほとんどが身内の親きょうだいの話だけど。

「すーぷーちゃんは?」

笑顔で先生に促されれば、困った。

「えッ?!…ぼ、僕ですか?!」

ど、どうしよう…協調してディスった方がいい?

「そ、そうですね…えぇと…」

考えて浮かんだのはアイリスだ。

デボラはごく一般的な普通の女性とは違うし…。

「わがままで…気分屋で…偉そうですけど…話を聞いてあげれば、それは寂しさからのもので…共感し、相手の気持ちに寄り添って理解すれば、とても素直で…かわいくて…魅力的な人…だと…思います」

アイリスが、本当にバラ姫のような素敵な女性になったら、きっと誰もを魅了するモテだろう。なにしろ見た目はすでにプリンセスなのだから。

おとぎ話のように、プリンセスは素敵な王子様と幸せになりました。で終わればいいな。と願って答えれば、教室はシン…っと静まっていた。

しまった。後半、空気読んで無かった!

「…ま、まぁ…かわいいよな」

私の焦りをよそに、ニックが同意した。

「確かに。身内以外の女はかわいい。柔らかそうだし。良い匂いするし」

アッシュがうんうんと頷けば、流れが変わる。

「声もいいよなー。笑ったりするとホッとする」

「気が利く女とか最高だよな。癒されるー」

「かわいい子に、頑張って下さい!とか言われたい」

「潤んだ目でスゴイ!カッコいい!とか言われたいぜ…」

「俺、一度でいいからそんな可愛い子、ギュッてしたい」

「いいなー!それいいなー!」

ワッと盛り上がる教室に、ローズ先生が制した。

「はい。そこまで。それでは、各自、理想の嫁を言ってみろ」

え。嫁?!…先生…いきなりの飛躍ですね…。

「あ。はい!俺、めちゃくちゃカワイイ子がいい!」

ニックが手をあげて言った。まるで早い者勝ちだと言わんばかりに…。

「俺は、可愛くて体がエロい子がいい!」

「な!ずるいぞ!アッシュ!」

ニックが悔しそうに言えば、アッシュが勝ち誇ったように答える。

「顔が良くても体がツルペタじゃ意味ねぇだろうが。俺は可愛くてムチムチ爆乳希望」

「デカけりゃ良いってもんでも無いと思うけど…」

冷静にツッコむのはロンだ。

「俺はデカイのがいいの!」

「そうかなぁ…俺は胸はそこそこ大きいくらいがいいなぁ。尻と太ももと…部分的に形が良い子の方が良い」

「ロンはムチムチ派じゃないのか?」

「ムチムチでも、大き過ぎたら形が悪くなるだろ。俺は適度にムチムチがいいの」

「まぁな。ハリと形と色だよなー!」

ちょッ…なんか…好みが、性癖の話題になってきてツライ…。

「すーぷーちゃん。君はどうなのかな?」

さっきから笑顔で振ってくるローズ先生はなんなんだろう?やめてくれないかな!

「ぼ、僕ですか?!えぇ…と…その…健康で…料理が上手で…優しくて…ありのままの僕を認めて、ずっと愛してくれる人がいい…かなぁ…」

再びシン…となる教室。

「ニル…おまえ…理想が低過ぎねぇか…?」

ニックが眉をひそめた。

「えっ?!…そ、そう?」

「それにおまえ、それで…とんでもないブスでもいいのかよ?」

「え…う、うん…まぁ…性格が良い子なら…」

「バッカ!おま!嘘こくな!!」

アッシュがツッコんだ。

「嫁だぞ?!四六時中一緒なんだぞ?!ブスを抱いて嬉しいか?!周りに紹介出来るかよ!」

ヒドイ。そのブスの定義が気になるけど。

「それを言ったら、顔は良くても性格ブスの子の方がよっぽど嫌だよ!そんな子と四六時中一緒にいる方がよっぽどツライからね?!」

「顔が良ければ性格も良いんだよ!」

ああ?何だと?!

「どこにそんな確証があるのさ!君たちが知らないだけで、男の前では可愛く媚びるのに、男がいないと平気で陰湿な弱い者イジメしたりする、そんなとんでもない性格をした見た目のいい女の子なんて、意外と少なく無いんだからね?!」

ムキになって反論すれば、再び教室がシン…ってなった。

「……おまえ…ずいぶん見たことあるみたいに言うな?」

ギクリ。

「ぼ…僕は、一般論を言ったまでで…」

「どこの一般論だよ…」

「……。とにかく、僕は…見た目だけで選ぶことには賛成しかねる」

言い切れば、意外にも賛同者が現れた。

「あの…ぼくも…や、優しい子がいい…と思う…」

アーノだ。大人しい彼が、モジモジと顔を赤くして言った。

「…でしょう?!だよね?!」

「…でも、確かに…僕は料理上手で、気の利くキレイ好きな子が良い」

マックが同意してくれた。

ありがとうマック!そうだよね!毎日、美味しいご飯、食べたいもんね!

「それでもって、僕がかわいいと思った子が良いなぁ」

うん?…主観?

「…なるほど…確かに。顔の好みは人によって違うからな」

先生が面白そうに頷いた。

さては先生…楽しんでますよね?

「でも、嫁だろー?遊びじゃ無ければ、やっぱり妥協はしたくないよなー」

アッシュの大人びた言葉にニックは頷く。

「そうそう。料理上手で綺麗好きは当たり前。可愛くて、体型が良くて、若くて従順で旦那の言う事には逆らわず、旦那のやる事には口出ししないで、あれこれうるさい事は言わない。素直で、それでもって俺にだけエロくないとなぁ…。あ、過剰な嫉妬もダメだ。嫁なんだから家の事はもちろん、俺のために全部うまくこなせなくちゃな」

満足そうに独白するニックの言葉に、私は半眼だ。

「すーぷーちゃん、何か言いたそうだね?」

笑いを堪えるように水を向ける先生。

「先生…彼は幻想でモノを言ってます。そんな都合のいい女性がいたとしたら、新婚1ヶ月め限定でしょう。そのうち、愛想を尽かされて離婚か仮面夫婦か…とにかく、一方的過ぎてとても幸せな家庭とは言えません」

ズバリと言い捨てる。

これ、夫の態度次第では夫、殺害されても知らん。サスペンス案件。

「はははは!すーぷーちゃん。言ってやるな。夢見がちな男は大概、そんなもんだ」

先生が笑いを堪えられなくなって笑った。

「…先生…彼はもっと現実を知った方が良いと思います」

「ほう。では、すーぷーちゃんは現実を知っていると?」

興味深そうに緋色の目を細めて笑う先生。

「…少なくとも、女性にそんな事を求めるのが間違っている事はわかります」

「へぇ…と、言うと?」

先生は楽しそうだ。

「…家庭は夫婦二人で築くものです。どちらか一方に任せきりで良いわけがない」

「でも、男は働いてんだぜ?」

ニックが文句を言う。

「それは女性も同じだよ。家事は労働。子育てに至っては24時間、ずーーーーっと休みは無いからね。君たちのお母さんが、今日は休業って言って病気をした以外で週末、食事の準備や家事を休んだ事ある?」

「…それは…」

言い淀むニック。

「僕は良い家庭にしたいなら、少なくともお互いの苦労を尊重して、男女にこだわらず手助けしあえる伴侶であるべきだと思う」

「マジかよ…めんどくせぇ…」

アッシュがうんざりと言った。

「…とは言え…出来る範囲でいいんだ。手伝う姿勢があるのと無いのでは印象は違うからね。任せっきりってのが問題なんだよ」

「家事は女の仕事だろ?」

この世界ならそうだろう。女性は働く場が限られているし、少ないから当たり前にそう思われている。

「…家事だけならね。でも、子供が出来たらそうはいかないよ。特にたくさん子供がいるならなおさら」

「ニル…おまえの理論は面倒くさい。男が稼いで、女が子供育てりゃいい話だろが」

アッシュがつまらない話だと、頭を掻いた。

…まぁ…この世界じゃ、そうなんだろうな。子供すら働く世の中だし。

「なるほど…。すーぷーちゃんの嫁は幸せだね。それならきっと長く愛してくれるだろう」

先生は感心して言った。

「アッシュ、わかるか?男が稼いで女が子を育てる。当たり前の話だが、そこには双方の愛情が無ければ続かない。男の都合だけでもダメだし、女の都合だけでもダメだ」

「つまり…結婚は面倒くさいって話ですか?」

アッシュが言えば、先生は苦笑した。

「さてなぁ。案外、色々考えるよりも、その時になったらうまく夫婦でやっていくしか無いんだろうが。1番は会話じゃ無いか?コミュニケーションが出来なければ気持ちが伝わらないだろう」

ああ。それ。大事だなぁ!

「僕もそう思います」

嬉々として同意すれば、アッシュが眉を潜めた。

「…それで、今日の授業は結婚を勧めてるんですか?阻止してるんですか?」

ああ…確かに…。趣旨はなんだろう…。

「みんなの女性観を聞いておこうと思ってな。男は得てして女性に過剰に幻想を抱くものだからな。冷静さは大事だ」

…はぁ…。

「様々な意見の中で…アーノやマックはなかなか冷静だ。スレイプニルに至っては、もはや達観している。特に女性に対しての幻想が皆無だからな。彼の嫁になる女性は、なかなかのものだろう」

…いや。先生…いませんよ。私の嫁になる女性なんて。

「すーぷーちゃん。なにか言いたそうだね?」

「え?!…いえ。そんな、特に…」

しまった。脳内で鼻で笑ったのが顔に出ていただろうか…。

「先生!それじゃ、先生はどうなんですか?」

ニックが聞いた。

先生の嫁?!

「それは…」

先生が口を開く前に私が答えた。

「はい!先生のお嫁さんはスレンダーで強くて自立した超カッコいい短髪の女性が似合うと思います!」

その言葉にニックが「マジかよ…」とドン引いた。

「…スレイプニル…そのブレない妄想はどこから出た…」

呻くように先生は言った。

「え、だって先生のお嫁さんですよ?僕に嫁は有り得ないけど、先生にはやはり、それ相応のお嫁さんじゃないと」


自分に嫁は有り得ない。と断言出来るスレイプニルに頭を抱えたくなる。

黒竜や赤竜にまで惚れ込まれた男が、女にモテないと思ってんのか?その劣等感は身長か?見た目の幼さか?

それはさておき、コイツの言うカッコいい女とは、どんなゴツいアマゾネスだ?しかも超までついたぞ。

「…それ相応の嫁で、なんでカッコいい嫁になるんだ?」

コイツの言葉でなければ嫌がらせだが、おそらく…いや、確実に良いと思って言っている。

「先生はキレイだから、隣に立つと並みの女性じゃ霞んじゃうと思うんです。でも自分の容姿に自信のある女性は、容姿ばかり気にしそうだから、それはそれでどうかなぁと思うので、それなら、短髪でカッコいい自立した女性の方がキレイでゴージャスな先生に似合うだろうな…と」

「………」

…やめろ。お前たち。「ああ…」とかいう顔でこっちを見るんじゃ無い。

「おまえ!自分の嫁は見た目じゃないとか言っときながら、めちゃくちゃ見た目で言ってるじゃねぇか!」

アッシュが指摘すればスレイプニルは反論する。

「僕の嫁は見た目じゃなくとも!先生の嫁には、「わぁ!お似合いですね!」ってのがあるでしょうが!そういう女性ってサバサバしてるから世話好きの先生には丁度いいの!」

「女は見た目じゃわからないって言った口でおまえ、めっちゃ見た目で性格決めてんだろ!」

「いいや!これは間違いないね!一見、カッコいい女性でも、ちゃんと女性らしいところはあるんだから、ツンデレは間違いない!面倒見の良い先生にはうってつけでしょうが!」

「ツンデ…レ?…おまえ、何言ってんだ…?」

スレイプニルの一歩も譲らない主張にアッシュが戸惑った。

なんだ?…ツンデレ?ツンデレとは…?

よく他人の理想の嫁でここまでムキになれるな…。しかも間違った方向に…。

しかし、思い至った。

スレイプニルは自己評価が狂ってる。劣等感すら感じているコイツは、アッシュやニックのように素直に自分の理想を口に出来ない。

全ては自己肯定が低いからだ。他人の事には理想を言えても、自分の嫁に求めるのは《ありのままの自分を受け入れて愛してくれる人》そんな基本的な事だけだ。

「スレイプニル…残念だが、お前のそれは検討違いだ」

「ええ?!」

スレイプニルは「そんなバカな!?」と言わんばかりに驚愕した。

「それに俺は……」

「……………」

言いかけて止めた言葉に、生徒達が黙って続きを待っていた。

「あ。…いや、俺は…教師という仕事が気に入ってるんだ」

「先生。それは聞きました。ですが、好みと実際は別です。やはり僕としては、褐色の肌に短髪で、無口であんまり愛想は無いけど、武術が強くて戦いが得意な感じのカッコイイ…」

スレイプニルの言葉を拾ってアッシュが面白そうに付け足した。

「筋肉隆々な感じのデカいアマゾネスか?」

ヤメろ。

自分の好みを他人に妄想されて、しかも変なイメージで広がって遊ばれるくらいなら、言ってしまった方が良い。

「…見た目で言えば、髪は真っ直ぐで長い方がいい。男らしいよりも女性らしい方がいいし、前向きで諦めずに挑戦する精神。多少、手は焼いても賢くて明朗な…よく笑う、退屈しない女性がいい。ああ、それから背は低めで色気よりも色白で可愛い系が良い」

最初に彼女に会った時の事は、鮮明に覚えている。

『ねぇ、ロズ。ロズはどんな大人になりたいの?』

…あれから、俺は…どんな大人になれたんだろうな…。

「更に少しでも法術の素質があれば、なお良い。生まれてくる子は必ず法術師になれる。出来れば子供はたくさん欲しい。法術師界に貢献というよりも、普通に希望として。…だが、これはあくまで希望だ。色々言っても実現しなければただの願望だからな」

「だってよ。ニル。おまえの言ってたのと全然違うじゃん!」

ニックがスレイプニルの腕を肘で突いた。

スレイプニルは、そんな本人の発言に「えぇー…うーん…いや、それじゃバランスが…」と不服そうだ。

ほっとけ。それよりも、おまえは自分の価値を知れ。

「さて、それでは…これから君たちは法術師として様々な人の治療にあたるようになる訳だが…女性を治療する際は必ず手袋を着用、または当て布をする事。これはまだ少し早いが、スレイプニルはそろそろ治癒の法術の習得に入るから先に言っておく」

「マジかよ。早ぇ…」

「俺たちなんて、まだ光玉も安定しないのに…」

ざわつく教室内に、補足する。

「いいか、言っとくが、お前達の光玉の習得進捗も例年に比べてかなり早いからな?」

「え。そうなんですか?」

アッシュが意外そうに聞いた。

「普通は形になるまで数ヶ月はかかる。誰かを基準で考えるな」

その誰かは初っ端からアレンジ光玉を生み出した規格外だが。

「話を戻すぞ。治癒の法術は患部に触れる。慣れればかざすだけでもいいが、それでも触れる事はある。女性に対しては当て布や手袋をするのは、マナーでもあるが、1番は身を守る為だ」

スレイプニルは瞬いた。首を傾げて顎に手を当てている姿は…理解して無い。

「スレイプニル…なぜだかわからないか?」

「…感染症ですか?それならば女性に限らないですよね?」

……。…コイツは本当に何者だ?

触れる事で病気を患う報告は法術師界でも話題になっているが…なぜお前が当たり前のように知っている?

「…そうだ。患者に触れる前後は手を洗え。それは男女に限らない。女性に限って言える事は…」

「はい!先生!」

アッシュが手をあげた。

「アッシュ。言ってみろ」

「場所が場所で触って万が一、ムラムラしたら困るからです!」

スレイプニルが、「なに言ってんだ?コイツ…」と言う目でアッシュを見た。

「正解」

こらこら、すーぷーちゃん。頭を抱えるんじゃ無い。

「先生…そんな事あります?」

信じられない。とスレイプニルは頭を抱えて呻きながら聞いた。

「…すーぷーちゃんは女性に触った事あるか?」

「はぁ…。まぁ…」

「手とかじゃ無いぞ?親類とかでも無いぞ?全く知らない女性のだぞ?」

「……うーん…あ。…いや…。じゃあ、無いです」

その、あ。って部分、気になるな。しかも、じゃあ、無いって何だ?そのじゃあの部分。すごく気になる言い方しやがって…まぁ、いい。そのうち聞くからな。

「思った以上に柔いぞ。猫並みに」

「…猫…」

スレイプニルは吹いた。

「猫は毛並みがあるから別物だが、とにかく!直に触るのはダメだ。危ない」

スレイプニルは、ああ。確かに!と何かを思い出した。

「……先生。それには僕も激しく同意します。直に触るのは良くないですよね!いや、同意が無ければ、そもそも服の上からでも触るんじゃないよ!って感じです」

…お、おう。わかってるじゃ無いか。

「わかりました!まぁ、そんな事には絶対なりませんけど、マナーとして心得ました!」

スレイプニルは自信満々に言った。

わかった…のか?その「そんな事には絶対ならない」という自信に一抹の不安を感じるんだが…。

そこで、午前を終える鐘が鳴った。

スレイプニルは、パッと席を立ち「先生、ありがとうございました」と会釈し「先輩を探さねば!」と脱兎のごとく教室を後にした。

「…………」

「…お、おい!ニル!…なんだアイツ…今日の昼、アレどうすんだ…?」

ニックが慌てて飛び出したスレイプニルに呟いていた。

「え…先生?!…どうかしました?」

目線をこちらに移してギョッとして聞くニックに、我に帰る。

「…なんだ…どうした?」

「…い、いえ…。なんでもない…です」

ニックは微妙な顔で曖昧に笑った。


どこだ?!どこだー?!先輩は!!

昼休みになったなら、食堂に来るはずだ!2年生じゃダメだから3年生で…うーん…出来るならラング先輩あたりがいいなー。あの先輩、冷静だから。クスト先輩だと…習得前に首がもげる危険がある。

…シャレにならない…。

私は首をさすって周囲を見渡した。早い時間のせいか、食堂にいる生徒はまばらだ。

仕方なく、適当に端の方の席に座って誰か先輩が来るのを待つ事にした。

…治癒の法術と浄化の法術を習って…どの位で習得出来るかわからないけど…この2つは必ず修めておきたいよね…。それから、黒竜の教室に潜入して、石化について調べるから…夜なら教室空いてるかなぁ…?それとも、朝方のほうが無難だろうか…?書き留める為の紙と筆記用具も持参しないと。

食堂のテーブルで頬杖をついてあれこれ考えていると、不意に「オイ…」と後ろから声をかけられた。

「はい?」

振り返れば、そこには赤いロングチュニックの制服…赤竜の生徒だ。

あ。…忘れてた。

「テメェ…まだこんな所にいて、まさかシカトするつもりじゃねぇだろうな…?」

う。うわー!ガラが悪ーい!ちょ…そ、そんなに睨まないで。怖い…。

「えぇ…そんな事は…ただちょっと、用事が…」

「ざけんな…ネイロスさんとの約束以上に優先する用事なんてねぇだろうが!!」

ああ…はいはい、大きな声出さないで。目立つから。

「…わかりました。じゃあ、行きましょう。あ、その前に、僕、厨房で借りたいモノがあるんですけど…」

「なんだと…?獲物か?テメェ…上等だ」

「え、エモノ?…そんな物騒なモノじゃないです。まぁ、じゃあ、一緒に行きますかね…」

ああ…もう…!!ジャイアントネイロスのせいで先輩に会えないじゃないかー!!


「ネイロスさん!来ました!奴です!」

運動場には赤竜の生徒が全員揃っていた。

赤竜の生徒は多い。白竜が全学年で30人くらいに比べれば、赤竜は120人くらいになる。

ネイロスは黙って、その者が運動場に近付いて来るのを待った。

「なんだ?…なんか持ってねぇか?」

ざわつく生徒達の言う通り、その白いローブを着た男は肩にデッキブラシを担いで来た。

…どう言うつもりだ?

昨日は素手で格闘したが、今日は獲物を使うのか?その割には…デッキブラシだと…?

「ヤロウ…ナメてんのか…?」

ネイロスでは無く、赤竜の1人が舌打ちした。

「うわぁ…」

小柄な少年のようなその男は、殺気だった赤竜の生徒達に圧倒されながら肩に担いだデッキブラシを下ろして、生徒達でグルリと囲んだ決闘場に歩みでた。

「…ネイロスさん…何もこんな大掛かりにしなくても…」

困ったように言う少年に、昨日の覇気は全く無い。

「…フン。おまえこそ、どういうつもりだ?なんだ、それは」

運動場で真っ赤なロングチェニックの裾をはためかせるネイロスに、あまりにも小柄な白いローブの少年は手にしたデッキブラシを持ち上げた。

「これですか?…厨房で借りた物です。僕、こういうのがあった方が上手く出来るみたいなんで」

「…なるほど…柄の長い物でリーチ差を埋める腹積もりか。ならば、俺も同じ物を持つ」

「ああ。どうぞ」

スレイプニルの同意の前に、ネイロスの言葉を聞き赤竜の生徒の1人が動き、どこからか棒術の練習用を持ってネイロスに渡した。

「あの…ところで、僕、お願いがありまして…」

120人近い屈強な赤い制服の男達がグルリと取り囲む運動場で、白いローブの少年はデッキブラシを片手にネイロスに訴えた。

「…なんだ?」

「昨日の僕は…その…本当に本意じゃなくて…僕はこういう決闘とか、誰かがケガしたりするの嫌なんです。…もちろん、僕も痛い思いはしたくないし」

「…ほざくな…ふざけるのも大概にしろ」

静かに、ハッキリと流すネイロス。相手を怒らせて隙を作ろうとしているのか、その手に乗るつもりは無い。

「いえ。僕は本気です。ですので、僕が勝ったら金輪際、僕を…決闘とか僕の力を試すような事は、しないでもらいたい。もちろん白竜を巻き込む事も」

しかし、そう言う少年も本気だ。覇気や殺気は皆無だが、その黒い目はネイロスをハッキリと捉えている。

「…フン。大した自信だな?俺に勝てると確信してるのか?」

「…そちらにメンツがあるのは重々承知の上で、この決闘に応じます。ですが、それも今回限りです。約束して頂けますか?」

「……良いだろう…その代わり、手加減はしない」

ネイロスは頷いた。

「ああ。良かった!…約束ですからね!ネイロスさん!」

少年はニッコリと、まるで試合が終わったかのように場違いな安堵をもらした。

ネイロスは目を細めて、構える。

「(…何をする気だ…?)」

王弟の息子の言葉を忘れたわけではない。

昨日の格闘からも、コイツを見た目だけで侮る事はもう一切出来ない。

「ネイロスさん。これはデッキブラシですから、刃物ではありません。ですが、今からこのブラシは槍です。あなたの命を…頂きます」

スレイプニルはそう言うと、黒い目が静かに集中し…その場でデッキブラシの柄をカン、カンと地面に打ち付けた。

ーー来る!!

ネイロスは全身の気配を集中させて臨戦態勢をとった。

「…僕の勝ちです」

背後から声がした。背中に押し付けてられた感触は奴の持つデッキブラシだ。

「なっ?!」

一歩も動けなかった。というか、全く見えなかった。あんなに目立つ白という色彩が、チラとでも動く事すら目視出来なかった。

全員が全員、呆気に取られた。まさに一秒もなく勝負はついてしまった。

そんなバカな!!

ネイロスは混乱した。殺気も無く、気配も無く、次の瞬間に奴はネイロスの背後を取った。

「…ふ!ふざけんな!!イカサマだ!!」

赤竜の誰かが叫んだ。

「言ったはずです。僕が勝てば、もう、僕を試すような事はしないと。それでもイカサマだと言うのならば、今日だけ相手をします。ネイロスさんよりも僕を討ち取れると思う方は、どうぞ?」

デッキブラシを肩に担ぎ、白いローブの少年は悠々と言った。

その言葉に赤竜の生徒は誰も名乗り出る事は出来ない。

「…これだけは言わせて頂きます。あなた方では僕を捉える事は到底、出来ない。僕が敵わないのは…アイティールと…そこにいるタナトスくらいでしょうね」

チラリと見れば、いつからいたのか黒い死神が運動場の入り口でこちらを値踏みするように佇んでいる。

その存在は目に映るだけでゾクリと魂を握られたような悪寒と忌避感がする。赤竜の生徒は一様にタナトスから視線を外した。

「僕は白竜です。誰とも争いたくありません。今後、僕や…白竜と仲良くして頂けるならば、それ相応の恩恵を皆さんにお返しします」

そう言いニッコリ笑って彼はデッキブラシを肩に担ぐと、あり得ない跳躍でフワリと跳んだ。

一点の汚れも無い白いローブをはためかせて、悠々と跳躍する姿を目で追うと、その白い少年はあの死神に躊躇なく近付き、あろうことかデッキブラシで挨拶代わりに死神を突いた。

しかし、死神は白いローブを害する事なく、大人しく彼の後ろに付いて去って行った。


「…ぷにぷに。補助魔法いつ覚えたんだ…」

タナトスは開口1番、その擬音を口にした。

「?!…ぷにぷに言うな!」

私は肩に担いていたデッキブラシでタナトスを突いた。

しかし、完全に見切られている。タナトスは魔法だけでなくその剣技も常人を逸しているようだ。

サクサク早歩きで運動場を離れる私にタナトスはついてきた。

ああぁぁぁぁぁ!!怖かったぁぁぁぁー!!めちゃくちゃ緊張したわー!!!

足、ガクブルだったよ!!言葉噛まなくて良かった!本当に良かった!

あんな不良マンガみたいなの、もう金輪際やりたくない!!男のメンツとかもう本当に勘弁!!

後ろに赤竜の生徒が追いかけて来ない事を確認すると、私はデッキブラシを杖にして大きく息を吐いた。

「あーーーーもう!これで赤竜をかわせたならいいんだけど…」

「…誰か一人でも殺れば良かったのに…」

ボソッと呟くタナトスに、私は睨んでとがめた。

「ちょっと!物騒な事言わないで?!殺人は犯罪だからね?!」

「………」

「それに男のメンツの世界で、誰かがやられたら敵討ちだ!とか余計に面倒くさい事になるでしょ!」

「…その都度、殺ればそのうち数も減る…」

「はい。ストーープッ!害虫駆除みたいなその言動はアウトー!」

「………」

タナトスは納得したんだか、してないんだか無言だ。

しかし、さすがタナトス。私が補助魔法を使った事をしっかりと認識していた。

それは、デボラが使ったのを真似たものだ。

その仕法は自分にかける事で周囲よりもとても早く動く事が出来る。

だから、仕法行使中は時が止まったような世界で自由に動く事が出来るのだ。ゆえに、ネイロスの後ろに回る事も造作無い。

インチキと言われれば…まぁ、確かに、インチキです!!ですが、仕法…魔法とはそういうもんです!!

これでも、タナトスが相手なら通用しないだろう。アイティールが相手なら私の道義的理由でこんなインチキ対決は出来ない。そもそも対決する気も無いけど。

例えそういう理由でも…ああ言えば序列を重んじる彼ら赤竜ならば、役持ちとしての力量だろうと勝手に解釈してくれるだろう。

クスト先輩が教えてくれた。『キングなら偉そうにハッタリでもいいから相手をビビらせ』と。『コイツには勝てない』と相手に思わせればそれで争いは起こらない。と。

「ともかく、これで赤竜の果たし状はケリをつけたとして…あとは先輩だ!!3年生を探さないと!!」

「…なぜ…?」

「ローズ先生から治癒の法術を習得する許可が出たんだ。3年生から教えてもらいなさいって言われたから探してるんだよね」

「…治癒…興味ある…」

「え?!タナトス!興味あるの?!」

驚いた。あのタナトスが!常に無気力なタナトスが!興味あるなんてどういう事?!

「…あ。でも…タナトスは使え…」

タナトスは黒竜だ。白から黒になれても黒から白になる事はない。

「…別に…使いたいとかじゃ…無い…」

「あ…そう…なんだね」

そ、そうか。ただ単純に法術に興味を持ったんだね。まぁ、タナトスが治癒って…イメージ真逆だけど。

「いや、でもいい事だよね!知りたいって気持ちは大事だよ!」

うんうん。タナトスが。何度も言っちゃうけど、あのタナトスが!これは非常に珍しい事だよね!こりゃ、その気が消えないうちに始めないと!!

「じゃあ早速、先輩を探そう!!」

俄然、やる気が出てきたよ!一人でやるより二人がいいもんね!


「クスト!聞いたか?!」

自習室でラングとチェスをしていたクストに、アレクが慌てて飛び込んで来た。

「んー?ちょい待ち」

クストはビショップを動かした。

すると、ラングはマスの端にいたクイーンでスコン!とビショップを討ち取った。

「うおっ!!それがあったか…!!」

クストは顔をしかめた。

「いや、待ってられない!アイツ、また騒ぎになってんぞ!!」

アレクの言葉に、クストもラングも脳内に同じ顔が浮かぶ。

「なんだ?!今度は!!」

クストはイスから身をよじってアレクに聞いた。

「アイツ、赤竜のキングから果たし状食らって決闘だと!赤竜全員集まってるらしい!」

クストとラング、その場にいた白竜3年全員が、動いた。

自習室から運動場まで最短コースで向かいながらクストはボヤいた。

「入学初日からよくもまぁ、こんだけ毎日なんかしらやらかすな!アイツ!!」

初日のアレンジ光玉から量産光玉、規格外光玉、黒竜から狙われ襲撃されたかと思ったら、赤竜キングと互角に格闘し、今度は果たし合いとは…どこが「普通でいたい」だ!!

赤竜は学年関係無く、力量で序列が変わる。今年の1年、クラブのキング…ネイロス・ウィンナイトが赤竜で無双したのは3年生の中では話題に新しい。

その、ネイロスと格闘して互角だったスレイプニルという存在の方が、その格闘を見た者にとっても、見れなかった者にとっても、よっぽどインパクトがあったので話題は昨日からそれで持ちきりだったが…。

タナトスの邪魔が入り、決着がつかなかったからこそ赤竜は果たし合いを申し出たのだろう。

クストは焦った。どう収めたものか。

ローズ先生は知っているんだろうか?いや、知っていたら是とは言わないだろう。

事の次第によっては白竜の総意として赤竜と交渉しなくてはならないだろう。クストは覚悟した。

「あ!先輩達じゃ無いですか!

そんな中、聞こえたのは声変わりしていない少年の嬉しそうな声だ。

「あ?」

急ぎ運動場に向かっていたところで聞こえ目を向ければ、そこにいたのはスレイプニル本人だ。

なぜかデッキブラシを手に、こちらを見て黒い目をキラキラさせている。

「うわぁーーーい!!せんぱーーーーいぃぃ!」

デッキブラシをカツーンと手放し、まるで生き別れの再会のような感じで喜び、両手を広げて走ってきた。

「お、おぉ?!」

何がなんだかわからずクストが迎えれば、スレイプニルはクストの後ろのラングに抱きついた。

「え?俺?」

「………おい」

なんで、わざわざそっちなんだ!!

「あ。すみません。お探ししていた所でしたので!」

悪びれなく言う後輩。クストはラングからスレイプニルをベリッと引き剥がして肩を掴んだ。

「おまえ!果たし合い申し込まれたんだろ?!いいか、相手にすんなよ?!」

その言葉に、「あ、あー…」と気まずそうに呟いて、黒い大きな目がそれた。

「…おまえ…なんかしたのか…?」

クストは喉がヒリついた。

「え、えーと…大丈夫です。ちゃんと和睦協定を結んできました」

「…………は?」

あの赤竜と?嘘だろ?

「どうやって…?」

「デッキブラシで。です!」

笑顔で答えるスレイプニルだが、意味がわからん。

「どう言う事だ!説明しろ!」

頼りない肩を揺さぶれば、スレイプニルの頭はカクカク揺れた。

「せ、先輩…揺らさないで」

スレイプニルは、とてもあの赤竜キングと互角に格闘したとは思えない様子でフラついた。


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