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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
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第15章 これは、僕から君に

『作者、転職して激務…。投稿遅くなりました。(話は出来ているが編集が間に合わず)果たして読んでいる方がいるのか否か、定かではありませんが…15日投稿を目指してはいます。ボチボチでも続けて行けたら良いな。次も15日投稿予定です』

クストはパーティーに集まった客達の顔を一人、一人、確認した。

幸い、クストの知る黒竜の生徒はいない。女性の方は分からなかったが、怪しい動きをする者もいなかった。

王弟の言葉とアイティールの挨拶に、ゲスト達は関心を買おうと躍起だ。アイティールの隣には婚約者が妻のように張り付いて愛想を振りまいている。

豊かな金髪に、女性である事を誇示する胸元が大きく開いたドレス。自然とアイティールの腕に自らの腕を絡ませる婚約者は紅をひいた口で広角を上げ、アイティールを見上げていた。

友達の異性への対応を見て焦るスレイプニルに、クストは心当たりがなくはなかった。

ただ否定して、見ないふり、気付かないふりをしていただけだ。

…確かに…まぁ…寂しさはあるよな…。

昨日まで同じ目線だった友が、急に大人びた対応を女性にしているのを見れば、置いていかれた気がしてならない。

自分の知らない事で急に遠くに行ってしまった友に、裏切られたような気持ちがしてしまう。

…全く…難儀なもんだよなぁ…俺たちも…。

法術師という存在が、人々の傷を癒す力が、他人への博愛だとするその根源に…特定の者への愛情は禁物だ。

クストも豪商の父の跡を継ぐならば、いつか法術師を引退するだろう。

…親父は家にこだわらなくていいって言っているけど…。

ラケル家の子供に男はクストしかいない。法術師と事業の承継、どちらでも好きに生きろと言ってくれる父親には感謝している。

しかし、そう言う父親のその目にはいつか俺が、法術師でなくなる日が来る事を期待しているようなきらいも感じられた。

今日のパーティーに参加する事を父親に言えば、書類から顔を上げて跡を継ぐのか?と聞かれた。

事情を言えば、呆れながらも親父はハートのキングに興味を持っていた。

白竜のうちは法術師でも、一転、黒竜になれば魔術師だ。黒竜が欲しがるくらいの逸材ならば、白、黒、どちらにしても価値はある。魔法はその特殊性と利便性で、かなり金になるからだ。

白竜だろうが、黒竜だろうが、仲良くしておけ。縁を切るな。と散々言われた。

…ナタルを切ったからだろうな…。

元白竜のダイヤのキングだったナタルは、黒竜に行ってから話もしていない。

自分達から見たら、全く異質な存在でも…純潔でない者からすれば、こちらの方が異質なのだろう。

そんな事を考えながらも、クストが見張り目的で参加したパーティーは、つつがなく過ぎる。

ただ、アイティールだけは、以前パーティーで見かけた隙のない完璧な姿と異なり、今夜は気もそぞろに、外ばかりをチラチラと眺めていた。

おいおい。お前、婚約者ほっといていいのか?

アイティールの視線を得られないリリア嬢は、不服そうだ。

リリス・モーガン。王家に連なる家門の副将軍の愛娘だ。容姿も立ち振る舞いも非の打ち所がないご令嬢だが…ただ、その青い目には時折、打算的な冷たい影が見える。

それは興味のない人物に対しては顕著で、艶のある笑顔を向けるのは自分に利益のある者にのみだ。そうでなければ挨拶どころか目線すら向けない。だがそれも、典型的なオケアノス人の特徴だろう。

…まぁ、俺には関係無いけどな。

パーティーに参加した者達は、一様に、にこやかな笑みを浮かべ盛り上がりを見せている。

より強いコネを得ようとする者や、情報収集に励む者、それと無く毒を吐いて牽制する者、それに付き合う上辺だけの親交と…一部、お互いに見知った者達が真に談笑していたり…。

クストはパーティーに飽きて、庭に出た。念のため、外も見回っておこうと、あえて灯りはつけなかった。

パーティー会場から離れれば、庭は闇だ。時折、月明かりがさした時はいいが、今日は上空の風が強いようで、雲と月が忙しく交代すれば月明かりと暗転を繰り返す。

広い屋敷を一周するように歩けば、高い壁に影が動いて見えた気がした。

人?まさか…かなりの高さがあるぞ…?

だが、魔法があれば別だ。そしてそれならば黒竜と見て間違い無い。

慎重に歩いて暗闇に目を凝らした。だが、塀の上には猫すらいない。気のせいか。と視線を下ろすと、暗い中、誰かが庭を屋敷に向かって早歩きをしている。が、急に立ち止まり、慌てたようにピョコピョコとその場で揺れ始めた。

…なんだ…?

何かを焦っているような人影だ。その影の長い髪らしきものが揺れていた。衣服の影、背丈や動き…雰囲気的にも女か。

「君」

「!?」

声をかければ、ビクリと身を震わせた。

「君…そんなとことで何をしている?」

パーティー会場からこんな暗い庭に出る女がいるだろうか?何をしに?

背を向ける女性の顔もドレスの色も、暗くてよくわからなかった。会場にいた者達の顔はひとしきり見ている。見覚えがなければ招待客で無い可能性が高い。

「………君、名前は?」

訝しんで近付くと、女は振り返りもせず戸惑っているようだ。

「…あの…お願いが…あるのですが…」

かすかな声でその女性は言った。その声がクストの気を引いた。

「お願い?」

若い。しかも、娼館にいるような女の声じゃ無い。素人の…娘だ。

「暗くて…転んでドレスを汚してしまいました…着替えたいのですが…ボタンが取れないのです…」

うん。なかなか…いや、かなりかわいい声をしている。

「……」

そもそも、なんでこんな暗い庭に出たんだ?

訝しんで様子を伺えば、言いにくそうに女性は続けた。

「申し訳ありませんが…その…手伝っていただけないでしょうか…?」

やっぱり良い声してる。脳内保存。あ、いや!それよりも今はこの女性の正体だ。

「なぜこんな所に?」

「風に…当たりたかったんです。緊張して…人のいない所で休みたかったから…」

責められているように、女性は身を縮める。

そりゃ、こんな明暗の差がある夜に裾の長いドレスでフラフラと慣れない庭を出歩けば、転ぶだろう。

「お願いします」

「…い、いや…それなら人を呼ぶから…」

黒竜が雇った女の演技か?しかし…この声…まだ十代半ば…これは15、16って所か。しかも、この声の感じ…なんか…なんだ?…同類な感じがする…。同類?何の?

クストが違和感に戸惑った。

「困りますッ…勝手に出歩いたのに…怒られてしまうの…」

再び悲嘆に暮れたような切迫詰まった声。

「しかし…」

罠か?でも、なんかそんな感じもしないんだよな…何て言うか…色気が無いって言うか、悲壮感と言うか…これ…本物の招待客だったらどうする?恥をかかせたと言われるんだろうか?

「手の届く所までで結構です…人に見られたくありません…暗いうちに…早く」

「いや、でも…」

娘の声は演技のようにも聞こえない切迫振りだ。

「困ってるんですッ…早くして!」

躊躇っていたら思いのほか強く急かされた。早く着替えたいと色気もなく言われれば、渋々ボタンを外す事にした。

自分のためにも、何かあったら逃げられるように距離を取っておこう。

暗がりで、慣れない小さなボタンを外すのには両手が必要だった。

髪を前に流して背中を向けている女性の服を、上から小さなボタンを1つ、2つ、3つと外していくと、妙な背徳感に襲われた。

これ、いいのか?いや、ダメだよな?…ダメだけど、ここでやめるのも咎められるんだろうか?…やめるか?…続けるか?

1つ外す毎に相反する気持ちに、それでも迷いながら外していくと、開いていく服からうっすらと白い背中が闇に浮かんで見える。

これ、そもそもどこまで外すんだ?全部外すと…マズイんじゃ…?

華奢な首筋から肩に女性の背中がむき出しになってくると変な汗が出てくる。思わず触れてみたいと思う白い肌の質感に、何度もヤメろと自制した。

いや、でもちょっとだけなら…偶然に触れたりなんかして…?いや、それでもし、凄くなんか良かったら…マズイ!やっぱりダメだ!…いや、でも言っても背中だろ?そんな想像以上とは言えないだろ?…いや、しかし、万が一というのもあるし!!

葛藤は終わらない。それどころか進める毎に強くなる。それを煽るように女性の体がソワソワと揺れた。

ようやく背中の半分下まで外れた所でそれは突然終わった。娘が急に「ありがとう」と言い捨て、裏口に飛び込んだからだ。

月が雲から抜けた間際、振り返りもせず走り去ったその髪は波打つ漆黒だった。

「…………」

クストは夢でも見たのかと思った。

…黒い髪…?そんなバカな。

いるわけがない。せいぜい濃い茶色か、混色だ。あんなに均一で漆黒なんて、染めたにしても、パーティーにいればすぐに目立つ。

幻だ。黒竜を意識し過ぎたせいだろう。

髪は黒じゃ…いや、黒だった。…黒に見えた。

「……まさか。濃い茶色がそう見えただけだろ…」

それにしても何だ?顔も見せずにあんな捨てゼリフのように去るもんか?

いや、ボタンが外れているのだから、いちいち丁寧に礼を述べていたら脱げて一大事だ。

だが…あの白い滑らかな背中の…前は…どんなだったんだろうか…?

と、考えて頭を振った。

しかし、クストの目には白い背中が脳裏にチラついた。声からしても、若い。し、絶対に可愛かったはずだ。あの声は間違い無い。

可愛い娘の…背中のボタンを外した事実…。

「(……ヤバイ…)」

クストはポケットから小瓶を取り出すと、一気にあおった。

甘苦い味に口を拭うと…

「(ちょっと…一旦、落ち着こう…)」

クストは急いで…トイレを探した。

そして、トイレで冷静になると、自分が何のためにパーティーに来たかを思い出して、慌てて後輩の部屋へと急いだ。

そんな気配は無かったが、あの謎の娘が黒竜の罠だったら?自分がその背中のボタンを外す手伝いをしたせいで、後輩が白竜を出ることになったとしたら?

黒竜の教室でクストは後輩を黒竜の目から守れなかった。メルセデスにハートのキングを見せつけてしまった。同期だったナタルを救えず、ハートのキングまで失ったら…クストはもう白竜の皆に顔向けが出来ないし、自分を許せそうにない。

クストは全力で走り、籠城しているであろうスレイプニルの部屋の扉を叩いた。

結果は…そんなクストの気も全く知らない能天気な後輩が、なぜか自称《可愛い?光玉》を作り、それをクストの手に乗せると、その才能を無駄に披露して喜ぶというものだったが…。



聞き覚えのある声がして、アイティールは足を止めた。

「…じゃあ、話をするけど…1つだけだよ?」

「面白かったらね。つまんなかったらやり直しよ!」

リリスを見送って、急いでニルを探せば意外な部屋で彼の声がした。

妹の声がしたので、友人が妹に理不尽な事を要求されていないかと少し開いていた扉に手をかけた。

しかし、ニルの声に不機嫌さは無い。むしろ、自主的に妹と話をしているようだった。

ニルはまるで自分の家族と話をしているような気楽さで妹に接している。

やがて話し始めた物語はまるで本を読んでいるかのように流暢だ。見てきたように語られる物語は、妹が途中で先を急がせるほどに興味深い。

「…『死なないで。あなたを愛しているの』そう言ってバラ姫が涙を流した時、獣王の体は光に包まれ人間の姿に戻りました。バラ姫の真実の愛で魔法が解けたのです。そうして、人間に戻った王はその後、良い王として、臣下や人々から尊敬され、バラ姫と幸せに暮らしました…」

「………」

「…おしまい」

「………獣王は…愛してくれる人に出会えたのね…」

「…そうだね。獣王は元々は優しい人だったと思うよ?」

「私もそう思う!」

パッと身を起こして同意する妹をニルは咎める事なく見守っている。

「…羨ましい…」

「そうだね。分かり合える人を見つけられた人は…とても幸せだね」

「…私にはいないわ…」

呟く妹に密かに同意する。だがそれは妹に限った事じゃない。王家の血を持って生まれた者ならば、それは宿命だ。

「どうして?」

「知らない。お父さまもお母さまも…誰も私を愛してくれない…」

「そんな事はないと思うよ。見えないだけの事もあるから…」

「私はずっとそばにいてくれる人がいいの」

「いつか…君を心から愛してくれる人と、出会えるといいね」

そう言い自然と妹の頭を撫でるニルの声は優しい。

「そんな人、いない」

「わからないよ?バラ姫だって、最初は怖ろしい獣王が人間だって知らなかったんだ。獣王だって、バラ姫を信じてなんかいなかった。でも、お互いを知って惹かれあった」

「………」

「でも、そのためには自分の心を磨いて、相手を知る努力もしないといけないね…魅力のある人って、見た目だけじゃないでしょ?」

「………獣王は…良い王になった…」

「…側にいてくれる人が良い人だったからね」

「…………」

「さぁ。これで僕の話はおしまい。おやすみ。お姫様」

「………面白かった」

珍しく素直な妹にニルは笑って「光栄です」と言って、ベッドを離れた。

部屋を出て、扉を閉めたニルは私に驚いて飛び上がった。

「うわぁ!ア、アイティール…いつの間に…」

「……ニル……」

「う、うん?」

「光玉を見せてくれないか?」

あの神秘的な漆黒の娘の手を引いて庭を去ったニルだ…とても似ていたから身内だろうが、念のため確認しておきたかった。

「なんの?」

「…なんでもいい」

「じゃあ。はい」

ニルは造作無く光玉を作った。

「…わかった。もういい」

光玉を消してニルは苦笑した。

「いくらなんでも、君の妹に僕が変な事はしないよ」

そんな事を疑ってはいない。あるわけがない。今のアレに欲情する男がいたら幼女趣味の異常者だ。

「……どこに行ってたんだ…?」

それよりも気になっているのは、ニルが連れていたあの漆黒の娘だ。

「…どこって…」

「屋敷を出ただろう?」

私の問いに、ニルは動揺して目をそらす。こんなにわかりやすい者も珍しい。

「え。まさか。僕は別に…」

「相手は誰だ?」

「あ、相手?!…誰の事?」

「女性だったはずだ」

なぜ隠す?私に言えないのはなぜだ?君は私を友と認めないのか?

「えぇー…?見間違いじゃないかな…僕は別に…やましい事はしてないし…?」

「ニル…君には弟がいるそうだな」

「ああ。うん…それが?」

「…………」

あの横顔と、月明かりで見た顔はニルに酷似していた。

「…姉か、妹もいるんじゃないか?」

「いないよ」

その言葉に動揺は見られない。

「…………」

じゃあ、誰だ?隠れて会う必要のある娘は誰なんだ?

「そ、それより、アイティールは忙しいでしょ?その…婚約者の人もいるだろうし」

「リリスはいない。帰したからな」

しつこく滞在を求めた女は、それを許せば屋敷に居座るようになるだろう。そんな面倒くさい事は断固として避けたい。

「え。帰したの…?どうして?」

しかし、ニルはそれを聞いて悲しんでいた。

なぜニルがそんな顔をする必要がある?

「……そんな事より、さっきの話は本物か?」

「え?なにが?」

あんな妹に、なぜあんなに優しくするのか。自分にもした事が無い話を聞かせて寝かし付けるなんて、何が気に入ったというのか。

「ああ。獣王とバラの話?…いや。残念ながら作り話しだよ」

「君の?」

「う、うーん…まぁ…いろんな事の複合というか…って言うか、聞いてたの?」

照れながら言うニルは、自分の価値をわかっていない。

「…面白い話だった」

女や子供が好きな恋愛事に、帝王学が結び付いているような話は、実に聞きやすい。

「…ど、どうも…光栄デス…」


「獣王には側近がいなかったのか?」

アイティールに夜食を進められた。断ろうと思ったが、アイティールは強引に決めた。

「あ、アイティール…君、ご両親と話をしなくていいの?」

軽食を頂きつつ戸惑いながら聞いた。アイティールは夕食が済んでいる。

…どうも人に見られて食べるのは、見張られているようで落ち着かないな…。

「話はした。父上は今頃、ロキと話をしているだろう。母上とは話が合わない」

「あ、ああ…そう…」

アイティールのお母さん…親しみやすさは無いからな…。

「獣王に側近ねぇ…執事や使用人はいたけど…その人達も獣王の横暴な振る舞いに怯えていたからね」

「…なるほど…しかし、その獣王に意見するバラ姫は、気が強かったんだな」

「そうだね。芯の通った人だったんだろうねぇ。まぁ、途中からは愛情だろうけど」

「愛情?」

「うん。本当に相手の事を思えば、諌めないといけないでしょ?自分の身を危険にしてまで忠言するのは愛情だよね」

「……そうだな…」

「獣王は本当は優しい人だったけど、獣になってから孤独や不安や恐れに苛立った。そんな彼を恐れて誰も彼に本音で向き合っていなかったんだ。それに怒って獣王は相手の嫌な事をする。相手を怒らせて本音を引き出そうとしたんだよね。でも、周りは怖がってどんどん本音を言わなくなるんだ。そうなると獣王はもう、何が正しいのかわからなくなってくる」

「………」

「そこにバラ姫だけは素直に本音をぶつけるんだよ。秘密もあったけど、それは彼に嫌われたく無かったからで…獣王もバラ姫が秘密にしている事があるってわかってたけど、彼女を信じて、自分を信じてもらえるまで待った。まぁ、そんなわけで死にそうになるけど、最後はハッピーエンドでいいでしょ?」

「………ああ。そうだな」

アイティールはやたらと深く頷いた。

「君の妹さ…」

「アイリスか。アレは会うたびにひどくなる」

「寂しいんだよ。僕がこの話をしたのも、あの子がひとりぼっちの獣王だからだよ」

「………まぁ……それは…仕方のない…」

アイティールは俯いた。

「…人様の家の事は言えないけど…彼女には友達とか、ロキさんみたいに叱ってくれる人が必要なんじゃないかなぁ…あ。もちろん、叱るだけじゃダメだよ?」

「……そうだな…留意する」

アイティールはそう言って頷いた。

「それじゃ、そろそろ…僕、シャワー借りていいかな…?」

図々しいが、学校と違い誰の目も気にせずシャワーを使いたい。

「ニル。1つ聞いていいか?」

「え?何?」

「リリスをどう見る?」

リリスって、あのアイティールの婚約者の彼女だよね。どう?見る…と言われても…。

「えーと…僕、遠目で見ただけで…その…よくわからないのが正直な所だけど…」

「そうか…」

「う、うん。でもなんていうかな…」

「忌憚なく言ってくれ」

「う、うん…その…美人で綺麗な人だなーって思って…」

「……それで?」

「それで…なんとなーくなんだけど…いや、本当、ただのなんとなーくで申し訳無いけど…」

「構わない」

「彼女…友達、少なそうだよね。特に同性には」

「……………」

アイティールは肩を震わせた。怒ったかと思った。ら、痛快だと言わんばかりに笑った。

そんなアイティールの笑い顔は初めて見て、私はびっくりしてポカンとした。


ベッドに入っても、眠気は訪れなかった。

疲れてはいたが、バルコニーから見たあの娘が何度もアイティールのまぶたに浮かんだ。

光を生み出し微笑む横顔に、振り返り月光に浮かぶ神秘的な色合いと面影。躊躇なくその娘の手を引くニルは初対面では無いのは確かだ。しかも、そのエスコートは強引で、とても気を使っているようには見えない。

…まず、あんなに酷似しているのだから身内だろう。

なぜ隠すのかがわからない。自分にバレて何が問題なのか。問い詰めたい気持ちになったが、あの話を聞いた後には聞けなかった。

『相手を怒らせて本音を引き出そうとしたんだよね。でも、周りは怖がってどんどん本音を言わなくなるんだ』

『獣王もバラ姫が秘密にしている事があるってわかってたけど、彼女を信じて、自分を信じてもらえるまで待った』

…言えない事があると言うのは…事情があるという事か?

確かに、あの漆黒の色彩が本物ならば、人目に触れれば騒ぎになるだろう。

…守りたい人なのかも知れない。いや、おそらくそうだろう。

それならば、相談してくれたらいいのに。

いや…今のアイティールに確実に守れる力はあるだろうか…否。父親の目があるうちはアイティールにも及ばない所がまだ多々ある。

…そういう事なのだろうか…。

ニルがアイティールを信じきれない所は、自分が父親の影響から脱せていない所を見抜いているからかも知れない…。

アイティールは自分にひどく落胆した。


どうにも気持ちが沈んで、アイティールはニルの部屋を訪ねてみた。

悩んだが、ノックしてみる。やはり、応答は無かった。そのまま引き返そうと思って…ふと、思い出す。

そっと扉に手をかけると、鍵はかかっていなかった。

寮ではニルはネイロスと同室だ。アイティールは密かに面白く無かった。誰かと同室になると思っていたのに、相手はあのタナトスで、しかも奴は部屋には寄り付かない。これではほぼ一人部屋だ。

気はラクだが、《寮は相部屋》と言うのを覚悟していた自分としては、つまらない。

あの娘に似た顔をそっと覗いて寝顔でも見とこうと思った。起きたとしても、驚かすのも面白い。

部屋を開けると、かすかに草花の匂いがした。バラやユリのような大げさな花じゃなく、草原や野花に咲いている花のような…。

枕元にはオレンジ色の光玉が淡く光っていた。消す前に寝てしまったのだろう。

ベッドに近付くと、ニルはうつ伏せで寝ていた。その姿はまさに力尽きた感じで穏やかに寝息を立てている。

オレンジ色の光にニルのその横顔を眺めると、やはりあの娘と似ていた。

柔らかな顔の輪郭が特にそう思わせるのかもしれない。

起きるかとその頬をチョイチョイと触ってみると、ニルは「むー…」と呻いた。さらにチョイチョイと触れば「…お姉ちゃん…プリンはあげないから…自分で作って」と寝言を言った。

「(…姉…)」

やはり、姉か!

アイティールは納得した。ニルが隠そうとしたあの娘は、彼の姉だ。

もっと情報は出るかと、アイティールが頬を突けば、指をパクッと食われた。

「!?」

指を食われた二度目のその感覚にアイティールは総毛立った。

温かく柔らかい湿った感覚に妙に動揺する。と、共に、反省した。

友が休んでいるのを邪魔していいわけがない。しかも寝込みに情報収集とは、とても信じて待つ者のする事じゃないだろう。

アイティールはそっと部屋を出て、自室に戻ると深く反省をした。


「おはようございます。父上、母上」

「アイティール…なんだか疲れた顔をしているわね?」

翌朝、家族と迎えた朝食で母親に言われた。

「なんだ?あれくらいで疲れるのか?ならばもっと増やさねば」

社交の場を増やすと言う父親にアイティールは笑顔で答えた。

「いえ。昨夜は学業に夜更かしをしたまでです」

あんなに面倒くさい事を、そうそう増やされてはかなわない。特にリリスが来れば5割り増しで面倒だ。

「リリス嬢を帰したそうじゃないか」

思考を読まれたかのような父親の言葉に、アイティールの手は一瞬止まった。

「…ええ。彼女の心配はありがたい事ですが、彼女を引き止めるほどの事ではありませんから」

サラリと笑顔で辞退を語るアイティールに父親は苦笑した。

「容体の程度ではなく、あの子が側にいたいと言っていたのでしょうに。女心がわかって無いわね」

母親が冷静にアイティールを批判した。

「…それは、勉強不足でした」

アイティールは表向きには素直に受け止める。

「…お兄さま。あいつは?」

アイリスがテーブルの下まで覗き見て聞いてくる。

「…なんだ?」

「あいつよ。あの…なんていうの?あいつ」

誰の事かはわかったが、妹に気安くその名を呼ばれたくない。下僕や従者と違うのだから。

「イリス。ここは家族の場所よ。お招きしていない場合、ゲストはいないのよ」

「でも、ロキはいるじゃ無い」

もちろんテーブルにはつかないが、ロキは部屋の隅に従者として控えている。

「ロキは従者だ。…彼は従者じゃない」

アイティールはそう言ってテーブルについた。使用人が影のように朝食を給仕する。

「ふぅん…」

妹は意外とあっさりと黙った。


「はぁーーーー。今日もいい天気だなぁー!」

アイティールは家族で朝食をとるため、私は別で済ませて屋敷の庭先に出た。

庭は本当に良く出来ている。それは観賞用に長けてだが、色とりどりのバラに、飛び出る枝葉1つない動物の造形物(トピアリー)なんて、刈り込みだけでなく、ここまで樹勢を調整する技術まで…全てが芸術作品だ。

昨夜はギルと庭を抜けて出たけど、庭を傷めたりしなかっただろうか…。

「(…なるべく、土は踏まずに歩いたけど…ギルは雑だからな…)」

灯りを点ける前の道を確認すれば、特別乱れた所が無い事に安堵した。

今日も休みだし…何しよう…。

特別、アイティールからの誘いは無い。家族が揃っているわけだし、私は邪魔せずに大人しくしておこう。

朝の爽やか空気を堪能すべく、庭の片隅の木陰で腰を下ろした。木陰は芝生に覆われ草木のにおいがして、風に揺れる木の葉の音が気持ちいい。

「(…ムーンボウに行ってみようかな…)」

そんな事を考えていると、起きたばかりなのに食後もあってウトウトと気持ちいい睡魔が訪れる。

そのまま気持ちよくまどろんでいると、顔に何かが食い込んだ。

「イダッ」

慌てて起きれば、フリルの付いた小さなピンクの靴と、ドレスが視界に入った。

「あら。生きてたのね。死んで干からびているのかと思ったわ」

可愛らしい声なのに、内容はヒドイ…目を向ければそれは、お人形のようなアイリスだ。その手にはどこから持って来たのか、木の枝が握られている。その後ろには使用人の人が立っていた。

「………アイリス…まさか僕を木の枝で刺したわけじゃないよね…」

非難のつもりで言えば、彼女はその髪と同じ色の長い睫毛を瞬いた。

「…だって、地面に倒れているんだもの。汚い。死んでいるなら触れないわ」

枝を振り振り不満げに答える。

「……まずは、声を掛けるものでは?」

「あなたが起きないからでしょ。私は悪く無いもの!」

フン!と、そっぽをむく。

「ああ、そうですか…」

全く…相変わらず素直じゃないな…。昨夜の素直さはどこに言ったんだ。

あくびを噛み殺して、再び横になろうとすると、アイリスは慌てて声をあげた。

「ちょっと!起きなさいよ!」

「…なんで?」

「私に面白い話をしなさい。聞いてあげるから」

偉そうに腰に手を当てて、その青い目で私を見下ろし命令する少女は小憎らしい。

…まぁ!どこの王弟の娘ですか?親の顔が見て…似てるねぇ。うん。

「えぇー…。昨日したでしょ。お断りします」

再びゴロンと横になる私に、アイリスは私の体に靴のままの足をの乗せた。

「起きなさいよ!」

こら。

「…アイリス。人を靴で踏む事が君の思う淑女なの?そんな事をされて、相手がどう思うか想像した事はあるよね?」

踏まれたまま、真剣にアイリスを振り返り見て言った。

「なによ…私はいいの!」

「なんで?僕は誰に踏まれようと気持ちのいい思いはしない。今も、とても不快だ」

「じ、地面に寝るのと、どう違うっていうのよ!おんなじじゃない!」

アイリスは足を退かして顔を赤くしながら抗議した。後ろに立つ使用人はハラハラしている。

「ここに横になったのは僕の意思。でも、他人に踏まれるのは僕の意思じゃない。他人を踏むという事は相手の尊厳を傷付ける行為。…だから、こういう場合は踏むんじゃなくて、相手をその気にさせる事を考えた方がいいよね」

毅然として言えば、アイリスはたじろいだ。

「な、なによ…それ…。そんなの知らない!」

かわいいはずの顔を歪めて、今にも泣きそうだ。

「…じゃあ、そのお話をしようか?お姫様と魔術師が出てくるお話。…聞きたい?」

寝転がりながら微笑めば、アイリスは面食らったように動かなかった。

私は起き上がり、服を払うと庭園を見渡す。

「せっかく天気もいいし…このお話はちょうどこんな綺麗な庭園で始まるんだ。お茶をもらって外で話をしよう」

そう誘っても、アイリスは動かず葛藤していた。注意をされてプライドが傷付いたのかも知れない。

「…ご一緒にお茶をいかがですか?お姫様」

彼女のプライドを立てて手を差し出せば、彼女は私をじっと見て

「…いいわよ。仕方ないわね」

と、小さな体で腕を組んで同意した。

アイティールの庭園は、本人の興味は別として所々に花を愛でれる休憩所がある。

もったいないなぁ。…なんて言うか、本人が楽しむっていうか、屋敷標準装備。主に来客用。みたいな感じ。

今回は噴水の見えるガセボでお茶を用意してもらった。

「ニル」

「あ。アイティール。どうしたの?」

お茶より先にやって来たのは、今日も安定の麗しさ…王子殿下だった。

「ニル…またワガママを言われたのか?」

綺麗な青い目で妹を見る目は冷たい。ムッとするアイリスが口を開く前に私が答えた。

「お茶に誘った所だよ。これから、物語を始めるんだ。アイティールも聞く?」

丸いテーブルを挟んで座る私とアイリス。

「ニル。そう言う事は事前に報告すべきだ。私が気が付かなければ、そのままだろう」

アイティールはさも当然だ。といわんばかりに席に着いた。

「…それじゃ…話をするね。これは、お姫様と魔術師のお話。あと、カエルも出てくる」

カエル。と聞いて、アイリスの顔が歪んだ。アイティールは興味深そうに私を見ている。

話の内容としては、ある偉大な魔術師に弟子入りした青年は、とても才能があったけど師匠の言う事を聞かずに嘘をついたり、イタズラばかりしてた。

それに師匠の魔術師がついに怒って青年に呪いをかけて追い出してしまう。

同じ頃、王様から自分の娘…つまりお姫様が、あまりにワガママで手を焼いていた事を相談された魔術師は、お姫様に珍しい金の鞠をプレゼントする。美しい鞠に大喜びのお姫様はそれで遊んでいたんだけど、うっかり鞠を井戸に落としてしまう。困っていると、1匹のカエルが現れて、自分が鞠を取れたら《願いを3つ》叶えて欲しい。と言う。

お姫様は、最初から守るつもりもなく安易にカエルと約束してしまう。喜んだカエルはすぐさま井戸に飛び込んで、鞠を持ち上げようとする。でも、人間にとっては小さな鞠だけど、カエルにとっては体より大きい。しかも深い井戸の中を這い上がるわけで…とっても大変な思いをして、何とか鞠を取ってきた。だけど、お姫様はお礼もせずに、鞠だけ取り上げると井戸にカエルを残したまま帰ってしまった。

「…カエルとしては憤慨だな。さすがワガママで無知な娘だ」

アイティールが言うと、アイリスが不満そうに言った。

「でも、カエルよ?そもそもカエルとの約束に意味なんてある?」

「さて、その続きだけどね」

お姫様はご機嫌で金色の鞠を抱えてお城に帰ったわけだけど、翌日、王である父親に呼び出される。

『姫よ。お前は約束をしたそうだが、もちろん守るのだろうな?』と。驚いたお姫様が目を凝らすと、そこにはまさか!1匹のカエルが拝謁してた。カエルが王様と謁見するなんて!驚いたお姫様だったが、そこには王様の臣下達もいて、お姫様の言動に注目している。カエルとの約束なんて、守る必要が無いと言うお姫様に、王様は大層お怒りになった。

『姫よ。相手が何者であろうとも、一度約束を結んだのならば、それは必ず守らねばならない!それは、誰であれ必ずだ!王命だ!姫はこのカエルとの約束を守らねば一生外には出れぬと思え!』

「ヒドイわ!!」

アイリスが物語に抗議した。

「ひどいかな?」

その感情移入に微笑ましくなって聞けば、アイリスは頬を膨らませて言った。

「だってカエルよ?!そんなの聞いてられないじゃない!」

対してアイティールは冷静だ。

「いや。カエルと言えど、きちんと約束したのならば簡単に反故には出来ない」

アイティールは冷静に言い放った。

「うん。お姫様のお父さん、王様はね…部屋に閉じこもって泣きじゃくる娘にこう言ったんだ」

『姫よ。お前が着ている美しいドレスは誰が作ったものか?お前が今朝食べたパンは誰が焼いたものか?パンを作る小麦は誰が育てたものか?』と。お姫様が答えられずにいると王様は、『全ては国民一人一人が己の仕事をして成した物。それは王と国民との約束をもとになされたもの。約束とは、例え王であれ…王でこそ破ってはならない。故に、約束の内容を確認もせずに結んだお前の責任だ。王族として全てを果たし、臣下や国民に証明してみせよ』

アイリスもアイティールも真剣に聞いていて、「それで?3つの約束とは?」と続きを促した。

「ああ、うん。お姫様の部屋に通されたカエルはね、こう言ったんだ」

まずは…私と毎晩、一緒に寝て下さい。

「絶対ヤダ!!カエルとでしょ?!無理!!」

アイリスは悲鳴をあげた。アイティールは不思議そうにしている。

「そう。お姫様は絶対に嫌だって言うんだけど、1つめの約束だって言われたらもう、もう泣きながら従う他ない。まぁ、カエルだからね、それはもう…湿っぽいっていうか…ペトペトするっていうか…ブヨブヨするっていうか…」

「ヤメて!!聞きたく無い!!」

アイリスは両耳を塞いだ。

「2つ目はなんだ?」

アイティールの冷静な問いに、私はお茶を1口飲んで続けた。

2つ目の約束は、私とお話しして無視しないで下さい。

「カエルと話?話をするような事なんてないわよ!」

耳を塞ぎながらもアイリスはツッコんだ。

あはは。それでも聞いてるんだね。アイリス。

「まぁ、それは…カエルとしては、見た目だけで毛嫌いせずにお互い交流しましょう。って事だよね」

「…なるほど…」

アイティールは頷くも、アイリスは涙目で首を振っている。

「では、3つ目の約束こそ本題だな?」

さすが、アイティール。鋭いね。

「うん。そうだね。3つ目はもし、あなたが私を気に入ったならば親愛の印としてキスして下さい。だ」

「イヤァァァァーーーー!!」

アイリスは悲鳴をあげた。

「あ、アイリス…落ち着いて。アイリスがするわけじゃないから、大丈夫だよ」

アイリスは衝撃過ぎて涙が出ていた。

「…それは、昨夜の獣王とバラと同じか?」

アイティールは冷静に聞いてきた。

「えへへ。まあ、そうだね。お姫様のキスというのはお決まりみたいなもんだから」

ネタバレに笑う私に、アイリスは「どう言う事?!」と聞いてくるから続けた。

「カエルと一緒に寝起きする日が続くと、お姫様もカエルにだいぶ慣れてきて、部屋から出れないお姫様にカエルは色んなお話を聞かせたり、外から花を持って来たりと気遣ったんだ。お姫様はそんな一生懸命なカエルと徐々に打ち解けて…仲良くなるにつれて、気付くんだよね。カエルは見た目ほど気持ち悪くて嫌な奴じゃない。しかも、お姫様の知らない話や知識をたくさん持っていた。面白い話。悲しい話。怖い話。色んな話を聞いたし、お姫様の方も相手がカエルだから素直に悩みや弱音を言ったし、カエルもお姫様の悩みや話をどんな些細な事でも真剣に聞いた。そんな日々を過ごしたある日、お姫様はカエルがどんどん弱ってきているのに気付いた。でも、カエルは何も言わないし、冗談混じりに「キスしたくなった?」とか聞くから、お姫様も素直になれない。そうこうしているうちに、ある満月の夜…カエルはとうとう動けなくなる。お姫様はカエルが死んでしまうと思って慌てる…その時に気付いたんだ。自分にとってカエルは何でも素直に打ち明けられた、とても大事な存在なんだって。それでカエルに聞く。「どうしたらいいの?!あなたを助けたい!」って」

「…キスするのね…」

アイリスは神妙に言った。

「そう。カエルと」

頷いて答えれば、アイリスは渋面になったけど、「でも、その後があるんでしょ?!」と聞いた。

「もちろん。お姫様がカエルにキスをすると、金色の鞠が割れてカエルは青年になった」

「魔術師の弟子だな」

アイティールの言葉に肯定する。

「そう。偉大な魔術師は弟子を呪いでカエルに変えた。「一生、虫を食み薄暗い湿った世界で這いずりながら過ごすがいい!」カエルの姿になった弟子は師匠に懇願する。「もう二度と悪さはせずに真面目に仕えますから、戻して下さい!」「嘘つきのお前の言葉など信じられるものか。だが、チャンスはやろう」魔術師はそう言って弟子が元に戻る方法を黄金の鞠に封じてお姫様に渡したんだ。「鞠の持ち主にキスしてもらえたら元に戻れる」とカエルに伝えて」

「…青年にはかなり難しい条件だったな」

「そうだよね。なにせ、カエルの姿で相手はお姫様でしょ?不可能に近い条件に、どうしたものか絶望したと思うよ」

「だが、それならわざわざ3つにせずに、最初から願いを1つにすれば良かったんじゃないか?」

「キスだけ?…それがね、青年はカエルの姿でお姫様に一目惚れしちゃったんだよね。キスだけならそれでお終いでしょ?彼は自分を好きになって欲しかったんだ。例え、自分の魔法が解けなくても、お姫様に嫌われたく無かった。無理強いしてお別れしたく無かった。カエルのままでも一緒にいたかったんだよね」

「…………」

アイティールは沈黙した。代わりにアイリスがさっきの渋面とは打って変わって目を輝かせた。

「それで?!2人は?!一緒になるの?!」

「…カエルから立派な人間に戻った青年は、王様と臣下達の前で証言するんだ。「お姫様は約束を守りました。だから自由にして下さい」って。でも、お姫様は、「自由でなくてもいいから彼と一緒にいさせて欲しい。それが叶わないのなら、他国では無く井戸に身を投げる」と言った」

「…どう言う事?」

「お姫様はね、カエルとの約束を果たせたら、隣国にお嫁に出る話が出てたんだ」

アイリスは、悲壮感を浮かべて押し黙った。

「王様は悩んだ。実は王様も厳しい事を言っていたけど、本音では可愛い娘をお嫁に行かせたく無かった。だから例えカエルとの約束を果たせなかったとしても、それでお嫁に出す事は防げるわけだ。でも、娘が約束を果たせた今、説得するのは臣下達か娘の方か悩んだ。そこに偉大なる魔術師が現れて、あのカエルだった青年は自分が呪いをかけた優秀な弟子だ。と伝えるんだよね。そして、弟子には誠実さを、王様の娘…お姫様には他人を思いやる優しさを教えられた褒美に、弟子と姫の婚姻を許してもらえないかと願い出る」

「…元に戻れた弟子が師匠に縁談を頼んだのか?」

「いいや。彼は、とっくに破門されたと思っていたからね。頼んではいない。王様も、偉大な魔術師が彼を優秀な弟子だというのであれば国にも悪い話じゃない。…それに、魔術師の推薦が無くても青年は自分を知ってもらおうと努力していた。とても聡明で色んな話を知っていたし、勇気もあったから王様も臣下達も、次第に納得したんだ。…そうして、青年は信頼を得た。お姫様とカエルだった青年は無事に一緒になり、国民をカエル1匹に至るまで大切にして幸せに暮らしました。…おしまい」

話を終えると、私はお茶を飲んだ。

「…青年は王になったのか…魔術師は全て分かっていたのか?」

アイティールの言葉に、ティーカップを置いた。

「うーん…全て分かっていた。って言うのもありだけど…」

「だけど?」

「…魔術師だって人間でしょ?多分、途中までは成り行きもあるんじゃない?」

「では、青年はカエルのまま死んでいたかも知れないと?」

「うん。僕のイメージでは偉大な魔術師って、なんか容赦無さそう。わざと難問にして、お姫様の問題をとりあえず弟子に押し付けた感もあるよね」

こういうのは、うがった考えだろうか?弟子の命を、何も知らないお姫様に渡して、それで遊ばせるってのも、すごい…。

イメージでそう言うと、アイティールは苦笑した。

「それが、ニルの偉大な魔術師のイメージか」

「だって、弟子がお姫様に惚れるとは確信が無いじゃない?全てが魔術師の策だったとしたら、実は2人が魔法で相手を好きになっていた。なんて嫌だし」

「え。ヤダ!」

アイリスは断固反対した。

「だよね。だから僕は途中までは偶然って思いたい。怒りに任せて本気で彼が死ぬのも構わなかった。…でも、様子を見ていて気が変わった。青年が改心したのを見て許す気になった…んじゃ無いかな?」

ティーカップを手に首を傾げると、アイティールは「これは実話なのか?」と聞いてきた。

「ううん。空想の物語だよ」

「嘘なの?!」

アイリスが聞き捨てならないと、身を乗り出した。

「あ、アイリス…全部実話の話ってのは…なかなかね。…面白く無かった?」

私が苦笑してアイリスに問えば、アイリスは我に返って「…まぁ…悪くはないわね…」と、大人びて取り繕うと、お茶を飲んだ。

アイティールは聞いてくる。

「この話の教訓は、見た目だけで相手を見くびらず、どんな相手でも約束したならば守るべき。という事か」

「そうだね。誰目線かで違うけど…たとえカエル1匹でもちゃんと耳を傾ける。かわいい娘に約束の大事さを諭す為にあえて厳しくする王様も良いよね。打算もあるけど親心だし」

「えー。そこなの?」

アイリスは不満そうだ。私はこの話の中で自分が気に入っている所を言った。

「王様は、カエルをカエルだからと侮らなかった。臣下の前だったからもあるだろうけど、キチンと話を聞いて、約束の大事さを娘に諭した。それって良いと思わない?」

「…たしかに。しかしよく、謁見出来たな」

「まぁ、言葉をしゃべるカエルなんて只者じゃ無いし…それに魔術師の弟子は機転が効くから、自分はカエルの王だ。とか、お得意の嘘をついたのかもしれないね」

「…なるほど…あり得るな」

架空の物語でも、考察すれば面白い。あれこれと3人で話をしていると、あっという間に昼を迎えた。

「…殿下、そろそろお客様がお見えになります」

ロキさんが、現れてアイティールに伝えた。

「あれ?今日、誰か来るの?」

「…ああ。父上目当ての者たちだが…父上が会っておけというから…」

「…へぇ…」

アイティールは大変だな…。

「アイリスは?ご両親とご飯?」

そう聞けば、アイリスは俯いて「…知らない。けど、多分違うわ」と呟いた。

「そうなの?じゃあ、僕と食べよう。あ、そうだ。せっかくだから一緒にデザートを作ろうか?」

「なにそれ?」

「アイティール、厨房借りていい?」

「…ニル…今度は何をするんだ?」

アイリスの目が好奇心に輝いて、アイティールは興味深そうに聞いた。

「うん。アイリスと簡単なデザートを作ろうと思って。いいよね?」

「…………」

アイティールは無言だ。不服そうに私を見ている。

「…あれ…ダメだった?」

「…いや…ニルは料理も出来るのか…?」

「料理っていうほどのものじゃないよ。でも、僕は作るのは嫌いじゃない」

「では、私も食べてみたい。私の分も余分に作るようなら構わない」

「あー、うん。いいよ。気に入ってもらえるか、わからないけど」

「何を作るの?!」

アイリスは立ち上がり、今にも動き出しそうだ。

「うん。材料とかもあるだろうから、厨房の人に聞いてから決めよう。まずはお昼食べてからね」

「…その場で決めるのか?」

「まぁ…大丈夫じゃないかな。どうしても必要なら買いに行くし」

「ニル。それは、自分で行くのは許可しない。必要があれば使用人に指示しろ」

「…あ、ああ、はい…」

そこはもう、しっかりと念を押された。

そんなわけで、お昼はアイリスと一緒に食べて、厨房を借りたわけだけど…玉子がたくさんあったから、それをもらってプリンにする事にした。

プリンは簡単だ。溶いた玉子に砂糖と、バニラエッセンス…まぁ、これは無くてもいい。

メイドのエプロンを借りてアイリスに着せてあげれば、サイズは大きかったけど、初めて着た事が新鮮らしく、「かわいいね」って褒めれば、アイリスは突っぱねながらも張り切って興奮していた。

まずは手を洗って、アイリスに玉子の割り方を教える。子供には力加減が難しいけど、何個か割っていけばなかなか上手になった。

アイリスは意外と飽きずに集中力がある。

かき混ぜて、砂糖を加えてまた混ぜて。私は砂糖を小さな鍋で熱してカラメルソースを作った。

カラメルソースは直ぐに焦げるから、タイミングが大事だ。砂糖が溶けて色がつきだしたら調整用にお湯を少し加える。ジュワッと跳ねる音にアイリスは驚いていた。

これを容器に移すが、この世界、耐熱ガラスは無さそうだから、熱に強そうなシンプルな器を探してそれに注いでいく。

ここの家のお皿は皆、高級そうで困るよ!いや、実際に高いんだろうな…。

「さあ、じゃあアイリスに準備してもらった玉子をザルでこすよ」

「こす?」

「細かい目のザルに通す事で玉子の結合が取れて滑らかになるんだ。一度でもこすと口当たりが良くなるから、やっておこう」

夢の中…電子レンジで作った時に、こすのとこさないのでは、違いが出た。

こさない方が素朴な感じ。こっちが良いっていう人もいるだろうな。

その甘い溶き卵をカラメルソースを敷いた器に注いでいく。

「ソースと混ざるわけではないのね」

アイリスがカラメルソースと玉子が混ざらない事に気が付いた。

「うん。カラメルソースはもうすでにちょっと固まって沈んでるから。カラメルソースは焦げやすいのが難点だけど、見た目にも味にも、いいアクセントになるんだよ」

さて、そんなわけで均等に入れた器を蒸し器…は、無いから底の深い大きな鍋に水を張り、蒸し器代わりにした。

「これは何をするの?」

「蒸すんだ。水蒸気を鍋の中でたくさん起こしてその熱い蒸気で玉子を固めるんだよ」

「…よくわからないわ。そんなので固まるの?水浸しでしょ?」

「うん。やってみればわかるよ。じゃあ、ここにこぼさないように器を入れていくね」

アイティールの屋敷の厨房。王弟の娘がケガでもしないかと厨房や使用人は気が気じゃないみたいだったけど、アイリス自身が「邪魔をしないで!入ってこないで!」と人払いをしてるから、人目を気にしなくて良い。

魔法でコソッと火を入れて鍋の水を沸騰させる。普通なら気付かれそうだけど、アイリスはそもそもどうやって火を付けるか知らないから、ラクだ。

「これでどうなるの?」

「これで、数十分待つ。そしたら出来上がり…だけど、アツアツもいいけど、少し冷ました方が美味しいかも」

「待ってられないわ」

…さすがお姫様。気が短くてらっしゃる。

「……。では、その間に別の作業をします」

「なに?」

「まず、この玉子で汚れたボウルを水に漬けてタワシでこする。はい。やってみよう」

片付けを促せば、アイリスは素直に応じた。何でも初体験というのは抵抗がなくていい。

踏み台を使って流しに立つお姫様というのも面白い。

「あ。アイリス。水がハネるからお腹が濡れないように布を当てとこうね」

アイリスは洗っているボウルを見せた。

「…これくらい?」

「そうそう。うん。キレイになったね。次はコレだよ」

そうこうしているうちに、子供のペースの片付けはゆっくり終わる。

「…そろそろいいかなぁ…」

鍋を見れば、水切りのためワザと斜めにフタした隙間から水蒸気が薄っすら立ち上っている。

「開けるの?」

楽しみに目を輝かせるアイリス。

「アイリス。ここは凄く熱いから先に僕が見るよ。ヤケドしちゃうから」

「見たい!!」

「うん、見せるから。少し待って。アイリスには重要な確認作業を任せるから」

「なにそれ?」

「玉子がキチンと固まったか、ピックを指して確かめるんだ。あと、味見」

「あじみ?」

「きちんと出来たか人に振る舞う前に食べて確認すること」

「する!」

アツアツの鍋から器を取り出せば、いい感じで固まっているようだ。

アイリスがピックを刺しても玉子の汁は出てこない。

スプーンですくって熱を取ると、アイリスの口元にスプーンを持って行った。戸惑いながら彼女はそれを口にする。

「…美味しい…」

初めてのプリンの味に、頬を染めてアイリスは呟いた。

「甘すぎない?」

熱が取れると甘みは落ち着くから、気持ち砂糖を多めで入れた。私は同じスプーンでプリンをすくうと口に入れた。

「あっ…それ、私の…」

「ん?ああ、ごめん。新しいの出すよ。味は大丈夫だね」

私は新しいスプーンと、味見して欠けたプリンをアイリスに渡した。アイリスはまだ何か未練がありそうだったけど、私が鍋を片付けている間、大人しく座ってプリンを食べていた。

「ソースが出てきたわ!」

「ニガくない?」

問えば、コクリと頷いた。

「良かった。カラメルは焦げると苦味が増すんだ。甘いプリンと苦味が良いって大人は思うかもしれないけど」

「私は子供じゃ無いわ!」

「そうだね。僕も苦いカラメルは苦手だから、気に入ってくれて良かったよ」

すんなり飲み込んで答えれば、アイリスは照れくさそうにプリンに集中して食べきった。

「じゃあ、早速、振る舞いに行こう」

「お兄様に?」

「うん。あと、お母さんとお父さんにも」

そう言うと、アイリスは驚いた。

「アイリスが作ったんだから。でも、大人は忙しい時があるからタイミングをよく確認してからにしよう」

「……そうね」

「イライラしている時や忙しそうな時はやめよう。せっかくこんなに美味しく出来たんだから。ゆっくり楽しんでもらわないとね」

アイリスは真剣に頷いた。

まず、アイリスのお母さんは、侍女と自室にいた。アイリスがノックすると侍女が出た。

「お母様にデザートをお持ちしたの」

「デザートですか?聞いておりませんが」

「私が作ったのよ」

その言葉に侍女はかなり驚いた。そして取り次ぐと部屋に通された。

アイリスはこちらを見たけど、「行っておいで」とプリンとスプーンを持たせれば、カラクリ人形みたいに部屋に入って行った。

廊下で待つ事、しばし…扉が開いて侍女が私に入るように言った。

帽子を取って、部屋に入ればアイティールに良く似た女性が、優雅に座って私に青い目を向けた。

「…おまえがこの子にこれを教えたの?」

責められているような言葉で言われれば、緊張した。

「はい。火を使う所は僕がやりましたが、他は彼女が作りました」

「…そう。……」

「…………」

沈黙が重いなぁ…。

アイリスが不安そうに母親の顔を見ている。

「…わかりました。お下がりなさい」

ええ?!そ、それだけ?!

「あの…!」

思わず、声をあげた。

「…なんです?」

「お気に召しませんでしたか?」

「……なんに対してです?」

何にって…

「僕、とても美味しく出来てると思うんです。そのプリン。美味しいか、好みで無いか…よろしければ教えて頂けませんか?」

マズイとは言って欲しく無い。でも、感想が無いのも嫌だ。

私の言葉にアイリスは、一際、緊張したようだ。不安そうに見ている。

「…ぷりん…というの?この食べ物は。…ええ、そうね…良いのでは無いかしら」

まるで湖面のように感情を乱さず、答える言葉はとりあえず肯定だ。

もっと喜んでくれるかと思ったけど…なんか、拍子抜けっているか…なんか…突き放されているようで…。

「あ…それは…良かったです。…じゃあ、これで…失礼します」

会釈して、帽子をかぶると私はそのまま部屋を出た。

なんか…何というか…サイボーグなのか?ってくらい感情の起伏の無い女性だなぁ…。

アイティールが話が合わないという気持ちがわかる。息子のアイティールですらそうなら、他人ならば、交流しようにも何を話していいのかわからない。

そんな事を考えていると、アイリスも部屋を出て来た。

「お母様、喜んでいたわ」

「そ、そうなの?」

あれで?可もなく不可もなく…って感じだったけど…。

「あなたが、余計なことを聞いた時はヒヤヒヤしたけど…まぁ許してあげる」

あ。そうですか…。

「じゃあ、アイティールの所でも行こうか…」

来客は帰ったかな…。

客間に行けば、扉の前の廊下でロキさんが控えていた。と、言うことはまだ謁見中か。

「何か御用でしょうか?」

ロキさんは私ではなく、アイリスに応対した。身分と立場的にそれが正しい。

「お父様達はまだお客様のお相手なのね?」

「さようでございます」

「まだ、かかりそう?」

「…私にはわかりかねます」

「そう…」

アイリスがうつむけば、室内から控えめの笑い声がした。会見は和やかなようだ。

「じゃあ、改めるわ」

アイリスが踵を返す中、私はロキさんに問う。

「お客様は何名ですか?」

「………」

ロキさんは私を見て、警戒した目を向けた。それは、何をする気だ?と言わんばかりに。

「何名なの?答えなさい」

アイリスに促されればロキさんも無視は出来ない。

「3名でいらっしゃいます」

「じゃあ、お出しできるね。お客様にも振舞ってみたら?」

私の提案に、ロキさんの目が厳しくなる。

「先程から、なんの事だ?邪魔をしない事だ」

「邪魔だなんて…彼女が作ったデザートを振る舞ったら喜ぶかと思っただけで…」

その言葉に、ロキさんは昼の私の言葉を思い出したのだろう。

「…恐れながら…毒味の済んで無いものはお勧め致しかねます」

アイリスにそう伝えるロキさんに、アイリスは抗議した。

「私が作った物に毒味が必要だと言うの?!」

「あ、アイリス…落ち着いて…」

さすがに、お客様のいる部屋の前で騒ぐのは良くない。

「だって!」

「ゆっくり食べてもらった方が良いでしょう?悪くなったりしないから終わるまで待とう?」

私の言葉に、アイリスは悔しそうに俯いた。

その時、扉が開いてアイティールが顔を出した。

「…どうした?」

「お騒がせして申し訳ありません」

ロキさんが、キッチリと詫びた。

「ご、ごめん。邪魔して。さっ、アイリス。行こう?」

促すが、アイリスは動かない。

「何だ?」

室内から王弟の声がした。慌てロキさんが部屋に入り、状況を王弟に説明したようだ。

「…ほう。そんな事が?…面白い。それは食せる物なのか?」

そんな言葉が聞こえて来た。扉の前でアイティールが目で大丈夫なのか?と聞いてくるから、私は「玉子と砂糖が嫌で無ければ、出来はいいよ」と呟いた。

ロキさんが戻って来て、私が持っていた籐のカゴの中身を確認した。

綺麗に均一に出来ている見た目に頷きながらも、「お出しする覚悟はあるか?」と問う。

「さっき、アイティールのお母さんにお出ししたら良い味だって言ってくれたから…はい」

と、答えれば、アイティールは目を丸くした。ロキさんは私からカゴを取ると、目で待機を指示する。そしてアイリスに「こちらへ…」と室内に案内して扉を開けた。

扉が閉まる前に廊下から見えた来客の1人は白銀の髪に灰色の目をした壮年の男性だったのが目を引いた。

扉が閉まった廊下で1人、待っていると室内では和やかな会話の元、プリンは好評のようで、わかってはいたがホッとした。

それから間もなく来客は満足して去った。私達が腰を折った形になったのかと思うと胃が痛んだが、アイリスは全く気にしていない。むしろ、得意げで機嫌がいい。

「みんな驚いていたわ!美味しいって。シロップが出るのも良いって!」

そ、そうですか。何よりです。

来客を見送った王弟とアイティールが、はしゃぐアイリスを見て私に声をかけてきた。

「スレイプニル。本当にあれはアイリスが作ったのか?」

「はい。蒸気を使って玉子を蒸す所は僕が手伝いましたが、他は彼女が作りました」

「お父様!私は嘘は言って無いわよ?」

「…アイデアは君だろう?」

アイティールが聞けば、頷くほかない。

「面白い。お前はこんな特技もあるのだな」

王弟は笑うと、甘えるアイリスと共に部屋に入って行った。

「ニル。妹の面倒を見させてすまない」

アイティールが詫びるので、感想を聞いてみた。

「ううん。僕に付き合ってもらってるだけだよ。アイティールはどうだった?プリン」

「…ぷりんというのか?ああ、しつこい甘さじゃなくて美味しかった」

「そう。良かった」

「分量もニルが決めたのか?それならアイツは何をしたんだ?」

「アイリス?…かき混ぜて、注いで、味見をして、片付けかな?」

私のその言葉に、アイティールは笑った。

「それはもう、作ったとは言わないな!」

「そんな事、言わないで。彼女に出来る最初の事なんて、それでもう十分だよ」

笑うアイティールに、私は困った。

「いや、そうだな…むしろ、片付けまでさせたのか?」

「片付けまでが料理だからね。大事な事だよ。本人も張り切ってやってたし」

そこは誇らしい。作るだけ作って片付けしないなんてダメだ。

「そうか。そうだな。そうか…では、あれはほとんどニルの作ったものだな。なんだ、それを知っていたなら安心して食べられたのに」

「え。ちょっと、もしかしてマズイかも知れないって疑ってたの?!」

私の問いに、アイティールは苦笑した。

「いずれにせよ、話の区切りがついてありがたかった。もう、ずっと飽きていたからな。正直、妹が羨ましい」

「アイリスが?」

「…好き勝手で何も責任の無いというのはそうだ。今日も、君を自由に連れ回している。私も来客の対応よりも、君が何をするのか興味があったし、母上のぷりんを食べた感想を見てみたかった」

ああ…まぁ…そうかも知れない…けど…

「うーん…でも、アイリスにしてみたら、親の期待を受けたアイティールを羨ましいと思っているかも知れないから…」

兄弟あるあるじゃない?まぁ、本人はどうかわからないけど。夢の中なら私も妹だ。

「上の兄弟が両親と自分の事で突き放した応対をされると、子供扱いされているようで寂しく思うものだよ?」

その言葉に、アイティールは何かを思い出したようで、聞いてきた。

「…ニル…あのデザートは家でも作ったりしていたのか?」

「え。えーと…あると言えばあるけど…無いと言えば無い…と言うか…」

こっちの世界では無い。けど、夢の世界ではある。

「兄弟に振る舞ったり、作ってもらったりしたのではないか?」

「え。いや…どうだったかなぁ…弟には無かったと思うけど…」

ロスがいた頃は私がまだ小さかったから作っていない。

「弟…には?じゃあ、他の兄弟にはあるのか」

断定的にツッコんでくるアイティールは、かなり熱心だ。

「えぇ?!…い、いや…それは…その…無い!無いです!」

ハッキリしなかった私は、改めて否定した。そしたらアイティールはなぜか不満そうだった。

そんなに実績を聞くほど、私のプリンを食べるの不安でしたか?!殿下!?

「でも、マズく無かったでしょ?!味見もしたから大丈夫なのに…」

「…………」

なぜかアイティールは、そこじゃ無い。と言わんばかりの目を向けて来たけど…なんなの?もう。


その日の夕食は、一家団欒に近付いたんじゃ無いかなぁ。私は参加してないけど、アイリスの機嫌も王弟の機嫌も良かったから。

実は夕食には誘われたんだけど、王弟に気に入られても厄介だから体調不良を理由に辞退した。

アイリスが様子を見にきたけど、コッソリ本音で「緊張して夕食の味がわからないよ…」と言うと、「情けないわね」と呆れられながらも、体調が悪いわけじゃない事に納得してくれた。

王弟にそれを黙っている代わりに今夜、光玉を作るのを条件にして。

光玉1つで良いならお安い御用ですよ…。

ちなみに、アイティールが部屋に夕食を指示してくれたからお腹は満たされた。

夕食後しばらくして、アイティールが私の部屋に来て話し込んでいると、アイリスが夜着のまま「光玉!」と催促してきたけど、アイティールもいたから、ついでだとばかりに、私のベッドでゴロゴロして話を聞いている。もちろん、アイティールは妹をたしなめたが、アイリスは耳を塞いで知らないふりだ。

次第にアイリスは私のベッドでウトウトして、ついにはいつのまにか寝てしまっていた。

さすがに一緒に寝るわけにもいかない。

アイティールは起こそうとしたけど、熟睡した子供は起きない。しかも今日は色々あったから疲れたんだろう。使用人の人にお願いして部屋まで運んでもらった。

約束もあったし、オレンジ色の光玉を作って、アイリスのベッドサイドに置いて来た。

アイティールはそんな妹をジッと見ていた。

何を思っていたのかわからないけど…。

「…アイティールはもっとアイリスと関わった方が、いいんじゃない?」

それぞれの部屋に戻る時、聞いてみた。

「あれと?……ゴブリンと戦う方が楽だ」

ええ…。そんな涼しい顔で言わないで。

「ニルは心得ているな。アレの扱いに」

「それは…子供扱いしない事だよ。尊重しないと…」

「子供よりも子供だ」

憮然と答えるアイティールは、ずっと親や周囲の期待に応えて子供らしく出来ないで来たんだろうから…そういう点からも、アイリスが羨ましいんだろうな。

「…アイティールにも、わがままを言って甘えさせてくれる人がいるといいんだね」

出来れば奥さんがいいだろう。そうしたら、きっともっと気が楽だ。

「……………」

アイティールは私の言葉に驚き、しばらく沈黙した後、また驚いていた。

「あははは。何、二度驚いてるの?驚き過ぎでしょ!」

「…いや…その…意外だったから…」

アイティールは口元を押さえて呻いた。

「誰だって、1人で立つのは辛いから、そんな人が側にいないとね…。獣王とバラみたいにさ。責任の重い人にはなおさらだよ」

気楽に言ってみてから、ふと思い出した。

そうだ。アイティールにはすでに婚約者がいたんだっけ。あの、リリス?って人がどんな人か知らないけど…見た目は冷たそうでも、まぁ、自分の夫には甲斐甲斐しくしてくれるんじゃないかな…。

ん?いやいや。なんか偉そうな事言っちゃったけど…私の方がそういう経験無いのに…めちゃくちゃ偉そうで…なんか、微妙に恥ずかしい。

「…………」

「…………」

アイティール!沈黙するのヤメテ!なんか言ってよ!「おいおい。君が言うのか?」でも良いから!

「え、ええーと…その…でも、こういうの僕が言うのも、なんか…おこがましいね。僕、白竜なのに」

沈黙に耐えかねて、自分でツッコミを入れれば、アイティールは聞いてなかったようだ。

「…………あ。すまない。なんだ?」

と、聞き返してきた。

「……。なんでもないデス…」

さすがにこれを2度言うのは虚しい。私は無言でアイティールの部屋まで歩いた。


アイティールはニルの言葉に、2度、衝撃を受けた。

1度目は、自分が甘えてワガママを言える女が存在していいのかという事。そして、それが誰になるのかと考えた時に、なぜか急に光玉を愛おしそうに眺める漆黒の少女が浮かんだ事。

なぜだ?

一瞬見かけただけで、自分の事すら認識していないだろう娘がなぜ浮かんだのか。

ニルが隣にいたからか?

髪の色や性別以外…漆黒の目や輪郭は双子のように酷似している。

もし、万が一…いや、空想として…ニルの姉を娶れば、ニルは義理の弟になる。それは…願っても無い。

その時、ニルが何か言った気がして、聞き返せばニルは「…なんでもないです」と苦笑した。

ニルが弟…。実の妹よりずっと良い。義理だろうと親戚になれば関係が切れる心配も無い。

休日に義理の弟と狩りに出る…義理の弟と政治を語る…義理の弟と酒を飲む…義理の弟と…

空想だった仮定は思いの外、アイティールの心を躍らせた。だから、もし。や、ひょっとしたら。という空想は広がってアイティールは眠るまで退屈しなかった。


翌日。

朝の間で両親に挨拶をして席に座れば、妹は未だ淡く光っているオレンジ色の光玉をテーブルの上で転がして遊んでいた。そう言えば…ニルの言葉を思い出す。

「父上…アイリスにも、そろそろ専属の侍女をつけてはいかがでしょうか?出来ればアイリスの言いなりにならない者が良いでしょう」

アイティールの申し出に、父母は瞬いた。アイティールが妹を気にかけるのが珍しかったからだ。

「…なるほど…。確かにそうだな」

「そうね。そろそろ良い頃合いでしょうね」

アイティールの提案に、父母は同意した。

「じゃあ私、アイツがいいわ!」

アイリスが声をあげた。

「…誰だね?イリス」

父の言葉に妹は迷わず答えた。

「お兄さまの友人。私の侍従にしてちょうだい」

アイティールは、怒りを通り越して呆れた。

「アイリス…お前はもっと賢くなったほうがいい」

子猿でも見るかのような目で見れば、妹はいつものような反抗的な目では無かった。

「どうして?だって、あいつはお兄さまの友人と言っても混血でしょ?私に譲ってちょうだい」

「イリス。お前は女だ。侍従じゃなくて侍女…つまり、女をつけるんだ」

父上の言葉に、アイリスは引き下がらない。

「じゃあ、侍女は他のでもいいわ。彼をもらいたいの」

妹の発言に父母の目が冷めた。話にならない。

「…アイティール。おまえは今日はいつここを出る予定だ?」

「私は昼には士官学校へ戻ります。父上はいかがなさいますか?」

父親とアイティールの言葉に、アイリスの意見は完全に黙殺された。

「今日は昼には王都の外れでエニフ卿と狩りを楽しむ予定だ。食事が済んだらもうじき、出る」

「そうですか。それではお送り致します」

アイティールは珍しく駄々をこねて騒がない妹をチラリと見た。うつむき黙っていたかと思ったら、大人しく席を立つと光玉を握り、朝食もそこそこに静かに部屋を出て行った。


「いただきます」

テラスに別で用意された朝食を一人で堪能する。

今日もいい天気だ。

学校に戻ったら、黒竜の教室の利用状況を調べないとな…。

必ず空きになる時間があるはずだ。その時間がチャンス。石化についての本を探せばいい。

…でも…いっぱいあったなぁ…あの本から探すとなると…。

いっそ、誰かに聞きたい……タナトス、教えてくんないかなぁー…。

彼がサクッと教えてくれたら、それで済むのに…交換条件を出してみるかなぁ…いや。なんか、それも…。

いくら枕としか思われてなくとも、自分から、寝よう!と言うのがはばかる…。

…最近のタナトス、近いんだよねぇ…。…ダメだ。パス。

そんな事を考えていると、ピンク色のドレスの少女がキョロキョロと何かを探して歩いていた。

…あれ?ご飯、もう終わったのかな?

アイティールと別れてそう時間はたっていないと思ったが。

少女はこちらに気付くと、走って来た。

「…おはよう。アイリス」

「私はアイリス・アルスタイル・アズ・ワズン」

「……え?な、なんて?」

なんかの呪文?

少女は自分の胸に手を当てて、再び言った。

「私の名はアイリス・アルスタイル・アズ・ワズン。あなたは?」

あ。それ、フルネームなんだね…。長い名前だけど、アイティールも本名は長いのかな…?

澄んだ青い目に金に光る髪。その小さいながらも誇り高い姿は、それが王家の血筋なんだろうか。

「ぼ、僕?僕は…スレイプニル…。ニルでいいんだ」

突然の自己紹介に面食らい、パンを片手に名乗っちゃったよ。

「ニル?それだけ?」

「そう。それだけ」

「そうなの。それじゃ、ニル。あなたを私の侍従にするわ」

少女…アイリスの言葉に耳を疑った。

「え。ええ?!…僕が?!君の?」

「…嫌なの…?」

「いや…その…そう言うんじゃ無くて…僕、ちょっと…やる事があるから侍従、出来ないな…」

「なによ?やる事って?」

「うーん…色々あるんだけど…。あ、まぁ、とにかく座りなよ」

向かいの席を勧めれば、隣の席に座ってきた。

「もうご飯食べたの?」

アイリスは首を振った。

「…お父さまもお母さまもお兄さまも、誰も私の話を聞いてくれない…」

「…そうなんだ…それは悲しいね…。なんの話をしたの?」

「あなたを侍従にして欲しいって言ったの」

「ゴフッ!!」

むせた。

「僕を?!…ご両親にも言ったの?それ?」

「そんなにおかしい事?」

「う、うーん…それは…難しいよねぇ…」

「何がダメなの?」

「うーん…いいかい?まず、君はかわいい女の子だから、お父さんやお母さんは男の人を近寄らせたく無いだろうね」

「…私には侍女だって言ってた」

「うん。それに、僕、法術師の見習いなんだ。学校で毎日勉強しなくちゃならないし、法術師である限り女の人とあんまり…その…えーと…」

正確には同性同士、むしろなんてことはないんだけど、世間一般的に?

「あんまり仲良くしちゃいけないんだよね」

「…じゃあ、法術師をやめたらいいじゃない」

「う、うーん…僕、法術師になりたいんだ。明かりをともしたり、傷付いた人を治す事ができるんだよ?」

今はまだ治癒は出来ないけど。ああ、そうだ。ローズ先生を急かして治癒も習っておかないと。

「…昨日の光ね…」

「うん。そうだよ」

今日のお姫様は初日と打って変わって大人しいな…。

「…これ、いつまで保つの?」

アイリスが光玉をテーブルの上に置いて聞いてきた。

「ああ。それ?長持ちするように意識しなかったから…そろそろ消えると思うよ?」

「長持ちするのもできるの?どのくらい?」

「うーん…試した事無いなぁ…いつか作ろうと思ってたけど」

「…それなら、うんと長持ちするのをちょうだい」

「え?長持ちする光玉?…どうして?」

お姫様なら照明には困る事はないだろうに。

「いいじゃない。ダメなの?」

私の真横でアイリスは素直に、ねだった。悲しげな顔に罪悪感を感じるくらいに。

「いや…まぁ…いいけど。どのくらい保つか保証できないよ?」

「いいわ。…消えたらまたあなたに頼みに来るから」

アイリスは、良い事を思い付いた。と言わんばかりに笑った。

「あ。その前に…」

「なによ?」

「朝ご飯、終わらせていい?」

朝ごはんが途中だった。少女は大げさにため息を吐いて「いいわよ。…特別よ?」と、頬杖をついた。

朝食の途中で、アイリスが暇そうにパンを眺めるから「食べたら?」と勧めたら、ツンとそっぽを向く。

「僕一人で食べるのもなんだから、一緒にどう?」

一昨日もそうだったけど、誰かに見られながら一人で食べる食事は居心地が悪い。

更に言葉を続ければ、アイリスは「しょうがないわね」とパンを口にした。

テラスで、私とその隣にアイリスが黙々とパンを食べる光景は、通りかかる使用人達を戸惑わせていた。

「あ。すみません。お茶頂けますか?彼女にも」

その使用人の一人に、お茶をお願いしながら千切ったパンを口に入れる作業が続く。

「やっぱり、食事を取るのは大きいテーブルじゃなくてこれくらいが丁度いいよね」

このテラスの丸テーブルならば、夢の中の外食と変わらない。

「そうなの?」

キョトンとアイリスが問う。

「だって、大きいテーブルじゃ相手の顔も良く見えないし、声が聞こえにくいじゃない?」

「…ふーん…」

「自分の好きな物をお勧め出来ないでしょ。…あ。アイリスはレーズンパン、好き?」

パンの入った籠をアイリスの前に置いた。彼女は戸惑いながらも、コクリと頷く。

「人との距離って、大事だよね。あんまり遠いとよくわからないもの」

…まぁ…近過ぎても難はあるが…。

私はタナトスを思い出した。

タナトスは人と交流したがらない。いつも一人でフラフラと幽霊みたいにさまよっていた。

それなのに…なんで他人という枕が必要なのよ。タナトスもアイティールも距離感おかしいからな…。貴族育ちの人ってそう言うもんなんだろうか…。

使用人が入れてくれたお茶でひと心地ついて食事を終わらせると、私は両手をグーパーと動かす。

「…さて、それではお姫様。…どのような光玉をお求めですか?」

私の改まった問いかけに、アイリスは好奇心に青い目を輝かす。

「うんと長持ちするものよ」

「色はいかがいたしましょう?」

「オレンジ色のほかに?」

「本当は禁じられておりますが…ピンクの光もおそらくは…」

芝居がかって答えれば、彼女の頬は興奮で高揚する。

「…見たこと無いわ…本当なの?」

「さて?初めてですが…試す価値はあるかと…」

「どちらも!!」

「お姫様…欲に惑わされてはいけません。お創り出来るのはお1つだけです」

「…1つ……」

彼女は悔しそうに唇を噛んだ。

「…では…オレンジ色を…」

渋々選んだ色に、私は意外に思った。

ピンク一択だと思ったのに。

「大きさはいかがなさいますか?」

「大きい方が長持ちする?」

「いいえ。どちらかと言うと、小さい方が長持ちでしょう」

「じゃあ、小さくてもいい」

「かしこまりました。…あ。多分、ちょっと時間かかると思う。集中するから、会話は出来ないよ」

散々、芝居がかっていたけど、最後は面倒くさくなって普段通りで前置きした。

アイリスは素直にコクリと頷く。

その光玉のイメージは出来ていた。

ひとりぼっちのお姫様に、寄り添える穏やかで優しい光を。

あの、獣王とバラや、お姫様とカエルの話を忘れないでいてくれる記念になるようなものを。

彼女がひとりぼっちじゃなくなるその日まで。良き伴侶と幸せになれる月日まで。

すくうように差し出した両手に光がギュウウゥゥっと凝縮する。普段なら数秒で終える圧縮を丁寧に時間をかけて練り上げる。

手のひらで溢れたわずかな光が線香花火のようにパチパチと煌めいた。

アイリスは目を輝かせてその光に見入っていたが、ふと、目をそらすと誰かに「だめよ。邪魔をしないで」と静かに言った。

思い描くのは夕陽が沈む頃合い。空はマーマレードのような色からイチゴのジャムに溶け込む。そのわずかな瞬間、景色は温かな色合いに染まる。

願わくばこの光が、アイリスの幸せを照らしますように。

光玉を意識して作る時、毎回おまじないのように願掛けて仕上げる。

やがて、私の手のひらにはコロンと親指の先くらいの雫型の光玉が、淡いオレンジピンクに光っていた。

光玉を指に取り、眺めれば透き通ったオレンジとピンクが、雫型の光玉の中で大気のように揺らいでいる。

…なんか…めっちゃ疲れた……。

予想以上にドッと疲れた。まるで海で数時間泳いだ後みたいだ。

「それが…光玉なの…?」

アイリスは息を飲んで私の手にある光玉を凝視している。

「これは、僕から君に。あいにく、僕は君のそばに居られないけど、この光玉が…君が、寂しくない日まで光ってくれていたらいいな」

そっと渡せば、彼女の小さな手が両手でそれを受け取った。

「…キレイ…」

オレンジとピンクの揺らぎにアイリスの顔が笑み、興奮して高揚した。

だが、それを取り上げた人物がいた。

「?!お兄さま…返して!」

アイリスの非難にアイティールは妹の手から取り上げた光玉を眺めた。すると、光玉はその色を、揺らぐオレンジピンクからただの単一オレンジに変わった。

「色が消えた…」

アイティールの呟きに、アイリスは顔は絶望する。

「アイティール。見たら返してあげて。それはアイリスが持たないと意味が無いんだ」

私の言葉にアイティールは雫型の光玉を妹に返した。彼女の手に渡ると、光玉は再びオレンジピンクへと揺らぐ。

わぁ。とアイリスの顔に笑みが戻った。

「アイリス。その光玉は君の光だから…誰にも自慢しちゃいけないよ?内なる光は秘めてこそ美しいんだ。他人に見せびらかせば、光は光で無くなる」

アイリスは神妙にコクリと頷いた。

「…それと…それを作ったのが僕だってのも…言わないでおいて欲しい」

「どうして?」

彼女は眉をひそめる。

「たくさんの人に、同じものを作れと言われるのが困るからだよ。それはアイリスだけだから」

正直、これ一個作るだけでヘトヘトだ。

「………わかった…」

アイリスは光玉をギュッと握って頷いた。

「ニル…。無理して作らなくてもいいだろう。アイリスの頼みは断っていい」

テーブルに突っぷす私にアイティールが妹を非難した。

「ううん。僕が作りたかったんだ」

「なぜだ?」

「…どうかなぁ…それが僕に出来る事だから…かな」

ああ。眠い。…これはきっと、気力が切れているんだろうな。

「お嬢様。王弟閣下がご出立されます。お支度をお願いします」

使用人の声がアイリスを呼びに来た。

「…もう?」

アイリスは眉を寄せた。

「ああ…それじゃ、僕も…馬車まで、とはいかないけど…玄関まで送るよ」

疲労感にノロノロと立ち上がるとアイリスは、さみしそうに光玉を握ったまま動かなかった。

「アイリス。行くぞ。父上をお待たせするな」

アイティールが言葉で促しても、アイリスは動かない。

「…アイリス…悪いんだけど、僕が寝ちゃわないように手を引いてくれない?」

歩いたまま寝れちゃうかも。

「大丈夫か?ニル。手をかそう」

アイティールの申し出に、アイリスは無言で私の手を取って歩き出した。

「ああ。どうもありがとう」

立派な玄関を出ると、来た時同様、立派な馬車が複数並んでいた。

「…僕はここでいいよ。ありがとね。アイリス」

グングンと馬車に向かって手を引くアイリスに、足を止め握っていた手を両手で包んだ。

彼女は不満に泣きそうにになっていたけど、最初に見たように泣き叫んで駄々をこねる事は無かった。

「バラ姫の気持ちを忘れないでね。お姫様」

彼女の身長に合わせて、少し屈んで伝えれば彼女は別れを惜しんで抱きついてきた。

子供らしい。と思って笑って背中をさすれば、彼女はかわいらしい声で宣言した。

「…みてなさい。必ずあなたを手に入れるから。お兄さまには負けない!」

「…えぇ…!?」

一瞬、眠気が飛んだ。

な、なに?その不穏な決意…?

戸惑う私から離れて、彼女は自信に満ちた顔で「楽しかったわ。また面白い話を聞きに来るから」と、偉そうに言って馬車に向かって去って行った。

「…えぇ…」

面白い話の在庫は…あるようで無いもんなんだよ…?


王弟アルタイルは、馬車の中で娘が抱きついた混血の男を見ていた。

「…ふん…面白い。スレイプだけでは無く、我が娘まで手懐けるとは…さすが、教皇が探すだけの事はある」

口元に笑みを浮かべ、独白する。

息子アイティールが見付けた者は、姿こそ路傍に転がる石と同じ混血。だが、その者には教会が。教皇が探してこだわる何かがあるはずだ。

ロキの報告ではあの者の師は、あの伝説の魔女、デボラであると言う。それだけで、手元で飼う価値がある。白竜でハートのキングであるならばその価値はもう、裏打ちされたも同然だ。

王弟アルタイルは、ロキにその者の動向報告と支援を惜しむな。立場はあくまで援助であれ。と指示した。

いずれ露見し手放す時が来ても、教皇に恩が出来ればやりやすい。

次期教皇候補と呼び名の高い、その称号…白竜ハートのキングに選ばれた者ならば、なおのこと未来の投資とみていいだろう。

アルタイルはその時点では、それがただ有望な青年という認識でしか無かった。



馬車の中で、ニルはウトウトとうたた寝をしている。

王弟を送り、アイティール達も学校に戻る頃の馬車だ。

ニルは妹に、あの宝飾のような光玉を作ってからずっと眠たそうだった。よほど法力を消耗したのだろう。

…不思議な光玉だった…。

雫型のそれは、まるで生き物のようにオレンジとピンクが揺らぐ…色味はそれだけで美しく、2つと無い珍しさだ。

光玉自体が持ち主を判断するなんて…。

アイティールが触れた時、光玉はその美しさを欠いた。

惜しげも無くその能力を自分以外にばかり無償で与えるニルに、アイティールは面白くない。

自分の友でありながら…自分よりも他人を気遣うニルが近いのに遠い気がして…アイティールは頬杖をついて、馬車が到着するまで見つめていた。


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