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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
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第12章 自分達が見ているものが真実じゃなくて、実は真逆の事だってあるんじゃ無いかって事

朝から悩ましげに1人、食堂で物思いにふけるアイティールは教会の天使かってくらいに絵になっていた。

あ。あそこに頬染めてそれを見てる男子発見。良かった。白竜じゃ無いや。なら良し。存分に愛でなさい。良かったら勇気を出してお友達になったっていいんだよ?!見本を見せよう!こうだ!

「おはよう。アイティール」

「ニル!…」

パッと顔を向けた彼の顔が、戸惑いの色を浮かべる。

「……なぜ、彼が?」

…ああ…そう。それね。私も思うよ?

「うーん…僕としても、それでいいのかと思うんだけど…色々、ありまして…」

そう、私の隣には黒いローブを目深にかぶったタナトスがいる。

「…白竜と黒竜は相性が悪いと聞く」

「うん。そうらしいよねぇ…」

私の割り切らない言葉に、アイティールはますますわからなくなっている。

「とりあえず、朝ご飯にしよう!タナトス、手伝って」

「………」

タナトスは、いいとも嫌だとも言わないけど、付いて来るから良いとしよう。


「…それで…何があった?」

私が朝ご飯を載せたトレーを置き次第、アイティールは早速、聞いてきた。

「あ。うん。タナトス、座って。アイティール、また袖のボタンとまってないよ?」

私の隣にタナトスが座ると、アイティールは手を差し出した。

「とめてくれ」

またですか?殿下。まさかとは思うけど…殿下、カフスとめれないんじゃ…?

「…昨夜も倒れたそうだな」

ボタンをとめていると、アイティールは昨夜部屋に戻らなかった事を聞いてきた。

「あー…うん。また気力切れになっちゃって…」

「白竜は人手不足と聞くが…酷使されているのか?」

眉を寄せて聞いてくるアイティールに、私は首を振る。

「違うよ。僕がまだ制御出来てないんだ。調子乗って使い過ぎるんだよね」

「…そうか…」

隣でタナトスがローブの中から小さな缶を取り出して、中に入っていた何かを口にした。

「あ。それ、…薬だったんだね」

数も数えず、あまりにも雑に口にするからラムネかなにかのお菓子かと思っていた。

タナトスは小食だ。もっと食べないのか聞いたら、頭痛で吐き気がするから薬を飲む分だけでいいらしい。

「僕、それじゃやっぱり足りないと思うんだよね。もうちょっと食べやすいものならいいかな?」

「………」

タナトスは答えない。

うーん…喉越しが楽なゼリーとかプリンならいけるかな?

「…それで?」

アイティールが先を促す。

「ん?ああ…えーと…僕、昨夜、灯り点けに黒竜の教室に先輩と周ったんだけど、そこで黒竜の先生に光玉をリクエストされたんだ」

アイティールもタナトスも黙って聞いている。

そう言えば、タナトスも知らないんじゃないかな。黒竜の教室に行かないみたいだし。

「そこで、メルセデス先生が明る過ぎず暗すぎず、熱くてヒンヤリしたのが良いって言うから、僕が思うそれを作ったんだけど…」

「熱くてヒンヤリ…?」

アイティールは不可能だ。と言わんばかりの顔で言う。

「うん、そう」

「見せてくれないか?」

アイティールはそう言ったが、ローズ先生にはもうアレンジ禁止を厳命されてしまっている。

「ごめん…ローズ先生がアレンジ光玉はもう作っちゃダメだって言うから…」

「…そうか…人目もある。ここではよそう」

ああ、はい。人目が無ければ見るんですね。殿下、さすがです。知らないままで終わらせたく無いんですね。…私…怒られないかなぁ…。

「それで…それと、これとなんの関係がある?」

アイティールはタナトスをチラリと見た。彼は大人しく座っている。

「うん…それで、それを先輩がやたらと心配して先生に相談したんだ。僕が…その…変わってるっていうか…」

「変わってる?」

「…普通はこんなに光玉をアレンジする事は無いみたいなんだ。オレンジ色の光玉までは良かったんだけど…」

「…それで?」

「そしたら、ローズ先生も心配して…僕が黒竜に取られるんじゃ無いかって…」

「…………」

アイティールは瞬いた。

「ニルは…黒竜に行きたいのか?」

「ううん。そうじゃなくて…前に白竜だった先輩が、黒竜の画策で黒竜に移った事例があるからだと思う。先輩が教えてくれたんだ。現黒竜のダイヤのキングは元は白竜だったんだって」

「…そうなのか…」

「それで、タナトスは…その…僕の番犬だって…先生が」

私の言葉に、アイティールは驚き、うなだれて目を覆った。

「そんな事で…ケルベロスを番犬にするなんて…」

ける…べろす?

「なに?それ?」

「…私の家紋がグリフォンであるように、彼の家紋はケルベロス…地獄の猟犬と言われている」

「…へぇ。そうなの?」

「………」

タナトスは、無言だ。

そう言えば、迷子になる前に見たあの玄関ロビーの彫刻…あの頭が3つあるあの犬の事かな?

タナトスに最初に会ったのもあそこだ。

「しかし、彼は黒竜だろ?なぜ黒竜からの番犬になるんだ?」

アイティールは顔をあげて聞いた。

「うー…ん…?」

私が首を傾げると、タナトスはため息混じりに答えた。

「……白だ黒だと、くだらない。俺は寝たいんだ…アイツが、コイツを黒竜から守れば、コイツの法術の授業中は枕にしていいと言った」

「ええ?!」

それには私もビックリだよ!!先生、なんつー約束を!!

「ニル、知らなかったのか?」

アイティールが、驚く私を見て聞いた。

「いや…先生は、僕が法術師として犬か猫を飼うのは良いってので…でも、それが彼って…全然違うんだけど…本当に全然違うんだけど…え、僕の授業はどうなるの??」

混乱する私。私の法術の授業はどうなるんだろうか…?

「タナトス…君はそれでいいのか?不快なら断ればいい。黒竜の生徒として立場も悪くなるだろう?」

タナトスを見て、アイティールが断る前提で提唱する。

「……別に。俺は白とか黒とか…どうでもいい」

「………」

今度はアイティールが沈黙した。

「…でもさ、その…僕を枕にする意味がわからないんだけど…」

ハンカチにされた次は枕か。全く、なんなんだ。

「そうだ。君がニルにこだわる理由は枕か?それなら良い枕を作らせる」

おお!殿下が最高級枕の進呈を打診してくれたよ?!

「断る」

うっわ!秒!無口なタナトスが秒で答えた!凄い!…って、なんでさ!!最高級枕だよ?!

「…そんなもので眠れるならば…」

タナトスは不機嫌そうに言って、薬を取り出し噛み砕いた。

ああ…まぁ…物理的な枕の問題ならね…君の家もお金には困って無いだろうしね…。

「ねぇ、それ…そんなにバクバク食べて良いもんなの?」

「………」

いるか?と差し出されれば、しげしげと眺める。白い結晶。氷砂糖みたい。

「…これって甘いの?」

「…苦い…」

「じゃあ、いらない」

「ニル」

アイティールが注意する。

他所で変なもの、もらうんじゃありません。的な?

いや、殿下、もらう気はありませんでしたよ?じゃあって言っちゃったけども。お薬でしょ?いらないよ?

必要無いもん。健康です。私。

「いや。大丈夫。僕、眠れてます。飲む気無いから味を聞いてみたかっただけで」

「…いや、そこに…」

アイティールの目線の先には白竜の生徒…ニックとロンだ。手招きして、どうやら用事があるらしい。

「?…なんだろ…ちょっと待ってて」

私は、席を立ち2人に近付いた。

「…どしたの?」

「お前…どうしたってこっちのセリフだよ!」

ニックが心配そうに言った。

「何が?」

ポカンとする私。なんかあったっけ?気力切れで倒れた事?

「ニル…大丈夫なのか?あの…黒竜ジョーカーといて…」

ロンが恐ろしそうに言った。

「…いや?特に何も無いけど…ああ!そうだ!」

「な、なんだよ…?!」

「ねぇ!なんか、僕が昨日、寝言を言ったって本当?!なに言ってた?!」

「…寝言?…ああ…最初のはよく聞こえなかったけど…」

「え、なに…僕…そんな…たくさん言ったの…?!」

「最後のは聞こえたな。たしか…ロス…?」

「ロス?!…それだけ?!なんか、空気を木っ端微塵にした寝言って聞いたんだけど?!」

「…いや、まぁ…なんでか空気は木っ端微塵になったけど、うん。それだけだ」

はぁーーーーー。良かった。なんだ、全然、フツーじゃん!!先生!もったいぶってヒドイや!

「…なんの事だ?ロスって」

「え…えーと…僕の生き別れた弟の名前…」

「ニル、弟いるの?」

ロンが意外そうに聞いた。

「うん。今はどうしてるのか、どこにいるかわからないけどね…」

「そうなんだ…」

「…まぁ…お前が元気そうでなによりだ。じゃあ、また後でな」

ニックがその場を離れようとしたから誘ってみた。

「え?一緒にご飯食べない?」

「ええ?!冗談だろ…お前だけならともかく、あの席はマジでキツイぜ…」

ニックの言葉に、ロンがうんうん。と猛烈に頷いた。

「え…そ、そうなの?」

「うん。また後でね。ニル」

決定事項のように言われるとそれ以上は誘えない。

「わ、わかった…」

あぁ…なんかちょっと悲しい…けど…まぁ…確かに気安いメンバーでは、無い。確かに。

席に戻る時に、私は実感した。

アイティールは綺麗だけど、不可侵な美しさがあるんだよね。それが王族の雰囲気なんだろうけど…。タナトスはめっちゃ不穏なオーラ出てて、近寄るどころか、すれ違うのも不吉がられてるし。

…例えるならば…超高級な美術品…と、死神…そして私は…枕…。

う。うーん…全員イメージチェンジが必要じゃないかな…これ…。


「…さて…そう言うわけで…すーぷーちゃん」

今日もビューティローズ先生の笑顔は安定の美しさだな。と思いながら返事をした。

「はい。先生」

「午前中は光玉作りの練習だから、君はタナトスと医務室で寝てて良いぞ?」

「先生!!そんな!!」

差別です!!寝てて良いって何ですか!生徒にサボりを許すんですか?!

「うん。じゃ無いと皆が怖がってて…教室のバランスが非常に悪いな」

そう言う白竜の教室は、私の隣にタナトスがいるせいで、他の全員が教室の隅に固まっている。

「…そんなぁ…みんな…彼は噛んだりしないよ…?」

私の言葉に皆は首を振った。

「絶対信用出来ないだろ…それ」

「昨日の今日で…それは無理」

タナトス…君、なにしたんだ…。

「まさか、また死にたいのかとか言ったの?タナトス」

「………」

沈黙するタナトス。覗けばローブの奥の目がそれた。

はい。クロ。言ったんだな!もう!

「…だ、大丈夫だよ。タナトスがそう言っても、いいえ。って断ればやめてくれるから。ね?」

私の言葉に、皆が胡乱な目をしていた。

え?なんで!?

「あー…すーぷーちゃん…。実際、光玉作りはすーぷーちゃんはマスターしたから、1抜けだ。あとは皆が練習する時間なんだ」

先生は言いにくそうにしたけど、要するに…邪魔って事か…。

「………はい」

そうか…それなら邪魔しちゃいけないよね…。

私は席を立つと、教室を出た。タナトスも付いて来る。

「ああ。すーぷーちゃん。昨日も言ったけど、アレンジ光玉は厳禁だよ?大人しく医務室で待機しているように」

ローズ先生が心配そうに後ろから声をかけた。

「…わかりました」

白竜の教室から医務室は近い。私とタナトスが出ると、教室は賑やかさと平穏を取り戻した。

はぁ…。何というか…疎外感…。あ、いや、でも…タナトスはいつもこうなのかな…?それはダメだ…。

「…ねぇ…タナトス…君はどんな光玉が好き?」

気晴らしに聞けば、彼は沈黙の後で答えた。

「………光はいらない…夜がいい…」

それは、光玉自体の否定だ。

「…え…でも、暗いと不便でしょ…?」

いくら夜が好きっていってもさ。

「…問題ない…」

タナトスがそう言えば、真実、暗くても問題無いのかも知れないけど…しかし、法術師見習いとしては、なんとか気にいる物を考えたい。

「…夜か…」

ふと、閃いた。面白いかも知れない。

「ねぇ、タナトス。ちょっと医務室行く前に寄り道したいんだ」

「………」

タナトスは嫌だったかも知れない。でも、私は閃いたこれをそのままにしておきたく無かった。

私が早足で廊下を進めば、タナトスはため息とともに付いて来た。


そこは厨房だ。

朝食は完全に終わっているから、厨房にいる人もまばらだ。今は昼食の仕込みだろうか…侍童の子供達数人が大人に混じって皮むきなどの作業をしている。

…偉いなぁ。

「あのー、すみません。ちょっと良いですか?」

声をかければ、責任者なのか大人の1人が出てきてくれた。

「何か…?」

「いらない金属のボウルとか…ああ、木製でも良いんですけど、とにかく半円形の物はありませんか?」

「…?…なぜだ?」

戸惑う責任者。

そりゃそうだよね。

「えーと…その…授業で使えたらいいなと思って…いらない物で良いんです」

そう言う私に、責任者は怪訝な表情をしていたが、やがてお椀サイズの小さな金属ボウルを持ってきてくれた。

「…何個必要だ?」

「2個頂ければ…お返し出来ないですが、頂いて大丈夫ですか?」

「…ああ。小さすぎて使いにくいから」

「ありがとうございます!…あ、あと、聞きたいんですが…」


そうして私は、希望の材料を手に入れられタナトスと医務室に戻った。

「いやー…こんなにあっさり手に入るとは思わなかったなー」

ご機嫌で医務室の床にもらった金属のボール2個と、借りてきとカナヅチと色んな太さの釘を並べる。

「…寝る…」

タナトスはしきりに寝たがったが、私は「うんうん。寝てていいよ」と答えた。

私は床に座り、半円形のボールの底を指でなぞる。

「(…結構、薄いからやりやすそうだな…)」

医務室の机にあった封緘用の蜜蝋をクレヨン代わりに、ボールの中に十字を書き込む。そこからは記憶だけが頼りだ。

「……何をしている…」

タナトスが覗き込んでくる。

「君に夜をあげるよ。…上手くできたらだけどね」

でも、うまくできなくても作るのが楽しい。作り始めれば後は手を動かすだけだ。

タナトスは首を傾げたが、やがて諦めて床に座ると、私の背中に自分の背中をくっ付けて寝始めた。

……なんか…本当に大きい犬みたいだな…。

タナトスは無口だ。陰鬱だけど、大人しくしていれば害は無い。

そこからは金属ボールとにらめっこだ。蜜蝋で目打ちしたポイントに裏と表で慎重にクギを打つ。なるべく小さいのがいい。

カッ!コンコン!と金属とカナヅチの音がする。

叩いては確認。叩いては確認。ボールの底を陽に透かしながら、たくさん打つから時間もかかる。でも丁寧に。

「…すーぷーちゃん…何をしているのかな…?」

不意に背後のすぐ近くから低い声が聴こえて驚いた。

「うわ!…あ。先生。授業、終わりました?」

「…いや…まだだが…変な音がするから見に来た」

気付けばタナトスは床で、私に背中をつけたまま横になって寝ている。

「それは…何をしているのかな…?」

先生は、不思議そうに私の手元を見る。

「これはー…夜です」

「夜?」

「はい。上手く出来たらお見せします」

そう言って笑ってごまかした。


熱中すると時間は早いもので…あっという間に昼になった。

作業工程としてはまだ半分くらいだ。

「…夜は出来たか?」

先生や授業を終えた皆が医務室に見に来た。

「いいえ。まだです。あれ?みんなも…?」

「お前が変な音立ててるから気になってさ」

と、これはニック。

「それが夜?なんの事だ?」

アッシュは私の持っていた金属ボールをしげしげ眺めている。

「単純だよ。でも、僕は作ってみたいんだ」

うまくできたら良いんだけど。どうかなぁ?

「これ、特別なやつか?」

ロンが聞けば、私は苦笑した。

「ううん。特別なやつは作っちゃダメだからね。誰でも出来るやつだよ」

ムクリとタナトスが起き上がる。

それだけで、皆はちょっと身構えた。

「……寝づらい…」

だが、タナトスはポツリとそう言うだけだった。

タナトス…それは悪いけど。私だって、ただ枕にされたく無いんだよね?

「…タナトス…君まで床に居なくてもいいのに…」

「床にいたいんじゃない…枕が床にあるんだ…」

不服そうに文句を言うタナトス。

「ああ、はいはい…。じゃあ、ご飯に行こうか。そしたら休憩するよ」

「…100分…」

「は?20分でご飯食べろっての?60分」

「…そんなにいらない…80分…」

「いや、僕、これを終わらせるのに昼休みも使いたいんだよね。60分」

「………」

譲らない時間に、タナトスはため息を吐いた。

「はい。決定ー。じゃあ、ご飯ね」

いそいそと道具をまとめる私に、皆は一連の流れを呆然と見ていたが、ニックが呟いた。

「…ニル…お前…強いな…」

「え?何が?」

なんの話?

「うん。ちょうどいいみたいで良かった」

先生まで。何、満足そうに頷いてるんですか?

「え?何が丁度いいんですか?先生」

「さて?…昼食にしよう。午後の講義はすーぷーちゃんも出るように」

先生は答えずに微笑むと、医務室を出て行った。

「…あ。そうだ!早く食べて続きしなくちゃ!」

ハッ!とする私の言葉にタナトスはこれは譲らないと釘を刺した。

「…食べたら寝るのが先だ」

「……わかったよ…」

仕方ないなー…そこは譲るよ。


「なぁ、ニル、その夜ってのは今日中に出来そうなのか?」

昼食時、アッシュが私の隣に座り聞いてくる。私を挟んで反対側の席にタナトスがいるから、まだいいようだ。とは言え、アッシュは油断なくタナトスをチラチラ見ているけど。

「うーん…どうかなぁ…もうちょっと細かくしたいんだけど…あんまり細かくして土台がもたないとダメだし…」

「…なんか、よくわかんねぇけど…完成したら見せてくれんだろ?」

「うん。失敗しないと良いけどね」

「でも、なんで、夜を作る?…とか思い付いたんだ?」

「タナトスに、聞いたんだ。どんな光玉が良いかって。そしたら、光はいらない。夜が良いって言うから」

「…それもう、いらないって言ってるんじゃ…」

アッシュよりも離れた席で、ニックの隣のロンがおずおずと言う。

「それが、それでいいアイディア思いついちゃったんだよねぇー。そしたらやりたくなるじゃない?」

笑って答えれば、アッシュもニックも「そりゃ…たしかにな」と笑った。ロンだけが、「そうかなぁ」って呟いていたけど。

私が昼食を食べ終え次第、タナトスは立ち上がった。

アッシュが身構えると、タナトスは私を小脇に抱える。

「うぇ。ちょ…食べたばかりで何?」

胃袋圧迫しないで。

「…食べ終えた…寝る」

「えええ?!」

私の非難のような驚愕の声を食堂に置き去りに、タナトスは構わず歩きだす。

まだ片付けもしてないでしょうが!

「ろ、ローン!ごめん、僕の食器片付けておいてー」

何とか言い残しながら、私はタナトスに連れて行かれた。その姿をすれ違う赤や青の生徒達がギョッとしながら見ていた。


ひと1人脇に抱えながら、スタスタと歩くタナトスに、私は食後すぐ抱えられて胃がキツイ。

「ねぇ、僕、自分で歩くから降ろしてくれない?」

「…寄り道するからダメだ…」

な、なんだって?!…確かに…部屋に寄って日記に昨日までの経過を描きたかったけど…

「……」

「…図星か…」

「え!?いや…それは…そうとも言えないよ?!」

慌てて否定しておいた。

ふと、タナトスの歩みが止まる。

「?」

「タナトス、ご苦労」

見上げるとそこには、黒いローブの生徒が4人立ちふさがっていた。

「……」

タナトスは答えない。

「そのまま、黒竜の教室まで運んでもらおうか」

黒竜の生徒はタナトスに指示する。

「…あの…どう言う事でしょうか…?」

タナトスと約束したのは60分お昼寝権のはずだ。

黒竜の教室でお昼寝ですか?ちょっと遠いなぁ…。

私の問いに誰も答えてくれない。

「…邪魔だ…退け」

タナトスはそう言うと構わず、突き進む。

「お前、黒竜だろ?上の言う事が聞けないのか?!」

…はぁ。という事は黒竜の先輩か。まぁ、そんな感じはしてたけど。

「…黒とか白とか…それしか無いのか…」

うんざりしたように呟きながらもタナトスは歩みを止めない。

「お前…!!」

黒竜の先輩の1人が、タナトスに触れようとした時、バチッ!と大きな音が鳴り、先輩は驚きながら手を押さえてタナトスを見た。

え?静電気?ずいぶん大きかったけど…私を小脇に抱えてたから?

しかし、それだけでなくタナトスの周囲の空気がパリパリと放電している音がする。

「…雷撃魔法…?!」

黒竜の先輩は驚愕の表情を浮かべて後ずさった。

「…え?…」

そうなの?!今のやつ?…た、確かに静電気にしてはかなりハッキリと火花見えたけど…。

しかし、周囲の動揺に構わずタナトスは先輩達を置き去りに、さっさとその場を去った。


「ねぇ、タナトス、君さ!もしかして…」

医務室に着くとタナトスは私を枕のようにベッドに置いた。

いや、これ、完全に枕の位置だよね?!

しかしそれよりも、私はタナトスに聞きたかった事がたくさんある事を思い出した。

「(君…魔法石が無くても魔法が使えるんじゃ無い?)」

ちょっと声を潜めて聞いてみた。

「……今はほとんど使えない…」

タナトスは自分の右腕に触れた。

ああ。そうだ。タナトスがお父さんに封じられたって言っていたあの刺青みたいなアレね。

「(…でも…魔法を使うのに何もいらない…そうだよね?)」

「………」

コクリと頷く。

「やっぱりそうなんだ!!ねぇ、君、もしかして…(アルカティア人?)」

嬉々として聞けば、タナトスはその単語にビクリと体を震わせた。

「……ちがう……」

タナトスは何かに怯えるように否定した。

「え。…違うの…?」

その様子に私の勢いも失せる。

「……じゃ、じゃあ…聞きたいんだけど、昨日の続き。同時に魔法を使った場合に起こる現象…それって、法術で治せないの…?」

「………原因と作用が違う」

タナトスは少し考えてそう答えた。

「え?なに?どう言う事?」

なにそれ?なにそれ?

「…………」

タナトスは口を開きかけて…やめると、片手で私をあっさり押し倒して自分の頭を乗せた。

うぉい!!枕じゃん!!これ、完全に枕じゃん!!

「…自分で調べろ…」

説明もダルい。と言わんばかりにタナトスはそう言い捨てて沈黙した。これは…寝る気だ。

ケチー!!知ってるなら教えろー!!

と、文句を言いたかったけど、タナトスに約束したのは60分だ。早く終わらせる方がいい。医務室の片隅に片付けた作りかけのアレを見て私は黙って枕に徹した。


結局、昼休みは大して作業は進まなかった。

「うーーーん…」

机の上にある金属のボールを眺めながら、私は唸った。

「出来たのか?」

白竜の教室でアッシュが聞いてくる。ちなみにタナトスは私の隣の席で机に突っ伏しているからアッシュとしても聞きやすいんだろう。

「…いや、それがねぇ…」

穴だらけの金属ボールにはまだ全然物足りないのだけど…。

「これ以上、やると土台がダメそうで…結局、ここまでかなぁ…」

「…じゃあ、完成なのか?」

「完成…のようで、未完成のようで…」

腕を組んで首を傾げた。

「なんかハッキリしないな…まぁ、とにかく、それで?これ、どうするんだ?」

アッシュが好奇心旺盛に聞いてくる。

「…いや?…まだだよ。お披露目は日が暮れてからだね」

「は?それ、夜じゃん。夜に夜を作るのか?」

「うん。まぁ。そう」

私の言葉にアッシュは、何のことだ?と首を傾げた。


「…という事で…」

すっかり日が暮れた白竜の教室で…私はなぜか発表会をすることになった。

「これからタナトスの希望だった夜を灯したいと思います」

白竜の教室には、どこから聞いたのか白竜の先輩達と、私から聞いて興味を持ったアイティールも集まった。

「…すーぷーちゃん。アレンジは無しだよ?」

ローズ先生も…監視というよりは、興味本意で見守っている。

「はい。ですので、これを作りました」

私の手には無骨な穴の開いたボールが1つと、開いてないボールが1つ。

せっかくだから教室の真ん中に教壇を移動させ、それをその上に置いた。

「今日、ここの教室の明かりをつけて下さった先輩はどなたですか?」

「…俺だ」

手をあげたのはアレク先輩だ。

「すみませんが、光玉全部キャンセルしてください。暗くします」

「わかった」

先輩が指をパチンと鳴らすと、教室は闇になる。

あ。そのキャンセルの仕方いいなぁ!指鳴らすのどうやるんだろう?!

とか、思っちゃうけど今はこれだ。集中集中。

私は自分で明度の強めの光玉を一つ作ると2個合わせて球体にしたボウルへ入れた。

すると光は穴を通って天井を無数に照らす。

「…なんて事はないのですが…夜空の星を天井に刻んでみました」

それは手作りプラネタリウム。

うーん…やっぱり、イマイチ物足りないかなぁ…。

「1等星は再現できました。2等星からが難しくて…技術的に3等星に至ってはもうほとんど実際とは違う仕様となってます」

「………」

あれ?つまらなかった?

「…すーぷーちゃん…説明してくれないか?」

その声はローズ先生だ。

「す、すみません。つまらなかったですか?…これは、僕の故郷でみた星座です。東西南北をわけて1番明るい星が1等星。ついで2等星です…こっちはよく星が見えるから実際には7等級まで見えるんですが…さすがに穴あけ作業がそこまで細かく出来なくて…それに、キチンと覚えられる星座の位置もせいぜい1〜2等星なので…」

「ちょっと待ってくれ…つまり、これは…空にある星の位置か?」

「はい。そうです」

ザワザワと教室内で声があがる。

「夜を作るって、そういう事かー!」

アッシュが面白そうに言った。

「え?星の位置って決まってんの?」

「そう言われれば…でも、違う位置にもなるだろ?」

ざわざわとした意見の中で耳にするその言葉に答える。

「それは太陽と月が入れ替わるように、私達の星自身が自転してますので星は動きます。ですが、それは星座の位置関係が動く訳ではなく、私達の視点が移っているからです」

私の説明に全員が沈黙する。

「……なんの話だ?」

おっと…これは…マズイ…。これは夢の中での常識だった…。

「…と、という、説です。季節が同じで見る時間が同じならば、同じ場所で見る星の位置は変わらないはずです」

ごまかせ、ごまかせ。

「アレンジ光玉は出来なかったので、普通の光玉で出来たこれが僕の表現した夜です。ご期待に添えなかったかも知れないですけど…」

「…いや、面白い!光玉1つでこんなん作るなんて、すーぷー!お前、面白いな!!」

そう言うのはクスト先輩だ。タナトスがいるから緊張してたみたいだけど、明かりが消えたから気にならなくなったんだろう。

「ほんとですか?ありがとうございます」

素直に褒められれば嬉しい。

「…ちなみに…このボウルを反転させて冬の星座も刻めたらいいなぁ…と思っているのですが…」

「マジか!!え、これ…いい商売の匂いがする」

え?商売?…クスト先輩、商売に興味があるの?

「ああ…まぁ…そうですね。星にはロマンとムードがありますから、デートとかにいいんじゃないですか?女の子も喜ぶと思いますよ?これなら天気を気にせずに家で出来ますし」

プラネタリウムなんて、子供からカップルまで幅広い人気だ。せっかくのデートが雨でも安心!

自信を持って言えば、白竜の全員が押し黙った。

え?なに?…なんかおかしな事、言った?何、この空気感。

「……お、怖ろしいな。お前…」

「コイツ…もしかしてとんでもない大物なんじゃ…」

先輩達がザワついた。

え?なんで?何が?

「え?何がですか?どこがダメでした?雨でも寒くても、これなら安心ですよ?」

「すーぷー、お前、それ…マジ素で言ってんのか…?」

クスト先輩まで、おののいている。

え。なに?なに?めっちゃ不安になってきた。

「……すみません…今の所で…何がダメだったのか、どなたか教えて頂いてもよろしいでしょうか…?」

「…すーぷーちゃん。君は良い子だね」

ローズ先生の笑いを堪えた声に、私はプラネタリウムには不釣り合いな声をあげた。

「そんな!!先生!!僕、何がダメだったんですか?!」

半泣きの私は、天井に刻まれた星々に笑顔になった人達の顔がわからなかった。


「ニルはいつも面白い発想をするな」

お披露目も終わり、部屋に帰る廊下でアイティールが言った。

「…そう?…僕としてはもうちょっと細かく表現したかったんだけど…物理的にあれが限界かなー…」

もっと細かく出来れば本物に近付くのに。

「…タナトスのリクエストにはまだまだだね」

「………」

当のタナトスは別に何とも思って無いみたいだ。

「それよりさー、先輩達は何がダメだったのかな?」

アイティールは私を見て微笑んだ。

「え。まさか、アイティールはわかったの?!教えて!」

「いや…憶測だ」

「いいから!それを聞かせて!」

じゃなきゃ気になって眠れない!

アイティールは青い目を進行方向に向けて答えてくれた。

「…女性を、部屋に呼んで暗くすると言うのは…男として、はばかる行為だが、ニルのアレならば自然とそういう風になるから…ではないか?」

「?!」

はあぁぁぁぁーーーー?!

ちょ!!ちょっと、皆さん!!不純ですよ?!星を数える純粋な心!!どこやった?!君達白竜でしょ!!

愕然とする私に、アイティールは私のその姿すらも面白いと言わんばかりで、楽しそうだ。

「しかし…あの星が動く理由というのは…どういう意味だ?」

皆の中では、そういう事を目的で私がアレを作ったとか思われちゃったのかな?そんなワケないしッ!そもそも私、さっきなんて言った?

「あわわわ…え?」

今更ながら動揺する私にアイティールは冷静に質問した。

あ。星の動きの事?…さすがアイティール…そこツッコんで来るか…。

「え、えーと…僕も本で読んだだけで、うろ覚えなんだよね…」

「そのわりにはハッキリと答えていたように思うんだが…」

「う、うーん…ほら、なんて言うかな。自分達が見ているものが真実じゃなくて、実は真逆の事だってあるんじゃ無いかって事」

「真逆?」

「うん。そう。星が動いているんじゃ無くて、僕たちが動いてるって見方」

アイティールは瞬いた。

「……なるほど…面白い」

「だ、だよねー…色んな視点って大事だからさ!」

「……」

私のごまかしに、タナトスは何を言うでもなく黙ってついて来ていた。

それから、アイティール(と、タナトス)の部屋で、人魂ちゃん4号をコッソリとアイティールに披露した。

だって、アイティールが見るまで諦めないんだもの…。

アイティールはそれもとても面白がってくれた。タナトスもちょっと興味があったみたいだけど、特にコメントは無かった。

「そうだ。黒竜の先輩が誘って来たね。今日」

「そうなのか?」

アイティールが瞬いた。

「うん。黒竜の教室にご招待される所だったんだけど…タナトスが断ったんだ」

「…断って引き下がるものなのか?」

「うーーーん、まぁ…ほら、タナトスって脅すの上手でしょう?」

「…ああ…」

良かった。納得してくれたみたい。魔法の事をあんまり言うのも何だしな…。

「それじゃ、僕、そろそろ部屋に行くね」

昨日、医務室行きで書けなかった日記も書かないと。

私が席を立つとタナトスも立ち上がった。

「…待て。タナトス。どこに行く?」

アイティールがタナトスに問う。

「……寝る…」

「君のベッドはそこだが?」

「…どこで寝ようが…俺の勝手だ」

そう言って、タナトスは私よりも先に部屋を出て行った。どこに行くのか廊下を歩いて行った。

「…タナトスって、眠れない病気なんだよね」

アイティールに言えば、彼は頷いた。

「…giraffe病は蔓延しつつある」

「法術って完璧じゃないんだなぁ…」


思い出すのは今日の午後の授業…

「ケガや魔法毒性だけですか?」

白竜の教室で習った事だ。

法術でも、病気は治せない。

「まぁ、そうだな。自然にかかった病気は法術では治せない。一時的に症状を緩和する事は出来てもな。それが治せたら自然のバランスが崩れるからかもしれん…」

先生は珍しく、少し悲しい顔をして言った。

「骨折も治せないって本当ですか?」

厩務員のジャックが言っていた事だ。

「それは、そうだ。とも言えるし、違う。とも言えるな」

「どういう事ですか?」

「大体の法術師の能力では折れた骨を一度で完全に修復する事は難しい。法術は触れられる所を重点的に治すからな。しかし、一部の法術師は骨折も完全に治せる。それは法術が強いからだ」

なるほど…。

「浄化はどうなんですか?どこまで浄化出来るんですか?」

「それも法術師の能力による所だな。酒酔いや食当たりくらいなら普通に治せる」

「…石化も?」

「そうだな。呪いや通常の状態異常も浄化の範囲だ」

「…通常じゃ無かったら治せないのもあるんですね…」

「…まぁ、それは法術師の中の技量にもよるだろう。自分よりも強い呪いは浄化出来ないからな」

先生はチラリと突っ伏しているタナトスを見た。

ああ…タナトスの腕の呪い?の事かなと思った。


「ねぇ、アイティール。タナトスのお父さんって魔法師なの?」

何気なく聞けば、アイティールは短く聞く。

「……なぜ?」

「…いや、タナトスはお父さんに魔法で悪い事をしないように封じられたんだって…知ってた?」

「いや…。そうか…」

それきり、答えてくれなかったから結局わからなかった。

アイティールってたまにちょっと意地悪なんだよね。


自室に戻ると、ジャイアントネイロスが腕立て伏せしてた。

「…ネイロスさん…夜も筋トレするんですね…」

赤竜って、朝から晩まで体力鍛えてるみたいだけど…すごいなこの人。疲れないのかな?

「……夜も本を読む奴に言われたく無い」

ジロリと()め付ける目は剣呑だ。

「…僕、言われるほど本を読んでませんよ?これは日記みたいなもんですから」

カバンから分厚い本を出して書きこむ。昨日の事、今日の事。授業で聞いた話の事。

先生から聞いた秘密の話は…夢の中の日本語で書いておこう。これなら読まれる事もないし。

ああ、そうだ。本と言えば、黒竜の教室にはたくさん本があったな…。

タナトスは法術で治せない石化を、自分で調べろって言ってたけど…。あそこの本に、なにかヒントはあるのかな…?

でも、のこのこと黒竜の教室に行くのは、流石にまずいかなぁ…。

クスト先輩にも、怒られそうな気がするし…。

机で考えていたら部屋が急に暗くなった。ネイロスが照明の蓋を締めたんだ。

「寝るぞ」

「ええ?それ、フツー消す前に言いません?何も見えないんですけど?!」

「俺は構わない」

そりゃ、本人はもうベッドに入ってますからね。

「……僕、自分で光玉出せるんで構わないんですけどね?」

「………チッ」

あれ?舌打ち?…もう。しょうがないな。

私はビー玉サイズの小さなオレンジ色の光玉を出して手元を照らすと、本と筆記用具を片付けた。

光玉は机のままに置いて、ベッドの影で暗闇に乗じてシンプルな夜着に着替えるとベッドに入って光玉をキャンセルした。部屋が再び闇になる。

「では、僕も寝ます。おやすみなさい」

「……」

フン。と、ネイロスさんの不満気な呼吸が聞こえた。

っふふ。そんな些細な意地悪なんてチョロいですね。ジャイアントネイロス。


夢の中で…友達を誘って行ったプラネタリウムは、さすがに凄かった。

手作りプラネタリウム、ショボい!恥ずかしいわ!

…とは言え、夢の中の超文明の空よりもこっちの夜空の方が圧倒的なんだけど…。

圧倒的だからこそ、再現率が…難しいというか…。

ううむ…これ、光玉で再現してみたらどうなるんだろう…?

で、子供達が熱心に星座を指差していた。家族連れも多いけどやっぱりカップル多いし。星の…宇宙の話に感嘆し、皆がみんな、星を眺めては、それぞれの思いで癒せれていた。

なんなの?!間違いなく無い?!なんで不純な方になっちゃうわけ?!

私はそのプラネタリウムで多分、唯一モヤモヤしていた。

中途半端な品物だからか?!もっと完成度をあげればいいのか?!


「……オイ…」

遠くで声がした。

「…星の…再現率を…太陽の…」

ああ…夜に星空を見ながらコッソリと光玉を作ってみたらどうかな…?

「起きろ」

ゴス!という衝撃に、星でなく火花が見えた。

「いった!!」

突然の奇襲に目を開ければ、窓からの朝日にラフな格好のジャイアントネイロスが、ベッドの近くで仁王立ちしていた。

「…ネイロスさん…痛いんですが…」

まだ、そんな寝坊する時間じゃ無いはず。なぜにこんな目に…。

「…お前ら…仲がいいこったな」

「……へ…?」

お前…ら?

ベッドから身を起こすと、腰に重みが…布団をめくって、そこにあるのは黒いローブ…

「…?」

男性の腕…黒いローブの死神が隣で寝ていた。

「おわぁ!!」

身を起こしながら振り返って…ベッドのきわで寝ていた私は、手をつく場所を失い落ちた。

ビックリした。二度びっくりして眠気は一気に覚めた。

「…な、なんでまた彼がいるんですか?いつからですか?!しかも今度は布団の中にいませんでした?!」

前回からなんかどんどん近くなってない?!勘弁して!!

「タナトス!君の部屋は隣でしょう?!いい加減、僕のベッドを使うのやめて!」

タナトスは寝る時もフードを目深にかぶっている。起きていたのか、今起きたのか、もそりと身じろいだ。

「……どこで寝ようと…」

いやいやいやいや!

「僕のベッドは僕のです!っていうか、ネイロスさんのベッドだってあるじゃないですか!」

「お前…ふざけんな」

ネイロスは冗談でもヤメろと言う圧をかけてくる。が、私だって譲れない。

「では…こうしましょう…僕はタナトスのベッドで寝ます」

アイティールと同室になるが、男性と添い寝するよかマシ!!

「…気付いた…」

ムクリと起き上がり、ボソリと言うタナトス。

「な…何がですか…?」

「お前…」

私に指をさして、口を開くタナトスに嫌な予感がする。

「お前は…お」

「はい、ストーーーープッ!!」

私はタナトスの言葉を遮った。

「なんだよ?」

ネイロスは眉をひそめている。

「いいでしょう。君はgiraffe病と言う病を患っていて眠れない。そして、なぜか僕と波長が合う。と?」

コクリ。とタナトスは頷いた。

「なるほど、なるほど。わからないけども!…それなら、他にも波長が合う人がいるかも知れませんね?!」

「…………」

タナトスは無言でこちらを見ている。

「僕じゃなくても良いはずです。探してください。ね?」

誰か他にいるでしょ!こんだけ若者がいるんだから!

タナトスは終始無言だったが、やがてチョイチョイと手招きした。

「え?なに?」

耳打ちするような仕草をするもんだから近寄った。…ら、腕を掴まれ捕獲されてベッドに引き込まれた。ご丁寧に布団までかけて。

「…馬鹿か…」


ネイロスは一連の状況に、カエルが虫を獲る姿を連想した。

「ネイロスさ〜ん…どうにかして下さい…」

捕獲された虫…いや、スレイプニルは布団の中で情けない声をあげたが、こっちに害が無いなら構う必要も無い。

「…好きにしろ」

吐き捨ててネイロスはベッドに戻った。

今日もタナトスがいつ入って来たのかネイロスは気付かなかった。

そっちの方がネイロスにとって、よっぽど問題だった。


ネイロスの支援はやはり望めなかった。

タナトスも、なんで私を枕にしようとするのか意味がわからない。

あんまり、くっ付かれるとバレたんじゃないかと気が気じゃ無いし。

…っていうか、まさかもうバレてんじゃないの…?止めといてなんだけど、「お」の次、なんて言おうとしたの?

抱き枕よろしく背後から抱えられると冷や汗が出る気がする。近い、近い。

しかし、まさかあの場で聞くわけにもいかない。「男じゃないって気付いた?」なんて聞けるか!

せめてネイロスが居ない時に確認せねば…。

はぁー…どうしよー…まだ石化の有効な情報を得て無いのに…。

そうこうしているうちに、あったかくなると眠たくなるのが常で…私はいつのまにか眠っていた。


タナトスは抱えているこの枕が思いのほか気に入っていた。

騒がしい時も多いが大人しくなると、不思議とあれだけ訪れなかった眠気がやって来る。

普段なら、うたた寝すらも覚えず、覚醒した頭は常に痛みと、それによる朦朧や吐き気がひどかった。

自分以外の人間は痛みを刺激するものでしか無い。

動くな。音をたてるな。話しかけるな。光は嫌いだ。

でも、黒い目はそうじゃなかった。不思議と気にならない。

と、同時に焦りも覚える。それは、何か。得体の知れない何かが不安にさせる。

殺したアルカティア人の怨念が取り憑いたような焦燥感。悲鳴と血のニオイ。恐怖心。

それをこの枕は打ち消した。

どこかで嗅いだ草花の匂いがする。なんの植物かは知らない。

暖かな陽射しに甘い匂いが思い出されて眠気を誘う。

陽射しは嫌いなはずだった。頭痛に匂いは刺激でしか無かったはずなのに。

ふかふかの温かい枕は、懐かしい匂いがする。その好ましい甘い匂いはこの枕じゃないとしない。

ゆえに代わりは、無い。

タナトスはわずかな眠気を求めて枕を抱えた。スッキリ眠れたら、何かが思い出せそうな気がした。



「…おはようアイティール…」

朝なのに、疲れた声で挨拶をすればアイティールは侍童の持って来た手紙から顔をあげた。

そう言えば、アイティールの侍童は腰紐が青い。そして、なんだか…賢そうだ。

いや、私のケイン君もすごく良い子だよ?!

私のって…言い方アレだけど。そうか。担当の組で腰紐違うのか。オシャレかと思ったわ…。

「おはよう。ニル。どうした?」

「え。いや…うん…大丈夫」

目覚めが悪いと疲れるよね…。目が覚めて、隣に誰か寝てるっての…毎回驚くんだよ…。気が気じゃないって言うか…。

ジャイアントネイロスに叩かれたし。多分、ゲンコツで。頭はやめてくれ。

「ニル。明日は週末だ」

アイティールは侍童に下がるよう目配せすれば、侍童も心得たもので一礼して部屋を退出する。

その阿吽の呼吸に、私はつい侍童を目で追っちゃう。

はぁー。偉いわー。侍従になれるよ、君。

「ニル?」

「あ。ごめん。あの子、凄いねー」

「?…そうか?」

殿下…人を使う事に慣れてらっしゃる…。

「子供ってもうちょっと、落ち着かないかと思ってた」

素直に言えば、アイティールは大した事無いように言う。

「…彼は14だ。子供と言う年齢でも無いだろう」

い、いや…14才はまだ少年…中2という病が全盛期の子供だよ…?ってか、私達とそう変わらないか。

16才って微妙な年だよね。子供でもないし、大人って感じでも無い…。自分が大人?自覚無い。

「そんな事より、明日は週末だ。父から手紙が来た。家に様子を見に来るらしい」

「え?!…お父さん?って…王弟…の?」

「そうだ。そこで、ちょうどいい機会だ。私は君を友人として父に紹介したい」

いや、待って?…王弟…と?…私が?!

「おおおお、恐れ多いなぁーーーー!僕、そんな紹介されるほどじゃないから!!」

無理。そんな…王弟に紹介って、ヤバイでしょ!男じゃ無いし!

「なぜ?君は白竜のハートのキングだ。将来有望な友を紹介出来て私も嬉しい」

しかし、アイティールは全く意に介していない。むしろ、好都合と思ってる所がある。

「い、いや、本当に!僕、そんな立派な人の前で、なんか粗相しちゃったらマズイし!!」

すでに偽ってます。出だしでアウト!

「大丈夫だ。ニルが粗相した事は無い。そのままでいい。それに、君の希望も用意した」

「…え?…な、何か僕、希望した…?」

全然、心あたり無いけど?…なに?

「ちょうどいいから社交の場を用意した。ニルも誘いたい人がいれば声をかけてくれ。招待状を渡す」

はい??

「…………」

朝一のアイティールの言葉が理解出来ない…。

一体、いつ、どこで私が社交の場とやらに行きたいと言ったのだろうか…??

記憶をほじくり返しても、全然、全く、これっぽっちも思い出せないのは…私が健忘なのだろうか…?

当然のように差し出されたアイティールのカフスのボタンをとめながら、私は突然のイベントのお知らせに返す言葉も無かった。


明日が週末だからだろうか…校内は、どこか浮かれた空気だ。

それは平日は全寮の生徒達が週末には実家に帰ったり、好きに遊びに行けるからだ。

私は正直、アイティールのお誘いをスルーしたい。何か理由をつけて「ごっめん!行けないや!」とテヘペロしたいのである。

とは言え、実際にテヘペロするわけじゃないけども。そりゃもう、低頭平身でごめんなさいだよ…。

だがまず、そのための理由を作りたい!!何か!!やむにやまれない理由を!!

キョロキョロと血眼で朝の校内を探し回った所で、都合のいい理由が落ちてるわけないけど、とにかく時間が無いし!

ちなみにタナトスは朝寝坊なのでベッドに置いて来た。寝てんだか起きてるんだか微妙ではあったけど。

所在無く朝の校内を歩き回っていると、中庭…外のテラスの木陰で見知った色を見かけた。

男性だらけの校内で、長い赤毛がゴージャスな白衣のローズ先生だ。

「あ。そうか、先生なら…」

先生は珍しく、テラスの席で一人、腕を組んで考え事をしている。

…邪魔しちゃ悪いかなぁ…。

とは言え、先生なら何かヒントをもらえる気もする。

私はそっと近付いてみた。

「…………」

…あ。寝てた…。

なんだ…先生、朝からうたた寝ですか。お疲れですね。…そのうち起きるだろうし…待つかな。

私は向かいの席に座り、先生は起きるまで考えをめぐらした。

「…………」

本当に私はいつ、どこで、言ったのだろうか…?社交の場に出たいなんて。でも、アイティールの様子から嘘やワザとじゃなさそうだし…。

入学してから数日なのに、アイティールの考えがよくわからない。いや、そもそもアイティールとは本当にごく最近の付き合いだ。

…ここ数日が濃厚過ぎて、勘違いしてたけど…そもそもあんまり知らないしな…。

テラスには気持ちのいい風が吹いてくる。帽子を脱いでその風を感じると風はどこまでも自由だ。

『君は将来どうしたい?』

ローズ先生の言葉が思い出された。

…将来なんて…今の私には無いのに…。

『無理だ』

タナトスの言葉も思い出す。

デボラを元に戻す方法は…黒竜の教室の本にあるだろうか…?

もし…もし…本当に…戻す方法が無かったら…?

「…………」

一生をかけて弔って、後悔して細々と一人で生きていくしか無い…。それが私のデボラに対する償いだ。

イスの上で膝を抱える私は心細くて、風と共に消えてしまいたくなった。


ふと、花の匂いがした。

それは、薄紫の小さな花だ。赤でも無く、青でも無いその花は、決して大輪の花ではないが、とてもいい香りがする。それは心を鎮め、眠りに誘う作用があるらしい。

難しい手入れも必要なく、陽射しを受けて水を得れば素直にグングン育つ強靭な生命力もある。

そして、それ故に人々に気に入られて、摘まれて鮮やかな色や命を失ってもなお、その香りは消えることなく人々の心を癒す。

ああ、あの花の名前はなんて言う花だったか…?

そう思いながら浅い眠りから覚めると、膝を抱えて途方に暮れた白い少女が見えた。

『ロズ…本当に行くの?』

心細い声に気付かなかった。

『ううん。そんなんじゃないわよ。ただ…ちょっと…ちょっとだけ寂しくなるなって…』

そう言って笑う顔は無理をしていた。気付かなかった。彼女の本当の気持ちを。

遠くを見る彼女の目が、まさか本当に手の届かない所に行くなんて思わなかった。

『期待してないから。いいのよ』

そう笑って言われて別れたまま…記憶の彼女の時は止まった。

膝を抱えてそっと目を閉じる少女の横顔に、そのまま逝ってしまうんじゃないかと、慌てて手を伸ばせば容易く触れた。

「……あ」

閉じかけた目が驚いて開けば、その色は黒だ。しかも少女じゃない。それは少年だ。

「…スレイプニル…」

ハッとしてその腕を離す。

「すみません。先生…お邪魔でしたか?」

彼は戸惑いながらキチンと座り直した。

「いや…。すまない。寝ぼけていたみたいだ」

昨夜、タナトスに法術を使ってから、まだ戻りきれていなかった。

「先生にちょっと、ご相談がありまして…」

相談…ほう。なんだ?

「いいとも。どうした?」

「実は…明日の週末…その…アイティールが僕を、彼の父親に紹介したいと言われたんです」

アイティールの父親…王弟のアルタイルか。政治的には正直、あんまり王族と関わり合いを持ってもらいたく無いが…会う事すらダメだと言う強い理由も無いしな…。どう言う意図だ?

「なぜだ?」

「…アイティールの様子を見に来るから、友人として紹介したいと…」

ふーん…友人…ねぇ…。

「…それで?」

彼は戸惑った。

「正直…僕は…お会いしたくありません…」

うつむき答えるスレイプニルに、それは好都合だが疑問が起こる。

「…なぜ?」

「その…僕は…相応しく無い…」

消え入るように言う言葉にますます疑問が起こる。

「…どうして?」

「……僕は…その…なるべく目立たず、地味に暮らしたいんです」

「……すーぷーちゃん…」

「はい…?」

「すーぷーちゃんは、希望というか、野心というか、志みたいなものは…あるか?」

男子たるもの、1センチでも1ミリでも、人より先ん出ていたいと思う気持ちが、どうにも彼には感じられない。

「………僕は……まだ…」

しょんぼりとうつむき、沈鬱な顔で押し黙った。

「うーん…どうしてかなぁ…すーぷーちゃんは、もっと自信を持っていいんだけどな」

ハートのキングに選ばれた時点で、潜在能力は保証されているわけだし、なにより即刻マスターした光玉を、あれほどアレンジして、実はわずかながらも火の魔法すら魔法石なく使えるなんて、これ以上無い自信だろうに。

「…僕には…そんな資格はありません…」

唇を噛み、何かに耐える彼の心の中には、何か…トラウマがありそうだ。

…父親関連か…?

うわ言で言っていた言葉に、ふと思い至る。

「資格があるかどうかはさておき…おまえの友達がおまえを紹介したいと言うなら、それは自信を持っていい。その友達は、おまえが誇りだからだ」

「アイティールが…僕を誇りに…?」

おずおずと顔をあげるスレイプニルは困ったような顔だ。それも解さない。

「でも…僕は…いつか…」

その小さな肩が消えそうに丸くなった。

いつかなんだ?やめてくれ。将来有望な若者の空気じゃないだろ。

「…いつか…なんだ?」

「……。いえ。なんでもないです」

ほう。それは何かあるんだな。今日は補習か。すーぷーちゃん。望むところだ。

スレイプニルはため息を吐くと、帽子をかぶり決意したように顔をあげた。

「先生、ありがとうございました。僕は…アイティールが誇りに思ってくれている事に応えないと」

「…そうか。王弟だろうと、そうそう恐れる事はないから安心しなさい」

そう言うと、スレイプニルは苦笑した。

「…はい。初めての社交の場ですが、粗相のないように気を付けます」

うん?…今、何と?

「では、失礼します」

白いローブを翻すスレイプニルの手首を掴んだ。その少年の手首は頼りない。

「すーぷーちゃん…今、サラッと言った言葉…もう一度、良いかな?」

「は?…ああ、えっと…始めての社交の場ですが…粗相の」

「ダメだ」

スレイプニルの言葉を遮って、断言した。


先生の緋色の目は真剣だった。

ど、ドユコト?行けと言ったり行くなと言ったり…大人ってわからない。

「そ、それは僕が粗相する前提の事でしょうか…?」

「違う。そうじゃない」

先生の手は依然、私を離さない。

「初めての?社交の場だと?」

「は、はい。アイティールがそのように…」

私の戸惑いをよそに、先生は眉間を揉んだ。

「すーぷーちゃん…今、君は黒竜にマークされているよな?」

「…ああ、はい…昨日も…」

「何?!何かあったのか?!」

聞いていない!と先生が声をあげる。

「いえ…昨日の昼間に黒竜の先輩に、教室に来ないかとお誘いを受けまして」

その言葉にギュッと手首を握られた。

「それで?!」

「…タナトスがお断りしました」

その言葉に、先生は力が抜ける。

「…役に立ってるじゃないか…」

口角をあげて笑う先生は…こういう所はしっかり男性っぽいなぁ。

「それで?今は?…奴はどこにいる?」

「…起きないので、置いてきました」

「すーぷーちゃん!!置いて来ちゃダメだから!」

先生、そんな…私は子供ですか?

「でも…四六時中ずーと一緒というわけにも…」

困って首を傾げれば、先生は無茶を言った。

「ダメだ!と言うか、今も一人でフラフラするんじゃ無い!」

「…先生…無理がありませんか?」

「お前は自分の価値がわかっていない。こんな時に社交場だと?わかっているのか?」

先生の緋色の目が苛立った。

「…えーと…」

なんの事だろう…?

先生の求める答えを導き出そうにも、そもそも社交場に対する脳内資料が無かった。

私のその反応に、先生は深く深くため息を吐いた。


「…断る」

「だよな」

タナトスの拒絶に、ローズ先生は苦笑した。

その後、フラフラ廊下を歩いていたタナトスを見つけてローズ先生が、タナトスに私と社交場について行ってくれないか打診した結果だ。

「先生…僕、大丈夫です。先生の心配って…その…僕が女性に魅了されないかって事でしょう?」

クスト先輩の話を思い出した。

「すーぷーちゃん」

「クスト先輩が言ってました。毎週末、それはもう女性にモテまくって大変だったって」

「…社交の場は初めてだろう?」

「それは…そうですが…僕、そもそも、アイティールのお父さんにご挨拶したら席を外すつもりです」

「…それが可能だと?」

「僕も…夜はちょっと別の約束がありまして…そちらの約束の方が先なんです」

ムーンボウに行かなくちゃ…。夕方には行きたいんだけど…大丈夫かなぁ…。

「どこだ?…それは…特定の人物か?」

「いえ。…まぁ…ちょっと…」

「誰だ?」

ええ?なんか、突っ込んでくるなぁ…。

「その…あの…短期就労(アルバイト)です…週末限定の」

その言葉に、先生は呆気に取られた。

「なぜ働く?すーぷーちゃん…まさか…困っているのか…?」

心配そうに言う先生に、私は首を振った。

「違います!これはその…お手伝いなんです。僕も、誰かの力になりたくて。でも、絶対やましい仕事じゃありません。フツーの」

先生は「うーん…」と腕を組んだ。

「…そうか…だが、黒竜を甘くみるな。魔法は本来なら無闇に使って良いものじゃ無い。だが、一部の者は勘違いをしているからな」

先生の言葉に私は頷く。

「…では、すーぷーちゃん。今夜、医務室に来なさい」

「え。どうしてですか?」

「渡したい物がある。まぁ…お守りみたいなものだな」

そう言う先生は穏やかに微笑んだ。


午前の授業はやっぱり皆の光玉作りだから、私とタナトスは医務室で待機だ。

せっかくだから、手作りプラネタリウムの冬の星座版を作ろうと道具を出せば、タナトスが私を枕のように小脇に抱えてベッドに持ち運ぶ。

「ちょ!ちょっと!タナトス!」

「……寝る」

いや、君、さっきまで寝てたでしょ?そうだ!今がチャンスじゃない?

「ねぇ…タナトス…ちょっと聞きたいんだけど…」

「60分」

「ええ?!それって今の時間だよね?!」

「……」

「じゃ、そういう事で!」

間髪入れずに決めました。

「タナトスに聞きたいんだけど…その…僕…えーと…」

しまった。なんて聞けば良いんだろう…?

「その…ほかの皆と違う…と思わない…?」

「…………」

タナトスは沈黙の後、首を傾げた。

「僕…皆を…だましてるようなもんだし…」

「……それで…?」

タナトスはわかっているんだか、わかっていないんだか、どちらともいえない反応だった。

「いや…それでって…えーと…その…」

どっちなの?わかってんの?わかってないの?

「…枕が白だろうが黒だろうが、普通だろうが普通じゃなかろうが…枕は枕だ」

「…ぅええ…!?」

そ、それは…。本当に君にはどうでも良い事なんだね?!ああ、もういっそ清々しいまでに首尾一貫してるね?!

「その、枕ってのも…僕、本当に不本意なんだけど…なんでなの?」

「………」

タナトスは無言のままジッと見ると、不意に顔を近付けてきた。

「な?!なに?!」

慌てて首を押さえる。

こっわ!吸血鬼かと思ったわ。

「…ニオイがする」

「え!!ウッソ!!クサイ?!」

衝撃!!

「……なんのニオイか…わからない…甘い…」

「甘い?…なにそれ?」

クンクンと自分を嗅ぐ。が、全然しないんですけど?!

「………」

タナトスはコクリと頷き。私の背後を指をさした。

「え?何?」

振り返って目線を向ければ、トンと押されて倒された所に頭をのせられる。

やられた…。また枕じゃん、これ!!

「タナトスー!」

「…枕…うるさい…」

「まだ聞きたい事があるんだよー!」

「………」

ねぇ!ねぇ!教えてよ!

タナトスの黒いローブのフードを引っ張れば、彼の黒に金のメッシュが入った髪が見えた。

タナトスは慌ててフードを抑えて引き戻す。

「………」

お?

ワシッ!とタナトスの手が私のローブを掴むと、そのままズル!と引っ張って後ろから抱え込んだ。

しまったぁ!!これは手出し出来ないパターン!!

抜け出ようにも、ガッチリ固定されて抜けられない。

「ちょ!ズルい!」

抜け出ようと頑張れば、ますます締まる。

「(ええ…どんだけ差があるの?これ?)」

そもそも、この人…病気だったよね…?なんで、勝てないんだ?いや、持久戦に持ち込めば?!ネバーギブアップ!!

モソモソと頑張っていると、信じられない事に、後ろから首を噛まれた。

「?!」

ヒィ!!

そして、思いがけない感触に固まった。

静かになると、タナトスは満足して締める力を抜いた。

い、いいいいい…いま…噛んだ後…舐めませんでした??

驚愕。衝撃。

ヒトにこんなコトします?!

いや、落ち着いて!!これは、その…犬?!…犬が子犬を叱る時のソレか?!

「(……。…ああ…それっぽい……)」

なんか、妙にしっくり来た。しっくりとまさにそれ。イメージ通り。

「…………」

ダメだ…こりゃ…。60分か…。

さすがにそれ以上、抵抗する気も失せて私は諦めた。また噛まれたら嫌だし。

付き合わされて暇だなー…と思っていた時間は最初の数分で、いつの間にか寝てしまい過ぎていった。





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