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眠りの神と夢見る子守唄  作者: 銀河 凛乎
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第11章 やめろ。関係無い。お前はお前だ。同じとか言うな

法術は気力を使うので、半日しか授業に組み込まないらしい。午後の授業は講義だった。

「法術で傷を癒すには体の仕組みを知らないと非効率だ。まずは人体構造とその仕組みについて覚えなさい」

先生は黒板に人体構造の絵が描かれた紙を貼り付けた。

「人間の体は…」

生物で習う哺乳類の仕組みだ。

夢の中じゃ、細胞壁からミトコンドリア…遺伝子までやるけど…塩基配列…遺伝子の名前…AGCT、アデニン、グアニン、シトシン、チミン…そこまでは…ってか、夢の中ってすごいマニアックだな…。

私はふとタナトスの言葉を思い出す。浄化の法術では「無理だ」と。なんでそう言い切れたんだろう?

彼には色々、聞いてみたい。

「では、スレイプニル」

「は、はい?!」

いきなり先生に名指しされ、私は慌てて意識を戻した。

「親から子に受け継がれるものはなんだ?」

え?まさか遺伝子レベルでの授業だった?

「……え、遺伝子ですか…?」

「?…なに?」

あ。こりゃ、違うな。

「すみません。わかりません」

素直に辞退すると、ニックが手を挙げた。

「はい!先生!」

「ニック」

「法術ですよね?」

「正解」

おー。そうなのか。え?法術って遺伝すんの?

「と言うことは、ここにいる全員の両親が法術が使えたってことですか?」

私の問いに先生は答える。

「まぁ、使えたかどうかはさておき、その資質はあったということだ」

「両親共ですか?」

「両親共ならば、かなりの確率で子は使えるだろうな」

へー。そうなのかー。あれ?でも、法術って…

「あの、先生…でも、子供が出来ると法術使えなくなっちゃうんですよね…?」

「…まぁ、そうだな。だからこそ、子に受け継がれる。ゆえに引退した法術師には、なるべくたくさんの子を設けてもらいたい」

なるほど…。そしたら現役の法術師もたくさん増えるかも?

アッシュが質問した。

「先生の知ってる人でも引退した人、いるんですか?」

「それはもちろんいる。そもそも家を継がねばならなかった者もいるしな」

「じゃあ、先生もそのうち引退する事があるって事ですか?」

「それは…わからん。だが、私は法術師である事や教師である事が気に入っている」

うんうん。それっぽい。ってか、ローズ先生の嫁になる人ってどんな人だろ?まず、女装癖を受け入れてくれる人だねー。なまじ先生の女装がキレイな分…あ。意外とボーイッシュな女性なんてどうよ?

「(…ううむ。なかなかいいんじゃない?うんうん)」

いるかいないかは別として、勝手に先生の未来のカッコイイ嫁を想像して、納得した。

「だから、お前達も絶望することは無い。早々に引退されては困るが…法術師である事よりも、大事な人を見つけたら、後は後任に託せ」

その言葉に、教室全体がホッとしていた。ニックやアッシュなんて「マジで良かった…」と突っ伏している。

「そ、そんなに?」

思わず突っ込んでしまった。

「あったり前だろが!!なにが悲しくて一生独身でいなきゃなんねーんだよ!!」

「兄妹、甥っ子、姪っ子が結婚していくのを見ながら、夜一人で寝るとか寂しすぎだろが!!」

2人から猛烈に反論されて、私は戸惑った。

「…そ、そんなもんなのか…な、あ。それなら友達とルームシェアしたら寂しくないかな?」

「おっま!!…なんでわざわざ男同士で添い寝すんだよ!!キモイわ!!」

と言うのはアッシュ。

「そ、添い寝?そこまで言って無いけど…まぁ、そうだよね。まぁ、邪魔だよね…狭いし」

うんうん。狭いし寝づらい。実際、実感済みだよ。

「いや、邪魔とか言う以前の問題。雑魚寝とかならありだけど、添い寝は無い」

これはニック。

雑魚寝と添い寝の違い…?…なんだ?

「??」

「すーぷーちゃん…ニックとアッシュの言ってる意味がわかるかい?」

ローズ先生に微笑みながら聞かれましても…

「……結局…寂しいなら、みんなで仲良く寝たらいいんじゃ無いんですか?」

「だーーーー!!なんでそうなるんだよ!!」

アッシュが頭を抱えた。

「マジでコイツ …お子様か…」

ニックが珍しいものでもみるような目で見て来る。

いやいや、君たち。私だって女子高校生…JKよ?実際どうあれ、君たちが言いたい事は理解しているよ?

しかし、今の論点としては、いかに法術師として長く現役でいるかでは無いのかね?

「僕は、話の内容から、いかに法術師として長く現役でいられるかを考えたのであって、そのための工夫を話しているのでは無いの…?」

「…………真面目か」

半眼でボソリと言うのはニックだ。

え?!真面目違う。

「だめだ、ニック…コイツ…全然わかってねーな」

そんな!!ちょ!待って?

クスクスとローズ先生は面白そうに笑った。

「せ、先生…僕は…真面目違う…いや、何が違うのでしょうか?」

「間違いでは無いな。法術師の中には伴侶がわりに犬や猫を飼う者もいる」

それだ!!

「ああ!それ、良いですね!寂しくない!」

むしろ楽しい。いいじゃん!それ!

「犬猫で紛れるもんでもないんだよ…」

「犬猫とカノジョの有り無しは違う。断じて違う」

ニックとアッシュは苦虫を噛んだ顔をして否定した。

「ニックとアッシュは補習でカウンセリングが必要かな?」

先生の呟きに、二人は硬直した。

…先生と補習…オツ。

私は心の中で手を合わせた。

そんな愉快な仲間達との授業も、そこそこに進んでいくわけで…ちゃんと生物の授業もした。

でも夢の中の高校と違って、本当に基礎だ。胃があって心臓があって、ここが肝臓だよーって感じ。部位と働きについても簡単に説明された。うんうん。知ってる。

質疑応答が盛んなそんな緩やかな授業だと、時間はあっという間に過ぎる。午後の鐘が鳴り、授業の終わりを告げると、いつからいたのかタナトスが扉を開けて入って来た。

「…あ」

タナトス!ちょうど良かった。質問の続きを…

と、思って席を立った所でローズ先生が私の前に立った。

「タナトス。今夜、浄化しにおいで」

「………」

タナトスは先生の影に隠れてしまった私を覗くように首を傾けた。

「スレイプニルは、まだ終わらないよ。今日は補習だ」

はぁ?!そんな馬鹿な!?補習はニックとアッシュでしょう?!先生!!

「…………」

タナトスは何を言うでもなく来た時と同じように音もなく帰って言った。

ああああ…待って…補習よりも何よりも石化の事を教えてくれー!!

半泣きの私を振り返り、先生はちょっと困った顔をした。

「すーぷーちゃん。そんな顔しなくても…まずはカウンセリングからってのはどうだ?」

イヤイヤイヤイヤ。何聞かれんの?ムリムリ!不安でしかない!

「そんなに拒否されると先生、悲しいなー」

いや、先生!お互いのためにやめときましょう!誰も得しないって!

「まぁ、今日の補習はニックとアッシュだしな。この2人に対してすーぷーちゃんが入っても、レベルが違うから無理か」

え?そ、それじゃ…補習は…?

「それに今日もすーぷーちゃんは灯り点けに回らないといけないしな」

そう先生が言った所で、扉が豪快に開いた。

「よーーーし!!待たせたな!行くぞ!!すーぷー!!」

白いローブを翻しながらいつもより気合いの入ったクスト先輩が私を呼んだ。

えぇ!?今日、一緒に回るのってクスト先輩とですか?!

「…せ、先生…僕の首がもげたら…先生が治してください…」

遺言のつもりで先生の白衣を掴み、お願いしておいた。

「…クスト。すーぷーちゃんが怯えている。もう少し丁寧に接してあげなさい」

「え?俺、親切丁寧をモットーにしてますけど?」

どこがだ!!

「ほら。いくぞ。すーぷー」

「は、はい…」

促され素直に先輩の後に付いて灯り点けに出た。

「(…俺達、ハートのキングよりレベルが違い過ぎるって)」

「(マジか。よっしゃ。今度は俺たちが教えてやらないと)」

ヒソヒソと冗談を言い合っていたニックとアッシュを、ローズ先生は笑顔のまま

「おい…誰が誰にナニを教えるだと…?」

と、底冷えする声で凍らせた。


クスト先輩と巡る今日の明かり点けは食堂でがメインだ。

食堂は大きな光玉と小さな光玉を作る。

「お前、どっちが得意だ?」

「大きいのと小さいのですか?…うーん…じゃあ、僕、小さいの量産します」

「わかった。じゃあ40個…いけるか?」

「はい。フツーのでいいですよね」

「…待て…普通じゃないやつもあるのか?」

「はい。あ、でもとりあえず40個作っちゃいます」

集中して…ウミガメのタマゴー…ウミガメのお母さんは子だくさん…1個、2個、3個…

ポコポコと手から生まれる光玉は均一だ。量産タイプのイメージとしてはバッチリ。

「18…19…20…」

「はや!お前…もう光玉マスターしたなぁ…!!」

コロコロと転がる光玉を集めてクスト先輩は感心していた。それをとりあえずカゴに入れて後で配る。

「はい。ウミガメのタマゴのイメージなんで」

「うみ…え?…」

クスト先輩は逆に海亀のタマゴをイメージしにくかったようだ。

大きな光玉はクスト先輩が作ってくれた。

「わかった!!アレだろ?!ラグの手紙に描いてあったカメ!」

次の部屋に向かう所でいきなり先輩が声をあげてびっくりした。

「…え。先輩、あれ見たんですか?」

あれはラング先輩宛なのにー。

「お前が変わった事するからだろ。3年生、全員で回し見たぞ」

「うわぁーーー!!なななな、なんでそんな、さらすような事するんですかー!!」

それがお前たち3年生のやり方かーー!!

「いや、ほら、後輩の名を語る外部からのラブレターとかダメだから?検閲」

いっや、そんなわけ無いでしょうがっ!!全員で回し読む検閲なんて聞いた事ないし!!

「僕、アレク先輩に直接渡しましたけど?!」

「何て言うか…万が一?…あと、先輩を慕い過ぎる同性もダメだからな?」

馬鹿か?…ああ、これはジャイアントネイロスの口癖だけど!!

今こそ言いたい!この人に!先輩だけど!

「先輩…僕達は先輩達になかなかお会い出来ないだろうと思い、手紙に感謝をしたためただけです。それを不純に受け取られては、感謝のしようもないじゃないですか…」

「いや、ラグ喜んでたぞ。ウミガメとは思わなかったが、カメ描いてあって」

「あぁ。そぅですか…」

もう、いいです。こういう心遣いって意識無いのかこの世界は。

ウミガメ…結構リアルによせて描けたと思ったんだけどな…。

「んで?お前、1限パスしといて補習も嫌だとかぬかしてんだって?」

「?!…な、なんでその事が…?!」

誰から聞いたの?!

「お前は白竜のキングで、俺はダイヤのクイーンだぞ?校内にいりゃ誰かの耳に入るもんだ」

…こっわ!!…リアル壁に耳あり障子に目あり…これは、おいそれと迂闊な事は言えん!

「…必要なものならともかく…僕にはその講義は必要が無いからいいんです」

「なんでそう言い切れる?」

「なんでって…」

「今、必要がなくても突然必要になる時があるかも知れないだろ?」

「…いや…でも…」

それ、学問ならそうかもしれないですけど…これはちょっと…違うって言うか。間違いデス。

「………俺、昼間、お前に黒竜には近付くなって言っただろ?」

クスト先輩が、思い詰めた表情で話し始めた。

「…はい」

「黒竜にとっちゃ、俺たち白竜は奴らのヒナみたいなもんだからだ」

「ヒナ?」

「白竜の生徒から純潔を抜いたら、もう黒竜なんだよ。法術が使えないだけで、元の力はある。…それが魔力になって残るから魔法師になるんだ」

「…へぇー」

「だが、一度、黒竜になったらもう白竜には戻れない。誰かを治癒しようにも明かりを灯そうにも、もう法術は使えない」

「…そう…ですね…」

「法術は魔法と同じようで違う。その一つは魔法石が要らない事だ。魔法と違って、法術は危害を加えるもんじゃ無い。世の中、上手いこと出来てるよな」

魔法石…ああ、そうだ。魔法師が魔法を使うには魔法石。それに対して護符って言うのは、魔力が無くても練り込まれた魔法を使う事が出来る特別な御守りの事らしい。

魔法石は資質の無い人が持っても意味が無いらしい…だが、魔法師の中では無くては話にならない貴重品だ。

世間では混同されるらしいけど、全く違う物だった。

「…僕もそれ、授業で聞いてそう思いました」

ほんと、法術って奇跡的だなぁ。

「もともと白竜だった奴が黒竜に行くって…もとから黒竜の奴と違って、やっぱり割り切りにくいと俺は思う。あいつら白竜と真逆な性質があるしな…」

「…でも、先輩、それは自ら望まない限りは…」

廊下を歩いていたクスト先輩が急に立ち止まった。

「すーぷー…いいか?誰も落ちようと思って落ちるわけじゃ無い」

クスト先輩の目は真剣だ。

「で、でも、引退してる方もいるみたいだし…」

「そりゃ卒業してから何年もすりゃな。決意やタイミング…事情は様々だろ。…お前は…黒竜に行きたいか?」

「いいえ。僕は白竜が好きです」

間髪入れず答えれば、クスト先輩は苦笑して「だよな」と頷いた。

「…アイツもそう言ってたんだ…」

「あいつ?」

先輩は苦々しくも痛みを堪えるように言った。

「…黒竜ダイヤのキング…ナタル・プロキオン…あいつは…最初、白竜だったんだよ…」

「…え…それって…ええ?」

…でもそれは…なんかしらの事故?はずみ?若気の至り?…結婚前提の彼女でもいたのか?…まぁ…そのなんかしらがあったとして…黒竜からしたら逆恨みになるのでは…?

「もともと赤や青と比べて黒や白は数が少ないだろ?当時、役持ちが…しかもキングとクイーンで白に揃ったのは本当に稀だったんだ。黒は面と向かってどちらか譲れとしつこくてな…」

先輩は再び歩きながら話を続けた。

「譲れと言われましても…」

「まぁ、そうだよな。だが、黒にはそれが出来る。汚せばいいだけだ。それからなぁ…事あるごとに誘惑があるわけだ」

クスト先輩は遠い目をして言った。

「…え?」

「週末毎にやたらとモテる。モテまくる。しかもかわいい子に!もう強引なくらい!どこ行ってもだ!」

「…はぁ」

若干、芝居がかっているように見えるのは気のせいでしょうか?

「それが魔法のなせる技で…魅惑(チャーム)ってやつ。マジでパネェ…」

深刻な顔で当時を思い出しているクスト先輩。

「でも、さすが先輩。先輩は引っかからなかったんですね!」

「うっ…ま、まぁな」

あれ、なんで焦るんですか?まさか危なかったんですか?

「…でも…じゃあ…キングは…」

「……まぁ…そういうことだ」

ダイヤのキング…お会いした事はまだ無いけど…クスト先輩の同期で元同じ組で、同じダイヤのキングとクイーンで…。うん…気まずいだろうなぁ…。

「……ええっと…その…その方は今はその黒竜にいかれたわけですけど…先輩や白竜との交流は…」

意外と組は違っても昼休みに一緒だったり…

「…あるように思えるか?」

そう言う先輩の雰囲気が怖い。

「い、イイエ…」

クスト先輩の黒竜嫌いの一端を垣間見た気がする…。


「ほ…ほわーーーーーー!!」

本だ!!ズラリ、ビッシリ!たくさん!

「(静かに)」

先輩はまるで隠密行動中のように、静かに短く注意した。

あ。すみません。いきなりだったんで。先に言ってくれたらいいのに。

「(…ここ、図書室ですよね…?)」

コソコソと先輩に耳打ちした。

「(違う)」

え。違うの?

「(いいから急げ。ここは30個だ。15ずつわけるか?)」

「(あ。僕、30いけます)」

「(…よし。さっさと終わらせるぞ)」

急ぐのか。それならウミガメのお母さん頑張っちゃうよ!

まん丸で白くてキレイなウミガメのタマゴがたくさん…急いでたくさん…パチンコ大当たり的な…

「あっ」

「あ?」

マズイ。変なイメージしちゃった!と思った時にはもう遅かった。

ドワワワー!!って出た。流れるくらい。ウミガメフィーバー。波乗りフィーバー。

「なっ!?…うお?!」

クスト先輩流れた。

「ああ!!すみません!先輩!大丈夫ですか?!」

「ばっ!!ばっか!おまえ出し過ぎだろ!どんだけ出してんだ!」

光玉に流された先輩が床に尻餅ついたまま文句を言った。

「途中でイメージ変わっちゃって…すみません…」

うわぁ…パチンコのイメージが入っちゃったから光玉、点滅してるし…。

「ほう!これは…スゴイですねぇ!」

私の背後で誰かの感嘆の声がすると、クスト先輩の顔がサーっと青くなった。

「?」

振り返ると黒緑の光沢のあるローブを着た笑顔の先生がいた。足元に転がった光玉の1つを拾い、しげしげと眺めている。

「あ。マンドラスの先生」

最初に組み分けした時にいた先生だ。

「マドラスですよ。そして、私は黒竜顧問のメルセデスです」

ニコニコとした笑顔の先生は黒竜の先生だったのか。

「お騒がせしてすみません。僕は」

「知っていますよ。スレイプニル。白竜のハートのキングですね」

人の良さそうな笑顔の先生はいたって普通だ。むしろ、感じが良い。

「しかし…変わった光玉を短時間でこれほど大量に作るとは…いやはや驚きです」

ピカピカとクリスマスのイルミネーションみたいになっちゃってる光玉は騒がしい。

「すみません。失敗しちゃって…すぐ消します」

両手で泡を弾くようにしてキャンセルを意識すると、メルセデス先生の手にあった光玉共々、一斉に消えた。

「ああ、そうだ。ひとつあなたに頂きたい光玉があるのですが…叶えて下さいますか?」

メルセデス先生は、お願い上手か?その言い方が、かわいらしい。

「なんでしょう?」

少し得意になって聞けば、そのお願いは単身では無理だった。

「今日、ローゼフォンが持っていたあの光玉と同じものを」

ああ。先生と作ったあれか…

「しかし、大量の光玉を作った後です。疲れているなら後日来てくれてでも…」

メルセデス先生は気遣いもしてくれた。

やっさしい。

「いえ、大丈夫です。けど…あれは、先生の法術が入っているので…同じものは難しいです。先生にもお願いしないと」

「そうですか。…その《入っている》という表現は何ですか?」

「?…そのまま。先生と作ったので」

「まさか合作?」

「はい」

「ほうほう。面白い!実に面白い!」

黒竜のメルセデス先生はしきりにうなずいていた。

「では、違うもので良いです。私にも1つ何か頂けませんか?」

「違うもの…どのような灯りがお好きですか?」

「そうですねぇ…」

先生は笑顔のまま考えている。が、やがて「では…」とリクエストした。

「明る過ぎず、暗過ぎず、熱いけれどヒンヤリする光がいいですね」

それは、そう言う先生自身も、見た事があるのか無いのかわからないような灯りだ。

「…明る過ぎず暗過ぎず…熱いけれどヒンヤリする光…?」

ううーん…どんなのだろう…熱いけどヒンヤリだから…アレ?…かなぁ。

「あ。…いや、でもな…」

ふと思い付いたけど、これを作るのもどうだろうか…。

「いいですよ。思った通りに、好きに作ってごらんなさい」

先生は何でも受け入れてしまいそうな言葉と笑顔で促した。

なんか優しいなぁ。先輩達が散々脅すから、黒竜の顧問の先生って絶対怖い先生なのかと思ってたけど、そうじゃないんだな。ビビッて損したわー。

「……じゃあ…」

手のひらで光が収束する。やがてポワッと浮かんだのは燃えている炎の形をした青白く光る光玉だ。

想像したのは青い色の人魂だ。お化け屋敷の代名詞。明る過ぎず暗過ぎない、火なのにヒンヤリする。

「これはどうでしょう?」

手のひらに生まれた青い色彩。明る過ぎず暗過ぎない明度で。儚いけれど確かな主張。

「これは?!…光玉…ですか…?」

震える手を差し出して、それを受け取った先生は手にした青白く燃えるような色彩の光玉に目を奪われた。

メルセデス先生がその光玉をもっとよく見ようと指を伸ばした時、青白い光玉はキュー…っと悲しく鳴くような音を立ててスー…と消えてしまった。

「あ。すみません。イメージ通りで儚いやつなんです。それ。…ヒンヤリしました?」

人魂なんで。

「………」

先生はゾクゾクと体を震わせた。

あれ?人魂効果?

何しろ熱そうでヒンヤリするからね。人魂は。

「…これは…欲しい…!!」

しみじみと呟き、私を見た先生の目が見開いた。

あれ?先生、左右で目の色違うんだな。

いつもニコニコしてて目の色見えなかったけど、デボラも左右で違ったから同じだなーという漠然とした感想を思っていると、不意に、ローブの端を誰かに引かた。

見ればクスト先輩だ。そこには先輩が作ったであろう光玉が指定の数だけ揃っていた。

クスト先輩は勢いよく首を横に振って、しきりに出口を指差している。

周りを見れば、黒いローブの学生が複数、かなりの数が集まりこちらを凝視していた。

こ、これって物凄いアウェー感!!黒い集団に囲まれていますけど?!

今更ながら、ここってまさに黒竜の教室じゃないデスか?先輩!?

「せ、先生。それでは、僕、そろそろお(いとま)します。お邪魔しました」

「……お邪魔など。とても興奮しました。いや、感動しましたね。スレイプニル。また、ぜひ遊びに来て下さい。いつでも。お待ちしてますよ?」

もう帰るのかと残念そうに言う先生に会釈して、逃げるように去るクスト先輩に強引に腕を引かれながら、私は教室の扉を出る。振り返ると、先生はずっと見送ってくれていた。


「おまえ!!バカみたいに目立ち過ぎだろう!?」

教室を逃げるように出てから、私はクスト先輩に引っ張られながらもなんとか走りきり、かなり離れた場所に来た所でクスト先輩に怒られた。

「ば、馬鹿て…先輩こそ、なんで黒竜の教室だって教えてくれなかったんですか!」

てか、先に言えや。おっと…悪い言葉が。言葉にしなくて良かった。

「サクッと終わらせて出たかったんだよ俺は!」

「…。先輩…それなら、教室の前で先に30個作ってから、そっと置いて来れば良かったのでは…?」

「…!?」

私の言葉に、クスト先輩は膝から崩れ落ちた。

あ。この先輩…アホですね?

「…嫌な予感してたんだよ…俺、お前を黒竜の教室に連れて行くの…。あらかじめ言っといて興味持たれるのも嫌だったし…」

廊下に座り込み、頭を抱えるクスト先輩。

「そう言われましても…」

知らんがな。言わんからでしょ。


「てか、なんでメルセデスが居るんだよ!居ない時間を狙って行ったのに!」

「そうなんですか?…なんでですかね?」

首を傾げる後輩…ハートのキングに、ああコイツだ…。と思い当たる。

蛇の目の前に獲物をぶら下げたようなもんだ。しかも大好物の。黒竜の生徒が密かに知らせたんだろう。

それにしても来るの早過ぎないか?まさか校内で魔法使って無いよな…?

「あ、先輩。見ました?メルセデス先生の目っていつも笑顔で見えないけど、茶色と黒で左右違うんですね」

「はぁ?知らねぇし。…メルセデスなんかに用も無いのに近付く訳ないだろ」

「髪にも黒が入ってるし、目も片方黒いから、僕と同じ混血じゃないかと…」

その言葉が、僕達同じでしょ?って言っているようで心底、不快だ。

「やめろ。関係無い。お前はお前だ。同じとか言うな」

その言葉に、黒い目がうつむきショボンとする。

だからやめろ。そういう表情するの!不安になんだろ!残念がるな!「ですよねー!」って、笑えよ!

「いいから!行くぞ!」

「は、はい」


白竜の教室ではローズ先生とニックとアッシュがまだ残っていた。

ほ、補習は終わってる?入って大丈夫かな?

「おや。戻ったか。ご苦労」

私とクスト先輩が戻ればローズ先生は、にこやかな笑顔で迎えた。のに対して、ニックとロンは何というか…なんと言うの?これ?

「あ。ニル。おかえり。ふふ」

「よう。大変だな。へへ」

キモい…。あ、ごめん。心の中でもそう思っちゃった。

「ど、どしたの?大丈夫?二人とも」

顔付きが…緩み切ってるんだけど…。

「馬鹿言うなよ。大丈夫に決まってんだろ?」

「いやー…感動したわ。俺」

…何に?怖いんだけど?

「灯り点けは順調だったか?」

二人の様子に戸惑っていたら、先生が話題をこちらに振って来た。黒竜に行って来た後だけに、ちょっとだけ気まずい。

「…えーと…」

「…………」

クスト先輩は暗い顔で沈黙している。

「クストがそういう顔の時は、なにかあったな。どうする?場所変えるか?こいつら帰すか?」

やれやれ…ガラスでも盛大に割ったか?みたいな顔の先生に、クスト先輩は先生に勢いよく頭を下げた。

「先生!すみません!しくじりました!」

「えぇ?!先輩!そんな…全然しくじってないですよ?!」

慌てる私とクスト先輩を見て、先生は「…なんだか、うっすらわかるなー」と頬杖をついて苦笑した。

「それじゃ…すーぷーちゃん。まず、君から。何があったか言ってごらん」

促されて、思い出す。

「えーと…まず食堂に行って明かりをつけて、それから黒竜の教室の分の明かりを準備してたら…僕、失敗しちゃいまして…」

「…どんなふうに?」

「その…早くたくさん作らないと、と思ったら違うイメージが入っちゃって、一度にたくさん出ちゃったんです」

「…10〜20?」

「え、えーと…もうちょっと多かったかなー…」

「20〜30?」

「数はその…数えて無いので…正確にはちょっと」

誤魔化そうとしたところで先輩がスッと手を挙げた。

「クスト」

先生が授業のようにクスト先輩を指した。

「コイツ、俺が流されるくらい出しましたから、3桁はゆうにいってますよ」

ローズ先生の動きが止まった。本能的にヤバい空気を感じる。

「せ!先輩!誰にも失敗はあります!」

そんなにハッキリとチクらなくたって!先輩ならかばってくれても良いんじゃないかな?!

「失敗するならもっとフツーの失敗しろよ!なんでよりによって黒竜の教室であんなアホみたいな数出してんだ!しかも点滅してたし!!」

「う、ウミガメが…フィーバーしちゃったんですよねー…」

それは…仕方ないっていうか…。なんか思いがけず、こんな飾り用の点滅も別で 作ってもいいかなって思えたし。

「…それを、黒竜の生徒が見てたのか」

先生は、大きなため息を吐いて面倒くさそうに眉間を揉んだ。

「いえ。メルセデス先生が来まして」

私の言葉に、ローズ先生はクスト先輩を見た。クスト先輩は肩をあげて答えた。

「居ませんでしたよ。最初は。時間も間違えてません」

「…それで?」

ローズ先生は私を見て促した。

「僕、黒竜の先生に会うのは組み分け以来でしたので、ご挨拶しようとしましたが先生は僕を知ってました。それから、光玉を希望されたので…」

「……それは、聞くまでも無いだろうが普通のじゃないやつだな?」

嫌な予感を感じているかのようにローズ先生のキレイなお顔が曇っていく。

「ご希望を伺ったらローズ先生と同じのが良いとの事でした。ですが、それは出来ないとお断りしました」

「うん。いいね」

笑顔で頷く先生に、クスト先輩が手を振って否定した。

「いや…違いますよ…先生…コイツ、他のを作ったんです」

せ!先輩!なんでそんな後輩を売るんですか!私になんの恨みが?!

クスト先輩の言葉に先生が私を見た。その顔に笑顔が無いんですが…

「あーの…別のご希望を聞きましたら、明る過ぎず暗過ぎず、熱くてヒンヤリしたものを希望されまして…」

私の言葉にニックとアッシュは顔を見合わせて呟いた。

「…どんなのだ?それ?」

「真逆じゃん。そんなものねぇよ」

ローズ先生もメルセデス先生の性格を思い出したのか不快そうに呻った。

「…性格通りのひねくれ注文だな。…それで、どんなのを作った?」

「黒竜の先生が、思った通り好きに作っていいと言われましたので、僕の思うそれを…」

先生は眉をひそめて、「…スレイプニル、同じの作れるか?」と聞くので、人魂2号を作って渡した。

青白い炎のようなそれは、やがてキュー…という音と共に消える。

「…………」

沈黙する室内。

これは趣旨が伝わらなかったかな?と補足する。

「あ。この消えるまでがヒンヤリ感なんですけど」

「「問題はそこじゃ無い」」

クスト先輩とローズ先生にハモって言われた…。

ローズ先生は頭を抑えて呻いた。

「そんなにダメでした?緑色の方が良かったのかな…?」

青か緑で一瞬悩んだんだよね。

「すーぷー。お前、黙っとけ」

クスト先輩、ツッコミ厳しす。

「…それで…他には…?」

俯きローズ先生の絞り出すような声に首を傾げる。

「…?他ですか?特に何も。お邪魔しましたって言って帰りました」

「これを見てメルセデスは何も言わなかったのか?」

俯いたまま顔を覆い更に問う。

「んー…?ああ。消えちゃってから、欲しい。と言われました。でも、これ直ぐ消える仕様なんで、ずっと置いとく訳にはいかないんですよね」


「欲しい…?」

ローゼフォンは違和感を覚えた。メルセデスが素直にもっと欲しいだなんて言うだろうか?

「あと、お前、変な事言ってただろ。目の色どうとか」

クスト先輩が指摘した。

「え。…ああ。メルセデス先生の目って左右で目の色違うんだなーって。僕を見た時に見えたんです。黒と茶色なんですよ?先生、知ってました?」

ゾクリとローゼフォンの背筋が寒くなった。

「……クスト…」

「…はい?」

「しくじったな…」

「え?!…あの、失敗したのは僕ですが…」

己の価値を全く理解していないスレイプニルはともかく、クストにはもっと慎重にさせるべきだった。

初めて光玉を覚えてからスレイプニルの進化は止まらない。

1日に何個でもポコポコと惜しげも無く全く新しい発想で光玉を編み出す。

一方で100を超える光玉を失敗して出来るものか?普通ならばイメージが変わった時点で霧散する。

青い光を放つ光玉すら見た事も無いのに、音を付けるなんて、どこをどうしたら出来るのか。

こんなものを見せ付けられて、その作り手に興味が無い訳がない。

メルセデスはあの張り付いた笑顔の仮面の下にある本性をスレイプニルに向けたのだろう。

「…始めに奴が光玉が求めたなら気力切れでもいい、難癖付けて断るべきだった。…奴が珍しく素直に「欲しい」と言ったのは、間違いなく、スレイプニルの事だ。黒竜は…これから本気でスレイプニルを取りにくるぞ…」


「………」

先生の言葉にクスト先輩は深刻な顔で唇を噛んでいた。

「マジかよ…」

「俺たちのキングだぜ…?」

黙りこむクスト先輩と、戸惑うニックとアッシュが顔を見合わせた。

「えー。僕は黒竜には行きませんよ?きちんとお断りしますから大丈夫です!」

そんな中、私だけが呑気に断言したところで室内の空気は変わらなかった。


「おい、聞いたか?」

「何が?」

「さっき、ハートのキングがウチに灯り点けに来て、青白い光玉を溢れさせたらしいぜ」

「…青白い光玉?あんのか?そんなの?」

「先生も見て大興奮だったらしい。ハートのキングに対して、いつでも待ってるって…」

「メルセデス先生が?…ホントかよ?」

「ああ。先生、もしかしたら白のキングを本気で引き込むかも知れないぞ?」

「…はぁ?迷惑だよな。これでまた白に逆恨みでもされたら…」

「おい。キングが来た。余計な事は言うなよ」

1人の生徒が知らせると、黒竜数人を引き連れてダイヤのキングが席に着いた。

無敗のキング。

模擬戦でことごとく勝ち続けてきた黒竜ダイヤのキングに付いた称号だ。

赤だろうが、青だろうが、同じ黒でも、黒のキングに勝てた試しはない。模擬戦の圧倒的な魔法戦を見れば、誰しも道を譲った。

「(あ、おい…あれ)」

黒いローブの生徒達が何かを見つけて目配せした。

その視線の先には白竜のテーブルで落ち着かない様子の白竜と、侍童のようなハートのキングがいた。

黒い目が合うと何を言わずとも先にペコリと頭を下げる奴は…侍童以下だ。

あんなのが?冗談だろ?

正直、全然キングに見えない。それが黒竜の生徒の感想だった。


その後の夕食の時間も…なんだかそう見たらそう思えてしまうと言うか…黒竜の生徒の目線が気になると言うか…。

気のせいですよね?そうですよね?あ。また目があった。こんばんは。

うう…何だろう…まるで獲物か目の敵になったかのような…?

「いいか。白竜は学年問わず全員、夕食が終わったら教室に集まるように」

いつになく真剣なクスト先輩が白竜全員に伝えていた。

「?なんだ…?何があったんだろう?知ってる?」

補習じゃなかったロンやマック達がニックやアッシュに聞いた。

「…お、おう…」

「まぁ…行けばわかるから。な。ニル」

「う、うん…まぁ…」

歯切れの悪い私達3人に、みんなキョトンとしていた。


白竜の教室に全員が集まるのは歓迎会以来だ。とは言え、あの時の空気とは違って皆、緊急召集と言う普段あまり無い事に緊張しているみたいだけど…。あ、白衣…そうか他の学年の先生もいるんだ。

全員集まったところで、ローズ先生が教壇に立った。その顔にいつもの微笑は無い。

「今回、集まってもらったのは…率直に言おう。黒竜が本気でウチのキングを取りに来るからだ」

ザワッ!と教室がどよめいた。特に先輩方。そして私が注目される。

「な、なんで急に…。あっちはもうダイヤのキングがいるじゃないですか!」

先輩の質問に、先生が答えた。

「…そうだ。だが、やつらはそんな事は関係無く、取りに来るだろう」

「いくら黒竜と言えども横暴過ぎませんか?!俺たちを何だと思ってんだ!」

「白竜がいなくてどうやって治癒や浄化を回すんです?!こっちは万年人手不足で法力酷使だってのに!」

「ウチからキングの役持ちばかり取るって、嫌がらせにしてもやり過ぎじゃないですか?!」

黒竜に対する不満が噴出する。

仲悪いなー…。まぁ、人数に余裕が無いから特になんだろうけど…。

「そもそも、黒竜がウチのキングを取りに来るってどこ情報なんですか?」

冷静に…あれはラング先輩か。が、発言した。

「…俺だ」

そこに、控えていたクスト先輩が名乗り出た。

「クスト?何があった?」

訝しむみんなに、クスト先輩は事の顛末を説明した。

「…以上が今日の灯り点けであった事だ…皆…すまない」

ザワザワと教室内がさざなみ立つ。

「新入生が3桁の光玉…?」

「青い色?で泣く?」

「どんなのだよ…話盛ってねぇか?」

2、3年生が、にわかには信じられないと言い合った。

「ねぇ…ニル、今の本当?」

ロンが不思議そうに聞いて来た。

「あー…うん。そう」

アッサリ答えれば、「どんなやつ?」と興味津々だ。その言葉に白竜全員の視線が集まる。

「え、えーと…その…」

どうも、あんまり独創的なやつを作ると目立ってしまう事を私は今更ながらに気付いたわけなんですが…

「スレイプニル。可能なら見せてやりなさい。ただし、これ以降のアレンジは禁止する。基礎以外のものは私の許可なく作ったり話したりしてはダメだ」

ローズ先生の言葉に、私は頷き前に出た。

「えっと…それでは…すみません。おかしな事とは気付きませんで…メルセデス先生が、明る過ぎず暗過ぎず、熱くヒンヤリする灯りとのご希望でしたので、こちらを作りました」

本日3回目の人魂ちゃん3号

青白い炎のような灯りは、その色を皆の目に留めたかと思うと、キュー…と鳴いて消えた。

「この消えるところが特に ヒンヤリかなーというイメージです」

場の空気を和ませようと、プレゼンのような気持ちで補足した。

「…………」

「…………」

シーーーーン…とする教室内。

全然、ウケない。完全にスベった。

「…クスト先輩、やっぱり緑の方が…」

沈黙が痛くてクスト先輩に助けを求めた。

「…お前は何も言うな。頼むから…」

クスト先輩は疲れ切った顔で力無く答えた。

そんな!!先輩!!もっとキレのいいツッコミ下さいよ!

「…マジだ…こりゃ…欲しがるわけだ…」

誰かの言葉から堰を切ったようにザワザワと騒めき出す室内。

「というか、こんなメルセデス好みの奴が白竜にいる事自体、どうなんだ…」

「おい。変な事、言うな」

「今、入学して3日めだろ…普通じゃねぇな…これがキングなのか?」

「いくらキングだからって…聞いた事あるか?これ他に誰が作れんだよ?誰もいねぇんじゃねぇの?なんなんだ?」

「やめろって」

「いや、おかしいだろ」

ザワザワと漏れ聞こえてきた言葉は、「普通じゃない」…自分達とは違う。という排他的雰囲気…。

ずっとデボラと暮らして来て、故郷の島で変装して街に出て、ごくフツーに暮らしてきたと思ったけど…やっぱり、何かが違うんだろうか…。

怖くなった。

1年生が調子乗って、気持ち悪い事をした。と責められているんだ。普通じゃない。って…。

いや、それどころか…コイツはオカシイ。異端だ。と、バケモノを見るような目で見られている気がする。

待って!違う!仲間外れにしないで!

「…あ、あの…す、すみません…僕、その…光玉作るの…楽しくて…調子乗っちゃって…何が普通か…普通じゃ無いのか…わからなくて…その…すみま…」

震える手足で、途切れ途切れに弁解と謝罪をすれば、ブツッと突然意識が暗転した。


暗い。真っ暗だ。

超文明の夢でも無い。

という事は…ああ、これ気力切れか。

ああ、はい。わかってきましたよ?

うーんと…ああ、そうだ。午前中、かなり法術使って、タナトスと昼寝してちょっと戻ったけど、戻り切ってないうちに灯り点けで40個+ウミガメフィーバー+人魂ちゃん×3かー

…あはは。そりゃ、切れるわ。

真っ暗な世界で冷静に分析すれば納得の気力切れだ。

『…ヴィナ…ヴィナ…』

突然、見知った男の声を聞いた。しかもこれは…

『ああ、またこんな所で寝て…風邪をひいたらどうする』

まだあの人がいた時だ…。

『…また立ったまま寝たのか…これはなんとかしないとな…』

暗闇のまま、声しか聞こえないけど頬に触れるその手は大きくて温かい。フワリと優しくて品のある良い香りが思い出された。

まだ小さかった私を抱えて、ベッドまで運んでくれた時に嗅いだ父の匂いは、香木の匂いだったと街に出るようになって気付いた。

香木は教会で焚かれるから、あの人は熱心に祈りを捧げる敬虔な信者だったのかもしれない。

あの人が来なくなってから、デボラは何も語らない。

どんなに思い返しても、どこに行くとか、いつ帰るとか、そういうこと以前に別れの言葉すらも思い出せない。何があったのか、何がいけなかったのか、全くわからなかった。

何も約束しなくても、2〜3日毎には帰って来ていた。帰ってくるのを楽しみにしていたのは、私以上にあちらの方だと傲慢にも勘違いしていた。

だから突然パタリと来なくなったのが信じられなかった。

心配になって探しに行こうと思った。けれど、なぜかいつもデボラに気付かれて失敗した。

デボラに訴えれば、病気やケガでは無いと断言される。

ただ、帰って来れないだけ…。忙しいからだ。そう聞かされて、そう思い続けた。

思い続けて、待ち続けて、ある日、短い手紙の1つも無いのは、もう自分に興味が無いからだと気が付いた。

忙しいから…「元気だよ」の一文も書けないなんてある?…それは忙しいのが理由じゃない。

もう…《いらない》のだと…無言で言われた気がした。

すごく…ショックだった。

気付いてしまった時、自分が惨めだった。

信じて待っていた自分は…なんて愚かで…無意味な存在だった。

辛くて、悲しくて、どうしようもない憤りで、心は摩耗した。

だから、向き合うのをやめた。痛い場所を何重にも何重にも包んで感覚すら無くなるくらいにキツく縛った。

でも、それでも時々、浸みてくる記憶の断片に耐え難い痛みを思い出す。

「どうして…なんで私を捨てたの…普通じゃないから…?」

張り裂けそうな胸に、声が震える。

『ヴィナー。父さんずっと一緒だからなー!』

暗闇で聞こえたその声にどうしようもない怒りがわく。

「答えてよ!!父さん!!」

暗闇に声を張り上げても、答えは返って来なかった。


「…マジだ…こりゃ…欲しがるわけだ…」

「というか、こんなメルセデス好みの奴が白竜にいる事自体、どうなんだ…」

「おい。変な事、言うな」

「今、入学して3日めだろ…普通じゃねぇな…これがキングなのか?」

「いくらキングだからって…聞いた事あるか?これ他に誰が作れんだよ?誰もいねぇんじゃねぇの?なんなんだ?」

「やめろって」

「いや、おかしいだろ」

ザワザワと漏れ聞こえてきた言葉は、生徒達の動揺だ。

無理もない。生徒どころか熟練の法術師ですら動揺するだろう。自分が冷静に客観的でいられるのは、自分以上にわかりやすく騒ぐ生徒がいるからだ。

正直な感想を言葉にしてプライドを保とうとする者もいれば、それを諌めることで自己をたてる者もいる。

「…あ、あの…す、すみません…僕」

スレイプニルがおずおずと声をあげた。

「その…光玉作るの…楽しくて…調子乗っちゃって…何が普通か…普通じゃ無いのか…わからなくて…その…すみま…」

突然ゴッ!と鈍い音を立ててスレイプニルは教壇に頭を打ち、受け身なく倒れた。

「おい!!」

側にいたクストが驚き声をあげた。

駆け寄り体調を見ると意識のないスレイプニルは気力切れを起こして昏睡していた。

「気力切れだ」

そう言うと、固唾をのんでいた全員がホッとしていた。

倒れた時に教壇に引っ掛けたのか頬から血が出ていたから法術で治した。

「…どうして…」

かすかに、スレイプニルの口が動いた。

「…なんで…私を捨てたの…普通じゃないから…父さん…」

昏睡するスレイプニルの目から涙が1つ流れた。

「…すーぷー…おまえ…」

クストが痛ましそうに呟くと、不意に教室の扉が開いた。

そこにいたのは黒いローブ、黒竜の…

「なんだ?!黒竜!!まさか実力行使か?!」

白竜の生徒の1人がそう言えば、ザワッ!!と教室内が殺気立つ。

しかし、現れたのはただ1人。黒竜のタナトスだ。

白竜全員が揃った中をタナトスは構わず入ってきた。

「タナトス。すまないが浄化はもう少し待ってくれないか?」

倒れたスレイプニルを支えながら、タイミングの悪さに脳内で舌打ちする。

「…ちょうどいい…ソレを預かる…」

どこにいるのか全く構う事なく、タナトスはスレイプニルを指差してそう言った。

「テメッ!!ふざけんな!!」

クストがタナトスの黒いローブの胸ぐらを掴んだ。

「……何がだ…」

「黒竜にはもう誰一人やるつもりは無い!!メルセデスが気に入ろうが、こいつはウチのもんだ!!コイツが白竜にいたいという限り、白竜だから!!黒竜になんか行かせねぇ!!」

それは、あの時に言えなかった言葉なのかも知れなかった。

興奮するクストにタナトスは静かに首を傾げた。

「……白だ黒だとうるさい…そんなどうでもいいことで…」

「なんだと?!」

火のついたクストが更にタナトスの胸ぐらを締めれば、タナトスのローブの中で金属の擦れる微かな音がした。

「クスト!タナトス!やめなさい!」

ローゼフォンは嫌な予感に声をあげた。

タナトスは重い門を開くような目でクストを視界に入れるとその声が変わった。

『……お前…死にたいか?…』

ゾワリとその場にいた全員の首に刃物が突き付けられたような声だった。

そして、チキチキと弓がしなるような、太いロープが切れかかったような身じろぎ出来ない緊張感が支配した。

「………」

クストは絶句した。これはなんだ?と理解が出来ない。今までのどんな模擬戦でもここまでの重圧を受けた事は無い。是か否を問われても、完全に声が出なかった。

それはその場を支配された全員がそうであったため、誰も否と言う者がいない。


沈黙は肯定とする。


タナトスが動く瞬間、ローゼフォンの懐近くで「…ロス…」と声が漏れた。

沈黙し静寂が支配した教室にその少年の声はやたらと全員の耳に入った。

しかしそれに対して特に、顕著に反応したのは誰でも無い、当のタナトスだ。

タナトスはビクリ!と身じろぎ、一気に場の空気の緊張が解除された。

「…え。…」

クストは急に自由になった身に拍子抜けする。それはその場にいた白竜全員が同じ感想だ。

タナトスは落ち着きなくソワソワしながらローゼフォンが支えているスレイプニルを、チラチラと見ては、ウロウロしている。

その姿は、怖いけど気になる犬をどうしても触りたい子供みたいな連想すらする。

「(……なんだこれ…)」

全員が全員…意味がわからなかった。

ローゼフォンは動けるうちにタナトスを生徒達から引き離しておきたかった。

タナトスの様子から試しにスレイプニルを動かせば付いて来る。丁度いいとそのままスレイプニルを抱えてローゼフォンがタナトスを誘導すれば、背後でクストが声をかけた。

「おい…おまえ…そいつをどうするつもりだ…?」

その無謀とも言える勇気と諦めない気持ちは、若さと情の深さだ。

「……観察する。魔力切れだろう…」

先程の事などなかったように、タナトスはサラリと一般的な対処法を口にした。

そうだ。気力切れの時は見守るしか無い。というか寝かせておけば回復する。

「お前…黒竜だろ…なんで…」

「…白とか黒とか…どうでもいい…俺は…ただ眠りたいんだ…コイツは波長が合う…」

それは死に至る病を患っている者の本心からの切実な訴えに聞こえた。


医務室のベッドにスレイプニルを寝かせると、タナトスは素直に傍に座った。

「…お前がスレイプニルにこだわるのは、眠れるからか?」

ローゼフォンの問いにタナトスは少し頭を傾けて考えると

「…そうだ…少しだけだが…」

と素直に答えた。

「なぜだ?」

「…わからない…」

「…お前にとっては、枕が白でも黒でもどちらでもいいな?」

「……」

コクリと頷く。

「……では取り引きしないか…?」


ローゼフォンが教室に戻ると、白竜の生徒は一斉に会話を止めて注目した。

「とりあえず、いい番犬が出来たぞ」

ニッコリと笑うローズ先生の笑顔に、白竜の生徒は度肝を抜くことになる。


「……あれ…?」

目覚めればベッドの中で、オレンジ色の灯りが部屋の奥の机で点っていた。

「…目が覚めたか?」

医務室の机に向かって書類を書いていたのはローズ先生だ。

「…ここ…医務室ですね…」

ベッドの周囲は薄暗いが、この景色は間違いない。

先生は机からベッドのそばに来て、脈をとるように私の手を見た。

「………」

そこで先生は目が悪い人のように、目を凝らしている。いくら部屋がうす暗くても普段、視力は悪くないだろうに。

「…先生、僕の数値…おかしく見えるんじゃないですか…」

授業で聞いた。熟練の法術師は相手に触れて、見ようとすると数値が見えるって。

「……。お前の数値は…複数がダブって見える。最初は見るこちらの問題かと思ったが…」

ああ。やっぱり…初めて廊下で見た時も、先生は訝しんでいた。

「……それは多分…僕が普通じゃ無いからですよ…」

「………」

先生は沈黙して私の言葉を待った。

「…だから…僕…僕に…親切にしないで…」

滲んだ視界を布団の中に隠した。

あんな夢を見た後にはキツイ。

もう、やめて。

もてはやされて、知らぬ間に失望されて、理由もわからず捨てられるのは…もうデボラもいない今は辛過ぎる。

「…スレイプニル…どうした…」

先生は静かに、先を促すのではなく相槌のように答えた。

「…嫌な事でも、思い出したのか?」

「……なんでもありません…」

今、みんなを騙しているのは私の方だ。アイティール同様に、みんなは私のたくさんの嘘を知らない。

そんな私がこれ以上、何を言えるのか…。せめて傷が深くなる前にみんなの前から消えた方がいい。

「…そうか…。言いたく無いのなら無理には聞かない。だが…いつか言っても良いと思ってくれたら…いつでも聞かせてくれ」

先生はそう言ってくれた。

「……先生…あの…」

布団から顔を出し、私は先生を見上げた。

「なんだ?」

「……僕、先程から先生に聞きそびれている事がいくつかあります…」

「ん?」

「……まず…なぜ、僕のベッドの端で彼が寄りかかって寝ているのでしょうか…」

実は最初から気になってました。タナトス看病疲れパート2…これ。毎回なんでだ?

「…他には?」

「あと、その…オレンジ色の逆光のせいでしょうか…先生、雰囲気…違いません…?」

なんかいつものビューティーローズ先生と違ってなんか…なんてーの?…スッキリしてるっていうか?

「うん。あとは?」

「あとですか…緊急集会の後はどうなったんでしょうか…?」

「…それで全部か?」

「…あとは……その作った光玉…やっぱりいい出来ですね」

「そうか。まぁな」

そう言って先生はサッパリと笑った。

ほら。やっぱり、なんか違うんだよねぇ…?

「質問には答えよう。今がいいか?明日がいいか?」

「…特に最初の質問が気になってこのまま眠れないので、お仕事中、申し訳ないのですが今…」

かしこまって言っていると、不意に先生が手を差し伸べて来た。

「…?」

「起きれるか?座って話そう」

「…はい」

せっかくなので先生の手を借りて起き上がり、そばにかけられていた自分の白いローブを羽織る。

私が起きても、タナトスはうたた寝から覚めなかった。

先生に促され、昼間一緒に作った光玉が灯る机に向き合った。

「あ。…わかりました」

光源に近付いたから気が付いた。

「先生、メイクしてないからですね」

だからサッパリしてたのか。

「そうだ。さすがに夜の、この時間までしてない」

「そうですか。どちらもお似合いだと思います」

女装の先生も妖艶で綺麗だし、今の先生も長い赤毛は地毛みたいで1つに束ねて普通にイケメンだった。

やはり元がいい人は違うね。男女の格好問わずカッコイイのうらやま。

「…そうか。そう言えば、初対面ですんなり受け入れた生徒は、すーぷーちゃんが初めてだったな。何でだ?」

「別に…相手が理由あってそうしたいのなら、それは人として尊重しようと…ただそれだけの事です」

「………そうか」

ふと、オレンジ色の光玉を見る。


「…僕はやっぱりオレンジ色の光玉が好きです…」

そう言って光玉を見ている少年の輪郭は未成熟なまま時が止まったような曲線だ。ただ混血を示す黒い目は成熟した思想に光って見えた。

明らかに世間一般ではないものを見て、その異端に奇異の目を向けるでもなく、愚か者よと嘲笑するでもなく、無関心でも無く、すんなりと受け入れ尊重する事がどれほど成熟した精神か、大人でもわかる者は限られよう。

こいつの存在は未成熟なのか成熟しているのか…いや、今この10代特有の混ざり合った成長期だからこそだろう。

「…光玉を均一なオレンジ色に安定させる方法をなぜ思い付いたんだ?」

聞いてみたかった。授業で聞けなかったからつい、質問の答えより優先させてしまった。

「…そう…思ったからです。光ならオレンジ色が良い…と。ああ、すみません…答えになってないですね」

その答えは、なぜオレンジ色にこだわるのかと聞いた時と同じ答えだった。

「つまり…イメージすれば出来てしまうのか…?」

「…そう…ですね…はい…」

コクリと頷いた。

では、あの青白い炎のような光玉の色も、キュウと鳴く音も、全て…こいつにしてみればオレンジ色の光玉と同じ…。

「…………」

これは…予想以上に俺の手に余るのでは無いだろうか…こいつはもっと然るべき場所の高位の者に託すべきではないだろうか…。

「すーぷーちゃん…君は…おまえは、この先、どういう風になりたい?」

つい、進路指導をしてしまう。入学したてだが、こいつの場合は稀に見る逸材だ。

「…え…?」

思いがけない質問に、黒い目を向けてきた。

「おまえが望む未来だ。望むなら更に高位の法術師に紹介状を書こう。個別に指導してもらえる」

なかなかの出世コースだ。ハートのキングとしてこれ以上ない飛び級になる。

しかし、彼はうつむき首を振った。

「…どうして?」

「先生…僕は…今のままで…もう充分なんです」

充分?…生活面での支援か?

「…スペードのキングに恩義があるのか?それなら…」

「違うんです。い、いえ…もちろんアイティールには感謝しています…でも、そうじゃなくて…僕は僕のまま…普通でいたいんです」

普通…。その単語にこいつの、あのうわ言が思い出された。

『…なんで私を捨てたの…普通じゃ無いから…父さん…』

『…それは多分…僕が普通じゃ無いからですよ…』

自嘲的に呟いていたあの言葉にも、その普通という単語があった。

こいつの過剰なまでの腰の低さや配慮は、一人称を変え、へりくだる事で、普通じゃない自分を他者に受け入れてもらおうとした結果なのか?

「…普通か…」

何気なくそう呟けば、彼は罪を犯したような勢いで切迫した。

「僕が調子に乗って!…皆さんに迷惑をかけてしまった事は…!」

「落ち着け。迷惑じゃ無い。あー…そうだった。質問に答えるのはこちらだったな」

どうも、回り道をしてしまう。こいつには謎が多すぎる。大体、10代のお前らが「なんでもない」と言う時は、100%何かあるんだ。教師をナメんな。無理矢理は逆効果だろうから時間かけてでも吐かせるからな。

「簡潔に答えて行こう。まず、タナトスだが、本人もなぜかわからないが波長が合うそうだ」

「…僕とですか?」

解せない。とスレイプニルは眉を潜めた。

「ああ。giraffe病は不眠が主な症状なんだが、その彼がすーぷーちゃんとなら多少は眠れるそうだから協力してやってくれないか?」

「…ええー…いや、協力したいのは山々ですけど…こちらとしても…。タナトスでしょう?添い寝はちょっと…はばかるというか…無理っていうか…」

「まぁ、そうだな。普通の感覚としてこれだけジョーカーという得体の知れない男と、男同士で添い寝は御免だよな。…しかし、giraffe病は伝染性じゃ無いんだ。奴の病気に免じて…」

「いや、別にタナトスがジョーカーだから嫌とか、病気だからとかじゃ無いんですけど…そこじゃなくて…」

「じゃあ何だ?」

黒い目がそれた。そして断言する。

「…人と一緒に寝るってのが…僕、落ち着かないです。1人がいい」

…意外な反応だな…。こいつの性格ならそこはアッサリ引き受けそうだと思ったのに。

「すーぷーちゃん、授業で寂しいなら皆で寝ればいいと言っていたな?」

「寂しいならです。僕は至って寂しくありません。むしろ1人で悠々と寝たい派です」

「ほう。…犬猫もいらない?」

「…。犬猫は好きです。むしろ」

ちょっと斜め下を見て素直に肯定するスレイプニル。

「うん。じゃあタナトスを犬だと思ってくれ」

「……全然違います。先生…全然ちが」

スレイプニルは真顔だったけど、スルーしよう。次。

「次の話だが、緊急集会。タナトスが間が悪く教室訪ねて来るもんだから、黒竜が何のつもりだと興奮したクストと揉めてな…」

スレイプニルは置いて行かれた子供のような顔をしていたが、次の話題に意識が移った。

「…え。最悪なタイミングですね…もしかして…誰かケガしたんじゃ…」

「ああ、それが危なったんだが、救世主のおかげで助かった」

「へぇー。すごいですね…誰ですか?」

「うん。すーぷーちゃん。君だね」

「は?」

「無意識にも寝言であの空気感を木っ端微塵に壊してくれてありがとう。という事で、すーぷーちゃんにタナトスの手綱を持ってもらって、タナトスには黒竜からの刺客を追っ払ってもらう事になった」

「へ?」

スレイプニルは、意味がわからない。と瞬いた。が、次第に見る見る焦りだした。

「ま、ままま…待って下さい!ぼ、僕、な、何言いました?!」

寝言の方なのか?気になる所は。

「…いや?…なんだろうなぁ?」

その焦る姿が面白く、ちょっとじらしてみた。

「………。せ、先生…教えてください…」

黒目を潤ませて言われると、ドギー(犬)が食べ物を欲しがるさまにかぶる。

「木っ端微塵に壊す寝言って…先生…それって…みんなが聞いてたって事ですか?ねぇ?!」

あわあわと白衣を掴んですがってくる。

ドギー、待て!だ。ステイ、ドギー。

「うん?…そうだなぁ…そうだったかな…?」

「僕、明日みんなに…?!痛…あれ?痛い…」

スレイプニルは動揺して無意識に自分で触った額を痛がった。

「ああ…倒れる前に教壇で額を打ってたからな…」

切れた頬は治したが、額は忘れてた。

治そうと彼の頭に手を伸ばしたら、スレイプニルはその手を避けた。

「…………」

…避けた…?…なんだこの裏切られた感は。

それは目を輝かせて尻尾振ってきたくせに、手を伸ばせば、触るな。と避けた犬の頭のよう…。

「大丈夫です。…このぐらい。勝手に治ります。それより、教えてください」

毅然と言うスレイプニル。

「……。…すーぷーちゃん…」

「はい?」

「先生と…秘密の交換をしてみないかい…?」

お前なんて信用してない。という態度が悔しい。

そんな時、犬には食べ物。生徒には秘密。これが1番効く。

「……なんのでしょう…」

慎重に見極めようとしている黒い目が…さて、のってくるか。

「おまえを信頼して誰も知らない私の秘密の1つを暴露しよう。その代わりおまえも、誰も知らないおまえの秘密を1つ私に話す。…これはあくまでお互いを信用する為のものだから、内容の善悪に関わらず、絶対に他言しない。…どうだ?」

部屋のオレンジ色の色彩が、彼の黒い目が揺れているのを映した。

「……。…どちらが先ですか」

のってきたな。よし。

「では、私からしようか」

「あ。待って下さい!その秘密…レベルでいったらどのくらいですか…?」

慎重だな。

「そうだな…中級だ」

「……。わかりました…どうぞ」

スレイプニルが静かに頷いた。

「授業で言ったが、白竜は女性との交際は禁止だ」

スレイプニルは真顔で頷いた。

「そして生徒には、キスはアウトだと伝えた。…が、あれは嘘だ」

「…………」

スレイプニルは無言の真顔で、それで?と促した。

なんだと?!クストなら食い付き必須の秘密なのに!!

「…女とキスしたくらいじゃ法術は消えない。実証済みだ。自分で」

スレイプニルは、へーそうなんですね。って顔しやがった…クソ!もっと興味持て!!これ、法術界じゃ、すごい事だからな?!

ぽりぽりと頬を掻く場所は法術で治した場所だ。…掻きすぎだろ。

さすがに治したばかりだし、あんまり引っかかれるのは困るので「治した所を掻くな」と手を出したら、これは意外にもすんなり触らせた。

そしてキョトンと黒い目を向けて「ああ、あれは先生だったんですね…」と、寂しそうに微笑んで自分の手を上から添えた。

「?!」

その表情にギクリとした。

なんでだ!!俺!!生徒に雰囲気持っていかれんな!!しかも男同志で!

「…じゃあ…次は僕の番ですね…」

スレイプニルは俯いて、「(…うーん…どれがいいかな…)」と、かすかに呟いた。

こいつ…手札何枚持ってんだ…?10代だろ?!

「じゃあ…これはどうですか…」

そう言うと、スレイプニルは顔をあげ、話し始める。

「…魔法は厳しく管理されていて、いくら魔法師でも勝手に使えない…そうですよね?」

「…そうだ」

「魔法を使うにも、魔法石か護符がいる」

頷けば、スレイプニルは少し悲しい表情をした。

「僕は…そのどちらも無くても魔法を使えます」

そう告白したスレイプニルの手には、こぶし大の炎が灯っていた。

「………火の魔法…」

メラメラと常にその姿を変える灯は光玉では無い。熱も感じる本物の炎という現象だ。それが彼の手のひらで静かに踊っている。

あまりの衝撃に沈黙した。が、スレイプニルはそんな反応に怖がり、すぐに炎を手から消した。

「…以上です」

「…………なるほど」

炎が消えてしまえば、手品のように仕掛けがあったのではないのかと、大人の疑り深さがつついてくる。

「…使える魔法が火だとすると体質は火属性か?」

ごくごく稀に、体質の強い奴はわずかに魔法を帯びる。

いや、しかし…今のはわずかと言えるか?

やはり手品だった可能性が高い。引火性の何かを仕込んでおけば…あり得る。すごく自然だったが…。

問えば、スレイプニルはお話はこれでお終いだと言う空気で打ち切った。

「…さぁ?僕の秘密は以上です」

…くそ…!!持ってんな!驚かされた。

「…先生の秘密の対価に…釣り合いましたか?」

黒い目が穏やかに笑った。その表情が大人びていて…生意気だな。

補習を半泣きで拒否したくせに!

「…釣り合うかどうかよりも、お互いが誰にも言わないという信頼が大事だ」

焦りを隠して涼しい顔で答えるのは大人のプライドだ。

「僕は言いませんよ。言う理由が無い」

「私も言わない。約束だからな」

「……では、次に僕の寝言が何だったかに戻りますけど…」

スレイプニルがそう言った所で、背後に黒い影が蠢いた。

「あ」

そうだコイツを忘れていた…。

「え?」

スレイプニルが背後を振り返ると同時に、タナトスは無言でイスに座っていたスレイプニルをヒョイと脇に抱えてベッドに持って行った。

「ちょ!僕を枕みたいに持つのやめて!」

「……寝る…」

やれやれ。giraffe病のタナトスにとっての最優先事項は眠りだからな。

「スレイプニル。もういい加減、深夜だ。寝なさい。私も休む」

「えぇ……」

スレイプニルの不満の声を私は黙殺して書類を片付けると、医務室の札を《当直不在》にして私室に戻った。





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