第10章 …必要なら僕が作るよ。ウミガメで。
日が暮れる前になると、白竜の先輩達は持ち回りでそれぞれの部屋に光玉を灯しに回る。
光玉は火と違って燃えないから火災の心配が無い。
確かに家に毎日あった白く光る照明の玉は手を近付けても全く熱くなかった。
ただ、光玉はやはり法術師じゃないと生成出来ないから、王都では庶民は火のランプを使う事が今でも多いらしい。
ランゲルハンス島は光玉が潤沢だった。火のランプよりも光玉がメインだったから、王都でもそうかと思っていたけど…なんだか意外だ。
学校では、練習も兼ねて組によってその特色を生かした持ち回りがあるらしい。
白竜は、医務室の当直と照明が主だ。
当然、人数が多ければラクなのだが、白竜は法術を使う事が多いのに人数が多くないので万年人手不足になりやすいという。
そこで学年関係無く光玉や治癒などの法術は覚え次第、持ち回りに組み込まれるそうだ。
「…それで…お前がここにいるって事は…そういう事だよな?…え?昨日の今日で?」
赤茶の髪にやや眦の下がった赤茶の目、泣きぼくろのあるアレク先輩が私を見て言った。
「…は、はい…」
午後の授業は幸いな事に…本当に幸いな事に、この持ち回りのシステムの説明と、光玉の実技だった。
「…と、理論としてはこのようにして光玉を作る。実際やるとこうだ」
先生がその手に集中すると、手のひらに光が集い、それは徐々に大きくなりピンポン玉サイズの白銀に輝く光玉がコロリと現れた。
「おおぉ〜!」と、食いいるように見つめていた生徒達から歓声がおきた。
「光玉の持続時間や大きさは慣れれば調節可能だ。…では、やってみよう。スレイプニル」
「はい?」
「やってみなさい」
先生に促されて、見よう見まねでイメージする。
照明にするなら白色より暖色系がいいな。夢の中じゃ、明るさを変えられる照明もあるんだよね。触れたら変えられるのはどうだろう…?
そうして練り上げた光玉はタマゴサイズの優しいオレンジ色だ。
「おおおぉー!」と、ニックやロンが身を乗り出した。
「出来たな。色が暗いが最初にしたら十分だろ」
先生は満足そうに頷いた。
その光玉を私は指で撫でた。すると明るさがぐっと増す。
「先生。触ると明るさが変わるってのにしてみました」
うんうん。これはイメージ通り。
そばで見ていたニックの目が丸くなった。
「なにそれ!?スゲー!!」
「え、触らして!?」
ニックやロンに続いてワッと集まる生徒より先に、先生がそれを取り上げた。
「……面白い……」
先生は真顔で眺め、指で突きながら明るさを変えている。
「本当はもうちょっとじわじわと徐々に明るくなるのをイメージしたんですけど…」
出来たそれは2段階でしかない。
「…すーぷーちゃん…いきなりアレンジを加えて作るのはやめなさい…」
光玉を手に唸るように言う先生に、みんなが「先生、見して!」「次、俺!」と群がった。
「先生にいきなりアレンジするのはダメだと言われまして…それからお手本通りの形や色の光玉を作る方が難航したんですが…でも大丈夫です!ウミガメのタマゴのイメージで、なんとかギリギリで出来るようになりましたから!」
頑張ります!と胸を張れば、アレク先輩の顔は引きつった。
ちなみに午後の講義が終わった時に洗濯物の入った布袋は部屋に置いてから来た。
イメージのウミガメのタマゴは量産タイプだ。まん丸くて白くてキレイ。お月様みたいだなってイメージすると、どんどん膨れて大きくなり過ぎるから、冷静に集中してウミガメのタマゴ…ウミガメのタマゴ…。
「…ウミガメー…」
「…お前…その真剣に海亀って唱えるの、俺…法術としてなんか違うと思うんだけど…」
アレク先輩がため息混じりに呟いた。
初めて周った灯り点けの場所は廊下やトイレなどの共用スペースだ。
「よし。ここで最後だな」
「あ。そうだ。先輩…ラグ先輩に会ったりします?」
「…。お前、それ…正確にはラングだからな?名前」
クスト先輩がそう呼んでいたからそうかと思ったが、あの先輩は3文字でも略すのか…。
「…。すみません。では、ラング先輩とは…」
「ああ。これから会う」
「でしたら、これ渡して頂けませんか?お礼の手紙です」
取り出したのは小さな紙だ。
そこには、『医務室でお世話になり起こさないでいて下さって本当に…ほんっとうに!ありがとうございました!』と魂を込めて書き連ねた。
ホントに…ラング先輩…ありがとうございます…。私、心から感謝します…。
「あと、お名前間違えてすみません。とお伝え頂けたら…」
「わかった」
「ありがとうございます。では他に出来る事はありますか?」
「…いや。無い」
ああ。良かった。今日は練習から光玉を作ってばかりでちょっと疲れたけど、先輩にお礼も託せたし、充実してたな!
「では、僕はここで失礼します。先輩、今日はありがとうございました。またよろしくお願いします」
満足して挨拶すれば、アレク先輩は「お、おう…」と応えたので私はペコリと会釈してそのまま部屋に帰った。
「……。あいつは大物なのか小物なのか…よくわかんねぇな…」
腰の低さや礼儀挨拶は従僕みたいなのに、いきなり一抱えもあるデカイ光玉を作ったと思ったら、間違えた!と疲労も見せずにポンポンと光玉を作る。
自分の時には光玉を安定して出来るまで1ヶ月は掛かったし、いくら早くても初回アレンジとかそんな奴…入学2日めでとか有り得ないだろ!
しかも、あいつ、今日すでに、実技でいくつか光玉を作ったんだろ?トータルで何個作ってんだ?
かと言えばウミガメがどうとか、お礼の手紙を渡してくれとか言って小さな紙を渡すような幼い事をする。
アレクはスレイプニルという男を測りかねて首を傾げた。
ローゼフォンは光玉を錬成していた。それもじっくり時間をかけて意識を集中する。
白銀に輝く球体が徐々に赤みを増していく…が、それは均一に混ざり合わずに上や下を入れ替えながらも、やがて溶け合う事なく霧散した。
「……」
難しい顔でそれを見届けて、再び試そうとするところで声をかけてきた者がいた。
「ローゼフォン。光玉がどうかしましたか?」
その声に振り向けば、黒緑なカラスの濡れ羽色のローブをまとった張り付いた笑顔の魔法師。
「…いや…」
黒竜顧問のメルセデスだ。どうもこの男は油断ならない。いつも笑っているように見える顔だがその腹のなかは知識に飢えた蛇だ。
ただ他の魔法師と違うところは、若手の育成にも熱心なところか。
「聞きましたよ。ハートのキングが早々に浄化の法術を使えたそうで」
…チッ。それは出来れば一生耳に入れたくない奴だったのに…。
「……。まぁ…本人は無意識でしたがね。それに浄化と言っても極めて不完全な…マグレですよ」
サラリと嘘をつく。
シッシッ!サッサと、どっか行け!
「そしでも今日は、もう灯り点けに周っていたそうじゃないですか」
願いも虚しく、メルセデスはより興味深そうに言ってきた。
「……まぁ」
違う。と嘘をつけば余計に突っ込まれるから、否定も肯定もせず流した方が良い。
「いいですねぇ!素晴らしい逸材ですねぇ!うらやましい」
「…そちらにも逸材はいるでしょう」
逸材で言ったら奴よりピッタリな者はいない。宰相の息子…ジョーカーだ。
「ええ。彼はかなりのモノです。giraffe病にかかってはいますが、それでも彼は間違いなく規格外の魔法の資質があるでしょう」
頷き肯定するメルセデスだったが、笑顔のままその眉が下がり困り顔をして続ける。
「…ですが…いかんせん、彼は学ぶ気持ちが無い。病がそうさせているのかもしれませんが、実に惜しい…」
「そうですか」
そんなのはこちらに関係無い。そっちで勝手にやれ。
「ところで、光玉で珍しい事をされていましたね?」
さっきのはなんですか?と授業中の生徒のように詰め寄られれば、メルセデスの事だ。聞けるまでしつこく食い下がるだろう。
「……生徒が作る光玉が綺麗なオレンジ色だったので再現してみようと思っただけです」
「ほう。オレンジ色の光玉…。しかし、それは光玉としては未熟なものですね」
メルセデスは魔法や法術の事となると、純粋に雑念が無い。教育者としての他に、研究者としての顔を持つ。それにはローゼフォンも素直にメルセデスを評価出来る。
「ええ。光玉は、より明るい事が強い法術の証ですから。ですが、彼は意図してオレンジ色の光玉を作っていた」
「ふむ…どうして?」
興味津々のメルセデスに、続ける。
「聞いたんです。なぜオレンジ色にこだわるのか?と。すると彼は…オレンジ色の光の方が温かい気持ちになるから。と」
「…なるほど。温かい気持ちですか…ふーむ…まぁ、言われてみればそうかもしれませんね」
「続いて言ったのは、白い光は本を読むのに良いですよね。と、白い大きな光玉も作る」
「なるほど…。未熟でオレンジ色なのではなく、完全に制御した上での色ですか…。応用は2年生からでしょうに。しかし、思ってもいませんでしたねぇ。光玉の色を自分の意思で変えるなんて」
「ええ。普通なら大きさや光の強さにこだわる生徒が常なのに、彼は照らす相手やその状況を考えているようで…視野が違う事に驚きました」
「ふむふむ…いや、実に白竜の生徒らしいですよ。面白い!」
「そのオレンジ色の光玉を見ていて、自分も作って見ようとイメージするのですが…法力の加減が難しく、キレイに均一なオレンジ色が出来ない」
「ほうほう…」
「これは教師として恥ずべき事だと、練習していたのですが…これが、なかなかに難しい」
「なるほど。なるほど。ローゼフォンだと力が強すぎるんですねぇ。それであの2色の不思議な光玉になるわけですね。まぁ、形にもならずに醜く霧散してましたが」
……。この男は意図的なのか無意識なのか、カンに触る物言いをする。
ちなみに言う気は無いが、その生徒は初っ端からの光玉作成で、オレンジ色で、なおかつ触れれば明度が変わる。という、とても面白いアレンジをしたのだが、それはローゼフォンですらどうやってそれを錬成したのか、まだわからないから絶対に言わない。
あとでスレイプニルに聞いてマスターしてから自慢してやる。
「…その生徒はハートのキングでしょう?」
ゾクリと背筋が凍るような声音に聞こえた。それは獲物を狙う蛇のような目線だ。
「…だとしたら、なんですか」
「いえ、白竜にとってハートの役持ちは相性がいいですからね。光玉1つとっても他者をかえりみるその視点が、まさにハートの役持ち足り得ると…物語っていますよ」
穏やかに肯定する言葉は生徒への褒め言葉だ。
「…そうですね」
序列2位のハートの役持ちは、他者を思いやる事でそれが強さにかわる。
「…ところで、常々思っているのですが…白竜の制服は大変ですね。我々と違い、白いものほど汚れやすい。純白であるほど染まりやすい。多感で好奇心旺盛な少年の白いローブが、うっかり汚れてしまわないように気を付けなくては…」
思わせぶりなその言葉に、ローゼフォンはメルセデスを睨め付けた。
「メルセデス…どういう意味ですか?」
「いや、一般論ですよ?四竜の中でも白竜は稀有な存在です。優しさが時に弱さになる事もあるでしょう…。ああ、でもご心配にはおよびません。例え白が汚れても、その者の魔法資質は変わらないのですから。我々、黒竜は何があろうとも、何者にも染まらず、全てを飲み込み、受け入れます」
ローゼフォンはガタッ!と、イスを立った。
「メルセデス…ウチの生徒に手を出したら…お前を地獄に落とす」
呪いの言葉を口にするローゼフォンの緋色の目の赤が、怒りに増しているように剣呑に光っていた。
「私は何も。ただ、黒竜は来るもの拒まず…とだけ言っておきましょう。大事にしますよ?」
それを相変わらずの笑顔で受け止めて、むしろ面白がっているのがメルセデスの悪趣味の1つだ。
純白の雛のいる巣の下で、黒い蛇が真っ赤な口を開けて待っているような気がして忌々しい。
「ああ、そうそう。ウチのナタルはとても優秀で、勉強熱心ないい子です。…まぁ、ダイヤのキングですが、彼の才能は好奇心旺盛で、必要なもののためには迷わず努力を惜しまないところですよね」
メルセデスから出た言葉に、ローゼフォンは苦い記憶が蘇る。
無言のローゼフォンは眉間にシワを刻み、長い赤毛で空気を断ち切るように踵を返して去って行った。
意外にも昼食と違い、夕飯は全生徒揃って食べるのが規則らしい。
食堂には組ごとに分かれて同じメニューを食べる。そのメニューも昼食に劣らず美味しくて量もあるわけだが、野菜サラダも付いてる所が偏食防止なんだろうか。
ちなみに全部食べたらお代わりも可能らしいが、この量でお代わりとか私はムリ。男子学生おそるべし。
「…多いなぁ…」
途方に暮れた声でポツリと呟いたのは同じ1年生のアーノだ。大人しそうな彼は小柄で口数も少ないからクラスでも目立たない。
「あ。君も?僕もそう思う」
声をかければ、聞かれた事を照れ臭そうに…でも、同意された事に安心してコクリと頷いた。
「…。マック。僕たちのご飯、ちょっとあげようか?」
私はチラリとマックに打診した。
「え?いいの?」
マックは食事が待ちきれないようで、お代わりする気だったようだ。
「うん。僕達にはちょっと多いから。ね。アーノ」
「…うん。食べてくれる?」
「わー。ありがとう!」
需要と供給が満たされるウィンウィンなやり取りに、ニックが「お前ら、そういう事するから…」と呆れ顔だ。
「すーぷーちゃん」
不意に背後から低い男性の声で呼ばれ、私は口にしたサラダをむせた。
「ああ、すまない。大丈夫か?」
見上げればローズ先生だ。
「せ、先生…いや、これはその…!残すよりはいいと思って…」
「…食事の事はいい。好きに食べなさい。それよりも、だ」
先生はわざわざこちらまで来て、大事な話だと言わんばかりに言ってきた。
「…は、はい?」
「今日の午前中の授業。すーぷーちゃんは受けられなかったから、補習しようか」
「………。うぇっ?!」
その言葉に私はカタカタと手が震えて、カチャーンとフォークが落ちた。
「おい、ニル?どした?」
向かいに座るニックが私の異常に声をかける。
「せ、せ、先生…ぼ、僕は…その…友達から…き、聞きましたので…大丈夫デス…」
絶対嫌だ。しかも補習って私だけだよね?先生とマンツーマンで男性生理現象について講義なんて、どんな苦行だ!
涙出そう。お願い。免除して…。
「すーぷーちゃん…大事な事なんだよ?」
先生の緋色の目が困ったね。と優しく諭してくる。
私は激しくと首を振った。もう言葉が出ない。
「うーん…でも、先生、心配なんだよなぁ…」
心底、心配してるという先生の気持ちは伝わってくる。
だがッ!!断る!!!断固!!断る!!!
「ぼ、僕、何かあったら必ず先生に相談します…」
「ナニかあってからじゃ遅いんだよね」
苦笑して言う先生に、半泣きでお願いする。
「じゃ、じゃあ、何かある前に言います…」
先生は苦笑したまま穏やかに聞いてきた。
「すーぷーちゃん…すーぷーちゃんは誰かに恋をした事があるかい?」
「い、いいえ」
「女の子にひどい事を考えた事はあるかい?」
「え?いいえ。全く」
ヒドイ事?イジメとか?なんで?
「…じゃあ男の子?」
「?…いいえ。え?…なんですか、この質問?」
「うん。それは良かった。…けど、うーーーーん。そうかぁ」
「え?先生?」
なんの話?これ。
「それじゃ、すーぷーちゃんに今、言っても響かないかなぁ…」
どっちだ…免除か、執行か…?
まさに天国行きか地獄行きかの瀬戸際。
「……。すーぷーちゃん、本当に16才だよね?」
先生は私と…チラリとアーノを見た。彼も私と同じくらい…いや、もっと細いかも?
「先生…僕は生まれて16年経ちました。これでも」
「一度、お薬飲んでみる?」
なんの?!
「い、いいえ。僕は…至って健康ですので、薬とかいりません…」
「そうか…。まぁ、じゃあ仕方ない…今回は…延期にしよう」
いゃったぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!…延期は恒久に延期です!
「そのかわり、少しでもなんかおかしいとか、気になる人が出来たら必ず相談しなさい。もし、私に言いにくいならクストでも同期の友達でもいいから。いいね?」
「は、はい!!わかりました!!僕、必ず先生に相談します!」
グッと拳を握って笑顔で応えれば、先生はクスッと笑って去っていく。
その微笑がめっちゃ美人。女装だけど女性として同性でもズキュンくる美しさ。
…あれ?ねぇ、みんな大丈夫なの?
ローズ先生が席に戻ったのを確認して、私はコソッと皆に聞いてみた。
「…ねぇ。みんなはローズ先生にキレイだなーとか思わないの?」
何気なく聞けば、同期のみんなが動きを止めた。
「え。いや、まぁ…」
ロンは言いにくそうだ。
「先生なぁ…キレイっちゃ綺麗だけどなぁ…」
ニックが口を濁す。
「え。なに?なにがダメなの?よくわかんない」
教えて、おせーて。女性目線との違いを聞かせて?
「どんなに美人で化粧してても、体はゴツいじゃん。なんも感じねぇーよ」
アッシュが、ズバ!と答えると、みんなが大きく頷いていた…。
「…そ、そうなんだ…ね…」
そ、そこか。まぁ…確かに…ローズ先生はキレイだし女装がとても似合ってる。
でも、それはなんて言うかビジュアル系男子といか…似合っているけど、女性とは違う。背も高いし、手も大きい。低い声以外にも男性らしさは否めない。
う、ううむ…美しさって…難しいな…。
「ニル」
夕食が終わって、部屋に帰る所でアイティールが私を呼び止めた。
「あ。アイティール。お疲れ様。アイティールも帰る所?」
「ああ」
「じゃあ、俺たち部屋コッチだから」
ニックとロンは廊下の右を指差した。
「うん。じゃあ、また明日ね。おつかれー」
「おう」
「おやすみ、ニル」
ニックとロンは同室だ。聞けば、部屋割りは同じ組で同室になるらしいが、役持ちだけは部屋のタイプが違うので違う組になる事が多いそうだ。
恐れ多いけど…3〜4人部屋だと着替えとか色々とキツイから、そこだけはまだ良かった…。
「……白竜は気安いな」
ポツリと呟いたアイティールの言葉を、私はそんな事を考えながら歩いていたので聞き逃した。
「え?ごめん、なに?」
「いや。…すまなかった。約束したのに」
約束…?…ああ、アイティールが起こしてくれるってやつ?
「ああ!それ。…ううん!!それが全然!むしろしっかり休めて良かったんだ」
「…そうなのか?」
「うん!…午後はね、光玉の授業だったんだ」
「光玉…ああ、そう言えば…あれはどうやって作るんだ?」
アイティールにとっては、きっと生まれた時から家に当たり前にあった照明だ。
…まぁ、光玉が潤沢だった島で育った私もそうだけど。
でも、それが改めてどうやって出来ている品なのかは知らなかった。
「うん。ちょっと待ってね」
ちょうどアイティールの部屋に着いたので、それぞれが部屋のイスに座ってから、集中し、私はその場でウミガメのタマゴをイメージする。すると、白く輝いたまん丸の光玉がコロンと手のひらに生まれた。
「はい」
アイティールに渡すと、彼は光玉を手の平に乗せ感嘆していた。
「本当に何も無い所から出来るんだな…。光ってる…」
「光玉だからね。廊下の照明や、そこのランタンの中に入ってるやつだよ。ここでは白竜が灯りを点けて周るんだ。最初はこれが出来なくてさー。いっぱい練習したんだ。だから、しっかり休めて良かったよ」
「そうか…。しかし、変わった呪文で作るんだな」
「うっ!…実は…その…それを作るのに、僕のイメージは…ウミガメのタマゴなんだ」
「海亀?…タマゴ…それは、こんななのか?」
アイティールは首を傾げた。彼はウミガメのタマゴの方が見た事が無いようだ。
この世界じゃテレビとか無いしね。ウミガメは夜中にひっそりと産むんだもんな。
「うん。イメージしやすい。でも他の人はそうじゃないみたい。先輩には変だ。って呆れられちゃった」
「なるほど。それでニルは、ウミガメ〜なのか」
アイティールが笑った。ちょっと恥ずかしい。
「こういうのにイメージは大事なんだよ!いいの!…慣れれば言わなくても作れるようになるんだから」
プイッとそっぽ向いたら、アイティールは「いいな。私も作ってみたい」と本気で言う。
「あー…これ、法術なんだ。だからアイティールには…」
「………」
無理。というのがはばかれた。彼の性格から、なんでも自分でこなしていきたいだろうから…。
「…必要なら僕が作るよ。ウミガメで」
そう言ったら、アイティールは私は大事な宝物を見るように満足そうに微笑んだ。
いや、だから…そういう顔さ…。いや、まぁ…。うん。あんまり見ないようにしよ。
ローゼフォンが私室で日誌をつけていると、机の上でオレンジ色に光る光玉に目をうつした。
指で突けばパッとオレンジ色の明るさが増す。スレイプニルの初光玉だ。
「(こうしてみると…作り手に似ているな…)」
最近の若者は小柄なのか、たまたまなのか…今までの教え子に比べても、今年は小柄で発育の未成熟な生徒が目立つ。人数も10人を下回ったのは初めてだ。
終戦から少しして国が安定するようになってから生まれた世代だ。母親の栄養不足とかは戦時中よりかはマシだっただろうが…。今年、白竜に新入生が少ないのは、一時的な世代だと思いたい。
それに、法術師の卵はこの学校だけとは限らない。むしろ、教会の神学校の方がメインだ。
教会から今年、特別、人数が少ないという話も聞いていないし…たまたまだろう。
だが、あのスレイプニル…彼のその法術や発想、考え方には間違いなく非凡な才能がある。
1教えて10を知ると言うが、まさか11教わるとは思わなかった。
一見すると未熟な光玉のオレンジ色は、ロウソクや暖炉の火の色合いだ。真白い光玉の光よりも優しく穏やかな気持ちになる。
本来なら弱すぎて保たないか、霧散してしまうオレンジ色の光玉は、今でも煌々と部屋を照らして、触れれば明るくなったり暗くなったり…その光に夕食時のスレイプニルが重なり、思い出して可笑しくなる。
補習が嫌なのか、その内容に戸惑っているのか、スレイプニルは、言葉1つで明るくなったり暗くなったり…黒い目を潤ませてプルプル震えたり青い顔で首を振り、イヤイヤしている様は何かに似ている…。
あれはなんだ?…ああ、犬だ。…子犬に似てる…。
ローゼフォンは同期が可愛がっていた犬を思い出した。法術師は法術師である限り、人間の伴侶を持てないが、動物をパートナーとして飼うと、法術の力が増すと言われているからだ。
友人のその犬はとても賢く、ローゼフォンにもよく懐いていた。
犬を可愛がるローゼフォンに、同期の友は「お前は飼わないのか?」と聞かれたが、別れが辛いからと断った。
スレイプニルが補習を免れた時のあの顔も、ドギー(犬)が散歩に行けると知った時を連想する。
教え子に犬を連想するのも悪い気がしたが、表情で物語る彼の顔を見て、つい補習を延期にしてしまった。
「(まぁ、実際…今、無理強いしたところで…)」
ローゼフォンは机に頬杖をついて目を閉じた。
『白いモノほど汚れやすい』
メルセデスの言葉が頭をよぎる。それと同時に嬉々とした緑の目をした白いローブの少年が駆け寄って来る。
『先生!僕、新しい法術を考えてみたんですけど!』
その声変わりして間もないような、少しカサついた少年の声は…昔の記憶だ。
…やめろ…。もう関係無い。
『お前…ふざけんなよ!!』
クストの悲鳴のような怒声が頭に響いた。
…やめろ…。
『…先生…ありがとうございました…』
『なんでだよ!!待てよ!約束しただろ!』
『…僕はもうここにはいられない…』
『純白なモノほど染まりやすい…多感で好奇心旺盛な少年の白いローブが、うっかり汚れないように目を離さない事です』
「………うるさい!消えろ!」
ローゼフォンは記憶に言い放って目を開けた。
部屋は変わらずオレンジ色の明かりがついていたが、ずいぶんと弱くなっていた。
『…僕…なにかあったら、必ず先生に相談します…』
半泣きでお願いしてきたスレイプニルの言葉がよぎった。
光玉を指で触れれば一瞬明るさが増したが、その直後フッと溶けるように光玉は消えた。
元々、もう尽きる頃合いだったのだろう。部屋はわずかな明かりを失い、暗転した。
ローゼフォンは自ら光玉を作ると、白銀の輝きは暗転していた室内を隅々まで煌々と照らす。
オレンジ色との明かりの違いに思考もハッキリしてくるとローゼフォンは息を吐いた。
…やはり近いうちに補習は必要だな…。
そう改めて思って、日誌を閉じた。
アイティールとの約束通り、彼の部屋でひとしきり話をすると、私は自分の時間を得た。
「(まぁ、これが自分の時間というのもなんか変だけど…)」
自分の部屋をノックしても返事は無い。恐る恐る開けると、ルームメイトのジャイアント・ネイロスはいなかった。
「…どこに行ってるんだろう…?」
まぁ、いなきゃいないで集中出来る。私は配られた教材の本を取り出して、机に向かった。
昨日はネイロスの事で書けなかったから、まとめて書かなきゃ。
白いページに日付と出会った人、出来事や感想を日記のように書き記していく。
浄化の法術についてはよくわからないけど、光玉の事は正直にウミガメのイメージで出来たと書く。
作った光玉と失敗した数。大きく出来たのもあったけど、大きすぎて邪魔だからキャンセルした事。
次は明るさのグラデーションをもうちょっと細かくしたい。
それと、人感センサーで点くってのはどうだろう?そのセンサー部分はどうやってイメージしようかなぁ…。
そこまで書き込んで、うーん…。と考えていると、部屋の扉が開いてネイロスが戻ってきた。
「あ、ネイロスさんお疲れさ…んん!?」
彼の姿に私は目を奪われた。いや、トキメクとかそういうのじゃなく、その出で立ちに。
Tシャツにスエットのようなラフな服装に、首からのタオルって…まさに風呂上がりの出で立ちじゃないか!!
「…なんだよ?」
私の凝視に、不機嫌そうに眉間にシワを寄せるネイロス。
「そ、それってもしかして、もしかすると…お風呂あがりですか?!」
「…だからなんだ」
私の剣幕に、彼はうんざりして少し引いた。
「どどどど!!どこで?!ねぇ?!どこで入れるんですか?!」
お風呂!!どこだ!!
「…うるせぇなぁ…」
「そ!そんな!!ヒドイや!教えてくれたっていいじゃないですか!」
いつもビクビクしていたけど、今回は譲らないでネイロスに詰め寄る。
「ネイロスさーん!教えてくださいよー!僕も入りたいー!」
「フン。もう火は落としてるから黒竜がいないと水で入る事になるぞ」
意地悪そうに笑うネイロスに、構わず真剣な顔で詰め寄った。
「構いません!教えて下さい!」
「…バカか。ああ、バカだったな」
うんざりした様子で言い捨てるネイロス。
「…ネイロスさん…僕は、頭が悪いかもしれませんが、意地をはって無意味なやせ我慢をする事はしたくありません」
殴られるほどの至近距離で、真面目に訴える。ネイロスは金色の目を細めて見下ろした。
「……何が言いたい」
唸るように言うネイロス。
「ねぇ!お風呂どこー?!教えて下さいよー!」
うわーん!イジワルー!と、ネイロスのシャツを引っ張った。
「おまえ…やめろ。引っ張るな!」
ネイロスは私の手を払うと、眉間にシワを寄せため息を吐いて「…バカか…」と呟いた。
結局、粘り勝ちした私はジャイアント・ネイロスからお風呂の場所を聞き出す事が出来た。
「うふふー…楽しみだなー!」
ルンルン気分で廊下を歩く。お風呂は赤竜と青竜の教室にほど近い。
白竜が持ち回りで明かりを灯すように、黒竜も持ち回りで火を灯して回るらしい。
ふふ…カマドやお風呂の火なんていつも使ってたから余裕ー!
さて、そんなわけでお風呂場に着いたわけだが…入り口で少し…いや、かなり戸惑う。
そう言えば…男女という区別が無かった…!!と言うか、ここでは全てにおいて男性専用だ。
ひょっこり入って、誰か入ってたらどうしよう…。いや、しかし…ここまで来て諦めるのも…!
入り口でウロウロとためらいながらも、誰も出て来ないから、思い切ってうつむき気味に入った。
「し、失礼します…」
脱衣所の床。誰の足も見えない。
よし。クリア!
脱衣所は取り立ててシンプルだ。ロッカーには隅々までみても誰かの着替えは置いてない。
「(よーし。では、お風呂を拝見しますかね)」
湯気を防ぐ扉を開けて中を覗けば…
「あー…シャワーかー…」
そう、個別に別れたシャワーがいくつか並んでいるだけで、湯船は無い。
ガッカリ…。
まぁ…普通に考えれば、湯船に浸かるのが風呂というのはアルカティア人くらいみたいだし…そうだよね。
無いより断然マシ。
「…んで、火はどこに入れるのかな…?」
見て回るが、それらしきものは無い。
「…裏かな?」
あり得る。
探して見つけたのは脱衣所の裏口から出た先にあるボイラー室だ。魔法循環で水がひかれている所で、火を灯せばお湯が出るようになっているんだろう。今はネイロスが言った通り、火は消えていた。
「ほうほう。なるほど。うん。わかったぞ」
…どうする?…今日は偵察だけにする?
「(…いやいや、ここまできて、ねぇ…?)」
誰もいないし、ある意味チャンスじゃない?
「………よし」
サクッと入る。そう決めたら、私はボイラーに仕法で火を灯した。時間は20分くらいで消えるくらいにしよう。
「鍵があったら良かったのに…」
脱衣所にもシャワー室にも鍵は無い。念のため、服やタオルは手の届く近くの濡れない所に確保しておこう。
「あーーーー。サッパリした!」
シャワーを浴びて、乾かして、身支度するまでは気が抜けないけど、それを終えればいい気分だ。
湯船ほど体は温まらないが、満足です。シャワーありがとう。
「おっと。マズイ…後片付けもしておかねば…」
痕跡を残すと厄介だ。ボイラーの火が消えたのを確認し、抜け毛には特に気をつけた。
長い黒髪なんて感じ悪いし、そもそも黒い毛の人なんていない。
「(…切っちゃおうかなぁ…)」
あんまり切るとまとめにくいけど…切るならザックリとショートかボブくらい?
『やめな。パンタソスが発狂する』
思い出したのは懐かしいデボラの言葉だ。
デボラ…。早く、石化について調べないとな…。
今さら、あのボンクラ親父の意向に沿う気は全く無いが、デボラの事に私は気持ちが沈んだ。
「(明日、先生に聞いてみよう…)」
そう決めて、私は部屋に戻った。
「…水しか出なかっただろ?」
部屋に戻り、急に振られたネイロスの言葉に、何のことか理解するまで数秒、間があった。
「……あ!ああ。そうだね。火は消えてたよ」
「その割には戻って来るの遅かったな」
私の髪(カツラだけどね!)が乾いている事に、ネイロスは私が諦めて帰って来たと思ってるんだろう。髪は仕法で乾かしてある。
「う、うん。でも、せっかくだから入ってきた」
サラリと答えれば、ネイロスは眉をひそめた。
「…水で、か?」
「う。うん。大丈夫だよ。サッパリした」
「……バカか」
ネイロスはすぐにそういう。これはもう口癖なんじゃなかろうか?
「あはは。そうだね。じゃあ、僕はもう寝るよ。おやすみー」
そう言ってサクっとベッドに入った。
早く明日になって欲しい。先生に聞きたいんだ。
すると、ネイロスは舌打ちをして光玉の入った照明に蓋をした。
夢の中ではつつがなく女子高校生だ。私の部屋で目が覚めて、お母さんとお父さんとお姉ちゃんがいる。
ギリギリまで寝てたから、朝ごはんもそこそこに学校に行って、授業を受けて、友達と他愛もない話で盛り上がり、電車に揺られて帰ってくる。
お風呂あがりに、「そうだ。冷蔵庫にプリンがあったな」と、見れば無かった。
お姉ちゃん…ヒドイや。
悔しかったので、ググったら意外と短時間に、しかも電子レンジで簡単に作れた。
「いやー。思ったよりちゃんとプリンじゃないの!カラメルソースもいい感じ!」
感動した。超文明サイコー!!
「……プリン…うま…」
寝言で呟いて、目が覚めた。
「…………?」
なんか…ベッドが狭い。私、こんな端っこで寝てたっけ?
霞んだ目で状況を見ると、私のベッドの掛け布団の上で黒い影が横になっている。荷物?いや、
「………」
誰…か…?
「ええ?!」
びっくりした。誰ぇ?!って思った。思わず。
私の驚いた声に、ネイロスが起きた。
「…なんだ…うるさい」
ネイロスは照明の蓋を開けた。灯りが部屋を照らす。
「ね、ネイロスさん…!!僕が寝る時にはこの人、いませんでしたよね?!」
「あぁ?………なんだ?」
ネイロスも状況に困惑していた。そりゃそうだ。私の隣に黒いローブの男が横になっている。
モゾっと動き、身を起こした男は、黒いローブにフードを目深に被った…タナトスだ。
「え?タナトス?…君の部屋は隣でしょ?!」
間違える前に気付くよね?!まず、人が寝てるんだから!!
「……眠れないから」
ボソリと呟いたのはタナトスだ。
「………」
「………」
私もネイロスも、呆然としている。
「……だが、ここは、うたた寝出来る…」
「…え?は?…なんで…?」
私の動揺をよそに、彼は首を傾げた。
「……さあ…?」
いやいやいやいや!自分のベッドで寝なさいよ!!おかしいでしょ?!
「タナトス…ここは僕の寝床です。君は自分の所で寝なさい」
冷静に、落ち着いて、そう説得を試みる。が、彼は再びゴロンと横になった。
「ちょ!!寝ないで!!僕のスペースが!!」
「…色んな所で試した結果、ここが1番具合がいい…」
「えええー?!困るよ!!僕の寝場所が!!」
やめて!なんで自分の寝床をとられなきゃならないのさ!
「…スレイプニル、うるさい。寝ろ」
ネイロスが、どうでもいい。と言わんばかりに文句を言ってきた。
「そんな!ネイロスさん!!」
どうにかして!!ジャイアントネイロス!!
「……」
ネイロスは、どうもあの死神のような男が苦手だ。初日に後ろを取られたのも衝撃だったが、今日もいつ部屋に入ってきたのか気付かなかった。
普段、どんなに体を休めていようが人の気配には絶対に気付くのにだ。
……あいつ…なんなんだ…?
宰相の息子、giraffe病患者、黒竜ジョーカー…それ以外に何がある…?
ネイロスは油断なく寝たふりをしていたが、やがて諦めたスレイプニルがコテンと横になったかと思ったら、即刻寝息が聞こえた所で、あの死神が隣でよく眠れるもんだという感心さえ覚えた。
…アイツも…なんなんだ…?
肝が太いのか細いのか…ネイロスは、士官学校というこの場所がわからなくなってきた。
スレイプニルは朝起きると、隣で横になっている男にげんなりとしてため息を吐いた。
そして、着替えとタオルを持って部屋を出て行った。
「………」
ベッドの半分が空いて、タナトスは腕を持ち上げたと思ったら、パタリとおろす。
それは、まだ寝足りないのに枕を取り上げられたような仕草だ。
「………」
やがてムクリと起きあがると死神のような青年は音もなく部屋を出て行った。
午前中の授業は再び白竜の教室だ。
「それでは今日は昨日の光玉の続きをする。昨日出来たのはスレイプニルだけだが、法術はそんなにすぐ出来るもんじゃ無い。人は人だ。意識せずに励みなさい」
ローズ先生の言葉を聞きながら、みな、チラチラと廊下を気にしている。
「……あれか…」
先生は生徒の視線の先を見る。廊下に座り込んでいるのはタナトスだ。いつのまにか来て座り込んでいる。
先生は廊下に出ると、タナトスに言った。
「…タナトス…黒竜の授業に出なさい」
「……断る」
「なぜ?」
「意味がないから…」
「それは…病気のせいか?」
「…今更低レベルな魔法授業なんて、受ける意味が無い」
その言葉にローゼフォンは閉口した。確かに、彼のレベルで火をおこすとか、水を循環させるとかいうレベルは簡単過ぎて今更だろう。
恩師の手紙では、師でも手こずる高位魔法をポンポン連発されるという…。
…師匠…彼に必要なのは協調性ですね…。
そんな凶器のような危険な彼を士官学校で受け入れたのは、宰相が狂犬に口輪をはめたからだ。
もちろん、実際の口輪じゃなく、魔法封じの呪いだ。偉大なる魔法使いの彼が封じた呪いは、彼の魔力を抑えている。
「…それで…ここにいるのは浄化待ちか?あいにく日中はできない」
昨夜はタナトスは現れなかった。どのペースで浄化が必要かは、まだつかめていない。
タナトスの浄化にはかなりの法力を使うから日中来られても、気力切れで授業に影響が出るのは困る。
「…いや。まだいい…」
タナトスは意外にもあっさり断ってきた。
「では…」
なぜここにいる?と言おうとした所で、教室から「おおおおー!」と、どよめきが起きた。
見るとスレイプニルとニックが、一緒に光玉を保持していた。
「出来た!先生!出来た!見てこれ!」
興奮するニックの手には白い小さな光玉がコロンと光を放っている。
「うんうん。ニック、出来たねー!スゴイスゴイ!」
それを見てスレイプニルが喜んでいた。
「…なに…を…?」
3日めで光玉を作る生徒が連続して現れるものか?役持ちでもない生徒が?いや、普通ならば早くても1週間はかかるはず。
「次、僕!!やってみたい!」
ロンが手を挙げてスレイプニルに訴えた。すると、彼は「いいよ」とロンの手に自分の手を添えると
「じゃあ、イメージしてみようか?白くてまん丸で綺麗に光るものってロンは何を連想する?」
「うーーんと、…河原にあった石」
「じゃあ、いくよ?」とスレイプニルが集中すると、やがてロンの手には平べったい光玉が浮かび上がった。
「おおおおー!」
「出来たー!うわー!これが光玉…!」
目を輝かせて大事そうにロンは自分の光玉をそっと両手で掴んだ。
なるほど…法力を送って干渉しているのか!
実際に法術を送って形作っているのはスレイプニルだが、自らの手から光玉が生まれれば、イメージとして掴みやすいかも知れない。
「…すーぷーちゃん…先生の立場を揺るがすのはやめなさい…」
本当にこの子は…。面白いほど柔軟だ。
「す、すみません…先生」
スレイプニルが言葉以上に受け止めて、小さくなった。
「…だが、いいアイディアだ。初めての法術ではまず感覚を掴むのが大事だからな」
今は自分で作れなくても、一度コツを掴めば法力をうまく捻出出来るようになるだろう。
ニックもロンも次は自分でイメージして法力を集中させている。
「ああ。そうだ。それならついでに私も教えてもらおうか」
教師としてのプライドよりも、新しいものへの探究心に勝るものはない。
「?…何をですか?」
キョトンと黒い目を向けるスレイプニルは、やはり…犬を連想した。
それは、沈みゆく夕陽の輝きだ。徐々に沈みゆく光は儚いようで力強い。夜の始まり、明日への休息。
撫でるように優しく、慈しむように大事に、細く細く収れんしていく法力は丁寧で、子供をあやす母親のような慈愛に満ちていた。添えられたスレイプニルの未成熟の子供のような手は滑らかで柔らかく温かい。
「おおおおー!」
生徒達が声をあげた。そうして出来上がったのは、光を無段階に変えられる光玉だ。
「…これが…」
出来上がったばかりの光玉の光は美しく力強い。
「うん、イメージ以上ですね!特にトップの明るさが白銀で先生の光玉そのものだし、落としていくとキレイなオレンジ色になってくれてよかったです」
スレイプニルが、いいのが出来た!と嬉しそうに笑った。
「……いや、勉強になった。ありがとうスレイプニル」
あの法術の収れんは思っても見なかった。
「えー。やだなー!それは先生の光玉ですよ」
ニコニコと嬉しそうに言うスレイプニルに、「次、俺!」と生徒が群がった。スレイプニルが押されて尻餅をつくくらいに。
お前ら…落ち着け。
どうやってこれを思い付いたのかじっくりと聞いてみたかったのだが、スレイプニルは次々と生徒に囲まれていく。あの穏やかで優しい法力の収れん方法を掴みたかったが、生徒を差し置いて、もう一度頼むのは気が引けた。
次々と生徒に光玉を作らせていたそんな中で、スレイプニルがこちらをチラチラ見て来るので、何か聞きたい事があるのかと水をむけた。
「すーぷーちゃん。質問なら受け付ける。…補習したくなったか?」
「!?違います!!…あ、でも質問してもいいですか?」
「なんだ?」
「あの…法術と別なものって混ぜられるんですか?」
『先生!僕、新しい法術考えてみたんですけど!』
スレイプニルの質問に不意に昔の記憶が蘇り、クラリと頭が揺れた。
「…。法術と別なものっていうのは…具体的になんだ?」
取り繕って笑顔で問えば、スレイプニルは言いにくそうに口ごもる。
「その…し…魔法と法術が混ざったら?どうなるのかな…と」
ああ。夢見がちな少年の空想は底が無い。だが、それも、若さだ。
「なるほど。残念ながらそれは出来ない」
「…出来ない?」
スレイプニルが意外そうに聞く。
彼の問う趣旨は、あんな事いいな出来たらいいな。という夢だろう。ならば、おぞましい事例よりも、ごく一般的な知識から先が好ましい。
「そうだな。例えて言うなら…息を吸いながら吐くことは出来ないだろう?」
スレイプニルはキョトンとして、頷いた。
「人は術を使う器を一つしか持たない。しかも、術を行使する人間は、法術の資質があり、かつ純潔な時は法術。失ったら魔法。どちらかしか使えない。つまり、魔法と法術は同時に存在しない。だから同時に使う事は出来ない。それが答えだ」
「…で、でも…僕、見た事があって…それは…魔法…でしたけど、同時に発生しました」
おずおずと食い下がるスレイプニルに、思い当たる事を説明する。
「それは、おそらく…時間制限を設けた魔法だな」
「時間制限…?」
黒い瞳が熱心に知りたがるその姿は、新しいものを吸収しようとする探究心か。
「時間制限を設けた魔法ならば、魔法執行中に別の新しい魔法を使えるだろう。一見して同時に行っているようにも見える」
「………それは、いけない事ですか?」
「いけない事では無い。だが、より熟練した魔法師じゃないと出来る事では無いな」
「……じゃあ、万が一…その、呼吸を吸いながら吐けるような人がいて、魔法が同時に重なったらどうなります?」
「…それは…知ってどうする?単純に興味か?」
「知りたいんです。気になって…」
「…私も魔法に関してはまだ専門的な方では無いが…おそらく、それが成立した時は、行使した者の命は無い。…が、心配するな。そんな事は万が一にも起こりえない」
スレイプニルは沈黙した。その顔は期待していた答えではなかったのかも知れない。
「…そうですか…わかりました」
意気消沈する姿は、なんだか期待に添えなかったような罪悪感を感じる。
夢が壊れたか?少年よ、これが現実の壁だ。
「すーぷーちゃん?…時間制限をして魔法を連続行使する事の出来る、そんな熟練した魔法師に会った事があるのか?」
「…いいえ。僕が見たのは、そんな立派なものじゃ…」
落胆し、そう呟くように言った所で、鐘がなった。
「昼だー」
マックが嬉々として声を上げれば、教室の扉を開け黒いローブのタナトスが教室にスーと入ってきた。
それはまるで幽鬼のようで皆が息を飲んだ。そんな中で彼は迷いなくスレイプニルを捕獲する。
「え?」
まるで枕でも抱えるように、ヒョイと造作無くスレイプニルを小脇に抱えた。
「な、なに?え?ちょ!ちょっと!」
当のスレイプニルも困惑していたが、タナトスは答える事なくあっさりとスレイプニルを連れ去った。
「…あいつ…奴が目当てだったのか…?」
意外だった。
白竜の教室は、忘れていた黒竜のジョーカーの乱入に空気が凍り、スレイプニルが拉致された事に呆然としていた。
プラーンと手足が揺れる。
ひと1人、小脇に抱えて平然と歩くタナトスは病弱で青白い顔の割に力持ちだなー。って、そうじゃない!
「ねぇ!ちょっと!どこに行くの?」
「……眠りたい…」
ボソリと呟くタナトスに、私は呆気にとられた。
「あ、うん…そう。…。いや!そうじゃなくて!それでなんで僕なのさ!」
タナトスに小脇に抱えられての移動は大変、目立つ。すれ違う生徒は組や学年問わず、みな一様に驚いていた。
「…気付いた。枕に丁度いい」
ポツリと言うタナトス。
あー、枕。枕ね。私が?ローブ白いし?って!オイ!!
「拒否する!!」
毅然と言うと、タナトスは立ち止まった。
「…それは困る」
困ると言われても、こっちだって困るわ!!
「……では、お前の質問に答えられればいいか?」
タナトスは意外にも交換条件を提示した。
連れて来られたそこは中庭だ。天気の良い昼間の中庭は芝生が青々と茂り、木々が丁度いい木陰を作っている。
「…タナトス…僕の質問っていうのは…」
木陰に座り、タナトスと対面して話す。タナトスは廊下で聞いていたせいか、質問を心得ていた。
「同時に魔法が使えるのかどうか…」
「う、うん。って、いうよりも、それによる作用だよね」
同時に使えるかは私が使えたんだから間違い無い。そこは飛ばしてちょうだい。
「……。俺も家の本で読んだだけだが…ごく稀に同時に魔法が使えた者がいたらしい…」
タナトスはポツポツと語り出す。
「…だが、そいつらはそれを実証して…死んだ…」
「?!…ど、どうして?」
「…さあ?…俺も…やろうとしたところでオヤジに見つかって…封じられた…」
なんか、サラリと自分も出来るとか言ったな。今。
「え?封じる?そんな事できるの?」
「……」
タナトスは黒いローブとシャツの袖をめくると、その腕には黒い文字のような模様が刺青のようにビッシリと刻まれていた。
「今じゃ、浄化された直後じゃないと高位魔法は使えない…」
「そ、そうなんだ…」
なんで、この人が学校に通ってるんだ?…まぁ、いいや。そこは今は置いといて…
「そ、それで…その…死んじゃったって…どういう事?」
「…死に方は魔法属性によるのかもしれない…例が少ないからなんとも言えない所ではあるが…」
「…と、言うと…?」
私はゴクリと唾を飲んだ。
「火属性の時は、生きたまま骨まで焼けて炭になった。水属性の時は端から腐って崩れた。土属性の時は末端から全て砂になった。風属性の時は…」
「もしかして石化した…?」
「………」
タナトスはコクリと頷いた。
ああああああああーーーーーーー!!私のせいだーーーーー!!
私は頭を抱えて座った状態からパタリと芝生に倒れた。
そこに、タナトスが頭を乗っけてくる。
「……。ちょっと。何してんの?」
「質問には答えた。…枕だ」
いやいやいや!重要なのはそこから先だから!!
「いや、僕知りたいのは…!」
「同時に魔法が使えた時の作用…それには答えた」
うぐ。くそー!!
「じゃあ、20分ね」
「昼は120分ある」
「僕もご飯が食べたいの。じゃあ30分」
「メシは5分で食える。100分」
「そんなにじっとしてられないよ。退屈じゃん!40分!」
「キリが悪い。60分」
「……もう一声」
「断る」
ケチ!!
「じゃあ、次も質問するからいいよ!もう!きっちり60分だからね!」
ヤケクソだ。芝生にふて寝ると、私はふと、ローズ先生を思い出す。
「…浄化の法術でなんとかならないのかな…」
ポツリと呟けば、タナトスは「無理だ…」と答えた。
「なんで?!」
「…それは新しい質問とする。120分」
うぐ!…なんという商売上手め…。
さすがにこの枕にされた状態で120分は目立つし、キツイ…。タナトスは色々と魔法に知ってそうだし、次に聞いてもいいだろう…。
芝生と土の匂いに木陰はなかなか心地良い。私は枕にされたまま、やる事もなく目を閉じた。
光玉を手にご機嫌のローゼフォンを見かけた。
おそらくオレンジ色の光玉が完成したのだろう。
彼をからかうのは面白い。彼は自覚しているんだろうか?生徒だけでなく、彼自身もまた、何よりも純白で穢れなき者である事を。
メルセデスはローゼフォンに近付いた。
「ローゼフォン。ご機嫌ですね」
声をかければ、彼は私に警戒するが無視するわけでも無い。
「…ええ。例の光玉が出来上がったので」
彼が自慢気に光玉を差し出すが、見るとそれは白銀の…なんら変わりない光玉だ。
「…私には白銀に見えますが、無垢なローゼフォンにはオレンジに見えるのですね」
悲しくため息をつけば、ローゼフォンは光玉を指で撫でた。
すると、白銀の輝きは徐々にオレンジ色に変わっていく。
「これは?!…面白い!!」
初めて見た光玉に心が奪われる。それを手にしようとしたところで彼は光玉を白衣のポケットにしまってしまった。
「面白いでしょう?撫でると明るさが変わるんです」
ローゼフォンがニコニコとご機嫌の理由を明かした。
「ううむ。…確かに面白い。私にも1つ…頂けますか?」
「まだ試作段階ですので。増産出来たらお渡し出来ますよ」
そうなれば、もう希少価値も薄れるだろう事を見越しての発言は、ローゼフォンもなかなかの意地の悪さだ。
「…それは残念ですねぇ。まぁ、気長に待つ事にします。…ところで、うちのジョーカーがそちらにお邪魔してませんか?」
giraffe病に伴い浄化が必要なのはメルセデスも、もちろん知っている。ゆえに聞いたのだが。
「……」
ローゼフォンは微妙な顔をした。
「彼は…新入生の授業では物足りないでしょう…」
「ええ。わかっています。ですが、やりたい研究を聞いても、無い。の一点張りで…こちらが提案した研究にも興味を示さない…言えば逃げるし、捕まえれば斬りかかってくる…有能なのに非常に惜しいのです」
「…それは…なかなか難しいですね…」
生徒をやる気にするのが求められる教師という仕事だが、タナトスのアレはなかなか難しいだろう。
「先生!タナトスが見つかりました」
黒いローブの黒竜の生徒が息を切らせてメルセデスに報告した。
「やれやれ。今度はどこですか?」
ため息混じりにメルセデスが問えば、黒竜の生徒は「そ、それが…」とチラリとローゼフォンを見た。
「あいつ…中庭で白竜のハートのキングを枕にして寝てます」
その報告に、ローゼフォンは頭を抱えた。
黒竜が白竜の、しかもジョーカーがハートのキングを枕にして中庭で寝ているという衝撃の情報は、校内を光の速さ並みに駆け巡った。
白竜と黒竜はその性質から相入れない。しかもキングとジョーカーという異色の組み合わせに学内問わず、我先にと生徒は見物に集まった。
「…ホントだ…マジで枕にされてる…つーか、枕のあいつも寝てるよな?」
「寝てんな…。え?giraffe病って眠れないんじゃないのか?」
「そりゃ、さすがに少しは寝ないと死ぬだろ…?」
「しかし、どうやったらああゆう事になるんだ?あいつら仲良いのか?」
遠目で中庭を見物する生徒は、赤でも青でも、黒でも一様に目を丸くしている。
そんな中で、白竜の生徒だけが青い顔で呆然と眺めていた。
「せ、先輩!なんとかしてください!」
白竜2年が3年生に訴えた。
「……黒竜で…ジョーカーだろ…マジでパネェ…」
ブルリと震えるのはクスト。黒竜の授業や、その魔法を垣間見てきた3年生は特にだ。
そんな中、中庭にツカツカと歩み寄るのは青竜の制服を着た、日差しに金の髪が光るオケアノス人…
「お。飼い主が出てきたぞ!」
誰が言ったか、その言葉に見物客が一様に目を向けた。
「…ニル…何をしている…」
スヤスヤと寝ている彼に声をかけた。
「…んあ。アイティール…今、何時?」
寝ぼけた目でニルが問う。聞いているのはこちらなのだが。
「…さっきまで12:55分だった」
「あー、じゃあ、あと5分だねー…」
ニルは仰向けのまま、腹にタナトスの頭を乗せて呟いた。
「…何をしているんだ?」
再び問えば、彼は穏やかに答えた。
「…僕の質問に答える代わりに、彼のお昼寝に付き合う約束なんだ…」
「なんだそれは…何の質問だ?」
「…魔法の事…」
夢うつつで答えるニルに、アイティールはギクリとした。
タナトスの父親は宰相であり、先の内戦では偉大な魔法使いとして功績が高い。タナトスが黒竜として、しかもジョーカーとしての力があるのならば、タナトス自身も魔法に詳しい知識があっても、なんらおかしくはない。
「ニル。今すぐ起きろ」
アイティールは命令した。
「…アイティールもここに横になってみない…?…結構、寝心地いいよ?」
ウトウトと言うニルにアイティールは、友の腹の上に乗った頭を蹴りたくなる。
「…ニル。早く起きろ」
青い目が氷のように冷えてきたのをニルの黒い目が確認すると、ニルの眠気は霧散した。
「は、はい」
慌てて起き上がるニルに、タナトスも身を起こし、不機嫌にアイティールを睨んだ。
「もう13:00だ。文句を言われる筋合いは無い」
アイティールはタナトスに睨み返すと、ニルの手を引き強引に連れ戻していた。
「はー。さすが、飼い主。そしてスペードのキング。ジョーカー相手に負けてねぇ!」
野次馬の生徒の1人が実況中継のように面白可笑しく言うと、解説とばかりに仲のいい生徒が同調した。
「いやー、見ものでしたね!白竜を巡っての青竜vs黒竜です!これから模擬戦ともなると彼らは時別枠で早期に出る事になるでしょうから!大変面白い結果になるんじゃないですか?!」
「やはり、治癒と浄化の後方支援は、あると無いじゃ全然違いますからねぇ。コンビネーションの差がどうでるか…大変楽しみであります」
その実況に、「いいぞ!」と、その場は大いに盛り上がった。が、それも、教師達の登場で「ヤベ…」と呟いて、皆、蜘蛛の子を散らして行く。
「……ローゼフォン、今年の新入生はとても楽しみですね」
地顔とも言える笑顔でメルセデスが中庭を見て言った。
「………」
ローゼフォンは答えず、青竜に引っ張られるように歩くスレイプニルをジッと見つめていた。
「…それで?何を聞いた?」
食堂の端で、どこぞの司令官のように机に両肘を付き、尋問するのは不機嫌なアイティールだ。
「…えぇ…?!」
同じく、アイティールの向かいの席でキチッと座る私は、完全におあずけをされた犬みたい…。
「…あ、アイティール、ご飯…食べないの…?」
「そんな事はどうでもいい。質問に答えろ」
ピリピリとしたアイティールは威圧的で苦手だ。
「う…うーんと…その…興味があって…法術と魔法を同時に使ったらどうなるのか聞いたんだ…」
「…そんな事が可能なのか?」
聞いた事が無い。と、アイティールは眉をひそめた。
「…う、うん…実際には無理だって…。先生も、息を吸いながら吐く事は出来ないって…」
「なるほど。確かに。…それで?」
「…だから、万が一…偶然でも重なる事になったら、どうなると思う?って…」
「…続けてくれ」
「そしたらタナトスは、成立した段階で死ぬ。って言うんだ…」
浄化も無理な石化をどうやって戻したらいいんだろう…。
「……そうか…他には?」
「え?」
「他に聞いた事は?」
「ううん。それだけだけど…」
「…そうか…」
アイティールは何かを考えていた。
「……あの、アイティール?」
「…なんだ?」
「ご飯…取ってきていい?」
私の言葉に、アイティールは「…ああ。私の分も頼む」と、ついでのように言った。
アイティールは何事かを考え込んでいる。
その姿を全国の婦女子の皆さんが見た日には、きっとファンクラブが結成される事だろう…。
…殿下に威圧されたい!とか言っちゃう子もいるかも知れないけど…マジで重いからね?!
あの圧力は、耐え続けられたらダイヤモンド並の強靭なメンタルが出来上がる事だろう…。
私はムリ!メンタル豆腐だもん。
そんな事を考えていると、いきなり首を締められた。
「すーぷー!!大丈夫だったか?!」
これは…クスト先輩だ…。
「…先輩…今、まさに大丈夫じゃありません…」
その腕を退けてくれ。
「おっと。締まっちゃったか?悪い悪い」
「何ですか…急に…」
「何ですか?じゃ無いだろーが!お前、なんとも無いか?寿命が縮まったな。余生は早めに引退しろよ…?」
ヒドイ。何ですか。この人。心配してるのかディスってるのか。
「…先輩…意味がわかりません」
「だって、お前…あの黒竜のジョーカーに捕まってKOされたんだろ?」
「…なんでそうなるんですか…違います」
「…んじゃ、どうした?みんな青い顔してジョーカーにやられたって心配してたぞ?」
「皆って…彼は悪い人じゃないですよ?気にし過ぎです。さっきは、交換条件ですし…」
「交換条件?」
「はい。彼に魔法について教えてもらうかわりに…」
そう言った時、クスト先輩の顔がサッと変わった。
「魔法…」
「は、はい。ちょっと聞きたかったので。ちゃんと答えてくれました」
「ダメだ!!」
それは確固とした言葉だった。
「…クスト先輩?」
「お前は白竜のハートのキングだろ?!なんで黒竜に魔法を聞くんだ!!やめろ!!」
不快感をあらわにしたクスト先輩の剣幕に、私は困惑した。
「先輩…?どうしました?…なんでいけないんですか?」
「ダメだ!!いいな!?黒竜に近付くな!!」
クスト先輩は一方的にそう言うと、怒ってどこかに行ってしまった。
「………なんなんだろ…?」
白竜のハートのキングだから…よその組に教えてもらう事は恥…なのかな…?
そんな…キングって言ったって新入生でしょ…。
みんな、役持ちって言葉に期待し過ぎじゃない?!わかんないものはわかんないんだから!
勝手に期待される身にもなってよ。ジョーカーだってそうだ。みんなが心配してるって?なんで?彼が何かした?勝手にレッテル貼らないでよね!
「(………あ。ダメだ…クスト先輩の怒りに当てられてるな…)」
イライラする気持ちには理由がある。冷静になればなんてことは無い…。
「(…平常心ー…平常心ー…)」
スーハーと深呼吸して、昼食を選び戻ればアイティールから「3年生から注意されたのか」と嬉しそうに言われた。
「………そ、そうだけど…アイティール、なんで嬉しそうなの…?」
意地悪か。そうか、意地悪か。
「いや?…嬉しそうに見えるか?」
ええ。先程とは打って変わって、ご機嫌でいらっしゃいますよ?殿下…。
「……僕の目が…悪くなってなければそう見えるんだよね…」
「それはいけない。ニル、目は大事にした方がいいな」
クッ!!爽やかに笑うんじゃ無い!!
「……ねぇ、アイティールはさ、自分の立場に嫌気がさす事、無いの?」
昼食を食べながら何気なく聞く。
「…それは、生まれた時からそういうものだからな…嫌だからと変えられるものでもないだろう」
「そ、そうだけど…じゃあ、ここでも役持ちになっちゃって面倒だとか思わない?」
「それが自分に任されたものならば遂行する。権利と義務、責任とはそういうものだ」
「…ああ…はい…」
真面目か。真面目だった。ダメだ…結果を出す意識高い系の高スペック男子とは意見が合わない…。
ニルは素直に頷いて黙々と昼食を取っている。
白竜のダイヤのクイーンがニルを叱る内容には同意だ。なんならもっと言ってもらって構わない。堀を埋めるには、白竜の黒竜を嫌がる性質を使うのはいいだろう。
白竜はその組そのものが仲間に気安い。赤竜や青竜に比べれば、それは馴れ馴れしいほどだと言える。
やたらとニルを乱暴に振り回す、あのダイヤのクイーンは気に入らなかったが、こういう事に関しては褒めてやってもいい。
ニルに石化について調べさせない。いや、調べた所で彼は絶望するだけだ。
ここに来るにあたり、アイティールは初日に黒竜顧問に確認をした。
禁忌の魔法…それを犯した者はそれが成立した段階で死ぬ。それを蘇らせる方法など神の領域だ、と。
さすがは伝説の魔女デボラ。それを知った上でニルにヒュプノスと言う言葉を残したのだろう。
神と交信する方法があるというのか?神が人の個人的な願いを叶えてくれるのか?
全く荒唐無稽だが、魔法の事はいかに自分でも知り得る情報に限りがある。
ニルが白竜に組まれて良かった。黒竜に組まれていたらアイティールですら止める理由が無い。
「(…まぁ、その時はその時で…)」
ニルの師匠を助ける手助けを率先的にして、彼に恩を売るのもいい。
要はニルが手元に残ればそれでいいのだ。更に、彼にとってアイティールが必要不可欠な存在であればなおさらに。
アイティールは週末の予定も考える。チキンサンドは必須だった。




