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男装の精霊使い

作者: ぽわぽわ


産まれた時からおかあさんに言われていた事がある。


アルトはお父さんにとってもよく似ている。


今思えばおかあさんは精神を病んでいた。そうとしか思えない。

髪はおかあさんと同じ色なのに。

女の僕に男物の服を着せて男の子の様な話し方を強要した。

僕は、おとうさんを知らない。

戦争で僕が産まれる前に死んでしまったからだ。

おかあさんは壊れた様に何度も何度も似ていると繰り返した。

知らない人と似ているなんて言われても嬉しくなかった。

おかあさんと似ている方が良いのに。

どうしたら僕を見てくれる?

おかあさんは何時も僕を通しておとうさんを見てる。

僕を見る事は決してない。

何時も遠くを見ていた。


おとうさん、おかあさんを取らないで。僕にはおかあさんしか居ないのに。


おかあさんと話すたび僕はおかあさんが嫌いになって行った。

話しかけてもおとうさんの話ばかりするから、隣の家のリヒトとよく遊んだ。

僕と違ってリヒトは格好いい男の子だった。何時か騎士隊に入るのが夢なんだって、力強く語る。

リヒトは友達が沢山居たのに、いつも気を使って僕とばかり遊んでくれた。

そんなリヒトの事を好きになるのにそれほど時間はかからなかった。

でも、この気持ちは一生言う事は無い。僕は、男だから。

リヒトと遊んで居る時だけ、おかあさんの事もおとうさんの事も忘れられた。

僕は言葉使いも服装も完全に男で、家は貧しく痩せていた為リヒトを騙す事に成功していた。

本当の性別を隠して、毎日を過ごしていた。

成長してもおかあさんは変わらず僕を見てはくれなかった。

12歳になって成人、つまり大人になって僕は家を出る事にした。

おかあさんと一緒に居たいと思えなかった。

早速、適性職業を見に行くことにした。


適性職業とは、剣士や騎士、魔法使いなどの多様な職業の中から自分の職が決まっているのだ。

大体が農夫や村人、良くて商人だろうか?

それほど期待していなかった。

成人したての時は無料で診断してくれるので意気揚々と向かった。


「ほう、これはすごい」


診断士のおじいさんがそう呟いた。

診断結果は、『精霊使い』だった。

精霊と呼ばれる未知の存在と契約を結び、使役する事が出来る職業の事だ。


「精霊使いにはこれを渡す様に言われておる」


折りたたまれた紙、広げればそれなりの大きさになるだろう。

どうやら魔法陣の様だった。


「召喚魔法陣じゃ、魔力を流せば実力に見合った精霊が出てくる」


精霊は戦えば戦うほど強くなる。

契約は何時でも解除できるようだった。

早速家に帰り、おかあさんが居ない事を確認して精霊を召喚してみた。

魔法陣が輝き、可愛らしいリスの様な生き物が現れた。


「……可愛い」


ええっと……契約には名前を付けるんだよね。

リスみたいな見た目だけど、体は黄色いな……何属性の精霊だろうか?

ちなみに属性は火、水、風、土、木、雷……などなど。多様にある。

体の色から雷か光だろうと判断した。


「お前の名前はピリカだよ」


気に入ったのか頬にすり寄って来た。

魔法陣を片づけつつ、家を出る予定を立てた。

精霊使いになれるとは誤算だった。ギルドにでも登録しようかな。

各地で旅をしてギルドで生計を立てるのも悪く無いような気がした。

帰って来たおかあさんにその事を伝えた。

精霊使いになった娘をどう思うのだろう。

僕の事を見てくれるだろうか?

でも、結果は変わらなかった。


アルトも旅に出るのね……男の子はいつか旅に出るものなのよ、おとうさんも素晴らしい精霊使いだったわ……


僕が精霊使いになれたのは父の遺伝だったようだ。

何度も何度もアルトはおとうさんに似ていると繰り返した。

耳を塞いだ。とっても悲しい気持ちでいっぱいだった。

僕は、おかあさんにとっておとうさんの代わりなんだ。

何をしたって変わらないんだ。


その日以来、あまり家に帰らなくなった。


これで良いんだ。勝手に納得して現実から目をそむけた。

僕は性別を隠して旅をした。

精霊同士を戦わせる大会の様なものに参加して優勝したりした。

戦うのは嫌いでは無かった。むしろスカッとした。

精霊の強さは体の大きさで決まると一説には言われていて、体の小さいピリカは馬鹿にされたりしたけど、道中のゴブリンなどのモンスターを狩っていたら強くなっていた。

後から仲間にした精霊も居るのだけれど、ピリカは思入れが強く契約を解除する事はない。僕の一番のパートナーだ。

優勝するのには運も絡むと言われる世界大会。

そこで僕は無事に優勝する事が出来た。


これで、おかあさんは僕を見てくれるだろうか。


僅かな期待を抱いて、家に帰った。

おかあさん、僕……世界で一番強い精霊使いになったよ。

……だけど。


凄いわ、やっぱりあの人の子供ね。


最後までおかあさんは僕を見てくれなかった。

寂しくて、悲しくて……何より……虚しかった。

家を飛び出して当てもなく彷徨う。

途中、僕を知っている人から声をかけられた。


「優勝おめでとうございます! すごかったです!」

「おめでとう、この国の誇りだな」

「これからもがんばってください!」


すっかり有名人になってしまっていた。

僕は功績が認められ、帝都に屋敷を持つ事を許された。

国から貰った屋敷を高く見上げ、途端に力が抜けた。

膝を付き、地面に拳を打ち付けた。


こんなもの、欲しかったんじゃない!


決壊した涙腺から涙が溢れた。

締め付けられた胸が痛くて咽び泣いた。

僕はおかあさんが欲しかっただけなのに、少しで良いから僕を見て欲しかっただけなのに。

いくら努力してもおかあさんは僕を見てはくれなかった。

ずっと声を上げながら泣いた。

時間を気にせず、ずっと……ずっと……


「おい、大丈夫か?」


背中に声がかかった。

そう言えば屋敷の警護に人を送ると言っていた。その人だろうか。

振り向く余裕は無くて、力が上手く入らずその場に倒れる。


「おい!」


しっかりしろ! そんな言葉を聞きつつ意識を飛ばした。






*****






目を開けると知らない天井が見えた。

布団もしっかりかけられている。

布団の上からピリカが心配そうに覗き込んできた。

ぼんやりする意識の中、此処が何処なのか探る。


「目が覚めたのか」


部屋にはもう一人居た。


「大丈夫か?」


騎士らしい男はそう優しく声をかけてくれた。


「……リヒト?」


思わず、そう言った。

男にはリヒトの面影が強く残っていたから。

僕のたった一人の友人で、初恋の人。


「あ、分かった? そ、俺だよ」


昔と変わらない様子でそう声をかけられて安心した。


「アルトは滅茶苦茶有名になっちゃったから、俺なんて忘れられてるかと」

「……リヒトを忘れるなんて……できない」

「村でアルトは英雄扱いだよ。みんなアルトのファンだよ……俺もね」


ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべるリヒト。

リヒトの話を整理すると、彼は僕の屋敷の護衛で、メイドも何人か付けられたようで屋敷の管理をしてくれるようだ。


「リヒトは、騎士になれたんだな」

「おかげさまで」


帝都の騎士隊って……相当な実力が無いと入れないって聞いたけど……

僕じゃ逆立ちしたって勝てないんだろうな。


「なあ、アルト……お前ちゃんと飯食ってるのか?」

「食べてるよ」


何か言いたそうにリヒトは眉を寄せた。

僕の体は骨と皮と必要最小限の筋肉だ。

ずっと旅をしてきてまともにご飯を食べた事はあっただろうか。


「ここまでアルトを運んだのは俺だけど」

「……うん」

「軽すぎる、ちゃんと食べたほうがいい」

「分かってる」


頭では分かっている。行動にする気がないだけ。

もう、生きる気力も薄い。

欲しかった愛情も結局手に入らなかった。

たった一度、褒めて欲しかっただけなのに。


「誰か、僕を……見てくれないかな……」


リヒトは眉を寄せた。


「お前のとこの母親か」


リヒトは僕の家の事をよく知っていた。


「俺が見ててやるから、飯食え」

「……リヒトが?」

「俺はお前の事をちゃんと見てるぞ。お前の父ちゃんなんか知らないし」


言葉が耳に入って、理解するのに数秒を要した。


「リヒトが、僕を、見てくれる?」

「ああ、頭の先からつま先までな」

「ほんとうに?」

「本当に」

「ほん、と……に?」

「なんだよ……泣く事ないだろ、ほら、よしよし」


グリグリと頭を撫でられる。

涙でぼやけながらもリヒトの腕を掴んだ。


「ほんとうに?」


もう一度問いかけた。


「約束」


今度は優しく頭を撫でられて、不思議と安心した。


「リヒト、僕……おかあさんに見てもらえなかった」

「頑張ったのにな、そんな母親なんて忘れちまえ」

「ふ、……僕、」

「アルト……つらかったんだな、気が付けなくてごめんな」


ポロポロと落ちた涙を拭ってもらった。

そのままリヒトに寄りかかった。

おかあさんの事は忘れられないだろうけど、僕にはリヒトがいる。

だから、大丈夫。

まだこの世界で生きていける。

もう何も怖い事なんてないのだ。


その日からリヒトとの生活が始まった。

リヒトは僕の護衛と言う事で同じ屋敷で暮らした。

親は? と聞くと村に居て家業は弟が継ぐ事になったと言った。

騎士隊にいる時は寮に居るので此処に住んでいても問題はないそうだ。

時々庭で剣を振るリヒトを眺めながら、やっぱり格好いいなあと昔の恋心を思い出した。


「一番強い精霊ってどの子?」


そう言われたのでピリカを呼び出した。


「この子?」

「うん……一番鍛えたから強いぞ」

「へえ、一番大きな精霊は?」

「……レイン」


貰った屋敷と同じぐらいの大きさの水龍を呼び出す。

リヒトは口をあんぐりと開けていた。


「レインは、こう見えて回復呪文が得意で……」

「そ、そうか……」

「もっと大きい子もいるけど」

「ああ、うん……もう大丈夫」


何かにつけて僕はリヒトの側に居た。

リヒトの側に居るだけで僕は僕で居られるから。

だけどその生活は長くは続かなかった。

きっちり三食、毎日食べると体が変わっていった。

変質した、と言っても良かった。

痩せこけていた体に丸みが出始めたのだ。

鏡を見て冷たい物が背中に差し込んだ。

自分の体は、日に日に女らしくなっていった。

怖くなってご飯を要らないと言うとリヒトは怒った。

嫌われたくなくて仕方なく食べた。残すと怒るから残す事も出来なかった。


どうしよう……女だってばれたらリヒトに嫌われちゃう。


嘘つきは嫌われる。そんな童話を思い出して泣きそうになった。

ようやく僕を見てくれる人を見つけたのに。


いやだ、嫌われたくない……どうしたら……


膨らんできた胸に触れた。

いつもダボダボの服を着ているから大丈夫だろうけど、罪悪感ばかりがつのる。

リヒトを騙している。

そう思うようになってから、リヒトを避けるようになった。

本当の性別がばれてしまわないように、少しでも長く一緒に居れるように。

リヒトは何度も、何で? って聞いてきた。

答えられるはずもなく、ただリヒトを見上げた。


「どうして避けるんだ?」

「……避けてない」

「嘘ばっかり、俺の目を見て言えよ、なあ」


何も答えず自室に逃げ帰った。

いつまでこんな事を続けなければいけないのだろうか。

本当はリヒトの側に居たいのに、じゃないと僕が誰だか分からなくなる……

何度も何度も心の中でリヒトに謝った。

そんな逃走も、やがて終わる。


「……」


朝起きて、変調に気が付く。

体が重かった。お腹がじくじくと痛んだ。

なに? 風邪でも引いたのかな?

モーニングコールでやって来たメイドが血相を変えて近寄ってくる。


「顔色が悪いですわ、アルト様?」

「お腹、痛くて……」

「薬をお持ちいたします」


メイドが出て行った後にすぐにリヒトが来た。


「アルト、大丈夫か?」


顔を合わせずらくて布団に顔をうずめた。


「アルト?」


リヒトが僕の髪を撫でる。久しぶりの感覚にほっと息を吐いた。

その時、下半身にものすごい違和感を感じた。

何故か、湿っている様な気がした。

リヒトも鼻をひくつかせ、何かに気が付いたようだった。


「アルト、お前怪我とかしてないだろうな?」

「えっ? 突然なに……」

「血の匂いがするんだけど」


怪我? した覚えはない。


「布団めくるぞ」


嫌だったけど、従った。

布団の下は大惨事だった。

恐らく自分の血でこれでもかと汚れていた。


「えっ、な、何で? い、いやだ」


リヒトは黙ったまま布団を眺めている。


「リヒトっ、僕死んじゃうの? なんで血が出てるの? ねえリヒト」

「アルト……お前……」


生理って知らねえの?

と、言われたものの本当に分からなかった。

リヒトが部屋を出て、メイドが代わりに入って来て、説明を受けた。

僕が女である事、20歳近い僕が初潮である事にとても驚いていた。

僕は子供が出来るようになったらしい。

健康的な食事をして体が健康になったからだろう。


「じゃあ、僕は……リヒトに女だって、ばれたって事ですか……?」

「そうですわね」


胸がぎゅうと痛くなった。

どうしよう、リヒトに会わせる顔が無い……

僕はまた、僕で無くなってしまう。


「少しおやすみになって下さい。朝食はお部屋にお持ちいたします」


返事は出来なかった。

ただ胸がずっと痛くてそれに耐えていた。

呼吸が上手く出来なくて、部屋に居るのが耐え切れなくて飛び出した。


リヒト……リヒトっ……


リヒトは自室に居た。

本当は会うのは怖かった。拒絶されるかも知れないと思うとただただ恐ろしかった。

でも会いたくて仕方なかった。

バタバタと走り回った音で、リヒトが扉から顔を出した。


「アルト?」

「はあ、はあ、リヒ、ト」


リヒトは優しく受け止めてくれた。

腕の中で涙を流した。

そのままリヒトの部屋に入った。


「ごめん、なさい」


早速謝った。


「今まで、黙ってて……騙してて、ごめん……」

「……」

「訳はあるけど、リヒトには関係なくて……」


ずっと男で居たのはおかあさんの我が儘だ。

リヒトには関係がなかった。


「僕の友達でいて欲しくて、それで……っ」


リヒトの手が僕の涙を拭った。


「別に俺は騙されてないけど?」


………?

騙されてないって、どう言う事?


「俺はお前が女だって事をずっと前から知ってたんだけど」

「……え?」

「アルトは髪も短いし言葉づかいも男だし……見抜くのは難しいかもしれないけど」

「え?」

「だから俺はお前を嫌いになったりしないよ」


ぽかんとリヒトを見上げた。


「その顔すっごく間抜け」

「あ……」

「なあ、もっと驚く事言ってもいいか?」

「う……?」

「俺さ、アルトの事が好きなんだ。もうずっと前から友人として見てないんだ」

「は……?」

「だから友達は無理かな? もう一つ上を要求する」


なんだそれ。

開いた口が塞がらない。


「意味分からない」


ようやく絞り出して、リヒトを見た。

リヒトは微笑んで、


「返事は?」


やっぱり意味が分からなかった。


「え……? もう一回言ってくれるか?」

「もう一回とか恥ずかしいんだけど」


間抜けな顔でリヒトを見続けた。

僕はリヒトにぎゅっと抱かれた。


「俺はアルトが好きなんだ」

「……え? いつから?」

「子供の時から」

「??? なんで好きなの?」

「理由は分からん、ただ愛おしいなって思ってるよ」

「???」


聞いてもやっぱりよく分からない。


「リヒトは僕を女として好きなのか?」

「そう言ってるだろ」

「なんで?」

「何でだろう? 俺もよく分からん」

「???」


何度も会話を重ねて、リヒトは僕が恋愛対象として好きで?

仕事とはいえ有名になってしまった僕と毎日会えるのが嬉しいと語った。

子供の頃は僕の事を守ってあげたいと思っていたようだ。


「僕の精霊はリヒトより強いけど」

「分かってるよ、けどなアルト……男って言うのは女を守りたいものなんだ」

「よく分からない」

「分からなくて良いんだよ、アルトは女なんだから」


分からなくて良い?


アルト、おとうさんは凄い人なのよ……あなたも分かるでしょう?


いつも理解を強要して来たおかあさんを思い出した。

その目は僕を……世界を映していなかった。

おとうさんが居るはずの死の世界を見ていた。


「分からなくて良い……」


抱きしめられて、分からない事がこんなにも心地いいだなんて……知らなかった。

栄養失調気味の小さな体で必死に腕を伸ばし抱きしめ返す。


「好きだよアルト」


耳から入ってくる言葉は毒の様に体を巡り、思考を奪って行く。

感情も制御できなくて、自然と涙が溢れた。


「僕……僕……」


うまく言葉で表現できなかった。

それほどに満たされていた。

からっぽの器は甘い毒で満たされた。

なんて心地が良いのだろうか。


「なあ、返事は?」


僕は毒を飲ませ続ける根源に体を預け、流されるまま恍惚と囁く。


「リヒト……好き」


毒を飲み干す。


「ずっと前から……だから、一緒に居て?」


伝えるはずでは無かった気持ちだった。

リヒトと恋人になった。

晴天の霹靂、と言ってよかった。

前よりもリヒトに依存した。

好き、好き、大好き……何度言ったか分からない。


もう僕は頑張らなくて良いんだ。


自然とそう思えた。

僕を認めてくれる人がいる。見てくれる人がいる。……愛してくれる人がいる。

それだけで十分だった。

他に娯楽がある訳では無かったが、幸せだった。

このままずっと時が過ぎて行けばいい。

そう、思っていた。


それから、暇さえあればリヒトの側に居た。

仕事で隊に顔を出しに行く以外は一緒に居たと言って良い。

夜一緒に寝る事になってリヒトは僕の体に触って、


「まだ早いよな」


意味が分からず首を傾げた。

そのままリヒトの腕の中で眠った。

あったかくて、ふわふわした。この熱を忘れたくない。手放したくない。

確かめる様に何度も背に腕を回した。

キスをされたから何度もし返した。

本当に幸せだと言えた。


それから数日経って、夜リヒトは仕事に行った。

気が付くと前みたいに精霊の事を考える事は無くなっていた。

精霊を鍛えて強くして大会で優勝すればおかあさんが見てくれる。

そんな不純な動機は今はもうない。

何もしなくったって僕を見てくれる存在があるのだから。

リヒトの居ない部屋で一人眠りにつく。

寂しいけれどすぐに戻って来てくれるから。

リヒトは戻ってきた。

夜が明ける、少し前に。

血相を変えたリヒトは言った。


「逃げろ」


見上げ、理由を聞いた。

理由は簡単だった。

もうすぐ戦争が始まる。僕は兵士の一人になって出兵する事になる。

精霊を人を殺める兵器として使うのだ。


「リヒトは?」

「俺は、騎士だから……戦争に出るよ」

「死んじゃうかも知れないのにか?」


リヒトは言った。

実家とは縁を切って帝都に来た。

だから俺が死んでも誰も悲しんじゃくれないって。


「嫌だ、リヒトと一緒に戦争に行く」

「アルト!」

「僕がリヒトを守る、ずっと一緒だ」


瞳を見つめ、そう返す。


「リヒトが居なくなったら、僕は死んだと同じだ」


本心だった。

リヒトが死ぬと言うのなら僕も一緒に死ぬ。

でないと壊れてしまうだろう。

リヒトはずっと悩んでいた。

僕を見て、外を見て、自分の服を見て、何度も何度も……


「アルト」


そして決めたようだ。


「一緒に逃げよう」


リヒトは僕と一緒に逃げる事に決めた。

ロウソクの明かりを頼りに早速荷物を詰めて庭に飛び出した。


「フィア」


長い事呼び出していなかった翼竜を呼び出す。

人間が二人乗っても十分な大きさで、この子は夜目がきく。

この国を出るまで飛び続ける事が可能な体力のある精霊だ。


「……後悔は無い?」


最後に問いかけた。

この国はあまりいい国とは言えない国だった。

僕もリヒトも愛国心は少なからずあったと思う。

リヒトはすっきりした顔で、


「ない、俺はお前と生きていく」


そのまま二人で飛び立った。


「どの国に行こうか? 僕は大体の国に行った事があるから……」

「アルトとずっと一緒に居れる場所が良い」


それを聞いて、久しぶりに笑った。


「はは、じゃあ治安の良い国が良いよな……長旅になるけどいいか?」

「望むところだ」

「久しぶりの旅だ、楽しみだな」


屋敷の生活も悪くないけど、旅に心躍った。

だんだんと小さくなっていく帝都を振り向く事は無かった。


「好きだよ、リヒト」

「俺も、好きだ」


視界の端に村が見えた。

おかあさんはまだあそこに居るのだろうか。

もうそんな事はどうだっていいか。

やがて村も見えなくなった。


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