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箱舟スクール  作者: ねずみ一家
1/1

第一話 ノアとイモ掘り


アシの小屋よ、アシの小屋よ、壁よ、壁よ。アシの小屋よ聞け、壁よ察せよ。

ウバルトゥトゥの子、シュルッパクの人よ。

家をこわし、舟をつくれ。持物をあきらめ、おまえのいのちを求めよ。

品物のことを忘れ、おまえのいのちを救え。すべての生きものの種を舟に運びこめ。おまえがつくるべき舟は、その寸法をきめられたとおりにせねばならぬ。その幅と長さとをひとしくせねばならぬ。




ノアは感涙に打ち震えた。

『神と共に歩んだ正しい人』であったノアは天からの声に耳を傾け、笑う者がいようともお構いなしに船を造り続けた。


ノアは幸せだった。

従来の集中力を存分に発揮させた。思いのほか大工仕事が面白かったこともあって、天の声に教えてもらった船は五日ほどで完成させた。


天の声に船の完成を伝えたところ、手違いもあって納期はまだまだ先だったようだ。

しかしこれでは、充分な人も生き物も乗せることができやしない。複数の船を作り上げたが、いくら作っても、どうしても充分な積み荷を乗せることができなかった。

悩みに悩んだノアは、もう一度天の声に相談してみることにした。


天の声が言うには、舟の幅と長さは割合こそ合っていれば良いとのこと。

それならもっと良い船にしようと、ノアは川の草を積み上げ、山の森から木を伐り出した。木を伐り出したはいいものの山から降ろすのが難しいので、ノアは木で作った自家製のからくりを作り出した。それがまた大いに評判となり、ノアの住む村には多くの観光客が訪れた。それによって得た金で職人を雇い、別の地からも植物の種や金属材料などを運び込み、どんどんと船は大きく、便利になっていった。




ウバルトゥトゥの子、シュルッパクの人よ。

すまぬ、約束の日はまだ先となる。思いのほか時間がかかっているのだ。

割合が違わぬため文句は言わぬが、それにしてもお主の船は大きすぎ・・・。




ノアは天の声に怒鳴りつけると、ぷんすか怒りながら、また船の巨大化を進め始めた。





そして長い長い時が過ぎ・・・。


ある日、約束の雨が降り始めた。雨は次第に強まっていき、巨大な嵐となった。

既に、ノアは船を自分の家として暮らしていた。家族や身寄りの者、職人たち、多くの動物たち・・・だけでなく、村の者や移住者たち、観光用のホテルに泊まった客人たち等も既に船へと乗り込んでいた。というより、ノアと同じく半ば暮らしていたようなものである。


防水・防音対策もカンペキ。揺れもほとんどなく、自動で水平を保ち、就寝を妨げる心配もありません! 翌朝には船で作られた野菜が! 新鮮な魚がアナタを待っている!


そう銘打たれていた「それ」は、あまりにも巨大で、もう既に島のような、一つの国のような大きさになっていたのだった。


外の嵐の音も聞こえず、ノアを含む人々や動物たちがぐっすりと寝こけていた時、風と波に煽られた船はごとんと音を出して出港した。

天の声は、これなら安心、ちょっとくらい遅れてもいいだろう、とひとまず伸びをして、念のため動物たちに力を授けてから、ゆっくりと眠りにつくのだった。

天の声はノアに怒鳴られて少なからず落ち込んでいたので、少しふて寝に近かったことは内緒である。





それから・・・長い月日が流れた・・・。





「メンドクセェーーッッ!!!」


広々とした青空の下、黒髪の青年が雄叫びを上げていた。


「何でオレが! こんな良い天気に泥まみれになって! こんな事しなくちゃいけねえんですかねェ~ッ!」

「うるっさいカラス! 遊んでないでイモ掘ってよ!」


ジーパンに白シャツを着込んだ小さい女性が怒った。茶色の髪の上にはちょこんと小さい茶色の丸耳が乗っかっている。既に白シャツは汗と泥汚れでまだら模様になっているが、その女性はもう気にする意味はないとばかりに吹っ切れた表情を浮かべていた。


少し遠目にいた女の子が非難じみた声を上げた。


「せんせー、男子たちも遊んでばっかりでーす」


『ノア・シップ』の艦上、その広大な畑の中で男の子たちがわあわあ言いながら土で作った団子を投げ合っている。


「オゥルァッ! てめえら、遊んでないでイモを掘りやがれッ!」


そう一喝すると、ばさっ、と真っ黒い翼をはためかせてカラスは地面を蹴った。そのまま滑空しながらきゃあきゃあと逃げ回る子供達を一人ずつ捕まえていく。


カラスはきれいな放物線を描きながら周囲を飛び回り、腕に抱えた子供達を所定の位置へと放り投げていく。


「せんせー! 僕も!」

「だめだよ! 僕が先!」

「さっさと! イモを! 掘りやがれコラァッ!」


わあっと群がってきた子供たちに、怒鳴り散らしていたカラスは地上に引きずり下ろされ無情にも押し潰されていく。


何かの映画のように駆け寄ってくる子供たちに塗れてカラスの姿が見えなくなる。

憮然とした表情を浮かべていたその女性、ヤマネは小さく溜め息を吐いて、イモ掘り作業を再開し始めた。


近くにいる女の子のイモ掘りを手伝いながら、きょろきょろと女の子たちの仕事ぶりを見て回る。彼女たちのカゴには大小それぞれのサツマイモが小さく積み上げられていた。


「ネズちゃん、腕が疲れたー」


横でイモを掘っていた女の子がうんざりした声を上げる。


「もうイモの頭が見えてるじゃないの。ほら、もうちょっと頑張って」


大人びた顔で、やれやれとばかりに溜め息を吐いた女の子がまた作業を再開する。


少し離れたところでは、未だにカラスが子供たちに群がられていた。

「重いっての! 俺の羽根が! 翼が! 折れる!」という悲痛な叫び声が聞こえてくる。


ヤマネはようやく大きいサツマイモを掘り出すと、疲れた顔で雲一つない青空を仰いだ。


よりによって、今日。この青空である。そこまで暑くはないので子供たちも元気いっぱいだが、ある程度終わったら撤退しなくちゃいけないだろう。子供たちのシャワーを浴びる時間も欲しいところだ。


しばらく横の女の子を手伝ってから、ヤマネは他の女子たちのイモ掘りを見回ったり、手伝ったりしていた。

大体の作業が終わったのを確認してから女の子たちに遊ぶ許可を与えると、さっきまでのうんざりした顔から一転して泥の上で駆けまわり始めている。


「ヤマネズミちゃんよォ~。何で俺を放ったらかしにしてるんですかねェ~」


振り返るとそこにはカラスが立っていた。真っ黒い服をしているので目立ちこそしないものの、顔も含めて全身見事に泥まみれとなっている。


「『ヤマネズミ』じゃなくて『ヤマネ』! 『山』の『鼠』で『ヤマネ』だって言ってるでしょ?」

「へえへえ。そうでございましたね」


そう言って、カラスはどっかりと泥の轍の上に座り込んだ。こうして並んでいると背の違いが大人と子供のようで、ヤマネは心底嫌そうな顔をしながらカラスを見上げる。


「それで? 男の子たちの作業は終わったわけ?」

「終わったんじゃねえか? たぶんだけど」

「ダメよ、ちゃんと終わらせなくちゃ。お爺さまも見に来るのよ?」


カラスは最近流行っているタバコとかいう嗜好品にライターの火をつけて、口からふうっと紫煙を吐いた。


「別にいいじゃねえか。ジジイも別に気にしないだろ」

「それも止めなさい。子供に悪影響」


指に挟んだタバコを指差す。ヤマネの言葉に、カラスは小さく肩をすくめた。


「ネズちゃんは真面目だねえ。一息ついてるだけだよ」

「ネズちゃんとか呼ばないでよ。ぞわぞわするわ」


すると、何かパタパタと聞き慣れない音が聞こえてくる。

二人が振り向くと、見慣れない機械の上に乗った、白髪をなびかせている老人がこちらへ飛んできていた。老人が立っている機械の左右から細長いパイプが伸び、それらの上に大きめのプロペラが回転している。

子供たちもその音に気付いたのか目を輝かせながら、頭上へ向けて歓声を上げ始めた。


老人の乗った機械が土の上に降り立つ。


「どうかね? 大体終わったようじゃが」

「お爺さま、もう終わったよ。カラスの持ち分は分からないけど」

「おいジジイ。何だそれ、また変なもん作りやがって」

「いいじゃろ? 新作じゃ」


そわそわしながらカラスが老人の乗った機械に近付いていく。いつの間にか集まってきた子供たちも機械をべたべたと触り始めていた。


「ジジイ、これ貸して」

「いやじゃ。自分の羽根で飛べばいいじゃろ」

「僕も乗りたい!」

「私も!」

「だめじゃ。もっと大きくなったらの」


要望を次々と一蹴した老人は、ぶーぶー言われながらもヤマネへと向き直った。


「無事終わったのなら何より。じゃあ解散して、二人とも儂の部屋まで来てくれ。待っておるよ」

「オッケー。でもシャワー浴びてからでもいい?」


ヤマネの言葉に老人が全員の服を改めて見回す。ものの見事に全員泥まみれである。


「シャワーくらいなら別にいいんじゃが、あんまり待たせないでおくれ。儂も忙しいからのう」


忙しい忙しい、と言いながら老人は機械に乗り込むと、そのままふわりと浮かび上がる。

そしてここに来た時と同じようにパタパタという音を青空へ響かせながら去っていった。


「・・・ノアのジジイ。何が忙しいんだか」

「ぼやいても仕方ないでしょ。ほら、早く戻るわよ」


そうして二人は、それぞれ子供たちに指示を飛ばしながら『ノア・シップ』内に戻る準備を進めていった。



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