第四話 『騎士団は変態ばかり』
「ふぅ……」
ようやく溜まった仕事が片付き、思わず息を吐いたのは、オージン達が所属する騎士団の団長、リアム=シェークスピアだった。
王族出身でありながら、自らの意思で血生臭い騎士団の世界に入った変わり者で、
剣術もさることながら、頭脳明晰と鋭い洞察力で、戦略家としても優れていた。
騎士になっておよそ5年、歴代最小年齢、最短期間で騎士団の団長の座を得る。
それから数年、団長の地位に就いても胡座をかくことなく、貪欲に実力と実績を伸ばしていく、
敵国との戦争を未然に回避、魔物の氾濫を誰一人死者を出さずに解決、国の情報を盗み出そうとしたスパイを捕獲。など、彼は多大な功績を残した。
そんな優秀なリアムでも手に負えない問題を今、抱えている。
問題児の巣窟、騎士見習い達だ。
数々の問題行動を引き起こし、その被害はリアムの予想をはるかに凌駕し続けている。
騎士の名を言いように使って女を誘ったり、
騎士の名を使って恐喝したり、
騎士団の寮を半壊したり、
男を無闇に襲ったり、
博打に嵌ったり、
街中で生まれたままの姿で暴れたり……。
途中から、見習い騎士でない者の問題行動も頭に巡る。
騎士見習いに限らず、今の騎士団には馬鹿が多い。
天才と呼ばれた彼も、馬鹿の発想には勝てなかった。
このままでは、騎士団はダメになってしまう。
それが、悩みの種である。
「お疲れ、紅茶でも飲むかい?」
疲労困憊のリアムに話しかけてきたのは、騎士団の副団長、オーガスト=ハートロックだった。
「ありがとう。 もらうよ」
「あいよ、少し待ってくれ」
オーガストは箱から、奇妙な模様の描かれた札を取り出し、
「灯れ」
と、唱えると、札に火が灯る。
その火をアルコールランプに移し、小鍋が乗った三脚の下に置く。
オーガストはまた別の札を取り出し、今度は、
「注げ」
と、唱えると、札から水が流れ出し、小鍋に水が溜まる。
「便利なもんだな、ルーン……だったか、昔は苦労しながら、石を擦って火をつけてたってのに、今ではこんな紙切れ一枚だ」
「そうだな、昔と比べ、ずいぶんと生活が楽になった」
ルーン。
魔法の使えない人でも魔法の加護を受けるための魔法道具である。
魔法道具は様々な種類が存在するが、その中でもルーンは安価で使いやすい代物である。
一言唱えるだけで少量の水や火が簡単に生み出せる。
店で販売が始まると同時に、瞬く間に世間の間で広がった。
今では、一家に一枚は必ずある必需品である。
「そのかわり、問題も増えたがな」
簡易的な魔法道具の急増化により、魔法道具の悪用、使用ミスによる事故、不良品の流出。
魔法の知識が曖昧な人たちは、確かめる術もなく、被害に遭っている。
騎士団も魔法の知識が完璧な人材はおらず、この手の問題には手を焼いている。
オーガストは、沸騰したお湯を、茶葉の入ったティーポッドに注ぎながら、応える。
「最近は、魔法道具の事故目立つな、たちが悪いのは加害者と被害者の区別が付き辛いことだな、幾らでも言い逃れできてしまうし、確かめる術も証明する術もない」
「とくに、最近は騙された方が悪いなんて、風潮まである」
「それは……いただけないな……」
「ああ、速くなんとかしなければな……」
「速くするのはいいが、少しは休んだ方がいいんじゃないか?」
リアムの顔色をみながら、オーガストは心配する。
「最近、寝ていないんだろ」
「問題が山済みで、おちおち寝てもいられないさ」
「仕事熱心なのはいいことだが、身体は大切にしろ、優秀なお前に倒れられちゃ困る」
「優秀ねぇ……。 少し自信がなくなってきたよ、部下すらろくに纏め上げられないのに……」
「上から、無理難題な条例の導流、魔法関連事件の多発、魔物活発化、ゴタゴタ続きの中でお前はよくやっている。 自信をなくす必要なんてないさ」
紅茶をカップに注ぎながらオーガストは続ける。
「お前じゃなかったら、この騎士団はとっくに破綻している」
「……たとえ、俺の力を持ってしも破綻してしまうかもしれんぞ」
「そうなったら、誰がやっても結果は同じだったってことさ」
オーガストは笑いながら、紅茶を差し出す。
「出来ることから、やっていこう。 頭を使うことは勘弁だが、身体ならいつでも貸すぜ」
「本当に、お前には世話になりっぱなしだな……」
紅茶を飲みながらしみじみ思う。
部下に励まされるとは、まだまだ自分は未熟だと。
顔には出さないようにしていたつもりだが、疲れを見抜かれ、こうやって励まされている。
「紅茶のお味はどうだい?」
「リナの方が美味いな」
「相変わらず、紅茶の味には厳しいな」
オーガストはリアムが居なければ騎士団は破綻する。 と、言っていたが、
それはオーガストも同じだろう。
彼が居なければきっと、騎士団は破綻してしまう。
だから、こそ、頑張らなくてはならない。
オーガストに信頼される団長でなければ、な。
と心に刻む。
「じゃ、早速明日から体を貸して貰おうかな」
「なんなら、今日でもいいんだぜ?」
「今日? いや、もう夜中じゃないか、何をやるんだ……?」
「なんだ、言わないとわからないのか? 夜に二人でヤると言ったら、一つしかないだろう……」
紅茶を吞み込む音がやけに大きく聞こえる。
リアムは背筋が凍るような悪寒を感じる。
「セック「黙れ! それ以上、喋るな!」」
リアムは激昂がオーガストの言葉を遮る。
オーガスト=ハートロック。
騎士団の副団長であり、逞しい身体の男である。
性格は温厚で部下にも優しく、時に厳しく接する。
単体での戦闘ならば、騎士団の中で随一の力を持つ。
その実力や剣術に憧れてこの騎士団に入る人も多い。
しかし、彼は同性しか愛せない、重度のホモセクショナルであった。
普段は自制しているが、一時感情が高まってしまうと手がつけられない。
「せっかくいい雰囲気なのに、なんてこと口走るんだ!」
「いい雰囲気だから、イケるかと思ったんだが、ダメか……!」
オーガストはまるで苦虫でも潰したかのような顔で悔しがる。
「少しでも、感心した俺が馬鹿だった。 すっかり騙されてしまった……」
「俺は嘘なんて言ってないぜ? いい漢だから、ヤりたいんだ」
「俺には、リナがいると言っているだろ!」
「まったく、女のどこがいいって言うんだ? 俺はさっぱりわからない」
「ちくしょう……! なんで、この騎士団は馬鹿ばっかりなんだ……!」
「団長、まさかこんな奴らに俺、含まれてないでしょうね」
心外だ、といいながら、口を開けたのは今まで沈黙を守っていたヴィートだった。
「居たのか、お前」
「無視してんじゃねぇよ! 団長がこの石抱きをやらせてるんでしょうが! あと、足の感覚なくなってきたんでそろそろ許してほしいです!」
「当然の罰だろう、お前のせいで俺の仕事がどれほど増えたと思ってるんだ、解雇してやらないだけマシと思え」
「いや、このままだと俺、死んじゃいそうなんですけど!」
「まぁ、いい加減許してやったら、どうだ?」
「そういうわけにもいかない。 見本となるべき騎士がこの様ではな、あの企画も近いというのに……」
「あの企画か、すっかり忘れていたが、そろそろだったな」
「こいつのような問題児が企画を台無しにされては困るからな」
「その割には、あの問題児達も解雇しないんだな」
「渋々だ、実力がなければとっくに捨ててるさ」
オーガストは知っている。
解雇、解雇、口癖のように、言っているが、実際、彼が直接解雇したことは一度もないことを。
何だかんだ言っても優しい男なのだ。
「……なんだ、その顔は?」
「いや、いい漢の元で働けて、よかったなって思っただけさ」
「何だ、突然……。 まて、それ以上俺に、近ずくな、やめろ! 俺の肛門は誰にも渡さんぞ!」
「イイじゃないか、痛いのは初めてだけだ! さぁ!」
オーガストは戦闘力だけなら、団長であるリアムをも凌駕している。
もしも、本気で襲って来られては、抵抗もできずやられてしまうだろう。
リアムは最悪の事態を回避するために、天才と呼ばれた頭をフル回転させ、解決策を見つけ出す。
「……っ! よし! ならば、団長権限でヴィートをやろう! 好きにしていいぞ!」
「はぁっ!?」
「……………」
オーガストは、ゆっくりヴィートの方を向く。
「えっ……? 冗談ですよね? まさか、本気じゃないですよね?」
「本当にいいのか……?」
「構わん、俺が許す」
「ふざけんなよ! 俺にそっちの気はねぇ!」
「んふっ! 安心しろ、初めは優しくしてやる……」
「安心できるかぁああああ! あっ!? 団長の野郎逃げやっがった!?」
「さぁ、夜は長いぜ?」
「待て、待ってください! いや、いやぁあああああああああああ!!」