第三話 『騎士の日常2』
ジェシカは『騎士見習い』世代唯一の女性騎士である。
当初は数名の女性騎士も在籍していたのだが、過酷な騎士の生活に耐えられなくなり、彼女を残し、全員辞めていった。
彼女だけが騎士の道から逃げ出さなかった理由は、単純に優秀だからである。
獣人特有の身体能力は男顔負けで同期の中で実力は最も高いと言われている。
それは十分正式な騎士にもなれる逸材である。
未だ見習い騎士である理由は常識の欠如された性格に起因する。
育ちのせいか、それとも産まれながらのものなのか、彼女には知性や品性が著しく欠けていた。
言葉使いも悪いし、礼儀作法もなっていない。
騎士に入部したばかりの頃は、食事は手掴みが基本、字も読めず書けない、気に食わないことがあれば暴力で訴える。問題児であった。
まぁ、今では多少改善しつつあるものの、以前、口より手が出るのは治っていない。
「ニャハハ、タダで食う飯はうまいにゃ!」
「いや、奢った覚えはありませんよ、ちゃんと返してください」
「ケチだにゃー」
「いや、僕、ジェシカさんに2,000円ぐらい貸してますよね、そろそろ返してくれませんか?」
ジェシカはバツの悪そうな顔をしながら目を逸らした。
彼女は金遣いが荒いというか、計画性がないというか、おちょこちょいというか、アホというか。
月給を日給だと勘違いをして豪遊してしまったり、給料を丸ごと落としたり、詐欺に引っかかったり、寮の壁を壊したり、と度々金欠になる。
そのたびに同僚たかってはまた金欠の繰り返しで今日まで至る。
「残念にゃ話、今月も金欠でにゃ、また今度にしてくれにゃ」
「また、ですか?」
「そう言えば、俺も1000円貸してたの思い出した」
「チッ。 余計にゃことを」
「おい、お前、舌打ちしただろ」
ジェシカは手に持った魚をバキバキ音を立てながら食べきると、苦渋の決断を言い放った。
「分かったにゃ! こうにゃったら! ミャーの身体で払うにゃ!」
その言葉にいち早く察知した男は、まっすぐ手を上げながら、高らかに宣言した。
「よしっ! その身体オレが買おう!」
「お前は黙ってろ」
「ガス、確かにオマエにも20000円の貸しがあったにゃ」
「いや、50000円だぞ」
「この前、女を誘うの手伝ったじゃにゃいか」
「あの後、たらふく飯食わせてやっただろ」
「あれは口止め料だにゃ」
「おいおい、そりゃーないぜ、あのコース料理10000円もするんだぞ」
「確かにあの竜のフィレステーキは絶品だったにゃ」
「お前ら、本当に何やってんだよ!!」
二人の会話にとうとう堪忍袋の尾が切れたのはレオだった。
「女に手を出したり、人を脅したりして騎士として恥ずかしくないのか! なのために騎士になったんだよ! 国のため、人のためじゃないのか! お前らには騎士としての自覚とか誇りはないのかよ!」
レオの問いに、静かに顔を合わせるガスとジェシカ。
決心を決めた二人はレオの方に顔を向き直し、はっきりと答えた。
「「……ないっ!」」
「え、えーー!? ないんだ!?」
「正直な話、貴族のメンツが立てるためにやってるだけだし」
「ミャーも金欲しさでやってるだけにゃ、騎士うんぬんはどうでもいいにゃ」
「っていうか、騎士の誇りって、そんなの、童貞と一緒に捨てたっての」
「イタイタしいにゃ、絶対騎士の自覚持ってるオレかっけーとか思ってるにゃ、キモイにゃ」
「……お前らには騎士としての自覚とか誇りはないのかよ! キリッ! って、バカじゃねーの」
「ぷっ……ニャッハハハ! バカだにゃ! 騎士バカがここにいるにゃー!」
「どうやら、テメェらの寿命はここまでで良いらしいなぁ……!」
「にゃんだ、自称誇り高き騎士(笑)、ミャーに一度も勝ったことにゃい癖にでかい口たたくとは良い度胸だにゃ」
「さて、自称誇り高い騎士(笑)様の戦いっぷりが楽しみだぜ、まさかあんなこと言っておいて負けるなんてことはねーよな」
「ちっ、オージン手を貸してくれ。 ………オージン? 何やってんだ? 何、肩震わしてんだ?」
「……っ! わ、笑ってないよ……ぶふっ!」
「無茶苦茶、笑ってんじゃねぇーか! このヤロー!」
「オイオイ、騎士(笑)のくせに、人の手を借りるのかにゃー?」
「もーいい! テメェら、三人共、まとめて闇に葬ってやるっ!」
「レオ、ごめん。 謝るから機嫌を直してよ」
「悪かった、まさか騎士(笑)があの程度とは思わなくってよ」
「まさか、ミャーの猫騙しであんな簡単に怯むとは思わなかったにゃ」
「その後、危ないから剣を取り上げてごめん」
「調子に乗って馬乗りになって殴ってごめん」
「止めの一撃に股間を蹴り上げてごめんにゃ」
「うるせぇー! 絶対反省なんかしてないだろ! いいよ、もう、俺が悪かったよ、何も知らない癖に上から騎士がどうのうこうの語ってすいませんでしたー。 弱い癖に調子乗ってすいませんんでしたぁー」
「すっかり捻くれちゃったよ」
「お前が、男の勲章を蹴り飛ばすから」
「ミャーのタマ蹴りはご褒美にゃーよ?」
「何がご褒美だよ、そんなわけないだろう?」
「強烈な激痛の後に、最高の快楽が襲って気持ちよく昇天できるにゃ」
「まったく、白々しい嘘だぜ、そんなに言うなら、オレにもやってください、女王様!」
「うん、二人共、ちょっと黙ろうか」
レオを慰めるために、二人には離れてもらった。
離れた後に、どこからか、悲鳴が聞こえたが、オージンは聞かなかったことにした。
二人が離れてしばらくして、おもむろにレオは口を開ける。
「オージン。 俺、騎士になるのが子供の頃から夢だったんだよ」
「うん」
「騎士の人に助けて貰ったあの日から、名前も知らない騎士を追いかけてここまで来た。 助けて貰ったお礼を言うために、それに助けて貰った恩返しもしたかった」
「うん」
「親にも反対されたんだ、お前には無理だって、危険だから辞めろって。 でも反対を押し切って家を出てきた。 頑張れば、努力すれば、あの人みたいな立派な騎士になれると思ったから」
「うん」
「でも、いつもまでも見習い騎士のままで、なかなか騎士になれなくて」
「うん」
「間違いだったのかな、俺はまだガキなだけで、現実を見てないだけで、恥かいてるだけで、騎士になんてなれないのかな?」
焦燥に浸ったレオを見てどんな言葉をかけるべきか躊躇ったが、
オージンは思ったことをそのまま伝えることにした。
「……レオが騎士になれるか、なれないかは僕には分からない。 でも、僕はガキみたいに夢を追いかけるレオがカッコいいと思うよ」
「オージン……でも、お前さっき、笑ったよな」
「いや……あれは……なんというか、流れといいますか……ごめんね」
「……ふぅ。 いや、俺の方こそゴメン。 なんか上手くいかなくてイライラしてた。 でも、オージンのお陰でスッキリしたよ」
「いや、僕は何にも……」
「たくっ、レオには参ったもんだぜ、悩みがあったら聞くのによー」
「まったくだにゃ、ミャー達は同じ釜の飯を食う仲間だにゃ」
産まれたての小鹿のような足取りのガス。
口から魚の血なまくさい匂いを吐くジェシカ。
そんな二人だが、頭ごなしに叱りつける資格は自分にはないことにレオは築いた。
貴族だろと、実力があろうと、同じ騎士見習い。 上も下もない。
もちろん。 二人のやっていることは正しいことではない。
でも、叱るのはあくまでも上の役目で、俺ではない。
自分ができることは、分かり合うこと。
ただ、悪い所ばかり見るのではなく、いい所も見つけていこう。
これからは、心を開いて仲良くやっていこう。
そう決意した。
「いい顔になったにゃ」
「さっきまでの焦燥しきった顔が嘘みたいだぜ」
「君たちが原因だけどね」
「きゃー! 助けてーー!」
街の中でつん裂くような悲鳴が響き渡る。
言葉は必要なかった。
四人の騎士見習い達は同じ方向に走りだす。
現場に辿り着くと、街中で大暴れしている男を見つけた。
「オイ、テメェ! イカサマしただろ!」
「してません! お客様!」
「嘘つけぇ! だったらなんで俺の財布がスッカラカンになってんだ!」
「それはお客様が負けたからです!」
どうやら、賭け事に負けた客が怒って大暴れしているらしい。
それなりの腕前なのか、店の警備員らしき連中が倒れている。
相手は強敵だというのに、四人には恐怖はなかった。
今なら、どんな敵でも戦えるような気がする
オージンは敵の姿を見つめる。
酒を飲んでいたらしく顔は真っ赤に染まっている。
それに大負けしたからか、服は身につけておらず、下着一枚の変態だ。
「ごちゃごちゃ言いやがって、俺様を誰だと思ってやがる! 泣く子も黙る『騎士』の一人、ヴィート様だぞ! わかったら、大人しく金を寄越せぇ!」
「結局、騎士かよぉおおおお!」
ヴィート=レイン。
騎士見習いではなく、立派な騎士である。
今はただの変態に成り下がってしまっているが。
「おっ、後輩じゃん。 金貸して」
「後輩にたかるなよ!」
「10000でいいんだよ、10000だけ、倍にして返すからさ」
「にゃんだって!? それは本当かにゃ!」
「嘘に決まってるだろ、ってか、その手に持ってる金で俺らの借金返せ」
「んだよ、ごちゃごちゃうるせぇ後輩だなぁ……。 テメェら、まさか俺がただ博打打ってただけだとでも思っているのか?」
「博打で大損してみっともなく喚いてると思ってます」
「んなわけねーだろ。 俺だって本当はこんなことやりたくねぇーよ。でも、騎士の感がここが違法な賭博場だっていうから、仕方なく、極秘に単独で潜り込んでたんだよ」
「そうだったんですか……!」
「いや、嘘だからな、オージン。 騙されるな」
「チッ。 賢いガキは嫌だぜ」
「あんた、こんなことしてると、団長にドヤされるぞ」
ガスが言うが、ヴィートはまるで馬鹿でも見るように言い返す。
「バレなきゃいいんだよ。 それともチクるか? いいぜ、チクってもどうせ見習い君のことなんて聞く耳持たないだろーけどなぁ。 逆にチクリでもしたら、俺があることないこと喋ってお前らをクビに出来るんだぜ?」
「アンタ、クズだな!」
「最低だにゃ」
「……お前らだって、人のこと言えんだろ」
「まぁ、別に俺だって可愛い後輩ちゃんを追い出したいわけじゃねぇんだ。 黙っててくれたらそれなりの見返りは容易してやるからさぁ、ここは互いに大人しくしてようぜ、な」
「なんて、騎士だっ!物で釣ろうとするなんて……最高だなっ、おい!」
「ミャーは高いにゃーよ!」
「清々しく寝返ったよ」
「世の中強い者に巻かれるこれ常識」
「最低な常識だな」
周りを見て、ふと、疑問に思ったことを見てジェシカがおもむろに話す。
「でも、こんな大通りで暴れたら、流石に団長にばれるんじゃにゃいか?」
「オイオイ、我々の役職をお忘れかい。 後輩君」
「はっ! 騎士だにゃ!」
「そうだ、我々は天下の騎士様だ! この程度の騒ぎ、幾らでも誤魔化せれるのだよ」
「にゃんだって! さーすが、騎士様だにゃー! ミャーでも恐ろしくてやれないことを平然とやってのける!」
「頭でっかちな団長を騙くらかすのなんて慣れてるからな」
「あー メガネ団長ですか?」
「そうそう、小言が多い。 あのメガネ団長」
「ミャーも何度も叱られたにゃ」
「よけーなお世話だっての」
「メガネくいっ、ってしながら、また君かね。 だってよ、うぜーうぜー」
「誰がウザいって?」
「あーー? だからメガネ団長ーー?」
「「「だ、団長ぅーー!?」」」
噂のメガネ団長こと、オージン達が所属する騎士団のリーダーが立っていた。
「なんでここに……!?」
「昼ごろ、通報があってね、騎士の一人に強引に関係を迫られった。 って、本来僕が出ることじゃないんだけど、最近、騎士の印象が悪いから、わざわざ出て見れば、騎士に商品を脅し取られそうになっただの、騎士同士で喧嘩だの、騎士の一人をリンチにしてるだの、騎士が騎士のタマを蹴ってるだの、挙句の果てに暴力事件、お前らぁ……! どうなるかは分かっているだろうな……!」
怒りに身を焦がした団長の機嫌をとるために悪党三人は集まって相談した。
ガスがアイデアを出し、ヴィートがそれをまとめ上げ、ジェシカがそれを実行することに決めた。
決めるまでにかかった時間およそ10秒。
「団長……」
「何だ、ジェシカ=ネイビル」
ジェシカはスカートを下着が見えるギリギリの位置まで上げながら、
「や、やさしくしてほしいにゃんっ!」
「お前ら全員クビだーーーーーー!」