第二話 『騎士の日常』
『騎士』の仕事は貴族の護衛、魔物の駆除、国の治安維持などである。
しかし、まだ未熟な『騎士見習い』たちでは貴族の護衛や魔物の駆除の任務は務まらないため、国の治安維持が主な仕事となる。
国の治安維持といっても大したことはしない。
喧嘩を仲裁したり、違法販売を取り締めたり、泥棒を捕まえたり、するぐらいで、『見習い騎士』どころか、腕の立つものならできることにすぎない。
その程度の任務を行うのにもちゃんとした理由がある。
騎士制度の低下と同時に、大幅な増税が行われた。
それだけでも、国民の反感を買ったというのに、収めた税金がろくな働きもしない騎士に使われるとなったら、国民が怒りを露わにするのも無理はない。
まだ使える人材は少ないのは確かな事実のため、完全に否定もできず、世間の風当たりは冷たかった。
中には、増税反対の暴動を起こす連中も出てくる始末。
そんな状況を打破するために、国の治安維持と表して、「騎士見習いもちゃんと働いてますよアピール」を国民にしているというわけである。
まぁ、当人達の問題とはいえ、当て馬の如く、働かされている『見習い騎士』はたまったもんじゃなかった。
「暇だなぁ……」
「騎士が暇なことはいいことだよ」
『騎士見習い』の一人、レオ=シェパードは退屈を訴え、同じく『騎士見習い』のオージン=ガルシアはそれを答える。
「そりゃあ問題が起きないに越したことはないけどさぁ、目的もなしに街を練り歩くなんてさぁ」
「しょうがないよ、それが仕事なんだから」
「剣は重いし、鎧は蒸れるし、臭いし、喉乾いても何も飲めないし、散々だなぁ……」
「水を飲むぐらいいいと思うんだけど、何で駄目なんだろう?」
「そりゃ、相応しくないんだろ。 騎士は何も食べなし飲まないし寝ないし休まずに国民のために働き続けるっていうのが国民のイメージなんだから」
「そんな……人形じゃあるまいし」
「流石に今のは極論だけどよ、税金をしこたま払ってるのに、俺らがダラダラ休んでるのが気に食わねぇんだろうな」
国全体が、増税に伴いピリピリしている中、その怒りの矛先は『騎士』に向かった。
飲酒をすれば、税金の無駄遣いと責められ、
昼寝をすれば、仕事を放棄扱いをされ、
女性と話しただけで不純な異性行為だと揶揄されることもあった。
八つ当たりではあるものの、これ以上国民を刺激するわけにもいかないので、国の治安維持中は隙を見せずに働くことが決められた。
「ん? あれは……」
街をしばらく歩いていると、綺麗な少女が一人の男に誘われているのが見えた。
よく見れば、嫌がっている少女に男が無理やり誘っているようだ。
ナンパ。 それも、悪質なナンパだった。
困っている少女を助けるのは騎士の役割である。
だからといって、すぐさまナンパ男を暴力で追っ払うわけにもいかない。
ナンパ男とはいえ国民の一員である。
騎士見習いの風当たりが冷たい今、ただ、女性を食事に誘っただけなのに、暴力を振るわれた。 という誇張された事実を流されかねない。
あくまでも穏便に解決せねばならない。
オージンは胃の痛みを感じながら、ナンパ男をもう一度よく見る。
欲望を丸出しにしたような顔を除けば、髪型は清潔に整っており、顔もそこそこ、格好は重そうな剣に、見るからに蒸してそうな鎧を装備しているどこか見覚えがある男はーー
「騎士じゃねぇーか!」
「いでっ!? 誰だ、いきなり、殴りやがって!」
「うるせぇ! 何やってやがる、ガス!」
ナンパ男は同僚、つまり、『騎士見習い』であった。
冷え切った世間の目を気にしない。 否、一切感じない馬鹿であり、生粋の女ったらしのガス=アイザックであった。
「あ? 何だ、オージンとレオじゃねーか。 見ればわかるだろう? 可愛い女の子を口説いてたんだ」
ガスは悪びれることもなく、へらへらと笑いながら答えた。
「この前、お前が問題を起こして、罰を食らったのをもう忘れたのか!」
「アレだけはオレ悪くねーよ! ちょっと二股、三股したのがバレて、裁判沙汰になっただけだ!」
「自業自得じゃねぇーか!」
「ごめんね、同僚が、もう帰っていいから、本当にごめんね。 あと、できればこのことは内密にしてください……!」
ガスの女ったらしっぷりは今に始まったことではない。
彼の脳内では、女をどうたぶらかすか。 ということしか考えていない。
騎士見習いの問題児の一人である。
女好きだけならまだいいが、むかつくことにも、まぁまぁモテる。
顔もルックスも平均より上、金もあり、女の前だけでは性格もよくしている。
おまけに騎士という役職が拍車をかけている。
そのお陰で複数の女を誑かし、たびたび問題となっている。
一番最悪なのは、本人が反省するどころか、武勇伝として自慢しているところである。
「何度言ったら分かるんだ! 世間の目が厳しい今はできるだけ問題を起こさないようにって団長が言ってただろ!」
「うっせーな。 何が問題なんだよ。 親父も言ってたぜ英雄色を好むってな」
「糞……! 何でコイツがクビにならねぇんだ……!」
「そりゃ、親父が貴族ですから」
「ドヤ顔で言えることか!」
「まぁまぁ、落ち着いて、暴力はよくないよ。 だから気持ちは分かるけど、とりあえず剣をしまおう」
これ以上騒ぎが大きくなる前に、あの場から離れたものの、反省の色を見せないガスとそれに腹を立てたレオが言い争いを繰り広げてしまった。
「だいたい、何で国民にペコペコしなきゃいけねーんだ?」
「そんなの当たり前だろ、俺たちは国民の血税で食っていけるんだからよ」
「国民が安心して暮らせるのはオレ等、騎士のお陰だぜ? 文句言われる筋合いはねーよ」
「そんな言い訳を国民が認めるわけがないだろ、俺たちに失望して税金を払わなくなったらどうするんだよ?」
「そうしたら、力で無理やりいうこと聞かせれないいだろ」
「そ、それはダメだよ、そうやって国民を蔑ろにしてクーデターが起こった国だってあるし……」
「バーカ! 国民が襲って来たって怖くねーよ。 騎士対凡人だぞ? 戦力差を考えろよ」
「そうじゃなくて、クーデターを起きたら、資源の補給が一切なくなるんだよ? 持久戦に持ち込まれたら負けるかもしれないし、隣国に襲われる可能性だってあるんだから」
「そうなのか……。 じゃあ、今度からバレないようにやろう!」
「もういい……! 貴様はここで殺す!」
「いいぜ、ヤレるもんなら、ヤってみろよ……」
「二人共、落ち着いて! こんなところで騎士同士が喧嘩を起こしたなんて、シャレじゃ済まないよ!」
元々、この二人は仲が悪い。
貴族出身であるガスは平民出身のレオを馬鹿にしており、度々喧嘩を売る。
喧嘩っぱやいレオはそれを買い、何度も殴り合った仲である。
その喧嘩を毎度止める役目はオージンであった。
今回もなんとか、二人を宥めていると、商店街から騒ぎ声が聞こえた。
流石に二人共喧嘩を止めて、騒ぎの元に向かう。
「オイオイ、ミャーを誰だと思ってるんだにゃ、大人しくその魚を寄越さにゃいと、タダじゃ済まにゃいぞ」
「か、勘弁してくれ! 私たちにだって生活があるんだ!」
現場に辿りつくと、柄の悪い『獣人』が店主にイチャモンをつけているようだ。
すぐさま止めたいところだが、これまたそういうわけにもいかない。
獣人とは、人間と獣のハーフであり、高い身体能力を誇る種族である。
そんな獣人達には差別の対象であった悲しい過去がある。
今ではそのようなことも少ないが、過去は変えられない。
差別に敏感な獣人が、獣人だから差別して犯罪者に仕立て上げられた。と仕立て上げられれば大問題である。
オージンは頭に痛みを感じながら、獣人をよく見る。
商人に絡む口の悪い獣人は小柄な女性だった。
目が大きく可愛らしい少女だが、その格好が台無しである。
重そうな剣、蒸しそうな鎧、どこか見覚えがある女はーー
「騎士じゃねーか!」
「うっにゃ!? 誰だにゃー! 痛いじゃにゃいか! 」
「今度は、ジェシカさんですか……」
またしても、問題を起こしていたのは同じ『騎士見習い』である、ジェシカ=ネイビルであった。
見習い世代では唯一の女性であり、問題児の一人。
自由奔放な性格はまさに、猫のように気まぐれな性格で彼女を止められるものは誰もいない。
「にゃんだ、オージンじゃにゃいか、何のようだにゃ」
「お前がたかってるのを止めに来たんだよ!」
「たかりじゃにゃいにゃ、ちょっとしたお願いだにゃ、剣を見せつけながら承諾を迫っただけにゃ」
「脅してんじゃねぇーか」
「世の中、力が正義だにゃ、弱者は強者にただ従っていればいいんだにゃ!」
「なんで、お前がクビにならねぇんだ……!」
「それは、ミャーが同期の中でトップの実力者だからにゃ」
「こんな、世の中理不尽だっ!」
「うちの同僚が迷惑かけてすみません、すみません! 金は多めに出すんで、何卒、何卒、穏便にお願いします!」