【第26話】異世界には練習がない!?
「「お……おはよう……」」
「お前大丈夫か……? 目の下のクマが凄いぞ……」
「そ、そういうお主こそ今にも死にそうな顔をしておるではないか……」
結局、あの後も全く寝れず、気がついたら朝になっていた。
何故か知らんが、ヨートーも寝不足らしく、今度からは大人しく鞘で寝る事にしたらしい。
「とりあえず朝食でも食いに行くか……」
よく考えたら昨日は検問に時間を取られた結果、夕食を摂っていなかった。
(酒場はまだ開いてないしな…… たまには自分で作ってみるか……)
そんな事を思っていると、不意に自室のドアが開いた。
「ソウマさん。なんかエミリーさんが呼んでま……し……た…………?」
ドアを開けたのはメルだった。
メルは俺を……正確には俺とヨートーを見て固まっていた。
「そ、そうですよね……ソウマさんも……男の人ですもんね……」
前にも同じような事があったような気がする。
「ま、まて……メル……誤解だ……」
「い、いえ! 私は何も見てませんから! し、失礼しました!」
メルが顔を赤くしながら走り去る。
「ま、待ってくれ……違うんだ……」
追いかけて誤解を解こうとするも、睡眠不足のせいで体が思うように動かなかった。
メルには逃げられ、ヨートーは二度寝していた。
散々な朝だった。
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「はぁ……またヒドイ目に遭った……」
結局、誤解は解けず、俺は酒場に来ていた。
朝食を適当に済ませ、もう一眠りしようと自室に戻ろうとした時……
「ちょっと? どこに行くのかしら〜♪」
――殺気を孕んだ声が背後から聞こえる。
恐る恐る後ろを向くと、そこには"鬼神"エミリーがいた。
蛇に睨まれたカエルの気持ちがよく分かる。
「エ、エミリーさん……その、顔が怖いですよ……」
「あらぁ……呼び出したのに優雅に朝食を摂っていたのはどこの誰かしらねぇ……」
そういえばメルがそんな事を言っていた気がする。
眠かった上に、変な誤解をされたせいで、完全に忘れていた。
「まあいいわ。それで? ヨートーちゃんはどこにいるの?」
「え? ヨートーなら寝てますが……」
俺がそう言うと、エミリーの鬼神顔がさらに険しくなる。
「叩き起してきなさい! あと、ソウマも動きやすい服に着替えてくること!」
「ひっ……了解しました!」
軍隊顔負けの返事をすると、二度寝したヨートーを叩き起こしに行く。
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「むう……眠い……」
俺とヨートーは、鬼神仕様のエミリーに連れられ、ギルドの裏にある空き地に来ていた。
ちなみにヨートーはエミリーの指示で剣の姿になっている。
「さて、ソウマは剣は使ったことはあるかしら?」
「うーん……無いですね……」
何故か鬼神仕様のエミリー相手だと自然に敬語になってしまう。
「そう……じゃあ基本から……と行きたいけど面倒臭いわね……」
そう言いながらエミリーが訓練用の木刀のようなものを構える。
――次の瞬間、すぐ目の前にエミリーの顔があった。
「っ!?」
エミリーの一撃を鞘で防御し、一旦距離を置く。
ジンジンと手が痺れる程、強力な一撃だった。
「エミリー!? 急に何するんだ!?」
「ほら、スラッグに言われたじゃない? "戦闘慣れしてくれ"って。だから早速訓練よ。ヨートーちゃんを抜いてかかってきなさい」
「ええ!? そういうのって基本の素振りとかからやるんじゃないのか!? いきなり実戦は無いだ……っ!」
言い終わらぬうちにエミリーが突きを繰り出してくる。
それを紙一重で回避し、ヨートーを鞘から抜く。
「クソッ! やるしかないか!」
距離をジリジリ詰めてくるエミリーを見据えながらヨートーを構え、反撃を……
「ば、馬鹿! 何故片手で使おうとするのじゃ! 普通刀といえば両手じゃろう!」
「うお!? 急に叫ぶなよ……ビビるだろ……」
そんな事を言いながら、ヨートーを両手でしっかりと握り、反撃を……
「あ、阿呆か! なんじゃその構えは! それじゃ力が入らんぞ!」
「うるせー! しょうがないだろ! こちとら刀なんて使ったこと無いんだよ! 包丁の使い方しか知らんわ!」
「あら? 戦闘中にお喋りなんて余裕ね〜♪」
少し目を離した隙にエミリーがすぐそばまで来ていた。
――木刀が左脇腹にめり込み、骨が軋む。
「っ!」
そのまま思い切り吹き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられる。
「くっ! もう見ちゃおれん! ソウマ! ちょっと"矯正"するぞ!」
そう言うと、柄の部分に巻いた紐が伸び始め、袖から進入する。
本来なら少しむず痒いかも知れないが、脇腹の痛みでそれどころでは無かった。
間もなく、全身に紐が張り巡らされる。
「ヨートー……? これは……?」
「これでお主の体の動きを矯正するのじゃ! 本来体運びはじっくりと練習する物なのじゃが……荒療治みたいな物じゃ! とにかくこのまま戦え!」
ヨートーにそう言われ、こちらに悠然と歩いてくるエミリーを迎撃すべく、立ち上がり、体制を整える。
「さて? 作戦会議は終わったかしら?」
そう言うと、エミリーが攻撃態勢に入る。
木刀が眼前に迫るが、後方に少し跳び、それを回避する。
木刀は空を切り、エミリーの右脇腹が空く。
そこに突きを繰り出してみたが、寸での所で回避された。
(これは……何となく動き方が分かるぞ! ヨートーもたまには役に立つんだな……)
そんな事を考えていた俺にエミリーの蹴りが炸裂する。
うかつだった。
木刀ばかりを気にしていて、他の攻撃が頭に無かった。
「私が戦争に参加していた頃にね、真っ先に死んでいったのは誰だと思う?」
蹴りでよろめいた俺に木刀での追撃が決まる。
「それはね、"余計な事を考えている奴よ"」
体制を立て直す暇もなく、連撃を体中に受ける。
「いい? 戦闘中は目の前の敵を倒す事だけを考えなさい。じゃないと真っ先に死ぬ事になるわよ」
極めつけに、大きく振りかぶった強打をモロに受け、思い切り吹っ飛ぶ。
「ソウマ、これが戦いなのよ」
俺の顔を覗き込む鬼神を見据えながら、俺は意識を手放した。




