【第24話】異世界には雰囲気がない!?
「はぁ……全然進まないな……」
無事に住民登録が完了した俺は、エミリーと一緒に帰途についていたのだが……
先が見えないほどの長蛇の列、どうやら何らかの事件が起きたようで、検問を設けているらしい。
「うーん……このまま列に並んでると日が暮れそうねぇ……」
日が暮れるどころか、一日くらい待たされそうな列の長さだ。
「どうする? ちょっと中央区を散歩して時間でも潰すか?」
「……デート?」
「やっぱ待つか……」
エミリーの気持ち悪い一言で列に並ぶ決心がついた。
「じょ、冗談よぉ! 行きましょ!」
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「凄いな……」
エミリーに連れられ、商業地区に足を踏み入れる。
通りの脇には露天商が並んでおり、商店の周りには人がごった返している。
「相変わらず賑わってるわねぇ。ここに来れば買えないものは無いって言われているくらい沢山の物が売ってるのよ〜」
確かにここなら何でも売ってそうだ。
「ほら、見えてきたわよ」
そう言ってエミリーは看板を指さす。
"ベスティア王国一の鍛冶屋スラッグの経営する安心安全高品質の武器と防具を提供する武具店"
……なげぇよ!
「スラッグさんの店って中央区だったのか……」
「まぁ王都程では無いけれど賑わってるからかしらねぇ?」
そんな事を話しながらスラッグさんの店に近づいていく。
王国一の鍛冶屋なので相当賑わっていると思ったが、周りには誰もいなかった。
その理由は店に貼ってある貼り紙にあった。
――当店は完全紹介制です。
「エミリー……これ俺達入れるのか?」
「大丈夫よ」
そう言ってエミリーがドアをノックする。
少し間を置いて出てきたのはメガネをかけ、白髪をキッチリと整えた執事風のおじいさんだった。
「お待ちしておりましたエミリー様。どうぞ中へ。スラッグ様がお待ちです」
そう言って中へ案内される。
室内はガラスのケースの中には様々な武器が飾ってあり、武器屋というより博物館のような雰囲気だった。
そうして、奥の作業場まで連れて行かれるとスラッグさんが居た。
「よお! エミリー! 久しぶりだなぁ! 元気だったか?」
「ふふふ……私は元気よぉ……いい男と一緒の仕事できて色んな意味で元気になるわぁ〜♪」
エミリーがこちらを向いてウインクする。
気持ち悪いこと山の如しだ。
「ははは! エミリーは相変わらずだな! ソウマはどうだ? ちょっとは上達したか?」
「ど、どうでしょうかね……あまり自分ではよくわからないので……」
正直に言うと、全くもって上達している気がしない。
あれから何本もロングソードや、短剣、レイピア、果ては斧まで作ったのだが、上達したという感じはしない。
「ふむ……そうか。じゃあソウマが一番出来が良いと思った剣を見せてもらえるか?」
一番出来の良い剣……やはりヨートーだろうか?
喋ったり人化するという点を除けば、かなりの切れ味を誇る物に仕上がったと思っている。
やはりスラッグさんに見せるならヨートーだと思うが……
「ええと……見せたいのは山々何ですけど……今手元に無くてですね……」
今回は住民登録しに来ただけなので、当然武器は持ってきていない。
それに、人化した状態でも着物姿だと間違いなく目立つからギルドに置いてきた。
「あら? ソウマってヨートーちゃんと契約してなかったかしら?」
「契約? 確かにしてるけど……」
「契約した武器はいつでもどこでも呼び出せるのよ。ヨートーちゃんの事をイメージしながら魔力を手に集中してみなさい」
エミリーにそう言われ、思い出す。
確かに契約の本にもそんな事が載っていた気がする。
しかしその時は5時間に渡る詠唱で疲れていた為、細かい所は読み飛ばしていたのだ。
「なるほど……ちょっと試してみるか……」
エミリーに言われた通りヨートーの事をイメージしながら手に魔力を集中する。
すると、手の周りから無数の光球が出現し、集まり、形になっていく。
――そして、手の上にヨートーが出現した。
人化したヨートーが……
「ぎゃあああああああ!?」
出現したヨートーに手が押し潰される。
「きゃあ! お、お主!どこを触っておるのじゃ!」
俺の手は丁度ヨートーの尻の下敷きになっていた。
「おまっ! 何で人化してんだよ! て言うかそこどいてくれ! 手がああああああ!?」
ヨートーがようやく俺の手の上からどいた。
傍から見ればラッキースケベとも言われるかもしれないが、あいにく激痛で感触なんて感じなかった。
「こ、これがソウマの作った剣……?」
スラッグさんが明らかに混乱している。
「あ、いや……ちょっと深い事情がありまして……ヨートー! ちょっと刀の姿になってくれるか?」
「何じゃ……呼び出したりセクハラしたりと人使いが荒いのう……」
ヨートーが緑の煙に包まれる。
煙が晴れるとキッチリと鞘に納まった刀の姿になっていた。
「ソウマ……かれこれ20年間くらい鍛冶屋やってきたけど人化する剣は初めて見たぞ……」
そう言ってスラッグさんがヨートーを手に取る。
すぐに鞘から刀身を抜くと思ったが、鞘の装飾をまじまじと見つめている。
「ふむ……? この鞘の装飾……見たことない鉱石だな。どこで手に入れたんだ?」
スラッグさんが緑色の宝石を指で触りながら言った。
「ええっと……実はゴーレムの頭部からえぐり出したんです……」
「えっ」
スラッグさんが素っ頓狂な声を出す。
「確か……ゴーレムの頭部の鉱石って結合する力が強過ぎるって話で……研究者の連中も未だにサンプルも手に入って無いらしいんだが……どうやって取ったんだ?」
「ええと……落とし穴にはめて加工魔法でえぐり出しました……」
「ソウマ……お前……外道だな……」
スラッグさんが呆れたような顔をする。
「さ、さてと……いつまでも鞘を眺めてる場合じゃないな。大事なのは刀身だ」
そう言ってスラッグさんはさやからヨートーを抜く。
部屋の照明が反射し、刀身が輝く。
「これは……? 両刃じゃなくて片刃……この反り、この形……まさか"ヌホントウ"!?」
ヨートーを持ったままスラッグさんが息を呑む。
「ソウマ……お前あの圧倒的に少ない資料だけでよくここまで完成させたな。俺も何回かヌホントウを作ろうとした事はあったが……全部模造品止まりだった……でもこれはまるで……現物を見た事があるかのような出来だ……」
スラッグさんが作れなかった物を俺が作った?
確かに現物……というかよく時代劇に出てくる日本刀をイメージしながら作ったが……
「で、でも……俺はただ本の手順に従っただけで……現物も見た事ありませんし……」
「そ、そうか……まあこの時代にヌホントウが現存してる訳もないよな……」
そう言って刀身を鞘に納める。
それと同時に緑色の煙が発生し、ヨートーが再び人化する。
「ふう……あんまりまじまじと見つめられると疲れるのう……」
「す、すまん……で? ちなみに何でコイツは人化できるんだ?」
「ええっと……話せば長くなるんですが……」
そう言ってスラッグさんにルナさんと潜入したダンジョンの話をする。
そこで手に入れた紐を使ったらこうなったという事も言った。
「ふむ……そりゃあ多分魔力を長年蓄えていたからか……でもな……鉱石が魔力を蓄えることはよくあるんだが紐だしな……」
「ですよね……ルナさんも色々調べてくれたんですけど結局分からなくて……」
「ねぇ……いい加減本題に入ったら? あなた達もうかれこれ2時間は喋りっ放しよぉ……」
俺とスラッグさんの鍛冶談義を横から聞いていたエミリーが口を挟む。
というか途中からエミリーの存在を忘れていた。
「おおう……そうだったな、すっかり忘れた」
「本題?」
「ああ。少し聞きたい事があってな。ソウマは戦闘の経験はあるか?」
戦闘……ケイブスパイダーに鉱石をぶん投げた事と、ゴーレムを落とし穴にはめたのは……戦闘じゃないな……
「いえ……ありません……自分用の武器を作ったのも最近で……魔法も苦手なので……」
「そうか……実はな、ちょっと問題が発生しそうでな……そこでソウマに力を貸して欲しくてな……」
スラッグさんの言っていることはよく分からなかった。
しかし、その雰囲気は真剣そのもので、前に見た作業中のスラッグさんと重なった。
「俺が戦闘を……ですか?」
「ああ……だけど詳しい事は言えないんだ……虫の良い話になるんだが何も聞かずに力を貸してくれないか? 頼む!」
スラッグさんが頭を下げる。
「そ、そんな……頭を上げてください! とにかく戦闘慣れしておけという事ですよね?」
「あ、ああ。すまんな、突然こんな事を……」
「いえ、スラッグさんには鍛冶を教えて貰った恩もありますし……今は何も聞きませんよ」
「本当にありがとう……恩に着る……」
鍛冶の師匠でもあり、恩人のスラッグさんの頼みなら聞かない訳にはいかない。
鍛冶を教えてもらわなかったら今頃無職で路頭に迷っていたかもしれない。
「さて、用件も済んだことだし、帰りましょ」
エミリーがそんな事を言ったが、その声はいつものような間延びした声では無かった。
「じゃあ……お邪魔しました」
「おう。また来いよ」
スラッグさんに挨拶し、店を出る。
(しかし……一体何で俺の力を借りるなんて言ったんだろうか……)
そんな事を考えていると、エミリーがこちらを向き。真剣な顔で言う。
「ソウマ……ありがとうね。何も聞かないでくれて……」
「いいんだよ……どうせいつか分かることなんだろ? それに戦闘もいつかはしたいと思ってたし……丁度良かったよ……」
「……そう」
普段だったら「さすが私の男」とか言うはずなのだが、言わないという事は何か深刻な問題でもあるのだろう。
気まずい空気が流れる。
(こういう時に何か気の利いた一言でも言えればな……)
そんな事を思いながら歩いていると、後ろの方から声が聞こえた。
「ァァ……」
距離が遠いのか、よく聞こえない。
振り向いて確認しようとして見ると……
「ソウマァァァァァァァ!」
「ぐはぁ!?」
全速力で走ってきたヨートーにドロップキックを決められた。
「お主! ワシを呼び出し、セクハラし、挙句の果てに置いていくとはどういう了見じゃぁ!」
シリアスな雰囲気に流されて、完全にヨートーの事を忘れていた。
「わ、悪い……つい……」
「つい!? ついとは何じゃ! よく分からんオッサンの所に置いていかれる気持ちが分かるか!?」
「ふふ……モテモテねぇ……"流石は私の男"だわ……」
エミリーが怪しい笑みを浮かべながらいつものセリフを吐く。
その笑みにつられたのか、俺も少し口角が上がっていた。
「2人とも何故笑っておるのじゃぁ!?」
やっぱり俺達にはシリアスな雰囲気は無理みたいだ。




