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魔王の花嫁

作者: 山木あすか

 昔、

 遠い時の彼方、

 神様が創った大地がありました。 

 魔王が種を蒔いた世界がありました。

 神様の汗が海を、

 魔王の想いが育てた森がありました。

 時が過ぎ、神様は風になり、世界を包む大気となりました。

 魔王は独りその声を聴きながら、雨に霞むように静かにこの地を治めました。

 ある日、魔王は海の波間に小さな光の粒を見つけました。

 いまにも消えそうな淡い光は神様が愛したこの海と同じ青い色をしていました。

 魔王は目を細め、その光の粒を拾い上げました。

 瞬間、その表情が曇ります。

 手のひらを転がる光の粒が神様の愛したそれとは違う青だったからです。

 それは悲しみの青でした。

 深い海底の青でした。

 遠い大地のひとりの姫が流した涙でした。

 魔王はその地に行ってみようと思いました。

 悲しみの粒が漂った軌跡を辿ったその先に、黒い大地がありました。

 大地には<都>がありました。

 高い、切り立った崖のような石の壁に囲まれたその奥に、塞ぎ込んだように<都>はありました。

 そこに暮らす人々は、天を突き刺す槍のような建物に住み、虫のごとく野山をかじり、飢えた炎が快楽を貪るように海を啜っていました。

 日の光は暗い雲が阻み、夜のような昼間の中でギラギラした欲望が刃物のように光っていました。

 魔王にはそれがこの大地と海を創った神様を喰らっているように見えました。

 喰らい尽くしてなお、汚し続ける非道すら感じました。

 神様は全てを創りだし、分け隔てなく受け入れる心を持っていました。

 魔王にはそれを育て、善く導き治める力がありました。

 そしてもう一つ、神様が恐れる力がありました。

 しかし、その力をまだ使ったことはありませんでした。

 神様の悲しむ姿を見たくなかったからです。

 それは全てを破壊し無に変える絶対的な力でした。

 魔王はこの時初めてその力を使おうと思いました。

 この大地を、<都>を滅ぼすことにしたのです。

 魔王は大地と<都>に向け手を伸ばしました。

 その手は全てのものに宿る魂を刈り取ることができました。

 魂を刈り取られたものは石となり、やがて砂となって消えていくのでした。

 魔王の手が魂を掴もうとした時、ひとりの娘がその前に立ちはだかりました。

 それはこの<都>の姫でした。

 あの光の粒の主でした。

 姫は魔王に訴えました。

「私の命をあなたに捧げます。ですからお願いです、この<都>を滅ぼすことはやめてください。

どうか、代わりに私の命を」

 必死に訴える優しい心に打たれた魔王は、

「その願い、受け入れよう」

 そう言って、魔王はその手を姫の身体に突き入れました。

 手は、姫の衣服も皮膚も傷つけずに奥に進み、さらにその奥へと進みました。

 次に、魔王がその手を引き抜いたとき、握られた手中には青い明るい光の粒がありました。

 姫の魂でした。

 その色は、あの波間に漂っていた光の粒とは違っていました。

 それは鮮やかな空の色をしていました。

 その色に、魔王は神様を想いました。

 そしてそれを無数の光に変えて、この大地と<都>に蒔きました。

 光は大地と<都>を雨のように包み、染み渡り、乾いた魂を癒していきました。

 しかし、魂を失った姫は石となってしまいました。

 大地と<都>は魔王に滅ぼされなかったのではなく、姫の魂を得ることで救われたのです。

 魔王は一枚の石板を作りだし、石になった姫をその中に納めると、<都>の一望できる丘の上に運びました。

 そしてその傍らで、この<都>の行く末を共に見つめていくことにしました。

 その後、姫を魔王から取り戻そうとして勇者と呼ばれる戦士や術士が、

時には大軍を率いた王族、皇帝が立ち向かっていきました。

 けれども、それを成し遂げられた者はいませんでした。

 はじめは、この大地と<都>を救った姫を助けたいという純粋な心から魔王に挑んでいきました。

 しかし長い年月は、鉄が赤く錆びていくように、次第に身勝手な欲望の色に染まっていくのでした。

 すでに姫の魂の光を感じることはできなくなっていました。

 夜の静けさのような魔王の瞳は、倒れ、崩れてゆく、それらの最後を無言で見つめていました。

 人にとっては悠久の、魔王には砂粒一つにも満たない時が流れていきました。

 二つの異なる時の流れは、それでも寄り添うようにさらさらと過ぎていきました。

 いつしか人は、魔王も姫のことも忘れ去ってしまいました。

 

 ある日、姫が目を覚ましました。

「どうして」

 あの日、私は死んだのではなかったか。なぜ、生きているんだろう。

 姫は不思議に思いました。

 ふと、姫は遠くの景色に目を移しました。

 息を飲みました。

 信じられない光景が姫の目の前に広がっていました。

 岩の山がありました。

 無造作に岩が積み上げられたような山でした。

 姫には墓標のように思えました。

 それが視界いっぱい、見渡す限りに広がっていました。

 幾重にも幾重にも、

 そして、

 幾つも幾つも。

 けれど、姫にはそれが岩山などではないことがわかりました。

 かつてそこで生活していた人々の生活が見えました。

 そこで生き、喜び、笑い、怒り、泣いた人々の姿が時代を時間を超え、姫の前を通り過ぎていきました。

 <都>はありませんでした。

 その前には、破壊され尽くし、亡者の叫び声のような土色の風に削られてゆくかつての<都>の成れの果てがありました。

「なぜ」

 姫はその場に泣き崩れました。

 その姫の傍らに立つ者がありました。

 魔王でした。

 姫は叫びました。

「なぜです

 なぜ、この大地を、<都>を、民を、

 私の故郷をこんな姿に、滅ぼしてしまったのですか。

 私と約束したではありませんか」

 魔王は言いました。

「私が滅ぼしたのではない」

 地底に眠る水のように静かな声は、姫の耳には命を刈る大鎌の風を切る音に聞えました。

「<都>が選択したのだ」

「<都>が」

「そうだ」

 魔王は諭すように語り始めた。

「姫、

 あなたが石に変わり、そのあなたを石板に納めたあの日、人々はあなたの優しさに打たれ改心した。

 あの<都>があなたのように優しく生まれ変わった

 しかし、あれから長い歳月が過ぎた。

 人々はあの頃の優しさを忘れた。

 二度と思い出しことはなかった。

 そればかりか、再び、悪しき心を持ち始めた。

 それに<都>が絶望したのだ」

「<都>が絶望……」

「そうだ」

 魔王は風の吹き去る彼方を見つめていました。

 その目はとても辛そうでした。

「では、

 私はどうして生きているのでしょう」

「生きろと」

 魔王が言いました。

「誰が」

 姫が魔王を見上げます。

「<都>が」

 魔王が姫に手を差しのべました。

「なぜ」

「<都>があなたに託したのだ。あなたのような優しい都を創ってほしいと」

「優しい都」

 魔王を見つめ、姫がつぶやきました。

 そして、手を取りました。思いを胸に。

 優しい都を創ると。

 二人は旅立ちました。


 そして人々は、今日も空を見上げるのです。

 青い空の、

 その更に向こうの彼方、

 魔王と姫の旅立った空の向こうにある、

 二人の創った優しい<都>とその世界を思い浮かべながら。


 (終わり)

 

       

 


 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

 

登録して結構たちますが、ようやく初投稿します。恥ずかしいくらい短いお話ですが、読んでいただけたら光栄です。



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