第七話 魔王は結構嫌われ者
魔王子は勇者の暗殺方法を考えていた。
自分と同じく転生したはずの勇者は、どう考えても自分より強い。
勇者を殺そうと不意打ちを仕掛けたのに、返り討ちにされた。しかも交渉したとはいえ、命を見逃してもらった形である。
その事実によって生まれた勇者に対する嫉妬や憎悪は、時が経つにつれ確実に増していった。
そして次第に、ただ殺すだけじゃ足りない。勇者に絶望を与えたいと思うようになった。
そして思いついたのが、勇者のお気に入りである長内 悠馬を恋に落とし、自分の特別な僕にしようということである。
そうして、悠馬との幸せな光景を勇者に見せつければ、絶望し、弱体化を臨めるだろうと思ったのだ。
そして、悠馬に近づくため、適当な理由をつけて学校に潜入したのだが……。
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「魔王子ちゃん!! それじゃあ学校案内に行こうか!! 」
魔王子は、昼休みになっても悠馬と話すことができないでいた。
ーーあぁ!! イライラする!! なんで我がゆーまに話しかけようとするたび、邪魔が入るんじゃ!! まったく!!ーー
内心ではそう思いつつも、朝に了承した手前、断ることができない魔王子は、案内役の白義 櫻子に、しぶしぶついていくことにした。
職員室や保健室、図書室などを見て回ったあと、体育館についた。昼休みということもあって、体育館には誰もいなかった。
ーー誰もいないし、ちょうどいいのぉ。この女も僕にしておこう。役にたちそうにないがのぉ……フククッ……ーー
「ねぇ、魔王子ちゃん」
「えっ…!? な、なに!? 」
櫻子に急に話しかけられ、魔王子は少し驚かされた。
「学校のこと、よく分かったかな? 分かりずらかった事とか無い? 」
それが、何の変哲も無い問いかけと分かると、魔王子はホッとし、そんなものに驚かされた自分にさらに苛立ちを募らせた。
「ううん。大丈夫。よく分かったよ。案内ありがとうね」
「あ、そう? 良かった。あ、あともう一個聞いていいかな?」
「うん、なに?」
この時、魔王子は質問に答える気などさらさら無かった。櫻子が質問した後、答えるふりをして、喉元に蹴りを突き立てようと考えていた。
「あのさ」
「うん」
「なに朝から悠馬くんのことチラチラ見てるんですかぁ? 」
「ぇ……?」
櫻子の声色と表情が冷たく変わった。そして、同時に生まれた魔王子の隙をつき、顔面にハイキックを叩き込んだ。
「ガッ!?」
不意打ちを食らった魔王子は、床に倒れこみそうになったが、何とか受け身を取り、即座に体勢を立て直した。
「貴様ぁ!! 勇者の仲間か!! 不意打ちとはらしくないのぉ!!」
「はぁ? 勇者? 何ですかぁそれ? 私はあなたが気に入らないからぁ……ここで殴り倒そうと思っただけですよぉ? 」
魔王子は自らの目論見が外れたことと、目の前の櫻子の変貌に戸惑いを隠しきれないでいた。
「なんじゃあ? 身に覚えがないのぉ? さっき悠馬がどうとか言っておったが……」
「軽々しく悠馬くんの名前を呼ばないでくださいよぉ」
「……ぁ?」
「朝から悠馬くんをチラチラ見てぇ……心ッッッ底、うざッッッたい……」
純度の高い憎悪と憤怒が、櫻子の両目に宿っていた。
魔王子にとっては意味がわからなかった。魔王子は目の前の意味不明な怒りに、かえって冷静さを取り戻していた。
「なんじゃぁ……? お前まさか……ゆーまが好きなのか?」
「大大大ッッ大ッッッ好きですよぉ? あなたの思ってる三百倍ぐらいッ……悠馬くんが大ッッッ好きです」
「……あぁ? なんじゃそれ? 我を襲った理由が、ゆーまが好きだから? 嫉妬ってことかぁ?」
「嫉妬なんかじゃないですよぉ。悠馬くんに色目を使うような人が嫌いなだけですぅ」
魔王子はなんとなく理解ができたような気がした。魔王子に限らず、人は正体不明に怯えるものだ。しかし、一旦それを理解できたなら、魔王子にとって恐るるに足りない。
「はぁ……。今日は本当になんて日じゃ。ゆーまと一言も話せぬし、我の転生した理由も分からんし……貴様のような恋敵も現れるしのぉ?」
魔王子は櫻子を挑発した。感情を高ぶらせた方が洗脳をしやすくなるからだ。
「こ……い……が……たき? 今……なんて言ったんですかぁ……? 恋敵? あなたが? ハハ……ハハハハハ……ハハハハハハハハハハ……まったく……笑えませんよぉ!!!」
案の定挑発に乗った櫻子は、魔王子に突っ走っていった。いつの間にか、手にはカッターナイフが握られている。
「おらあぁ!!」
櫻子は魔王子に向かってカッターを突き出すが、直線的な攻撃を避ける事は難しくなかった。
「クフッ!! 簡単な奴じゃぁ……。ホレ!!」
魔王子は、櫻子の顔面を鷲掴むと、力任せに体育館の床に頭から叩きつけた。
「カハッ……」
櫻子にとってかなりのダメージが入ったように見える。
「洗脳とは恐怖によってなされる……。クフッ!! 恐怖しておるかぁ? 人間よ!!」
そして、魔王子は立ち上がろうとして、立ち膝になっている櫻子に、先ほどのお返しとして、顔面に蹴りを叩き込もうとした。
だが、脚が顔面に届く前、櫻子は魔王子の足首を手のひらで受け止めた。そして、そのまま魔王子の足首を掴む。
「恐怖ぅ……? ははっ!! しているわけないじゃないですか……? 今!! 私は!! 悠馬くん以外の事を考えてる暇なんてないものぉ!!」
そう言って、動きの取れない魔王子の膝にカッターを突き刺した。
「ぐうっ!!」
鮮血が飛び散る。魔王子の表情が苦痛に歪む。一方、櫻子の表情は、邪悪な満面の笑みで満ちていた。
魔王子は少しだけ恐怖を感じた。痛みではなく、洗脳ができないほどの悠馬への思いに。理解が足りなかった、自らの甘さに。
「こんの……!! そのまま足首掴んでおれよぉ!!」
そう言って魔王子は持たれてない方の片足だけで踏ん張り、掴まれている脚で櫻子を体育館の壁にブン投げた。
櫻子は壁を蹴って衝撃を殺し、床に軽やかに着地した。
「あぁ…思えば一年前のあの日、悠馬くんは私のハンカチを拾ってくれましたぁ。ただそれだけなのにぃ……あんなに心がときめいたのは何故でしょう!!」
櫻子はまるで自分を抱きしめるように、腕を交差させ、表情は恍惚に満ち満ちていた。
「ちぃ、訳の分からんことを言いおって……」
《キーン、コーン、カーン、コーン》
休み時間終了五分前のチャイムがなる。すると、櫻子は急に豹変する前の表情に戻った。
「あ、休み時間もうすぐ終わっちゃうね!! 魔王子ちゃん!! 帰ろっか!!」
「……ぁ?」
「ほら、早くしないと授業始まっちゃうよ?」
「貴様、何をふざけておる。今ここで決着を……」
《ヒュッ》
「ほら、これで決着ついたでしょ?」
「……………は?」
魔王子が首筋に手を当てると、赤い液体が滴り落ちていた。見ると、カッターナイフの歯が、喉を少し外れて突き刺さっている。櫻子が飛ばしたものだ。
もし、もう少し右に刺さっていたら、致命傷になっていたかもしれない。
「ぐ……ぬ……」
「もし、まだやりたいなら……ホワイトジャスティス教団に見学に来てね?」
そう言って、櫻子は体育館から出て行った。




