第五話 魔王は帝王学をマスターしています
平太の家から帰った俺は、まず、勇子を寝かしつけることにした。
しかし、困った事に布団が一つしかない、床で寝ようにも、夏とはいえ、夜はかなり冷え込む。
「なぁ、勇子。俺と一緒の布団でもいいか?」
「にゃに!?そ、それは別に構わんが……す、少し恥ずかしいな。べ、別にそのような、夫婦みたいだなぁとは全然思ってないが!!」
大丈夫だ。俺と勇子じゃどう見ても兄妹、もしかしたら父娘に見えるかもしれない。まぁなんにせよ夫婦ではないから、その点は心配ない。もちろん口には出せないが……。
「じゃあ、先に寝といてくれ。俺はちょっと外で用を足してくるから。俺が隣にいたら寝づらいだろ?」
「な……行ってしまうのか?その、そうか……。悪いな」
……勇子が寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。まぁ、気のせいだろう。さて、どこで時間を潰そうか……。
「それじゃあ行ってくる」
そう言って、ドアを閉めた瞬間……。
「ゆーま!!我の部屋に来い!!クハハッ!!嫌とは言わせんぞ!!」
「ぬおっ!?」
いきなり魔王子が現れ、隣の部屋に拉致されてしまった。魔王ってのはいつの間にエンカウントするようになったんだ?
「さあ見よ!!ここが我の部屋じゃ!!実に素敵じゃろぉ!!存ッッッ分にくつろぐがいい!!」
魔王子の部屋の内装は、黒を基調とした、シックな雰囲気に模様替えされていた。中々センスはいい。
だが……。部屋の一辺には屈強な男が四人、後手を組んで立っていた。強烈な違和感を部屋中に充満させている。てか、よく見たら一人は大家じゃねーか。
「あの……。魔王子?この人達は?」
「あぁ、気にするな。我が従順な僕達じゃ。すこーし、街中で強そうなのを見繕ってきた」
魔王子はさも当然というかのように、ケロっとしている。
「い、いや、気にしねぇわけねぇだろ!!ちょっと!!大家さん!?何やってるんですか!?」
俺は死んだような目で立ち尽くしている大家さんに声をかけた。どうか正気であってくれ……!!
「悠馬くん。今の私は大家ではない。私は魔王子様の従順な僕……谷中 修だ」
真顔で言われた。あんなに厳しかった大家さん……いや、谷中さんが……。実に複雑な気分だ……。
「おぉ。よく言えたのぉ?谷中ぁ。えらいのぉ。だが……」
魔王子は、谷中さんを思い切り右手でビンタした。
「悠馬様じゃろぅがぁ!!我のゆーまを『くん付け』とは……余程死にたいらしいのぉ!!」
「お、おい!!やめろ!!」
「クフフッ。優しいのぉ?ゆーまは。だがダメじゃ。忠誠心とは恐怖から生まれる。こうして適度に恐怖を与えることが!!」
左手でもう一度ビンタをした。
「世界征服の第一歩なのじゃ!!」
そうして右手で、今までで一番強い一発を谷中さんにお見舞いした。
「ほら谷中ぁ。お礼はどうしたぁ?」
「あ、ありがとうございますッッッ!!」
「何かゆーまにお詫びをせねばなぁ?」
「はいッッッ!!今後一切ッ!!悠馬様の家賃はいただきませんッッッ!!」
「こんな具合で洗脳は完了する。分かったかのぉ?ゆーま?」
いつの間にか、魔王の洗脳講座になっていたようだ。今度谷中さんに会うときは、せめて同情の視線ぐらいは送ってやろう。
「さて、本題に移ろうか?ゆーま?」
そう言って、魔王子はおもむろに眼鏡をつけた。
「本題?何かあったっけか」
「あぁ。今日は我なりに色々調査をしてみたのじゃ。この街に、我が転生して来た、何か理由のようなものがないのか……」
どうやら魔王子は、俺に自分の調査結果を聞いてもらいたいらしい。誰かに聞いてもらうことで、自分の考えを整理しようということか。
「疑問なのは、我の力が制限されすぎているということじゃ……。我は、魔術ならば一通り全て高いレベルでマスターしている。なのに洗脳術と、読心術、それと催眠術ほどしか使えなくなっておるのじゃ。それに、体術もあっちの世界ほどは強くない」
「なるほど」
「しかし一方、勇者の力は確かに制限されてはいるが、我ほどではないのじゃ……なぜか?」
そういえば、確かに勇子の方が一枚上手だったように思える。最初の時も、勇子の蹴りの一撃で、魔王子は撃退されていた。
「まぁそれはおいおい調査するとしてじゃ……怪しい場所が三つあったのじゃが……。その一つには桂沢高校があるのじゃ」
「桂沢高校!?」
桂沢高校といえば、まさしく俺が通っている高校だ。
「あぁ、ゆーまの通っている学校じゃ。我からすれば、ゆーまが関わる場所というだけで充分怪しい。我も勇者も、まるで惹きつけられるかのようにお前の側に来た」
「そ、そんな理由で……。てか、なんで俺の通ってる学校が分かるんだよ!!」
「谷中に聞いた」
……やっぱり谷中さんには、同情の視線すらやらないことにしよう。
「そこで、ここにお前さんを読んだ理由じゃ……。我のために調査をしてくれぬか?」
「な、なんで俺が!!自分でやれよ!!」
そう言うと、魔王子はニタァと顔を邪悪な笑みに変えた。
「クフフッ!!しかと聞いたぞぉ??その言葉!!そうじゃなぁ〜〜??自分の事は自分でするべきじゃぁ……クフフッ!!後悔しないと良いのぉ!!」
「な、何を……?」
「ふぅー。我はもう眠い。我は寝るとする。明日も早いしなぁ。クフッ!!のぉ?一緒に寝ようではないかぁ?ゆーま?」
魔王子はそう言って、俺の両目をじっと見つめた。気を抜くと魅了されてしまいそうだ……。
「こ、断る!!」
「んぅー?そうかぁ?残念じゃなぁ……。ではおやすみじゃ」
そう言って魔王子はドアへの道を開けた。
「な、なぁ、魔王子?あの、どうして……どうして俺を服従させないんだ?」
……な、何を言ってるんだ俺は!?つい、口をついて出てしまった。
魔王子は驚いたかのように固まっている。やはり変なことを聞いてしまったか……。
「……クフッ……!!フククッ!!フクハハハハハハハッ!!」
数秒の後、魔王子は突然に笑い出していた。
「クフッ……!!そうかぁ!!クフフッ…!そんなに我に服従させられたいのかぁ……!!安心するがよいぞぉ。お前もいつかは服従させるつもりじゃ……ただ……」
そう言って魔王子は、顔を優しい笑顔に変えた。先程とは打って変わった、心が安堵する笑顔だ。
「ただ……ゆーま……ゆーまは我にとって特別な存在なのじゃぞ?我の宿敵である勇者に一番近い存在じゃ……ゆーまは、恐怖心などではなく、恋慕の情によって服従させたい……我への……恋慕の情によってな……」
「それって……?」
「話は終わりじゃ。また明日会おうぞ」
そう言って魔王子は布団に潜った。
どこまで本気なんだこの魔王は?まぁいいや。俺も部屋に戻って、寝ながら明後日の計画を立てるか……。
一応、僕の四人に会釈をして帰ろうとしたら、あっちも会釈をし返してくれた。案外、人間の心はまだ失われていないのかもしれない……。
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【翌日】 桂沢高校
朝から教室の雰囲気がいつもとは違っていた。それもそのはずで、どうやら突然の転校生がくるとの噂だ。まぁ俺としては別段期待もしていないが……。
「えー、みんな。噂で知っていると思うが、みんなの仲間が今日からこのクラスに一人加わる。入って来なさい」
しかし、俺はそこに現れた少女に、目を疑った。
「外国から引っ越してきました!!黒城 魔王子です!!よろしく頼みます!!」
え……ええええええええええええええ……!!