第三話 他人の壺を叩き割るのは常識
魔王子が出て行った後、取り敢えず夕飯を食べることにした。幸い、とある世話焼きの幼馴染の料理授業により、ある程度の料理は作れる。
「うんまぁああああい!!!ゆーま!!ゆーまはこんなに美味い物を作れるんだな!!これなら城の料理番だって務まるぞ!!」
料理というものは素晴らしい。名前で呼び合える仲にまで打ち解けさせることができるのだから。
それに、小さい娘が笑顔になるのは無条件で可愛いものだ。それを本人に言ったら殴られるが。
しかし、城の料理番か、勇者の世界に行けるなら、たとえ警備員だって、倉庫番だって構わないが。
「行けるもんなら行ってみたいねぇ。俺も勇者になって、救国の英雄になってみたいもんだ」
どうせ行けないなら、勇者なんて、でかい事を言った方が夢がある。
だが、勇子は俺を真っ直ぐに見つめて、俺に言い放った。
「行けるさ。私も来れたんだ、ゆーまもきっと行ける。いずれ連れてってやるさ。その前に、私は隣の魔王を倒して、元の世界に帰る方法を探さないとだけどな」
あぁ。この純粋さ故に、勇者なんだろうなぁ。俺も、『転生』したいって気持ちは純粋なんだがなぁ。
「しかし、この世界は平和だな。魔王もいなければ、魔物もいない。兵士もいないし、武器屋もないし……少し退屈だな」
「その分、勉強とか仕事とか、そっちの世界には無いけど、大変なことがいっぱいあるんだよ。あ、あと、こっちの世界では、他人の家に無闇に入るなよ。あと人の家のタンスを勝手に漁るな!!」
「えぇっ!?なんでだ!?」
「何でって……そういうもんだから!!」
「むぅ……コレはもはや癖みたいなもんなんだが……」
「ダメなものはダメです!!」
「むぅ……」
ふぅ、これで心配するようなこともないだろう。体は子供でも、中身は一応大人らしいし。
『プルルルルルルルルル』
俺のスマホが、食卓の机の上で鳴り響いた。スマホの画面には俺の友人である、虹裏 平太の名前が表示されている。
「もしもし?」
『おー、もしもし?なぁ、今から家にこーへんかぁ?いいもん見せたるさかい!!いゃあいい買い物したわぁ!!』
言っておくが、平太は関西生まれでもなんでもない。遊びで普段からエセ関西弁を喋っていたら、それが素になってしまったという、変人である。
「あー?何買ったんだよ?どーせ、また変な
物だろ?」
『それは来てからのお楽しみやん!!とにかく今から来てみーや!!絶対おもろいから!!』
「んー……」
勇子を見ると、好奇の目で俺を見ている。どうやら電話を知らないらしい。勇子をここに置いていってもいいんだろうか?……まぁ大丈夫か、中身大人だし。
「分かった。じゃあ今からそっち行くわ」
『おぅ、待っとるでぇ!!』
電話を切ると、勇子は身を乗り出して俺に質問をしてきた。
「なぁ!!ゆーまは幽霊が見えるのか?それを使えば、幽霊と話でもできるのか?私も使ってもいいか?」
「いや、これは携帯っていって、遠くの人と話ができる機械だ」
「ほへー!!凄いなぁ!!私も欲しいなぁ!!道具屋で売ってるのか?」
「まぁ、売ってるが……色々と契約が必要で……まぁいいや、俺、今から友達の家に行くから勇子はここで留守番して……」
「私も行く!!ぅうおあっ」
勇子は身を乗り出しすぎて、椅子が滑ってバランスを崩した。危うく、料理に倒れかかる所だったが、すんでのところで踏み止まった。
「おい、大丈……」
「私も行くぞ!!この世界のことを色々見てみたい!!」
え、えー…。うーん、連れていってもいいが……こんな小さい女の子連れてったら、平太がなんていうかな……。
「ダメ……か?」
「よし行こう」
上目遣いは反則だってば。
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〔虹裏家前にて〕
平太の家は俺の家から自転車を十五分程こいだ所にある。今回は勇子を後ろに乗せた為、三分程多くかかった。
平太は実家暮らしなので、一軒家に住んでいるが、親がどちらも海外勤務をしているそうで、一人暮らしをしている。
そういう訳で、この広い家を持て余しているらしい。羨ましい限りだ。
「いいか?勇子は今から俺の従姉妹だ。大人が他人の女の子を連れてたら、逮捕されちまうからな」
「ん?逮捕とは何だ?」
「うーんと……牢獄にぶちこまれるってことだ」
「なるほど。色々あるんだな」
さて、平太の家に入るとするか。
「えーと、インターホンは……」
「よー来たなーー!!まぁ、上がれや!!お前に見せたいもんはこっちやでーー!!」
インターホンを押す前に、平太がドアを開けて現れた。まぁ、いつものことだ。
「ん?……ん!?……んんん!!??ゆ、ゆーま!!おま、お、おま、お前!!」
「あ、あー、こいつか?こいつは俺のいと……」
「その娘どっから誘拐してきたんやーー!!アホーー!!」
「ガフォッ!?」
平太の強烈な腹パンが俺を襲った。今日は痛い目によくあう日だな……。
「わいは!!ゆーまをそんな子に育てた覚えは無い!!わいは悲しいで!!」
「ぐ……く……か、勘違いするな!!こ、こいつは俺の従姉妹だっつーの!!なぁ勇子!!……勇子?」
「こんの魔王の手先めぇぇええええええええ!!!!」
「へ?」
平太の呆気にとられた顔面に、勇子のドロップキックが突き刺さった。
「グオエッ」
平太は家の奥まで吹き飛んでいった。
「ちょっ!?違う違う!!平太は勘違いしているだけだ!!敵じゃないから!!追い討ちをしようとするな!!」
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「ふいーー。死ぬかと思ったでぇーー。いやぁ中々に、ええ蹴りしとったなぁ。勇子ちゃん」
「お前の腹パンも中々に良かったぞ」
「ははっ!照れるなぁ!!」
勇子は皮肉を言ったつもりだろうが、この陽気なエセ関西人には通用しないらしい。
結局、両者の誤解を解くのに三十分程かかったが、これでやっと本題に移ることができる。
「そんで?平太が買った面白いものって何なんだ?」
「あー、せやせや。それのことなんや。ほら、あそこにあるやろ?」
平太は部屋の隅にある小さめの壺を指差した。
一見、ただの壺なのだが、口に薄い膜が張ってある。これでは壺に、何も入れられないし、観賞用としても、少し見栄えが悪い。
「何だこれ?……お前、まさか」
「いやー、どうやら、その壺には『幸福』が入っとるらしくてのぉ!!部屋に置いておくと、少しずつ幸福が漏れ出すらしいんやわ!!ちーっと、高かったけど、幸せになれるんならええかと思って!!」
いや、これ完全に詐欺じゃねーか。うわ、どうしよう。教えてやったほうがいいんだろうか。
「なんか、ホワイトなんとかって教会の人に買いませんかって言われてのぉ!ん?なんや勇子ちゃん?トイレ行きたいんか?」
「い、いや、別に」
勇子はなぜだかソワソワしていた。勇子のソワソワは次第に大きくなり、おもむろに立ち上がった。そして壺の前までスタスタと歩いて行った。
「ちょっ、ちょっと勇子ちゃん?それ高価なものだからあんまり触らんといて……」
勇子は、平太の言葉などまるで聞こえていない様子で、壺をひっ掴むと、大きく上に振りかぶり。
「ふんっ!!」
床に叩きつけた。
当然、壺は大きく割れた。案外大きい音はしないもんだ。まぁ、平太の絶叫は響いたのだが。
「なぁあああああああああああにをしとるんやあああああああ!!!!!」
その声に勇子は、我に帰った。
「はっ……コレは……」
俺は、当然謝罪の言葉がでるもんだと思ったが、勇子の言葉は少しだけ、予想に反していた。
「つい……やっちゃった」
どうやら勇者は部屋に置いてある壺を見ると、叩き割りたくなるようだ。