第二話 魔王城は意外と近所
現在、俺の目の前には、二人の少女がいる。
一人は、勇者を名乗り、俺の家のタンスを勝手にあさり、あまつさえ俺に蹴りをいれた、目つきの悪い見た目的には小学校高学年ぐらいの少女。
そしてもう一人は、その自称勇者の少女に刃物で襲いかかり、見事に返り討ちにあった、魔王を名乗る少女だ。見た目は高校生くらいか。現在、動けないように、縄で縛られている。
「ふふっ。そんなに我が怖いか?勇者よ。まぁ、そうじゃろうなぁ?そんな〜に、ちんちくりんの体ではなぁ?」
「勘違いするなよ魔王?私は、お前から情報を引き出すために、お前を生かしてやってるに過ぎない。教えろ。何で私はこんな体になった?そして、ここはどこだ?」
現在、俺の目の前で繰り広げられている口喧嘩は一体なんなんだろう……。
なにやら勇者だとか魔王だとか……。ただのゲームファンって訳じゃあなさそうだし……。あの自称勇者の少女の強さから考えると、色々ありそうだが……。
「ふははっ!!我がそんな簡単に口を割ると思うかのぉ?くふふっ……ここは一つ、交換条件といこうではないか?この縄を解いてくれたら教えてやろうぞ?まさか、心優しい勇者様は拷問なんかしないじゃろぉしなあ?」
「……本当に教えるんだな?」
二人の少女は数秒間見つめ合い、やがて自称勇者の方が根負けしたかのように、ため息をつき、縄を刃物で切り裂いた。
「ふぅ〜。やっと楽になったわ。縛られるものの気持ちとはこういうものなんじゃ……」
「早く話せ」
もともと目つきの悪い自称勇者の目が、更に鋭さを増した。正直言って、めっさ怖い。
「くふふっ。そう急くでないわ。良いか?これから話すのはあくまで我の予測じゃ。違うかもしれんし、合っているかもしれん」
自称勇者は、自称魔王を睨み続けたままだ。続きを話せということだろう。
「では、我の予測を述べよう。まず一つ、ここは我らの存在していた世界ではない。二つ、我らは姿が変わったわけではなく、生まれ変わった。三つ、元の世界の能力は半分も出せない。以上じゃ」
自称魔王の予測を聞いた、自称勇者と俺は、それぞれ別の理由で驚愕をしていた。
自称勇者はもちろん、突然の世界の変化に。
俺は、『転生』の存在の可能性に。
魔王が言った事が本当なら、二人は転生して現世にきたことになる。つまり、俺の憧れの存在ってことだ。
「……なるほど、それならこんな体になったのも、この男の行動にも頷ける。イベントでもないのに話しかけてきたり……戦闘に入っても、全く攻撃してこなかったり……」
「……まぁ、予測に過ぎんがのぉ。ちなみにじゃが、我は今日からこの部屋の隣に住むことにしたぞ。この世界に順応するのも、悪くなかろう。クフッ」
「え……おい待て!!そんな話聞いてないぞ!!」
冗談じゃない。こんな得体のしれない奴とお隣さん?少女をいきなり刃物で襲う奴と?いや、無理だソレ。怖いわ。
「なんじゃぁ?唐突に?お前には言っただろう。ホレ、挨拶の時に」
「あれ本当だったのかよ!?」
「あぁ、本当じゃ。因みに我の夢が世界征服ってことも本当じゃ。クフフッ。また一からのスタートも悪くない。その第一歩として、大家を洗脳し、ここを拠点としたわけじゃ」
「大家さんを!?……あんなに厳しかった大家さんが……!!」
「クフフッ。今じゃあ、我の従順な僕じゃぁ。金も貢がせるとしよう」
ーー何てことだ。こんな可愛い見た目をして、腹の中はドス黒いものが渦巻いていやがるーー
一方、勇者は、俺たちの会話をよそに、何かを考えているようだった。そして決心をしたかのように、一つ頷いて、口を開いた。
「……よし、決めたぞ。私はこの部屋に住む」
その言葉を、理解するのに、俺は十数秒を要した。
「…………………うえぇっ!????な、なぜに!?」
「考えてみたら、金も、泊まる家もない。この世界のノウハウも分からん。よって、お前の家に、泊まろうと思った」
「いや、こっちの都合ガン無視ですか……。てか無理だわ!!お前みたいな、ちんちくりんと一緒に暮らしたら、近所になんて言われるか!!最悪通報され……」
『バキィッ』
俺の家のタンスが、勇者の正拳突きによって砕けちった。
「二度と……二度と私をちんちくりんなどと呼ぶんじゃあない!!」
あっ、怖い。てか、気にしてたのね。
「す、すいません……でした」
ダメだ。怖すぎる。逆らえない。もう俺にとっては、こっちの方がよっぽど魔王なんだが。
「クフフッ。一つ屋根の下、男女二人暮らしとは……良かったのぉ、そこの人間。お前、名を名乗れ。お隣さんの好で覚えてやろうぞ?」
「そ、そんな言い方すんなよ!!ったく……俺の名前は 長内 悠馬 だ」
「なるほど!!なるほど!!それなら勇者!!お主は長内 勇子といったところか?クハハッ!!めでたい限りじゃの〜〜?」
何てこと言いやがるんだこの魔王は、このままでは勇者に再び二人ボコボコにされる未来しか見えない。
「あ、おい、やめろって、そんな言い方したらまた勇者がキレ……る……?」
ふと、勇者を見ると、何やら足をもじもじさせ、顔を赤らめていた。……まさか。
「そ、そう…….だ。そんな言い方はよ……よせ。ま、まるで私がお嫁さんみたいではないか……」
照れていらっしゃる!?これは!!今までの表情から一転してのこれは!!か、カワイイ!!
「クフッ!!我はどちらかというと父娘をイメージしたんじゃがなぁ〜?まぁ、お前がそれでいいならそれでも良いぞぉ?クフフッ!!」
「な……な……な……!!」
勇者の顔が、みるみる赤く染まっていく。
「うわあああああああああああ!!」
「ガファッ」
勇者の渾身の蹴りの一撃が魔王の腹に思いっきりヒットした。そして、返す一撃で俺の脇腹にも蹴りがクリーンヒットした。
「何……で……俺まで」
「忘れるなよ魔王!!私はお前の敵だ!!常に命を取られやしないか!!ビクビクしながら暮らすがいい!!」
「クハッ……それはこっちの台詞じゃ……お前も気をつけることじゃなぁ……。あ、それと、我も今から黒城 魔王子を名乗るから、『まおちゃん』と気軽に呼ぶと良いぞ!!さらばだ!!」
そう言って魔王子は玄関から廊下に出て、すぐ隣の部屋に帰っていった。
ーー勇者から徒歩0秒の所に魔王がいるってどうなんだ……?ーー
いや待て、心を強く持つんだ。俺はこの勇者と一緒に暮らさない事にしたじゃないか。
とりあえず目の前の勇者を説得しよう。
「あのなぁ、勇者。俺はお前と一緒に暮らす事は出来な……」
俺が言い終わらないうちに勇者は、俺の上着をギュッと握り、うつむきながら言った。
「勇子……で……いい」
「うん、じゃあ一緒に暮らすか」
もうどうにでもなーれ。