第一話 勇者はタンスを漁るものだ
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「はぁ……転生かぁ……いいなぁ……したいなぁ……」
俺が虚空に向かってそう呟いたのは、あるインターネット小説を読み終わった後だ。
夏の日曜日の午後の一時に異世界に思いをはせる……。高校生にもなって、いかにも厨二病的だが、転生したいものはしたいのだ。
冴えない主人公が異世界に転生し、チートな能力をもらって、女の子には囲まれ、魔王を倒し英雄になる……。
なんて魅力的……なんて甘美な響き……。
ーーいっそのこと、俺もトラックに轢かれて、転生チャレンジしてみるかなぁーー
まぁ、そんな勇気が無い事は自分でも分かっていたし、転生なんて出来るわけないことも分かっている。
本当に、純粋に憧れているだけなんだよ。
ただ、今の俺は、平凡な一人暮らしの高校生 長内 悠馬だ。別に人生に絶望してる訳でもない。そんな中途半端野郎に転生のチャンスなんてくるわけもないが……。
『ガチャッ』
「……ん?」
突然、玄関の方でドアの開く音がした。鍵は閉めてなかったが…。勝手に入ってくる人物など心当たりがない。
ーーまさか、泥棒!?ど、どど、どうしよう!?ーー
そう思ってから、三秒ぐらい後に、居間の障子がガラッと勢いよく開いた。心臓がドクンッと跳ね上がる音が聞こえた。
だが、そこに現れたのは、一人の可愛らしい、赤いワンピースを着た少女だった。見た目は精々、小学校高学年ほどなのだが、何か、言葉にできない異様な雰囲気を漂わせている。
女の子は喋ることもなく、部屋を見回し、タンスの前まで移動し、立ち止まった。
「……あっ、え?何?」
あまりにも唐突な展開に、動くことも、考えることもできなかった。
多分みんなそうであるように、少女が何も言わずに部屋に入ってきたときの対処法なんて、俺は知らないし、そんな時の応用力も無い。
そんな俺を全く気にも留めない様子で、おもむろにタンスの一段目を開けた。中を覗くと、眉間にシワを寄せ、不満そうな顔をした。
一段目、二段目、三段目と次々に覗いて、最後まで覗き終わると、ため息を一つ吐いて、部屋からそそくさと出て行った。
「……いや、おい!!!!!!」
少女が部屋を出てから、やっと我に帰ることができた俺は、急いで少女の後を追った。少女はすでに玄関を出ようとしている。
俺に呼びかけられた少女は、振り返って、俺を見上げた。女の子の目は鋭く、とっても怖い。短く切り揃えられた茶髪で隠れてはいるが、まるで目から稲妻を飛ばしているようだ。
女の子はふてぶてしく、俺をじーっと見上げるだけで何も喋ろうとはしない。
俺も何を言うべきか悩んだが、何も言うことができなかった。まぁ、ビビっていたということもある。こんな小さな女の子に。
「……ん?なんだ?何かイベントじゃないのか?」
先に口を開いたのは、少女の方だった。
「……え?」
「なんだ、まったく、いきなり話しかけるから、イベントかと思ったじゃないか。何もないなら喋るんじゃない。じゃあ私は行くぞ」
「い、いや、待て!!お前何で俺の家のタンス覗いたんだよ!!そんで、なんでため息ついて帰るんだよ!!」
「はぁ?勇者が他人の家のタンスを覗いて、金やら薬草やらを手に入れるのは常識だろう。何も入って無かったら、そりゃため息の一つくらいつきたくなるだろ」
そう言うと、少女は振り返り、ドアに手をかけようとした。
「ちょ、ちょっと!!お前!!」
そう言って俺は少女の肩を掴んだ。そして次の瞬間、俺は宙に浮かんでいた。
「グホォツ!!??」
少女が俺の腹を蹴り上げたのだ。そして俺は1メートルほど、吹っ飛んだ……。
「貴様、いきなり掴みかかってくるとは……さては魔王の手先だな!!人間の姿を纏うとは卑怯極まりない!!私が滅してやる!!」
ーーガキの癖になんて力だよ!ってか痛ぇ!ん?あれ?てか、俺やばくね?ーー
「力は未だ万全ではない、王より賜った勇者の剣も無くしてしまった……。だが、この世界を救うため……勇者として……お前に負けるわけにはいかん!!はぁぁああああ!!」
「ちょっ!?ちょっと待て!?待てって!!」
自称勇者の少女は拳に力を溜めているようだ。きっと先ほどの蹴りより数段強い一撃なんだろうな。痛いんだろうな。
「ま、魔王って何!?なんか滅するとか言ってるけど!?俺まだ死にたくないよ!?」
「安心しろ……。苦しむ間も無く一瞬で消滅させてやるっっ!!」
あれ?なんか、話が通じなさそうだ……俺もここで死ぬわけには行かないし……うん……助かる方法はこれしかないな。
ーー土下座ーー
俺は土下座をした。俺は助かりたかった。高校生が少女に土下座をする絵面はさぞシュールだろうな。でもするしかなかったしな。あ、やべ。悲しいわコレ。
「おい……なんの真似だ?」
「は、話を聞いてくれ!!俺は、その、魔王の手下なんかじゃない!!正直、お前が何を言ってるか分からん!!」
「……ふむ……そうか、なるほど、すまない。私は誤解をしていたようだな。いや、悪かった。って……そんな手に騙されるかぁああああ!!!」
「ひぃああああああああああああああ!!!」
〔ピーンポーン〕
自称勇者の女の子の後ろでインターホンが鳴った。少女は攻撃の手を止め、ドアの方を振り向いている。
俺は土下座を止め、玄関まで走り戻りドアを開けた。
ーーどさくさに紛れて逃げてやるーー
ドアを開けると、そこには、白いセーラー服を着た、少女の姿があった。
「ど、どうも、この度、隣に引っ越してきました!!これからよろしくお願いします!!」
少女といっても、こっちの見た目は高校生ぐらいだ。俺と同い年か、年下ぐらいだろう。
しかし、今の俺にとっては誰であっても救いの女神だ。ありがとう女神。じゃあな女神。
「えっと、その、俺今から買い物行くんで!急いでるんで!」
「あー、じゃあ自己紹介だけ。私、名前を『魔王』と言います!!夢は世界を征服することです!!そして……死ねぇぇええ勇者ぁぁああ!!」
そう言うと、俺をスルーして、部屋の中にいた自称勇者の少女へ走った。そして、その手には刃物を持っていた。
「死ねぇえええええええええええい」
「ふんっ!」
「グエッ」
自称魔王の少女は、自称勇者の少女に、向かって刃物を突き出したが、その身を躱され、眉間に、蹴りを叩き込まれた。
そのまま自称魔王の少女は気絶してしまったようだ……。
一体どうなってるんだろうか……あ、なんか泣きたくなってきた。